カテゴリ:雑記( 413 )

恥の多い人生を歩んでおります。

一枚、道路沿いの畑を借りているのですが、そこに今日、小麦の種を蒔きました。

普通は早いヒトなら11月中に、遅くても12月中には蒔いています。

ところが、12月には雨の日が多かったり、例によってウダウダしていたり混乱していたりして、とうとう蒔けず、そして年が明けてからも、なんだかんだとしているうちに、1月も半分終わっているではありませんか。

こんなに遅く蒔いて、果たして実るのかどうかも分からないのですが、でも、せっかく去年収穫した分を種用にとっていたんだし、畑も夫に耕してもらってあったし、ダメでもやってみようかな、と。

だいたい、この道沿いの畑というのは、恥をさらすばかりの畑となって久しく、いつも草だらけになってます。しかし昨年は一応、小麦も収穫できたし、サツマイモは毎年、1年間食べる分はとれてるんですけどね、とにかくまぁ草に埋もれさせてしまう。果たして芋が植わっているのかどうかも分からないくらいに。

この畑以外のことでもワタクシは、恥をかいたり、無様だったり、みじめな思いをしたり、ということが人並み以上にとにかく多いような気がします。

これが何故なのか、は、もう分かっています。

それは賢いヒトならば、無謀なことはせず、慎重に心の中に留めておいたり、思っていても普通はやらない、というようなことを、ワタクシは、ついついやってしまったり、黙っていればそのまま何事もなく過ぎていくことを、ついつい言ってしまったりするからなのです。

このブログにしたって、もう毎日毎日でも書いて吐き出さないと、すぐにいっぱいになってしまうくらい、いろいろな容量が狭いのですから仕方がありません。

そして、いくら恥をかいても、無様だったり、みじめだったりしても、そういうことは、しばらくたつと忘れてしまい、よかったことだけを覚えている、というオメデタイ思考回路ゆえに、「やってよかった」となる。

迷惑を被った方にはホントに申し訳ないのですけれども、ワタクシはいつでも、やって後悔した、ということはありません。まぁしばらくは、ウダウダしたとしても、です。

だからまぁ、いいんだいいんだ、恥の多い人生だって、と思い、こんな遅くに小麦を蒔いたっていいんだ、と思う。

それで、ワタクシが小麦を蒔いていたら、近所の方がやって来て、「なんば作りよっと(何を作っているんですか)?」と言うので、「いいんだいいんだ」と思ってはいても、やはり少々恥ずかしいな、と思い「あの、今さらなんですけど小麦を蒔いてます。」と答えましたらば、その時にこのお方が仰って下さったのが、この表題「なんのー、芽はずっとたい。」というお言葉。

この「なんのー」というのは、言ってみれば間投詞、ですかね。自然と口をつい出る言葉で、この場合だとワタクシがやや否定的に言っていることに対して、「そんなことないですよ」というような意味を込めて返してくれている優しい間投詞、ですね。

そして「芽はずっとたい」というのは「芽は出ますよ」ということ。

「ずっと」というのが「出る」というのは、少し慣れていないと分かりにくい方言ですね。「ずっと」の「と」は接尾語、「たい」も接尾語です。それで「ずっと」の終止形は「ずる」で、この「ずる」というのがワタクシは「出る」の古語だと思うんです。「出る」と書いて「いずる」とも読むでしょう。

これが「ずる」となったのではないか、と。方言というのは古語が残っている場合が多いそうですから。

古典を習った時に、田舎のヒトビトが古典に出てくるような言葉を今も使っている、ということに感動を覚えたことがあります。

あれは徒然草だったか「かち(徒歩のこと)より詣でけり」というような文章があって、「かち」というのは「徒歩」という意味である、と習ったすぐ後に、わが故郷の海辺の集落のオジサンが、ワタクシがどこかから歩いて来た、という時に「かち(徒歩)でや?」と言ったんです。

「かち」って言葉、今も使うんだ!と、その時に本当に感動したんですね。古典の世界というのは、空想の話でも「おとぎ話」でもなんでもなく、その世界から、今ワタクシたちが生きている現代につながっている、ということを体感した出来事だったからかもしれません。

で、その「ずる」という言葉も、古語の響きのある言葉です。方言っていいですね。

「なんのー、芽はずっとたい」

という何げない言葉が、恥の多い人生を歩んでいるワタクシに、なんとも優しく響いたことでした。

今、モヤモヤしていたり、悶々として、出口のないような気持ちになっているヒトビトにも、この言葉を贈りたい。

なんのー、芽はずっとたい、と。

あのですね、悩みの種、って言うでしょう。

コレ、ワタクシ前にも書いたことがあるんですけど、悩みの種からも芽は出るんですよ。

そして、けっこうスクスクといいものが育ったりすることも、美しい花が咲くことも、あるんです。そして花はもちろん実を結びます。

だから種って、どんな種でもすごい可能性を秘めているんだな、と思いました。

まぁしかし、今日の小麦の種蒔きは、午前中に全部は終わらずに、とりあえず昼ごはん。
b0317003_00182333.jpg
この間の「かたし」で売れ残った石黒さんの野菜、水菜とキャベツ、そしてわが貧弱家庭菜園にちょこっとあったルッコラ、それにイノシシベーコンのパスタ、なかなか美味。

クタクタになったので、元気づけのために、この写真に写っている通り、ほんのちょっぴり白い発酵飲料を添えましたところが、これが昼寝を誘発してしまいました。

ハッと目が覚めたら、もう夕方の5時10分前!

