今も昔もブラックモンブラン

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おはようございます。コータロー撮影のミーコでございます。写真うつりのせいで人相(猫相か)がタイヘンよろしくないのですが、実物はもっと可愛い子なのですよ。

なんで、このような写真を撮っているのかというと、なんでも宿題の「自学」で絵を描くから、ということらしいです。1年生の自学って、要はなんでもいい、ってことなんですね。

それにしても、写真うつりが悪すぎる!!

猫の凶悪犯のようではないですか。

さて、少し間があいてしまいましたが、それというのも、また「公民館だより」の原稿を書くのに屋根裏にいたからです。しかし、今回は味噌作り講座について書くので、何も難しいことはなく、すぐに書けることだったので、実は原稿を書くと見せかけて、友とメールをしたり、本を読んだりしていたんですよね。勉強から逃避している子供と変わらん。

と、このように人間はそうそう変わるものではない、ということです。

変わらない、と言えば、ワタクシが子供の頃から慣れ親しんだアイス「ブラックモンブラン」への愛も変わりません。

昨日は、お店でこんなものを見つけて即買い!
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ブラックモンブランとチロルのコラボ商品です。このブラックモンブランの包装、そそられますな。買わずにはいられません。

思えばワタクシが子供のころ、田舎の小店で売っているアイスの種類というのは少なかった、と思います。今のように、よりどりみどり、ということはなかったのです。

夏休みの子供が毎日でも買えるような安いアイスの定番は、このブラックモンブランとホームランバー、あるいは「おとぼけくん」か、という感じでした。

その中でもワタクシはホームランバーがあまり好きではなく(第一見た目が小さいんですよ、このホームランバーってやつは)、なのでもっぱらブラックモンブランを選んでおりました。

このアイス、九州しか売ってないんですか?その辺はよく分かりませんが、まぁ分からないヒトも聞いて下さい。

このアイスは棒のついたバー型のアイスで、チョコがコーティングされていて、その上に何かザラザラとしたクッキーのようなナッツのようなものがトッピングされております。ワタクシの旧友の中には、このチョコを器用にはがしながら食べる、というヤツが何人かおりましたが、ワタクシはそれは絶対に認められない、と心ひそかに思ったものです。

これは、アイスとチョコを一緒に食べ進めなければダメなんだ、第一食べかけの見た目が美しくないではないか、と子供心に思っていたのですね。妙な子供です。

そのような学童期を過ごしたワタクシは、大人になってからも、ブラックモンブランが好きなのですが、一時期はアイスがクッキーに挟まれたタイプのヤツなんかに心奪われたり、大人なんだから、と、も少し豪華なものに惹かれたりもし、紆余曲折もありましたが(そう、ワタクシは実に惚れっぽくて浮気者なのです)、今ではもう、この古女房のようなブラックモンブラン一筋で落ち着いております。あ、でもたまには浮気することも、なくはない、と言っておきましょう。

ワタクシは浮気はしない、多分しないと思う、しないんじゃないかな、ま、ちょっと覚悟はしておけ、と「関白宣言」における、さだまさしのように、ブラックモンブランには言ってありますから。

ところが、常々ワタクシがブラックモンブラン一筋、と、そのように主張しておるのに、家の者が「これ、かーちゃんの。」などと言っては違うものを買ってくるわけです。これはどういうことだ!

おそらく子供たちは自分の食べたいアイスに夢中で、母のはテキトーに選んでいる、ということに違いない。

いや、それならばなおのこと、「いつもブラックモンブランでいい。」と言っているのに、おかしいではないか、とワタクシは思うのですが、アイス売り場を目の前にするとコーフンして忘れてしまうのかもしれません。

あー、朝だけどアイス食べたくなったなぁ。

このブラックモンブランには、一つ書いておきたい「思ひ出」もあるのだが、それはまた今度。

くだらないことを書きましたが、今日も皆さま、良い1日を!







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# by sanahefuji | 2018-10-23 09:29 | 雑記 | Comments(0)

色づく秋に

今年は長野のクルミがたくさん、なので久しぶりにクルミパン(非売品)を焼いてみました。ガスオーブン不在ですが、電気でもまぁまぁ焼けます。しかし、ガスオーブンが欲しいなぁ。シュトレンに間に合うかしら。まだ探してもいないけれど。
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手前のは今日のケーキ、バナナクルミチョコチップ。

本日は差し入れに持っていくから、という方が「大人買い」で、このケーキや「ふくれもち」や米団子などなど、一瞬で売り切れまして、開店1時間後にはお菓子コーナーは終わった感がありました。めずらしいことです。

昨夜は「木ノ口かたし 夜の部」で宴会があって、その片付けが終わらないまま、土曜日開店の「木ノ口かたし」に突入した感もあり、朝からドタバタ&ザワザワ。

こういうザワつく時、というのは、店としては準備が万端でなく、掃除などもきちんと行き届いてないのだけれど、意外と悪くない感じなのです。何か躍動する生き物のような気配に満ちているというか、なんというか。雑然とした感じ、というのは活気も生まれるのです。 

今日は「木ノ口かたし」初の試み、「土曜サロン」の記念すべき第1回、「お片付けの話」がありまして、そういう時にふさわしい気配だったのですね。

初の試みは、なかなかヨカッタのではないか、と思います。

椿の枝が朽ちて、壊れかけていた旧「かたし」からの看板も、また新しい椿の枝をつけてもらいました。
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新しいことをやってみる、というのはいいですね。

今日は、「土曜サロン」に来て下さった方の1歳と3歳の男の子を、外に連れ出して、ジョンと遊ばせたり、お散歩をしたりしていて、1歳の子を抱っこして歩いている時、その柔らかい肌や髪、新しい世界を見つめる瞳に胸がキュンキュンしました。

孫!?

いやいや。

赤ちゃんっていいなぁ、新しいヒトっていいなぁ、と思いますね。

あ、そうそう、第2回の「お片付けの話」は、11月にと思っていたのですが、講師の美保さんが空いているのが11月10日しかなくて、しかし、その日はワタクシが例の合唱の練習があるのです。ワタクシ、それは絶対に外せないので、残念ながら、11月10日は諦めて、その後は2月まで本業で忙しくなってしまう、とのことで、先の先で2月開催となりますが、またよろしくお願いいたします。

その間にまた、何かで「土曜サロン」の開催が出来たらいいですね。何か予想はつきませんけれど。

さて、今日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・ブリの焼き漬け&厚揚げの煮付け
・コンニャクとニンジンとツルムラサキの白和え
・大根サラダ
・大根の皮のキンピラ
・卵焼き
・白菜と大根の味噌汁
・カマド炊きごはん
・バナナクルミチョコチップケーキ

でした。

普段はあんまり「ごはん」を食べないという方が、この「カマド炊きごはん」が美味しかったらしく「めっちゃ食べちゃいました」と仰っていて、そういう言葉が、とっても嬉しい実りの秋でございます。

今までやってきたことの積み重ね、と、新しい試み、と。

錦おりなす、秋です。









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# by sanahefuji | 2018-10-20 23:26 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

第1回 木ノ口かたし 土曜サロンのお知らせ

1週間、早いです。

明日はもう土曜日、「木ノ口かたし」のお店の日。

いつものように営業しておりますが、明日の午後はちょっと初の試み、やってみます。

午後2時30~4時までの時間、「木ノ口かたし 土曜サロン」というのを時々やろうかな、と考えていて、明日の第一回目は「お片付けの話」です。

講師は五島に嫁いで16年、パワフル3兄弟の母でもある中村美保さん。もともと前の「かたし」からのお客さまで、本当にいつもお家もご自身も、スッキリ清められている感があり、どうやったらそうできるのか、というのが知りたい、と思い、お願いいたしました。他でも講座をやっていらっしゃいますので、「木ノ口かたし」のアットホームな雰囲気の中で教えてもらえるのは、大変お得ですよ。

2回に分けての開催ですが、1回ずつでも単独で受けることができます。

「木ノ口かたし かわら版」にてお知らせしていましたが、ワタクシ、超間抜けなことに、その2回の内容のテーマを書き忘れていたのです!

ナンテコッタ!

寅次郎ぶりにも程があるってなもんです。最も重要な情報を入れていない「かわら版」だなんて。

それに気がついたのが、昨日、というこれまたアホか!

という・・・。

アホです。

でも、それに気がついたので、せっかくなので、こちらに書いておきましょう。どーんと。

第1回 捨てられない貴女から捨てたい貴女への変わり方。
     ~貴女の家は、家族の寛ぎ空間か、物置か~

第2回 片付いている状態を保つ秘訣。
     ~自分を大事に、物を大事に~

です。

もう、これを書いておかないなんて、ホント抜け作にも程がありますよね。ホラホラ、お片付けの話、聞きたくなってきたでしょ?

