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心に従うと王道を外れる

昨日、一般質問が終わりましたが、「無事に」終わったかどうかは今回、微妙です。

というのも、全員の一般質問が終わって、議会が終了してからワタクシは個別に呼ばれて「憲法に関してというのは市政のこととは言えないから、以後、気を付けるように」というような忠告を受けたからです。

なんとなく予想はしていたのですが、やはり、という感じ。

しかし、ありがたかったのは、一般質問の途中で忠告を受けなくてヨカッタ、ということです。

2月18日の朝に「憲法のことをやりなさい」というお告げ(?)が降りてきて、もしかしたら、そういうようなこと、つまり、市政の問題ではない、と言われそうだなとは思ったのですが、今、ものすごいイキオイで日本国憲法のストッパーが外されそうになっている、という、この恐ろしい濁流を黙って見ていたらトンデモナイことになる、という思いの方がとてもとても強くて、なんとかこのテーマで質問をしようと思いました。

もし万が一、憲法改正の国民投票が行われる、ということになってしまい、その時に市民の皆さまが何の心の準備もせずに、普通の国政選挙くらい無関心だったとしたら、市民の皆さまの運命が将来に渡って大きく変わってしまう(それも最悪の状態に)から、ワタクシが憲法改正の議論について質問して、何人かでも考えてくれたとしたらムダではない、と思って臨みました。

まぁしかし、一般質問の後、というのはいつも撃沈してしまう、というのがお決まりなくらい、ワタクシは質問が下手なのですが、しかも今回はそのような忠告まで受けたので、凹みまくって家路についたわけですが、泣きっ面に蜂、というかなんというか、いろいろとツイてないことは重なるもので。

そのように自分の心に従って行動すると、だいたい王道は外れてしまうので、そういうことになりがちなのです。

それはもう、今までもずっとそうだから仕方がない。この年になって急に変われるハズもなし。

思えば恥の多い人生を歩んでおります。

それで迷惑をかけたヒトビトはおそらく数知れず(言われないとワカラナイから把握はしてませんが)、寅次郎のように時々「思い起こせば恥ずかしきことの数々、今はただ後悔と反省の日々を過ごしております。」と思ったりもするのですが、幸か不幸かワタクシは立ち直ってなくも、心から血をダラダラ流しながらでも動き出す、何度も言いますが自称「懲りナイ、メゲナイ、諦めナイ」の3ナイ女でございます。

なので、またまたすぐに心のままに動き出すことでせう。

しかし今回、憲法のことを取り上げてすごくヨカッタことは、子供向けに書かれた憲法の本を何度も何度も読み込んだおかげで、自分の中に「憲法の心」みたいなものが入ってきたような気がしたことです。

そして「憲法は愛だ」という気すらしました。

みんな本当によくよく「日本国憲法」を読んでみたら、なんでこれを変えなきゃいけないの?っていうくらい、それは愛に満ちていることが分かると思うんだけどなぁ。

そのようなことを思った本日は一日「教育福祉委員会」の委員会があって、ヘトヘト。
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帰る時にドシャメシャ降り出した雨も上がって、いつの間にか晴れ!

落ち込むこともあるけれど、ワタクシは元気です(「魔女の宅急便」パクリ)。

ではでは皆さま、ごきげんよう。

また明日。








# by sanahefuji | 2026-03-12 18:05 | 雑記 | Comments(0)
五島市議会は今日から一般質問が始まりました。

ワタクシは明後日、3月11日(水)の2番目に登壇いたします。

今日と明日は5人ずつ、明後日は4人が登壇する予定です。

本日、午前中の二人が終わったらちょうど昼になったので、弁当を食べようと会派室に入って窓の外を見たら、ちょうど真正面にお寺の鐘が見えました。

真正面とは言っても、それは遠くにあるので今までは全く見えてなかったというのに、何故だか今日は、その鐘が目に飛び込んできたのです。
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分かりますかね。ビルとビルの間に小さく見える瓦屋根。

いつも見ている景色でも、日によって見えるものが違うように、心象風景も変わります。

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これはこの間の土曜日の朝の風景。

朝からキナ臭いニュースばかりラジオで流れるものだから、平和な風景を撮りたかったのです。

そんな土曜日の「かたしのごはん」はコチラです。
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アジフライ、美味しかったです。