恥の多い人生、というよりは、愚かな人生を歩んでおりますワタクシでした。

明日、あら、もう今日だ、続きをガンバリマス。
















[PR]
by sanahefuji | 2019-01-16 00:23 | 雑記 | Comments(0)
世間より遅れて「君の名は。」にハマった、と書きましたが、それらの歌にあまりにもハマってしまって、目が覚めたら、それらの歌が早く聞きたいのでグズグズせずにスバヤク起き上がったり、生ゴミ回収中の車の中とか「かたし」での作業中だったら聞けるから、早くその状況を作ろうと、いろいろな動きが早くなってたり、RADWIMPS効果がかなりありがたい2019年。

それらの歌があまりにもいいので、当然のことながら、他の曲も聞いてみよう、ということになるわけで、聞いてみました。いろいろなRADの曲。初期のものなんかも。

それで、ワタクシがよく思うことは「一事が万事」ということなのです。

このRADWIMPSの前前前世にワタクシの心がひっかかった理由というのが、この映像に出てくる「髪の長いお侍」と「忍者」がワタクシの好みにものすごくヒットしたから、ということだったんですけどね、一部分でも「ものすごく好ましい」、ということになると、これが例外なく他のところも全て好ましい、ということになる。これはだいたい、何でも当てはまるのです。

まさに一事が万事。

それで、他の曲も、映像の遊びのセンスが実にワタクシ好みでした。このヒトの言語能力の高さ、言葉と遊ぶ感覚の鋭さに驚愕し、そして、こちらもすごく重要ですが、社会性、というのが感じられる、そして、軟弱とも思えるほどの繊細さ、声がいい、これで恋の歌なんか歌った日にゃー、あーたまらん、ということです。すっかりファンになってしまったわ。

髪の長いお侍と忍者のおかげです。

いろいろと新しいものを聞くのは良いことですね。

この間、ハナが帰ってきた時、「あいみょん」とかいう、若い女性シンガーソングライターの歌をよく聞いていて、ワタクシも一緒に聞くともなく聞いていたら、けっこう昔風というか、ワタクシなどにも分かりやすい、ストレートな感じがなかなか良く、今の若いヒトビトの感覚も、何も変わらないのだな、と安心しました。

さっき、買い物をしていたら「あいみょん」の歌が流れていて、なんだか年末年始を思い出して(だってもう今日は1月14日!)、なんか懐かしいなぁ、と思い、買うものは全部買ったのだけど、歌を全部聞きたいのでウロウロしてました。そういうことってありませんか?ワタクシはよく、店で流れている歌などに反応して、あ、これを全部聞きたい、と思って、用事は済んでいるのに滞在したりしてしまうのです。

若い時の感覚とか、子供の時の感覚とか、そういうものが、昨年ワタクシには、すごく甦ってきて、今までがいかに老けこんでいたか、ということにも気付き、自分では「なんか若返ったな」という気持ちではいましたが、しかしながら、外見的な手入れは長年にわたって怠っているので、他人には特にそのようには見えないとは思います。

ところが、すごく久しぶりに会った方が開口一番「さなへさん、また若くなったんじゃないですか!」と仰って下さって、それはきっとお世辞ではないハズと思ったりしました。何故なら、その方はいろいろなものが、本当によく見えているヒトだからです。

外見的な若返り方法は、ワタクシには門外漢で、全く分かりませんが、中身というか精神の若返り、というのなら、昨年コツを掴んだ、という実感があります。


b0317003_13192752.jpg
その象徴的なものが、このノンホールピアスを思い切って買った、ということで、これが事始めであったような気がしますが、そのピアスの片っぽの耳に挟む部分が割れてしまって、タイヘン悲しんでおりましたけれど、待てよ、これってこの部品があれば修理できるのでは、と思ったのですね。

それで調べたら、やっぱり売っていて、しかも10入って100円ぐらい、と実に安い。それで取り寄せて、メデタク修理ができました。

しばらく片っぽしか、つけられなかったけど、今日は久々に両方つけてみようかな。

君はロックなんか聞かないと思いながら~♪

と歌いながら、こんな歌であんな歌でいろいろ乗り越えよう!

と思っているワタクシ。

若いヒトが少ない田舎では、若いヒトを増やす努力をすることはもちろんですが、自分が若返る、という方法もあるかもしれないぞ、と思ったりしている今日この頃でありました。














[PR]
by sanahefuji | 2019-01-14 13:34 | 雑記 | Comments(0)

いろいろな贈り物

昨日は、牛のよだれ方式に長々と日記を書いたりできて、読む方にとってはハタ迷惑であったかもしれませんが、おかげ様で、風邪は随分よくなりました。

なので今日は、畑に畝を立てて、やっとやっとタマネギの苗を植えようとしているところです。もう何もかもが遅れているので、今さら、なんですけど、せっかく種を蒔いて、貧弱ながらも苗らしきものが出来ているので、植えてやらねば、と思いまして。

イノシシ年になって、いろいろなところ、例えば新聞の年始の挨拶のイラスト、とか、学校の先生が配るプリントだとかに、イノシシの姿を多く目にしますが、本日、巨大な本物を拝むことが出来ました。
b0317003_12554209.jpg
中型犬のジョンと比べてみて下さいな。貧弱な男子とプロレスラーくらいの差があります。もっとかな。この胸板の厚さがスゴイ!

イヌ年が終わってイノシシ年へ、ということで、ちょうど良い図。

目方は約80キロ、とのこと。半泊で獲れました。


四国に戻ったハナより、荷物が届きまして、その中にはサトとコータローへの誕生日プレゼント、そして、母へのプレゼントも入ってました。
b0317003_12561630.jpg
ワタクシ好みの青い石がついたノンホールピアス。

かわいい!

嬉しい!