明日、まだ空きがありますので、興味のある方はぜひどうそ!直接来て頂いても大丈夫です!

午後2時30分~4時 「木ノ口かたし」にて。

参加費800円で、木ノ口かたしのお菓子&お好きな飲み物、ついてます。なんてお得!

第2回の開催日はまだ決まっておりませんが、単独でも受けられますので、今回が無理でも、また次回に受けてみようかな、という方、要チェックですぞ。

ではでは、最もこの講座が必要な「木ノ口かたし」抜け作店員からのお知らせでした。

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# by sanahefuji | 2018-10-19 07:42 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

飯炊き女の失業

今日は小学校の田んぼの稲刈りでした。

毎年、小学校の稲刈りの時にワタクシは必ず、田んぼの横にカマドや羽釜を持って来て、ご飯を炊き、高学年の子たちに塩ムスビを握らせて、稲刈りが終わった後にみんなで食べる、ということをやっていました。

種モミの選別から始まって、種を蒔いて苗作り、田植え、稲刈り、と一連の作業の中で、最も重要なのが、このカマドで炊いた塩ムスビを稲刈り後に食べることである、とワタクシは思っていました。

そして、子供たちが最も楽しみにしているのも、この最後のオムスビだと思っていました。

何故なら、余った塩ムスビをめぐる争奪戦が毎年、繰り広げられ、いつの年だったか、一年生を担当していた先生が、いつもは食が細くて給食のごはんを残してしまう子が、オムスビの争奪戦で見事2個目のオムスビを給食前に食べたものだから、これは絶対に給食を食べられないかと思ったら、食べたんですよ、しかも、その後もごはんをよく食べるようになったんです!と言ってコーフン気味に教えて下さったこともありました。

こんなに飽食の時代でも、子供たちは真に美味しいものを、めったに食べられない、とワタクシは思っているので、田んぼの活動の中でも絶対にこの経験だけは外せない、と思っていました。

ところが、です。

今年はこの「田んぼでオムスビ」をしないで欲しい、という要望が学校側から出されました。

その理由というのが、衛生上の問題があるから、とのこと。

「?」

とまず頭にはクエスチョンマーク。

そして「それは正気で言っているのか?」と思い、

単細胞のワタクシの頭にはカッカと血が昇り、もはやケンカ腰で学校に行きそうなイキオイであったのですが、冷静な相方に止められて、さらに一言二言と釘をさされ、思いとどまったのでした。

しかし、まぁ今日の稲刈りには一応行きましたが、ヤル気はゼロ。なんせ失業した飯炊き女ですからな。

この案山子がワタクシの気持ちです。
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ガックリ。

一番大切なことが、何も伝わってなかったんだなぁ、と思っていたら、そんなことはありませんでした。理解ある先生もちゃんといて、そのことを申し訳なく思っている、とワタクシに言ってきて下さったからです。

そうなのです。単細胞のワタクシは反省せねばなりません。組織というのは、そういうものです。みんながみんな「衛生上のモンダイ」などということを、本気で思っているはずはなかったのですね。

この衛生上のモンダイ、の害悪の方を、現代人はもっと考えた方がいい、とワタクシはそれこそ本気で思っています。

午後からは、修学旅行生の体験の受け入れがあり、「ふくれもち&肉まん」作りのインストラクターなどという、御大層なお仕事もしてきました。

この都会から来る修学旅行生たちの、食べ物や動物に対するアレルギーの多さ、というのが、絶対にこの「衛生上のモンダイ」と関係がある、とワタクシは睨んでおります。

今では、腸内細菌がどう、とか、腸内環境がどう、とか、ヒトビトの健康に腸内の細菌が深く関わっている、ということはよく知られています。この腸内細菌の多様性が大事というのは、科学的にも証明されつつあることのようですが、その多様性は、赤子の頃から多くの菌を普通の生活の中で体内に取り込むのが一番なのに、この「衛生上のモンダイ」が邪魔をすることが多いのではないか、とワタクシは思うのです。

ホントにビックリするくらい犬や猫の毛のアレルギーの子、というのも多くて、犬や猫がいるわが家では、体験活動が出来ない、ということで、道具一式を公民館の厨房に運んだりして体験活動をしなくてはならなかったり、ということにもなります。

今日もそうでした。

まぁそれくらいの手間はなんでもないのですがね、動物と暮らせないヒトが多くなる、というのは、残念なことですね。

さて、女子高生8名の皆さまとの「ふくれもち&肉まん作り」、上手に出来ました。
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人生いろいろありますが、「ふくれもち&肉まん」は、いつもと変わらず、美味しかったですよ。
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# by sanahefuji | 2018-10-17 18:48 | 雑記 | Comments(0)

消えた運動会に寄せて

書きかけたまま放置していた、先週の金曜日のことを、せっかくだから書いておきましょう。

9月30日に開催されるはずだった運動会が、台風で中止になり、代わりに先週の金曜日の午前中に、小中合同で運動会の発表会的なものがありました。

これは運動会と同じように入場行進があったので、常々「運動会は入場行進が一番重要である」という説を唱えているワタクシとしましては、遅れるわけにはいきません。

明日の「木ノ口かたし」の準備で忙しい金曜日ではありますが、入場行進が始まるかっきり5分前にかけつけました。

8時45分開始であったので、ありがたいことに朝ドラ「まんぷく」を見てから行けました。今度の朝ドラは前のより百倍くらいいいですな。まず歌がいい。北海道帯広出身の吉田美和さんの歌声は、北海道のカラっと乾いた空気や広い空を思い出させてくれます。朝から実に嬉しい。

そして、ヒロインがいい。ワタクシは好きです。さらに、ヒロインのお相手、これも良い。眼鏡をかけていて、立ち姿が美しい、しかもやや不器用そうである、ヨシ!完璧!

というわけで、今のところ見ています。がしかし、油断するとすぐに見なくなってしまうのですが。でも、この歌声は朝にいつも聞きたいなぁ。

あ、運動会の発表会のことでしたね。

その日の入場行進を見て、消えた運動会の無念を思わないわけにはいきません。

子供たちは運動会をしたかっただろうなぁ、と思って。

子供並みにワタクシも運動会をしたかったです。だって、一年に一回しかないのですから。

その日の行程では、入場行進や開会式、徒競争に800メートル走(中学生)、大縄跳び(中学生)、エイサー(小学生)、ソーラン節(中学生)、綱引き、玉入れ(小学生)、リレー、だけが行われ、午前中で終了し、お昼ごはんは、いつもと同じく給食です。

いくら運動会の競技をやったところで、これでは運動会ではありません。

無念じゃ、返す返すも無念じゃ。

子供たちも、運動会がなくなったことを嘆き、そして不満をいろいろとぶちまけていましたが、子供たちにとって、何が一番腹が立っていたか、というのをワタクシがここで教えてあげましょう。

運動会が台風で中止、というのは、まぁ仕方がない。午前中だけの競技、これも仕方がない。弁当ではなく給食、それもそうするしかない。

それらについては、文句を言いながらも、子供も仕方がない、というのは分かっているのです。

では、何が不満だったか。

「先生は本当は残念って思ってないよ。」とのこと。

おそらく、これは、「先生」の部分を「オトナ」としても良い、と思います。

子供たちにとって、このことが一番、憤りを感じる部分だったのです。

まぁ、ワタクシも一応オトナの年齢だから、疲れたオトナの感覚も分かります。行事がいっぱい、やることがいっぱい、頭の中は次から次に用事でいっぱい、心に余裕がないのです。

白状しますと、ワタクシも運動会がなくなって、「弁当を作らなくてよくなった。」ということが頭に浮かんで、そのことは楽だな、と思ってしまったのです。あんなに運動会命!だったワタクシでさえ、年を食うってことは、こんなふうな考えが一瞬でも頭をよぎってしまうのだ、あぁなんということだ!と嘆かわしかったのでした。

だから、消えた運動会に対して、単なる学校行事の一つとしてしか考えていなかったとしても、もしかすると半分「ホッ」とする気持ちが生まれてしまったとしても、それは仕方のないことです。しかしながら、子供に寄り添う先生という職業であるならば、そんなことを思ってしまった自分を恥じ、全力で子供の無念を共有しようとする、少なくともその姿勢が必要ではないか、と思います。