そしてワタクシは今週の土曜日のための「鶏おこわ」の具を、昨日の夜にやっと作りました。

いろいろとギリギリですが、なんとか無事に一般質問も終わりますように。

ではでは皆さま、ごきげんよう。

皆さまにとっての新しい週も良い日でありますように。

# by sanahefuji | 2026-03-09 20:55 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)
昨日、お通夜が二つあって、夫とワタクシ、それぞれお通夜に行きました。

ワタクシたちが住んでいる地域はカトリックの集落なので、五島に移住してからの25年間はカトリック式のお葬式とかお通夜に行く機会の方が多かったのですが、昨日ワタクシが行ったのは浄土真宗式のお通夜でした。

ワタクシの実家のあった地域は浄土真宗なので、お経がなんだかなつかしい、と思いました。

いつの間にか自分が小さかった頃、というのが大昔になっていますが、その頃は夕方になるとお仏壇に燈明を上げてお経を唱えるオババの姿、などが集落の家々では割と日常の風景であったと思います。

そしてその家にいる幼児などは、そこに一緒に座ってお経のマネゴトなどをして一節を覚えていたりもしたものです。

ワタクシの幼なじみにもそのようにお経を諳んじることができる男子などがいて、祖父母と住んでいなかったワタクシなどは、なんだかそれが羨ましくて、仏壇の引き出しにある教本を取り出して覚えようとしたりしました。

しかしワタクシが、もっとちゃんとお経の一節を覚えたのは「はだしのゲン」の漫画からでした。

ゲンが生まれたばかりの妹の命を救うためにお寺でお経を習い、結局その小さな妹は栄養失調のため短い命を終えるのですが、ゲンはその妹にもお経を上げ、あるいは原爆に焼かれて、全身ケロイドでただただ死を待つヒトのためにもお経を上げ、というような場面があったと思うのですが、そこにお経が書いてあったので、それを何度も何度も読んで覚えていたのです。

今の時代、もう一度「はだしのゲン」を、みんなが読んだ方がいいと思います。

それはさておき、お通夜やお葬式に出席して故人のご冥福をお祈りさせてもらうと、本当にいろいろなことを考えたり、思い出したりして、延々と考え続けてしまうのですが、それらのことを徒然なるままに綴ってみたい気分、とフト思ったので長くなりますが記したいと思います。

先月、父親の命日が2月18日、ということを書きましたが、それは、もう19年も前のことになりました。その時は、今年「はたちの集い」のサトが1歳だったので、お葬式はワタクシがまだその赤ちゃんだったサトを連れ、もう自分でしっかり歩けるハナやサトは夫が連れて、というように別行動でした。

わが家は養鶏をやっているから、その仕事を誰かにお願いしたりしないといけないので、夫は出来るだけ短期間で五島に戻れるように、ということで、そうしたのです。

なので帰りも別々で、ワタクシは赤ちゃん連れでもあるし、お葬式の後、2,3日は実家にいて父親が確かにそこに存在していた、というような余韻に浸っていたい気がして、実際、そうしようと思っていました。

ところがそれは出来ませんでした。

なぜならワタクシとサトは次の日の朝に突然、実家を追い出されてしまったからです。

追い出されてしまった、というのは、けっこう過激な表現かもしれませんが、あの状況を正確に書くとしたら、やっぱりその表現が一番しっくりくるかな、と思うので書きますけれど、でも別にそうされたことを責めたり、ひどい、と思ったり、というような気持ちは全くないので、その辺はどうかどなたさまも誤解されませんように。

再婚して長いこと、かなりやっかいな父親の面倒をみてくれていた叔母には叔母の事情や考えがあったのだと思います。

しかしもともとボンヤリしているワタクシは、何が起こったのかワカラナイ、というか、青天の霹靂、というか、とにかくビックリしました。

その時、ワタクシたちを扉から押し出しながら、叔母がワタクシに何枚かの一万円札を握らせました。

後で数えてみたら10枚ありました。

とりあえず駅に向かいながら、今からどうしよう、と途方に暮れました。

途方に暮れた、という表現も、あの時ほどピッタリ当てはまる、ということもない、というほどワタクシたちは「途方に暮れて」いたのですが、このまま五島に帰る気力はない、と思ったので、とりあえず津久見から大分まで電車で行って大分のホテルに泊まりました。