帰る途中の福岡で買ってくれたんだそうです。

何もかもが遅れているワタクシめが、一般よりも20年以上も遅れて「オシャレがしたい」という心持ちになったことを応援してくれるような、娘からのプレゼント。

ワタクシ自身には母も姉妹もいなかったので、こういうのって初めてのことですが、女同士の家族っていいもんだなーと思います。

早速つけて、畑に行きました。

別に誰に見せるわけでなくても、会うのはカラスくらいでも、なんだかウキウキ嬉しいんだな、と。

畑のことが遅れ過ぎているのは、タイヘン恥ずかしいことなのですが、自分の心持ちが遅れていることについては、特に恥ずかしくもなく、むしろ、こういう気持ちが今、湧いて来てくれたことが、なんだかとっても新鮮で、ワクワクする感じがします。

いろいろなことに、年は関係ないのかも、と思います。

ふさわしい時期に、ふさわしい気持ちに、なるのかも、と思ったり。

ホントにホントにありがとう!







[PR]
by sanahefuji | 2019-01-09 13:30 | 雑記 | Comments(0)

「ドラモリ」のモンダイ

こんにちは。

予告通り、本日2回目。鼻が詰まって息が苦しいので、息も絶え絶えになりながら書いてます(ウソ、でも鼻が詰まっているのはホント)。

年末以来、拭き掃除をしてなかったな、と思って、雑巾を絞っていたら、雑巾を絞った水を飲みに来たミーコ。
b0317003_13563222.jpg
一心不乱に飲んでます。猫って何でキレイな水を飲まずに、このような雑巾水を好んで飲むのか?何かしら必要な養分を含むのでしょうか。


さて、今日は始業式で、子供たちは早くに帰って来て、夕方の「生ゴミ回収」に行く、とハリキッテついて行きましたけれども、なんのことはない、お店に行きたいだけなんですね。この地域には店がないので、子供たちが何か買う、という場合、わが家だったら、この夕方の生ゴミ回収時について行く、というのが有効なのです。

お店の中でも子供たちが特に好きなのが「ドラモリ」。これ、中国地方より東の方には何のこっちゃ分からん、ということになりましょうから、少し説明いたしますと、これは、福岡県朝倉市に本社を置き、九州・四国(3県のみ)・中国地方(山口県のみ)にドラッグストアチェーンを展開している「ドラッグストア モリ」の略称であります。

この間、ハナが帰ってきた時に「どこか行きたい所ってある?」と聞くと「とりあえずドラモリには行こうと思ってたんだよね。」などと言ったくらいです。

四国にもあることはあるけれど、ハナが住んでいるところからは遠いから行けないのだそう。そして、聞き捨てならないことには、四国の友人たちからは「『ドラモリ』と略すのがダサい」などと言われているらしいのです。

でも待って待って、「ドラモリ」という略称は、何もワタクシたちが勝手につけたわけではなくて、お店側がそのように提唱しているのですよ。その証拠に店内に流れるテーマソングだって、お姉さんが「ドラモリ、ドラモリ、ドラッグストアモ~リ~♪」と歌っているし、チラシには「ドラモリで働こう!!」と書いてあるではないですか。

なので「ダサい」などと言う四国の友人に対しては、それを示して説明してあげなさい、とハナには言っておきましたよ。だいたい四国では3県合わせても10店舗しかないのでありますから、ただ単に「なじみがない」ということでありましょうけれど、なんだか五島が馬鹿にされたような気になってしまって、ついつい熱くなってしまいました。

で、そのドラモリなんですけど、ワタクシはもう何年も前から、ここで必ず買う物がありました。というか、そのために行っていた、と言ってもいいくらいなのですが、それは牛乳。ここには大分の「みどり牛乳」があったのです。

あの昔と変わらない黄緑色のパッケージに郷愁を誘われる、ということもありましたが、この理由だけであったならば、五島市民になって久しい身分でありながら、そして、地産地消を推進する立場でありながら、「五島牛乳」を買わないのか君は!などと糾弾されても仕方がないことですけれど、さらにこちらの理由の方が重要なのですが、なんといっても値段が安かったのです。

あ、そっちの理由の方が糾弾されるかしらね。しかし牛乳消費の激しいわが家にあっては、その二つの理由で「五島牛乳」を裏切るのも致し方ない、とは思えないでしょうか。人間って弱いものですわ。よよよ(泣き崩れる)。

それはともかく、そういうことなので、店内に入るとワタクシは何はなくとも牛乳が置いてある角のコーナーに向かっていたものです。

「向かっていたものです」と書いたことからも分かるように、それはもう過去のことになってしまいました。

というのも、この黄緑色の「みどり牛乳」はドラモリから姿を消してしまったからです。

昨年、五島市にもう一つ、大手のドラッグストアチェーン「コスモス」というのが来ました。出来て少し経ってから、ワタクシも一応、偵察がてら行ってみたのですがね、牛乳は、その「みどり牛乳」よりも安かったのです。しかし、まるでなじみがない中国地方のものなので、1~2回買っただけで、ワタクシは「やはりここは筋を通すべく『みどり牛乳』を買い続けよう。」と思ったのです。

そしたらナント、少ししてから、その「みどり牛乳」の値段が下がったのです。これは「コスモス」に対抗するためなんだろうか、と素人のワタクシでも考えましたが、「みどり牛乳」が姿を消したのは、その後のことです。

しばらくは「みどり牛乳」も、今やその座を明け渡した島原産「酪農牛乳」というのと同じ値段で少量だけ置かれていたのですが、その申し訳程度に置かれていた「みどり牛乳」も完全になくなってしまいました。