子供たちは本当に本当に無念だった。運動会というのは他の行事とは格が違うのです。ましてや、中3だったら最後の運動会なのですから。

ところが、そのことを全力で心から共感してくれる「オトナ」が、多分、いなかった。いや、もしかすると、いたのかもしれないけれど、「オトナ」の分別でクールにそれを隠していたのかもしれません、だから子供は感じなかった。

子供たちは、そのことに対して怒っていたのです。

忙しい、というのは、よく言われるように、本当に「心」が「亡くなる」ことですね。

子供たちにとって、先生というのはものすごく大きな存在で、ワタクシの経験からしても、家と学校が世界の中心となっている子供の時代においては親の次に影響力がある存在です。

その先生たちが、忙し過ぎて心に余裕が持てない、というのは、教育をめぐる政治のあり方も大きいと思うので、学校自体、先生自体の責任ではない部分が大きいと思うのですが、これは子供にとっても先生にとっても社会にとっても、ホントにいろんな面で損失だ、と思います。

子供たちと一緒に泣いたり笑ったり、先生がそういう熱い人間のままでいられるような環境って、もうそれはとうの昔に過ぎ去った夢、なんだろうか、と思うワタクシ。

消えた運動会を悔しがって泣いてしまう、くらいのみっともない先生がいたら、子供たちの中に、消えた運動会が温かい記憶として、残ったのかも、しれないのにな。





















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# by sanahefuji | 2018-10-16 06:09 | 雑記 | Comments(0)

少しずつ戻していこう

今朝、中学生のサトが部活で着るチームTシャツがない、などと家を出る15分前くらいに言い出しました。いつもだったら洗濯も終わって脱水の状態で洗濯機に入っているはずなのでアイロンをかければ何とかなる状態ですが、悪いことには昨夜はワタクシ、家の者が風呂に入っている時に順番待ちで、寒いもんだから布団に入ったコータローの隣で暖まっていたら、そのまま寝入ってしまい、洗濯をしてなくて、朝起きてから始めていたのです。

だから、Tシャツはびしょ濡れの状態。

それでもなんとか着られるくらいにして、サトを車で送って行きました。それが6時50分くらいの話。

さらに今日は、他の学校で練習試合があるから子供たちをその学校まで送る仕事もありました。それは7時半に学校出発、となってました。

学校と家とは近いので、一旦戻って、洗濯物を干したり、片付けをしてから7時半前に再び学校に行こう、と思っていました。

ところが、です。

家に戻って、今日は9時から昨日と同じ合唱の練習もあったので、気持ちの焦点は完全にそちらに向いてしまい、7時過ぎには既に、7時半学校出発、というのが完全に頭から抜けており、あー、今日もまたあの歌の練習が出来るんだ、楽しみだな~と思いながら洗濯物をいそいそと干しておったわけです。

そして、祭壇の上にある丸くて白い時計の針が、7時40分を指していた時、何かとってもイヤな感じがしました。胸騒ぎがする、というか、なんというか。そう、その時点ですぐに思い出してないわけです。

しばし時計を見つめ、

ギャー(心の声)!!!!!

シマッタ~、やってしまった!

と慌てて外に飛び出して、あ、先生のための水を冷やしてあったんだ、それを持って行かねば、荷台が汚いからゴザをひかねば、などなどアタフタして車で向かっていたら、途中まで歩いて来ているサト他2名の中学生たち。スマンスマン。

中学生たちには、まぁホントに申し訳ないことだったのですが、ワタクシは笑いが止まらなくなってしまいました。

妻嫁母女店員夜の女、どれもこれも、心を配り、気を利かせなければ務まらない仕事ばかり、ちゃんと出来てはないけど、よくやっている、と思うべきで、ダメだダメだ、とは、もう金輪際思わないようにしよう、と決意したばかりのワタクシ、20年かかっても「さくら」にはなれないのに、「寅次郎」にはこんなに簡単に戻るのね、と。

洗濯物を干しながら、昨日書いたらしいコータローの落書きが、面白くて写真に撮ったりしていた今朝の7時33分(カメラに記録されてました)。
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もちろん、用事を忘れたり、時間に遅れたり、それは決して良いことではありません。このような失敗をしないように、これからも気をつけるし、忘れない工夫はしますけれど、そのことだけで神経をすり減らしてしまわないように、しなくちゃね。




ずっとずっとずーっと前まで遡って、よくよく思い出してみる。

そこは、大学の研究室。

ドイツの農家で働いていたワタクシは帰国したばかりで、見知らぬ後輩たちと、よく知った先輩たちが一緒にわいわいと何かを話している中にただボーッと座っている。

「お噂は予てから伺っておりました。」

一人の後輩が礼儀正しく、そのようにワタクシに申し述べてきたのではありましたが、その噂というのは何のことはない、先輩たちがワタクシが酔っ払った時の奇行の数々を面白おかしくあることないこと喋っていただけのこと、ということらしいので、「ハァ」とだけ曖昧に言ったような言わないような。

そしてまた、何かの話題の時に、その同じ後輩が「風変わりなヒトって、いいですよね。自分はそういうヒトが好きだなぁ。」というようなことを、その通りの言葉ではなかったかもしれないけど、言っていたな、と思う。

やはりボーっとして、座っていただけで、会話に参加していなかったので、皆が何を話していたのかは覚えてないけれど、その言葉だけをやけにはっきり思い出す。

そこだ!

と思う。

そこまで、ちゃんと遡らねば、と。

そしたら分かった。

誰もワタクシに、良妻賢母など求めていなかった、と。

それなのに、勝手に自分で、そうならねば、と思って苦しくなっていた、と。

良い妻や賢い母でなくても、良かったのだ、と。

出来もしないのに良妻賢母にならねば!などと思い詰めて、しんねりむっつりした女など、つまらないのだ、と。

風変わりなヒト「が」ヨカッタんだよな、後輩くん。























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# by sanahefuji | 2018-10-14 18:37 | 家族のこと | Comments(0)

なかなかしつこい桎梏(しっこく)の綱

昨日、中止になった運動会の代わりの発表会的なものが小中合同でありまして、そのことについて書いていたのですが、途中で寝てしまい、最後まで書けないうちに、もう今日は「木ノ口かたし」の日になってしまいました。

なので、取り急ぎ、「かたしのお昼ごはん」の記述を済ませておきましょう。
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・煮卵
・大根の皮のキンピラ
・カマスと長芋とキャベツとニンジンのサラダ
・ミョウガとサバの生節の味噌和え
・大根と厚揚げの煮物
・カボチャとアオサの天ぷら
・キャベツとタマネギの味噌汁
・カマド炊きごはん
・リンゴと胡桃のケーキ

でした。

先週は台風で「かたしの昼ごはん」がなかったので、随分と間が開いたような気がします。正月でもないのに、なんだか調子が狂いますね。

さて、今日は午後からワタクシは、店番を夫&アサに任せて合唱の練習に行かせてもらいました。

長崎しまの芸術祭の一環で、11月11日と11月23日に福江文化会館にて、東京芸大の先生方やオーケストラのヒトビトとの共演があるのです。

それで、今日と明日の2日間、合唱指導の専門の先生の指導を受けることができる、というので、ワタクシは「これは絶対に行かねば!」と思い、参加しました。

なんせ、ワタクシの残りの人生は、何度も言うように「農業・合唱・田舎の暮らし」という、この3つのことの発展のために捧げる、ということは、もう決まっているからです。

今日、その合唱の先生の指導を受けてみて、ワタクシは悶絶の楽しさ、でした。

「悶絶」と「楽しさ」は矛盾するのではないか、って?

