少女でなくとも「よかった探し」

農業委員会のお仕事に、地区協議会というのがあって、今日は午後からそれに行ってきました。

農地の転用や、農地を非農地にしたい、という所有者さんからの申請が上がっている土地を見に行って、実際それが出来るかどうか、というのを判断したりするのです。

で、それはともかく、今日見に行った農地の近くに木造の素敵な牛舎があって、中を見ずにはいられなかったワタクシが入ってみたら、お母さんの牛と子牛が1頭ずつ、おとなしく繋がれていました。

真っ黒の毛並み、濡れたような黒い瞳。

もう胸がキュンキュン、ときめきました。

牛っていいなぁ。牛舎の匂いも大好きなので、お仕事中のほんの一瞬ですが、とっても嬉しい時間でした。

「ももか」はジャージー牛なので茶色です。これはやはり外国の牛って感じですね。こんなふうな真っ黒の毛並みというのが、これぞ大和撫子、日本の牛って感じで、これもまたいいなぁって思いました。

その木造の牛舎も、大草原の小さな家のローラの家みたいな感じで、いいないいな!って思いました。



何週間か前に、たくさん洋服のお下がりを頂いて、その中から自分に合いそうなものを選んで、この間の日曜日のエアロビの練習の時に着て行ったら「それ、かわいい~」「今日は何か違うね~」「東京で買ってきたの?」って言われました。

してやったり!

ワタクシの着ているモノは、殆ど全部、お下がりなんだけど、好きなもの、似合うものを選ぶ、ということが随分と出来るようになってきた、ということかな?


そうそう、東京での表彰式の時に来た上着というのが実は、前の「かたし」時代に「ご自由にお持ち帰り下さい」コーナーに出ていたものを貰ったものでした。

それを着た写真が新聞に載って、それを見た前の「かたし」で常連さんだった方と電話で話している時、「さなへさん、表彰式の写真、めっちゃキレイに写ってましたよ!」と言われました。

これまた、してやったり!

ヒトが捨てるものを活かす、という「かたし」の精神で臨んだおかげ、かな?


「木ノ口かたし」に新しく入った商品、ノンホールのピアスを一つ買って、つけていたら、やっぱり「かわいい~」「ヨカね~」って誉められました。店員自ら率先して商品を試すという、心がけがヨカッタ、かな?


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手作りのリースを頂きました。「木ノ口かたし」にふさわしく、「かたし(椿)」の殻がついていて、とっても可愛い!

この扉、新生「かたし」改築の際にやっぱり「かたし」のお客さまから頂いたのですが、2枚組でナント60万円もする代物らしいですから、このようなリースも様になるってもんですね。

去年、イルミネーションが点灯しなくなってしまって、今年はまだ買ってなくて、イルミネーションは来年でいいか、などと思っていたら、こうして「木ノ口かたし」もクリスマスらしくなってきて、ヨカッタヨカッタ。



「よだきい病」だとか「引きこもり」だとか言って間抜けな失敗ばっかりしているものだから、ここにもついついそんなことばかり書いてしまうし、「引きずる人種」のワタクシはなかなか立ち直れないので、今日は愛少女ポリアンナふうに(古い!)ヨカッタことを、書いてみました。

皆さまも「よかった探し」してみませんか?















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# by sanahefuji | 2018-12-18 17:15 | 雑記 | Comments(0)

今年最後のあれやこれや

昨日はワタクシが所属しているエアロビクスチーム(と言っても、そんなにカッコいいものでなくて、年配の方も多いので、実にゆるやかなものですが)の今年最後の練習日でした。

毎年、公民館講座の発表会が文化会館の大ホールであるので、今はそれに向けての練習をしています。

この公民館講座の発表というものを、初めて見た時は、かなりの衝撃というか、カルチャーショックというか、とにかく圧倒されて、何か知らんけどスゴイ、と思ったものですが、自分もそこの住人になってみると、実に楽しいのです。

もともと運動は苦手で何でもヘタですが、音楽は好きなので、音楽に合わせて体を動かすのは楽しくて、また、汗をかくのも気持ちがいいし、何よりメンバーが楽しいので、誘われて入ってからというもの、出産で休んだ以外はずっと続けています。

それから今日は、前の「かたし」時代に始まった「ゆる体操」の今年最後の練習日。

一年、早いね~、と言いながら、「ゆる仲間」たちと、今日は練習の後に年末恒例の「うとん山農場の餅入りぜんざい」でお茶しました。

こちらも「ゆる仲間」とのお喋りが楽しい。

女の集団というのは時々、難しかったり、ややこしかったり、というのがあったりするのかもしれないけれど、ワタクシが所属しているこの二つに関して言えば、少なくともワタクシはそういうのを微塵も感じたことがないし、多分、他のヒトもそうじゃないかなぁって気がしています。だからとってもいい感じ。

そして、これらを何年も続けていて、ここにきて思っているのは、この二つはワタクシの合唱のために、すごく役に立っている、ということなんです。

あ、そうか、これは合唱のためにやっていたのか、と思うほど。

歌を歌う、というのは、体を楽器にするということですから、その楽器の性能を上げるための「ゆる体操」、そしてリズム感、表現力などを上げるための体の動きの訓練「エアロビクス」ということで。

そうか、そうか、そうだったんだ、と、計画性はなくとも、ちゃんとこうして、必要なことは繋がっていくのだなぁ、とまたしても思っているところです。

合唱に関しては、何度も書いている通り、ワタクシの合唱魂は再びメラメラと燃えておりまして、コレに関しては、ただ自分が楽しんで歌う、というより少し上の世界に足を踏み入れたい、などという願望がありますので、これからも訓練を続けていき、そこに近づきたいものであります。

ちなみに合唱は今週の水曜日が、今年最後の練習日です。

こうして、いろいろ練習納め、ナントカ納めの時期ですね。

「木ノ口かたし 昼の部」は22日(土)が今年最後の営業日(夜の部は違いますが)。

本当に今年も一年早かったですね。

そして今年はワタクシにとっては、学びも多く、実りも多い、とってもいい年でした。

日々、間抜けな失敗を繰り返してはおりますが、それでもそれでも、それ以上にいいことが、いろいろたくさんありました。

今まで気が付かなかったことに気付いたり、感じなかったことを感じたり、年をとるのもなかなか素敵、と思えることがいっぱいあって。

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ハルさんの、来年の干支の人形、イノシシもお目見えしました「木ノ口かたし」。

12年前のイノシシの人形とは型が変わって、新しくなったイノシシです。12年前にこの福江島にはイノシシがまだいなかったので、ハルさんは本物を見たことがなかったけれど、いつの頃からか海を渡ってやって来たイノシシが増え始め、数年前よりここらあたりでも、よく見かけるようになったので、「本物を見て」作ったのがコレ、というわけ。

狩猟免許を持っていて、よくよくイノシシと対峙する機会の多い夫曰く、頭部の「たてがみ」のような部分の特徴がよく出ている、とのことでした。

さすが、ハルさん!

あ、そうそう、写真を載せられたことからも分かるように、カメラの充電器、ありました。

また充電器がないない、どこ行った?と言っているワタクシに対して、子供たちからは「かーちゃん、置く場所を決めておいたら」などという、すこぶる真っ当な、片付けのイロハのイ、というようなアドバイスを賜りまして、一体どっちがオトナか分からん状態。

しかしながらワタクシは「いや、決めていたんだけどないんだよ。」などと言い訳をする、という更にオトナげない対応。

いや、ホントなんですよ。いつも置く場所は決めていたの。

なのにない、と思ったら、その場所のちょっと奥に隠れていたのですよ。

ただ単にちゃんと探してなかった、というだけのことでした。

このような場面においても有効な京都の友人の格言、「同じ場所を7回探してからヒトを疑え」でしたね。

皆さまもどうぞ、お気をつけ下さいませ。

そして、今年最後のいろいろな納めごと、心穏やかにやっていきましょう。















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# by sanahefuji | 2018-12-17 23:24 | 雑記 | Comments(0)

波長が合うヒト

波長が合うヒト、というのがいます。

ワタクシには計画性というものが欠如していて、将来のためにこれをした方がいい、とか、「このヒトといたら、こういういいことがあるから近づく」とか、そのような計算というか堅実な考えのもとで動くことというが、これまで殆どなくて、おそらくこれからも、そう出来たら間抜けなことも減るだろうに、とは思うけれども、多分それほど出来ないんじゃないかな、と思います。

人間って本質は変わらない、というのが、年をとるごとに分かってしまったからです。むしろ、それは濃くなっていくような気すらして。

では、どのようにして動いてきたか。

勘です。直感というか。重要なことの殆どはその直感に従って決断して実行してきた、と思います。

でも、それだと他のヒトが聞いた時に納得しないから、後から理由をくっつけて、もっともらしく話すのだけど。

しかしながら、直感というのは実に正しい、と思うんです。

「あれ、なんか変だな。おかしいな。」と本当は感じているのに、「いや、今回はたまたまそうだったのかも。」とか「いや、何かの間違いかも。」とか否定してみても、後から考えると、最初に感じた「変だな」の方が実に正しかったのだ、というように。

移住者というのは「どうして五島に来たんですか?」ということを地元のヒトに必ず聞かれます。

ワタクシは引っ越して来るまで五島に来たことは一度もありませんでした。情報収集なども全くしないので、五島について何も知らなかったのです。夫は学生の時に自転車の旅で北海道から福江島まで、映画「刑事物語」のロケ地巡りをしながら来たことがあった、とは、前にも書いたかもしれませんが、あと、引っ越す前の下見にも夫が一人で行ったのです。

新規就農者を受け入れてくれる自治体を探して、いろいろ電話したりしていて、ワタクシはその時ただ、うちにあった黒電話の横で、担当の方と話している夫の会話を聞いているだけでした。

これって前にも書いたんですけど、スミマセンね、同じこと書きます。

その時にワタクシの中に、見たこともなかった五島の海の風景が、パーッと広がったのです。本当に。そして思いました。「あ、私ここに行くんだな。」と。

世間のヒトというのは、夫に連れられて妻は後ろからついて来た、というふうに見ます。何故か必ずそのような図式を当てはめるんですけど、皆さま胸に手を当ててよくよく考えて頂きたい。

家の中で女って、そんなもんじゃないでしょう?

どんなふうな形をとっているにせよ、夫に従っているように見えたとしても、女というのは、家を必ず自分のいいように、自分のしたいようにしたい、という欲求を持っているものです。しかも男のヒトの何十倍も神経が図太くて、強いのです。

違いますか?

