新しい商品、入りました

またまた粒揃いのアクセサリー、仕入れてまいりました。
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小さめ、短め、の揺れるイヤリング&ピアスや、

そろそろ薄着になって来る季節、胸元にキラリと光るネックレス、などいかがでしょう。
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一番左のものは、ピアス&イヤリングとお揃い、まーなんてカワイイ!欲しい!とお客様より先に買ってしまいたくなる店員です。だって、稼ぎの少ないワタクシでも買える値段ですから。

にわかにアクセサリーの力に目覚めたワタクシは、いろいろなものが欲しくなるのですが、まぁまぁ、まずは様子を見て、縁があるものを選ぼうと思います。

今までアクセサリーというものを、何か自分を飾り立てるもの、というふうに誤解していたワタクシでしたが、そうではなくて、これは、その時その時の自分に少し足りないものを補ってもらう、とか、ここ一番で力を借りる、とか、気分を良くする、とか、お守り的なもの、とか、いろいろな活用法があるんだな、ということが分かり、そして単純に選ぶのが楽しい、ということも分かったのです。

ホントに遅い目覚めだこと。ま、でもいいのいいの。いろんなことに年は何も関係ありません。どこで何がいつ分かるか、とか、何とあるいは誰と出会うか、とか、そういうのはホントにビックリ箱のようなもの。何も予期してなくても、そのヒトにとって一番ふさわしい時に訪れるものなのですから。


それから、椎茸の原木も来ました。
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こちらも格安です。

前に買って下さったお客さまが、去年は60個くらい出た、などと仰っていましたけど、それだったら、ホントにお得ですね。置く場所などにもよるのかもしれませんが、場所があって椎茸好きな方は、ぜひ挑戦してみて下さい。

アクセサリーを仕入れに行ったついで、というか、ごはんを食べたいから仕入れに行っているのか、どちらか分かりませんが、富江の「ごはん屋さん」で昼ごはん。
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今回は鶏のから揚げ定食にしました。何もかもが優しい味です。そして、いつもお喋りが楽しくて、ワタクシは前の「かたし」でお二人がごはんを作ってくれていた時の「かたしのお昼ごはん」の時みたいに、ごはんを食べるだけではなくて、気持ちも満たされるのでありました。

「ごはん屋さん」は土曜日も開いてますよ。

あ、でも明日の「木ノ口かたし」もよろしくお願いいたします。

玄米餅は先週で終了でしたが、他のものはいつも通りございます。最近、「おっ」と思ったのは、濱崎さんの小麦粉、です。先週に男子高校生が来た時に、具が余ったので濱崎さんの小麦粉で肉まんを作ってみたらばですね、何か口当たりの違う美味しさで、え、これは一体どうして?

とワタクシは思いましたけど、それが子供たちにも分かったらしく、「この肉まん、なんか違う」と好評でした。いつもの肉まんももちろん美味しいのですが、更に美味しかった、ということです。さっすが濱崎さん!

と思ったことでした。研究熱心な濱崎さんの作物は、いつも上をいっているな、と。

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これが、その高校生が来た日に、余った具で作った肉まんです。

明日も、その肉まんありますから、ぜひどうぞ!

もちろん、新しい「うとん山農場プリン」ありますよ。

ではでは、ホントにまた明日。






# by sanahefuji | 2019-02-22 18:02 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

今日になって明るい陽の光の中で見ると、昨夜の妖艶な顔とは全く違う、明るく華やかで健康的な感じすらする昼間の河津桜、もうそろそろ満開を過ぎた頃でした。

夜と昼でこんなに違う、というのがまた、そそられるポイントですな。桜ってばズルイ。

しかしワタクシは、桜に対する自分の本当の気持ちを素直に認めましたから、もう何も怖くはないのです。でも何が本当の気持ちなのかということに、分かるまでには時間が必要だった、ということです。何をそんなに恐れていたというのでしょう。

今日はたまたま夕方ちょっと時間があったので、中学校にサトの部活のお迎えに行った時、やはり満開の河津桜が並んでいるところを、夕闇迫る頃に通りました。そこは人工的な光の当たらない場所で、自然の薄闇の中で見た桜も、趣がありました。

さて本日は竹の稽古の日。

今日は竹かごの縁を巻く作業だったので、行く時には、なんとなく気が重い、というか、足が向かない、というか、そんな気分。というのも、この縁を巻く作業というのは竹かご作りの中でもおそらく一番難しくて、しかもワタクシはこの時に、縁を巻く竹を折ってしまったり、間違えたり、という事を誘発しやすかったからです。

先週の「ふくれもち&肉まん作り体験」の受け入れの時もそうでしたが、始めてしまうまでは、気が乗らなくて、なんだかウダウダ、イヤだなイヤだな、と思ってしまうのです。

しかしながら、現場に行って、その場で作業を始めてしまうと、そういうのはどこかに飛んで行ってしまい、もう作業に集中して、そんなふうに思っていたことすら忘れてしまう、というパターン。

先週は午後から体験受け入れを抱えていたので、午前中は気もそぞろ、で、カゴの縁を巻く前の「芯」を作って縁に巻き付けたところまでしか出来ませんでした。

そして、その芯を蒔きつけた縁の円周の3.5倍の長さの竹を薄く割って、それを巻き付けていくのです。

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手前にある長い竹、これを割って削ります。

師匠は、午前中にお葬式に行かないといけない、ということで、いなくなってしまったので、ワタクシは一人で縁を巻く作業をすることになりました。もう何年もやっているのだから、それくらい出来て当然なのですが、不肖の弟子であるワタクシがあまりにもヘタで危なっかしく見えるためなのか、あるいは師匠が優し過ぎるためか、ちょっと難しいところなんかは、師匠が代わりにやって下さったりすることが多かったのです。

しかし、このような優しすぎる指導というのは弟子にとっては成長の機会を逃してしまうことで、というのは、優しいお客さまばかりだと従業員(ワタクシのことだけど)が無能のまま、というのと同じことなのです。

それで今までも、この縁を巻く作業というのは、とにかく師匠に依存してしまう、ということが多かったのですね。

ところが今日は一人。どうしたって、自分でやり遂げるしかありません。
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カゴの縁になる竹をウネウネと巻いているところ。

そして、なんとかかんとか、出来ました。
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右側のは3年か4年前に作ったもの。殆ど進歩がない、というより退化しているのではないか、という感じ。でもまぁ、なんとか一人で縁は巻けました。

「一人でやった!」

このことが、とっても嬉しくて、朝、師匠のお宅に向かっていた時とは、それこそ別人のような足取りで家に戻って参りました。

ヘタでもなんでも、誰の力も借りずにやってみる、というの、とっても大事なことだな、と思いました。

難しくても、そうやっている時に、こうした方がいいんじゃないか、とか、これは良くなかったから次からはこうしよう、などなどということに、自分で気付ける、のですね。

子供たちのやることにアレコレ口出ししないで、ただ見ているだけで良い、ということにも通じます。

いろいろと、学ぶことが多い竹の稽古の時間です。

でもやっぱりワタクシは、モノづくりが下手で向いてないんだなぁ、ということを思い知らされる時間でもあり、時々がっかりするんですけど、何が自分の本当の気持ちか、ということが、分かるまでには、やっぱり時間がかかるのかもしれない、と桜の例もありますから、そのように思ったりもするのでした。

ま、とりあえず、今日は縁が巻けて、ヨカッタヨカッタ。







# by sanahefuji | 2019-02-21 22:34 | たねわたしの会 | Comments(0)

今年は暖冬のせいか、昨年は3月初めの大学の合格発表の時期に満開になっていた「河津桜」が、既に満開になっています。

この「河津桜」、この地域の広範囲に10数年前に植樹されたもので、近年では早春の県道沿いを彩る見事な桜並木となってヒトビトの目を楽しませてくれていました。

ところが、この桜というのは根が浅いのか、昨年の台風7号の暴風で何本も根こそぎ倒されてしまいました。

それでも残った河津桜が今咲いていて、昨夜、合唱の練習に行く時に、街灯の下の夜桜を見たワタクシは「キレイ」と思うよりも「怖い」と思ってしまいました。

夜に人工的な光の下にある桜の花というのは、美しい、というよりは妖艶であり、それを通り越して不気味、あるいは「鬼気迫る」感じがします。

子供のころから桜というのが、どうも苦手でした。桜、というのはどこか悲しい気配が漂っているような気がしていたからかもしれません。

なので桜のことは好きじゃない、と長いこと思っていました。

でも、まてよ、それはもしかしたら違うかも、ということに気がつきました。好きな気持ちが強すぎると、人間というのは「恐怖」と似たような感じを受ける、ということが分かったからです。直視できなかったり、逃げてしまったり、近づけなかったり。それはその好き過ぎる対象に近づいてしまうと、あまりにも自分の心が乱されるから怖いのです。

そうだったのか、桜。

そのことに気付いたワタクシは、少し素直な気持ちで桜を愛でることができるようになりました。

桜なんて好きじゃない、河津桜なんて、なぜ桜の季節でもないのに咲くものを植えたりするんだろう、とかなんとか思い、まだ寒々しい空の下に、鮮やかすぎる濃いピンクの花を嫣然と咲かせるその姿が眩し過ぎて、何かうっとうしいような、見たくないような、そんな気持ちになっていたワタクシ。

中学男子か!?

と、そんなふうに思っていた自分に突っ込みたくなってしまう今日この頃でございます。かように、「好き」という心は複雑なのでありますなぁ。


高校生の頃、美容院のヒトに「坂本冬美に似てますよね。似てるって言われません?」と言われたことがあります。

イヤ、全然言われたことないです、と思いましたけど、そしてホントに似てないと思いますけど、でも、自分が似てると言われたヒトのことは良い印象を持つものです。

しかも抜群の歌唱力、憧れます。

昨夜のような夜桜を見ると、「夜桜お七」歌ってみたいな、と思います。

今では全然声が出ないのでダメですが、20代の頃は「天城越え」なども、ワタクシは割と上手に歌えていたんで、随分と拍手喝采を受けたこともありましたが、その後にあるヒトから頂いたのが、「うまいんだけど色気ないよね」というお言葉。

うーん、こればっかりは、天性のもの?努力で身につくものでも、ないからなぁ。

返す返すも残念です!?