いえいえ、そんなことはないのですよ。

楽し過ぎることを、ワタクシの辞書ではこう表現したい、と思います。実際には、もだえ苦しんで気絶はしないけど、それくらい楽しかった、ということです(意味ワカランか。

何もワタクシに限ったことではないでしょうが、ヒトは好きなものには夢中になりますよね。そして、それ以外のことが、もう何も入り込む隙間が全くないほどに集中します。そういうこと、子供の頃はけっこう多かったと思います。

ところがところが、オトナになってからは、そういうふうに周りの風景が何も見えなくなるくらい、あるいは他のことを全く考えないくらいに集中する機会ってホント少なくなってしまいました。

でも、今日思い出しました。そして、練習が終わった後、歌うこと以外のことを何も考えていなかった、全部忘れていた、そして何も頭をかすめなかった、ということに感動しました。こういう感じ、ホント久しぶりだなぁって。

だから、3時間など一瞬でした。

あーもっと続けて歌いたい、と思いました。

そしてワタクシは思いました。

あーワタクシは何もしてなかったんだな、と。

残りの人生を捧げる、という割には、何も本気でやってないじゃないか、と。

どうすれば本気で取り組めるのか、と考えた時、大事なことは、自分の生命力を弱らせないようにすることだよな、と思うのです。

そのためには自分が力を発揮できる状況を、きちんと自分で整えていかなくてはなりません。

小心者のワタクシは、世間の目とか他人の目とか、けっこう気にし過ぎるタチでもあり、知らず知らずのうちに生命力を弱らせていっていたんだな、と、本当に最近またまた思っているところでした。

前もそんなふうによく思っていて、でもまた少しマシになって、けれどそれはまた波のように揺り戻しが来ます。揺り戻しが来ている今、それは前の状況とはまた違っている、と感じます。

少しずつ、少しずつ、自分というものが分かってきているからです。

別人になる必要はないのだ、ということも。

多分誰でも、もともと大きな力と豊かな心を持っているのに、それを封印してしまうのですね。真面目に一途に、「こうあらねばダメだダメだ」と思い詰めて固くなってしまって。

それを解放できたらいいのにな。

今日の歌の指導でも、歌う時に心を解き放つことの大切さを仰っていました。

何でも同じ、そうなんだな。

誰にされたわけでもなく、自分で自分を縛りつけていた「桎梏の綱を解き放」つ(注 帯広畜産大学逍遥歌 冒頭)時、ヒトは驚くほど、力を発揮できるのではないのかな。

そんなことも思う、ワタクシ女寅次郎(しつこい)。

フーテンの寅は寅なりに、残りの人生の目標に挑んでいきたいのでごさいます。














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# by sanahefuji | 2018-10-13 22:05 | 雑記 | Comments(0)

女子会は有意義だ

昨日、女子会でした。
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集まった皆で準備して、食べて、お喋りして、というシンプルなものですが、とっても楽しくて、おなかも心も満たされました。

このような機会が最近は、なかなかなかったので、そのきっかけとなった出会い、に感謝です。

ただ、楽しいだけでなく、いろいろなお話を聞いているうちに、自分の来し方行く末も、考えました。

先日読んだ、山極寿一氏と関野吉春氏の対論「人類は何を失いつつあるのか」という本の内容と共に、いろいろなことがワタクシの中では、繋がっていき、自分が出来ることは何か、というのを実に真面目に考えている、ところが如何せんワタクシは寅次郎。

なかなか、すんなりとはいきませぬ。

いろいろなことが、天から采配されて、ワタクシに決断を迫っているのかいないのか。

しかし、人生は面白いな。

というのが、奮闘努力の日々の女寅次郎の偽らざる実感です。

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# by sanahefuji | 2018-10-12 06:39 | 雑記 | Comments(0)

ワタクシ女寅次郎

今日は本来ならば10月10日の体育の日。

晴れの日が多い特異日のハズなんですが、五島は少し雨が降っています。今はもう気象の傾向が変わってしまっているのかもしれませんね。

さて今年の本当の体育の日の10月8日は、「うとん山農場田吾作部会&田んぼの会」の稲刈り&収穫祭でした。
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収穫祭には田んぼでご飯を炊いて、芋煮を作って、田んぼで食べる、ということをやっておりますが、ここ2年くらいは雨で「木ノ口かたし」での収穫祭になっていましたから、今年は久しぶりの田んぼでの開催でした。
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今年は豊作で、みんな頑張りました。
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前日に半額になった牛肉のおかげで、ダシもよく出て、美味しい芋煮になりました。

そのことはメデタシメデタシ、なのでした。

ところが、その日ワタクシは、ひょんなことから自分の寅次郎ぶりに再び気付いてしまい、もう倍賞千恵子演じる「さくら」を目指すのは本当に本当にヤメた方がいいんじゃなかろうか、と思ったのです。

そんな女寅次郎ぶりをよく知るワタクシの友と、その夜ワタクシは持ってまだ間もない自分のケイタイにて、超長電話、その時間ナント3時間超え!

持っててヨカッタ携帯電話。

本質は寅次郎なのに、ただ単にオナゴというだけで、どうして「さくら」を目指そうとしてしまうのか。それも、気がつかないうちに、そのような役割を全うせねば、と自分で思い込んでしまう。そして自分をじわじわ殺してしまっているノダな。

ワタクシ、生まれも育ちも葛飾柴又ではないけれど、帝釈天で産湯を使ってもないけれど、姓は車、名は寅次郎でもないけれど、人呼んでフーテンの寅、なのは確実です。

その寅次郎が、よくぞ今まで、もうかれこれ20年も「さくら」(質の違いは大いに有り、だが)をやってきたもんだ、と思えば、

奮闘努力の甲斐もなく、今日も涙の、今日も涙の日が落ちる、日が~落~ちる~、となっても仕方があるまいなぁ、

と思う今日この頃でございます。








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# by sanahefuji | 2018-10-10 15:07 | 「うとん山農場」のこと | Comments(0)

世間は堅実なヒトビトに満ちていると気付いた日曜日の朝

最近は、土曜日の「木ノ口かたし」のお店以外の日でもわが家に卵を買いに来て下さる方もいらっしゃるので、土曜日のお店の時にはだいたい20数パックの卵を並べております。

たったのそれだけなので、売れ残るということはなかったのですが、昨日は半日休業したこともあって残ったので、本当~に久しぶりにバリューファームへ持って行ってきました。
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「木ノ口かたし」では1パック300円で売ってますけども、バリューファームでは350円になってしまいますが、よろしかったらどうぞ。

お店には、ちょうど8時前くらいに到着したので、10%の割引になるという「赤いカゴ」を得るために、開店を待っているヒトビトが列をなしているところに遭遇しました。そして、開店と同時に店内になだれ込み、店内は人人人、まるで年末か、というような活気でビックリしました。

そうか、日曜日の朝というのは、こんなにヒトビトが熱狂的に買い物をしているのか!

と、いつもはコータローと一緒に「ゲゲゲの鬼太郎」を見た後、朝ごはんを適当に食べつつラジオで「音楽の泉」を聞こうかしら、などとノンキにしていた日曜日の朝8時、世間では少しでも安く買い物をしようとお店に並び、人ごみの中で買い物をしている堅実なヒトビトが大勢いることにタイヘン感銘を受けましたワタクシ、せっかくだから卵を出した後に、まだ残っていた赤いカゴを貰って、明日の田吾作部会&田んぼの会の収穫祭の芋煮のための牛肉を買いました。
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牛肉が全部半額になっていまして、さらに赤いカゴで10%引き!

ヤッタ!

昨日書いたように、本を買わずに図書館で借りた、という行いと同じくらい堅実な主婦の行動にまた一歩近づけたような気がするなぁ,と朝から自己満足(やはり低レベル)。

それにしても牛肉ってお高いのね。高値&高嶺の花ですな。

しかし、明日は収穫を祝う祭りなのですから、ケチってはイケマセン、と思って6パックも買ってしまったわ。なので美味しい芋煮になるハズです。堅実であってもケチではダメなのです。ケチは最もヨクナイのです。

堅実な主婦と言えば、今度「木ノ口かたし」で「お片付け講座」をやることになりました!

木ノ口かたしのお昼ごはんが一段落した後の、静かな時間、お茶でも飲みながら、より良い暮らしのために何か役に立つことが出来ないかな、と前々から考えていたのですが、試しに始めてみることにしました。

名付けて「木ノ口かたし」の土曜サロン。

第一回目は「お片付けの話」です。コレ、ワタクシが一番必要だわ、と思うことなので、記念すべき第一回目にふさわしいテーマです。

そのお知らせは、「かわら版」に書いて、卵の横にも置いておりますが、ここにもちょこっと載せておきましょう。
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興味のある方、ぜひどうぞ!

一緒に堅実な主婦(でなくてもいいけど)を目指しましょう!?



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# by sanahefuji | 2018-10-07 10:15 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

嵐の夜のアホらしい話

台風25号、通り過ぎました。

今回は台風7号の悪夢ふたたびか?!

と思ったのですが、今回は大丈夫でした。

まず、雨が全然降らなかったので、雨漏りの心配がなかったし、風も7号の時ほどひどくなかったと思います。

本当にヨカッタ!

