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心だけを残せ

何人かの方から、この度の毎日農業記録賞に出したワタクシの文章の全文を読みたいと言われておりますが、新聞には全文は掲載されません。

12月1日の毎日新聞に要旨は出るらしいのですが。全文は、なんせ、原稿用紙8枚分ですので、受賞したヒトのを皆載せるのは、なかなか難しいでしょうね。なので、全文を読もうと思ったら、後から発行される冊子をわざわざ手に入れるしかないわけで、それはなかなか手間がかかります。

なので、こちらに全文を書いておくことにしました。

何度も言いますが、原稿用紙8枚分ですので長いです。ホントに読みたい方で、しかも時間がある時に読んで下されば幸いです。(注 そのままだと読みにくいので、改行は実際の原稿とは変えています。)



心だけを残せ  

今から8年前に、私はこの「毎日農業記録賞」に応募しました。その時は、自分がどのようにして農業の世界に入って行ったか、ということと、五島列島の福江島で新規就農してから始めた取り組みについて書きました。お金のない私達が、資金も借りずに始めた農家の暮らしは、農地や機械のみならず、住む家も、子供の洋服から日用品まで、人が使わなくなったものを借りたり頂いたりして再利用する、というものでした。

農業経営の柱は採卵鶏と米ですが、その鶏の餌も施設などから出される生ゴミや、オカラなど食品残渣を与え、鶏小屋から出た堆肥は田畑に還元する、というような、小規模ながらも地域内で循環する農業を目指して作り上げてきました。

人が使わなくなったものを再利用する、という点では、壊れかけていた古い商店を、地元の友人と共に改築し、週に一度、土曜日だけ開店する直売所兼多目的施設を「かたし(『椿』あるいは『椿の実』を指す方言)」と名付けて開設したこともそうです。

前回書いた時点では、「かたし」は開店5周年を迎えたところでありました。

それから5年たち、開店10年目を迎える年に、私達にとっては「青天の霹靂」とも言えるような出来事が起こりました。

「かたし」の建物の契約期間が10年ということは、最初に交わした契約書に明記されていました。しかし私達は勝手な思い込みで、その後も更新ができるものと思っていたところが、更新はできなかったのです。その時は本当に目の前が真っ暗、頭の中は真っ白、呆然となりました。

自分たちの農産物や地域の人が作ったものを売る傍ら、「かたし」に来て下さる、いろんな人と一緒にお茶を飲んだり、ごはんを食べたり、時にはイベントをやったり、宴会をやったりしていた、私達の活動の拠点とも言うべき建物が使えなくなる、一体どうすればいいのか、と本当に途方に暮れました。

私達の農産物の販売は「かたし」に頼っていた部分が大きかったし、せっかく根付いてきたものを、そこでやめてしまうのは、あまりにも惜しいことだったので、私達は「かたし」再建に向けて動き出しました。

とは言え、そうそう都合よく条件の良い物件も見つからなかったことから、私達が借りている家の隣にあった、昔は牛を飼っていた小屋で、そこもやっぱり壊れかかった倉庫を、自分達の手で改築して、また一から出直すことにしました。

そうは言っても、まとまったお金もなく、日常の仕事をしながらのことですから、改築はなかなか進みません。

なので、「かたし」を引き払った次の週の土曜日からは、家の庭に机を出して、その上に卵などを並べ、露店での再スタートを切りました。そのようにして、土曜日の直売所は細々と続けながら、改築の費用を稼ぐため、夫は毎日夕方から料理屋でアルバイトを始めました。それに伴って、それまで夫がやっていた毎日の夕方の農場の仕事を私が担当することになりました。

施設を回って、生ゴミが入った大きなバケツやオカラなどを回収し、それを鶏小屋に運び入れて空け、明朝に鶏に与えるために米糠などを混ぜておくことや、卵の回収、農場内で飼っている犬猫や牛に餌をやる、というのが夕方の仕事です。難しい仕事ではありませんが、重いものを運ぶので、夫に比べるとどうしても時間がかかってしまいます。

そこで私は、その当時小学生だった三女を助手にして、毎日一緒に農場に行くようになりました。それでも家に帰るのが遅くなるので、家では長女と次女が夕餉の仕度を整えておいてくれました。小学生や中学生の子供とはいえ、そんな時は本当に一人前の力を発揮し、家族を助けてくれるものだ、ということを知ったことは嬉しい出来事でした。

そのように「かたし」再建のために家族が一丸となって取り組んだおかげで、一年後にはようやく新生「かたし」をオープンさせることができたのです。

新しい「かたし」では、飲食店営業の許可を取得し、直売と併せて、わが家の農産物や地元の食材を使った料理の提供も始めました。店を開けるのは今まで通り週に一度、土曜日だけですが、料理屋で働いた経験を生かして、夫が予約制の居酒屋も始め、「かたし」は地域の人が気軽にやって来られるような小ぢんまりとした居酒屋にもなったのです。そこに来るのは99%が地域の人であり、何かの集まりで、二次会で、あるいは夫に「今日ちょっといいか?」と電話がかかり、二~三人、四~五人とやって来る、という具合。

居酒屋での私の仕事は裏方で、後片付けと掃除が主ですが、時々はその場に参加させてもらうこともあります。新しくできた「かたし 夜の部」で、私はこれまでより深く、地域の人々と関わるようになったと思います。そこは私にとっては地域を学ぶ場所であり、人間を学ぶ場所にもなりました。

そして、そのことを通して、この地で脈々と受け継がれてきた先祖の「思い」とか「意志」のようなものが、今ここにいる人々の中にも流れている、ということを感じるようになりました。

それは、新しい「かたし」を作るために、壊れかけた倉庫の屋根に登って、古い瓦を降ろそうとした時に、そこには割った竹が敷き詰められ、その上には筵のようなものが被せられ、さらに土を乗せた上に瓦があるのを見て、昔の人達は、全て自分の身近にあるものを使って暮らしてきたんだな、ということを肌で感じたように、あるいは、山の中の田んぼの、苔むした石垣の傍らで、この地を開拓した人々の意志を感じたように、今この地域で生きている人々からも、その「意志」を感じるのです。その「意志」は「心」と言い替えることができるかもしれません。

