親子は続く

それは昨年の10月のことでした。

年配のご夫婦などでは、ごくありふれたことかもしれず、もしかすると若くても同じようなことはあるかもしれないようなことですが、例えばダンナさまの方が誰かと会話をしていて、その途中で奥さまが意見を述べたり、何か口を挟むと、途端にダンナさまの機嫌が悪くなる、あるいは「お前は黙ってろ」的な態度になったりすることがあります。

そういう光景にぶつかると、ワタクシは本当に心穏やかではなくなり、なんとも言えないモヤモヤとした気持ちになっていました。もちろん、それがダンナさまが奥さまだけに心を許している証拠であり、つまりは「奥さまに甘えているのだ」ということが分かるようになってからも、そういうモヤモヤ感は消えないでいました。

それが何なのか分かったのが昨年の10月だった、というわけです。

日にちまでは忘れてしまいました、なぜそんなにハッキリと覚えているかといえば、それが自分にとっていろいろな変化をもたらした出来事であったからです。

その10月のある日、とあるご夫婦と話をしていて、まさに前述したような事態になって、やはりワタクシはタイヘン動揺いたしました。

ところが、その後そのご夫婦と別れて一人になった時、唐突にワタクシの頭に浮かんだことは「とーちゃんはかわいそうだったな」ということでした。

「とーちゃん」というのはワタクシの父のことです。

40代で突然そういう甘えさせてくれる対象を失った父と、そしてまた親子というのは問題が連鎖するともよく言われますように、同時に同じ問題を抱えた自分。

ワタクシの言いようもないモヤモヤは、あからさまに他人の前で妻に甘えるヒトに対する羨ましさ、あるいは嫉妬だったのだ、ということが分かったと共に、自分の父親の苦労、というのがようやく理解できた瞬間で、これまでの父親に対するわだかまりが解けていくのを感じました。

そのことがあってから、ワタクシは本当に心身ともにまた一段と楽になってきました。

今日はその父親の9回目の命日です。

親子関係というのは親がこの世からいなくなっても続いていき、また発展もしていくものだということを知りました。

さて今日は木曜日、本来ならば竹修行の日でありますが、本日、熊本で開催される「九州農政局農山漁村男女共同参画推進セミナー」というものに参加しませんか、というお声をかけていただいたので、見聞を広めるため、また、とびきり元気な女性農業者の方々と会うために行ってまいります。

どこかに行く、となると決まって図書館に走るワタクシ、昨日借りてきた旅のお供はこの2冊。
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今回はいわば大名旅行でありますから、その行程はなんと飛行機と新幹線!という贅沢なものなので、フェリーでゴロゴロ寝転んでゆっくり本を読む、というわけにもいかず、同行者も数名あることから「世間話」ということになるかもしれず、その時は潔く読書はあきらめねばなるまい、などなどと思いつつ、この重い本を抱えていこうとしているワタクシでありました。

それでは、皆さまも良い一日を!




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by sanahefuji | 2016-02-18 06:41 | 家族のこと | Comments(0)