流通事情のいろいろはよく分からないのですが、値段を下げたことで大分県のものは取り扱えなくなったのかどうか、とか定かではありませんが、とにかくワタクシの郷愁を誘う、あの黄緑色のパッケージを見ることはもはや叶わぬ夢となり、その牛乳が置かれている場所も前とは微妙にずれていて、あぁやはり何事も諸行無常なのであるな、としばし佇む乳製品売り場、ということになる。そうでなくても何かと立ち止まったり、佇んだりしがちのワタクシではありますが。

しかし、そんなところでいちいち佇んでいては、他のお客さまの迷惑にもなろうかと思い、スバヤク「酪農牛乳」2パックをカゴに入れ、何事もなかったかのように立ち去る、というふうに、たかが買い物一つでも、様々な思いが胸中に去来しているのはワタクシだけであろうか。

この「みどり牛乳」に何故そのような思い入れがあるのかと申しますと、これはワタクシが小学6年生の時に、唯一「まともな社会見学」に行った時に訪れた1つの場所が、この「みどり牛乳」を製造している九州乳業だったからなのです。

「まともな社会見学」と書きましたけれど、では、それまではどんな社会見学だったか、というのは、前に書いたことがあります。ワタクシが通っていた全校児童20数名の小さな田舎の学校では、社会見学と銘打って、別府温泉の「スギノイパレス」に行っていたのです。

そこは、今でこそ巨大なリゾートホテルみたいになっていますけど、昔はそんなふうではなく、普通の温泉ホテルであったと思います。そして、屋上には大きなトランポリンとか、芝生とか、そういう健全な子供の遊び場があって、子供はそこで勝手に遊んでおり、先生たちは温泉に入った後、赤い顔をして舞台でショーを観ている、というような、殆ど田舎の学校の慰安旅行のようなものであったのです。

ところが、それに対して、新しく来たK先生という割と革新的な先生が、これに異を唱えたとかいう噂で、その年、つまりワタクシが6年生の時の社会見学はスギノイパレスではなくて、その九州乳業とかパン工場になったのです。今までが、ただ遊んでいるだけのものだっただけに、最後の「まともな社会見学」の時には、子供ながらに「おお、なんて社会見学らしいんだ」と思った記憶があります。そして、そこでもらった牛乳(そう、それが「みどり牛乳」)とかパンとかが、すごくお得な感じがしたものです。

しかし、別にスギノイパレスの慰安旅行的社会見学が悪というわけではなく、むしろ昔の学校はのどかでヨカッタなぁ、と思うくらいですが。

で、そのK先生、来た当初は所謂メタボ(その当時はそんな言葉はなかったけれど)な体型をしていたんですがね、これがみるみる痩せていったのですよ。癌か何か悪い病気にでもなったんじゃないか、というくらいにハッキリと。

しかし、それは癌でもなんでもなく、「お医者様でも草津の湯でも」治すことができない、というアレ、そう、「恋の病」だったんですね。今だったらそれがよく分かる。

その時、一緒に赴任してきた先生に、若くて可愛らしい先生がいました。この先生は本当に可愛かった。しかしワタクシは名前すら覚えていないくらい印象が少ないのです。というのも、こちらが田舎の子供らしく「かまって欲しい」という欲求と共に話しかけても、まるで響かない、というか、このヒトは一体何を考えているのかさっぱり分からない、とワタクシなどは思い、ついぞ心通わせることが出来なかったからです。

これは決して、女子児童であったワタクシが、可愛いヒトに対する妬ましさなどで、そう思ったわけでは断じてなく(何故ならワタクシは可愛いヒトがもともと好きなんだから)、ホントによく分からない、つかみどころのないヒトであったのです。

そして、これもオトナになった今ならよく分かることですが、何を考えているのか分からない、つかみどころのない、かつ容姿がキレイだったり可愛らしかったりするヒト、というのは最強なのですな。

これは本当に強い。トランプの大富豪の「2」くらい強いのです。

この、慰安旅行的な社会見学を廃止して、まともな社会見学にした革新的なK先生を、激痩せさせるくらいは、たやすいことだった、というわけです。

みるみる痩せていったK先生と、その可愛い先生(名前覚えてないってホントに申し訳ない、でも思い出せないのは、この先生だけかも)が、二人で職員室残っているのを見たりすると、子供でも、何かタダナラヌ気配を感じましたのですがね、結局この二人は結婚しました。

ヨカッタですねぇ、K先生。激痩せした甲斐がありましたな。

とまぁこのように、ドラモリにおける略称のモンダイ、あるいは「みどり牛乳」モンダイ一つでも、こんなにいろいろな書くことがあって、話は尽きることがありません。

しかし、まぁ特にモンダイでも何でもない、ということには皆さまお気づきのことと思いますが、もう一つ、たいしたモンダイでもないモンダイというのが、このドラモリのマークです。
b0317003_19232437.jpg
このリンゴ、これが、2014年封切られた映画「それいけ!アンパンマン りんごぼうやとみんなの願い」に出てくる、マジョーラという魔女(悪役)がビーム攻撃をした相手がリンゴの姿にされてしまったそのリンゴに酷似している、ということなのです。

この時アンパンマンも、マジョーラの攻撃を受けて、リンゴの姿になってしまったのですが、それを見たワタクシ「あ、ドラモリのリンゴ」と思いました。

これは、たまたま偶然にこうなったのか、誰かこのドラモリのリンゴをどこかで見たことがあったヒトが着想を得たのか、などと思ってしまうくらい、そっくりなのですね。なので、ワタクシはドラモリのリンゴを見る度に、「りんごぼうやとみんなの願い」で魔女のマジョーラに毒りんごにされてしまったアンパンマンを思い出すのです。

この映画は「やなせたかし」氏の最後の絵本が原作であり、テーマは「望郷と故郷の再建」という非常に深い話で、東日本大震災での原発事故のことなども下敷きにして考えられているお話です。

なので、「りんごぼうやとみんなの願い」を見た方がドラモリリンゴを見る度に、東日本大震災のことを思い出し原発について考える、ということであれば、それはなかなか良いことですね。

多分、それは「みどり牛乳」のモンダイと同じくらい、誰もそんなことは思っていないことかもしれませんが。

そんなわけで(どんなわけだ)、こうしてダラダラとどうでもいいようなことを書くのは実に楽しい、ストレス解消になる、そして風邪も治る、ということが分かりましたワタクシです。

ホントに書き始めた時は詰まっていた鼻が、終わりごろの今になったらスースーと通るようになっている!