それは、利己主義がはびこる昨今の日本では、既に失われつつある、かつての日本人の「心」です。

地域のことを考え、地域のために働くことは、子孫の暮らしに思いを馳せ、未来の人々の幸せを願うことだと思います。身近にあるものを工夫して使いながら生きていくことは、よその国のものを奪わない暮らしだと思います。

私達が就農した土地は、江戸時代にキリシタンの弾圧を逃れて五島に渡ってきた人々が住みついた土地であり、農地としての条件は良くありません。私達が来た17年前には既に、痩せた土地の小さな田畑が、耕作放棄地として累々と連なっている状態でした。そのような土地を借り受けて田んぼに戻していき、現在は約1ha程作っていますが、枚数にすると44枚もの田んぼになります。そんな効率の悪い農業ですから、4人いる子供のうちの誰かが引き継ぎ、今後も続いていくかどうかは分かりません。

それでも、私達が作るものが美味しいと言って、週に一度のちっぽけなお店に来て下さる人々がいて、夜な夜なやって来て、苦楽を共にする地域の人々がいて、困った時には助けてくれる人々がいて、そして少しは私達も地域のために働き、家族が協力して暮らしていくことができています。

それは、お金では買えない、本当に豊かな暮らしです。

この暮らしをこれからも地道に続けていくことで、私達がいなくなった後も、その気配はこの地に残っていくものと私は考えます。

それはちょうど私が、山の中の田んぼの苔むした石垣の傍らで、昔の人々の「意志」を感じたように、全く知らない誰かの心に引っかかり、受け継がれていくものかもしれないのです。

土地も持たず、借りものばかりの私達は、たったの一代で農家は成らないということを日々思い知らされています。それでも、たった一つ残せるものがあるとすれば、それはこの土地で生きてきた人々から私が受け取った、日本人の「心」ではないか、と。

私はそう思っているのです。






以上、毎日新聞記録賞で幸運にも最優秀賞を頂きました、ワタクシの作文、「心だけを残せ」でした。

前に書いたと思いますが、この作文、題名が真っ先に浮かびました。中島みゆきの「愛だけを残せ」がテーマソングのように頭の中に鳴っていた、とも書きました。



せっかくなので貼っておきましょうか。よろしかったら聞いてみて下さい。

今思えば、これが最優秀賞などよくとれたな、と思うのですが、これを書く時ワタクシは、たまたま幸運なことに自分の力以上のものを得られる状況にあったりして、おそらく運だけはいいのだと思われます。

左手の人差し指にする指輪「インデックスリング」をしたのもこの時でした。

しかし皆さま、これを読んで、ワタクシが強い意志の持ち主だなどとは、ゆめゆめ思わないで頂きたいのです。

ワタクシは、こんなことを書いておきながら、全てを捨ててどこかに行ってしまいたい、と思ったりすることもありますし、糸の切れた凧のように、どこかに飛んで行きそうな危うい放浪癖を持っている、という自覚もあり、それが時々とても怖いのです。

それが分かっているからこそワタクシは、書くのです。









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by sanahefuji | 2018-11-16 18:34 | 雑記 | Comments(0)

今日まで私、竹を割っていたい気分です

今日は木曜日、竹の稽古の日でした。

今まで何度かの竹の稽古の時間に作った、竹カゴを編むための「竹ひご」が、だいぶ出来ただろうから、今日はカゴの骨組みを作りますか?という師匠の問いに対してのワタクシが答えが、表題の「今日まで私、竹を割っていたい気分です。」ということなのですが、それは何故かと言いますと、骨組みを作ってそれを組み合わせる作業というのは、けっこうな集中力を要するもので、今日の自分にはそれが出来ない、と思ったからです。

「竹ひご」にするための竹を割る作業というのは、ただひたすら長い竹を半分、半分、また半分、というように割っていくだけの単純作業でありますから、それならば出来るだろうと思ったワタクシ、今日まで私、竹ひごを割るヒトになる、と何かの歌の歌詞のような言葉が浮かんできたのでございます。


先日、合唱指導の先生に、音楽の専門教育も受けてないピアノも弾けない楽譜も読めない人間が合唱の指導者になるにはどうしたらいいか、というような質問をしたところ「言葉を指導したらどうですか」と言われた、と書きました。

そのことについて、あまりにも「ハッ」とし過ぎて、「こうしちゃいられない!」と思ったワタクシ、演奏会が終わったその足で図書館に向かい、以前借りたことがあるこの本を、再び借りてきました。
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そして図書館に行った後、そう言えば子供たちにアイスを買って来てと言われていたのだった、と思い出し、今度はアイスを買いに行き、そこでワタクシは、それぞれのアイスを何にするか、ということで、あれこれ迷っていたのです。自分用に買うかどうかも悩んでいたのだけれど、演奏会も終わったし、やはりここはブラックモンブランの1つでも食べたってよかろう、などと思いながらも、心は何か思いつめたようになっていて。

「言葉」についての感覚を鋭くするには、どうしたらいいのか?