# by sanahefuji | 2019-02-21 07:40 | 雑記 | Comments(0)

敗北感に打ちひしがれる

今日も確定申告のためのレシートの整理をしておりまして、午前中に書きましたけど、音楽を聞きながらやっていたのです。

そして、これも予告通りマッキーこと槇原敬之の歌をいろいろと聞いていたわけです。

そしたら、なんだか昔聞いていたよりも、何かこう、もっと心に迫ってくる感じがして、しかもやっぱりすごく歌も上手いし、声もいいし、歌が色褪せないんだな、ということが実によく分かってしまい、昔KANのファンクラブにまで入っていたワタクシでも、やっぱりこれはKANの完全な負けである、ということを認めざるを得なかった、のであります。

それで今日も何曲かKANの曲を聞いてみたんだけど、昨日も聞いたし、そしてさらに過去に異常なほどに聞き過ぎていた、ということもあって、そしてそしてやっぱりマッキーとの歌唱力の差が気になってしまい、今の自分はマッキーの歌を聞きたい、などと思ってしまった自分が後ろめたくもあり、あぁヒトはこうして才能の前にはヒレ伏すしかないのである、と思った次第でございます。あ、でもKANさまだってスバラシイ才能はあるんです。でもやっぱり敵わないものは敵わないな、とワタクシは勝手に敗北感に打ちひしがれてしまいました。

やっと9月までのレシートの仕分けが終わったところですが、このレシートの束を抱えてワタクシは、ものすごく胸が苦しくなってしまったので、今日はもうヤメヤメ、続きはまた天気が悪い日にしよう、と思いまして、これから少し気分を変えるために、晩ごはんにはチト早いですがカマドでごはんを一升炊こうと思います。

まったく何やってんだか、という感じですが、カマドでごはんを炊くのは精神衛生上、非常にヨロシイことで、バッパと景気よく燃える火を見ているうちに、大抵の気分は切り替わって、ニュートラルな状態に戻れます。

グダグダしそうになった時には皆さまもぜひ!

カマドでごはんを炊いて下さいませ。

ではでは皆さま、ごきげんよう。



# by sanahefuji | 2019-02-20 15:08 | 雑記 | Comments(0)

気がつけば、週の真ん中、水曜日です。

この間の「かたしのお昼ごはん」の記述がまだ、でした。この間は、
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・クロ(メジナ)の南蛮漬け
・おでん
・大根の皮のキンピラ
・ゆでブロッコリー
・ブロッコリーのフライ
・卵焼き
・玉ねぎとタアサイと薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・ブルーベリーと胡桃のアーモンド風味ケーキ

でした。

魚は趣味で釣ったり突いたりするヒトから、よく頂けますし、最近は五島ではブロッコリーの収穫の最盛期らしく、たくさん頂きます。

近くで採れたもの、というのは、やはり輸送の時間がたってないせいなのか、どんなものでも美味しいんですよね。そのように、さりげなく美味しい素材がたくさん頂けるので、「かたしのお昼ごはん」は、いつもさりげなく豊かな食卓である、とワタクシは思っております。

新しくなった「うとん山農場のプリン」、前よりも「より『かたし』らしい味」との講評を頂きまして、嬉しいです。

また別のヒトからは「パステルみたいだな、と思いました」というお言葉。

「パステル?」

パステルとは何ぞや?

世間の話題に疎いワタクシ、どこそこの何が美味しい、とか、どこの何が有名とか、いうことを殆ど何も知りませんから、早速ネットで調べてみましたよ。

そしたら、「なめらかプリン」で有名なお菓子屋さんのことでしたね。

そこのプリンについて見てみると、やはり原料には生クリームも入っていて、それがその「なめらかさ」とか「濃厚さ」を出しているのだな、と思いました。

しかしながら、わが「うとん山農場のプリン」は、低温殺菌の牛乳、うとん山農場の卵、キビ砂糖、のみで、この「なめらかさ」としつこくない「濃厚さ」というのが出ているのであるよ、とワタクシはひそかに誇らしいような気持ちになったのでした。

まぁしかし、こんなチマチマやっているところが、そんな大きなところと比べる方が間違っており、商売という点では、わが経営などは、まるでお話にならないのではありますけれど。ママゴトと言われても仕方がないけれど。

でも、さりげなく超上質な材料で、素朴な料理やお菓子をチマチマ作って売るのって、なかなか気持ちの良い仕事だな、とワタクシは、最近とみに思いますのです。

まだ途中ではありますが、これで子供4人を成人させれば、十分な仕事ではなかろうか、と。

昨日は朝から大雨で、そろそろ着手をしなければならない確定申告の準備をしておりまして、好きな音楽を聞きながら、一年間を振り返る時間です。ただのレシートにも、あ、この時はこうだったなぁ、とか、そういうことをじんわりと思いながら。

去年の怒涛の春先、そんな余裕は全くなくて、確定申告も徹夜してやったんでしたが、その時期にワタクシの心はいろいろなことが麻痺してしまい、崖っぷちだった、ということもありました。

いろんなものが一気に押し寄せる時期、というのは、どうやったってあるもので、それは仕方がないのですが、なるべくなら、忙し過ぎて心を亡くさないように、気をつけたい、と思う確定申告の季節なのでありました。

表題の「木村和」が誰のことか分かるヒトも少ないかもしれませんが、これは「愛は勝つ」のKANのことなのですよ。ちょっと恥ずかしい過去、かもしれないのですが、ワタクシはファンクラブにも入っていたんです。

その頃、同じようなジャンルで槇原敬之がいて、もう圧倒的にこちらの方が上だった、歌も曲も歌詞も才能も、何もかも。顔はどっちもどっちか(なんちゅう失礼な!)。

マッキーの方がとにかく上手いし当世風というかなんと言うか、まぁ絶対にこっちが流行るだろうし残っていくだろう、というのも分かるんです。

でもワタクシはKANがヨカッタのです。軟弱で、小心で、優柔不断で繊細な男子の心を歌うKANさまが。

あーなつかしいなぁ、と思いながら、レシートの山、あるいは数字と格闘。

今日も続き。

今日はマッキーも聞こうかな。






# by sanahefuji | 2019-02-20 10:39 | 雑記 | Comments(0)

12年前の2月18日

12年前の今日は、旧暦のお正月の元旦でした。なので、長崎ではランタンフェスティバルが始まったところで、あちらこちらに丸くて大きな提灯(これがランタンなのかな)が下がっていたことを覚えています。

ワタクシは1歳だったサトを抱えてジェットフォイルを降りた後、そんな長崎の街を通り抜けて駅に行き、大分へ向かっていたのでした。


ワタクシが子供だった頃、わが家には膨大な量の漫画本がありました。それは約一年の間、母が入院していた病院がある大分市まで毎週日曜日にお見舞いに通っていた帰りなどに、父と兄が本屋に寄っては連載物をずっと買い続けていたり、多分それ以外にも津久見の街でも買っていたのでしょうけれど、とにかく沢山ありました。

そして、それをワタクシも片っぱしから読んでいきました。いつ読むか、というとですね、これが少し特殊なんです。ワタクシは平日の昼休みに毎日読んでいました。というのも、ワタクシが通っていた全校児童20数名の田舎の学校には給食がなく、昼ごはんは家に食べに帰っていた、とは何度か書いたことがありますが、そのように家に戻って昼ごはんを食べるのなど、ものの10分もすれば食べてしまいますから、後はひたすら漫画とか時々は本とか読み、一通りそれも読んでしまうと、今度は子供向けの図鑑とか、そういうのを片っぱしから読んでいくわけです。

小学校って6年間ありますから、その毎日の昼休みの間にワタクシは相当に漫画を読んだ、と思います。何十巻もあるような長いものだと、それが終わるまでは読むものが決まっているのでラクなんです。

手塚治虫のものなんかは、だいたいあったんじゃないかな。よく覚えているのは矢口高雄の「釣りキチ三平」、これも長い。65巻もありましたから。コレがホントに面白いんですよ。ラストは感動的でした。

そして小学生のワタクシにとっては、残酷な場面も多く、救いのない話も多く、難解だったに違いないのだけれど、ものすごい衝撃を受けたのが白土三平の「カムイ伝」という漫画。カムイというのは江戸時代の身分制度の一番下である「非人」の身分の子供で、これがめっぽう強い忍者になるのですよ。ここでワタクシが忍者にハマった、ということもあったかもしれません。

そして後にカムイのお姉さんと身分の違いを超えて結ばれることになる、正吉という頭が良くて、仲間からも絶大なる信頼を得ている人物が、百姓の生活を向上させるために、農具の改良をしたりして、村が少し明るい空気になるところなんかでは、ワタクシもなんだかワクワクしたことを今でもよく覚えています。ところが江戸時代というのは過酷な時代で、どんな理由かは忘れたけど、この正吉さんも鼻を削がれたりして、とにかく酷い目に遭うのです。

身分の低い人間は人間扱いされない時代、というのが確かにあったのだ、ということが小学生のワタクシにも強烈に印象づけられました。

しかしながら一応ワタクシも女子で、少女マンガなども好きで読んでいましたから、この「カムイ伝」の激しすぎるストーリーの中では唯一のロマンス、正吉さんがカムイのお姉さんのナナさんと、厳しい身分制度を超えて愛を貫くところなどには胸を熱くしたものです。しかしながら、やっぱりそれは甘いものではなくて随分と過酷なのでしたが。

あ、そう言えば、わが農場のおバカ犬、正吉という名前でした。カムイ伝に出てくる正吉さんのように、お利口になって欲しかったのになぁ。

「カムイ伝」の世界を思えば、つくづく今はいい時代になったものだ、と思います。身分が高くなくても普通に人間として暮らせるし、こんなにノンキにしていても、生きていけるのですから。


それらの強烈な印象のある漫画以外にも、少年漫画を中心に、本当に膨大にあった漫画本、それの半分くらいか、あるいはもっとだったかもしれませんが、とにかくそれらを父親が絵を描くためのアトリエとして借りていた古い家の、使っていなかった部屋に移しました。