女であるワタクシは、この力と図太さに気付かずに、多少なりとも関わった男のヒトの「うすはりグラス」のように繊細な心を粉々にしたり、絹糸のように細い神経をいともたやすくブチ切ってしまっていたのかも、というのが、今さらながら分かってきました四十路の後半。

ホントに配慮が足りなかった。

いろいろと手遅れかもしれませんが、そう思う。

それはともかく、であるからしてワタクシが「五島?なんか違うと思う。行かない。」などと言ったら、きっと別の場所になっていた、と思います。

女のヒトが乗り気でないのに、移住をしてもうまくいかない、とワタクシは考えます。

女のヒトというのは、どんなに可愛らしく大人しく見えたとしても、心の中で「こうしたい」という欲求の炎を燃やしているハズですから。だから、むしろ、それをうまく利用した方がすんなりいくのではないか、と。

そんなわけでワタクシたちは五島にやって来ました。直感というのは実に正しい、というのを確信します。そりゃあ、色々あるけれど、この間書いたみたいに「もうどっか行く!」なんて短絡的に思ったりすることだってあるけれど、とっても居心地が良いです、これはずっと、本当に。

島外に出ても、すぐに島に帰りたくなります。ぜんぶ何もかもひっくるめて、ここが好き。

だから、いつもいつも直感に従って生きていけたら、本当に間違いがないんだけれども、でも、なかなかそうもいきません。

人との関係も、そう。

年齢性別職業家庭の事情その他いろいろ、全部がくっついてそのヒトになっているから、それを無視して関わる、というの、出来ないでしょう、普通。

でも、あ、このヒトと私、すごく合うんだけど、と分かるヒトがたまにいて、それで仲良くなって、いろいろ話して、でも、やっぱりいろいろな世間の肩書というか、立場というか、年齢もすごく差があったりして、そういうものを越えられなくて友情が成立しなかったりして、残念だなぁって思うのです。

久しぶりに会って、ゆっくり話したりしてる時、あ、ホント波長が合うなぁって思って、楽しくなるヒト、そういうヒトが近くにいてくれると、それはとってもシアワセなことではないだろうか。

そんなに大勢いるものじゃないから、それはホントに貴重なことで。

ワタクシがそんなふうに友情を感じていた一人の方が、去年の今頃、亡くなりました。しかも自ら命を絶ったということを後で聞いたのです。

去年の今頃、ワタクシはそのこともあって、何かポッカリ穴が開いたような心持ちであった、と思います。

一年たって、それは「あのヒトらしい最期かも」と少し納得してきたかも、と思います。

ホントに「わがまま」で。

「わがまま」が悪いことだとはワタクシには思えません。自分もとっても「わがまま」だから。

形式的なことは、何もしていないけれど、ワタクシはワタクシなりに、そのヒトのことを、こうして日記に書いたりすることで、追悼しようと思います。

心のままに生きていくって、むずかしいな。

命を全うすることも。

アナタは全うしなさいよ、と、そのヒトがワタクシに言っているような、そんな気もしているのです。
























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# by sanahefuji | 2018-12-16 10:15 | いろんな人 | Comments(0)

犬はどんな夢を見るか

ワタクシの間抜け話も聞き飽きたでしょうが、今朝はカマドでごはんを炊こうと思って、火をつけてから、羽釜の中に何も入れてないことに気がついて、慌てて米と水を入れたんです。

昨夜、車のライトを点けずにしばらく走ってしまいました。相当な距離を走ってから、やっと、「なんか暗いな」、と思ったんです。

深いブルーの色が気に入って買った皿を、うっかり落として割ってしまい、それは真っ二つに割れました。あー、なんということ!

このような時は、なるべくじっとしていた方が良いのです。とりわけ夜になど出歩くもんではなかったノダ。

けれども、今日はサトのバレーの新人戦で、サトったら昨日の夜になってから、アクエリを買いに行きたい、だとか先生のお弁当の注文に行かないといけない、などと言い出すものだから、仕方なく出かけたのでした。

そういうことは、もっと早くに言ってくれればヨカッタのに。

そしたら昨日の夜に出かけずにすんだのに。

ヒロシです。

オキノヒロシに会いたいな。

ワタクシとよく似た、不器用な友人、「うとん山農場」の牛の「ももか」の飼い主オキノヒロシ。でも彼はワタクシよりも随分と心が純粋だったので、この世の修行をさっさと終えて、あの世に行ってしまったんだから、なんだかズルイと思ってしまう。

ワタクシには、まだまだこの世での修行が必要らしく、こうして間抜けな失敗ばかりを繰り返していて。

犬も歩けば棒に当たる、というように、出かけると、何かしらに出くわして、間抜けな失敗を、誘発したりすることが、確かにあるのでございます。

だからそんな時は「引きこもり」が正解。

でも引きこもっても大丈夫。

「木ノ口かたし」には、いろいろなヒトが来て下さって、いろいろお話できるから。

今日は、とりわけ、午後からゆっくり話が出来て、一つ気がついたことがありました。

ヒトの悩みや愚痴を聞く、ということの重要性です。自分とは違うヒトの悩みを聞くことが、それが実は自分の助けにもなるんだなぁ、ということが分かったのです。そのヒトが話している悩みとはまったく別の悩みを自分は持っているけれど、あ、そうか、ヒトはみんないろんな悩み、それぞれが違った悩みを持っているんだな、と気がつくだけでも随分と有意義なことです。

いろんなヒトがいて、いろんな考えがあって、いろんな立場があって、いろんな暮らしがある、ということが、話しているうちに分かってくるから、少し視野が広がるのです。

このようにして「かたし」はいつもワタクシを、助けてくれるのでありました。

今日は「木ノ口かたし 夜の部」もあったので、長い長い1日でしたけど、「木ノ口かたし」には、いつもいいお客さまばかり来て下さるので、そんなお客さまとお話しているうちに元気も出てきました。昨夜のことを引きずって、いきなりカラの釜に火をつけようとして一日が始まったのでしたが、それでも今日は良い一日になりました。

でもね、カメラの充電器がどこに行ったか、分からないのです。

また!

なので今日の「かたしのお昼ごはん」の写真も撮れなかったのですけれど。

いつか、どこのどなたさまかに贈られた、お花、少なくなったけれど、窓辺に小さなブーケのようにして飾っていたら、それに射す陽が美しく、写真に撮りたかったのですけれど。

昨夜からの長い長い一日に、起こった出来事、考えた事、面白かったラジオの話、書きたいのは山々ですが、本日はここまで。

よい夢を見られますように。

















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# by sanahefuji | 2018-12-15 23:32 | 雑記 | Comments(0)

瞳を閉じれば蓮(はちす)の花が 瞼の裏にいることで 

こんにちは。

早いもので、12月も14日です。

14日!

引きこもり傾向は相変わらずですが、その分、家で仕事を真面目にやろう、と決心しているそばから、昨日一昨日と、ゴミを出しそびれ、昼ごろになって、アレマ、二日も連続してどうしてゴミを出すのを忘れていたんだろう、不思議だ、と思ったりしていたのです。

20年も主婦をやっているのに、何も成長していないようで、というか、ひょっとしたら既に退化の時期に入っているのかもしれない、という恐れと共に、今日は絶対に絶対に忘れないで出そうと昨夜から思っていて、朝になっても忘れずに出すことが出来たので、ホッとしております、そんな本日はもう金曜日。

金曜日!

明日は「土曜日開店 木ノ口かたし」、今年あと2回のうちの貴重な1回ではないか、ということで、明日バタバタしないよう、今日は午前中、ちょっとガンバリました。

人間は、キビキビと立ち働く姿というのが一番美しい、とワタクシは思います。とりわけそこに、姿勢の良さ、というのが加わると、ますます美しく見えます。そういうのは、意識してなくて備わっているものなので、これを持っているヒトビトをワタクシは本当に羨ましく思います。なのでワタクシも美しく立ち働く姿をイメージし、そして自分は今まっすぐ立てているかな、と自分で確認したりしているのですが、もともとがあまり姿勢がヨクナイものだから、これはなかなか難しい。

ごくごく平凡な日常の風景の中にあって、そのような美しい立ち姿、というのは、まるで泥の中からスックと伸びて、夢のように美しい花を咲かせる蓮の姿にも似ています。それを思い描いていると、なんだか自分もそうなれるような気がして、いつもよりほんの少し頑張れる気がするのでした。

寅さんの歌にもあるではないか、「どぶに落ちても根のあるヤツは いつかは蓮(はちす)の花と咲く」ってね。そんな根のあるヤツに憧れる、ワタクシ、デラシネ(根なし草)でありました。

あっ、そう言えば、映画「男はつらいよ」、22年ぶりに新作が出来るそうですね!もうホントにすごくすごく楽しみです。絶対に映画館で見よう、と思います。長崎に見に行く!

と、ここに決意表明をしておきたいと思います。ゴミを出すのは忘れても、これは絶対に忘れない自信があります、寅次郎のワタクシです。

さて今日は新しい商品も来ました。
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大泊産、干し椎茸でございます。これから、お節料理などで大活躍の椎茸、一袋400円です。これで「木ノ口かたし」の肉まんの具の中の椎茸も安泰ですわ。

それから、シュトレンは、丸ごと1個の分が2つ売約済みですので、販売分はハーフの4つだけですが、どうぞ。来週はもう少し増やせると良いのですが。
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その他、餅もいつものように玄米餅と黒米餅、古代米は赤米と黒米、ミックスがございます。

石黒さんの野菜も毎週、葉物や大根、白菜が来てますので明日もあるかと思います。

白米、玄米、餅米、卵、と、わが農場の農産物、今年は豊富にありますので、ぜひどうぞ。

何度も言いますが、今年の「木ノ口かたし」も明日と22日(土)のあと2回、どうぞどうぞよろしくお願いいたします。

ちなみに「木ノ口かたし 夜の部」は、年内いつまででも大丈夫。元旦早々も、きっと開いていることでしょう(昼間から)。

近ごろは「木ノ口かたし 夜の部 de 恋活」というようなものも、ちらほらと緩やかに開催されたり、企画されたりしておりますよ。興味がある方、ぜひどうぞ!ご相談、受け付けております。

ではでは、まずは明日の「木ノ口かたし 昼の部」をどうぞヨロシク!