そんなに簡単に指導ができるなんて思ってはいないけど、「言葉」について人並み以上の力をつけるには、どうしたらいいのか、と考えていた時に、結局のところは実生活で「言葉」と深くかかわるしかないのではないか、という思いが湧いてきて、それには恥や外聞や世間体などは捨てて、「とにかく自分は伝えたいことを伝える」という姿勢を貫くべきではないだろうか、と思えて仕方がなくなりました。

何のために自分は文章を書いたり、歌を歌ったりしているのだろう、と考えた時、やっぱりそれは人に何かを伝えたいからだ、と思うのです。

ワタクシが、もう殆ど潰れかかって、もうダメかもしれない、と思い詰めていた時に、自分の思っていることを友に洗いざらい話すことによって生き返った、ということが、ありました。

わざわざ東京まで行って、洋子さんに「言いたい事を言わなきゃダメよ」という言葉も頂いてきました。

そうだ、話さないと、言わないと、ダメなんだ、と非常に納得したのです。

でも、自分が思ったことを言うことで、迷惑を被るヒトや傷つくヒトもいるだろう、自分も無傷ではいられないだろう、そういう恐れも抱いてしまうもので、黙っていた方が得策だと、黙っているうちに、自分は潰れる寸前、ということになったのではなかったか。

「言葉を指導したらどうですか」という合唱指導の先生の提案は、本当にいろんな意味で、そうだ、それをやらないといけなかったんだ、とワタクシに思い出させて下さいました。

今ワタクシは、なんだか少し変わった暮らし(でも本当はこれが普通と思いたい)をしていて、今回みたいに文章が賞なんかをもらったりしてしまうと、「なんかワカランけど、スゴイ」などというふうに美しい誤解を受けることもありますが、ワタクシ自身は本当~に本当~に何もスゴくない。

ものすごく矛盾に満ちた心や行動をなかなか制御できないが故に、少しでも「まとも」になれないものか、と思って「まっとうな」ことをやろうと試み、それを記している、ということに過ぎないのです。

決して嘘をついているわけではなく、こうありたい、と思うのは本当なのだけれども、それを目指そうとしているのに、そう出来ない自分、それから外れてしまう自分、というものに常に苦しめられてもいるわけです。何しろフーテン気質だからなぁ。

バカは死ぬまで治らない、というけれど、それって本当なんだな、と思うことも多し。

そんなバカなワタクシでも何かできることは、あるんじゃないか、と思ってはいるけれど、何もかもが下手過ぎて、ナニゴトも中途半端で入口付近をウロウロしている感じ。

でももしかしたら「言葉」だったら、もっと深く深く入っていくことができるんじゃないか、と、おぼろげながら思っていて。

山根基世さんの、この本の「はじめに」の部分に、

「言葉は人間にとって、生きる力です。自分の気持ちを言葉で表現する力、相手の言葉を聞いてその心を理解する力、それによって周囲の人と良いコミュニケーションを築く力を持つことが、人生を切り拓く力になるのだと思います。」

という箇所があります。

確かに自分も、自分の気持ちを言葉で表すことができて、またそれを聞いてくれるヒトがいたおかげで死ななくてすんだ、ということが、ありますから。

言葉、それは人を傷つけることもあるけれど、人はそれによって生き伸びることもまた、できるのだ、と思います。

だがしかし、まだまだワタクシは、言葉の扱いは、赤子レベル、と感じる今日この頃でございます。

師匠のお宅の入口に咲いていた菊の花。
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花は言葉はなくとも、語りかけてくれますね。それは心の言葉かな。











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by sanahefuji | 2018-11-15 18:17 | 雑記 | Comments(0)

魔法使いの弟子になりたい!

今日は、市内の小中学校の音楽会がありまして、わが家の中学生も参加することから、中学生が出る午後の部を聞きに行きました。

今日は金曜日、明日の「木ノ口かたし」の準備があるのですが、ワタクシはどうしても行きたかったので、午前中に急いでいろいろすませ、後は帰ってからでいいや、と行ってきたのです。

この音楽会、小学生は合唱と合奏、という組み合わせが多いのですが、中学校は殆どが合唱です。

11月11日に福江文化会館で開催される「五島ウインドオーケストラ演奏会」に、2曲だけ合唱があるので、そのためにプロの指導者の方が来て下さって練習をしたことを、以前書きました。

その時の練習が楽しくて楽しくて楽しくて楽し過ぎて、もしかしたら殆ど尋常じゃないくらいに、ワタクシの中で再び合唱熱というか合唱の炎が燃え始めてしまっているようなのです。

「ようなのです」などと、いくらかぼかして書かないと、もう、この思いが強すぎて、人生を狂わしてしまうかも、という程の思いになってしまったかもしれない、というまるで怒涛の恋のような、恐怖すら感じる程の、なんだか書いている文章までもが支離滅裂になってしまうくらいの強い強い思いなのであります。

で、その練習の時にワタクシのお隣に、何かタダナラヌ気配を漂わせた女の方がいらっしゃいました。その方は気配もさることながら、歌もめっぽう上手いのです。ムム、このお方は一体何者?!とワタクシは思っておりました。

そしたらばですね、その方は中学校の音楽の先生である、ということが分かりまして、それならば、この音楽会に必ずや子供たちを引き連れて現れるハズである、と踏んだワタクシ、本日、「木ノ口かたし」準備の金曜日にもかかわらず、「絶対に聞きに行かねば!!」と思って行ったわけです。いえ、もちろん、他の学校の演奏も全部楽しみにしていたんですよ。

果たして、そのお方が指揮をなさった子供たちの合唱の素晴らしさに、ワタクシは衝撃を受け、感激のあまり涙したほどでした。

あぁ、なんということだ!

子供の力をここまで引き出せるなんて、合唱の指揮者というのは魔法使いのようなものだな、と思ったのですよ。

で、題名の「魔法使いの弟子になりたい」というところに関連してきますが、その前に、ワタクシがプロの合唱指導の方の練習を受けた後のことをば少し書きましょう。

その練習を受けた後のワタクシは、しばらく熱狂が冷めやらず、例の病気というか癖、そう、手紙を書かずにいられない、という手紙女のワタクシの本性が出そうになっていたのです。

しかし今回は思い留まりました。というのも、その手紙に書こうとしていたことが、もしかして一時の熱に浮かされたようなもので、時間が立ったら冷めてしまうような思いだったら、困るな、と少し冷静に、そしてこの単細胞のワタクシがよくよく慎重に考えるくらい、それはオオゴトかもしれないものだったからです。

いやこれは、ほんの一過性のものかもしれないし、勘違いかもしれないよね、いや、そんなことってある?まさかまさか、などなどと、自分の中に湧いてくる思いを否定しよう、認めないようにしよう、という時に限って、その思いはもはや打ち消すのは不可能である、完全に手遅れである、ということは、過去の経験上、分かっちゃいるけど、やはりここは慎重になるわけで。

もう恥も外聞もなく、バラしてしまいますけどね、ワタクシは怖れ多くもそのプロの合唱指導の先生に「音楽の専門教育も受けていなくてピアノも弾けない楽譜も読めない人間が合唱の指導者になるためには、今からどうやって勉強したらいいでしょうか」というようなことを相談しようと思っていたのです。

ナント!