好きなことをするって大事ですね。

このような長文に、本日も、おつきあい下さいまして、ありがとうございました。

































[PR]
by sanahefuji | 2019-01-08 21:04 | 雑記 | Comments(0)

本日の敗北

風邪を引きました。

ここ数年、本格的に風邪を引いたことがなかった気がするので、久しぶりのことです。

風邪ってツライんだな、と思いました。

どうもサトが誰かから貰ってきた風邪のようで、喉や気管が痛いのと、鼻水がひどい、というのが特徴です。咳も出る。いつもにも増して、ボケーッとする。


このブログにも時々登場したことがある、「バイクのオジサン」、そのオジサンが、さっき卵を買いに来たんですけど、オジサンもゴホゴホと咳をしている。どうも同じ風邪を引いているようです。この地域一帯で流行っているのかもしれません。

前の「かたし」から今も続く常連のお客さまなのですが、ハルさんともよく話していたことは、あのオジサンと接する度に自分の人間性を試されているような気がするよね、ということなんです。

このバイクのオジサン、現代では希少価値になった、薄汚れた格好をして、小汚い感じのヒト。ワタクシが子供の頃の海辺の集落にあっては、特に珍しくもない類のヒトでありましたが、今は誰も彼もどこもかしこも小奇麗になりましたからなぁ。

で、そのオジサンはいつも、土曜日以外にも前の「かたし」にやって来ては、「あこうの木治療院」で治療をしている最中のユウさんを呼び出して「たまごは、なかかな?」とか「米は?」とか言うもんだから、ホトホト困っていた、ということもありました。

そして、新しい「木ノ口かたし」になっても、やはり曜日や時間に関係なく、やって来るわけです。

しかし、特にお金を払わないわけでもないし、土曜日以外に卵を買いに来るヒトは他にもいるわけだから、その他のヒトと同じように親切に対応するのが、まぁ人間としては正しい、とは思うのですけどね、これが出来ないんだなぁ。

どうしても、ムッとしてしまう。

前にも書いたことですが、昔話なんかで、乞食の格好をしていたり、薄汚い格好をしているけれども、実はそれは仮の姿で、高貴な身分のヒトであったり、はたまた魔法使いであったりして、人間を試している、とかいう場面があるでしょう。どうしても、そのようなことを思ってしまう、でもやっぱり快く対応出来ない、という、人間の深い業、のようなものを感じさせられてしまう「バイクのオジサン」なのでありました。

そんなことを思いながらボケーッとしていたのもあるし、やっぱりきちんと対応していなかったのでしょう、300円受け取った、と思ったのに、見てみたら、
b0317003_09154800.jpg
一つは一円玉だった!

オジサンがズル賢いヒトで、あわよくば誤魔化してやろう、などという魂胆で渡したのではない、と思います。オジサンはそのような計算はおそらく出来ない感じのヒトだから。

なので、これは、完全にこちら側の負け!

99円の損失。

きちんと対応しなかったのだから、まぁ仕方がない。

こうしてワタクシたちは、いつも昔話の世界を生きている、のだな、ということを改めて思った次第であります。



ではでは皆さまも、風邪にはどうぞお気をつけあそばせ。

ワタクシは今日は外の作業は休んで、家での仕事を中心に、休み休みしたいと思います。

なので、また気晴らしにブログなんぞも書こうかしら、と思っております。

ではでは、また後ほど。










[PR]
by sanahefuji | 2019-01-08 09:39 | 雑記 | Comments(0)

袖振り合うも多生の縁

昨年、とても不思議な出来事があって、20万円というお金を何の苦もなく手に入れた、ということをチラッと書きました。

そして、その詳細は今は書くことができないけど、15年くらいたったら書けるかな、と思っていました。

ところが、そのことを書けるようになりました。その理由は後で述べます。


それは、誰から連絡があったのかは、もう忘れてしまったけれど、「ももか(牛)が鉄砲で撃たれたらしい。」とかいう話から始まりました。

わが「うとん山農場」では、数年前からイノシシの被害に苦しめられていて、その対策の一つとして、田んぼの周りの深い藪に、今は亡き友人のオキノヒロシから「子牛いらんか?」と言われて「いる」と答えたら、はるばる島根から運んで来てくれた牛、「ももか」を放牧して、見晴らしをよくしてイノシシが田んぼに近づきにくいようにしよう、ということを考えました。

それで、田んぼの周りのけっこう広範囲を電気柵で囲って、「ももか」を放していました。

ところがそこは、おそらく普通の放牧場のようには見えないし、随分ときれいになってはきたものの、まだまだ藪も深く、完全に見晴らしはよくなっていない状態。

そのような場所に、他県からやって来た狩猟者の方が入ったらしく、「ももか」が撃たれた、と言うのです。

それで、ビックリ仰天して農場に飛んで行ったところが、「ももか」はピンピンしている。ただ、首の皮がもともとテロンと垂れたようになった端っこにほんの少し、傷があって血が出ている。どうも、そこが鉄砲の弾がかすった部分、ということらしい。

