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カテゴリ:雑記( 494 )

昨日もいい凪じゃった

おはようございます。

昨日は日帰りで長崎に行ってきました。

何の用事で行ったかと言うと、あまり堂々とは言えないのですが農業委員会女性ネットワークの役員会です。

なぜ堂々と言えないかと言えば、ワタクシなどのようなものが農業委員とか、女性ネットワークの役員などをやっている、というのは、なにか違和感があるからです。このブログを読んでいる皆さまならよくご存じですが、ワタクシは農家の嫁というほどには働いていないので、自ら農家の居候という身分に降格した、とか言っているくらいで、他の役員の皆さまに、どうも会わせる顔がないような気がしていたのですね。

農家でアルバイトをしたり、家に住み込みで研修をさせてもらったりする期間が長かったワタクシは知っておりますけれど、農家の女のヒトというのは、どこの国でも本当によく働くヒトビトです。そして、この超保守的業界が今もなんとか体裁を保っていられるとすれば、この地道に勤勉に、そして明るく力強く働く女のヒトの力があるから、ということは間違いない、とワタクシは考えております。

そのようなヒトビトの中に、ワタクシなどがいてもいいのだろうか、といつも片腹痛い思いがいたしますのです。

昨日の役員会に行くのにも、芋畑の草取りはたったの一列しかしてないのに船の中で本を読むのが楽しみ過ぎる、などと書いていて、忙しい農家のヒトビトがこんなブログなどを読んでいないのをいいことに、不謹慎極まりないのですが、しかし、持って行った3冊の本は行き帰りの船の中で全部読んでしまって実に有意義でした。

いやホントにヨカッタです。昨日の3冊も。

そんなふうに農家の女としては異端のワタクシが、この勤勉な農家のヒトビトの中にいてもいいのだろうか、と今までは思っていたのですがね、昨日の会議中のこと、いや、もしかすると、こういう人間もこの中にいた方がいいのかもしれない、とフト思ったのです。

どういう組織であっても、異端・異質なもの、というのが少し混じっていて、その少数の方も存在出来ている、という方が、その組織というのは健全なのではないか、と。

まぁそれは単なる自己弁護であるかもしれないのですが、いつでもどこでも少数派であったワタクシに対して、優しくしてくれるヒトがいたり、気を配って、心を寄せてくれるヒトがいたりする世界は、それは多数派にとっても住みやすい世界であるはずだ、と思ったのです。

そして、この超保守的業界でのワタクシの役割、というのもきっと、あるのではないのかな、と思ったのでした。

そのよく働く農家の女のヒトビトとお話をするのがワタクシはホントに好きで、いつも尊敬の念を持ちつつ、しかしグータラな自分をうしろめたくも思いつつ、それでもなお、何か自分ができることをしよう、と昨日ワタクシはまた改めて思いました。

なんせいつも旅費も出してもらって、いろいろと行かせてもらっておりますから、異端は異端なりに、この業界のために働きたいと思います。

しかし、地元の血縁関係などなども未だ分からず、故に農地のことも殆ど分からなくて、農業者年金の勧誘とかなんとか、そういうのは全く出来ませんけれど。

それにしても昨日もいい凪じゃった。

特に行きの海は、なめらかで、窓から海を見ていると、突如現れたトビウオの羽根が青く透けて、それはそれは美しかったです。

トビウオはカワセミに似ている、と思いました。

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今時は皆さま忙しいのでしょうが、用事で長崎に行くにも、フェリーはなかなかいいですよ。弁当を持って、オヤツも持って、ホントに遠足みたいでワクワクします。

しかも、ゴロゴロしたり、カップラーメン食べたり、普通だったら公共の場所では出来ないような、やや背徳感を感じることもフェリーではフツーに出来ますし、ぼーっと海を見たり、外で風に吹かれたり、そのようなことをしている時に、フトいい考えがひらめいたりすることもあるし、疲れたらウトウト眠ったり、もちろんなんと言っても集中して本が読める、ホントいいことばかりです。

その点、ジェットフォイル、というのはつまらないですな。身動きがとれないし、ゴロゴロできないし、何かを食べるのもはばかられるし、移動時間の充実、ということで考えれば完全にフェリーの勝ち、です。