ホテルのベッドの上で、何人かに電話をかけたことを覚えているのですが、小さなアドレス帳をめくりながら、その時は携帯電話はまだ持ってなかったので、ホテルの固定電話で何人かにかけてひたすら喋っていたような。

そういう時でも、赤子のサトは静かでおとなしかったな、と思います。

しばらく喋って少し元気を回復したワタクシは、父の親友であった「湯布院のおいちゃん」のところに行こうと思いました。

それで大分から湯布院に向かい、おいちゃんの家にたどり着いたら、おいちゃんもおばちゃんも温かく迎え入れてくれました。

多分ワタクシはボロボロであったと思いますが、ごくごく自然に普通に。

ワタクシ常々、自分は運がいい、と思っていて、そう言ってもおりますが、ワタクシの幸運は、このような温かいヒトビトと人生のいつの時代も出会えていることです。

この時の出来事を、フト何かの拍子に友人に話したら、それを聞いていた友人がワタクシよりも感情的になって怒り始めた、ということがありました。

なのでワタクシの方がなだめたりしていたのですが、また別の時に、全く同じように怒り出した友人がもう一人いて、その二人というのが、すごく実家に恵まれたヒトなので、実家に恵まれたヒトの愛情深さに感動したり、他人のためにも、こんなに怒ることが出来る、というところが素敵だな、と思ったり、何かを豊かに持っているヒトは、こんなふうに他のヒトにも与えることが出来るんだな、ということがよく分かって、世の中というか、人間というか、そういうのっていろいろ良く出来てる!と思ったことでした。

そんなふうに、いろいろな気づきがあったその出来事でしたが、そんな中でもワタクシが強烈に一番よく分かったことは「今まで自分は父親に守られていたんだな」ということです。

思えば少し(かなり?)風変りなコドモであり、思春期以降も一般的な女子の道を外れて歩いていたけれど、しかしワタクシには母親がいなかったので「女はこうするものである」という価値観を誰かに押し付けられることなく、自由にのびのびと変わったことや突飛なことの数々を好きなようにやっていたのだけれど、それが出来たのは、父親が誰にも文句を言わせないように、あるいはその文句がワタクシには振りかからないように守ってくれていたからなのだ、と。

父親がいなくなってから、ワタクシは初めてそれに気がついたのでした。

葬式の後、叔母が言っていたことは、父親に介護が必要な状態だったらここですることがあるけれど、もう父親はいないからすることは何もない、ということ、そしてこれはワタクシの想像ですが、昔気質の叔母が思っていたことは、早く自分の家庭に戻って女の役割を果たさなくてはならない、夫に不自由な思いをさせてなならない、ということだったのではないか、と。

嫁いだ女が2,3日、ボンヤリしようなどと何を甘えたことを言っているのだ、ということだったのかな、と。

女子の道を外れてノホホンと過ごしていたワタクシは、そんな叔母の価値観とはことごとく合わなかった、というだけで、別にどっちが悪い、ということもないのですが、こういう価値観から抜けられなくて苦しんでいるヒトは今でも多いと思うし、また、それで結婚しないヒトや離婚するヒトも多いとワタクシは思います。

それはともかく、その時のように、なくなってから初めて気づくこと、というのはいろいろあります。

そしてそれは、なくならないとハッキリ分からない、というところがあるから困るのです。

それがある間は、あるのが当たり前と思ってしまうから、気がつかないのですね。

大切なヒトの存在も、そうでしょうし、健康とか、環境とか、他にもいろいろ。

なくなってから初めて、その存在の大切さに気づくのです。

その存在は当たり前のものじゃなかった、それがあるおかげでどんなに自分は支えられていたのか、そしてなぜ、その存在があるうちにもっと大事にしなかったのか、とヒトはしばしば後悔します。