自分でも突飛な考えだと思うのですが、そんな思いが心の中に沸々と湧いてきて、もうそうなると居ても立ってもいられなくなる、というパターン。

でも、これはあまりにも無謀だ、ともやはり思いまして、いや、そんなそんな、何考えてるの、と冷静になろうと努め、しばらく時間を置いて様子を見よう、と、いつになく慎重な姿勢になっておりましたワタクシ。

そんな時、朝ドラを見ようとNHKをつけた時、わが故郷の津久見市がテレビに出てました。それは昨年の豪雨災害の復興コンサートか何かの時に、やはり津久見市出身の「なごり雪」で有名な伊勢正三氏が、ワタクシがほんの一瞬だけ所属していた「樫の実少年少女合唱団」のために歌を作った、というようなニュースでした。

そこでワタクシは、おそらく高校を卒業して以来、ずっとお姿を拝見していなかった、その合唱団の先生が指揮をしていらっしゃる姿を見たのです。高校卒業以来ということは、30年近くは経っているわけなのですが、その先生の全く変わっていないご様子、相変わらずキリリとした指揮をしておられる様子に本当に驚き、そして、その指揮のもとで歌う子供たちの表情が素晴らしく、歌も上手い!上手すぎる!!と感激し、あー先生!お元気でしたか、先生!と心の中で呼びかけ、気がついたらワタクシはテレビの前で滂沱の涙涙、なのでした。

なんだなんだ、この偶然は、などと、思いを打ち消そうとしている時に限って、確認させるような出来事が起こる、というのもよくあることで、「あ、やっぱりそうなんだ。」などとも思い、心は否定と肯定の間で揺れ動くのでありまして。

常々、ワタクシの残りの人生は「農業・合唱・田舎の暮らし」のために捧げる、と言っている割にはワタクシは、まだ何もやっていない、ということに忸怩たる思いがしているのですが、しかし、またここで新しく何かに挑戦などしては、ますます中途半端になりはしないか、という迷いもまだあるのは確かです。

がしかし、しかし、もう認めよう。

自分の心に湧いてくる思いを否定するのはやめよう。いったん火がついてしまったら、もうそれは消すことなど不可能です。

そうだ、ワタクシは魔法使いの弟子になりたいノダ。そして、ゆくゆくは魔法使いに!

思うことは自由だし、挑むのも自由なのだ。

おっといけない、明日はまた早起きしなくてはならないのに、今日は合唱をたくさんたくさん聞いたものだから、ついついコーフンしてしまいました。

明日の準備をしなくっちゃ。

ではでは、また明日の「木ノ口かたし」も、よろしくお願いいたします。




















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by sanahefuji | 2018-11-09 21:32 | 雑記 | Comments(0)

夏休みの宿題 毎日農業記録賞のご報告

本日の毎日新聞に結果が発表されますので、ようやく皆さまにご報告することが出来ます。

農業の行政の方がうちにいらっしゃって、この「毎日農業記録賞」を書きませんか、とおっしゃったのが8月初めのこと。8年前もそうでしたが「書きます書きます」と即答。

五島に来てからというもの、頼まれたことは全て引き受ける、という姿勢を貫いてまいりましたが、ことに文章に関しては、苦手なことばかりのワタクシの中では殆ど唯一の得意分野でありますから、もうヨロコンデ引き受けちゃうのですよ。

が、しかし、期限は決まっているし、決してヒマではないワタクシ、今回もおそらく丸3日くらいは、ワタクシの書斎にもなる「木ノ口かたし」の屋根裏部屋で七転八倒した、と思います。とりわけ、その夏の時期には、抱えていることが他にもいろいろあったのでね。

で、結果はどうだったか、って。もったいぶらずに早く言え、っての。

実は、またまた賞を頂きました。それも、前回が奨励賞という、ほんの端っこの賞だったとすれば、この度はですね、なんと最優秀賞、などという、身に余る大きな賞を頂きましたのです。

ヤッター!

と素直にヨロコビましょう。

何故なら、ワタクシは、この賞というよりは、ウム、正直に白状しましょう、この最優秀賞についてくる賞金30万円が何が何でも欲しかったのです。

それには、わが家ならではの理由がありまして。まぁ聞いて下さいな。

今年の春に、わが家では大学、中学、小学、と3つの入学が重なって、それはそれはもうタイヘンで。とくに大学に進学となると、引っ越しもしなければならないし、で、ものすごい額のお金が必要で、実は入学金までは払うことが出来ずに、猶予の申請をしておったわけですね。

授業料の免除は親の経済状況+本人の成績で、割とすんなり通りましたけれど、イマドキはどこの大学もキビシイのか、この入学金の免除申請というのは、一家の世帯主が亡くなったり、大きな災害を受けたりした学生しか受け付けません、などと言って、申請させてももらえず、そうすると貧しいワタクシたちだって、どうしたって払わないといけません。

その額、28万2000円也!