すぐに、その狩猟者の方がうちにやって来ました。焼酎2本が入った箱を抱えて。

そして、夫に示談があった、とのこと。

その方は、あと何日かしたら家に戻るので、そしたらすぐに20万円を振り込むから確認してくれ、もしも牛が死ぬようなことがあったり、傷の状況が悪化するようなことがあったら、また考えるので連絡してほしい、と。そしてもちろん、このことを公にしないで欲しい、ということだったのです。

このような事故があった場合、ワタクシはまるで知らないのですが、交通事故と同じように、なんらかの面倒な手続きとか、そういうことがあるのだと思われます。つまり、この20万円というのは、そのような煩雑な事態を避けるための口止め料、という意味もあったのでしょうか。

何も分からないワタクシたちは、どうすることも出来ず、ただ言われるままにしました。

ワタクシたちは、どちらかと言えば「お人好し」というか、モロに世間知らずである、というのが直ぐに分かってしまうナリをしていますから、ズル賢いヒトならば、いくらでも自分のいいようにすることは出来る、と思います。実際、そのような、特に悪人というわけではないけれど、ずるいヒト、というのはいます。とにかく自分の保身だけを考え、自分は何一つ損をしないように立ち回るヒト、というのが。

もしその狩猟者の方が、そのようなヒトであったらワタクシたちも、もっと何か考えたかもしれませんが、幸いその方はそういうヒトではありませんでした。

何というか、実直な「昔のヒト」というような感じ。

だから、別に言われるままにしておいてよいのではないだろうか、と。

そしたら、約束通りに、すぐに通帳に20万円というお金が振り込まれていました。2月27日のことです。

昨年の2月、と言えば、ハナがちょうど大学受験で、とにかくお金が必要な時期でした。例によって、貯えも学資保険とかそういうのも何もない、なのに子供を大学にやろう、などと無謀なことをしていたわが家。

受験のための旅費、試験のお金、引っ越し費用、そういうもろもろのお金が明らかに足りないのに、どうするつもりであったのか。

ハナが引っ越しする時には、ワタクシも子供たちも一緒に四国に行ってみたい、などというささやかな夢、それが、そのお金が追加されたことで叶うことになりました。

あ、そうそう、そのお金をもらって間もない頃、ワタクシはバカみたいな自損事故を起こして、車の後ろの扉を丸ごと替えるハメになり、マイナス5万円、ということは前に書いた通りです。

でも、ワタクシはその20万円、というのがちょっと恐ろしかったので、それで安心した、というのも書いた通り。

「ももか」のかすり傷は、すぐに治癒し、何事もなかったように、またのんびりと放牧場で草を食べ、以前と変わったこともない様子。

そんな様子を見ていると、オキノヒロシ、あの世の彼がハナのためにくれた20万円ではなかったか、という気すらしてくる、不思議な出来事でした。

そして、このことをどうしてもう書いているか、というと、その狩猟者の方が、昨年の11月に亡くなった、ということを最近になって知ったからです。車の事故だったそうです。

その方は、お金だけでなく、その地のお肉屋さんの名物みたいなものとか、土地でとれたものなども送って下さって、誠実な対応をしてくれました。というか、わが家は特に何も被害はなかったわけだから、過ぎるほどの対応だったかもしれません。

それなのに、もしかして何かあの事故以来、その方の運気が下がってしまった、などということでないことを願うばかりです。願ったところで、もうこの世にはいらっしゃらないのだから、遅いことですが。

御冥福をお祈りすると共に、その方については何一つ知らないワタクシではありますけれど、周りにいらっしゃる方々の幸を祈りたいと思います。

そして、感謝の気持ちを伝えたいです。本当に本当に、あの時わが家は助かりました、と。

生きているって不思議、何も知らないヒトから、こうして助けられたりすることもあるのですから。

袖振り合うも多生の縁、とはよく言ったものです。「多生」とは、仏教用語で何度も生まれ変わることだそう。

昨年は、そのようなことを感じる出来事が、いろいろあって、だからかな、今頃「君の名は。」にハマったのは、と思います。

この世の中は、まだまだ不思議な可能性に満ちていて、きっと今年もそういうことが、いろいろ、あるんだろうなぁ、という予感がします。

楽しみなことです。

子供たちの冬休みも今日でオシマイ。

また、明日からの日常を、そんなふうにワクワクしながら過ごせるといいな、と思います。

皆さまも、今日も良い一日を!

b0317003_13234657.jpg
本日7日。七草が見つからず、五草になりましたが、五草の玄米粥など炊いてみました。


















[PR]
by sanahefuji | 2019-01-07 09:34 | 雑記 | Comments(0)

「陸王」にハマる

明日には、もうハナが帰ってしまうので、今日は午後から一緒に出かけたいところがあったのだけれど、再放送でやっていた日曜劇場の「陸王」を見始めたらハマってしまい、出かけられなくなってしまいました。

いやーヨカッタなぁ「陸王」。出てくるヒトビトが男も女も、みんなカッコよくて。

自分の仕事に誇りと責任を持ってきちんと働いているヒトビト、というのは、どういう仕事であっても、そういうふうに、みんなカッコいいものだとワタクシは思います。

ヒトビトのそのような姿を見るのがワタクシはホントに好きなので、「陸王」のドラマは面白かったです。なんかテレビをこんなに長時間見たのって、すごく久しぶりかもって思いました。

これも普段は出来ないことで、正月らしくてヨカッタです。

明日はもう1月4日、正月も終わり、そして金曜日!