そしてワタクシの父親は、そこを集落の子供たちが自由にやって来て、漫画を読んだり、遊んだりしても良い場所にしたのです。

今から40年近くも昔に、このような子供の居場所作りのようなことを父親がやっていた、ということに、ワタクシは少なからず驚きました。

特に何をする、というわけでなくても、ヒトがなんとなく集まって、顔を合わせてただ話をしたり、なんとなくそこにいて、漫画を読んだりして自由に過ごせる場所がある、ということが、実はけっこう大事なこと、というのを、この大量の漫画本のある空間で、ひょっとするとワタクシは学んでいたのかもしれません。

そこに行けば誰か仲間がいる、という場所。昔の集落には、そういう場所がいくつもあったのです。

まったく意識はしていなくても、やっぱり親の背中というのを子供は見ているのだな、とワタクシは思いました。

こんなふうに書くと、父親は実に良く出来たヒトであったような誤解をされてしまうから、言っておきますと、それは全く違うのです。子供から見ても、けっこう危うくて、困ったところが沢山ありました。ワタクシが、すぐさま遠い北海道に行って殆ど帰らなかったのも、女を封印したような青春時代であったことも、もしかすると母を亡くした父親から向けられている「なんだか重たい愛情」から逃れるためであったのかもしれない、と思うことがあります。

それはすごく複雑な心境で、難しいモンダイでした。家に女が自分しかいない、というのは思春期には随分とやりにくいことでしたし、しかも自分はまだ成熟していないコドモであるからして、いろいろなことを背負うのはあまりに過酷であったのだ、と、今では分かりますが、そこから逃げた自分のことを、随分と責め続けてきたように思います。

そうして今やっと、ワタクシはいろいろな「桎梏の綱」から解放されたところなのでした。

親子関係が割とすんなりといく、恵まれたヒトも多いようで、ウラヤマシイ限りですが、親子のモンダイは、こじらせると本当にやっかいで大変です。

でも大変なことからしか学べない、ということも多いですから、それはきっと、自分にとっての財産である、ということも分かるようになりました。そういうことが分かるようになるから、年をとるのもいいことですね。


12年前の今日、夜に大分駅に着いた時点で、父親は夕方の5時過ぎには既に帰らぬ人となっていたことを知りました。

次の日、故~と、父親の名前が書かれた看板が、葬儀場の玄関に出ていたのを、なんとも不思議な気分で眺めました。本当に不思議なことですが、親って死なないような気がしていたのです。

まぁワタクシの場合は母が早くに亡くなっているというのに、やっぱりそう思う。死ぬはずがない、と思っていた。これは一体どういうわけなんでしょう。謎です。

葬式の後、ワタクシはもともとがボンヤリしているものだから、2~3日、家でボンヤリしていたいな、と思ったのですが、次の日にはなんだかんだで家を追い出されてしまいまして、途方に暮れて、大分のホテルにとりあえず一泊し、そのあと、その時はまだ元気だった「湯布院のおいちゃん」のところに転がり込んで、泊めてもらったんでした。あの時はなんだか混乱して訳が分からなかったなぁ。

ぬくぬくと、あるいはボンヤリとしていられる実家があるというヒトは、それはとっても幸せなことなのです、そのシアワセをどうか噛みしめて下さい、とワタクシは申し上げたいと思います。余計なお世話かもしれませんが。

とは言え、別に誰が悪いということでもないことで、そのようになるのも仕方がないこと、というのが世の中には、いろいろとあるのです。

その時ワタクシは何か思い出の物が欲しくて、湯布院で柿渋染めの「ガマ口」を買ったのですが、そのガマ口も口金が壊れてしまい、昨年だったか、その前だったか、直してもらおうかと思ったけど、やっぱり無理で、結局それはもう使えなくなってしまいました。

で、そのガマ口もなくなって、その時の混乱した思いとか、悲しい気持ち、苦しい気持ち、などなども、全部消えてなくなったように思いました。本当に。だから使えなくなっても、もう良かったんだ、と思いました。

その時、大分でワタクシは絵本も一冊買いました。父親が亡くなる1か月くらい前に、手術をするというので、子供たち3人を連れて実家に帰った時に、本棚で見つけた、色鮮やかなこの本がワタクシはすっかり気に入って、欲しい、と思いました。

ところが父は何を思ってか、その本の一番色鮮やかな頁を切り取ってしまっていたのです。時々、このような謎の行動をするヒトでした。

なので、その頁がないのはイヤだから、ちゃんとした絵本を買い直したのです。

それは、この本。
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面白くて、美しい、絵本です。

絵描きだけあって、父は絵本を選ぶのが上手でした。

そういうところは、ホントにホントに、ありがたかったな、と思います。

親不孝な娘のままでしたが、今も本当に感謝しています。







































# by sanahefuji | 2019-02-18 23:39 | 家族のこと | Comments(0)

お話を作ってみたい

今日は絶対に図書館に行かねば、と思って行ってきました。というのも、2週間前に借りた本の返却期限の日が今日だったからです。

前々から書いていることですが、ワタクシは本当にだらしのない人間でありまして、期限を守るとか時間を守るとか、そのようなことが全般的に苦手です。なので学校時代は遅刻の常習犯、提出物を出すのがギリギリ、遅れる、忘れる、とまぁ、常にそんな感じ。

これってオトナになったから治る、というものでもなくて、そのような傾向はそのままなんです、残念ながら。なので、忘れないように一つの用事でも、お知らせのプリントを壁に貼る、台所のカレンダーに書く、手帳に書く、というふうに三重にチェックできるようにしたりしても忘れたり、常に確認していないと、すぐに抜けていくので、そういうので以前は消耗することが多かった、と思います。何しろ家族の人数分の用事があるわけだから。

いろいろなことが、とにかく遅れるワタクシですから、図書館の本の期限が過ぎていくのを頭の片隅に置きながら、あー返さないと、あるいは延長しないとなんだけどなぁ、と思っている状態、というのは実にヨクナイ、「ちょっとした気がかりなこと」というのが積もっていく一方ですから。

なので、何でもすぐに済ませた方が良いノダ、ということに気がついて、提出物などはすぐに出す、お金はすぐに払う、こうして図書館にすぐに行く、というのが良いのだなぁ、と。

それが上手くいかない時もありますが、前に比べたら、なんでもギリギリ、という傾向が少しは改善されたような気もします。ちょっと感動的だったのは、この間に冬休みが終わる時に、子供が新しい雑巾を持って行く、というので、いつもだったら次の日が始業式、という時になってアタフタと雑巾縫ったりしてましたけど、裁縫道具の入った引き出しの上の棚を開けると、そこに雑巾が2枚入っていた、ということ。

それは、ワタクシが寝ている間に柱時計の中から小人が出てきて縫ってくれていた、とかいうわけではなくて、ワタクシ自身が縫ったもの。すっかり忘れていたのでしたが、例えば繕いものをした時なんかに、針に糸が長く残ったりすること、ありますよね。そしたら、その残った分の糸で雑巾を縫うのです、途中まででも。

そういう機会を重ねているうちに一枚、二枚、と縫えていたんでした。

「おお!なんという進歩!」と、その二枚の雑巾の姿に、ワタクシは静かに感動し、人間っていくつになっても成長するんだな、と思ったものでした。

しかし低レベルなのは間違いない。

そして、いつもそうはいかないのです。この間も、年賀状が足りなくなって、出したかった友達に出せなかったから、その友達の誕生日にメールをしよう、と思っていたワタクシでしたが、なんとそれが10日も遅れてしまいました。なのでもう殆ど誕生日など関係ないメールになってしまったんでした。

そのようにタイヘン遅れることが多いのです。でも、その時にワタクシの近況を聞きたい、と言って、その友達が電話をかけてくれ、気がついたら一時間以上も殆どワタクシだけが一方的に喋っていたのでした。北海道という遠距離の電話でそんなに喋っていたにも関わらず、電話代を気にするでもなく次の日には「話がとっても面白かったからまた教えてね」というようなメールをもらい、ワタクシはなんと友達運がいいのだろう、とはいつも思うことですが、改めて思ったのでした。

ワタクシがいつも思うことのもう一つは、そうやってヒトの話を面白いと思って聞くことが出来るヒト、というのが素晴らしいのであって、ワタクシが面白いわけではない、ということです。それはこのブログもそのまま、その通り当てはまるわけで、こうやってワタクシがただ自分が書きたいことをダラダラと書いているものを、面白い、と思って読んで下さる皆さまが、それを受け入れて下さる「度量の広さ」を持っている、というのがスバラシイのです。本当にありがとうございます。

そんなふうに、ただただ自分の身の周りで起こったことを、とりとめもない話なり文章なりで、ひたすら垂れ流しているワタクシではありますが、今日、急いで返さなきゃ、と思って読んだ、新美南吉の作品集の中の「牛をつないだ椿の木」というお話に感動して、「あ、私もお話、書いてみたいな」という気持ちが浮かんできました。

誤解されているかもしれませんので言っておきますと、ワタクシは文学少女などというものでは全くなかったと思います。子供時代や青春時代にそこまで本は読んでいなかったのです。というのも、子供の頃は遊び呆けていて、読むものといえば漫画の方が多かったし、若い時代も決して読書家ではありませんでした。なので、読書が趣味、というヒトなら当然読んでいるようなものも、読んでいないことの方が多い、と思います。

だから自分がお話を作る、などということは自分には出来ない、と思っていました。文章を書くのは好きだけど、小説を書きたいとも、また書けるとも思えないし、以前書いたことがありますが、ワタクシは高校時代の進路調査用紙に「漫画家または農業」と大真面目に書いたのでしたが、漫画家の方は、ちょっとやってみると絵がヘタ過ぎるし、陳腐なストーリーしか浮かばない、ということで、作品を一つも最後まで書くことが出来なかった、という思い出もあるくらい、お話、というのは自分には作れない、と思っていたのです。

ところが、こうしてダラダラといろいろなことを書いているうちに、本当はこのことを書きたいのだけど、それはここには書けない、ということが、いろいろと出てくるわけです。