まぁしかし、そのように思うヒトはやはり少数派らしく、そして皆ヒマ人でもないらしく、平日のフェリーはすいています。

すいているからますますありがたい(と思っては九州商船には申し訳ないのですが)ということもあり、少数派人生というのも、なかなかお得で楽しいことも、ありますよ。

昨日はあまり時間もなくて、家族へのお土産は食べ物と1冊の本だけでしたが、自分用にエコバックを一つ買いました。
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最近話題の(?)好きな色。柄もカワイイ。

昨日も良い一日でした。

今日もまた、皆さまにとっても良い一日になりますように。


























by sanahefuji | 2019-07-17 07:46 | 雑記 | Comments(0)

船に乗るのが楽しみ過ぎる件

こんばんは。

そう言えば、連休だったのですね。

しかしワタクシは、明日はまた長崎に出張ということで、一日つぶれてしまいますので、「なんとしても今日は芋畑の草取りをガンバル」と心に決めていたのです。

ところが、昨日の「木ノ口かたし 夜の部」などの片付けとか、明日出かけるためには、また新しく本も借りなければ、とか、家の片付けとか、なんとかかんとかやっているうちに、時間が過ぎていき、結局、芋畑の草取りは6列のうちの1列と半分くらいしか出来ませんでした。

農家の居候としましては、今日のうちに3列はやっておきたかったのですが、叶いませんでした。

そのくせ、ちゃっかり本は借りてきて、しかも明日はアサの弁当と同時に自分の弁当も作って持って行き、フェリーの中で食べるとなると早い昼食になる、ということで会議中に腹が減るかもしれないからカップ麺も持って行って食べようなどと思い、買ってきたのでした。

畑仕事ははかどってないのに、船に乗る準備だけは万端整えておりまして、まるで遠足に行く子供のようなのです。
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家では結局「たそかれ」を読めなかったので、船の中でゆっくり読みたいと思います。

明日は日帰りなので、会議よりも船に乗っている時間の方が長いのです。なんというシアワセ。五島人になってヨカッタ、と心から思います。

芋畑の草は伸びるでしょうが、また船で英気を養ってガンバリマス。

明日も凪だと、いいけどな。

こんな能天気でのほほんとしていていいな、と思われるかもしれませんが、こんなに船に乗るのが楽しみ過ぎるということはですね、現実がけっこうキビシイということなのです。実は今ワタクシは明確な二つの未解決事項を抱えておりまして、それはもはや答えが出る、ということがあるかどうか分からないこと、ということで、ごく普通にのほほんと暮らしながらも、ワタクシはけっこう痛んでいるのです。

それはどちらもワタクシの夢に直結していることですが、そのどちらも今は藪の中、なのです。

なので、そのことは一旦もう忘れて、新しく仕切り直すのが一番だ、ということは分かる、がしかし、まだ一縷の望みを持っていたい、という思いが捨てきれずにいるのですね。

なんのこっちゃさっぱり分からん、ということで、読んでいる皆さまにも、ワタクシの心のモヤモヤを伝染してしまっているかもしれませんで、申し訳ないことですが、もしかして、ひょっとして、万が一、いい答えが出た暁には、皆さまに「いの一番」に報告することはお約束いたしますので、どうかお許し下さいませ。

そんなこと、あるかな。あるといいのだけれど。

「ぼっとん便所運」だとか凪運ばかりに運を使わずに、他の方面にも使う方法でも考えましょうかしら。

なんてね。

ではでは皆さま、また明日。

でもやっぱり凪だと、嬉しいな。











by sanahefuji | 2019-07-15 23:31 | 雑記 | Comments(0)

オトナは何故コドモの「お泊り会願望」を握りつぶすのか

おはようございます。

今年は梅雨入りが遅く、6月がまるで梅雨らしくなかったのですが、7月に入ってからは、すっかり梅雨らしい日々が続いております五島です。

ワタクシは貴重な梅雨の晴れ間の2日間(つまりそれはこの間の土日のことなのですが)、長崎に行っていたので、ブルーベリー畑やわが貧弱家庭菜園の恐ろしいくらいの草を刈るのも既に追いつかず、そしてまた昨日は雨。

そして草のイキオイはまたまた激しくなってしまうかと思うと、いくら農家の嫁は諦めて居候の身分に降格したとはいえ、これでは農家の居候でさえ危ういのではないか、という感じ。