というわけで、のんびりしてました。土曜日なのに。

たまには、こういう開店休業もいいなぁ、などと思ってしまうのですが、しかし、ちょことちょこと卵や米は売れたので、これくらいでちょうどいいんじゃないか、などと、また思ってしまう、商売人にはホントに不向きのワタクシ。

折よく、五島市立図書館にはなかったけれど、長崎県立図書館にあったこの本が、ちょうど昨日届いたところなので、とっても嬉しい!
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この本、この間、長崎に行った時、本屋さんで見つけて、もうすぐさまレジに持って行きそうになったのです。洋服なんかは何を買ったらいいのか全然分からないのに、本となると、すぐに欲しくなり、財布に金が入っていると何も考えずに買ってしまいそうになるという、商売人に向いてないばかりか堅実な主婦としても失格で、二重に金の貯まらない体質のワタクシですが、この間はなんとか思い留まりました。

レジに向かう途中で裏を見て、値段が2700円とあったので、いや、まてよまてよ、2700円だよ2700円+税、そんなにポンとここで買わないで、図書館で聞いてみたらいいんじゃないか、と思い、棚に戻したのです。

この偉大な「よか男」二人の対談本を棚に戻したとは!帰りの船で、すぐさま読みたい誘惑に負けなかったとはエラかった!少しは堅実な主婦としての正しい行動が取れるようになったではないか、と思いましたよ(なんという低レベル)。

で、その本が県立図書館から昨日届いた、というわけ。

昨日の夜に読めたらよかったのですが、昨日は「木ノ口かたし 夜の部」が入っておりまして、昨日の時点では、もう土曜日の午前中は休業することに決めていたから、朝に何も準備しなくてもいいし、ナンなら寝坊してもモンダイない、という、金曜日の夜だというのに随分と心に余裕があったワタクシは、その「夜の部」で「木ノ口かたし 夜の女」としての役割を果たせるように立ち働かねば、と思って参加したのです。そして、「夜の女」研修生として、せっせとビールを運んだり、水割りを作ったり、というのをやってみたりしていたわけです。

前々から書いていることですが、ヨッパライというのは、そのヒトの真実そのものなのでして、しかも嘘はつかないのです。というわけで昨日は何故かワタクシの真実にやたら食い込んでこられて、このような場合には、どのように対応するのが正しいのか、ということで少し迷った「夜の女」研修生のワタクシ。

その真実というのは、「さなへさんは貧乳である」ということです。やたらとこのように仰るヨッパライが約一名。それは紛れもない事実であることから反論は出来ないし、これはセクハラではないか、と心優しい皆さまは心配して下さるかもしれませんが、セクハラというのは人による、というのがワタクシの考えです。

昨日の場合、そのようにワタクシに仰るヨッパライに対して、「いやらしさ」を感じることは全くなく、ただ単に、本当に正直なヒトなんだなーこのヒトは、と感心するのみだったので、それはセクハラではないのです。

「貧乳」で思い出したのが、中学1年生だったワタクシにやたらと「絶壁絶壁」と言ってくる中3男子がいて、その先輩の方は後頭部が絶壁であったことから、ワタクシも負けじと「絶壁絶壁」と二人して言い合っていた、ということがありました。

そのヒトは、なんだか妖怪じみた感じの面白いヒトで、へらへらとして、つかみどころのないような感じでありながら、実は頭も良かったり、足が速かったりして、今考えるとなかなか魅力的なヒトでもあったので、ワタクシはそうやって「絶壁絶壁」と二人で言い合っているのが楽しかったなーと思い出したりした嵐の夜。

その話題から発展して、その場にいた、やはり細めの女のヒトと共に、期間限定の巨乳体験(妊娠して赤子に授乳中の期間のことね)について、「あの時はホント嬉しかったよねー」などと激しく共感し合って話していた嵐の夜。

「木ノ口かたし 夜の女」アホですな。



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# by sanahefuji | 2018-10-06 17:35 | 雑記 | Comments(0)

明日の「木ノ口かたし」 お知らせ

今日の深夜から明日の朝にかけて、台風25号が一番近付いているようなので、明日の「木ノ口かたし」では、「かたしのお昼ごはん」や「ふくれもち」や米団子、お菓子などなどはお休みします。

ただ、最初の予想よりも通り過ぎる速度が速そうなので、もしかして、午後からはもう過ぎ去っていて、出歩ける状態になっているかもしれません。なので一応、卵やお米などは準備して、いつもの通りの閉店時間の午後5時までは「木ノ口かたし」に待機しております。
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濱崎さんの今年初、サツマイモ(安納紅)も来てますよ。

でも、無理に出かけたりは絶対にしないで下さいませ。本当にアブナイですから。

風の当たり方が、どういう感じなのか、雨はどうなのか、台風7号の時のことがあるだけに、怖いです。何事もなければ、本当に嬉しいです。

台風というのは、予報より大幅にそれたりして特に被害がなければ、ゆっくり休める機会を提供してくれるという点で、ありがたいものですが、あちらこちらに被害があると、みんなタイヘン、その後もしばらくタイヘンだし、疲れるし、痛いものですね。

もう後は運を天に任せるしかありません。

どうか被害が少なくてすみますように。

願わくば、本が読めますように。

ワタクシの、ささやかな願いは、ただそれだけです。

ではでは、皆さまも、お気をつけてお過ごし下さいませ。

風が吹き始めました、五島にて。

既にビュービューと風が吹きすさんでおりますが、今日はペタンク大会の抽選会があるそうです。
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スタンバイ、OK!


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# by sanahefuji | 2018-10-05 16:19 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

調和の美女とチラリズムの海

昨日、一昨日と提供した「イノシシカレー」、ワタクシは「木ノ口かたし」の飯炊き女としてカマドで米を一回につき三升炊いただけですが、両日とも完売したそうです。ヨカッタヨカッタ。

しかし、一度に三升の米が炊けるカマドや羽釜ってスゴイですね。薪さえあればいいんだから。

週に一度、土曜日の飯炊き修行のおかげで、もうドギマギせずに「米、三升?、あーいいよいいよ。何時までに炊いておけばいいの?6時ね、ハイハイ。」という具合に、まるで炊飯器のタイマーでもセットするくらいの気楽さで引き受けることができるようになりましたよ。飯炊き女の道を確実に歩いておるワタクシです。

あ、しかし、明後日の「木ノ口かたし」は台風のため、休業せざるを得ないようなので、カマドの飯炊きもお休みですね。台風25号、かなりヨクナイ感じです。あの甚大な被害をもたらした台風7号と同じような場所に五島が入ってしまうので。

今回の25号は危ない感じなので、過ぎた後に、屋根の大規模な改修工事をしなければならないかも、と話しています。改修不能なくらいに壊れないことを祈るばかりです。もちろん出来る範囲の対策はやらねばなりませんが、もう来てしまったら手も足も出ないので、みんなが無事なら御の字、と思うしかありません。

さて、昨日は中学生の駅伝大会もありました。しかし昨日は台風前の最後の晴れの日で、ワタクシはどうしても遅れに遅れている畑の作業をしなければ!と思っていたので、応援をどうしようか悩みましたが、最初にある女子の部だけは応援に行くことにしました。サトも選手として選ばれていたし。

コースが分かりにくくて、あちらこちらに移動しながら走ってくる女子たちを応援しておりましたら、その時に、かつてこのブログにもチラッと書いたことがある、五島における熟女部門第一位(ワタクシの中ではね)の美しいヒトがそこにいて、やはり応援をしていたのです。

その美しいヒトに出会ったのは、ワタクシが五島に来てまだ間もない頃ですから、17年くらいは前なのですがね、その美しいヒトは当時も今もまるで変わっていなくて、その驚異的な変わらなさ、というのがスゴイのです。

おそらくもう還暦もとっくに過ぎているに違いなく、お孫さんもいる、がしかし、その美しさはその辺の若い女のヒトビトよりも圧倒的な光を持っているようにワタクシには見えるのです。

それで、応援をしつつも、子供たちが走って来ない時には、ついつい目でそのヒトを追ってしまう、という、まるでその方に気がある男のようになってしまうワタクシなのですが、美しい、と思うものに抗うのはムズカシイですからな、仕方のないことです。

そして思ったのが、そのヒトは何故、あのように圧倒的な美しさを保っているのか、ということを是非とも検証しなければならない、ということです。

応援の合間、という短い時間に観察したワタクシの一考察をここに記しておきましょう。

ヒトの美を作るものは何か、と言った場合、顔立ちが美しい、というのは、まぁもちろんなのですが、ここ五島は顔立ちが美しいヒトは非常に多い、それもいろんなタイプの美しさがある、ということはワタクシのみならず、多くのヒトが言っていることでありますが、美人というのは顔立ちの美しさだけではない、というのがワタクシの見解です。

ちらちらとその方を見ていて、気がついたことは、やはり立ち姿の美しさです。姿勢がすごくいいのですね。それも、ズバ抜けている。そして、美魔女などというヒトとか、何か化粧品などのコマーシャルとかで「エッ、○○歳には見えませんね!」などと言われているヒトと違って、作っている感じ、年に抗っている感じ、必死な感じが一切ない、ごくごく自然に若さを保っているように見える、ということです。

