皆さま、こんにちは。
ワタクシは、明日からサトのバレー部の遠征について行かねばならなくて、なんとそれが3泊4日、という長期間なのです。それで、家もこちらのブログも5日の夕方まで留守にするわけなので、さて、書き溜めでもしていこうかしら、と思ったりするんですけど、いや、それよりは家の用事の方が先だろう、と堅実な主婦の皆さまならそう思うことでしょう。
しかしですね、ワタクシは再三書いているように、堅実な主婦とは程遠く、そして中学生の部活の遠征のお世話係としてついて行くには、あまりにも不向きな保護者であるので、家を空けることよりも、ブログを空けることの方が心苦しいくらいです。
ワタクシの中では、中学生というのは、もう大人と同じくらいしっかりしていて、なんでも出来る、という認識なので、お世話など何をすればいいのか分からないのですけど、子供たちはバレーの大会に行くわけなので、殆ど試合をしているでしょうから、応援と簡単な使い走りなら出来るのかな、と思っておりますが、どうなんでしょう。
例えば子供たちの保険証などを、付き添いの保護者(ワタクシのことだけど)に預けて下さい、などと言われると、そんな他人様の大事なモノをなくさないか、忘れないか、などなど、自分が一番頼りなく、心配になります。わが家の子供たちならば、そのことがよく分かっているでしょうが。
というのも、ワタクシは、さっき船のチケットを取りに行くために港に行ったところが、財布を忘れていて(サザエさんか!?)、従って財布に入っている自分の島民カード(島民であることを証明するカードがあるんですが、これで船や飛行機が割引きになります)だけを忘れていて、もう一回出直す羽目になったり、月末に引き落とされる金額が通帳に入ってなかったことに、4月も終わった、しかも平成という時代も終わった、令和元年の今日になってから気がついて、シマッタ、と冷や汗をかいたり、と、そのようなことばかり繰り返しているからです。
それでも、船の中で読むための本が心もとなかったので、図書館が開いていてこれ幸いとばかりに、しっかり借り足して来ることだけは忘れないのです。ホントに、こんなお子様の保護者で大丈夫か、と思いますけど、なんとか「つつがなく」お役目を果たしてきたいと思います。
それで、5月4日の土曜日のことなんですけど、もう一回、お知らせしておきますと、「木ノ口かたし」は通常通り(9時から5時まで)開いております。そして「かたしのお昼ごはん」もやってます。ただ、ワタクシがいないため、「肉まん」「ふくれもち」「鶏おこわ」がないだけです。ケーキや「よもぎの米だんご」はありますよ。
夫とアサ&コータローで、せっせと準備しておりますので、「かたしのお昼ごはん」も、どうぞよろしくお願いいたします。
さっき、港や郵便局などなどに行って用事をすませていたら、見知らぬヒトビトがウロウロと歩いていて、これはもしかして観光客なんだろうか、と思いましたけど、きっとそうですね。何しろ、ゴールデンウイークなんだから。そのような様子を見ると、五島もすっかり知名度が上がって、観光客も多くなったんだなぁ、と実感します。
しかしゴールデンウイーク中の天気が今一つです。一昨日は大雨、その後もすっきりせずに、肌寒くて、どんよりとしております。晴れて輝く五島も、見られると良いのですけれど。
わが愛しの小麦たちも、一昨日の大雨で一部分が倒れてしまったのですが、ホラ、もう穂が出てますよ!
遅れに遅れて蒔いた小麦の種、前の年にワタクシが収穫して確保しておいた、その種から再び小麦が実るなんて、夢のようです。種を蒔くのがあまりにも遅れたので、どうしようかな、蒔こうかな、どうしようかな、と迷いに迷って、ええい、もういい、また恥をさらすことになってもいい、と思って、蒔いた種が、こんなにスクスク大きくなってくれて(見るヒトが見れば、それはいろいろと不具合もあるかもしれないけれど)、ワタクシは本当に嬉しいのです。
なんでも、やってみるもんだなぁ、失敗したら恥ずかしいから、なんて思って、蒔くのをやめなくてヨカッタなぁって。
昨日の話ではありませんけれど、ダメでもともと、でも、やってみれば、何かは得られるものですね。
まぁしかし、この小麦、まだ収穫するまでは、何があるか油断はできませんけれど、ワタクシはもうすでに、ここを通って、その姿を見る度に、この小麦たちから、いつも嬉しい気持ちを受け取っています。小麦粉となってくれれば、それはそれは無上の喜び、そしてまた「木ノ口かたし」の商売にとっても良いことですが、それってオマケのようにも思えたり。
そんな甘っちょろいことを言っているから、農家の嫁にも有能な店員にもなれないのですけれど。
それでもやっぱりこの小麦の傍らで感じるのは、そこに生きて、存在してくれているだけで、ワタクシは勝手にシアワセな気分になってしまう、というような、そんな気持ち。
またまた昨日の話の続きのようでもありますが、何かを、誰かを、大切に思う、好きになるとは、きっとそういうことなのです。そんな気持ちになれるってこと自体が豊かなことで、ありがたいことだと思うのです。
それは、何をやってもなかなか結果を出せない者の、はたまた、モテない女の負け惜しみ的思考、かもしれませんが、ワタクシはそう思いますのです。
誰が何と言おうが、確かにワタクシはこの小麦たちの傍らでシアワセを感じるのだから。
これからも、ただそこで健やかに生きていて欲しい。
それだけがワタクシの願いです。