忘れられない犬の話

再び巡り逢うことが出来なかったケーキについて、バカみたいに書いていたら、思い出した事があって。

それは1匹の犬のこと。

あれはワタクシが小学校の低学年の時のこと。母が亡くなって間もないころだったかな。

ワタクシの暮らす、小さな海辺の集落に1匹の犬が迷い込んできました。辺鄙な場所には、犬とか猫とかを捨てに来るヒトがいます。小さな集落ですから、知らないヒトがいるととても目立つように、知らない犬とか猫とかも、とても目立つのです。だから見知らぬ犬や猫が現れると、あ、誰かが捨てに来たんだな、と分かるのです。

その犬も、そのようにして捨てられた犬だったのでしょう。

その犬は、いかにも雑種、耳は半分垂れていて、口吻は長くはなく短くもなく、足は短め、大きさは柴犬くらいでしょうか。全体は茶色い毛並み、でも胸の部分と足が白くて、ワタクシにとっては、その配色が、「名犬ラッシー」のコリー犬のように思えていました。実際はコリー犬には似ても似つかぬ姿ではあったのですが。

いつでも思うことは、どうしてこんなに可愛い犬や猫を捨てるのか、ということなのですが、捨てられた犬や猫は本当に人懐こくて性格がいい場合が多いのです。

その犬もそうでした。素直で可愛い性格でした。

ワタクシはそのような犬や猫が現れると、とにかく仲良くなりたいので、エサをやるのです。姿が見えたらエサを持って飛び出して行く、のみならず、いつもエサを持ち歩いて集落内をウロウロします。とにかく会いたくて会いたくて仕方がなくて。

そして、もしかして会った時にその犬がワタクシだって認識できなかったら困るから、と思って、いつも同じ上着を着ていよう、と思って、同じ格好をしていました。犬、というのは、別に洋服が変わったからといって、そのヒトを認識できないなどということはないのですが、その時のワタクシは、そんな子供らしい考えで、とにかく同じ上着を着ていたのです。

それはしかし、気に入ったものでもありました。生成りの地に暖色系、茶色系の大きな格子柄があって、柔らかく起毛したような布地、フードがついていてファスナーだけが鮮やかな赤、というもの。

その上着のポケットにエサを入れて、ウロウロ、犬の姿を求めてウロウロ、会った時にはお互いに瞳がパッと輝きます。そういう関係、楽しいですよね。

でもやっぱり欲が出て、それだけでは満足できないのです。当然、その犬ともっと一緒にいたいと思います。

それで父親に「飼いたい飼いたい」と言うのですが、当然「ダメダメ」、「飼いたい飼いたい」「ダメダメ」、とこの押し問答がどれくらい続いたか、それは定かではないのですが、ついについに父親の方が根負けして、「そこまで言うなら飼ってもいい。」ということになりました。

それはそれは嬉しくて、朝が来るのが待ちきれないほどでした。そのくせワタクシは、その次の朝、寝坊しました。ホントにバカだった。

その朗報をその犬に伝えるべく、集落内を探し歩けど、犬の姿は見えず。いつも寝そべっていた、乾いたコンクリートの上に姿はなく、灰色の空白が広がるばかり。

いそうなところを探して探して探したけれど、やっぱりいない。

集落内を走り回って犬を探していたワタクシに、上級生の男の子が、「あの犬なら今日、保健所が来て連れて行った。」と言うではありませんか。

「!」

言葉を失くしたワタクシに、猛烈な悲しみが襲ってきました。

男の子は、紐につながれて鳴いていたよ。聞こえなかったのか、とまたまた追い討ちをかけるような、絶望的なことを言いました。

保健所に連絡したヒトが逃げないように、つないでいたものと思われます。

オトナの今になって考えれば、まだその時点で処分はされていないはずですから、連絡して引き取りに行くなり、なにかしらの救う手段はあったと思うのですが、子供だったワタクシに、そんなことが分かるはずもなく、ただただ絶望の淵に突き落とされてしまったのでした。

もう本当にどうしようもなかったのです。

そんな時にワタクシがやることと言えば、その犬の絵を描くことでした。世話をしていた鳥のヒナが死んでしまったり、飼っていたペットが死んでしまったりして、もう二度と会えなくなってしまうと、ワタクシは心に残ったその姿を頼りに絵を描きました。

必死に描きました。

ある時は、飼っていた手乗りインコが、フト目を離した瞬間に、猫に捕まえられて死んでしまい、それがあまりにも悲しくて悲しくて、絵ではどうしようもなくて、発泡スチロールを削って形を造り、羽根を貼ってそのインコそっくりの模型のようなものを作りました。

季節は夏で、それを夏休みの作品にしたら、賞をもらいました。作品を飾っていた教室に入った上級生が「鳥が迷い込んでる!」って言ってくれたのが、ホントに嬉しかったな。

どうにもしようもないことに、どうにもできないけれど何かしなくては収まらない時、ヒトは何かを作り出すことで、それを越えていくのかもしれませんね。

でもオトナになったワタクシは、何かを失っても、もう絵は描きません。

その感覚は子供のころと全く変わらないのだけれど、日常に次々とやることが、いっぱいあるから、その悲しみとか、虚しさなんかに、しっかり向き合うことが、逆に出来なくなったのかもしれない、と思います。だから、回復も遅くなり、長いこと引きずってしまう、という事態になったりして、オトナになるということは、時々とても不便です。

だからなるべく、「あの時ああしておけばよかった」と思わないような、後で悔いが残らないような生き方が、出来たらいいな、と思います。



余談ですが、8年前には飛行機に乗るのが怖くてたまらなかったのに、もう全然怖くなくなっている、ということに気付きました。
b0317003_08463621.jpg
今ここで飛行機が落ちて死んでも悔いはない、と、だんだん思えているのかな?

なんて。

ところで、行きはJALで帰りはANAのソラシドエア、だったんですけどね、機内サービスのコーヒーは、断然ソラシドエアが美味いです!











[PR]
by sanahefuji | 2018-12-05 08:52 | 子供時代の思い出 | Comments(0)