実際、その方は今も仕事や家族・親族のために本当にいつも忙しく立ち働いていて、自分のために、そこまで労力やお金を注ぎ込むことなど考えてもないだろうし、またその余裕もないであろう、働く婦人なのです。

そのような精神のバランスの良さ、というのも重要なのですな。

そしてワタクシの結論としましては、美は調和である、ということです。全体的に均衡が取れている、ということがヒトに何か良い感じを与えるのかもしれない、と思います。

と、そのように結論付けて、さて、応援応援、きちんとアンカーのサトまで見届けて、ワタクシは坂の上にある競技場を後にしたのでした。

その帰り道、坂の上から車を走らせると、街並みの向こうに海が見えるのです。坂を下っていくと、それはすぐに見えなくなります。その間、ほんの何秒かのこと。

昨日は気持ちの良い秋晴れで、その街並みの向こうに一瞬だけ見える海の色が、それはそれは美しくて「ハッ」としました。あ、写真に撮りたいと思いましたが、車ですから急に止まるわけにもいかず、すぐに通り過ぎてしまいました。

五島で暮らしていると、自分の生活圏にこういう場所がいくつかあります。少し高くなっている所で、街並みの向こうに海が見えるのだけど、その道を下がっていくと見えなくなる、というような。移動は車ですから、それはほんの一瞬だけ見ることが出来る海、なのです。

五島にいれば海はどんな海でも、例えば360度海、とか、景色全体が海とか、迫ってくる海を見ようと思えばいくらでも見ることができますが、しかしながらワタクシが最も好きなのは、この日常の合間に一瞬だけ見える海、なのです。

「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。(花は真っ盛りに咲いているものだけを、月は少しの曇りもないものだけを見るものだろうか、いや、そうではない。」などと兼好法師も言っておりますが、ワタクシもそのクチなのですな。

それは、まともに正面から顔を見ることが出来ないヒトを、チラリ見た横顔の顎の線、無口なヒトがたった一言だけ言った殺し文句、例えて言うなら、そのようなものと同じものなのか、心にいつまでも残るものです。

美しいヒト、昨日の海の青。

五島の暮らし、なかなか良いです。

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今年は、今時期に例年以上に何もない畑。昨日せっせと鍬で耕して、やっとこれだけ、種をまいたり、苗を植えたりしました。貧弱すぎてお恥ずかしい限りの家庭菜園。なんだかんだ忙しくて畑にハマることが出来ないワタクシ。でも、出来る時に出来るだけ、やっていこう、と思います。これからも。





















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# by sanahefuji | 2018-10-04 23:11 | 雑記 | Comments(0)

本日解禁(?)イノシシカレー

ワタクシが住んでいる地区では、本日からこのような催し物が開催されております。
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第24回ということですから、けっこう長いですね。

このペタンク大会に夫が所属するソフトボールチームが屋台を出しているのですがね、ナントそれが今年はイノシシカレーなんですよ。

この間、中学生が職場体験に来た日に罠に入っていたあの、可愛らしい2頭のイノシシくん(合掌)。
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というのも、この9月から五島でもジビエの食肉処理施設、五島ジビエ合同会社というのがオープンしまして、わが家の罠にかかったイノシシを引き取ってもらって、食肉としてその施設で加工してもらえば、堂々と皆さまに提供することが可能となったのです。

それで、夜に開催されるペタンク大会に来て下さる皆さまに、カレーにして食べてもらおう、となったようです。

お米はもちろん「うとん山農場」のお米だし、「木ノ口かたし」の台所にあるカマドで炊いておりますから、美味しいはずです。あ、でも、ルーは特に「こだわりの」とか、スパイスから、とかではないです、フツーのルーです、あしからず。
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さっそく味見、ウマかった!これが、1杯たったの200円、というサービス価格。

ペタンク大会に出場しなくても、見物がてらカレーだけ食べに来てもいいくらいなんじゃないか、というお得な晩ごはんですぜ、ダンナ。

明日も出ますよ。

ぜひどうぞ!

そうそう、このペタンク大会、順位とは関係なく、最後に抽選会がありまして、協賛団体などからの豪華賞品が当たる、というのも人気の秘密です。

わが「木ノ口かたし&うとん山農場」からは毎年、米一俵、出します。

米が良く出来ても出来なくても、米一俵、出すんです。

米が少ない時はドキドキですが、今年はとっても気がラクだ!

メデタシ、メデタシ。

あ、でも、また台風が来ているのだった・・・。





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# by sanahefuji | 2018-10-02 18:41 | 食べ物 | Comments(0)

今日は「かたし」が生まれた日

早いもので、もう10月ですね。

9月もここには毎日のようにゴチャゴチャと書いていたにも関わらず、ワタクシの中では9月がスッポリ抜け落ちて、8月31日の後に10月1日になった、というような気がする不思議な感覚。なんでだろう?いや、それが何故なのか薄々分かっているのだが確信は持てませぬ。

さて、今日は「かたし」の開店記念日。あ、「木ノ口かたし」ではなくて前の「かたし」のことですよ。
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今日の朝、思いました。あ、13年前の今日はこんな感じの朝だった、と。

午前中、郵便局に用事があったので、今は「コンタツ堂」と名前を変えた旧「かたし」の前を通りました。

美しいお花の鉢植えがたくさん置かれて、前の「かたし」の時よりも、きちんとキレイにしてもらって、すっくと立って、元気そうでした。

かつて、とっても深い仲だったワタクシたち、しかしながら今はもう別々の道を歩いているワタクシたち、だからもう特別に言葉は交わさないけれど、「元気?」「元気だよ」と、それくらいの感じ。

でも、それで十分です。

けっこう大きなお金とか、膨大な時間、心身を消耗するほどの労力などなど、前の「かたし」に注ぎ込んだもの、なーんにも惜しくない。

アナタが今も元気でいてくれて、嬉しいよ。ホント、それだけ。

そう思えたんだなぁ。

13年目の開店記念の日に。

ひょっとして、これが愛?

と思ったりしましたよ。


さてさて、運動会がなくなってしまった昨日、ようやくアサの誕生会をしました。いつものヨッパライ付き「木ノ口かたし」にて。

アサのリクエストに応えたメニュー。
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ヘンな形の鶏小屋カボチャも、なかなか美味しいスープになりました。

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欲の深さは、おそらく一番ワタクシに似ていると思われる、このヒトも早15歳。

欲望のままに突っ走るのも悪くないぞ、とワタクシは言いたいですな。

タイヘンなことも多いかもしれないけれど、それ以上に得るものが、あるからなぁ。













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# by sanahefuji | 2018-10-01 22:12 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

ラジオは楽しい

昨日の朝、いつものように「木ノ口かたし」の開店準備をしながらラジオを聞いていて、これは必ず記録しておかねば!

というお話を聞きました。

あれは何というコーナーだったか、名前は忘れましたが、何人かの著名な方が持ち回りで、毎週何かのテーマについて喋る、というもの。

昨日は解剖学者の養老孟司氏でした。

彼は御年80歳なのだそうですが、お声がですね、実に色気を感じる声なのですよ。艶っぽいと言いますか。

なので、ワタクシは聞きながらちょっとドキドキしてしまう。それもあるし、氏のお話はいつも相当にワタクシの興味をそそる話ばかりなので、おっ、今日は一言も聞き洩らさず聞かねば!