なのでぼかしてぼかして、当たり障りのない周辺部分を書く。そうすると何かを吐き出すために書いているのに、余計に欲求不満が溜まってしまうような、そんな感じにもなり、それが、どうにかならんかなー、と思っていたのです。

その、周辺にあることではなくて、中心の核の部分というの、お話にしてみたら、もしかしたら書けるんじゃないかなぁ、というようなことが、今日、なんとなくフト浮かんできたのです。

ま、それは、これからどうなるかは分かりません。でも、直感というか、感覚を優先する、という実験中のワタクシですから、その感覚を捕まえて、何か形に出来るといいな、と、ちょっとワクワクしています。

今年はそういう挑戦が出来たらいいな、と思いました。

















# by sanahefuji | 2019-02-17 23:59 | 雑記 | Comments(0)

優しい味のプリンです

この度、復活したプリン、牛乳が今までとは違います。

残念ながら「五島牛乳」ではありません。今、五島牛乳として売られているものは、中身の牛乳自体は五島で生産されたものではないのです。というのも、これも本当に残念なことですが、五島のこの福江島には、ワタクシの知る限りでは、酪農家がもういないか、いても一軒くらいだからです。もし違っていたら訂正をお願いいたします。でも、ワタクシが五島にやって来た2001年の時点でも、酪農家は風前の灯であったのです。

酪農業に特別の思い入れのあるワタクシとしましては、これは本当に本当に残念でたまりません。

それはともかく、わが「うとん山農場のプリン」の牛乳、でした。もちろん大分の「みどり牛乳」でもありません。「みどり牛乳」の成分無調整牛乳が「ドラモリ」から姿を消してしまった話は以前書いた通りですからね。

それで何を選んだか。
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答えはコチラ。阿蘇の低温処理牛乳でした。以前、熊本に行った時に、ホテルの朝ごはんなんかで出るごくごくフツーの牛乳が美味しかった、ということもありますが、しかし重要なのは「低温処理」ということなんですよね。

この牛乳は65℃で30分の殺菌時間です。

普通の牛乳というのはだいたい130℃で2分、とかです。

この殺菌温度の違いで、牛乳の味はまるで変わってしまいます。好みもあるでしょうが、低温殺菌牛乳の方が、より牛乳本来の味に近いのです。ワタクシは断然こちらが美味しいと思います。

それで、この牛乳にしました。もちろん「うとん山農場」の卵、キビ砂糖、が原料のシンプルなプリンです。プリンにあまり興味のないワタクシでしたが、このプリンなら食べてもいい、と思います(上から目線でスミマセン)。いや、食べたいと思います。ホントに優しい味です。これだこれだ、この優しさをワタクシは貴方に求めていたのですよ、とプリンには申しておきました。しかしプリンたちからは何の返答も得られませんでしたが。そりゃあ答えようがないでしょうとも。

写真のプリンたちが困って黙っているように見えてきますね。見えませんか?
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こんなふうに、とにかく卵だらけですから、明日の「木ノ口かたし」も、どうぞよろしくお願いいたします。

雨はやまないかもしれませんが、いつの間にか晴れ、ということもあるかもしれません。

というわけで、明日もどうぞよろしくお願いいたします。






# by sanahefuji | 2019-02-15 20:53 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

逆体験レポート

本日、「ふくれもち&肉まん作り体験」無事に(?)終わりました。

8名の男子高生(しかも工業高校の)が来る、ということで、かなり緊張しておりましたワタクシ、というのも、ワタクシの母校、津久見高校にも工業科のクラスがいくつもあって、そこはやはり男子ばかり、そして時代が時代ですから、ちょっと「怖そう」なヒトもいて、普通科とは棟の違うその空間というのは、ワタクシにとっては未知の世界で、何やら近寄りがたい感じがしていたからです。

まぁ時代も違うし場所も違うし、そのような「怖そう」なヒトが来ると決まったわけでもないのに、工業高校の男子生徒が来る、というだけで、何やら不安だったワタクシでしたが、時代や場所の違い、だけでなく、もっと大きな違いがあることに気がつきました。

それは、ワタクシがもはや10代の娘ではない、ということです。そう、ワタクシはもう、れっきとしたオバサンであり、そして高校生というのは、自分の子供の年なのです。

であるからして、8名のうちの半分の4名が、なんだかヤル気のないチームで、エプロンも持って来ないし、料理をする格好でもなく、しかし眉毛は「ほほーすごい、それってどうやるの?」と感心するほど整っている、(なんせワタクシは普通のヒトが眉毛を整えていることに気付いたのが30代の後半でしたから教えて欲しいくらい)そして、そんなに体にピッチリの、しかもその色(薄いピンク)のジャージの上下ってどこに売ってるの?というような恰好で現れたとしても、それはもうワタクシの子供と同じ年くらいの男の子たちであるからして、怖れることは何もない、ということなのです。

そのことに気がついて、なんだか感動すらしたワタクシです。

なのでね、なーんだ、そんなに緊張することもなかったじゃないか、と思いましたのです。何故それに昨日は気がつかなかったのだろう、と不思議です。

やっぱり実際に対面してみないことには気がつかないのですね。頭で想像しているだけではダメなのです。なんせ自分がこんな年であることを忘れて高校生の時の気分になっていたんだから。

まぁしかし、そんな4名が「肉まん作り」に現れましたから、いつものように、すんなりとはいきません。何しろ最初は全然ヤル気ないし、言うことは聞かないし。

もう片方の「ふくれもち作り」の4名は、みんな真面目で言われたとおりにやってくれたので、よかったのですが、この「肉まんチーム」を動かすことは、一筋縄ではいきません。ちょっとトイレ行って来ていいですか、とか言ってやたらどっか行く、和室に机を並べて出すように言ったら、和室のテレビをつけて勝手に見ている、寝ている、などなど。

それはタイヘンだったでしょう、って思われるかもしれませんが、これがですね、ワタクシには、なんだかすごく面白くなっちゃったのですよ。

わが家は女子が3人続いて、最後が男子のコータローという順番であるからして、ワタクシが「男子」というものを知ったのは、ごく最近とも言えるのですが、まず男子というのは「言うことを聞かない」「言いつけを守らない」ものである、ということを学びました。

女の子って「こうしなさい」と言ったら、その通りにだいたいやるし、「これをしちゃいけませんよ」と言っておけば、見てなくても、その言いつけをだいたい守るんです。

ところが男子は言われたとおりにしない、とか、言いつけを守らない、というのが普通なんだな、ということが分かりました。なんなんでしょうね、この差は。

まぁしかし、成長するに従って、それも出来るようになっていくものですが、それはきっと個人差があるんだと思います。育っていく環境によっても違うでしょうし。

だから、この高校生たちが、言うことを聞かない、というの、ごく普通かな、と。

でも、それでもかまわず、やらせているうちに、割とよくやってくれる子がいて、その子を中心にして作業を進め、まぁハチャメチャながらも肉まんは出来ました。
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「ギョーザを作る」とか言って、作った巨大ギョーザ、見えますでしょうか?これも、コータローがやりそう、とか思ったら、おかしくておかしくて。男の子、なんだなぁ。

そして、一人の子は意外と器用、こんな肉まんを作りました。かわいいでしょう?
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上手に顔になってます。

そして、こちらは真面目な「ふくれもち」チーム。
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君たちの真面目な働きぶり、今日はとりわけ光っていたよ、とワタクシはお礼を申し述べたいと思います。真面目、というのはそれだけでも価値があるのだ、ということもよく分かりました。ワタクシは、ゆめゆめそれが当たり前のことなどとは、もはや思わないでしょう。やんちゃなヒトも真面目なヒトも、ありがとう。

最初はどうなることか、と思いましたけど、静かに順調に事が進む体験活動よりも、この同じことをやる同じ時間でも、実はこちらの方が子供たちとすごく関われたし、お別れの時は、なんだか情が湧いてきて、ワタクシは、この子たちに「元気でね」と何度も言いました。本当にそう思ったからです。

どうかどうか、この子たちが良い大人のヒトと巡り逢っていけますように、と願わずにはいられないような気持ちになりました。

母性は薄い、と思っていたワタクシですが、他所の子に対しても、こんなふうに母のような気持ちというのが湧いてくるんだな、ということも驚きでした。

ワタクシが助手に雇ったMちゃんのことを気に入って、茶化したりしていた子が、最後に車の窓を開けて「握手してもらってもいいですか」とMちゃんに手を差し出しました。とっても真面目な顔で。

みんな、いい子でした。困った子やダメな子、って本当に一人もいない、と思いました。

それは、いつも思うことです。

そしてワタクシは、もっとちゃんとしよう、という気にさせられました。

体験受け入れ、なんて言ってるけど、実は自分の方がいろんな体験をさせてもらっているのです。

今回、反省したことがあります。

このような体験では、いつも事前に、来る子たちの名前が書いた紙も配られているのに、ワタクシはそれをよく見ていませんでした。だから、名前が覚えられなくて、呼ぶことができませんでした。

今度からは、名前を覚えて、名前を呼ぼう、と思いました。

それが今日、ワタクシが心に決めた一つのことです。























# by sanahefuji | 2019-02-14 23:00 | 雑記 | Comments(0)

今日は例のイノシシに根元をほじくり返されたブルーベリーの木の埋め戻し作業をしていて、ほとほとイヤになってしまいました。何故なら、木の根元に開いた大きな穴を埋めるための土が、何故か足りないからです。道理では掘ったその場に同じだけの土があるはずなのに、それがない。

一体どこにいってしまったのか?

それは分からないけれど、ないものはない。それで、別の場所で土を掘って、その土を運んで、というのを混み合った木の間でやっていると、「あーもうイヤ!」ということになる。それで、全然はかどってないのだけど、もう今日はヤメヤメ、と思って帰ってきました。

帰りにまた梅の枝を切って、車に積んできていたら、密閉された車中での梅の香りというのが、ギョッとするほど色っぽくて、なんだかドキドキしちゃったワタクシでした。それが本当にドッキリするほどの芳香だったのです。梅の精でも隣にいたのかしらね。

そんなわけで、ちっともブルーベリーの剪定までたどり着けないのですが、これはまぁ特に気がかりな仕事、というわけでもなく、ぼちぼちとやっていれば、いつかは終わるんだから、という程度のもの。

それよりもワタクシの心に重くのしかかっているのは、明日の午後から入っている「ふくれもち&肉まん作り体験」の受け入れなのです。前に「ふくれもち男子」という題名で書いた時にも8名の男子高校生が来たんでしたが、今回がまた8名の男子高校生なのです。しかも工業高校の。

その話が来た時には、えー、また男子?

