1週間の「バァの味噌」

先週の水・木曜日に公民館講座でやりました「バァの味噌」、1週間たったらこんな感じ。
b0317003_12101968.jpg
随分と味噌らしくなってきましたよ。食べられるようになるのももうすぐです。

昨日、精米所に大豆を割ってもらいに行った時、他のお客さんがやって来たのですが、その方がまるでワタクシの知り合いであるかのように自然に話しかけてくるのです。年配の方でした。

五島に住んでいると、こういうことは当たり前にあることですが、今の日本は、知らないヒトに気安く話しかけるという世界ではなくなっていますよね。

昔の日本というのは、こうして会ったヒトには誰でも親しく話しかけていた、と思います。その世界が残っているのが五島の良いところだなぁ、とワタクシは思います。

五島に来たばかりのころ、バス停でボーッと立っていたら、やっぱり話しかけられて、その方が持っていたネギかなんかをもらった、ということもありましたなぁ。町中でも、お婆さんに話しかけられたりする。あーこれはワタクシが子供の頃に過ごした海辺の集落のような世界が残っているんだ、と感動した覚えがあります。

精米所では、そのようにごく普通に味噌のことなんかで話題がつながっていって、初対面のヒトとでも世間話というのは苦になりません。ところが、ワタクシはよく書いていたことですが、世間話、というのが苦手でした。何を話していいのか分からなかったのです。だから人に対してすごく緊張する、というのにもつながってくるのだと思いますが、自分のそういうところを考えても分かることは、世間話ができない、というのは人間としては、すごく未熟な状態だということです。

なので、今みたいに人間関係が「全か無かの法則」みたいに、知っているヒト以上の仲の良いヒトとはすごく親しく話すけど、知らないヒトには挨拶すらしないし徹底的に知らん顔、というような世界は、実は昔よりも未熟な世界ではないだろうか、と思ったりします。

まぁ人間が多すぎると、とにかく何か関わると面倒である、ということになるのだと思いますが。

そのようにして、世間を見てみると、今、五島でも昔の世界はだんだんと失われつつある、と思います。惜しいことです。

そして今、五島には移住者がどんどんやって来るようになっていますけれど、願わくば、外から来たヒトビトが、話しやすい、というか話が通じやすい移住者同士で新しい世界を作るような感じには、ならないほうがいいんじゃないか、と思ったりします。それこそ、それではイスラエルとパレスチナみたいになってしまいますから。

古臭くて非効率なものを否定することなく、良いところは残しつつも新しい世界を地元のヒトビトと一緒に作っていけると良いですね。

そのためには、やっぱり世間話が出来るってことが大事なんじゃないかなぁ、と、世間話の出来なかったワタクシが言うのもナンですが、そう思うんですね。

いろいろなことをキッカケに、17年前に移住してきたワタクシですが、この地にやって来て、この地で暮らしていく、ということが本当に自分の血肉になっていくような感覚がしてきたのは、ごく最近かもしれません。

ずーっと根なし草の気分が抜けなかったのです。

随分と時間がかかることです。丸17年と言えば、故郷で過ごした時間でもあるので、やっぱりそれを超えようとしているから、というのも関係あるのかな、と思いますが、少しはこの五島の地に足がついたのかも、と思ったり。

そう思えたことに、とってもとっても感謝をしたい気分です。
b0317003_12111847.jpg













[PR]
by sanahefuji | 2018-09-05 12:46 | 雑記 | Comments(0)

ここは五島列島福江島 「かたし」とは椿の古い呼び名です。Iターンで新規就農した私達が週に一度だけやっている直売所「かたし」での出来事、農家暮らしの日常などなど。日本の端っこで繰り広げられる人生劇場を綴っていきます。


by sanahefuji