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# by sanahefuji | 2018-12-14 13:17 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

昨日見た夢

なかなか行くことが出来ない場所が夢に出てきました。

夢というのは、こういう夢が見たいと思っても、そうそう都合よく見られるものではなく、まるで意味が分からない場合が多く、ちゃんとしたお話にもなっていないのだけれど、妙に印象に残る場合もあります。アレはなんだったんだろう、とか思って。

その場所は、しばらく行かないうちに、えらく様変わりしていて、それは何か文化祭で教室を暗くしてプラネタリウムでも作ったような、そんな雰囲気になっていました。だから、そこにいるヒトの顔も何も見えず、これでは困るのではないか、と思いつつ、連れのヒトとお目当ての物のところに行きました。

この連れのヒト、というのも全然親しいわけでも、よく会うヒトでもなく、二人で一緒に行動したこともないヒト、しかも女子高校生なのですが、何故かその子がワタクシに一緒にそこに行こうというものだから、ワタクシは少し動揺して、え、どうしよう、と思いながら、でもついて行った、ということだったのです。ホントに夢って意味が分からない。

で、その子は、そこで缶ではなくてプラスチックのカップに入ったような種類のコーヒーがあるでしょう、ストローがついたやつ、それを買いました。その薄暗い中で。

それを見たワタクシは、あ、これは見覚えがある、と思い、ある一つの出来事を思い出し、それとその場所が緩やかにつながった、と思いました。

あれは春のことでした。

年末になって慌てて蒔いた小麦が、けっこうきれいに生えそろい、少しずつ大きくなってきて、それと同時に畝の間に草もびっしり生えてきていたので、ワタクシは一列ずつその草をとっていました。

その少し前に、なかなかハードなことがいくつか重なり、さらに、とどめを刺されるような出来事があったばかりのワタクシは心穏やかではない状態だった、と思います。

その畑は道路に面していて、その時、竹の師匠の車が通りかかり、下を向いて草をとっていたワタクシは顔をあげ、そして手を挙げて師匠に挨拶しました。

しばらくすると、その師匠の車が再び現れ、車から降りるとワタクシに「はい」と言って白い袋を手渡して、にこにこしながら去っていきました。

師匠が去った後に、その袋の中を見てみると、そこには、昨日の夢の中で女子高生が買った種類のプラコップに入ったコーヒーと、ワタクシが愛してやまないアイス、ブラックモンブランが入っていたのです。

竹の師匠がワタクシのブラックモンブラン愛を知る筈もないですから、それは単なる偶然なのでしょう。

その日は汗ばむ陽気、というような、春にしては暑い日でした。だから、その冷たいコーヒーとブラックモンブランが本当に美味しく、また、師匠の優しさが心に沁みました。

実はその時ワタクシは、どこかに出稼ぎにでも行こう、などと考えていて、ネットで住み込みの仕事などを探してみたりしていました。このままでは子供の大学の入学金も払えないし、その方がまとまったお金も手に入るし、一時でもこの地域を離れた方がいいのではないか、などと思い詰めていたのです。

その「とどめを刺された」出来事とは、地域の集まりでワタクシに飛ばされた野次でした。詳しくは書きませんが、どうしても物申さずにはいられなかったワタクシが、普通ならば異議を申し立てたりせずに、すんなり受け入れるのがこの世間の常識、という場面で、ゴチャゴチャと言い始めたものだから、その場にいた誰かから飛ばされた「それなら、他所で暮らせ」などという野次でした。

これには打ちのめされました。

長いこと住んでいるうちに、公の場で女が何か発言などしても、いいことは何もない、むしろ状況は悪化する、ということをことごとく学んでいたハズのワタクシでしたが、その時はどうしても言わなくては気が済まなくて、ついつい発言してしまい、その結果がそれ。

またやってしまった、と思い、その時の心境は本当に「とどめを刺された」獣であった、と思います。

著しく思考が狭いワタクシは「もう、絶対にどこかに行く、出稼ぎに行ってお金を稼ぐ!」などと思い詰めて、住み込みの仕事を探して、自分の情報を打ち込んで、もう申し込んでしまおう、などという寸前までいっていた、のでした。なんともお恥ずかしい話なのですが。

そんな時でしたから、ポロポロと涙をこぼしつつ、その師匠の差し入れて下さったブラックモンブランを食べました。

そして我に返りました。

あんな野次を飛ばすようなヒトよりも、こんな師匠のようなヒトの方がたくさんいて、皆、ワタクシたちを支えて下さっていたんじゃないか。それなのにワタクシは、もうここにはいられない、どこかに行ってしまおうなんて、短絡的な考えに支配されて、なんと愚かだったんだろう、と。

まぁ愚かなのも、恥ずかしいのも、そうそう治るようなことでもありませんが、その時は実に単純にそう思い直したので、単純なのも時には便利です。

昨日夢に出てきたその場所も、フラフラしたワタクシを、けっこうしっかりこの地に繋ぎ留める一つのきっかけを与えてくれた場所だった、師匠の差し入れてくれた、あのコーヒーとブラックモンブランみたいに、と改めて感謝の念が湧いてきました。

夢って不思議。

出稼ぎを断念したワタクシ、夏に例の農業記録賞の話が来た時に、その野次というのが実に効果的に甦ってきて、「もう絶対に絶対に30万取ってやる!!」という闘志に火をつける役割もしてくれたことは、内緒にしておこうかと思ったけど、実はそういうこともあったのですダ。

ほんっとに悔しくて頭にくる野次でしたからね。

あんなこと言われて黙って引き下がるか!!

とワタクシは思いましたのです。ホント、健気でもなんでもない、生意気なオナゴでございます。叩かれるのも無理はない。

しかしまぁ、おかげ様で、この地域での暮らしを書いて、メデタク30万円頂くことができました。野次を飛ばして下さった方にも感謝いたします。

だからですね、何がどうやってどのように作用して、どういう結果になるか、ということは、ホントに分からないことなのです。

それは夜に見る夢と同じくらい、分からないものかもしれません。

夢も現実も、不思議です。






























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# by sanahefuji | 2018-12-13 09:38 | 雑記 | Comments(0)

フーテンからのご提案

おはようございます。皆さまごきげんいかがでしょうか。

本日、週の真ん中、水曜日。ワタクシにとっては「土曜日開店 木ノ口かたし」に向けてじわじわ焦り始める曜日です。

先々週に「木ノ口かたし」の厨房に設置された業務用のガスレンジに付属のガスオーブンですが、業者の方に見てもらったら、やっぱり温度調節機能が壊れていて、その機器を交換しなくては利くようにならないらしく、今週はもう間に合いません。

というわけで今週は再び電気のオーブンでシュトレンは4つだけ焼くことにしました。なんとかガンバッて自家用&予約のパンも焼こうかなぁ。「よだきい病」などと言って、のろのろしているばかりでは、回復しませんから、無理矢理にでも動くしかありません。

それで昨夜、なんとか生地をこねました。シュトレンの生地には、たくさんの材料を使います。いくつかの季節を越えて準備もします。
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例えばオレンジピールなどは、柑橘を溢れるほどに頂ける、春に作っておきます。それを見ながら、あ、これを作ったこの頃には、こうだったな、ああだったな、などと思い出します。あの時は、まだガスオーブンも壊れてなかったし、今の自分の状況がこんなふうになっている、なんてまるで想像もできないことだったなぁ、などと思ったり。

時は流れ、状況は変わってゆくもの、それはこれからもそうなのだから、その時その時で一番良い方法を探ってゆくしか、ないのだなぁ。

そう言えば、この間の土曜日の「かたしのお昼ごはん」の記述がまだ、でした。土曜日の夜、ダラダラと長い日記を書こう、なんて思っていたのに、結局コタツで寝てしまって、何も書けなかったのでした。

この間の「かたしのお昼ごはん」は、
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・おでん
・大根の皮のキンピラ
・フライド(スイート)ポテト
・リンゴとブロッコリーのサラダ(イノシシハム入り)
・卵焼き
・白菜とタアサイの味噌汁
・カマド炊きごはん
・長野のリンゴ&胡桃&わが家のサツマイモのケーキ

でした。

今年の「木ノ口かたし 昼の部」も、12月15日(土)、12月22日(土)、と残すところあと2回、となりました。

12月29日(土)はお休みさせていただきますので、この2回の「木ノ口かたし」をどうぞよろしくお願いいたします。お餅やお米、餅米など、今年はたくさんございますので、御入り用の方は、どうぞお申し付け下さいませ。ナント、優秀なことに今年はこの時期に、意外と卵もそこまで減ってなくて、まずまずありますので、お正月用の卵もぜひどうぞ。

今年も、この場で皆さまには、だらしないワタクシのグダグダぶりをさらしてきたように思いますが、でもまぁ、こんなヒトでも割と楽しそうな暮らしができるんだな、と思って頂けたら、それは駄文書き冥利に尽きることでございます。

ワタクシは他所からやってきて、こうして豊かな暮らしをさせて頂いておりますが、年々いろいろな面で五島の暮らしを支える人材などが薄くなってきていることは、ものすごい危機感と共に感じています。

なので、ワタクシが思うことは、やはりこの地が本当の故郷である方々が、なるべく若いうちに戻ってきて、「ここで豊かに暮らす!」という決意を持って下さるといいな、ということなんです。

よそ者が、何を勝手なことを言うか、と思われるかもしれませんが、やっぱり、いろいろなことを考えに考えて考えた末に導き出される結論は、いつも、そういうことです。

いろいろな困難や面倒なことや、楽しくないこともあるかもしれませんが、どうか、戻ってきて「ここで豊かに暮らす!」という決意をして下されば、とワタクシは思います。いくら移住者が増えても、「五島の心」は守れない、とワタクシは思うから。

とりわけ今、移住者が増えていて、それはいいことかもしれないけれど、自分も移住者でありながら、こんなこと言うのもナンですが、何かが違う、と感じることも多いからです。

戻って来て下さったり、ずっと地元で根を張って暮らしている地元の方々から、ワタクシは多大なる恩義を受けていて、沢山のモノを頂いて、力を分けて頂いて、そうして成り立っている暮らしの様子を書いたことで、今年は賞まで頂いて、とってもとっても感謝しています。

だから、どうか、なるべく早いうちに誰もかれもが、「田舎に戻る!」を検討していただけたらな、と思っておりますワタクシです。

まぁ自分自身が故郷に戻ってないのに、こんなことを言うのもホントにナンナンですが。

「もし~だったら」などと思うのは、馬鹿げているとは思いますが、ワタクシも「もし母が生きていたら」などと思うことがあります。それは全く違った人生になっただろうな、と。

故郷に戻ったかも、と思ったり。

あ、でもそれは、全然残念なことではないんです。こういう根なし草な性格になったことも、フーテン気質も、なにもかも、そんなふうにしかなれなかったし、それでよかった、と思うんですよ。だって、それだからこそ、いいこともいっぱいあったから。

だから今ワタクシは、こうして五島で暮らしていて、良い出会いもたくさんあるのですから。

とっても幸せです。

でも、事情が許す方は、ぜひ、誰もかれも「田舎へ戻ろう!」

そして、「ここで豊かに暮らす!」と、並々ならぬ決意を持って欲しいな。

ワタクシは、そのように思います。



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長野の胡桃を消費するため、最近はもっぱら胡桃パンばかり焼いています。それからやっぱり長野のリンゴをジャムにして、クリームチーズと。イノシシハムも、絶品!美味いです。イノシシ臭ゼロです(ワタクシは少しでもイノシシ臭があったら食べない、という贅沢者です)。

どこの田舎も田舎は素敵!








