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湯布院のおいちゃんへ

先週ワタクシと光太郎が二人旅でお見舞いに行ったのは、前にここに書いたことがある湯布院のおいちゃんです。

まるでワタクシたちが来るのを待ってくれていたかのように、その数日後、おいちゃんは天国へと旅立ってしまいました。

おいちゃんはワタクシの父の親友なので、父のところに行ったのだと思います。あの時病室で「かんさん(父のこと)は天国におるんじゃ。地獄には入れんかったんじゃ。」と言っていた、ということを思い出しました。

小さい頃からおいちゃんのことを見てきて、そして大きくなってからはいろんな話をして、思ったのは、どんな人とも対等につきあえる、並々ならぬ大きさの器を持った、温かい人だった、ということです。

おいちゃんはワタクシの父と同じく、最初は中学校の美術の先生だったのですが、その時の話で忘れられないものがあります。

とある小さな島の中学校に赴任した時のこと。

当時のその島では、中学を出ると遠洋漁業の船乗りになる男子生徒もけっこういたそうで、勉強して高校へ進学して、大学へ行って、というような環境ではないことから、学校も荒れていました。厳しい環境に置かれたそういう子たちが勉強に真面目に取り組むはずはなく、ましてや美術の時間、などというものはハナから相手にされていなかったとのこと。

そして多くの先生は、ある意味そういう子供たちよりも「ひよわ」なので、いわゆる「不良」や「落ちこぼれ」というレッテルを貼られた生徒に対してなす術もなかったとか。

ところが、おいちゃんはそういう子たちに得意の人懐っこさで近づいて、人間対人間でまっすぐに向き合い、いつしか信頼されるようになったそうです。その子たちが卒業する時には、おいちゃんに一抱えもあるような大きな魚を持ってドヤドヤとやって来た、という話。

この話が一番おいちゃんをよく表している、とワタクシには思えました。

おいちゃんは先生は途中でやめてしまったけれど、誰よりも「プロ」だったのではないか、とワタクシは思うのです。真面目で素直で「おりこう」な生徒なら、素人でも扱えますが、こういう一筋縄ではいかない子たちの心をつかむことができる、というのが真の教育者ではないか、と思うからです。

その後いろんな仕事を転々としながら、そういうおいちゃんの才能が、「似顔絵屋」になって花開いたことで、多くの良い仕事をして、たくさんの人々を楽しませてくれたことは、おいちゃんもみんなも幸せだった、と思います。

だけど、まさか去年の夏が最後になるなんて、これっぽっちも思っていなかったので、本当に悲しく、さびしいです。
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おいちゃん、ありがとう。

父ちゃんによろしく。









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by sanahefuji | 2015-05-27 14:38 | いろんな人 | Comments(4)

湯布院のおいちゃん


湯布院のおいちゃんから本が届きました。
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おいちゃんと言っても、血縁はなく、ワタクシの父の学生時代からの友達なのですが、ワタクシ達はもう小さい頃からおいちゃんとおばちゃんには本当に世話になっていて、今でも大分に帰省した時には必ず湯布院にも寄って、24時間温泉に入れるという、なんともウラヤマシイ借家に住んでいる、おいちゃんちに泊めてもらいます。

この本の題名通り、おいちゃんは湯布院で「似顔絵屋」をしています。この本の末尾にあった説明では、昨年の時点で21年間やっているとのことでした。

大分の情報誌に「湯布院だより」というコラムを書いていて、この度それを1冊の本にまとめた、ということで、一つ一つの話は短いのですが、とにかく面白い出来事がたくさんあって、読み応えがあります。ワタクシが常々思っていることには、どうして面白いヒトには面白い事がよく起こるのだろうか、ということがあります。面白いヒトには面白い事がまるで寄ってくるかのように思えます。

このおいちゃんというのが本当に面白いヒトで、どんなふうに面白いのか、と聞かれても一言では言い表せません。まず、ワタクシの父が言っていた言葉で言うなら「愉快な男」です。

おいちゃんは下戸で、お酒は一滴も飲まないのですが、酒の席では誰よりもにぎやかだった、と父も話していたように、確かにワタクシの友人たちと共に、おいちゃん宅を訪れた時には、「どんちゃん騒ぎ」というのがピッタリな宴となったのも懐かしい思い出です。おいちゃんが一人いるだけで、10人分くらいにぎやかで、ワタクシの友人の一人は笑い過ぎて死にそうになったほどです。

そんな愉快なおいちゃんが、大分弁丸出しで語りかけながら「似顔絵」を描いてくれます。今もやってますから、湯布院に行く機会がありましたら、ぜひとも訪ねてみてください。場所が今までいろいろ変わっていて、今はどこでやっているのか、ちょっとハッキリと分からないのですが、「似顔絵屋の佐々木さん」と誰かに聞けば分かると思います。ただし、湯布院には他の似顔絵屋さんもいるそうですから、間違えないようにして下さいね。

21年間もやっていますから、本当にいろいろなヒトを描いていて、女優さんとか外国の大学の学長さんとか人間国宝の方とか、はたまた永平寺の和尚さんなどなどいった、普段なかなか接することのないようなヒトとのやりとり、とか、あるいは似顔絵を描いてもらいに来るたびに連れの女のヒトが変わる男のヒト(それは後に結婚詐欺師だということが判明して逮捕されたとのこと!)に結婚式に出てくれ、と言われた話などなど、面白いエピソードが満載です。

おいちゃんが言うには、そういう本当にスゴイ人というのは、謙虚で控えめで、物腰も上品なのだそうですが、逆に、胸に議員バッチなんぞをつけているようなヒトビトは、おいちゃんの前に置いてある小さな椅子がそっくり返るんじゃないか、というくらい威張って座って、顎しか見えんぞ、ってことが往々にしてあるらしいのです。そんな話を、身振り手振りを交えたおいちゃんの大分弁で聞くと、おかしくてたまりません。

絵筆と話術を駆使して、日銭を稼ぐ商売をやっているおいちゃんは、ちょっと雰囲気は違うけど、「わたくし生まれも育ちも葛飾柴又です」の口上で始まる「フーテンの寅」さんに、相通ずるものがあるような気がします。

同期だったワタクシの父親は7年前に亡くなりましたが、おいちゃんはまだまだ元気で似顔絵を描き続けていて欲しいものです。

あぁ、湯布院行きたくなったなー。













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by sanahefuji | 2014-02-21 11:27 | いろんな人 | Comments(2)