と、少々たじろいでしまいましたが、やはりどちらかと言えば女子の方が気が楽です。まぁしかし、それにしたって、緊張性のワタクシにとっては、この「体験インストラクター」などという、ちょっと「こっぱずかしい」名称のお仕事は、少なからず気が重い仕事には違いありません。山の中で一人で作業している方が性に合っています。

前回、男子が来た時は、それが気が重くて、直前の昼ごはんも食べられなかった、などという小心ぶりをここに晒してしまいましたが、さすがに2回目ですから、それはない、とは思いますけど。

それに今回は、助手を雇ったのです。それは、とってもいい考えでした。お金ってこうして使うのが、いいんだなぁ、と。

そんなわけで、前回ほどは気が重くありませんが、やっぱり終わるまでは気がかりな「男子受け入れ」なのでした。

こんな中年になっても、やっぱり小心者なのは、何も変わりがなくてガッカリなのですけど、若いヒトから見たら、もう立派なオバサンなのですから、それなりに落ち着いて見えるよう、なんとか努力したいと思います。

コータローが高校生になったら、男子高校生にも少しは慣れてくるのかもしれませんから、それに期待したいと思います?!

玄関の梅、新しくなりました。

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こんなオバサンになっても男子高校生に緊張したりするのも、きっと普通。

だって、梅の香りにドキドキするのも、それはずっと変わらないこと、ですものね。









# by sanahefuji | 2019-02-13 17:43 | 雑記 | Comments(0)

無能な従業員の独白

こんばんは。

そういえば、この間の土曜日の「かたしのお昼ごはん」の記述がまだでした。この間の「かたしのお昼ごはん」は、
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・野菜のかき揚げ
・ジャガイモの甘辛炒め
・玄米餅入り巾着&ゆで卵の煮物
・卵焼き
・大根サラダ
・白菜とニンジンの浅漬け
・玉ねぎと大根と薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・胡桃&チョコチップ&バナナ入りココアケーキ(バレンタインバージョン)

でした。

この間の土曜日は「夜の部」も入っていて、しかもワタクシも途中から参加させて頂きまして、タイヘン楽しかったのですが、不覚にも途中で行き倒れるように寝てしまっていて、いつ寝てしまったのか全く記憶にないのです。

土曜日というのはワタクシにとっては長い長い一日でありますから、夜にほんの少しでも酒など飲んでしまうと、このような事態に陥ってしまう、というのは分かっていたというのに、プロ意識がいつまでたっても芽生えないホントに困った従業員です。

お客さまが寛大な方ばかりだと従業員は甘やかされて育たない、ということです。最近は何故か生ビールを注ぐのも上手くいかないことが多くて、それが何故なのかが自分でも全然分かりません。おかしい、前は出来ていたのに。注ぐもの全て泡だらけになってしまいます。小学一年生のコータローの方が上手に注げるくらいです。これはさすがに練習しなければ、と思ってますが。

これも常連のお客さまが従業員(ワタクシのことだけど)以上に立ち働いて下さって、生ビールなどは自分で注いで下さるので、従業員はまるで成長しない、ということなのです。

だから時々、知らないお客さま団体が来たりすると、もう緊張のあまり、ますます上手くできません。ホントに無能な従業員のままなのですが、居酒屋の店主(夫のことだけど)は注意もせずに放置している(諦めているのかもしれません)ので、ますます成長しません。家族経営というのは、このような甘えの構図がありますから、普通の会社経営からしたらお話にならない、ということになるのかもしれません。

しかし、そんな「木ノ口かたし 夜の部」又の名を「居酒屋えいじ」は、いつもちょうど良いくらいの頻度で、良いお客さまばかりが訪れて下さって、これは一体どういうわけだ、と無能な従業員であるワタクシは、この幸運にいつもいつも感謝しております。

無能な従業員ではありますが、感謝の気持ちと祈りの心が湧いてくるのでございます。ホントに。

そして昨日も「夜の部」は楽しいお客さまが来て下さって、しかも、その時の残り物があるので今夜の夕食はそれですませようなどと考えている、主婦としても怠慢なワタクシですが、なんかホントにホント、「かたし」があってヨカッタな、と心から思います。

それもこれも、前の「かたし」の建物に惚れてしまったワタクシが、その心のままに行動したおかげです。タイヘンなことやツライこともあったけれど、こうして今もこんなに豊かな恩恵を受けているのですから、こんなにありがたいことはありません。

もちろん、いつまでも寛大なお客さまに甘えてばかりの無能な従業員のままでもいけませんが、その、事の初めの直感力のようなものを弱らせないこと、それが肝心である、とつくづく思う今日この頃でございます。

生ビールを注ぐ練習および、直感を研ぎ澄ましておくこと、それが目下ワタクシの課題です。

















# by sanahefuji | 2019-02-12 20:39 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

こんにちは。

気がつけば、二日もブログを空けてしまいました。

今日は休みなので、というか、多分休みでなくても、なんですけど、ボケーッとしています。

ワタクシがボケーッとしている間にも子供たちは、バレンタイン工場のように、いろいろな種類のお菓子を作って、包装をして、配る準備をしていました。
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このようなクッキーの他にもチーズケーキとか、生チョコとか、何かビスケットを砕いてチョコと混ぜて固めたみたいの、とか、まぁホントにいろいろな種類を。

この間の土曜日に、お客さまと話したのは、「バレンタインはいつから友チョコ大会になったのか」ということです。

ワタクシたちが子供の頃は、やはり本命の男の子にチョコを渡す、というのがあくまでも王道で、まぁ義理チョコというのもあることにはあったけど、このような手作りお菓子交換会的なものではなかったですよね、と。

まぁどちらにしても、年に一度のことですから、とやかく言わずに自由にやらせたらいいと思いますが、数年前までは学校に持って行ってもよかったものが、最近は禁止になってしまったらしく、休日の今日に配るとか言っている娘たちであります。

たったそれくらいのことを、どうして禁止にしてしまうのか、こんな田舎の学校ですら随分と懐が狭くなったものだ、とワタクシなどは残念に思います。

黙って見ていると、子供たちというのは、次々と自分でお菓子でも包装でも工夫して、友達が喜んでくれるものを、と考えていろいろとやるものです。

そして余ったものは母にもくれます。ワタクシがボケーッとしていると、夫がゴミも出してくれて、子供たちが紅茶も淹れてくれてお茶会が始まっています。

どうかお母さんはボケーッとしていて下さい、とワタクシは提案したいと思います。男女共同参画とかなんとか本気で進めるためには、それしかない、と思います。あるいは、1週間くらい、世の中のお母さんをどこかに集めてしまう、というようなことを定期的に行う、とか。

そこで初めて男のヒトや子供たちも家の事をしなければ、と考えるし、そうするためには男のヒトたちの働き方も変えないとそれは出来ない、というふうに考え始めるのではないか、と。

ワタクシがボンヤリと考えていることは、田舎は人口がどんどん減っている、結婚するヒトはどんどん減っている、子供を産むヒトも減っている、農業とか介護とか保育士とか、そういう仕事に就くヒトも少ない、とかいう状況は、そのようなことは実は女のヒトが重大な決定権を持っているのではないか、ということなのです。

日本の女のヒトは声を上げないし、ハッキリと言葉にはしませんが、でも態度で全てを示しているのではないか、と。

もうそこまで自分がタイヘンな思いをしてまで子供は産みたくない、田舎に住みたくはない、仕事と家庭の両立はしたくない、などなどと。もしかすると無意識にでも。

でも真面目なヒトは、そんなことを言ってはいけない、思ってはいけない、と考える、すると黙ったまま、そのあまりにタイヘンなことは、選ばない、やらない方向に動く、というふうに。そんなふうなことが、もしかすると日本の少子化とか晩婚化、都市へ人口が流れていく状況、などを作ってきたのかもしれないなぁ、と。

でも、これって本当にもったいないことだ、とワタクシは思います。人間にとっても社会にとっても。

これからの時代というのは、女のヒトが自由でいられ、力を発揮することができるところが、結局は残っていくような気がします。家も地域も職業も。


ワタクシはもともとタイヘンにボンヤリとはしておりますが、帯広~畜産大学~逍遥歌~アインス・ツバイ~・ドライ「桎梏(しっこく)の綱を解き放ち~ 自治~に目覚めし若人が~」という歌を青春時代に歌ったことは、大変ヨカッタことで、この「桎梏の綱を解き放つ」ことがいかに大事か、ということを痛感しております。

切ったつもり、解き放ったつもり、抜けたつもりになっても、いつしかまた自分で「桎梏の綱」にがんじがらめになっている、ということを繰り返しながら幾年月。

そんな年月も無駄ではなかった、と思いますが、でも長かったなぁ。

「人間は一生のうち逢うべき人に必ず会える。
 しかも、一瞬早過ぎず、一瞬遅すぎない時に。
 しかし、うちに求める心なくば、
 眼前にその人ありといえども、縁は生じず。」

というのは、教育学者の森信三氏のお言葉だそうですが、そのような「縁」の不思議、というものを、ワタクシは本当によくよく感じるようになりました。「桎梏の綱」から解き放たれてくると、それがよく見えるようになるのかもしれません。

まだまだ道の途上ではありますが、そのような「出会い」があったおかげで、自分が今こうして生きていることが、ありがたい、と、ボケーッとしながらも思っておりますワタクシです。


さて話は変わって、この間の土曜日から、わが農場のプリンが復活いたしました。


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朝ドラの「まんぷく」で、萬平さんがラーメンの試作をしている様子に刺激を受けたらしい夫が、にわかに試作を繰り返し始め、そして出来あがった「プリン」です。こちらの写真は「プリンセット 500円也」

プリン、というものが多分ワタクシはあまり好きではなくて、従って美味しい、と思えるものがなく、今までの、わが農場のプリンも、なんかイマイチだな、と正直思っていました。でも、それをあまり率直に言ってしまうのもどうかと思っていたので、なんだか言えなかったのですが、しかし、そういうレベルのものでは、やはり続かないのです。いつの間にか夫も作るのをやめてしまっていました。

でも今回、いろいろと配合を変えたり、カラメルの砂糖を変えてみたりしていて、これは、というものを食べさせてもらったら、ワタクシが今まで食べた中では、一番美味しいかも、というものになっていた、と思います。

わが農場の、このプリンというのは、材料は牛乳と卵と「きび砂糖」のみ、というシンプルな材料だからこそ、難しく、ごまかせないお菓子で、ちょっとした火加減の違いで全く別物になってしまいますが、うまくいけば、材料は良いのですから、美味しくなるはずなのです。

復活したプリン、とっても美味しいです。

まだ数は少ないのですが、よろしかったらぜひ食べにおいで下さいませ。

ハルさん作の器で食べる「うとん山農場」のプリン、なかなか良いですよ。

と、たまには宣伝もしなくてはね。

ではでは皆さま、ごきげんよう。



 




























# by sanahefuji | 2019-02-11 13:58 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

芽が出た!