「土曜日開店 木ノ口かたし」の準備の日ではありませんか。

わが家の正月には蕎麦の出しと共に欠かせない、米から作る白い発酵飲料(これは実に腸内環境のためには良さそうな飲み物です)と共にお節料理をつまみつつ、行く正月を惜しみました。
b0317003_21361891.jpg
正月と共に、ハナも去ってしまうから、またコータローは泣くかなぁ。

一緒に買い物に行ったり、家の事をしたり、ごはんを食べたり、特別なことは何もしていないけれど、初めての帰省ということもあってか、なんだかとっても特別な感じの年末年始になりました。

同じことを毎年しているようでいて、いろいろなことが、少しずつ変わっていく、という経験。

いくつになっても初めての経験、というのは、あるものです。

そして、自分も同じようでいて、変わっていく部分もあるんだな、と思います。そうすると同じ場所でも、見える景色が違って見えたり、同じ事をしていても、新鮮な感じがしたり、するのです。

全く同じ一日が、ないのと同じように、全く同じヒトが、いないのと同じように、全く同じ季節というのも、ないのです。

だから、同じようなことをして、同じようなものを食べて、同じように過ごしても、それは、今だけの、貴重な貴重な時間なのだな、と思います。

良い年末で、良いお正月でした。















[PR]
by sanahefuji | 2019-01-03 22:23 | 雑記 | Comments(0)

年賀状のモンダイ

毎年ワタクシは、年賀状をもらう度にいつも思うことがあるのです。

それは、お店とか商売用の年賀状ではない、個人の年賀状の話なんですけどね、宛名も印刷で、表というの裏というの?まぁとにかく葉書の全面も印刷の年賀状がありますわね、というか、最近は印刷じゃないものの方が珍しいくらいですが。

それで、それに何も書いてない年賀状、というのが一定数あるわけです。たいていは「元気ですか?」などという一言くらいは書いてあるものですが、全く何も書いてないのがあるんですけど、これにいつもワタクシは迷うわけです。

アレ?なんで何も書いてないんだろう?書き忘れたのかな?それとも、例えば名簿か何かが自動で宛名を印刷してしまって、本来とくに出そう、と思ってないヒト(ワタクシのことだけど)にも出しちゃった、とか、そういうことかな、とか。

その無言の年賀状、というのがワタクシにはタイヘン謎なわけです。

何も書くことがないヒトに年賀状を出す必要もないような気がするのだけど、でも、ずっと続いているから、みたいな感じなのかな?とか、何百人にも出すので、何も書けないのかもしれないけど、それだったらなおさら削ってもらっても支障がないような気がするし。何も書いてないと分かっているのに、何度もひっくり返して見てしまったりする。

それでワタクシなどは、年賀状を出すのが毎年遅くなってしまうので、手紙をもらったら返事を出す、という、もと手紙女の条件反射的に、頂いた年賀状にはこちらからも出すわけなのですが、途中で足りなくなったりして、元旦に届いた、そのような無言の年賀状に返事を出したばかりに、後で届いた手書きのコメントがある年賀状に返事を出せなかったりする、という理不尽が起こるわけです。

いや、それは言い訳で、年賀状が足りなくなったら、ただの葉書ででも出せばいいだけなのですけどね。でもせっかくなら年賀状を出したいじゃありませんか。

年々、子供たちが出す年賀状の枚数が増えて、いつの間にかワタクシの年賀状がゴッゾリ減っている、という事態になって、数も少ないから、この際、無言のものに出すのをヤメてみようかしら、と、もと手紙女のワタクシにしてはかーなりの勇気をもって出さなかったら、また次の年にも来ていて、あれ、やっぱり自動運転で届いているの?ということになる。謎です。

しかし、あれこれ考えた結果、一つワタクシが分かったのは、例えば年老いた親戚のオジサンなどからの無言の年賀状、というのは、これはメッセージがあるんだな、ということです。このようなヒトビトは、既に字を書くのも一苦労、という場合もある、ましてや気の利いた一言など書けない、ということもある、でも身内であるワタクシや家族が元気にしているか知りたい、そして自分もまだ元気だ、ということを伝えたいのだな、というように。

そして、もと手紙女であるワタクシは、いかに書くことがあまりないような、もうずっと会ってないようなヒトに対しても、すごく考えて何かしらの言葉を書くのです、それがもと手紙女の矜持である、とでもいうように。だから、そのような年賀状を貰うとひょっとしたら嬉しいのではないか、とか思ったりするわけです。だから、無言であっても毎年年賀状を下さるのかしら、などと思ったり。自惚れかしら。

しかし、字を書くのが一苦労でもない年寄りでもないヒトが何も書いていない、というのは、やっぱり謎です。

そのような年賀状に対してもワタクシは、宛名も手書きで、コメントも短くてもとってもいろいろ考えて書く、というのは、なにかこう、「句読点のみ」の素気ないメールあるいはラインに対して、絵文字いっぱいのコメントを返す、というようなバランスの悪い関係のような気がしないでもない。

あ、でもワタクシは、昨年の夏にケイタイを持ったばかりであるからして、若い頃にそのような関係でやりとりをした、などということは現実にはないのですが、そういうこともあるのかもしれない、という想像ではありますが。

というわけで(どういうわけだ)、義務感のようなもので、あるいは自動運転的に無言の年賀状を毎年出す、というのは、そろそろ止めても良いのではないか、と、ワタクシなどは思うんですけど、どうでしょう?