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# by sanahefuji | 2018-12-12 09:58 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

ゲゲゲの鬼太郎の話

おはようございます。

相変わらず「よだきい病」のワタクシですが、今朝は割と早く目が覚めて、味噌汁も作ったし果物もむいたり、一応普通に朝ごはんの準備などして母の役目を果たしたので(低レベル)、昨日から「あっ、このことはどうしても書いておかねばならなかったんだ!」と気になっていたことを忘れないうちに書くとしましょう。

それは、一昨日放映された「ゲゲゲの鬼太郎」の話。

こちらの地域では、「ゲゲゲの鬼太郎」は日曜日の朝6時半からやってます。なので、ワタクシもまぁまぁ見やすい時間と言えます(わが家には録画機能がついた機器がありませんから)。

前に書いたことがありますが、鬼太郎さまに憧れて憧れて、下駄を履いて歩きまわっていたワタクシとしましては、今もこうしてその凛々しいお姿をテレビで拝見できますことは、なんというシアワセかと思います。

しかも、ですね、この度の「ゲゲゲの鬼太郎」では、初代の鬼太郎の声を担当しておられた野沢雅子さんが、なんと目玉おやじの役をやっていらっしゃる!

ちょっと、これには感慨深いものがありましたワタクシです。

野沢雅子さんって超有名な声優さんですから、名前を知らないヒトでも声は絶対に知っているハズです。一番有名なところではドラゴンボールの孫悟空の声、と言えば分りますね。ちょっと古いけど、銀河鉄道999の星野鉄郎とか。あー、メーテル!!

おっと、今回のゲゲゲの鬼太郎の話でした。

今回出てきたのは「小豆洗い、小豆はかり、小豆婆」という小豆関連の妖怪。

この小豆洗いという妖怪は、河原で小豆を洗う音をさせて人間を驚かす、という、けっこう地味な妖怪。とはいえ、昔の世界ではそれなりに怖がられていたところが、現代では、そもそも「小豆を洗う音」などというものが何か分からないし、歩いているヒトはスマホなんかいじっちゃって、そんな音なんて聞いちゃいないんですね。

そうそうこの間、都会に行って来たワタクシが感じた通り、現代は周りの世界に対して自分の感覚を閉じている、というのが普通ですから。

それで、この「小豆洗い」たちの小豆を洗う音なども「スルー」されてしまうわけ。

その現状を憂う、この小豆トリオに対して、ビビビのねずみ男が近づいて来て、金儲けを企むわけです。この小豆トリオを「U-Tuber」に仕立て上げて、人気者にしてしまうのです。でも、これ、ねずみ男、なかなかスゴイな、と思いますね。今は多くのヒトビトが、ネット世界で一発当てよう、などと思っている世の中ですが、そうそう誰もが思ったように人気者になれるわけじゃないですもの。

しかも、ねずみ男のセリフが面白すぎました。この小豆トリオたちに「オレさまがナウなヤングにしてやる。」とか言うんです。「ナウなヤング」ってアンタ、それ死語!

なのに、一発当ててしまう。スゴイですね。ホントに何が流行るか分からん、ということです。

で、小豆トリオたちは、一世を風靡するのですが、そこで「自分は小豆を捨てて何をやっているんだろう。」と真っ先にギモンを持って悩むのが「小豆はかり」という一番堅実そうな地味な方。人気者になって、多くのものを手に入れたようでいて、実は一番大切なものを失ったんではないか、本来の自分ではなくなってしまったのではないか、と気付くのです。

そこで、「小豆洗い」は、それもこれも小豆復権のためなんだ、と反論するも、「小豆はかり」は離脱、トリオは解散の憂き目にあいます。

ところが、小豆婆は「小豆グランマ」と銘打ってソロデビューして、その人気の傍ら、小豆製品の物販を始め、「小豆グランマ」の小豆は美味しいとヒトビトに言わしめ、彼女が小豆復権のために実は一番能力を発揮しているのです。

喋れないバアサマかと思ったら、実は一番デキる女だった!

というちょっとオドロキの展開。

しかしながら、流行は廃れるのも早く、小豆トリオまたまた一緒になって、鯛焼き屋の裏方で、美味しい餡子を作っていて、「あの3人は小豆の扱いが抜群に上手いんだ」と、その鯛焼き屋のご主人に言われ、そしてお店の評判も上がっている、ということでありました。と、このように堅実路線で一件落着、メデタシメデタシ。

と、簡単に言えばこのような話。

この話は実に深いテーマを含んでおります。ワタクシもこの小豆トリオたちと同じような思いを抱えている、とも言えるので、これは他人事とは思えない共感を持って見ましたよ。

何度も言うように、ワタクシが、それらのより良い発展のために残りの人生を捧げようと決めている3つのもの「農業・合唱・田舎の暮らし」これらは、小豆に負けず劣らずホントに地味なこと。

一般的に言えば、興味を持ってもらうこと自体が難しい分野です。多くのヒトビトの目は、もっとパーッと華やかに見える世界に注がれてしまいますからね。

だから、小豆トリオがやったように、興味を持ってもらうところから、と考えると、どうしても今は「インスタ映え」だとか、「スタイリッシュ」だとか、そのような言葉が該当するものにしなくてはならないのだろうか、と考えるわけです。

ちょっと前に書いたけど「農家のオバサンイメージアップ」計画も、同じ発想、と言えます。少しでもキレイにしてないと、農家のイメージが悪くなっては若いヒトに敬遠されてしまうかもしれず、そうするとワタクシの本来の目的、農業のより良い発展、というところから、離れてしまう、などと思うから。

でも本当にワタクシが多くのヒトビトに知って欲しいのは、それらの中にある、地味だけれども、素朴で何気ないけれども、実は静かに楽しいこととか、喜びとか、充実感とか、そういうものなんですけどね。

でも、それらが醸し出す佇まい、というようなものは確かに外側にも現れるから、見た目や外観というのも、ワタクシはけっこう侮れないと思うし、重視するのも分かるんです。「さなへさんって面食いね」と何故か言われてしまうくらい、無意識に外見重視かもしれないワタクシです。あ、これはカンケーないか。

本気で何かをどうにかしたい、と思えば思うほど、まぁ、そんなふうに、いろいろと悩んでしまうものです。

そのことが、ひしひしと伝わる、この度のゲゲゲの鬼太郎のお話でありました。

余談ですが、今のゲゲゲの鬼太郎では、猫娘がアニメの美少女ふうになっていて、以前のチビでブスの猫娘とはまるで別人(妖怪か)になっている、というのが、一番大きな変化かな、と思います。

この点に関しては、ワタクシは大いに結構だと思います。女子が見目麗しくなるのは良いことです。

以前よりも格段にキレイになった猫娘ではありますが、でも鬼太郎さまへの仄かな恋心、というようなものは以前と変わらずひそやかで奥ゆかしく、あぁ猫姉さん、良いですなー。

ゲゲゲの鬼太郎、なかなか深いです。

























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# by sanahefuji | 2018-12-11 08:24 | 雑記 | Comments(0)

お恥ずかしい話

近ごろの日記に「プチ引きこもり」である、などと書きましたけれども、先週は東京に行っていて、帰ってからは、なんだかんだと行事があって出かけたり、その打ち上げがあったり、で、それらに全て参加していて、一体どこが引きこもりなんだ、ということなので、これは「プチ引きこもり」というよりは、ワタクシに時々訪れる単なる「よだきい病」かもしれない、と思いました。

よだきい、って便利な大分弁。

とにかく広範囲の、面倒だとかヤル気が出ないとか疲れたとか、そのようなことを全て含んだ言葉です。

方言というのは懐が深いのですな。

で、その「よだきい病」に罹患しておるワタクシですが、しかし、いろいろとやることはある。今夜も予約が入っているから、昨日の「夜の部」の片付けをして掃除をしなくてはならないし、それよりも家が、ホントひどいことになっている!ブルーベリー畑の草刈りをしようしようと思って全然してない!小麦を蒔く準備も全然してない!年賀状も買ってない!

ところがしかし「よだきい病」のワタクシは、今この時間にこんなものを書いてしまう。堕落の淵から這いあがれません。誰か助けて。

世の中のきちんとお勤めに出て働いている方々は本当にエラい。昨日、お友達のお宅でも思ったことですが、世の中のきちんとしたお母さん、主婦の皆さまも本当にエラい。皆さまの働きは実に美しく、それは自ら発光する静かな光をたたえているようにワタクシには見えるので、そのようにキビキビと立ち働くヒトビトの姿をワタクシは常に尊敬の眼差しを持って、いつも見つめておりますのです。出来ればずっと見ていたい。

この「よだきい病」に罹った時に、前にワタクシがやった治療法は、いろんなことを差し置いて、一冊の本を一気に読んでしまう、というもの。これはけっこう効きました。実に爽快な気分になってヤル気も出てきました。

でも、ダメ。今日はそれは出来ない。後で泣きをみます。

なので、ここにダラダラ書くにとどめます。

お恥ずかしい話を一つ。

新しくなった「木ノ口かたし」がオープンしたのは、2016年の春でしたから、もうそろそろ3年の歳月が流れようとしております。

この新生「かたし」を作っている時に、9日間だけ来て頂いた大工さんは、前の「かたし」の時からタイヘンお世話になっていて、その「かたし」改築を皮きりに「古い建物を改築する」といえば、この大工さん、というようになっていって、ご本人の意向はともかく、五島の中の古い建物を甦らせるための、もう神様のようなヒト、とワタクシは思っています。

新生「かたし」建設の時、何かしらの補助金とかそういうのは、なんかどうもワタクシたちには合わないみたいだ、と言って、早々に選択肢から外してしまったし、夫がバイトを始めたけれど、それは大きくなる子供たちにかかる費用などで消えてしまうことが多いものだから、なかなかお金もたまらずに、困ったなー、どっかで借金でもしないとかな、ということだったのですが、この神様のような大工さんが「借金はせんでヨカじゃなか?お金はある時払いでヨカよ。」と言って下さって、ワタクシたちはそれに甘えさせてもらいましたのです。

けども、しかししかし、ワタクシたちは、この大工さんに新生「かたし」の時に来て頂いた賃金および、立て替えて頂いていた資材費などを、もうすぐ3年もたとうかという今になっても、まだ全部支払っていなかったのですね。

その「ある時払い」は、一万円、また一万円、次は3万円、などというふうに順調に行ったかと思えば、何ヶ月も間が空いて遅々として進まず、というのを繰り返しておりました。

そのように恥ずかしい限りのワタクシたちではありましたが、昨日、その全てを、やっとやっと払ってしまうことが出来ました。

ここでやっとその残りを一気に払うことが出来たのは、ワタクシが運よく作文で賞金を頂いたりもしたことも関係あると思うので、不肖の労働者ながら、少しはまぁ貢献したのではないか、と思うことで、こうして「よだきい病」に罹り、息も絶え絶えになりつつも、僅かに残った自己肯定感の火を消さないための「よすが」にしたい、ということで、こうしてダラダラ書くのを許してもらいたい、と思っております、なんか本当に支離滅裂の文章になってきましてスミマセン。

では、本当にのろのろとですが、動き出したいと思います。

今日もお付き合い下さって本当にありがとうございます。

皆さまの一日が今日も良い日でありますように!

ワタクシのような「よだきい病」に罹らないことを、心から願っております。ホントです。これは随分と苦しいものですから。
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このノート、ようやく、お役御免!