本日の太古丸でピヨピヨたちがやって来ました。
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このピヨピヨたちが、卵の少ない11月から12月に卵を産み出すように、と今の時期に入れるのだけれど、毎年なかなか思惑通りにいかなかったところが、この冬はそれが思惑通りにいった、初めての冬。卵があまり減らないまま、もうそろそろ卵が爆発的に増える季節の到来です。今年も頼むよ~ピヨピヨたち。

「なんのー芽はずっとたい(芽は出ますよ)」とご近所の方に力強いお言葉を頂いた、わが恥さらしの畑の小麦、きれいに芽が出そろいました!
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遅すぎる種まきではありましたが、こうして芽が出てくれると、これからのことはともかく、嬉しいな。
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ピヨピヨたちと同じく、生まれたばかりの生き物って、かわいいなぁ。なんとかこれから追いついて、実って欲しいものですが、まぁいい、とにかく芽は出たんだから。

気がつけば、庭のチューリップも一気に芽が出ていました。あれは10月の終わり頃、嬉しいことがあった日にワタクシは、今年は今までよりも、もっとたくさんのチューリップの球根を買おう、ということが心に浮かび、11月の初めに「大人買い」したのでした。その球根からニョキニョキと芽が出てきたのです。

堅実な主婦としては、そんな気分に任せて「大人買い」をするなんて、あまりヨクナイ消費行動かもしれないけれど、それはその嬉しい気持ちを球根にして植えるみたいで、なかなかいい感じ。なおかつその芽がこれから大きくなってきて、花が咲く日を待っている期間も、なんだかワクワク楽しみで、こんなに長いこと楽しめるのだから、やっぱり本当は、ほんの少しの堅実よりもこっちの方が断然お得なのかも、と思ったりしましたよ。

ピヨピヨたちとか植物の芽などなど、これから育っていく希望に満ちた存在に触れるってことは、なかなかいいことです。

しばらくお休みしていたプリンもまた、もしかするとまた始まりそうな気配です。ただ今、朝ドラの「萬平効果(?)」で試作中。

ではでは明日の「木ノ口かたし」も、どうぞよろしくお願いいたします。









# by sanahefuji | 2019-02-08 15:35 | 雑記 | Comments(0)

続 なくならないもの

昨日は、真面目に竹の稽古に行き、途中まで編んでいた続きをして、ここまで出来ました。
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こうして見ると、ものすごく膨張してます。でもまぁ大きさは、これでいいので、ここで編み終わり、後は縁を巻いて、柄をつければ出来上がりです。

昨日、師匠が編んでいたカゴがあまりにも美しかったので、思わず写真を撮ってしまいました。
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ワタクシのモノとは佇まいが全然ちがうでしょう?気品があります。

ほんの少しの違いでも、それが積み重なって、影響を及ぼし合って、出来上がった時にはまるで別物、になるのです。

今回のワタクシのカゴでは特に、竹ヒゴの幅が広くなったり細くなったり、厚さが分厚くなったり、そうかと思えばペラペラに薄くなり過ぎていたり、もう編みにくいといったらなくて、この竹を割っていた時の自分に「アンタ、一体何やってんの?ちゃんとやらんか!」と文句の一つも言いたくなるような感じでしたが、それをしたのは、正真正銘、他でもない自分なのですから、受け入れるより仕方がありません。その不揃いで不安定な竹ヒゴを。



昨年から、頭で考えたことよりも、フッと浮かんできた感覚の方を優先する、という実験をしています、というようなことを書きました。

もちろん、出来る範囲で、ですけど。

ワタクシは、随分といろいろなことを、この場に書いているようでいて、でも実際には、それはごくごくほんの一部分なのです。それはそうでしょう。起こったことや出来事や、思ったこと考えたこと、全部書けるわけありません。それに、やっぱり何もかもをさらけ出すこともできないし。

それで、この場には書けないけど、ノートなどについつい書いてしまうこと、というのもあります。書かずにはいられない、というくらいのものですから、それはけっこう大切なものでした。

あるいは、これは絶対に忘れたくない、覚えておきたい、と思ったことを殴り書きしている、というようなものとか。

昨年末に、そういうものを集めてとっておこうと考えて、きちんと表紙をつけて、それに絵まで描いて、よしよし、とか思っていたのです。

でも最近、フト「あ、あれを燃やそう」というのが浮かんできました。え、なんで?と、頭では、とっておきたい、と考えているのですが、燃やそう、という感覚が浮かんできたのだから、それを優先する、という実験中のワタクシはそれに従うことにしました。

ただ燃やす、というのもエネルギーの無駄ですから、ごはんを炊く時にカマドに入れて焚きつけにしました。そしたら、それはワタクシのお気に入りの濃紺の紙の表紙のせいなのか、ガスの炎のような青い炎を発して、美しく燃えました。

「あーキレイだなぁ」とその青い炎に感動しながら、自分にとって本当に大切で、絶対に忘れたくない、と思っていることが書かれた紙が燃えていく様子を見ていました。

そして、それは灰になりました。

それはまるで何か怪しげな儀式でもしているように見えるかもしれなくて、不気味といえば不気味な図、かもしれませんが、不思議なことに、その紙が燃えてなくなったのと同時に、そこに書かれていたことで、必要のないことは消えて、本当に大切なこと、忘れたくないことだけが、自分の中に定着したような気がしたのです。



昔、写真などもない時代、ヒトビトはどうやって、ヒトの顔や出来事を覚えていたのだろう、と考えることがありました。

例えば子供が小さかった時のことや、もう会えないヒトのことなどは、何もかも全部忘れてしまうのではないか、と思っていました。

だから必死になって、ワタクシも含めて現代人は写真を撮り、記録をし、覚えていようとしています。

でも、もしかすると、本当にこれは想像でしかないのですが、写真がない時代のヒトビトの方が、ちゃんと自分の中に、その面影をはっきりと持っていたのかもしれない、と思ったりするのです。

何かを書いたり、写真を撮ったりすることで、自分の中にあったものを、紙とか写真の上に移してしまうから、自分の中にはなくなってしまうのかも、と、ワタクシはその「怪しげな儀式」の後に思いました。

昨日書いたことにも何か通じるものがあるような。



そのような昔のヒトビトの感覚を取り戻すのにも、竹の稽古は実に有効です。

頭で考えたって、何も出来るようにはならないのだから。

細々と竹の稽古を続けながら、そのように考えておりますワタクシです。

おっと、また「考えて」などと言って、このように重度の考え過ぎ人間ですが、少しずつ自分の中の「野生」を取り戻したい、と「感じて」いるのです。

日日是好日、実験中。


















# by sanahefuji | 2019-02-08 07:48 | たねわたしの会 | Comments(0)

なくならないもの

「第5回ながさき女性農業者の集い」に参加する、という務めを果たし、昨日は映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」を見る、という目標を果たし、しかも、昨日は水曜日でレディスデーということで料金が安くて、また水曜日に長崎に来る、などという幸運にいつ恵まれるかも分らないと考え、「バナナ」の他にもう一つ映画を見てしまい、それで結局昨日は、船の最終便で帰ってきました。

やはり自分は「農家の嫁」ではなく「農家の居候」の身分である、と確信しておりますワタクシです。

それで、もう一つは「メリーポピンズ リターンズ」を見たんです。

この二つの映画が本当に不思議なことに、苦しんだり息も絶え絶えになったり、逃げ出そうとしたり、「美しく」ではなく「見苦しく」もがきながら回り道、あるいは遠回りをして、ようやく辿り着いた今の自分の心境に、後付けをしてくれているような、全力で「それでいいんだよ」「それでよかったんだよ」「そのまま進みなさい」と言ってくれているような、そんなメッセージを伝えてくれている、とワタクシは感じました。

感想を書きたいのですけれど、詳しく書いてしまってネタバレしてしまいそうなので、またいつか後で書きたいと思います。「こんな夜更けにバナナかよ」、機会がありましたら、皆さまもぜひとも見て下さい。映画の中のヒトビトと一緒に泣いたり笑ったり切なくなったりして、そして「自分の人生を全力で生きたい」という気持ちが湧いてくるはずです。

「メリーポピンズ リターンズ」は、やっぱり歌が素晴らしかったです。こちらもあまり詳しくは書きませんが、メリーポピンズがやってくるバングス家では一年前に母親が病気で亡くなり、3人の幼い子供たちと父親が残されて、家が混乱状態、というところで、もうこの状況というのがワタクシは自分が子供だった時の家族の状況を見ているようで、涙涙にくれました。

