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コータローが迷子になった話

昨日、家族のうち夫とサトが帰ってきました。

戻ってきてすぐではありますが、昨夜は「木ノ口かたし 夜の部」に団体様のご予約が入っておりまして、ワタクシの担当はごはんを炊くこととデザートのお菓子を作ること、後はいつもの片付け&掃除くらいのものですが、やはり一人暮らしが気楽だったせいか、「木ノ口かたし」の従業員感覚がすぐには戻らない感じ。

でもまぁなんとか無事に終わり、いつもご利用いただく団体様、というのはありがたいものだな、としみじみ思いました。

さて、昨日家族が戻ってきて、真っ先に聞いたのが、表題の「コータローが迷子になった話」です。

それは長野へ向かう途中の名古屋駅での話。

名古屋発中津川行きの各駅停車の電車が既にホームにいて、夫と子供3人は荷物を持って電車の中へ。出発までにはまだ時間があり、駅のトイレに行っておこう、ということになったらしい。

この時、子供3人だけでトイレに行ったことが事の発端となったのです。子供と言ってもアサはこの春から高校生、サトは中2、コータローは小学2年生、電車に乗り慣れた子供であったなら特にモンダイはなかったでしょう。

しかし五島に電車というものは走っておらず、従って乗る機会というのはたまに本土に出た時、しかもそれは親に連れられて行くだけ、ということで、電車の乗り換えの仕方とか、駅の構造などなどを体感する機会が殆どないままなのですね。

トイレは一旦、ホームの階段を下りて、そしてさらに歩いて行かねばならない場所にあったそう。

当然ですがトイレは男女別、そうするとコータローと姉二人は別れてしまうのです。そして男性用はすいているけれど女性用の方には行列が出来ている、これもよくあること。

姉二人は当然、コータローにトイレがすんだ後に一人で電車に戻らないで自分たちが出るまでそこで待っているように、ということを言いました。

ところが姉が出てきた時には既にコータローの姿は消えていた、というわけです。

事件や事故、というのは、いろいろなモンダイ(それは一つ一つは小さなこと)が重なって、結果として事件・事故となって表れるわけで、その途中のどれか一つがなかったらそれは起こらなかったこと、というふうになっているものです。

まず一つ目のモンダイが子供だけでトイレに行った、そして二つ目のモンダイが男女別のトイレ及び混み具合、そして三つ目に「男子は言いつけを守らない」モンダイが浮上するのであります。

コレ、前にも書きましたけど、ワタクシの子供たち女子三人の後に男子を育てる体験、というのをやってみて女子と男子って本当に違うんだな、と思ったことの筆頭がこの「男子は言いつけを守らない」モンダイなのであります。

言いつけをわざと守らないのか、よく聞いてないのか、それともすぐ忘れるのか、自分の都合の良い解釈をするのか、おそらくその全部が合わさっているのでしょうが、女子だったらキチンと言った通りにするところが、男子には通用しない、ということが往々にしてあるのです。

これは他のお母さんに聞いてもそうで、「そうそう、それでヒドイ怪我したりしてるんですよ!」という話を聞いたりする。

今回がまさにその通りで、「ここで待っていなさいよ」という姉の言いつけを守らずにコータローは一人でとーちゃんが待っている、名古屋発中津川行きの電車に戻ろうとしたらしいのです。

そして再び男子の「オレってスゴイと勘違いする」あるいは「オレってスゴイと思われたい」モンダイが浮上するのでありますね。

これも、そういう傾向があるようだ、と感じるだけで個人個人で違う、とも思いますが、だいたいにおいて女子の方はキチンと出来ているのに何故か自信が持ててなかったり、「自分は全然ダメだ」と思ったりしやすく、一方の男子はあまり出来てなくても何故か自信過剰「オレってスゴイ」「オレはデキル」と思える、ということはあるような気がします。

この感覚の違いは一体何なのか、これはまだ研究の途上であり(ウソだけど)結論は出ておりませぬが。

ここでこの「オレってスゴイと勘違い」した、あるいは「オレってスゴイと思われたい」コータロー、電車に乗った経験も殆どなく、何も分かっちゃいないのに、自分はデキル、と思ってしまったんですね。

中津川行きの電車が停まっているのとは別のホームに上がってしまい、全く同じ色や形の電車、しかしそれは中津川ではなく別の場所行きの電車に乗ってしまったらしいのです。

そして、それは中津川行きの電車よりも出発時刻が早かったのです。

女性用のトイレから出てきた姉二人、そこにいるはずのコータローがいない、ややマズイ感を感じながらも、とーちゃんのところに先に戻っているのかも、という一縷の望みと共に戻ってみると、やっぱりいない。

そこで顔面蒼白となる姉二人、そしてとーちゃん。

中津川行きの電車の出発時刻も迫り、とりあえずその電車からは降りて、すぐに駅員さんに相談したそうです。

一方のコータロー、一人で電車に戻って来れた!「オレってスゴイ」と思ったところが、そこにとーちゃんはいない、そして間もなく電車の扉は閉まり、走り出してしまったのですから、さあタイヘン。

どんな様子だったのかは分かりませんが、この時、幸いだったのは、各駅停車の電車であってもちゃんと車掌さんがいた、ということです。

地方の各駅停車の電車というのは、今はワンマン運転が多いのではないでしょうか。つまり電車には運転するヒトしか乗っていない、というのが普通です。そういう場合、何か起こった時に対応するのが難しいだろうな、と、こんなことになって初めてワタクシは思い至りました。車掌さんの役割の大切さ、というのが分かったのです。