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# by sanahefuji | 2018-12-10 10:01 | 新生「かたし」ができるまで | Comments(0)

八朔ロードレース記

今日は、「八朔ロードレース」というのがありました。コータローたち1年生がみんなで走って、その後、打ち上げをしようという話が、子供たちの方から持ち上がったので、参加してきたのです。

この「八朔」というのは、ワタクシたちが住んでいる地域からは少し離れた岐宿町というところの土地名なのですが、「八朔」とは、もともと旧暦の8月1日のことなのだそうですよね。八朔の「八」は8月の「八」、八朔の「朔」は「朔日=一日(ついたち)」ということで。

柑橘類の八朔は、この旧暦8月1日頃には食べられるようになることから、その名がついたそうです。

この岐宿町の八朔地区(地域?)は、なぜ「八朔」というのですかね。

それはともかく、今日はホントに寒い寒い日で、待っている間に冷え切ってしまいましたが、コータローはじめ、一年生たちは皆ガンバってました。

そして、子供たちの希望通り楽しい打ち上げもありました。今回は「木ノ口かたし」ではなく、お友達のおうちで。それもまた楽しかったです。(しかし、一部のお父さんたち及び部外者は2次会で結局「木ノ口かたし 夜の部」にやって来ているようですが。)
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ワタクシはカマド炊きごはんの「さとうのしお」ムスビ担当です。それならば、お安い御用。

ヒト様のお宅にお呼ばれすると、よそのおうちのお母さん、あるいは主婦というのは、本当にしっかりしているなぁ、エライなぁ、ということを、いつも思います。家庭の日常を支える仕事、というのは、決して当たり前に出来ることではないのです。

それにしても、五島のヒトビトは本当に走るのが好きです。感心します。

今日の「八朔ロードレース」も、大勢の参加者(子供たち)がいましたよ。

あまり他所の地域に行くことがないワタクシは、このような時に他所の地域のおうちの傾向や顔の傾向などなどを観察するのがひそかな楽しみです。

おうちはともかく、顔というのが、そこにいるヒト全部がその地域のヒトってわけじゃないから、そうそう「この地域の顔の傾向はこう」などと言えないかもしれませんが、でも、あきらかに何か特徴がある場合もあるのです。

五島全体で言えば、これは前にも書いたと思いますが、美しい顔立ちのヒトが多い、ということが言えます。

ワタクシは美しい顔立ちのヒトを拝見するのをタイヘン好みますから、これは確実です。

誰でもそうかもしれませんが、ワタクシにも好きな顔の種類というのがあって、五島においては、それらの系統のお顔立ちの方々を、よくお見受けするのです。

なので、五島ってなかなかいいところだ、と、このような点からも思うわけです。

正面、横顔、斜め45度、などなど、角度によって見え方も異なり、その時々で「ハッ」とする。

もっとも、そうジロジロと見るわけにはいきませんから、すっかり「盗み見る」技に長けてきたワタクシです。

大勢のヒトがいると、ついついそのような顔を探す、という妙な癖がありますワタクシです。

街をゆくヒト、みんなアナタに似てるような気もするし、ひとつも似てないとも思えるの、と歌の歌詞にはありますが、似ている顔はけっこう多く、地域性もやっぱりあるような。人間観察が課題のワタクシ、そのようなことも思いまする。

遠い昔に五島では、人種の混血がけっこう盛んであったのではないか、と思うのです。なのできっと美しいお顔立ちのヒトビトが多い、というのがワタクシの仮説でありますが、どうでしょう?

ロードレースとは全然関係なくてスミマセン。














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# by sanahefuji | 2018-12-09 23:10 | 五島のこと | Comments(0)

破れ続ける可能性

こんばんは。

土曜の夜、というのがワタクシにとっては一番ホッとする時間です。「今日も『かたし』が無事に終わった。」と思って。

先週は、合唱の定期演奏会があったり、次の日には東京に行かねばならなかったりしたので、落ち着きませんでしたが、今夜はワタクシはゆっくりしております。

今夜の「木ノ口かたし 夜の部」は夫の所属するソフトボールチームの忘年会で「どんちゃん騒ぎ」をやっとりますが、片付けは明日の朝でいいし、今夜はダラダラしよう、と誰にともなく言ったら「サトも」と何故かサトの同意を得てしまいました。彼女は部活で疲れているんだなぁ、きっと。今日は練習試合に行っていて、来週は新人戦ですから。

ワタクシの場合は近ごろのボケーッとし過ぎの影響か、あるいはもともとの怠慢のために、今日は失敗したなぁ、と落ち込むことがあったり、やることが追いつかず、態勢を立て直せないまま、もしかすると今年が終わってしまうかも、と思ったりしていて、でもまぁ、それならそれでいいや、という気になり、今夜はダラダラしようと思っているのです。と言うよりダラダラと書きたいなぁ、と思ったのです。

いつもいいだけダラダラ書いてるのに、もっともっととりとめもなく書くのだ、と。

ところが如何せん、ワタクシにとって土曜の一日というのは長い!

朝が早いし、思っている以上に神経も使う、なので、眠い!

というわけで、ダラダラと書こうと思っていたことは、何も書けず、寝る!

ということに。

一つだけ。

先週の土曜日の朝、ラジオ深夜便で中川李枝子氏と宮崎駿氏の対談があった、と書きました。

その中で、アナウンサーの女のヒトが、お二人に「お二人にとって『子供』とはどういうものだと思っていますか。」というようなことを質問しました。その質問に答えて、宮崎駿氏は、

「中川さんの前では言いにくいんですけど」と断った上で、「子供というのは破れ続ける可能性、次々と可能性を失っていくのが子供だと自分は思っている。」というようなことを仰いました。そして、「それでも何か良かった、というものに出会えるといいな、と思っている。」というようなことを仰ったのが、とても印象に残りました。

ワタクシは、もう子供ではありませんが、それはすごく、納得のいく答えでした。

破れ続ける可能性。

次々と可能性を失っていく。

うん、確かにそういうもの。

でも、何か良かった、というものに、出会えるのは、幸せ。

うん、確かに、幸せだった、と思うな。

いろいろ。

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# by sanahefuji | 2018-12-08 23:29 | 雑記 | Comments(0)

12月らしくなりました

昨日焼いた、シュトレン、味見してみました。
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普通に食べられる、と思う、けれどけれど、ちょっとだけ焼きが甘い、これでも美味しい、と思うヒトもいるかもしれないけど、ワタクシとしては、いま一つ、うーん、だからこれ、やっぱり売れないなぁ、というわけで、明日は販売用のシュトレンなし。あー、かなりガッカリ。

あーホントに激しくガッカリ。子供たちも食べるでしょうが、なんせ6個分。どなたか、ご自宅用のオヤツで食べたい方がいらしたら、差し上げますが。お申し出くださいませ。

頂いたガスオーブンは、温度調節機能が働かないみたいで、これをどうにかしないと、上手く焼けない、ということです。あーコマッタな。来週までになんとか出来るかしら。にわかにまた不安になってきました。でも、なんとかやってみます!

12月も7日過ぎてしまったけれど、遅ればせながらアドベンツカレンダーを準備しようと、こまごましたお菓子を買ってきまして、スタンバイ。
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22年ものの箱型アドベンツカレンダー。
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これを喜んで開けてくれる子供がいるうちは、準備のしがいもあるというものです。毎年準備する度に、ドイツのお母さんが、ワタクシのために、この中に可愛い飾りものを入れていてくれたのを、思い出しては温かい気持ちになります。


今まで暖かかったのに、今日から急に寒くなりました。薪ストーブも今年は新しくなりました。ヨカッタ、間に合って。
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そして今年も、絶品、夫作イノシシベーコンも完成。
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ちょっと味見したけど、今年のもメッチャ美味しいです。食べるとなんだか元気が出るような、深い味わい。

それからそれから、新しい商品も入っております。
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「ごはん屋さん」のMさんの姪っこさんが、育児の合間に作っておられるそうです。とっても華奢な可愛いアクセサリー、女子力アップのために、まずはワタクシもどれか買おう、と思っております。なくなったら、また仕入れてきますので、ぜひぜひどうぞ。ありがたいことに、どれも数百円の安さですよ。

急に寒くなっちゃって、ヤモリ女のワタクシは、ますます動きが鈍くなっております。けれどまた今日も用事で出なくてはならず、のろのろと出かけ、お金をおろすのに「暗証番号が違います」などと機械に言われ、「なんで?!」とムッとし、しかしよく考えたら、全く架空の暗証番号を押していて、相変わらずボケーッとしていたんだ、と、そこで気付いた次第です。

街をゆくヒト、みんな師走だと、いうのになぁ。

さてさて、まだまだこれから餅の袋詰め、古代米の袋詰め、肉まんの具作り、胡桃割り(人形が欲しい)、などなど、金曜日のお仕事は目白押しでございます。

ボケーッとせずに、一つずつ確実にすませていきたいと思います。先週は、鼻先に「定期演奏会」というニンジンがぶら下がっていたんだけど、今週は何もないのよね。

でもガンバリマス。

ではでは、明日の「木ノ口かたし」もどうぞよろしくお願いいたします。


追記 今週のアサ作お菓子。
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長野のリンゴ&クルミと、わが家のサツマイモのケーキです。けっこう大きなカットのイモとかリンゴがいっぱい入っていて、小さかった頃の気前のいいアサちゃんらしいケーキです。

こちらもどうぞヨロシク!

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# by sanahefuji | 2018-12-07 15:15 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

皇帝のメッセージ

これがこの間、運び込んだガスオーブン付きのガスコンロです。今朝、言っていたように、シュトレンを焼いてみたのですが、火加減が難しく、いきなり本番、というのはちょっと無理がありまして、6個焼いたうちの半分の3個は底をまっ黒に焦がしてしまいました。あとの3個も商品になるかどうか、微妙。あーあ。

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カマドの位置を変えたり、いろいろ配置変えもして、随分と使いやすい台所にはなったのですが、このガスオーブンをうまいこと使いこなせるかどうか、は、これからの努力にかかっております。
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シュトレンを失敗してしまったのが、「ちっきしょー」とコータロー並みにかなり悔しいワタクシ、なんだか元気が出ない、とか「プチ引きこもり」などと言ってられないぞ、と、少し活気が出てきましたよ。あ、でも多分まだ引きこもりには違いないのですけど。

最近は土曜日以外でも、もうずっとカマドでごはん炊いてます。カマドでごはん炊くのって、静かにじわじわ楽しいんです。もちろん美味しいし、いいことばかり。

元気が出ない時ほど、火を見ると気持ちが落ち着くので、皆さまもお試し下さい。かといって、うっかり放火などしないように、家で何かを燃やす生活がある、というのは良いですよ。

こんなふうな備え付けのカマドがなくても大丈夫です。持ち運べるタイプのカマドが数千円で買えます。澤本金物店にはステンレス製のものがありまして、ワタクシとしましては、それが一番おススメです。いや別に澤本金物店の回し者ではないのですがね、いろいろ、回って見て、ステンレス製のもの、というのは澤本にしかなかったんでね。他の材質のものは、いずれ朽ちますから、どうせ買うならステンレスのものが良いのです。