人間って愚かです。

今、ワタクシが一番危惧しているのは、日本のこの平和な状態です。

戦争していない状態、日本人がよその国に攻め込んで、ヒトを殺すことがなかった、この80年間の状態です。

それが守られていたのは、国民が相当に凄惨な経験をし尽して、また他国のヒトビトを大ぜい殺したり極悪非道なことをしし尽くした、先の戦争体験から、もう二度とあのようなことがないように、と作られた「日本国憲法」があったからだ、と思います。

それが危うくなっている、ということを、毎日のニュースを見聞きしていて感じるのです。

でも、黙ってただただ不安に思うのではなく、何か出来ることをしたいと思います。

黙っていてはダメなのです。

とりあえず、議会の一般質問で、憲法のこと取り上げるからガンバってみようと思います。

憲法記念日に生まれた父親は、もういませんが、ワタクシには支えてくれる存在がいくつもあるから大丈夫!

予告通り、長くなりました。

昨日の「土曜日開店 木ノ口かたし」の出来事よりも先に、フト浮かんだことを書きたくなるのがワタクシの悪いクセ。

それにお付き合いくださって、どうもありがとうございました。

ではでは皆さま、ごきんげんよう。

皆さまにとっての今日も、良い日でありますように。








# by sanahefuji | 2026-03-08 09:00 | 雑記 | Comments(0)

3月はサルだから

本日は議会は昼までで終わりました。

金曜日なので昼で終わってくれるのはありがたいです。

議会って思っている以上にパワーがいるというか、何というか、じっとしているのにカロリーを消費している感じ。

多分、自分の中で何かが燃えているからなんでしょうか。そうでないと、あの議場の雰囲気の中で発言するのはムズカシイと思います。

それとも慣れてくれば、そうでもないのかな。

それくらいパワーがいるせいか、発言をしないヒトの方が多いです。今日、質疑をしたのは4人でした。

みんな聞きたいことないんかな、ととっても不思議なんですが、1年たってみて、いつもだいたいそうだったので、そういうものなのかもしれません。

それはともかく、今日は金曜日なので新聞配達に行って、あとは明日の準備準備。

そして明日の「かたしのごはん」はコチラです。
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そういえば先週はまだ2月だったんで、明日が3月最初の「木ノ口かたし」です。3月はサル、ということでおサルの絵を描こうとしたら、なんか上手く描けなくて、サルって意外と絵に描くのがムズカシイということが分かりました。

そうそう今週はいつも通りの「かたしのごはん」ですが、来週はいつもと違う「かたしのごはん」になりますので、お知らせしておきましょうか。

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3月14日、来週の土曜日に、このバレーボールフェスというのがあって、「木ノ口かたし」の料理長である夫が、こちらのイベントの方に行ってしまうので不在なのですが、島外に遠征、というわけではないのでワタクシが朝に鶏小屋作業をしないといけない、ということもないし、店は開けよう、ということになりました。

しかし昼ごはんは、いつも通りにしようと思ったらワタクシではムズカシイので、自分がやりやすい形にして、楽しくしようと思いました。いや、実際は一人でアタフタしそうですが、でもいつもと違うって、なんかワクワクしますね。

名付けて「早苗メニュー」ということで、今年はまだ一回も作ってなかった「鶏おこわ」を作ったり、毎年誕生日メニューにリクエストしている気がする「芋天」や「鶏天」を作ったり、卵がいっぱいあるから卵かけごはんがいいヒトは、それも食べられるようにしよう、とか、ちょっと今まだ、考え中なんですが、そんなふうな「かたしのごはん」にしよう、と思っております。

それでもよろしければ、来週の「木ノ口かたし」にぜひどうぞ。

そうそうバレーボールフェスの方も、まだまだ参加者を募集しておりますので、興味のある方はこちらもどうぞ。

チラシに書いているように、景品がもらえたりも、するようですよ。

ま、それは来週の話です。

今週、つまり明日は、いつも通りの「かたしのごはん」ですので、ご安心下さいませ。

ではでは明日の「土曜日開店 木ノ口かたし」も、よろしくお願いいたします。


# by sanahefuji | 2026-03-06 17:28 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

突如、鐙瀬に行った

昨日は合唱の練習も休んで、もう何回目かというくらい予算書の資料を穴が開くほど見ておりましたワタクシは、自分の委員会(教育福祉)以外のものは明日の議会でないと聞けないので、せっかくだからいくつか聞こう(政治用語?で質疑と言います)と思って、本日正午が締め切りの質疑通告書というのを事務局に出してきました。