これを今年度中に絶対に払わねばならぬ、というわけで、ワタクシが目をつけたのが、この賞金30万円、というわけですだ。

絶対に絶対に頂きますよ、と闘志を燃やしておったのは、ひっそり隠しておりましたけれどもね、この得意分野で勝負しなければいつ勝負するのじゃ、という思いはあったわけです。コツコツと節約をして貯めよう、などと堅気の考えではなく、ここで一発当てよう、などと考えるところが寅次郎の寅次郎たる所以です。

いや、堅実に貯めよう、という考えはもちろんありますのですがね、数百円単位のものをチマチマ売っていても、なかなかそんなお金は貯まりませんのでね、とにかくもう必死だったわけです。

まぁしかし、必死になっただけではダメで、やはり、積み重ね、ということもある、と思います。

ワタクシが、このブログを始めたのが奇しくも、前の奨励賞をいただいた2010年なのですが、それから8年の間、ワタクシは殆ど毎日のように、この場に日々の「記録」をしていたわけです。

それは、たいしたこともない、ただの駄文ではありますが、記録をつけ続けていたのは間違いない。その積み重ねがあるから、はい、原稿用紙8枚書いてね、と言われた時に、ハイ書きます、と言って、ほんの少しばかりは、ヒトさまに伝わる文章が書けたのかもしれない、という思いはあるのです。

だから、賞金は抜きにしても、やっぱり嬉しいです。

こんなちっぽけな農業や暮らしの記録が、御大層な賞をいただいたこと、ホントにホントに嬉しいです。

それもこれも、支えて下さった皆さまのおかげです。

とりわけ、いつも読んで下さっている皆さまのおかげです。

本当に本当にありがとうございます。

常々「ぼっとん便所ブログ」と称しているこのブログ。「ぼっとん便所」の中身が、こんなふうに、時には何かの役に立つ堆肥になったりもするのかもしれない、と思うと、くだらないこともグダグダとした気持ちも何もかも、記録していくことに意味があるのも、と思ったワタクシは、調子に乗ってこれからもますます書きますよ~。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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今朝はメデタイ気持ちを表すべく、今年とれた餅米で初おこわ!








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by sanahefuji | 2018-11-08 06:58 | 雑記 | Comments(4)

チューリップの花のように

今日は、小学校にカマドと羽釜を持って「飯炊き」に行ってきました。

5,6年生の授業で、小学校の田んぼでとれた米をカマドで炊く指導をして欲しいということで、行って来たのです。

このことについては、ワタクシはタイヘン反省をしております。

何を、か、と言いますと、以前、学校の稲刈りの時に毎年やっていた「田んぼの横にカマドを持って行って、羽釜でご飯をたいて塩ムスビを作って稲刈り後の子供たちと食べる」というのが、今年は学校側から「やらないで欲しい」と言われてなくなった、ということを、この場についつい愚痴っぽく書いてしまったことです。

学校の田んぼの活動の殆どは夫がやっていることなので、夫は学校側から言われたら、それをそのまま受け入れる考えで、ワタクシがしゃしゃり出るのを嫌がるから、とか、また自分自身も、そのように学校側から言われたことでガッカリし過ぎて、気力が失せてしまった、ということもあったりして、きちんと自分の意見を学校側に伝える努力を怠ってしまったことが悔やまれます。

今日、このような場を設けてくれた、ということは、前の時点で、きちんと話しに行けば、理解してもらえたことだったのに、と思うのです。こんなところに書く前に面と向かって、話をするべきだったのです。

どうしてヒトは、いろいろと周りのことばかり気にして、言いたい事を飲みこんでしまうのでしょうね。話せば分かる、ということは、本当に多いのに。

ワタクシ自身は実に単細胞ですから、若い時は深く考えもせずに、割と言いたいことを言っていた、と思いますが、いつの頃からか、日本の保守的世界ではオナゴが発言しても、何も変わらないし、それどころか、かえってやっかいなことになったり、「やかましかオナゴ」というレッテルを貼られるだけだったりして、いいことは何もない、というふうに学習してしまって、随分と黙り込んでしまうようになっていた、と思います。

本当にそれは、じわじわと進んでいたことなので、それに気がつかないでいるうちに、前に書きましたように再び「桎梏の綱」にがんじがらめになっている、というパターン。

そして苦しくてたまらなくなって、生命力が弱っていく、というようになっていたのです。

だから、そうならないように、自分を殺さないようにしよう、と決意したばかりでした。

この間、東京に行って、ワタクシの憧れの大先輩の農家女性である、山崎洋子さんと、思いがけずたくさんお話できて、ワタクシはそのような自分の悩みなんかも、少々お酒も入っていたことから、ぺらぺらと喋ってしまいましたが、洋子さんは本当にしっかりと聞いて下さって、そして、別れる時にワタクシの手を握り、瞳を見つめて「言いたい事を言わなきゃダメよ」と仰いました。

なんせ単純ですから、そのように見つめられると嬉しくて、「ハイ!言います、言います」と頷き、とっても元気になって帰って来たんでした。

でもでもやっぱり、言えないことも、あるのよね。

けれども、前より少し心を自由にしてみようかな、と思います。


今日、5,6年生がカマドで炊いたご飯をオムスビにしていたのを、体育館に行く時に通りかかって見たコータローは、よっぽど羨ましかったのか、自分もカマドご飯でオムスビを作りたい、というので、夕方は家でもカマドご飯にして、コータローに作ってもらいました。
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かわいい、丸いオムスビが5つ、できました。


それから今日は、チューリップの球根を大人買い。
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50球、買ったら、オマケで5つ頂いて、全部で55球です。

チューリップ、大好き。

春になると、咲きこぼれる花のように、ヒトも心のうちを素直に表せると、いいのにな。





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by sanahefuji | 2018-11-06 22:06 | 雑記 | Comments(0)

ひそやかに

あっという間に11月。木枯らしが吹いて、「ふくれもちの葉っぱ」すなわちサルトリイバラの葉が枯れてしまう前に、と、ワタクシは昨日、いつもその葉っぱを大量に仕入れる場所に行ってきました。
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お散歩しながら1時間ほど採りまして、今日、10枚ずつ束ねてみると、300と8枚ありました。

時期がもう少し早めなら、茶色く枯れた部分が全くない、美しい緑だけだったでしょうに、気付いた時すでに遅し、何かとよくあるパターンです。
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それでも、このような「ふくれもち」サイズの素直な葉っぱばかりが並んだ蔓を見つけると、ホクホクと嬉しくて、この系統の蔓を選抜して栽培したい、と思ったりしてしまうほどです。そう「ふくれもち」の葉っぱもいろいろなのです。