反対に、いつもは忙しくて手紙なんか出せないけれど、年に一度ということで、年賀状には、びっしりと書いて下さる方もいて、そういうのは本当に本当に嬉しいですね。

何度も何度も読み返して、なんだか泣けてくるほどです。

そのヒトの文字、言葉が伝わってくる手紙、大好き。

そういう年賀状のやりとりは、ずっとずっと大切にしたいな、と思います。

さてさて、年賀状の続きを書きますか。

b0317003_19384776.jpg
蕎麦でも食べてから。これ、昨日のヨッパライのヒトビトにも好評で、あるヒトは4杯も召し上がった程です。

ウマいよ~。

正月はいいなぁ。
























[PR]
by sanahefuji | 2019-01-02 19:48 | 雑記 | Comments(0)
新年明けましておめでとうございます。
b0317003_12313485.jpg
今年は、ハナがそれぞれの祝い箸の袋に、ありがたい「お言葉」を書いてくれていました。
b0317003_12322281.jpg
さすが、教育学部の学生!コータローの「忍の一字」以外はどれも知らない言葉ばかり。

それで、ワタクシのには「殊塗同帰(しゅとどうき)」と書かれていました。意味は「手段や方法が違っていたとしても、最終的な目的や結果は同じ場所に到達すること」だそうです。

ほほう、それはなかなか、含蓄のある言葉ではないだろうか。これが元旦にワタクシに与えられた、ということに、この新しい年を暗示しているような気がしてきましたよ。

今年は、恒例の「鶏小屋詣で」は行きませんでした。というのも、午前中から年始のお客さまがチラホラといらっしゃったからです。

いつもたいして変わり映えのない、地味な、わが家のお節料理ですが、これとお刺身、蕎麦の出しで蕎麦か雑煮を出せば、正月中お客さまがいらっしゃっても困りません。酒の肴と食事、どちらにも対応できます。ホントに昔のヒトビトの知恵は素晴らしい。正月に料理をしなくていいように、という知恵ですね。
b0317003_12331019.jpg
実はお節料理の中の一品、昆布巻きは間に合わなくて今年は作りませんでした、というのも、年の瀬に急に洗濯機が壊れてしまって、大晦日の昨日、午前中にコインランドリーなどに行かなくてはならず、思いのほか時間を取られ、とうとう間に合わなかったのです。

でも、この昆布巻きも、わが家ではたいして人気がないので、まぁいいか、誰も分からないだろう、と思ったら、「あれ、今年は昆布巻きがないんだねぇ。」などとサトが言うではありませんか。意外と覚えてたのね。

子どもたちに人気があるのは、なんと言っても「煮しめ」です。この色の悪い、田舎風のが美味しいらしい。色が悪い、と言えば、数の子も栗きんとんも、わが家のものは全て黒っぽい。鮮やかな黄色のものに憧れないわけでもないけれど、なんか、出来ないんですよね。そういうところが不器用です。でもいいのいいの。家の者が進んで食べるものにする、というのが第一で、見た目は二の次で。

もう少し、段取りが良くなれば品数を増やせるかもしれない、とも思いますが、まぁまぁ無理せずに、毎年作りたいと思います。

そう、「殊塗同帰」でしたね。

さて、ワタクシの仕事始めはいつも元旦の生ゴミ回収と鶏小屋の作業と決まっております。男の人たちは正月でヨッパライですからね。でも、この作業、とっても清々しくていいものです。

あ、そうそう、年賀状もワタクシはこれから書きますのですが、いつも元旦に年賀状が届くヒトビトを尊敬してやみません。

ありがたいことです。

穏やかに明けた2019年、良い年にしたいですね!

今年もどうぞよろしくお願いいたします。







[PR]
by sanahefuji | 2019-01-01 14:36 | 雑記 | Comments(0)

素敵な一年でした

こんばんは。

2018年も本当にもう終わりですね。

どんな一年であったとしても、一日一日、生きてきた日々の積み重ね、というのは、たいしたものです。

今年も一年、お疲れ様でした。

お仕事をしている方もいらっしゃるでしょうが、お休みのヒトは、どうぞゆっくりして下さいませ。
b0317003_21260342.jpg
こんなふうに、わが家のミーコのように。

本日、大晦日の仕舞いは、ワタクシは7時を回ってしまいましたが、例の「蕎麦の出し」が大鍋一杯、実に美味しくできたので満足です。昨日も書きましたけど、君のいない世界など、夏休みのない8月のよう、笑うことないサンタのよう、なのですから、君のいる正月はきちんと夏休みもある8月で、ふぉっふぉっふぉっと笑うサンタさんなのですダ。ヨカッタヨカッタ。これで、正月三が日、蕎麦ばーっかり食うちょるよ、という正しいお正月を過ごすことができます。

今日、ビックリしたことは、大晦日は年越しをするために起きていないといけないから、ということで、それに備えて昼寝するのはコータローだけになっている、ということです。

あれ、今まで3人くらいは寝ていたような気がしたのに、そうか、アサもサトももう中学生、夜更かしもそれほど珍しいことでも無くなっていたのダナ、いつの間にか。

ホントに時間がたつのは早いことです。こうして子供はどんどん大きくなるのだなぁ。

ワタクシが「木ノ口かたし」の台所で「君の名は。」のサウンドトラックをエンドレスで聞きながら煮しめなどを作っている間に、子供たちが掃除や片付けも分担して、きっちり進めてくれていて、風呂も台所もすごく美しくなっていて、これまたビックリした!

良い働き手に育っております。

いろいろあった一年でしたが、終わりよければ全てヨシ、ということで。

もうすぐ、年越し蕎麦だ!

ではでは、皆さまも良いお年を!






























[PR]
by sanahefuji | 2018-12-31 23:00 | 雑記 | Comments(0)

ここは五島列島福江島 「かたし」とは椿の古い呼び名です。Iターンで新規就農した私達が週に一度だけやっている直売所「かたし」での出来事、農家暮らしの日常などなど。日本の端っこで繰り広げられる人生劇場を綴っていきます。


by sanahefuji