でも、メリーポピンズの言葉と歌が、よかったんです。

「なくしたらいけないものは、なくならないのよ。この場所にいないだけなの。」というようなことを子供たちに言います。

そして、日本語吹き替え版では、平原綾香さんが歌っている「幸せのありか」という歌がエンディングでも流れて、本当に心に沁みました。

その中でも特に印象に残った部分

夢の中
見つけるでしょう
なくしたものを
何もかも

月の影や
夜のしじま
それとも
あなたの心に

やさしいあの眼差し 
覚えていれば 
消えないわ

形に残るものは何もなくても、なくしたらいけない、と自分で思っているもの、大切なものは、絶対になくならないのだ、と思ったら、それが本当に嬉しかったのでした。

おっと、それより先に「女性農業者の集い」のことでした。それはまた後ほどに。

今日は今から「竹の稽古」でございます。

さぼってばかりだったので、今日はちゃんとしなくては。

ではでは、行ってきます。





# by sanahefuji | 2019-02-07 08:44 | 雑記 | Comments(0)

今年は凪いでいる

さて、昨日も言っていたように、本日は出張です。

諫早にて「第5回ながさき女性農業者の集い」というのがありまして、ワタクシは農家の居候という普通の農家のヒトからしたら、随分と「ふざけた」身分でありながら、なぜか、というか、外部のヒトはそれを知らないから、農業委員などというものをやらされておりまして、しかも女性農業委員ネットワークの役員をやっているので(これは順番で回ってきただけ、ですけど)、これに行ってきます。

昨年は、この集会でワタクシは発表などをしなくてはならなかったので、タイヘン気が重かったのですが、今年は何もなく、ただ参加すればよいので非常に気が楽です。あ、でも一応、役員であるからして、最後の懇親会の時に抽選会みたいのがあるのですが、それに出す景品を持って行きます。
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「うとん山農場」の農産加工品セットなど。でも、ワタクシは他の方と違って、車で行けるわけではなく、船で長崎まで行って、港から駅まで歩いていって、電車に乗って諫早に行って・・と道中がタイヘン長いので、たったの2セットしか持って行かないのですが、決してケチだから、というわけではありません。荷物が重いのでカンベンしてもらいましょう。何しろ、実に重い本をお供に持って行ってしまいますからね。

昨年の集会では、「かたし」のこれまでのことなどを話して欲しい、と言われ、いろいろと資料を作るために準備していたら、前の「かたし」が終わって3年もたつというのに、まるで別れた男が忘れられない未練がましい女みたいにメソメソとしてしまったのでしたが、それから一年たって、そういうことはもう完全になくなった、と思います。

ということは、ワタクシは別れの傷が癒えるまでに4年もかかる、ということが分かりました。いやはや何にしても惚れるってことは、タイヘンだなぁ。しかし、それもまた「豊かな経験」とは言えないだろうか、などと冷静に考えることができる今年、この集会に参加するのも何も気にかかることもなく、懇親会では適度にヨッパライ、また尊敬すべき農業女性のヒトビトのお話を聞くことができるかと思うとホントに楽しみでございます。

そして道中の読書に明日の映画、と、本来の目的以外にも実に充実した出張になるに違いない。

そしてきっと、今日も凪。

ではでは、行ってきます。

皆さまも良い一日をお過ごし下さい。






# by sanahefuji | 2019-02-05 06:50 | 催し物等 | Comments(0)

久しぶりに本を借りた

昨日、久しぶりに図書館に行きました。考えてみると年末以来、でした。1月はなんとなく、本を読む、ということから遠ざかってしまっていたのです。

しかし、昨日はどうしても行って新たな本を借りる必要がありました。というのもワタクシは明日、諫早まで行かねばならず、従って船の中や電車の中で読む本が必要だからです。

でも今日は月曜日で図書館は休みだから、何が何でも昨日行く必要があったので、まるで台風のようにドシャメシャに雨の降る中、図書館に行って本を借りてきた、というわけです。
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ラジオで紹介されていた「悪い本」、借りてきましたよ。左側の「だから見るなといったのに」という本も、なんだか怖そうな本です。いろいろな作家の短編集らしく、作家の名前が表紙に並んでいまして、その中に割と好きな作家さんがいたので借りました。なんかコワイものが読みたい気分です。夏でもないのに。

そして右の「北の無人駅から」というすごく分厚いノンフィクション、これもラジオで聞いて「読みたい!」と思ったので借りてきました。

この本は、今、「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」という映画が上映されていますが、この原作者である渡辺一史氏が書いたノンフィクションです。

先々週の土曜日の朝に、この渡辺さんがラジオで「こんな夜更けにバナナかよ」というノンフィクションを書いた時の事をお話しされていました。これは進行性筋ジストロフィーという難病を抱えた鹿野さんという方が、病院とか施設で暮らすのではなく、一人暮らしをしたい、ということで大勢のボランティアの力を借りて札幌市で暮らしていた時の記録です。

お話を聞いていて、まず映画を見よう、と思いまして、調べたら長崎では2月7日までやっているらしいので、5日に泊まりで長崎に出られることから、6日に見ることができるかな、と思いました。しかも水曜日はレディスデーで安いのです。このように、思ったように事が運ぶ、という運が復活してきているもの、と勝手に思い込むワタクシです。そう、思い込みは大事ですからね。

何故か原作よりもまず映画、と思ったので、その感覚に従い、本の方はその時にやはりお話されていた「北の無人駅から」というノンフィクションの方を先に読もう、と思いました。北海道の無人駅についてのノンフィクション、ということで、ぞわぞわと血が騒ぎますな。これを船で読むノダ。うしし。

なにげに「ジャパネスク・リスペクト!」という本を選んでおりますが、これ表紙に、氷室冴子「なんて素敵にジャパネスク」トリビュート集と書いてます。

あのね、何でも英単語にされるとワタクシはワカランのよね、と言いたくなりますが、さすがに「リスペクト」はもう、いろんなヒトが「リスペクトリスペクト」って言うから覚えたけど、なんで「尊敬してます」、じゃダメなの?とワタクシは思うんですけど、まぁいいや。

そしてトリビュート、これは何?と思って調べてみました。そしたら「感謝・賛辞・賞賛・尊敬の気持ちを表すもの」ということでした。なるほど。カタカナ語がワカラン、というのが多くて、もうお婆ちゃんみたいになっているワタクシですが、まぁいいや。

で、その「なんて素敵にジャパネスク」という本は、平安時代の宮廷貴族社会を舞台とした少女小説シリーズもので、兄の本棚にズラッと並んでいたのですがね、これにワタクシ、中学生の時に「どハマり」まして、もう読んでしまうのがもったいない、終わってしまうのがもったいない、、と思うほど夢中になっていたものです。ホント、面白かった。

だから「ジャパネスク」という文字に、即反応、即借りる、ということに。これも、うしし。おっと、ヨダレヨダレ。

「牛をつないだ椿の木」というのは、「手ぶくろを買いに」とか「ごんぎつね」で有名な新美南吉の作品集です。これはなんとなく。

この中で明日は「北の無人駅から」と「だから見るなといったのに」「ジャパネスク・リスペクト!」を持って船に乗ろう、と思います。うしし。

ワタクシの凪運も発揮されるようで、明日は今日より波が穏やかのようですし。うしし。

なので今日はガンバって用事を済ますのじゃ、と思っております。

それでは皆さまも、週の始まり月曜日、良い一日をお過ごし下さいませ。















# by sanahefuji | 2019-02-04 08:05 | | Comments(0)

窓を磨く

昨日のお店が終わってから、ナンテコッタな失敗をしていたことに気がつきました。

寝坊もしなかったし、ボンヤリもしていなかったし、調子よく準備も出来ていたのに。

そんなふうに調子が良い時にでも、失敗ってやっぱりするものです。久々に、ウダウダと引きずりそうになりましたが、もうそれは仕方がない、次から気をつけよう、と線を引き、さっさと寝ることに。


最近、というか、昨年からワタクシはある実験をしています。

それはこの間、立ち読みをした本の題名、「答えは自分の感じた中にある」という、コレをことあるごとに、そして可能な限りやってみよう、という実験。

この本を立ち読み(立ち読み立ち読みって失礼ですね、ホント申し訳ない!)する前、昨年からそのようなことは感じていたのですが、それがそのまま題名になった本が目の前に現れたので、少なからずビックリしたワタクシです。

ワタクシは、ふっと自分の中に浮かんできたことを、何も考えずにそのままやってしまう、ということが以前はよくありました。そしてそれはいつも、良い結果をもたらしていました。

そして、そういう時代の自分は今思うに、すごく元気だった、のです。

でも、それが出来なくなったのは、多分それは自分で頭だけで、しかし真面目に考え続けた結果ではあると思うのです。

それが結婚して生活してきた期間と重なっていました。おそらく真面目に、妻とか母とか、そういう女のヒトは、こうしないといけない、こうでなければならない、と、必死でその通りにしようとしていたのです。それは、現実の母や妻、というものが家庭でどういうふうに生きているのか、ということを子供の頃に見ていない、そういう存在が空白だった、ということとも関係あるかもしれません。だから頭で考えるしかなかった、ということもあるのでしょう。

随分とそれは険しい道のりで、回り道をしてきました。

表面上は何も問題ないように、上手くいっているように見えていたかもしれないけれど、もう破たん寸前、というところまで、昨年追い詰められました。これは自分の中だけで起こっていたこと、ですけれど。

そこまで追い詰められないと、変えようとしないのが人間というものかもしれません。

このままでは体が死ぬ前に、精神が弱っていって先に死ぬ、と思いました。

それで、以前は得意だった(?)、自分が感じたままに動く、思ったことを即やってみる、ということで、弱っていた精神は生き返るのではないか、と思ったのです。

それは、予想以上に良かったです。

あ、前はこんな感じだった、というのを、どんどん思い出してきました。

元気だった頃の自分は、こうだった、というの。

そしたら、ちょっとしたことが面倒でもなくなって、土曜日に朝早く起きるのも、冬の寒い日でも、そんなに辛いと思わなくて、なんだかワクワクする気持ちの方が勝っているような、そんな感じ。

昨日、あ、窓が汚れてるから拭こう、と思って、外に出て、窓拭きしたら、すごくキレイになって、この透明の窓ガラスを入れた時の、いつまでも外を見ていたいような、ニンマリと「ほくそ笑む」のが止まらない、という気持ちを思い出したりしました。
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「木ノ口かたし」の窓は、全部が全部、どこかの現場から持って来てもらったもので、枠もガラスもマチマチのバラバラ、ここの窓は磨りガラスでした。それで、景色は見えなかったのです。

でも、新しい透明なガラスを入れてもらった日、それはそれは嬉しくて。

そんな初々しい気持ちを思い出しました。

そんな気持ちを忘れて暮らすようでは、果たして生きていると言えるだろうか。

それは絶対に自分で守らないといけなかった気持ちだったノダ、と、死の淵で(大袈裟だけど、それくらい)思いましたる昨年は、本当にワタクシにとって転機となりました。

いつもいつも、窓を磨こう。

外の世界の光が、内に入ってくるように。


さてさて、そんな昨日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・ブリと大根の煮物&水菜のお浸し
・サツマイモとアオサの天ぷら
・大根の皮と糸コンニャクとチクワとニンジンのキンピラ
・白菜とニンジンの浅漬け
・卵焼き
・白菜とタマネギと薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・長野のリンゴと胡桃のアーモンド風味ケーキ

でした。

しみじみ、美味しい「かたしのお昼ごはん」を皆さまも、ぜひ食べに来て下さいね!