今日は木曜日、10月から、ひそやかに「竹の稽古」も始まっておりまして。
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なんだか今日は、竹に没頭できないまま、時間がきてしまい、うーん、技術も精神も進歩がないなぁ、と、思う。

東京からの帰り、長崎で時間があったので映画「日日是好日」を観ました。これは茶道の話ですが、竹の稽古にも通じるものがある、と思いました。

この映画の主人公と同じく本当にワタクシも不器用で、なかなか上達はしないのですが、ポツンと一人座って竹に向きあう時間、というのを、この竹のシーズンの間はなんとか確保しようと決めて、続けております。

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何にもなかった畑で、やっと大根が間引けるくらいに育ちました。

本日の晩ごはんの一品に。

頭では、いろんな、多分「いらんこと」を考えながらも、体は動かそう、手は動かそう。

ひそやかに、楽しんで。





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by sanahefuji | 2018-11-01 21:47 | 雑記 | Comments(0)

そんなアナタが好きなのよ

昨日の夜中、五島に戻って参りました。

今、一艘のフェリーがドックに入っていて、一艘で運行しているため、最終便が長崎発20時20分、福江到着が23時30分ということになっているのです。

福江港に着いて、ターミナルの入口から外に出ると、玄関のすぐ前ですら真っ暗。キラキラピカピカ、電力の過剰消費地、東京から戻ってきた身には、その暗闇に「あー、なんて健全なんだ!」と、まず感動しました。

そして、タクシー乗り場には一台のタクシーもいない。

行く時に、帰りの便の到着が夜の11時半だから、タクシーで帰ってくるよ、という話をしていて、タクシーは港にいるかな、と夫に聞くと、そりゃいるだろう、ということだったので、安心していたわけです。

ところが、真っ暗な玄関の外に、個人のお迎えの車は来ていてもタクシーというものの姿がない。念のため、ケイタイにタクシーの番号を入れていてヨカッタ!そして自分でケイタイを持っているって、なんて便利!と今更ながらケイタイの便利さを思い知った東京行きでありました。

それで、他にも何組かのヒトビトがタクシーを自分で呼んだりしておりましたよ。夜の11時半に船が港に着くということは、絶対に需要があるハズと思って待機しているタクシーがいない、というところが、ワタクシは実に五島らしい、と思ったことでした。

あのですね、これは悪口ではないんです。ワタクシは五島のそういうところがダメだなんて思わないし、キライではないんです、いや、むしろ、そういうところが好きなのかも、と思うのです。普通に考えれば、それは欠点のようなところが、そこがあるが故に好き、みたいなこと、ありますよね。人間ってそういうものです。

で、タクシーを呼びまして、無事に家に帰り着いたら、もう12時近くになっていました。長い一日でした。

そして、実に面白い週末でした。

どこまで書けるかは分かりませんが、おいおい書いていきますね!

今回、ますます思いを強くしたことは、「自分の目で見ること、耳で聞くこと、空気を感じること」「実際に会うこと」の重要さ、です。今の時代、ネットなどで、いくらでも情報は得られますが、絶対に自分で見なければ、感じなければ分からないことがあり、そして、実際に人に会わなければ動き出さないことがある、ということです。

もうこれは今の時代、言い過ぎても言い過ぎることはないです、ホントに。

こんなふうに、ワタクシもブログなども書いていて、こんなことを言うのもナンですけどね、ネットなどでは絶対に分からない、伝わらない部分が多い、ということを強く感じました。

ネットを便利に利用するのはいいですけど、過信してはダメなのです。

自分の目で見ること、耳で聞くこと、とにかく実際に感じること、というのを大事にしなければ、と痛感しました。

帰り際に洋子さんが、ワタクシに素敵なご著書を下さいました。
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新聞に連載されていた、洋子さんご自身で描いたイラストと文章をまとめたもので、とっても素敵!
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会いに行ってヨカッタなぁ。

ワタクシ不在の間、夫曰く、アサが相当ガンバッていた、とのこと。それも言われなくても、自らどんどん働いてくれた、と。

ワタクシとアサは似た者同士ですから、ワタクシが不在だと、のびのび出来るんですね、きっと。

これからも心おきなく家を空けよう、と思ったことでした。

ヒトはホントにそれぞれです。自分の力を発揮するための努力は、周りにどう思われようとも絶対に惜しまないことだ、と、本当に本当に思いました。

それはしかし、心が危機的状況に陥るまで、気がつかなかったことです。

自分を生かして(活かして)こそ、世のためヒトのためにもなるのだな、と。

どうぞ、皆さまも、自分を殺さず、自分を生かす(活かす)ことを、いつも考えて下さいませ。

それが本当に世のためヒトのために、きっとなるハズです。

ではでは、今日も良い一日を!











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by sanahefuji | 2018-10-29 09:11 | 雑記 | Comments(0)

会いたい人には会いに行く

ワタクシ、ちょっくら東京に行ってきます。

あれは、まだ旧「かたし」がワタクシの頭の中にある夢でしかなかった時のこと。

どういうきっかけで手に取ったのかは覚えていないのですが、ワタクシは福井県で農業をやっている山崎洋子さんという方の本を読みました。

その本を読んで、タイヘン心を動かされたワタクシは、著者の洋子さんにお手紙を書いたのです。そう、度々ここにも書いているように、ワタクシは手紙女でありましたから、何か心が激しく動かされることがあると、ついつい手紙を書いてしまうのです。もうその情動というのを胸のうちにおさめておくことが出来ない、というような感じになってしまって、書かずにはいられないのです。

これは中学生くらいから始まった性癖でありまして、一番最初にそのような感じで手紙を書いて送った方、それはワタクシがその時代にトチ狂っていたムツゴロウこと畑正憲氏。ここからワタクシの北海道への憧れも始まっておりまして、もう寝ても覚めても考えることは北海道の大地ばかり、という時期がありましたなぁ。

で、その手紙を書いたはいいが、どこに送ればいいのか分からない。それで、本のあちこちを探って、動物王国が北海道の浜中というところにある、ということが分かったので、実に大雑把ではありますが、それと畑氏の名前だけ書いて送ったのです。有名なヒトだから届くんじゃないかと思って。