ボヤボヤしているうちに、ブルーベリーも色づき始め、その恐ろしいほどの草の中でしばし佇む午後3時、ということにもなる、ホントにまったく農家に向いていないワタクシなのでした。

でも、その草だらけの中でも実をいっぱいにつけてくれているブルーベリーたちが健気で、親はなくても子は育つ、というかなんというか、生きているものって自分でちゃんと育つんだな、と感心してしまうワタクシです。

いやいや、感心してないで草を刈りなさい、ということなのですが。

そのように草もすごいことになりますが、家は家で、ワタクシがいつも座っている場所の後のちょっとしたスペースに本とかいろんな紙類が山になって雪崩を起こしそうになっていたので、雨の日の昨日、それは片付けました。

子供たちの小中高の学校関連、ワタクシの農業委員会とかPTA関連、夫の公民館長関連のもの、などなどのお知らせとか資料とか、なんとかかんとかが山になっていました。提出期限もあったり、いついつの何時にどこにいかなくてはならない、とか、会議とか、出張とか、いろいろあってホントに現代の生活って難しいなぁ、と思うワタクシは、やはり農家の居候からも降格しそうなのですが、居候の下は一体何だろう、と考えましたが、妙案が浮かびません。困った。

そうこうしているうちに、「土曜日開店 木ノ口かたし」も近づいてくる、というパターン。

そして来週からもう夏休み、ということになっている。

ホントにビックリ。

そして、またまた夏休みの子供の行事を決める時期になっている、のですね。

これについて、ワタクシは以前「お母さんは何故「お泊り会」に難色を示すのか」という記事を書きまして、これというのが5年も前の記事にも関わらず、今でもよく読まれておりまして、一体誰が読んでいるのかなぁ、とワタクシはいつも不思議です。

この時は世のお母さんというのは、子供がやりたがる「お泊り会」を、どうもさせたくないらしい、と知って、それは一体何故なんだろう、と思ったことから、考察したものでした。

それから5年たち、今でもそれは変わっていないのですが(お母さんが「お泊り会」に難色を示す、ということ)、それはお母さんのみならず、一部のお父さんとか学校側とか、そういうところでもこの「お泊り会」を阻止しようという動きがあるのです。

子供たちに意見を聞くと、必ずこの「お泊り会」をしたい、という希望が出されます。しかし、それはいとも簡単にオトナたちによって握りつぶされてしまうのです。

これは何故か。

家事育児や仕事にも忙しく、心配症のお母さん(これは以前の記事で出した結論)のみならず、子供の社会性を引き出す役割のはずのお父さんとか学校までもが反対に回る、ということに危機感を持ちましたワタクシ、ここでまたそれについて考えてみたいと思ったわけです。

その前にわが家では「お泊り会の何がいけないのか」「どうしてしたくないのか」ということを子供たちも含めて考えてみましたが、明確なダメな理由というのがワタクシたち家族には、とうとう分かりませんでした。

というのも、これは自由参加のものだから、子供がイヤ、行きたくないというのなら無理に参加しなくてもいいわけだし、親が手伝う義務、というのも役員などを除けばないわけです。それに例えば夕方にごはんを作ったり花火をしたりしてからお泊りということであれば、夕方の行事だけ参加して夜は家に戻る、という参加の仕方だって出来るだろうし。

なので反対する理由、というのはそこで分からなくなるわけです。子供が参加したい、というのならば、子供だけ参加させればいいのだからむしろ簡単なはず。子供のいない静かな夜を夫婦で、あるいは一人でゆっくり過ごしたっていいわけでしょう。

学校側が反対する理由は割と簡単に想像がつきます。おそらく「何かあったら困るから」というのが大きいのでしょう。

その「何か」というのは、もちろん何らかのトラブルです。夕方の数時間ではなく、泊まりとなると圧倒的に時間が長いし、夜中などの不安定な時間を含みますから、心配なのでしょう。

そしてやはり泊りとなると、夜の時間、オトナが少なく手薄になりますから、難色を示すヒトというのは、それが心配なのかもしれません。

ここには、その夜に一緒に泊まっている、例えばお泊り会に乗り気のお父さんたちなどなどに対する不信感、というのが感じられはしないだろうか。

子供たちだけではなし、たとえヨッパライが多数だとしても素面のオトナも1,2人くらいはそこにいるのだから(過去の例)、任せてしまえばいいものを、その不信感がそれを拒んでいるようにも見えます。