で、その聞きたいことの中の一つが、鐙瀬ビジターセンター、という建物についてなのですが、実はワタクシはこの建物が令和5年にリニューアルオープンしてから1回も行ったことがなかったので、行ったこともないのに、それについて聞く、というのはどうなのか、と思ったので、通告書を出したその足でそのまま鐙瀬ビジターセンターに行ってみることにしました。

ずーっと前に行った時には、オンボロ(失礼)な小さな建物だったと記憶しているのですが、新しく出来たそれは、どえりゃー上等な建物になっていて、展示室なども立派だし別棟にはまるでオシャレなカフェみたいな(実際に1か月に一度はカフェをやっているそうです)スペースもあって、鐙瀬と言えばどこかの金持ちが、これまた豪華な別荘を建てていたり、富裕層向けの高級ホテルがあったりするくらい景色の良い場所ですから、そのスペースもやはり景色はサイコーでした。

そしていつだったか、誰かが「鐙瀬ビジターセンターはヒトがあんまりいないからいいんだよね」と言っていたことを思い出し、そうかそうか、このスペースは確かにヒトが少ない方がゆっくりできるな、と思ったのですが、いや、でも待てよ、利用するヒトが少ないってのはどうなのか、と思ったり、いや、またまた待てよ、ビジターセンターは入場料が無料だから利用者が多くても少なくても別にどっちでもいいのか、ん?それってどうなの?

などなどと、にわかにザワザワ落ち着かない気持ちになってきて、というのも予算書でここの毎年の維持費というのを見てしまったので貧乏性のワタクシは、そのようにザワザワしてきてしまった、というわけです。

もともとビジターセンターというのは自然公園の解説や展示、あるいは調査研究だったり、はたまた休憩所や避難所兼ねた建物、ということですから、営利目的ではないんでしょうけれど、しかし利用者が少ないのであれば、その本来の目的にとってもヨクナイし、何よりもったいないことです。

もちろん今日のような平日の一日だけ見ても分からないし、休日にはもっとヒトがいるのかもしれないし、観光客がバスで横付け、ってこともあるのでしょうけれど。

しかし何だろう、この胸騒ぎは、というくらいドギマギしてしまったワタクシ、ひょっとして更年期?とか思っちゃうくらいでしたよ。いやはや、いろんなこと知りすぎない方がノホホンとしていられるのかもしれません。

というわけで、せっかくの良い景色の写真も撮るのを忘れていて、これは帰り道に見えた海。
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その昔、それはもう二昔も前のことだけど、今は別荘が建っている場所には小さな古い農家があって、春先に作業のお手伝いをした後に晩ごはんに招待されて訪ねて行ったりしたことがありました。

その時はそんなに小さな家だとも思わなかったけど、その豪華な別荘と比べたら、ずいぶんと小さな家でした。今はもう跡形もないけれど。

キレイで大きな建物が出来ても、そこで暮らすヒトがいなくなってしまっては、どうしようもないよなぁ、と思いつつ、でもじゃあどうしたらいいのか、というのは簡単に答えは出ないモンダイですが、うーん、毎日、こんなこと言っているなぁ。

ま、でも、とりあえず、明日は議場で聞きたいことが上手く聞けたら、それでヨシとしましょう。何しろ質疑っていうのは3回までしか聞けないから、うっかり2回目3回目とかに、短いつぶやきのようなことを聞いてはもったいないので、ちゃんと無駄にならない聞き方をしなければ、と思っております。

そういうところも貧乏性なのかもしれません。

ではでは皆さま、ごきげんよう。

また明日。







# by sanahefuji | 2026-03-05 22:17 | 雑記 | Comments(0)

ここは五島列島福江島。「かたし」とは椿の古い呼び名です。2001年にIターンして就農した私たちが週に一度、土曜日だけやっている直売所&飲食店、ときどき居酒屋(居酒屋は予約制)「かたし」(2016年に「木ノ口かたし」に改名)での出来事、五島の暮らしの日常などなど。日本の端っこで繰り広げられる、ささやかな人生劇場を綴っていきます。


by 山﨑早苗
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