日本の郵便局というのはタイヘン親切ですから、有名人じゃなくても届けてくれるのですよ。いつだった、わが家の年賀状の中には長崎県福江島、と名前だけで届いたのもあったくらいです。

そのお手紙には、ムツゴロウ氏の奥様から達筆なお返事が届いたのですよ。嬉しかったなぁ。

それで、山崎洋子さんへの手紙ですけど、一体何を書いたのか、というのは全然覚えてないんです。まぁ誰でもそうかもしれませんが、自分が書いた手紙の控えなんかとっているヒトっていないでしょう。手紙女のワタクシも例外ではなく控えなどとってませんから、かなり大切な、というか重要な、と思われるような手紙であっても何を書いたか、というのはすぐに忘れるんです。ホントに全然覚えてない。

もらった方としては全く迷惑な話、ということにもなりかねませんが、でもその時書いたことは全て嘘偽りのない気持ちです、と言っておきましょう(誰にだ)。

それで、その時はワタクシ、自分の連絡先なんかを書いてたのね、多分。だってすぐに洋子さんから電話がかかってきましたから。

そして今度、東京の早稲田大学で「田舎のヒロインわくわくネットワーク」という農家女性の団体の集会があるから貴女も来なさいよ、というようなことを言われまして、そういう場合ワタクシは何も考えずに「行きます行きます」と言うんですね。

子供もまだ小さかったし、金もなかったと思いますが、まぁホントにそういう時って何も考えないんです。

山崎洋子さんというのは、このネットワークを作ったヒトでもあり、その当時も代表をされていました。

何も考えずに返事をしたワタクシですが、そういう場合、必ずそれは実現するもので、東京の早稲田大学に行くことが出来ました。そして、その時に「夢語り」というのに出なさいよ、というふうに、やっぱり洋子さんが言って下さって、それは舞台に上がって自分の夢を1分(3分だったかな)で語り、会場のヒトビトに投票してもらい、上位3位までのヒトは10万円がもらえる、というもの。

ワタクシはまだ始まってなかった旧「かたし」を作りたい、ということを話しまして、見事10万円ゲット、ということもありました。

その洋子さんも、代表を退かれて、今はネットワークの名称も田舎のヒロインズに変わりました。

名称は変わりましたが、一応ワタクシもまだ所属しているのです。この総会が東京で明日行われるのですが、総会だけではなくて、歴代理事長鼎談会&討論会&懇親会というのがあって、この場に山崎洋子さんもいらっしゃる、とのことで、ナヌ!と思いましたワタクシ、これを逃してはもう洋子さんに会えないかもしれない、と思ったのですね。

だから、行きたいなぁ、と思っていました。

なんとなく身辺がザワザワして、いろんなことが起こっていて、また、ワタクシ自身の内部でもいろいろなことが起こっていて、混乱したりすることも多い今の時期に、この集会に行くことは、何か意味があるかもしれない、と思ったら、「行きたいなぁ」ではなく、もうこれは絶対に行かねばならぬ、というふうになる単細胞でありまして、で、それが明日のことですから、五島に住んでいるワタクシは、もう今日には出発せねばなりませぬ。

なので、週末を控えてはおりますが、部活やロボコンも終わって家に居てくれる中学生に「木ノ口かたし」の手伝いを託して、寅次郎のワタクシは東にふらりと行ってまいります。相方は、幸い「男はつらいよ」の大ファンでありますから、快く送り出してくれるハズです?!

ではでは皆さま、ごきげんよう。

フェリーがドックダイヤのため、日曜日は夜の11時半、などというトンデモない時間に五島には戻ってまいります。

そうそう、一応、土曜日のお菓子は作りましたよ。紅玉が売っていたので、すぐに買いまして、リンゴのケーキ。今回は胡桃をいっぱいいれました。
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ワタクシは不在ですが、今週も土曜日開店「木ノ口かたし」をどうぞよろしくお願いいたします!


















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by sanahefuji | 2018-10-25 14:05 | 雑記 | Comments(0)

今も昔もブラックモンブラン

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おはようございます。コータロー撮影のミーコでございます。写真うつりのせいで人相(猫相か)がタイヘンよろしくないのですが、実物はもっと可愛い子なのですよ。

なんで、このような写真を撮っているのかというと、なんでも宿題の「自学」で絵を描くから、ということらしいです。1年生の自学って、要はなんでもいい、ってことなんですね。

それにしても、写真うつりが悪すぎる!!

猫の凶悪犯のようではないですか。

さて、少し間があいてしまいましたが、それというのも、また「公民館だより」の原稿を書くのに屋根裏にいたからです。しかし、今回は味噌作り講座について書くので、何も難しいことはなく、すぐに書けることだったので、実は原稿を書くと見せかけて、友とメールをしたり、本を読んだりしていたんですよね。勉強から逃避している子供と変わらん。

と、このように人間はそうそう変わるものではない、ということです。

変わらない、と言えば、ワタクシが子供の頃から慣れ親しんだアイス「ブラックモンブラン」への愛も変わりません。

昨日は、お店でこんなものを見つけて即買い!
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ブラックモンブランとチロルのコラボ商品です。このブラックモンブランの包装、そそられますな。買わずにはいられません。

思えばワタクシが子供のころ、田舎の小店で売っているアイスの種類というのは少なかった、と思います。今のように、よりどりみどり、ということはなかったのです。

夏休みの子供が毎日でも買えるような安いアイスの定番は、このブラックモンブランとホームランバー、あるいは「おとぼけくん」か、という感じでした。

その中でもワタクシはホームランバーがあまり好きではなく(第一見た目が小さいんですよ、このホームランバーってやつは)、なのでもっぱらブラックモンブランを選んでおりました。

このアイス、九州しか売ってないんですか?その辺はよく分かりませんが、まぁ分からないヒトも聞いて下さい。

このアイスは棒のついたバー型のアイスで、チョコがコーティングされていて、その上に何かザラザラとしたクッキーのようなナッツのようなものがトッピングされております。ワタクシの旧友の中には、このチョコを器用にはがしながら食べる、というヤツが何人かおりましたが、ワタクシはそれは絶対に認められない、と心ひそかに思ったものです。