そしてワタクシが危惧するのは、そこには、その例えばヨッパライになってしまうかもしれないお父さんへの不信感以上に、コドモに対する不信感があることです。

コドモコドモと言うけれど、コドモはオトナが思っている以上にいろいろなことが分かっているし、見ているし、そして困った時にはなんとかする力を持っています。

そのことを全く信用してないことが、ワタクシは大きなモンダイである、と考えます。

何もかもをオトナがやってあげなくては、などと思うから面倒に思えるのです。

オトナは手を出さずに、いろいろ子供にやらせてみたらいいのに。そしてもしかして失敗した時には「ホラ言わんこっちゃない」などと言わずに助けてあげたらいいでしょう。コドモがやろうとしたその気持ちが大事なのであって、たとえ失敗したとしてもそれは褒められるべきことです。やろうとしたけど困ったことになった、そういう時こそオトナの出番なのであって、それを支えるのがオトナというものではなかろうか。

タイヘン厳しいようですが、ワタクシはこの「お泊まり会」を嫌がる風潮というのは、オトナの「人間不信」と「責任逃れ」を表しているような気がしてなりませぬ。もしかして、嫌がっているコドモがいるとしたら、それはもっと深刻なモンダイを孕んでいるのかもしれず、何らかの対策が必要なことかもしれません。

だってねー、普通は楽しいでしょう?

家族ではない親しいヒトと夜を過ごすのって。

オトナのヒトビトは忘れてしまいましたかしらね?そんなトキメキ。

前の記事に書きましたけど、ワタクシが子供の頃に毎年やっていた「校内キャンプ」は、いつまでも心に残る、楽しい思い出です。

別にお金をかけて旅行に行かずとも(旅行は旅行で楽しいとは思いますが)、こんなに簡単に子供に楽しい思い出を作ってやれる「お泊り会」を阻止する世界というのは、随分と窮屈な世界ではなかろうか。

という思いをますます強くしたワタクシですが、この窮屈で不寛容な世界に立ち向かう術を、まだ知りません。

5年前よりも、窮屈と不寛容はさらに進んでいるような、そんな気がして、ワタクシは少し怖いのです。

でも、いつだってコドモたちの間から「お泊り会をしたい」という希望が出るということが、きっと未来の希望なのだ、と思うことにいたしましょう。

そして、出来ることなら、いつかきっと、コドモたちのその希望を叶えてあげたい、と思うのです。

しかし子供時代は短く、光陰は矢の如し、そして草のイキオイはすごいのです(カンケーないけど)。

早くしなくっちゃなぁ。
























by sanahefuji | 2019-07-11 09:04 | 雑記 | Comments(0)

男コータロー かーちゃんの代わりに店番をする

こんばんは。

この間の土曜日、いつも動作のノロいワタクシが、船の時間に間に合わせるために、ものすごくスピードアップして「木ノ口かたし」の開店準備をしたのですが、やはり時間ギリギリになりまして、それは10分くらいで出かける仕度をしなくてはならないほどギリギリであったのです。なのでそれはもう焦ってアタフタとしながら家を出たのでした。

まぁしかし、1泊の荷物など特にたいしたことはなく、身仕度もカンタンですから、出かける準備は10分でなんとかなったのですが、一つ心残りだったのがアサ作のケーキを持って行こうと思っていたのに忘れたことです。

家の外に出れば、あのような材料で作ったケーキが150円で買える、などということはあり得ませんから、持って行きたかったのです。

そして出来れば、おにぎりでも作って行きたかったのですが、これも時間切れで無理。

港でおにぎりを買う羽目になりました。

まぁしかし、船に乗り込んでしまえば、ホッと一安心です。

今回は本を5冊も持って行ってしまったので、実に嬉しくホクホクとした気分。しかし、全部が文庫本でもないので重い、ということはありましたが、なあに、幼い子供を連れて行っていた時のことを考えれば、一人身なのですから本の5冊くらい軽いものです。