そして羽釜も売ってますから、興味のある方はやってみて下さいませ。

今日は中学校で「ふれあい給食」とか人権集会とか授業参観とかがあったのですが、ワタクシは給食だけ食べて、後は欠席してしまいました。木曜日だけど竹の稽古も欠席。なんとか立て直さねばなりませぬ。しかし、既に師走。シュトレンで躓くのは非常に痛い。

でもまぁ、今年は焼けないかも、と思っていたのだから、ヨシとしましょう。

今日、中学校に行ったら、職員室の前の壁に、ご丁寧にもワタクシが表彰式に出席した時の新聞記事が貼ってあり、ワタクシはそこで初めて見ました。また、なんだかエラそうなこと喋っちゃって、それが記事にされてしまった(長崎県版のみらしい)、と冷や汗もので、ややゲンナリしながらそれを読みました。

でもまぁ「かたし」について、確かにあの当時は、まだ「かたし」のような古い建物を改築して再利用する、というようなことも流行ってなかったし、そこにヒトビトが集まっていろいろできる「かたし」のような場所というのもなかった、というのは本当のことだし、それは、やって見せてしまえば皆、納得して、あーなるほどね、って思っただろうけど、改築を始める時には散々いろいろ言われたし、何も理解されてなかったのですから、たいしたことは出来てないにしても、何も見本のようなものもないところから作り上げていった、という自負があるのは確かです。

でもなぁ、あんなふうに新聞記事に「自負があります」なんて、きっぱり書かれると、なんだかエラそうに聞こえるなぁ、とか思って落ち着かないのです。なんかまた幻想を抱かれたり、誤解を受けそうだなぁ、と思ったり。

まぁここに訪れて下さっている方々は、ワタクシのウダウダぶりも無能なところも、よくご存じでしょうから、安心していますが。

人間って本当に訳が分からないものです。何がどうなってこうなる、とか、まるで理屈が通じないことも、いっぱいあるし。

自分ですらよく分からない。

そんなふうに、近ごろやけに思うせいか、訳のわからない話、それを文学作品と言えば格好いいですが、ホントにただ単に「よーワカラン話」なんですけど、急に読みたくなりました。短い話だったんです。でもドイツ語。

もちろんドイツ語はもはや全く分からないので、日本語訳を読みました。

以前、勉強していた時のラジオ講座「読んで味わうドイツ語」の中にあったフランツ・カフカの「皇帝のメッセージ」という話。

ホントに分からない、意味不明の話。

でも、この話を解説して下さっていた諏訪功先生が、解説の合間にして下さった雑談(ラジオ講座なのに、この時はまるで本当の講義を聞いているようだった)をワタクシは強烈に覚えていて、そのおかげで、この話のことを覚えているのです。もちろん内容は意味不明だから覚えてないけど、そのワケの分からない感がクセになるというか、なんというか。

でも今、そのテキストを引っ張り出して日本語訳を読んでみて、全然ワケが分からないのに、なんか分かる、と思ってしまった自分が不思議。

特に最後の一文、

Du aber sitzt an Deinem Fenster und ertraeumst sie Dir,wenn der Abend kommt.

うん、分かる、そういう感覚。

ワケが分からないものは、どのように解釈しても良いから、勝手に納得する、とか、あるいは、いろいろ分からないのは、なにも自分だけじゃないんだな、と分かって安心する、とか、文学の役割って、そういうところにもあるのかな、と思ったりしました。

それにしても諏訪功先生の声が素敵だったなぁ、ワタクシはその落ち着いたお話しぶりが大好きでした。

あーまた勉強したい。ちょっとまだ無理だけど。











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# by sanahefuji | 2018-12-06 22:35 | 雑記 | Comments(0)

元気はどこにも売ってない

11月になって毎週土曜日に肉まんを作るようになったら、途端に小麦粉の消費が激しくなり、気がついたらもう底をつきそうだったので、精米所に小麦を持って行き、粉にしてもらわないと、と思って昨日、精米所に行きました。

小麦を持って行ったついでに、鶏の餌に混ぜる米糠を車に積めるだけ積んで帰れば、そこまでで2つの用事、その帰りに買い物と郵便局での支払いなどを済ませたら、合計4つの用事をすませられるので、少しは何かが進んだ感がありますが、実はワタクシはしばらくの間、本当は元気が出なくて「プチ引きこもり」状態でした。

といっても職場は家とか農場とかですから、行動範囲はもともと狭く、世間に出ることといえば生ゴミ回収時に買い物に行くくらいだったのですが、この買い物に行ったり、ちょっとした用事をしに街に出る、とかいうのを先に先に延ばしてなかなか行かない、という感じでした。

でもわが家は小さいながらも店などやってますから、そうすると途端に物資が不足してくるわけです。小麦も昨日、精米所に持って行かねば、もう今週の肉まんに絶対に間に合わない、いろいろなモノがそうやって足りなくなっている、マズイ、と思って、のろのろと出かけたわけです。

しかも家を二日も空けたため、いろいろなことが押し迫り、今日はシュトレンも焼かないといけないし、胡桃を割ったりもしないとならないのに、しかし授業参観がある、コマッタ、もう欠席するしかない、と思ったりしているところです。

昨日はグダグダとしながらでも出来る畑の草取りなどをずっとしていたいと思いましたが、その「プチ引きこもり」のためにホントに物資不足が深刻になってきていたので、のろのろとでも出かけてよかったです。

富江の精米所に行った時は「ごはん屋さん」で昼ごはんを食べる、というのが恒例ですが、ホントに久しぶりに行けて、いつもながらの丁寧な「お母さんの味」に癒され、お二人とお喋りして、随分と心が軽くなりました。
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昨日は、ロール白菜定食にしました。一つ一つがホントに丁寧で優しい味。「料理は無言の言葉」とは、料理人の「阿部なを」さんの言葉だそうですが、こまごまとした説明を並べ立てられるよりも、味わうだけで、作り手の思いや姿勢というのが分かる、ということです。

ワタクシなどは、こうして言葉ばかりを並べ立てているばかりで、実際にやっていることは、どうなんだ、という感じで、ホントにホントに恥ずかしい。

しかし、空しくとも悲しくとも、こうして言葉を吐き続けるしか、ないんだなぁ。

昨日の夜は合唱の定期演奏会の打ち上げ兼忘年会でした。とっても楽しかったです。

ワタクシが所属している、いくつかの組織は、どれもこれもホントに楽しいヒトビトばかりで、楽しい集まりばかりです。

ワタクシ自身は時々自分の馬鹿さ加減に気がついて(だいたい忘れているから生きていけるけど)、呆然としてしまうのですが、周りのヒトがいいヒトばかりなので、やっぱりとっても運がいいのだと思います。

そのように運だけで生きているのではありますが、その命運が尽きるまでには、何かもう少しマシなりたい、と思う、プチ引きこもりのワタクシです。

今日は、初のガスオーブンでシュトレン、上手く焼けますように!

ではでは皆さまも、どうぞ良い一日をお過ごし下さい。













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# by sanahefuji | 2018-12-06 07:28 | 雑記 | Comments(0)

忘れられない犬の話

再び巡り逢うことが出来なかったケーキについて、バカみたいに書いていたら、思い出した事があって。

それは1匹の犬のこと。

あれはワタクシが小学校の低学年の時のこと。母が亡くなって間もないころだったかな。

ワタクシの暮らす、小さな海辺の集落に1匹の犬が迷い込んできました。辺鄙な場所には、犬とか猫とかを捨てに来るヒトがいます。小さな集落ですから、知らないヒトがいるととても目立つように、知らない犬とか猫とかも、とても目立つのです。だから見知らぬ犬や猫が現れると、あ、誰かが捨てに来たんだな、と分かるのです。

その犬も、そのようにして捨てられた犬だったのでしょう。

その犬は、いかにも雑種、耳は半分垂れていて、口吻は長くはなく短くもなく、足は短め、大きさは柴犬くらいでしょうか。全体は茶色い毛並み、でも胸の部分と足が白くて、ワタクシにとっては、その配色が、「名犬ラッシー」のコリー犬のように思えていました。実際はコリー犬には似ても似つかぬ姿ではあったのですが。

いつでも思うことは、どうしてこんなに可愛い犬や猫を捨てるのか、ということなのですが、捨てられた犬や猫は本当に人懐こくて性格がいい場合が多いのです。

その犬もそうでした。素直で可愛い性格でした。

ワタクシはそのような犬や猫が現れると、とにかく仲良くなりたいので、エサをやるのです。姿が見えたらエサを持って飛び出して行く、のみならず、いつもエサを持ち歩いて集落内をウロウロします。とにかく会いたくて会いたくて仕方がなくて。

そして、もしかして会った時にその犬がワタクシだって認識できなかったら困るから、と思って、いつも同じ上着を着ていよう、と思って、同じ格好をしていました。犬、というのは、別に洋服が変わったからといって、そのヒトを認識できないなどということはないのですが、その時のワタクシは、そんな子供らしい考えで、とにかく同じ上着を着ていたのです。

それはしかし、気に入ったものでもありました。生成りの地に暖色系、茶色系の大きな格子柄があって、柔らかく起毛したような布地、フードがついていてファスナーだけが鮮やかな赤、というもの。

その上着のポケットにエサを入れて、ウロウロ、犬の姿を求めてウロウロ、会った時にはお互いに瞳がパッと輝きます。そういう関係、楽しいですよね。

でもやっぱり欲が出て、それだけでは満足できないのです。当然、その犬ともっと一緒にいたいと思います。

それで父親に「飼いたい飼いたい」と言うのですが、当然「ダメダメ」、「飼いたい飼いたい」「ダメダメ」、とこの押し問答がどれくらい続いたか、それは定かではないのですが、ついについに父親の方が根負けして、「そこまで言うなら飼ってもいい。」ということになりました。

それはそれは嬉しくて、朝が来るのが待ちきれないほどでした。そのくせワタクシは、その次の朝、寝坊しました。ホントにバカだった。

その朗報をその犬に伝えるべく、集落内を探し歩けど、犬の姿は見えず。いつも寝そべっていた、乾いたコンクリートの上に姿はなく、灰色の空白が広がるばかり。

いそうなところを探して探して探したけれど、やっぱりいない。

集落内を走り回って犬を探していたワタクシに、上級生の男の子が、「あの犬なら今日、保健所が来て連れて行った。」と言うではありませんか。

「!」

言葉を失くしたワタクシに、猛烈な悲しみが襲ってきました。

男の子は、紐につながれて鳴いていたよ。聞こえなかったのか、とまたまた追い討ちをかけるような、絶望的なことを言いました。

保健所に連絡したヒトが逃げないように、つないでいたものと思われます。

オトナの今になって考えれば、まだその時点で処分はされていないはずですから、連絡して引き取りに行くなり、なにかしらの救う手段はあったと思うのですが、子供だったワタクシに、そんなことが分かるはずもなく、ただただ絶望の淵に突き落とされてしまったのでした。