後で聞いたところによると、その電車に乗っていた車掌さんは、コータローが一人で乗ってきた時点で、何かおかしいな、と感じていたそうです。それで注意して見て下さっていたのですね。

夫が駅で駅員さんに相談すると、すぐに全ての電車に連絡を取り、どの電車にコータローが乗っているかをつきとめ、その最寄の停車駅で降ろして、そこで車掌さんと一緒に待っているようにして下さったそう。

これも後で聞いた話ですが、その時にコータローは、その車掌さんにこれから長野に行くこと、そして帰りには姉の大学のある香川に行くこと、などなど全部喋ったそうであります。

そして電話でワタクシに「そのコータローと一緒にいたヒトね、コータローが『やまざきこうたろうです』って言ったら、『ひこたろう』って間違えたんだよ。」などと言ってゲラゲラ笑っているので、「お前、反省してるのか?!」とワタクシは思わず言ってしまいましたが、一応、反省はしていたらしく、その後からはずっと、とーちゃんの手を離さず、勝手な行動は慎んでいたようです。

女子三人が続いていたものだから「言いつけを守る・言った通りにする」にあまりにも慣れ過ぎてしまっていたワタクシにとって、また男子というものを学ぶ良い機会となりました(?)。ホントに油断ならないのです。

でも、だからと言って、ああしなさいこうしなさい、と押さえつけたり、何から何までやってしまう、というのもヨクナイし、一体どうするのが一番いいのだろう。

ひょんなことから男子を授かってしまった(自分としては子供は三姉妹で完結するものと思っていたので)ワタクシとしましては、世の女のためにも息子は「よか男」に育てなければならないという使命があるので、いろいろ考えるわけです。

「よか男」とはどういう男か、それはこの間、ここにも書きましたけど、山伏の方が書いた本にあった「女の野生 男の度量」という話、これを考えれば答えは出ます。

も一度おさらい、そこに書かれてあったのは、女性というのは野性が強いものであるから、とにかく自由にさせておくのが良い、そしてその野性が強く、感覚のままに行動する女性を受け入れ、支えるのが男の度量というものである、というようなこと。

男の度量、というのを言いかえれば男の器、とも言えるかもしれませんが、そのような女というものを受け入れた時に、男の度量、あるいは器というのはどんどん大きくなって、人間としてもまた大きく成長するのではないか、とワタクシ、いろいろと見たり聞いたり体験したりしたことからも思うのであります。

というわけでお母さんは、世のためヒトのため、女のために息子は「よか男」にしなければならないのです。一緒に考えてまいりましょう。

というのもですね、今、あまりにも多くのヒトビト(女性)から「いいヒトがいない」「出会いがない」という声を聞くからなのです。これは一体どういうことか、よく聞くのは「いいなぁと思ったヒトは既に結婚している」ということで、これはまぁそうだろうな、と思います。では一人身のヒトはどうなのか、そのようなヒトビトの中に「よか男」の可能性が潜んでいるヒトがいないのかどうか、それは分かりませんけれど、とにかくそういう声はよく聞くのです。

ワタクシの人間観察の結果から申しますと、男も女もダメなヒト、というのはそうそういない、というのが持論です。パッと見える部分、分かる部分で判断されてしまうと、このワタクシ自身が「ダメな女」ということになってしまうので、そのような判断を早急に下すことは避けたい、と思います。

ヒトが「あまりイケてない」と見えるのは、長い年月のうちに、そのヒトが何かで自信を失っていった結果、そのように見えているだけなのかもしれなくて、何かで自信を取り戻せば、変わる可能性があるかもしれない、とか、いろいろな可能性は誰の中にも眠っていて、それはどんなきっかけで目を覚ますか分からない、という希望は持ちたいな、と自分のことも含めて思うのですけれど。

そして、いつも思うことですが、きっとそのようなことに年は関係ないのです。

まぁしかし、命に限りはありますから、なるべく早くに自分の力を発揮できるようになると良いですね。そのような人間関係が、男女問わず築けていけたら最高だな、とワタクシは思います。

この度、おバカなコータローがお世話になったJRのヒトビトには、ホントに感謝の気持ちでいっぱいです。

やっぱり、世の中捨てたもんじゃないなぁ、とワタクシはいつも思います。

みんな優しい、いいものを持っているのだと思います。

まだまだアサ&コータローの旅は終わっていないので、やや心配もありますが、その失敗から学んで、少し成長したコータローで戻ってくるハズです。

ワタクシ、これもいつも思いますけど、失敗からしか学べないことも多いのです。

この間、お寺の掲示板みたいなところにあった言葉、

「道に迷えば 道を覚える」。

道に迷ってばかりのワタクシですが、確かにそういうこともある、とナットク!
































by sanahefuji | 2019-03-28 09:42 | 家族のこと | Comments(0)

ここは五島列島福江島。「かたし」とは椿の古い呼び名です。2001年にIターンして就農した私たちが週に一度、土曜日だけやっている直売所&飲食店、ときどき居酒屋(居酒屋は予約制)「かたし」(2016年に「木ノ口かたし」に改名)での出来事、五島の暮らしの日常などなど。日本の端っこで繰り広げられる、ささやかな人生劇場を綴っていきます。


by 山﨑早苗
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