という気持ちになります。いや、別のヒトの時は適当に聞く、というわけでもないんですが。

それで、昨日の話。

養老氏はまず「アメリカというのはどういう社会なのか、ということを考えました」というようなことを最初に仰いました。

ここで、ワタクシはまた作業の手を止めて「おっ」と思い、ラジオの方にかなり集中いたします。何故ならワタクシにとってもアメリカという国は謎だからです。どちらかというと悪い印象しかない国、というか。

氏が仰ったことを、そのまま再現するのは難しいので、もしかすると間違った部分もあるかも分かりませんが、とりあえずワタクシが覚えている範囲で書きますね。

アメリカというのは、様々な国のヒトが集まって作った社会である。そのような国の成り立ち、というのは我々日本人の感覚では分からないところがある。様々な国の様々な文化を持ったヒトビトが集まって、何かを決めなければならないので、アメリカという国では「理性」が最も尊重されるのではないか。つまり自分たちの文化的なものが自分たちにとっては大切でも、異なる文化のヒトにとっては関係ない、ということになるので、誰もが「公平に」理解できる「理性」というものに重きを置いた社会になったのではないか。

それはどういうことか。

例えば、貧しい地区に住んでいるヒトとお金持ちのヒトが住んでいるヒトがいるとして、この二人がある会社に就職するとする。会社の側は、その二人のヒトが住んでいる場所についての情報を「公平に」入手することができる。それぞれの地区のいろいろな情報を正確に。

そして、その正確な情報に基づいて、それぞれのヒトに「公平に」点数をつけていく。

そこに感情的なものは一切なく、事実のみで判断する。

そういうことを続けていくとどうなるか。

貧しいヒトはますます貧しくなり、お金持ちはますますお金持ちになる、というように、格差がどんどん開く社会であると。

理性的なことは良いことである、と考え、しかし、あまりにもそちらに片寄ってしまうことは、人間を幸せに導けないのではないか。

人間とは果たしてそういうものか。

ということを考える必要がある、と仰っていた、と思います。

いろいろと抜けていますが、だいたいこのようなことを仰っていたのを聞いて、ワタクシは「ハッ」としました。

何か今の日本社会もアメリカと全く同じようになってきている、と感じるからです。

そして、思いました。

うんうん、人間は機械ではないんだよなぁ、って。

ワタクシなどは、どちらかと言えば感情に流されるタチでしたから、それで困ることも多かったので、理性は大事だと思います。しかし、それもやっぱりバランスなんだな、と。

感情と理性のバランスが大事なのだ、と思います。

理性的にばかり考えていたら、人間は子供を産んで育てることなんてヤメてしまうのではないか、というような気がしないでもない。感情で突っ走らなければ恋愛などできませんものね。

現に今の日本の少子化がそれを証明しています。

繁殖をやめてしまう、ということは、生物をやめてしまうことなのかもしれない、とさえ思う。

最近あまり聞かなくなりましたが一時期、保育園を作るのに、周辺の住民が騒音を嫌がって反対するから、なかなか作ることができない、というようなニュースをよく聞きました。

これを聞いた時にワタクシは、日本というのは、もはや世も末だな、もうこれって生き物としての末期症状ではないか、と思ったものです。

人間ってどれだけ、自分のことだけ考えて生きるようになってしまうのだろうか、と空恐ろしい気がしました。

自分が子供としてどうやって育ってきたか、とか、これからの子供たちが育って行くこと、そういう新しいヒトがいなければ、自分もまた困ることになる、とか、そういう想像力ってまるでないのかな、と。

どうしてそういうことになるのか、よく分からなかったのですが、あまりにも便利になりすぎた社会は、明らかに自分の利益に反することを受け入れられなくなるのかもしれない、と思いました。

今日は台風で運動会も中止、福江まつりも中止。

残念ことではありますが、どうやったって人間は自然には敵わない、人間の思い通りにはならない、ということを思い知るには良い機会なのかもしれません。

とは言え、日本全国で被害が少なくて済むように、どうかどうかお手柔らかに、と祈らずにはいられません。

人間とは果たしてどういうものか、よくよく考える機会にしても良いのかもしれません。

いやしかし、土曜日の朝のラジオは有意義だなぁ、と思います。

最近は土曜日以外はあまりラジオを聞かなくなってしまったので、時々は聞いた方がいいですね。

ところで、養老氏のお声が色っぽい、と言いましたけど、声が素敵なヒトっていいですよね。ワタクシが好きなのは女のヒトは圧倒的に低くて落ち着いたトーンの声で、男のヒトもやっぱり渋めの声かなぁ。

やはりラジオで、時々あるコーナーに出てくる方の話す内容が、もうメッチャ面白くて、声がまたすごく自分好みだったので、いつも楽しみに聞いていたんですがね、ある時、どうしてもどうしても好奇心に耐えかねて、その方を画像検索してしまったことがあったのです。イマドキは有名な方なら写真がすぐに出てきますから。

結論から言いますと、見なければヨカッタ、と激しく後悔しました。

というのも、その方が話す内容とか声などを聞いているうちに、ワタクシは自分の中で勝手に、その方の姿を作り上げていて、それも当然ものすごく自分好みに考えて、「やっぱり眼鏡は外せんだろう、うんうん、背は高過ぎず低過ぎず、髪型はこのような職業であるからには短すぎてはヨクナイ、適度な長さがあり緩やかに遊んでいる感じに違いない」などと想像してしまっていたわけなので、その想像上の姿とあまりにもかけ離れ過ぎていてショックを受けたほどです。

眼鏡、かけてない、背も低すぎではなかろうか、髪が短すぎではないだろうか、面の感じもなんか違う、などなど、その方はそれがそのままのその方であるというのに、勝手に想像しておいてホントになんたる失礼な言い草かと呆れますが、実際そう思ってしまったんですね。

まぁしかし、その後もその方のお話はいつも楽しく聞いていますが、想像上の姿が打ち砕かれたことは残念でたまりません。

このことから、知りすぎない方が良いこともある、という教訓を得たのでした。































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# by sanahefuji | 2018-09-30 08:29 | 雑記 | Comments(0)

台風接近の「かたしのお昼ごはん」

台風24号の接近のため、今日の小・中・町内が合同で行う運動会が中止になってしまいました。そして、昨日と今日の「福江みなと祭り」も延期。

ナンテコッタ!

運動会について語り始めたら止まらないワタクシなどは、子供たちの嘆きがよく分かる。本当に、これが自分が子供の時だったら、わが家の子供たちの罵詈雑言&ボヤキなどまだまだカワイイもの、というくらいに、もっともっと激しく天を罵り、ヒトに当たり、絶望の淵に沈んだに違いないのです。

それくらい、運動会が好きだったのですね。運動神経はヨクナイのに。

いや、運動会というのは運動が得意なヒトは楽しい、とかいうレベルの話じゃあないんですよ。あれは、田舎のお祭りそのもの、「ハレの日、ケの日」っていうので言えば、大々的なハレの日なのでございますよ。

少なくともワタクシが暮らしていた集落においては、あんなに晴れがましい祭りは他にない、というくらいのものでした。

今はもう、田舎の学校も学力学力って喧しくって、そこまでの労力をかけた運動会などする術もないけれど、年に一度のお祭りなのには変わりありません。

それがなくなってしまった。

本当に子供たちにとっては気の毒なことです。

「福江まつり」もなくなって、そちらに行く予定だった親子連れの皆さまが「かたしのお昼ごはん」にドヤドヤと来て下さったりして、「木ノ口かたし」にとっては台風24号が思わぬ経済効果をもたらしたんですけれども、やっぱり予定通りに何もかも出来た方が、ヨカッタに決まっています。

そんな昨日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・鯖の味噌煮
・鶏小屋カボチャの春巻き
・ピーマンと鶏肉の炒め物
・大根サラダ
・卵焼き
・ツルムラサキとタマネギと大根の味噌汁
・リンゴと胡桃のケーキ
・カマド炊きごはん

でした。

いつも、家族の昼ごはん、はたまた晩ごはんの足しにもなるように、大量に作るのですが、昨日は何も残りませんでした。

それを知ったサトの車の中でのコメント「嬉しいねぇ、たくさん食べてもらえるってことは。」とのこと。

前の「かたし」と共に生まれたコドモですから、「かたし」と共に育っている、という感じがします。









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# by sanahefuji | 2018-09-30 05:21 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

中学生の職場体験 最終日

今日は久しぶりにイノシシが罠にかかってました。
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ウリ坊ではありませんがチビイノシシです。これくらいだったらカワイイんだけどなぁ。

さて、今日は中学生の職場体験の最終日、わが家にやって来たら必ずやってもらうのが、昼ごはん作りです。

それも、どうしてもイヤという場合を除いて、鶏を一羽さばいて料理してもらいます。

今回やって来た3人の子供たちは、鶏さばきもヤル気だったので、昨日のうちに一羽お肉にして、今日の昼ごはんでは鶏ガラでスープ、肉は唐揚げとなりました。
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ごはんはワタクシがカマドで炊きました。

そして、デザートのプリンも作ってくれましたよ。
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中学生くらいになると、もうなんでも出来ますね。ただ、その機会があんまりない、というだけで。

なんだかんだで、もう随分前から職場体験を受け入れていて、毎年のようにわが農場には子供たちが来てくれますが、ほんの短い間だし、何か役に立っているかどうか、というのは、自分たちには分からないのですが。

ところで、最近ワタクシが車の中でも、例の30年以上前の中島みゆきのCDばかり聞いているものだから、わが家の中学生がフトした時に、その中のある曲を口ずさんでいたりするのです。それが、ワタクシが好きな繊細で優しいげな曲ではなくて、何かアクの強い、いかにも昔の「みゆき節」的なヤツで、ちょっと妙な歌、と言えなくもないもの。

イマドキの中学生がこの曲を鼻歌で歌うか?!