これは、アイスとチョコを一緒に食べ進めなければダメなんだ、第一食べかけの見た目が美しくないではないか、と子供心に思っていたのですね。妙な子供です。

そのような学童期を過ごしたワタクシは、大人になってからも、ブラックモンブランが好きなのですが、一時期はアイスがクッキーに挟まれたタイプのヤツなんかに心奪われたり、大人なんだから、と、も少し豪華なものに惹かれたりもし、紆余曲折もありましたが(そう、ワタクシは実に惚れっぽくて浮気者なのです)、今ではもう、この古女房のようなブラックモンブラン一筋で落ち着いております。あ、でもたまには浮気することも、なくはない、と言っておきましょう。

ワタクシは浮気はしない、多分しないと思う、しないんじゃないかな、ま、ちょっと覚悟はしておけ、と「関白宣言」における、さだまさしのように、ブラックモンブランには言ってありますから。

ところが、常々ワタクシがブラックモンブラン一筋、と、そのように主張しておるのに、家の者が「これ、かーちゃんの。」などと言っては違うものを買ってくるわけです。これはどういうことだ!

おそらく子供たちは自分の食べたいアイスに夢中で、母のはテキトーに選んでいる、ということに違いない。

いや、それならばなおのこと、「いつもブラックモンブランでいい。」と言っているのに、おかしいではないか、とワタクシは思うのですが、アイス売り場を目の前にするとコーフンして忘れてしまうのかもしれません。

あー、朝だけどアイス食べたくなったなぁ。

このブラックモンブランには、一つ書いておきたい「思ひ出」もあるのだが、それはまた今度。

くだらないことを書きましたが、今日も皆さま、良い1日を!







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by sanahefuji | 2018-10-23 09:29 | 雑記 | Comments(0)

飯炊き女の失業

今日は小学校の田んぼの稲刈りでした。

毎年、小学校の稲刈りの時にワタクシは必ず、田んぼの横にカマドや羽釜を持って来て、ご飯を炊き、高学年の子たちに塩ムスビを握らせて、稲刈りが終わった後にみんなで食べる、ということをやっていました。

種モミの選別から始まって、種を蒔いて苗作り、田植え、稲刈り、と一連の作業の中で、最も重要なのが、このカマドで炊いた塩ムスビを稲刈り後に食べることである、とワタクシは思っていました。

そして、子供たちが最も楽しみにしているのも、この最後のオムスビだと思っていました。

何故なら、余った塩ムスビをめぐる争奪戦が毎年、繰り広げられ、いつの年だったか、一年生を担当していた先生が、いつもは食が細くて給食のごはんを残してしまう子が、オムスビの争奪戦で見事2個目のオムスビを給食前に食べたものだから、これは絶対に給食を食べられないかと思ったら、食べたんですよ、しかも、その後もごはんをよく食べるようになったんです!と言ってコーフン気味に教えて下さったこともありました。

こんなに飽食の時代でも、子供たちは真に美味しいものを、めったに食べられない、とワタクシは思っているので、田んぼの活動の中でも絶対にこの経験だけは外せない、と思っていました。

ところが、です。

今年はこの「田んぼでオムスビ」をしないで欲しい、という要望が学校側から出されました。

その理由というのが、衛生上の問題があるから、とのこと。

「?」

とまず頭にはクエスチョンマーク。

そして「それは正気で言っているのか?」と思い、

単細胞のワタクシの頭にはカッカと血が昇り、もはやケンカ腰で学校に行きそうなイキオイであったのですが、冷静な相方に止められて、さらに一言二言と釘をさされ、思いとどまったのでした。

しかし、まぁ今日の稲刈りには一応行きましたが、ヤル気はゼロ。なんせ失業した飯炊き女ですからな。

この案山子がワタクシの気持ちです。
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ガックリ。

一番大切なことが、何も伝わってなかったんだなぁ、と思っていたら、そんなことはありませんでした。理解ある先生もちゃんといて、そのことを申し訳なく思っている、とワタクシに言ってきて下さったからです。

そうなのです。単細胞のワタクシは反省せねばなりません。組織というのは、そういうものです。みんながみんな「衛生上のモンダイ」などということを、本気で思っているはずはなかったのですね。

この衛生上のモンダイ、の害悪の方を、現代人はもっと考えた方がいい、とワタクシはそれこそ本気で思っています。

午後からは、修学旅行生の体験の受け入れがあり、「ふくれもち&肉まん」作りのインストラクターなどという、御大層なお仕事もしてきました。

この都会から来る修学旅行生たちの、食べ物や動物に対するアレルギーの多さ、というのが、絶対にこの「衛生上のモンダイ」と関係がある、とワタクシは睨んでおります。

今では、腸内細菌がどう、とか、腸内環境がどう、とか、ヒトビトの健康に腸内の細菌が深く関わっている、ということはよく知られています。この腸内細菌の多様性が大事というのは、科学的にも証明されつつあることのようですが、その多様性は、赤子の頃から多くの菌を普通の生活の中で体内に取り込むのが一番なのに、この「衛生上のモンダイ」が邪魔をすることが多いのではないか、とワタクシは思うのです。

ホントにビックリするくらい犬や猫の毛のアレルギーの子、というのも多くて、犬や猫がいるわが家では、体験活動が出来ない、ということで、道具一式を公民館の厨房に運んだりして体験活動をしなくてはならなかったり、ということにもなります。

今日もそうでした。

まぁそれくらいの手間はなんでもないのですがね、動物と暮らせないヒトが多くなる、というのは、残念なことですね。

さて、女子高生8名の皆さまとの「ふくれもち&肉まん作り」、上手に出来ました。
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人生いろいろありますが、「ふくれもち&肉まん」は、いつもと変わらず、美味しかったですよ。
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by sanahefuji | 2018-10-17 18:48 | 雑記 | Comments(0)