もう本当にどうしようもなかったのです。

そんな時にワタクシがやることと言えば、その犬の絵を描くことでした。世話をしていた鳥のヒナが死んでしまったり、飼っていたペットが死んでしまったりして、もう二度と会えなくなってしまうと、ワタクシは心に残ったその姿を頼りに絵を描きました。

必死に描きました。

ある時は、飼っていた手乗りインコが、フト目を離した瞬間に、猫に捕まえられて死んでしまい、それがあまりにも悲しくて悲しくて、絵ではどうしようもなくて、発泡スチロールを削って形を造り、羽根を貼ってそのインコそっくりの模型のようなものを作りました。

季節は夏で、それを夏休みの作品にしたら、賞をもらいました。作品を飾っていた教室に入った上級生が「鳥が迷い込んでる!」って言ってくれたのが、ホントに嬉しかったな。

どうにもしようもないことに、どうにもできないけれど何かしなくては収まらない時、ヒトは何かを作り出すことで、それを越えていくのかもしれませんね。

でもオトナになったワタクシは、何かを失っても、もう絵は描きません。

その感覚は子供のころと全く変わらないのだけれど、日常に次々とやることが、いっぱいあるから、その悲しみとか、虚しさなんかに、しっかり向き合うことが、逆に出来なくなったのかもしれない、と思います。だから、回復も遅くなり、長いこと引きずってしまう、という事態になったりして、オトナになるということは、時々とても不便です。

だからなるべく、「あの時ああしておけばよかった」と思わないような、後で悔いが残らないような生き方が、出来たらいいな、と思います。



余談ですが、8年前には飛行機に乗るのが怖くてたまらなかったのに、もう全然怖くなくなっている、ということに気付きました。
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今ここで飛行機が落ちて死んでも悔いはない、と、だんだん思えているのかな?

なんて。

ところで、行きはJALで帰りはANAのソラシドエア、だったんですけどね、機内サービスのコーヒーは、断然ソラシドエアが美味いです!











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# by sanahefuji | 2018-12-05 08:52 | 子供時代の思い出 | Comments(0)

五島に戻って来ました

ただいま。

五島に戻ってきました。

今回はフェリーがドッグダイヤでなかったから、最終便が夜の11時半とかいう非人間的な時間ではなく、夜8時に着きまして、そして!

五島の名誉のために言っておかねばなりませんけど、今回はちゃんと港にタクシーはいました!

前回はドッグダイヤで船が着くのが遅すぎるから、タクシーがいなかったのね、きっと。五島の暮らしは人間的です。

そうそう今朝、空港に行くのに、ちょうどラッシュ時の電車に乗らなくてはならなくなって、もうタイヘンな思いをしましたけど、あれが毎日、なんですもんね。ホント、お疲れさまです。

都会のヒトビトが小奇麗なのは、ああいう状況が日常だから、ということもあるのではないか、と思ったりしましたよ。恋人でもないのに、あの密着度。小汚いとハタ迷惑ですから常に清潔にしておかねばなりませんなぁ。いや、そういうモンダイではないのかしら。

そして、都会の暮らしというのは、外の世界に対して、自分のいろいろな感覚を、とにかく閉じていなくてはならない世界なのだと思いました。感覚を閉ざし、心のシャッターを閉めてないと、身が持たないんだろうなぁ。何しろヒトが多すぎるから。

まぁしかし、それは田舎であっても今の世の中、知らないヒトに対してそうそう素の自分を見せる、ということはありませんよね。特に仕事の時なんかは。

ところが、そうそうめったにあることでもないけれど、時々、無防備な瞬間が見える時、というのがあるんです。あれは、なんだろうなぁ。たまたまの巡りあわせなんだろうけど。

そういうのは本当に一瞬だから、きっと多くは見過ごすのです。でも何故か見えてしまう、時がある。



暖か過ぎて、12月という感じでもないですけど、この度も日本橋三越のツリーはセンスが良くてキレイでした。
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しかし、今回のショーウインドーはワタクシの好みじゃなかったな。だから写真撮ってないんだけど。

東京に着いた晩、8年前の時にも会った学生時代の友達と三越前で待ち合わせ、どこの国の料理か最初は分からずに入ったお店はスペイン料理の店で、あんまり注文はしない癖に長時間いて(迷惑な客だ)いっぱい喋って楽しい夜を過ごしました。スペインのビール、美味しかったです。

今回も実に有意義な旅でした。

毎日新聞社さまさま、ホントにどうもありがとう!

そして、ワタクシに力を与えてくれた全てのヒトビトに、心から感謝いたします。
















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# by sanahefuji | 2018-12-04 23:17 | 雑記 | Comments(0)

8年越しの思いは成就せず

おはようございます。東京からです。

前に奨励賞を頂いて、やっぱり表彰式に出席した時に手配して頂いたホテルには、ロビーに自由に使えるパソコンが置いてあったから、確かそこで日記を書いたな、と思ってましたらば、今回も同じホテルで同じようにパソコンがあったので、こうしてまた日記を書くこともできます。便利な世の中です。

便利といえば、この年になっても未だ貧乏旅行しかできないワタクシにとっては、このように普通のホテルに泊まる、などということはタイヘン贅沢なことです。いや、ホテルって便利だな、バスタオルがある!なんでもある!とかいちいち感動してしまう。

ワタクシの旅は、歯ブラシでもタオルでも、なんでも自分で持っていく、というのが基本です。そのようなものが置いてないところに泊まるからです。しかしながら、荷物が多いかといえば、そうでもなく実に身軽にどこへでも行けます。というのも、女のヒトの荷物の多くを占めるであろう、外観を整える類の品々を一切を持ち歩かないからです。服も同じものばっかり着て平気だし。

あっ、しまった、これではダメなんだった。女になろう、と決めたんだった。いや、上記のことは、今まではそうだった、ということです。今後は少し違うハズです。(ホントか?)

さて、昨日は表彰式&祝賀会があったわけなのですが、ワタクシは皆さまに不本意ながら、ワタクシの第一目標が達成されなかった事実を報告せねばなりませぬ。

今回の第一目標というのは、立食パーティーにおいてケーキを確保する、という実に低レベルのことであり、これはもちろん出来たんです。それくらいのことが出来ないわけがなく、初めからそのつもりですから、ワタクシはその場に並んだケーキ全種類を確保して食べたのです。しかし、達成されなかった、とはどういうことか?

それには少し説明が必要です。

前回、つまり8年前に祝賀会が行われた会場というのは、ビルの最上階にある、いかにも高級そうなレストランでした。そして、そこでは12月ということでもあり、鶏か七面鳥か、そのような家禽の丸焼きが銀色のワゴンに乗せられて、うやうやしく運ばれてくるような、そしてそれをシェフが切り分けてくれるような、そういう感じのところでした。

であるからして、並んでいる料理がすべて洗練された都会の味、という感じ。これは雰囲気とかそういうもの以上に本当に美味しい、と田舎者のワタクシにも判りました。

そして、そのモンダイのケーキですよ。

それらの可憐で上品なケーキたちが、楚々として並んでいる様子を、ワタクシは今でも瞼の裏にありありと思い出すことが出来ます。

あぁ、あの時なぜワタクシはあのケーキたちに手を伸ばさなかったのか。それが消えてなくならないうちに、なぜ再び巡りゆかなかったのか。本当に悔やまれます。

この度、祝賀会は全く別の会場で行われました。もうこれは、全くもって失礼極まりない、そして礼儀を知らないワタクシめが、このごくごく個人的な日記で書きたい放題書いている、というだけのことですから、そのまま読み流して頂きたいのではありますが、祝賀会の会場にてワタクシは「あ、毎日新聞もタイヘンなんだな。」ということを感じましたのです。つまりは経費削減の必要性があり、それはこのような立食パーティーにおいても例外ではない、ということです。

いや、ワタクシはそれを責めているわけではなく、文句を言っているわけでもなく、不平不満などあるわけがないではないですか。だって、こんな上等のホテルに泊まらせてもらって、賞金も大学の入学金が払えるだけ頂いて、遠い五島からの旅費まで出して頂いて、立食パーティーまで!アンタ、これで文句言ったらバチが当たるよ、ということは重々承知しておりますのです。

そのような出版業界がタイヘンな時代においても、この「毎日農業記録賞」という46回も続いている賞を打ち切ったりせずに、続けていただき、農業を応援しようという姿勢を明確に示して下っている毎日新聞社に対しては、もう足を向けて寝られません。

ホントに皆さま、毎日新聞をどうぞよろしくお願いします、と、一年に一度、一月の一か月だけ長崎新聞をとっている不肖のワタクシが言うのもなんですが、そのようにワタクシは心から思っているのでございます。

がしかししかし、ワタクシが8年の時をへて、再会しようとした、あの可憐で上品なケーキたちには再びめぐり逢うことは、ついぞ叶わぬ夢となり、真昼の東京の空に霧散したのでありました。

ケーキはありました。でも違うんです。それじゃないのです。そこにあったのは、それだったら、どこでも食べられる、そういうものだったのです。

これではまるで、貴女が思い続けていたヒトとは違うかもしれないけど、ランクも少しは落ちるかもしれないけど、まあ似たようなものだから、このヒトでいいでしょう、ま、このヒトで手を打ったら、などと言われたようなものではないですか。

そんな!

そんなこと、できるわけないでしょう?!

似てるったって別人ですよ別人。

こうしてワタクシの第一目標は本当には達成されず、8年越しの思いは成就されませんでした。

けれども、もしかすると成就されなかったからこそ、それが忘れられない美しい思い出となって、いつまでも心に残るものとなる、と、そのようなこともあるのかも、しれませんが、しかし、本音は無念。

そのことは無念でありましたが、祝賀会では、ワタクシと同学年の方が3人もいらっしゃって、同級生同士!と盛り上がって4人一緒に写真を撮ったり、前回も審査員をされておられた見城美枝子さんと、お話しすることができ、しかもまたミーハーにも写真を一緒に撮って頂いたりして、本当に有意義で楽しい祝賀会であった、ということは言っておかねばなりません。

そして、前も思ったことですが、この賞に応募している高校生がスゴイ、ということです。もう本当にしっかりしていて、このような若いヒトビトが、この業界にいる、ということは、この業界もなかなか捨てたもんじゃないなぁと、ホントに思いますのです。

のらりくらりとしていた自分の高校時代とはなんという違い!

ホントに素晴らしい。

この子たちは、こんなふうに、祝賀会のケーキについて、いつまでも未練がましくグダグダ書いたりするような、そんなチマチマとした人間とは違って、もっと大きな仕事を成し遂げるヒトになるに違いない、と確信した次第です。

そして、やっぱり皆さま、素晴らしかったです。

第一目標の設定が非常に低すぎる不肖のワタクシながら、そのようなヒトビトに刺激を受けて、五島に戻ったら、再び日々、精進してまいります。

と、言っておかないとなぁ。

ではでは皆さま、今日も良い一日を!