窓を磨いて、お待ちしております!?























# by sanahefuji | 2019-02-03 07:24 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

新商品のご紹介

危うく、新商品の紹介を忘れるところでした。
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五島と言えば椿、「かたし」とは椿のことです。そんな「かたし」に手作りの椿のいろいろ、入りました。2月と言えば、椿まつりもありますし、お土産やプレゼントにいかがでしょう。

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印鑑入れもいろいろ。


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ガマ口、各種取り揃えておりまする。

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昨日、「ごはん屋さん」に行ったのは、このアクセサリーを仕入れてくるためでありまして、決して遊びに行ったのではないのですが、しかししかし、そこで会ったが百年目、やはり女三人寄れば姦しい、という諺もある通り、喋りたいヒトとバッタリ会ったのだから女子会になるのも仕方がない。
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かわいい絵柄のマスクいろいろ、少しずつ減ってきておりますので、お早目にどうぞ。インフルエンザも流行っているそうですのでお気をつけ下さいませ。わが家の中学生は「風邪で休みたいのに、丈夫すぎて誰も休まない」と嘆いておりますが、ありがたいことです。そう言えば、ワタクシの鼻水風邪もいつの間にか治ってました。ありがたいことです。
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それからそれから、濱崎さんの小麦粉も来ましたよ。

それでは今度こそ、明日の「木ノ口かたし」、どうぞよろしくお願いいたします。

あ、そうそう、長野のリンゴも明日で終わりそうなので、アサ作ケーキは明日まで「長野のリンゴ&胡桃」で、次週からはブルーベリーかな、と思っております。

卵いっぱい、玄米餅もいつも通りございます。

ではでは皆さま、また明日。









# by sanahefuji | 2019-02-01 19:28 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

遊びは暮らしそのもの

昨日は木曜日で本来ならば午前中は「竹の稽古」の日、だったのですが、小学1,2年生と「昔遊び」をする、というので学校に行ってきました。

遊ぶだけかと思ったら、自分が子供の頃、どんなことをして遊んでいたか話して下さい、などと言われて、子供たちの前でお話もしました。

ワタクシの子供時代というのは、ちょうど今に通じるゲーム機なんかも出てきた頃で、当時から田舎でも、もうそのようなゲーム機で遊ぶことも普通になっていましたが、それでもまだまだ、子供たちは外で遊び呆けていた、と思います。

さて、どんな遊びをしていたか、というの、いっぱいあります。

まず、大人数でするもので好きだったのは、体を張って遊ぶ「S」とか「にくどん」(これは地方によっては「ひまわり」とか「太陽」とかとも呼ばれていたようです)。「S」の方は運動場に大きな「S」の字を書いて、2つのチームで戦うもので、Sの字の中にいる時は両足でいいけど、Sの字の外ではケンケンで移動しなくてはならないので、やられやすい。ルールは単純で相手の陣地までケンケンで入っていって、敵を追い出す、というもの。S字の線から追い出されたり、片足で移動中に両足をついてしまったらダメなので、それでどちらが残るか、というもの。

「にくどん」は、内側に大きな丸、その外側にグニャグニャとした線を描き(そう、それで太陽のような絵になるんですけど)、丸の中と外とに分かれて、やはり戦います。これは、外側のチームが、丸の外を例えば2周なら2周回れば勝ち、というものでした。

丸のチームの方は、それを阻止しなければならないので、丸の周囲の線をまたいで、全員がズラッと並び、外側のチームのヒトが通れないようにするわけです。

この丸チームの並んでいるところに突っ込むヒト、というのが、誰でもは出来ないことで、それが出来るのは足が速くて敏捷で力も強い、チームのリーダーなのですね。そのヒトがまず最初にダーッと、そのズラッと並んだ丸チームの人間の壁、に突っ込み、それを崩した時に間髪を入れずに後ろから続いてどんどん周囲に出ることができれば、もう外チームの勝ちも同然。

ところがこれが崩せない、となると、丸チームに一人ずつ引きずり込まれてやられ、周囲を回ることができない、というわけです。

意味わかりますかね?

この「にくどん」という遊びの、最初に外チームの一人が丸チームのドミノのように並んだ人間の壁に突っ込み、それを崩すことを「突破口を開く」とワタクシたちは呼んでいました。このことをオトナになったワタクシは、とりわけ五島に移住してきてからの暮らしの中で、あ、これってあの「にくどん」の「突破口を開く」感じだな、と思うことがありました。

子供とはいえ、ズラッと並んだ人間の中に最初に飛び込む、というのは、本当に怖いことです。イキオイがなければ、すぐに引きずり込まれて「いたぶられて」、やられてしまうから。なので、それはいつも、だいたい高学年の男子がやってくれていました。ワタクシたち「女コドモ」は、その男子に続いて「ワーッ」といくだけ、ということが殆どでした。

だからこの最初の「突破口を開く」一人になる、ということの怖さ、しかし、それが上手くいって、後に続くヒトたちが難なくそこを通ることが出来て、外チームを勝利に導く、ということは、子供時代のその遊びの中では、いつも誰かがやってくれていたこと、だったのです。

ところが、この一人で突っ込む立場に自分がなっている、ということも、あるのです。それは遊びではなくて、実生活だから、渦中にある時はそれはそれはタイヘンなものです。

ワタクシの場合はやはり、この「かたし」がそうです。前の「かたし」、その壊れかけた大きな建物を、まずは貸してもらうというところから、改築、開店、何か問題が起こった時などなど、それらがことごとく「にくどん」だったなぁ、と。

でもタイヘン、とか言いながらも、実は遊びと一緒、とも言えるのです。うん、ホントに。遊んでいたのと一緒なんですね。子供の時と同じように、ものすごく真剣に。だから面白くてたまらないのです。

2001年という、五島にまだ今のように移住者がどんどん来ていなかった時に、移住してきて暮らしを始める、ということも、やっぱり「にくどん」だったのかも、と思います。でもまぁ、こっちの方は「突破口を開く」というその役割を、昔にならって「男子」である夫がやってくれていた、と思いますが。

それから、学校の教室で一大ブームを巻き起こしていた遊び、というのが、何を隠そう「賭けごと」なんです。これは、以前このブログにも書いたことがある、遊びの天才のヒロ君が考えて始めた遊びで、まずはゲームセンターなどで使うコインを2枚用意します。その銀色のコインの片面をマジックで黒く塗ります。それを紙コップに入れてカランカランと揺さぶり、カパッと下に置く、そう「丁と出るか半と出るか」といった感じで。

するとコインの組み合わせで、黒と銀、黒と黒、銀と銀の3つがありますよね、これのどの組み合わせが出るか、というのを賭けるんです。ノートを雑に切って、鉛筆で「1000」と書いただけの紙のお金を。

コレがもう、ホントに面白くて面白くて、みんな夢中になって「賭けごと」をしていたんですね。ただのノートの切れっ端のお金が増えるだけだというのにあの熱狂って、一体なんなんでしょう。

ワタクシが思いますに、これって今の現実社会も全く同じではないか、と。ただの紙、という点では本物のお金もその通りであるし、それが増えることへの熱狂、これも全く同じ。

人間って幻想に対しても、そこまで真剣になることができる、というのは、これはいいのかわるいのか。おそらく、そのどちらの面もあるのでしょう。

この遊びを紹介したら、子供たちの目がキラリと光った、と思います。

そして、学校ではとても言えませんでしたけど、このコインの組み合わせの名称、というのもあったんです。ま、ちょっとお下劣ではありますが、ここに書く分には教育現場でないからモンダイないでしょう。

それぞれの組み合わせがどの名称だったか、というの、すごく考えていたんだけど思い出せず。なので、その名称のみ記すと「チンモ(あまり直接的だとヨクナイと考えたヒロ君がわざと一字変えたんですね、きっと)」「アングリ(意味はない、多分)」「ケツのあな」と言うんです。これぞ、子供!って感じでしょう?

「おー、チンモが出た!」「ケツのあな!」などと叫ぶのでございますよ、おほほ。これもまた、熱狂する秘密であったかもしれません。

他にもいっぱいありますが、それらを書いていたら、それだけで一日終わってしまいますから、今日はこの辺で。
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昨日は午後から、先週の土曜日にごっそり減ってしまったアクセサリーを仕入れに、またまた「ごはん屋さん」へ。昨日は「五島牛のオムハヤシ定食」。リッチです!

そこでたまたま、お友だち二人と遭遇し、一人の方とはホントに久しぶりに会ったので、にわか女子会で盛り上がりました。

午前は子供と遊び、午後は女子会、この農家の居候はまるで毎日遊んで暮らしているようですが、今日は金曜日、明日の「木ノ口かたし」の準備、ガンバリマス!

ではでは、また明日の「木ノ口かたし」もどうぞよろしくお願いいたします。

皆さまも良い一日をお過ごし下さい。



































# by sanahefuji | 2019-02-01 08:01 | 雑記 | Comments(0)