と、そのミスマッチが可笑し過ぎて、笑えます。この曲を歌うのは中三の方なのですが、もう一人の中学生、一年生の方は、また別の曲が耳に残る、と言います。それもやっぱりアクが強い曲。すごく切なく優しい曲とか名曲とかではなく、そういうのの方が印象に残るんだなぁ、ということは新鮮なオドロキでした。

そんなふうにワタクシは今現在は昔の中島みゆきにハマっていますが、夫の方は、もうずーっとずっと多分これからも永遠に長渕剛です。

このように車中の選曲だけ聞くと、随分と暑苦しい両親のように思えますけど、まぁそうでもないんです。多分。

むしろ素気ないくらいかと。

なので、職場体験の中学生なんかが来ても、対応は割とサラッとしているかな、と。両方ともどちらかと言うと人見知りなんでね、いろいろ言わずに、料理なんかも全部任せてしまうんです。

どういう対応がいいのか、よく分からないのですが、まぁそれでも何か得るものがあれば幸いです。





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# by sanahefuji | 2018-09-28 15:03 | 家族のこと | Comments(0)

初クルミ!

長野から今年のクルミが届きました。
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なので、早速フライパンで炒って、パカッと割って、実を取り出して、土曜日のケーキに使いました。

ずーっとブルーベリーだったので、今回はリンゴを初クルミに合わせてみました。
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紅玉が売ってないかなぁ、と思って探しましたが、残念ながらなかったです。

ブルーベリーの季節が終わり、早いとこ網を外して、草を刈ったり、蔓を払ったりしてやりたいのに、何も進んでおらず、畑も草を少し刈り倒したまま、何も進んでおらず、はたまた販売用のブルーベリージャムがなくなってしまっているのに、追加で作ることも進んでおらず、「かわら版」も書かねばならないのに、それもやっぱり手つかずのまま、というように、またまたじわじわと追い詰められつつあるワタクシですが、ついついまた本を借りてしまったのよね。
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この本を予約した時、というのが、まだ長崎に行く前だったことから、船で読めるかも、などと思っていたのですが、結局それには間に合わず、今となっては、もうこれほどのものをじっくり読む精神的な「ゆとり」を失くしている、という状態なのであります。でもこれは、われらが長崎、おどみゃ島原、の乱の話なのですよ。天草四郎も出てくるし。

読みたい・・・でもダメダメ、その前にやることがいっぱいあるんだから、というように、欲望のままにフラフラと吸い寄せられて活字の海に溺れてしまいたいという感情と、いま近付いてはダメダメ絶対ダメなの、という理性の狭間で揺れる女ゴコロ(とりあえず女はカンケーないか)。

かくも悩ましき初クルミの季節でありんす。























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# by sanahefuji | 2018-09-27 22:36 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

全ては「好き」から始まった

昨日の農業委員会の総会&研修会&懇親会&二次会は無事に終わりました。

本当は三次会にも誘われそうになったのですが、今朝は挨拶運動の当番があって早朝から校門前に立たねばならなかったし、今日から中学生の職場体験が3日間入っているし、あんまり遅くなっちゃあヨクナイ、と思ったんで二次会終了後にスバヤク戻って来ました。

目標を掲げた通り、宇多田ヒカルの歌をカラオケで歌ってみたんですがね、それはそれはもう難しすぎました。

ホントに予想以上でした。惨敗です。

ワタクシが一生分聞きそうな気配の歌も歌ってみました。これも難しかった!

実際に自分でやってみないと分からないことばかり、ということが分かりました。

ところで、昨日の懇親会の時、お隣に座った方と話をしていて、お年や雰囲気などから考えて、当然、家族がいるものと思って話していたら、その方が今までずっと独身である、ということが分かり、にわかにその理由が知りたくなってしまい、取材人のスイッチが入ったワタクシ「え、どうしてですか?なんでなんで?」などというように、根掘り葉掘り聞き始めたわけなんです。

なんでもその方は、今でこそこうして女のヒトとも話が出来るけれども、若い頃はヒトと話をすること自体が苦手で、意中のヒトに告白するなんてとても出来なかった、と言うのです。

ナヌ!?

と思いましたね。

それはナントもったいないことを!

とワタクシは思いまして、過去のことはもうどうしようもないけれども、現在はどうなのか、というところまで追求せねばなるまい、と取材人魂に燃えて思ったわけです。

それで、今なにかこう気になっているヒトとか、いいなぁ、と思っているヒトはいないんですか?と訊ねましたところ、そういうヒトがいる、と言うではありませんか。

ヨシ!

と何故かワタクシの方が気合いが入りましてね、おぉ、それならこれから、その方との距離を縮めていきましょうよ、とワタクシは提案したのであります。

自分ちの生産物とか店とか、お酒とか、その他もろもろ他人さまに勧めるのは躊躇してしまうくせに、このような話だと、ワタクシはかなり強引におススメしてしまうのは何故なのか。

それは簡単、自分が好きになったヒト・モノ・動物・建物・場所・仕事・趣味その他いろいろに、自ら近付いていって関わる、ということで、失ったものというのは何もなく、もう本当に得ることばかりだったからです。それも莫大に。傷付いたり苦しかったりしたことさえも、全てが自分の糧になっていることを実感しているからです。

ヒトの場合だけに限って言えば、ワタクシの場合、子供の頃から十中八九は伝えてしまう、というのも手紙女であったがために、ついつい手紙を書いてしまったり、あるいは単細胞過ぎてスグにバレてしまう、ということなんですけども、自分の気持ちを伝えて後悔したことというのは本当にただの一度もありません。

その時その時でワタクシはいつも滑稽で、みっともなかったかもしれないけれど、それぞれの時に、宝物のように大事にしまっておけるような、ほんわか心が温かくなるような思い出があって、あー、なんか今思えばみんないいヒトだった、などと、これまた出た!認知の歪みか都合の良い解釈か、といったところですけど、みじめな思い出すらも、豊かな時間だったと言えることは確かです。これって関わらないと絶対に生まれなかった時間だ、と断言できます。

であるからして、その隣り合わせた方にも一歩踏み出してもらいたい、とワタクシは心からそう思ったのです。

聞けば、思いを寄せるヒトの名前もまだ知らない、と言うではありませんか。

イマドキなんと純なお方!

さっそく状況を詳しく聞き出して、一緒に作戦を考えましたよ。

まぁしかし懇親会の間中、同じ場所にばかりいるわけにもいきませんから、方々で農地のモンダイについて語り合ったり、農業行政についての意見を申したり、真面目に農業委員としての責務も果たしつつ(?)、懇親会は滞りなく閉会となったのでありました。

帰り際に、その最初に隣になった方が「恋バナが出来て楽しかった。」と仰ったその横顔が、ワタクシには会の始まった時よりも10歳くらい若く見えたんです。ホントに!

「次回、報告を聞きますけんね~」と言って別れたワタクシでした。本当に進展するといいのになぁ。

農業モンダイでも田舎のモンダイでもなんでも、基本は一人一人が、どんなふうな気持ちで、そこでその仕事をして生きていくか、ということ抜きには語れない、とワタクシは思っています。

一人一人が生き生きとして、自分の役割をまっとうしていく、ということで、その業界全体、地域全体も生き生きと輝き出すのではあるまいか、というようなことをワタクシは、ずっとずっと考えています。

何も人じゃなくても、土地とか建物とか物だって、自分の役割をまっとうしながら最期まで生きていくのがシアワセだと思います。もはやヒトに必要とされなくなって捨てられそうになっていた、いろんなモノがわが家に来てくれて、力を発揮しているのをワタクシはずっと見てきて、その力というか光というか、そういうものを感じ、それを自分も受け取っているような気がしています。

だからか、確実に一年一年と年はくってるはずだけど、前よりなんか元気になっていくなぁ、と思うんですね。

まぁそれは、子供が大きくなって手がかからなくなったり、実際には前の「かたし」のお世話ってホントにタイヘンだったから、それが楽になったから、というのもあるかもしれないけれど。

そうそう、「かたし」と「付き合う」のは、いろいろタイヘンだったのです。でも惚れた弱味と言いますか、好きになったのだからしょうがない、ってなもんで続いたんですね。

東京外国語大学の学長さんも、「自分が何かを『好きである』という気持ちが全ての入口である」と仰っていましたもの。

そうそう、だからね、一歩踏み出しましょう、誰も彼も。

と思った、農業委員会の懇親会でありました。




















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# by sanahefuji | 2018-09-26 19:00 | 雑記 | Comments(0)