次回はまた五島にて。




















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# by sanahefuji | 2018-12-04 06:33 | 雑記 | Comments(0)

ボケーッとしたまま出発

おはようございます。

合唱の定期演奏会が終わってしまったので、なんだか気が抜けてボケーッとしています。

でもこれは何かが終わった時に限らず、殆どがボケーッとしているような気がします。そのようにボケーっとしているくせに時々、突然何かが激しく動き出す、というふうな繰り返しで、精神のバランスが非常に悪いのです。もう少し適度にいつもテキパキとしていて、波がない安定した精神が欲しいものだと思います。

そういうわけで、ボケーとしていますが、今日は東京に行ってきます。明日、表彰式があるのです。

昨日の毎日新聞に毎日農業記録賞についての記事が載っていたらしいです。ワタクシはまだ見てませんけど、演奏会のお見送りの時に声をかけていただいたりしました。

前の奨励賞の時に表彰式&祝賀会に参加してみて、他の方々はホントにスゴイけど、自分は何もスゴクない、ということがよく分かったのでしたけれど、多分今回もそうでしょう。ワタクシのことをよく知る人物は「全然スゴクないのに賞がもらえるところがスゴイ」と評しましたが、その通りです。とりあえず、ワタクシの今回の第一目標は、必ずやケーキを確保する、ということなのです。

そして、視野&嗜好&思考の狭いワタクシが、少しでもそれらを広げることができるよう、苦手な立食パーティーに臨みたいと思います。

あー、昨日の定期演奏会について、書く時間、ないなぁ。でも嬉しかったことがありました。アサとサトの二人が聞きに来てくれていて、演奏会全体についての感想をかなり的確に言っていたことです。なかなか聞く耳、見る目はあるな、と。

ワタクシはミスを連発し、かなり凹んでしまったのですが、終わったことは仕方がない。

わすれないうちに、昨日の「木ノ口かたし」のお昼ごはんの記述をしておきましょう。
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・ブリの南蛮漬け
・サツマイモの胡麻衣揚げ
・切干大根の炒め物
・大根の皮のキンピラ
・リンゴサラダ
・鶏肉のおろし和え
・卵焼き
・大根と白菜の味噌汁
・カマド炊きごはん
・胡桃&チョコチップ入りバナナケーキ

でした。

この度は、ラッキーなことに東京に招待して頂いて、ご馳走もして頂けて、ありがたいことですが、ワタクシはやっぱり結局のところ食べ物は「五島の勝ち!」だと思うなぁ。

雰囲気とか、その他の装飾あるいは付属のものとかなんとかで、ごまかされてしまうんだけど、美味しいものは田舎にある、と思います。

あ、でも、都会を楽しんできます!

関東の友達にも会えるし。

ではでは行ってきます。







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# by sanahefuji | 2018-12-02 06:49 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

長い長い一日の話を書こうと思ったのだけど

定期演奏会、終わりました。

昨日、今日のこの定期演奏会のためには早く寝なければ、と書いたのですが、それがにわかに危うくなるようなことがバタバタと起こりました。

それは、昨日になって「木ノ口かたし」の台所にガスオーブン付きの業務用のガスコンロを運び入れることになり、そのためには流しの一つの横幅が長過ぎるので、リサイクルショップに出ていた、幅が少し狭いタイプの流しを買ってきて交換し、夜にガスコンロを入れるために、大きなスチール棚も移動しなくてはならなくなり、そのためには食器も全部出さなくてはならなくて、それも夜までそのままということに。
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こんなふうにね。

ただでさえ、やることがいっぱいある金曜日に、なぜこうなってしまうのか。しかもワタクシは土曜日の夕方は定期演奏会の本番だというのに。なんかしらんが、事はいつもこのように慌ただしく突然に動き出すノダ。
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棚も動かし、流しも交換し、ガスコンロを迎える場所を確保。しかし、ガスコンロは夜でなければ来ないのでした。

しかしワタクシは演奏会のためにどうしても早く寝たかったので、ガスコンロを運び入れた後に、なんとか元に戻し、夜の9時半には寝て、ちゃんと3時には起きたのです。人間、好きなことのためならちゃんと出来るのだなぁ。

そして、今朝は寝坊しなくてホントよかったと思ったことには、なんとラジオ深夜便で、「ぐりとぐら」でおなじみの中川李枝子さんと宮崎駿氏の対談があったのです。

ちょうど、ごはんを炊いている時でカマドの前に座っていたワタクシは、お二人のお話を聞きながら、もうなんだか泣けました。こんな大人が日本にいてヨカッタ、という感動の涙です。

チラッと宮崎駿氏が話していたことは、ぜひともここに記しておきたいです。氏は「作ってみたかったから」仕事場に保育園を作ったそうなのですけど、昨今の保育園がうるさいと苦情を言うヒトビトについて、「ガンを飛ばしますね。」とのこと「そんな苦情を言わせないように。」あるいは「(苦情を言われたら)ケンカしたっていいでしょう?」とのこと。

もうホントに、こういうオトナにならなくてはダメなんだってワタクシは思いました。

保育園がうるさいとか言うヒトが現れた、ということを知ってワタクシは、もう世も末だと思いましたけれども、そっか、それに対してはそうしないと、なんだな、と。自分もそうですが意気地がないオトナが多い中、氏のようにキッパリと言い切れるヒトがいる、というのがホント嬉しかった。

子供がいないヒトは多いかもしれないけれど、子供じゃなかったヒトはいないのですから。

その他、いろいろ、お二人のお話を聞けてヨカッタ。

あれれ、まだ今日の朝のことを書いている。これはタイヘン。

明日ワタクシは東京に行かねばならないのに、実はまだ何も準備をしていないのです。

長い長い一日の話は、ちょっと中断。

しかし本日、「木ノ口かたし」に立派なお花のアレンジメントが届きましたことだけは、記しておきます。というのも、これがどこのどなたさまから贈られたものか分からないのです。

なのでお礼の申し述べようもないのですが、この場でお礼申し上げます。

このような立派なものをいただきまして、本当にありがとうごさいました。
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明日の準備をするか、あるいはすぐさま寝て早く起きて準備をするかしないと、ホントにまた慌てふためく羽目になるので、定期演奏会などについては、また今度。

ではでは、一旦おわります。
















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# by sanahefuji | 2018-12-01 23:42 | 雑記 | Comments(0)

演奏会が終わるまではカンベンして下され

11月も今日でおしまいですが、ようやく昨日、ドイツのクリスマス菓子シュトレンを焼きました。4つだけ。
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ドイツで過ごしたクリスマスも、もうホントに遠い昔になりました。22年も前!

でも、こうしてシュトレンを焼いていると、クリスマスの市で見た、キラキラかわいいツリーの飾りものとか、スパイスの入った甘くて温かいワインとか、冷たく澄んだ空気とか、針葉樹に積った雪がサラサラ光って落ちていた光景とか、そんなドイツの冬の風景が全部、甦ってきます。

全部、といえばこの度、お亡くなりになった「さくらももこ」さんの詩に曲をつけた「ぜんぶ」という歌も明日の定期演奏会(しつこいですが、浦頭教会 午後6時半より開演です!)で歌います。

ぜんぶ 

大切なことは
ぜんぶここにある。
泣くこと 笑うこと
怒ること 喜ぶこと
あたりまえの気持ちは
あたりまえのものとして
そのまま 今ここにある。
もうどこにも行かなくても
なんにもしなくても
どこへ行っても
何をしても
ぜんぶそのままだ。


合唱には、この詩の後半は入ってないので、歌詞もシンプルで短い曲なのですが、実に難しい曲です。個人的には、この手の他のパートが予想できない感じの曲が苦手で(でもしっかり聞くことができれば面白いハズなんだけど)、なかなか歌に到達できない感が残ります。

YouTubeで他の演奏を聞いてみても、やっぱり「これが一番!」というのがないので、これはホントにホントに難しい曲だ、ということに打ちのめされるばかりです。ワタクシにとっては課題の残る曲です。




そして、やはり本当に惜しまれて亡くなった、坂本九さんの最期の歌「心の瞳」。

心の瞳
 
心の瞳で 君を見つめれば 
愛すること それがどんなことだか
分かりかけてきた

言葉で言えない 胸の温かさ
遠回りをしてた 人生だけど
君だけが今では 愛の全て 時の歩み
いつもそばで分かちあえる

たとえ明日が 少しずつ見えてきても
それは生きてきた 足跡があるからさ
いつか若さをなくしても 
心だけは けして変わらない
絆で結ばれている


夢のまた夢を 人は見てるけど
愛することだけは いつの時代も
永久(とわ)のものだから

長い歳月を 歩き疲れたら
ほほえみ投げかけて 手を差し伸べて
いたわりあえたら 愛の深さ 時の重さ
何も言わず 分かりあえる

たとえ昨日を 懐かしみ 振り向いても
それは歩いてた人生が あるだけさ
いつか若さをなくしても 
心だけは けして変わらない
絆で結ばれてる


コレは、合唱ではなく坂本九さんの歌声を。


ワタクシには、これもまだ難しい歌。

「愛すること それがどんなことだか」、なかなか分からないので。

でも、分かろうとすることが大事なのかな。

歌も、難しい歌を、なんとか理解しようとして、もがき苦しみつつ歌うことが、実は快感だったりするように、分からないことに、苦しんだりすることが、生きている、ということなのかも。

なんだって、そんなに簡単に分かっちゃあ、つまらないよね。

あるいは「分かったつもり」になってしまってもヨクナイのかも。

分からないから、面白いのだ。多分。


ではここで、「いのちの歌」


いのちの歌

生きてゆくことの意味
問いかけるその度に
胸をよぎる愛しい人々の温かさ

この星の片隅で
めぐり逢えた奇跡は
どんな宝石よりも
大切な宝物

泣きたい日もある
絶望に嘆く日も
そんな時そばにいて
寄りそう あなたの影

二人で歌えばよみがえる
ふるさとの夕焼けの
優しいあのぬくもり

本当に大事なことは
隠れて見えない
ささやかすぎる 日々の中に
かけがえない 喜びがある

いつかは誰でも
この星にさよならを
する時が来るけれど
いのちは継がれてゆく

生まれてきたこと
育ててもらえたこと
出逢ったこと
笑ったこと

その全てに ありがとう

このいのちに ありがとう




なんだか、今回の定期演奏会の選曲、深くて重いテーマの歌が多くありません?

これは体力がいる!

実に体力がいる。

今日は必ず早く寝よう。

明日の「木ノ口かたし」の準備、テキパキと終わらせて(なかなかそれがムズカシイ)、必ずや早く寝よう。

なんだか演奏会のことばっかり言ってスミマセンのですけど、明日の「木ノ口かたし」も、どうぞよろしくお願いいたします。

明日は玄米餅に加えて、黒米餅もありますよ。
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お菓子は引き続き、アサちゃん作でございます。シュトレンも少しですが、販売始めでございます。
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どうぞどうぞ、よろしくお願いいたします。







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# by sanahefuji | 2018-11-30 07:09 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)