何より、コレに飽きたらアレ、アレに飽きたらコレ、というように気分に合わせて読めるのが良いですな。

このように、何かで出かけるというのは、その出先での用事のみならず、船の中から既に、いつもとまた違う種類の充実した時間が始まっているので、タイヘンにお得です。だからワタクシにとっては絶対にジェットフォイルよりもフェリーの方がいいのでした。

さて、ワタクシがフェリーの中で本を読んだりしている同じころ、「木ノ口かたし」ではコータローが店番をガンバッテました。
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努力の跡が見えます、その日の「木ノ口かたし」のノート。

ここで再びおさらい山伏の方曰く、世の中をよくするために取り戻すことが必要なのは「女の野生 男の度量」。今回のこのような場合もこれを体現するための訓練、ということになるのです。

女(この度はワタクシのことだけど)が直感(これがすなわち野生ということです)に従って動き、その直感のままに動く女を支えることで男の度量を広げていく、ということ、これの訓練。

それだと、なんか女ばっかり好きなことしてズルイんじゃないか、などと思われるかもしれませんがね、そんなことはありません、自分が思うように動けるということで生命力は弱らないし、心からの感謝の気持ちも芽生えます、なのでいざ逆の立場になれば、何の不満もなく女もちゃんと男を支えることができるのです。

それに男の度量が広がる、ということは器が大きくなる、ということですから、これは男女どちらにとっても、世のためヒトのためにも良いことなのです。

そのような、より良い男と女の関係を目指す、というのが、これからますます必要なのではないだろうか。

というわけで、「コータローお願い!今日はかーちゃんの代わりに店番頼むよ~。ねーちゃんたちはいないから、コータローだけが頼りだよ」と言うわけです。

すると、やはり小さいながらも男コータロー「うん、わかった!」と言って一瞬キリリとした顔をし、快く引き受けてくれた、というわけです。

前に「コータローが迷子になった話」のところでも書きましたけど、男というのは、いつだって「オレってスゴイと思われたい」生き物なのですから。まぁその時はそのことが裏目に出て、迷子になってしまったわけですが。

とりわけ女には「すごーい!かっこいい!!」と言われたいはずなのです。それが男というものではありませぬか、違いますか?

ミュージシャンのヒトビトが音楽を始めたきっかけというのが「女の子にモテたい」ということ以外の理由を、ワタクシは今まで聞いたことがありません。あったとしてもそれはウソです、多分。そして正直な方が魅力的です。

そんなわけで、このように特別なお願い事を自分がやり遂げる、ということで、小さいながらも男コータロー、度量を広げたのでは、なかろうか、と思う母。

男の子には、やり遂げた時に「オレってスゴイ」と思えるようなお願い事をせよ、ということを、ワタクシは息子を育てるお母さま方には提案したいと思います。

たとえば自分の夫には非常に冷淡なのに息子には大甘で、なんでもかんでもやってあげてしまう、ということは、何も特別な家庭のことではなく、日本中でごくありふれた家庭の風景であるかもしれませんが、それは、もしかすると将来、かわいいその息子が全く同じように妻に冷淡にされる夫になってしまう、という行為なのかもしれないのです。

というわけで、息子が「よか男」になって欲しいと願い試行錯誤する母の会、という方がPTAの母親委員会などよりも必要ではないか、と思うワタクシですが、皆さまも一緒に考えてまいりましょう。

しかしワタクシのところには息子が一人しかいませんから、どっちにしてもそのモンダイについては、たいしたことは出来ないのです。

ワタクシの大学の同級生とか、後輩などのところでは息子が5人とか6人とかいるところもあるから、それは実に頼もしいことです。

帯広畜産大学の友人たちはホント、だいたいみんな子沢山です。

どうしてかな、と考えた時、それはやはり、牛の発情とか繁殖というのが身近なことで、そういうことを学ぶ世界で生きていたからかもしれない、と思います。

政治家が言うと問題発言なのですが、ワタクシはやっぱり繁殖というのは、動物である人間にとってもすごく重要なことで、そのことについて、もっと言ってもいいんじゃないか、と思うのですよね。

長崎あたりに時々出て思うのは、どうしてみんなこんなにモノが欲しいのかな、いろんな物、食べたいのかな、ということなのですがね、それはもしかすると、動物である人間の繁殖の欲求というものをあまりにも、ないがしろにしているせいなのかもしれなくて、もっと言えば、親しい関係を築いて、お互いの心と体に触れ合う、とか魂が成長するような経験をする、いうことが圧倒的に足りないからなのかもしれない、と思ったりもするのです。

