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「第11回 うとん山農場 田吾作部会&田んぼの会」の田植え&さなぶり、無事に終了

おはようございます。

日曜日の「第11回 うとん山農場 田吾作部会&田んぼの会」の田植え&さなぶり(田植え後の宴会)は無事に終わりました。うとん山農場の田んぼには、小さな子供たちがワラワラといて、笑い声や歓声が響き、昨年までは1枚植えるのがやっとだった田んぼの会の田んぼを2枚に増やして、皆さまに田植えを楽しんで頂けて、とってもヨカッタなぁ、と思います。

ワタクシは田植えの時に印になる紐を引っ張りながら、もうすぐ花が咲きそうなネムの木の優しい眼差しを背中に感じながら、シアワセでした。

田植えの神様をお送りする「さなぶり」も、ヒトと神様が共に楽しく田植えの労をねぎらい、宴を楽しむ、という正しい「さなぶり」ができたのではないか、と思います。

コータローが撮った、田植えの写真があったのですが、それは他のヒトのカメラで、パソコンにつなぐ線がなかったのでここに載せることができませんで、その楽しげな田植えの様子をお見せできなくて残念です。

今年で11回目になる田吾作部会、そして3回目の田んぼの会、その前には旧「かたし」の田植え交流会、、その前には農場を始めたばかりの田植え交流会というのが計6回あったので、この小さな交流イベントも17年続いていることになります。

以前のことを考えれば、いろいろな面で今は本当にラクになった、と思います。

こういう交流イベント、というのは、誰もが思いつくものの、実際にやるのは思っている以上にタイヘンなことで、最初はイキオイでなんとか出来たとしても、継続するのは難しいことだと感じておりますが、わが経営の特徴というのは何もかもが「チマチマしている」、ということなので、その「チマチマ」とした中でやっていくことで続けることが出来ているのかな、と最近思います。

今年は、田吾作部会の方に2家族、田んぼの会の方に6家族のご参加がありました。田吾作部会の方は、田植えをしてから約1か月半の草取りがとにかくタイヘンなので、田吾作部会は縮小して手軽に参加できる「田んぼの会」の方に移行してきた感がありますが、それはそれでいいのかな、と思います。状況が変わっていくことに抗わず、すんなり受け入れると、それはまたそこから新しい展開があったり、出会いがあったりして、いいようになっていく、ということを身を持って感じます。

「かたし」のお店にしろ、農場のイベントにしろ、続けていくことで、そういうことが見えるようになったのです。

日曜日の「さなぶり」の片付けをしてホッとする間もなく、昨夜は外国の団体様が「木ノ口かたし 夜の部」にいらっしゃいまして、せっせとその準備。

「木ノ口かたし」には時々こうして外国の方なんかも訪れて下さるのですが、これもまた前の「かたし」の時にお客様でやって来た、日本が好きなアメリカのヒトとの繋がりのおかげです。今そのヒトは東京で旅行業をやっているらしいのですが、ワタクシにはどういう仕組みになっているのかさっぱり分からないけれど、そのヒトから時々夫のケイタイに電話がかかってきて、何日に何人、と「木ノ口かたし 夜の部」に予約が入るのです。

そしたら、どうもバラバラに五島に旅行に来ているらしい外国のヒトビトが、五島に在住している、やはり外国の方に連れられていらっしゃる、という具合。

ワタクシは英語など、てんで出来ませんから、いろいろと話をすることも出来ないのが残念ですが、英語の勉強をしよう、という気には全くなれないのです。いつの間にか英語がキライになってしまったのです。これは日本の英語教育の弊害かもしれません。などとヒトのせいにしてますが、要は自分は英語が性に合わん、というだけです。でも、こうして外国の方がちょくちょく来て下さるのだったら、少しくらい喋れたらいいのにな、と思わないでもないですので、ちょっと考えておきましょう。

前の「かたし」の時から、外国の方、というのはよく訪れていたのですが、「かたし」によく来てくれる外国の方と接するにつけ、何か日本人以上に日本的、というか、義理人情とか礼儀を重んじているなぁ、という印象があります。

それはおそらく、そういうヒトビトは、自分が外国人であるから、日本のヒトと付き合うには、日本のことを学ばなければと思い、「郷に入れば郷に従え」という姿勢で暮らしているからなのかな、と思います。

ワタクシなどもヒトのことは言えませんけれど、義理人情とか礼儀というのは、限りなく薄く薄くなっている、と感じます。確かにそういうのは面倒なことでもありますが、それは狭い世間でお互いが気持ち良く暮らしていくための昔のヒトの知恵で、そこを押さえておいた方が結局のところ自分のやりたいこともやりやすい、ということはあるかと思います。

今、ホントに移住してくる方が多い五島ですから、他所からいらっしゃるヒトビトには「義理人情および礼儀」というの、古臭いと感じるかもしれないけど、そこを大事にした方が結局は自分のためになりますよ、とワタクシは申し上げたいですな。それもこれも、礼儀を知らずに、思えば恥の多い人生を歩んでいるワタクシが身を持って体験しているから、言えることではありますが。

まぁしかし、若い時には見えないことも多いですよね。

この間の「木ノ口かたし」の日のこと、ハルさんたちと前の「かたし」の話なんかしていて「さなへさんも丸くなったよね」と言われて、え、そうか、前は尖ってたのか、と気がつきました。

そうそう、若い時というのは理想に燃えるあまり、自分の「こうしたい!」という思いばかりが強すぎて、周りの状況とか別のヒトの立場なんかが見えてなかったんだなぁ。

この間、エビータの曲を聞いたら、無性に懐かしくなって、ドイツで買ったCDを引っ張り出して、近頃「あいみょん」一辺倒だった「木ノ口かたし」お片付けの時の音楽に起用したところ、もうホントになつかしくてなつかしくて、20代の頃の気持ちを思い出しました。
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前にも書いたことがありますが、このエビータの映画、ちょうどワタクシがドイツの農家に居候していた時にヒットしていたのです。この映画をドイツの映画館で見た後、一緒に見たリトアニアの子と「私の人生の目標は~」などとお互いの夢について語り合っていた、青臭い時代のこと、思い出しました。

その時語った「人生の目標」というの、細かい点では、多少変化していることもありますが、おおまかな点では、何も変わってないな、と思います。

そして、その時思い描いていたよりも、人生というのは、どこで何が起こるか分からなくて、どこでどんな出逢いがあるかも分からないから、面白いんだなーと感じています。

もちろん、楽しいばかりではなくて、もがき苦しみ、人知れずうめきつつ、あるいは誰にも気付かれないように痛みを感じながら、ということも、あるのですけれど。

今朝は、あの当時、ラジオからよく流れていた、エビータの中でも最も有名なこの曲を聞きながら、いろいろと片付けてまいりましょう。


ではでは、皆さまも良い一日をお過ごし下さいませ。



















by sanahefuji | 2019-06-18 08:53 | 「うとん山農場」のこと | Comments(0)