人と親密になって心や身体に触れたい、触れられたい、とか(男女のことだけでなく、きっと親子でも)、人間として成長したい、とかいう欲求が、そっくりそのまま物欲・食欲にすり替わっているような。

街を歩いていると、あまりの喧騒に、そんな気もしてくるのでした。

とはいえワタクシも、たまの街歩きはそれなりに楽しくて、物欲も大いに刺激され、可能な範囲でお買い物も、楽しみますのですけれど。

ガンバッてくれたコータローにお土産は何がいいか、と聞いたところ、

「歯ブラシ」とのこと。

妖怪ウォッチとドラゴンボールの歯ブラシ、2本買っても数百円。

しかしタイヘン喜んでくれました。

安上がりでヨカッタ!
























by sanahefuji | 2019-07-08 22:56 | 雑記 | Comments(0)

運気を上げる方法

おはようございます。

昨夜は「木ノ口かたし 夜の部」に団体様のお食事会のご予約が入っておりましたので、ワタクシの担当は「鶏おこわ」のおにぎりを作ることと、デザートのお菓子を作ること、でした。

最近では、毎週土曜日の「かたし」のお菓子もアサに作ってもらってるし、オヤツとしても全く作らなくなって久しいので、本当に久しぶりで、はて、何を作ろうかなぁ、と考えていました。

毎年、長野から送ってもらっている胡桃もまだあるし、たまたま買っていたバナナもそこにあったので、バナナと胡桃のケーキにしよう、と思いました。

小麦粉、卵はわが家のものがあるし、それなら材料を買いに行かなくてもすぐに出来る、と思って。

それで材料の分量を決めて、小麦粉~g、卵~個、バター~g、とメモして、それぞれの材料を揃えていた時のこと、冷蔵庫に使いかけのバターがあったので、それを秤に乗せたところ、なんとその分量ピッタリ!

1gの増減もなく、その分量通り、だったのです。

こういうのって嬉しくありませんか?

そして、さらにワタクシはオメデタイ解釈をいたします。

おっ、これは自分の直感力が上がってきてるんだな、などというように。


余談ですが、ワタクシは常々自分がタイヘンに運が良い人間だ、もしかすると運だけで生きている、と思うことが多い、というようなことは、時々書いているかと思いますが、この運がよくなる実にカンタンな方法があるので、お教えいたしましょう。

それは「自分は運がよい」「~運がある」と思い込むこと、なのです。

なーんだ、そんなこと、と思われますか?

しかしですね、これがあながちバカに出来ないのですよ。

そう思っているとその通りになるからです。だから、そんなふうなオメデタイ思考回路は持てない、という方は、せめて「自分って運が悪いな」などとは決して思わない方が良いかと思います。

そして、この~運、というのは、どんな小さな、そしてくだらないものでも良いのです。

例えばワタクシの場合だったら、これも前に書きましたけど「ぼっとん便所運」がある、ということ。これは同じ世代の女のヒトと比べると、格段に「ぼっとん便所」の家に住んでいる期間が長い(子供時代、学生時代、そして継続中)、ということで、誰にも負けない自信があるので、そのように言い切れます。

そんなものは、まったく羨ましがられないでしょうけれど、むしろ、「ぼっとん便所」がイヤで田舎に住みたくない、というヒトもいるくらいで(ホントにそういうヒトいましたよ)、全然自慢にも何もならない、運が悪い、とさえ思うヒトもいるかもしれないことです。

しかし、ワタクシはこれを「いやー、自分は『ぼっとん便所運』だけはあるんだよなー。」と前向きに解釈していると、不思議なことに、他の運も上がる、ような気がする。

そして、「自分は男運も実にいい」と思う。何故なら、自分がかつて「いいな」と思ったヒトは全員、いいヒトだったから、何もイヤな思い出がない、そして何も悪いこともない、それは自分に女の魅力というのがあまりなかったからかもしれないけれど、そういうことは置いといて、ホントに全くイヤな目に逢わなかった、ということで、運がいい、と思い込むのです。

これも前に書きましたけど、なんせ、学生時代、深夜に捨て鉢な気分で飛び出して道を歩いていた時に、横に停まったヤンキ―車のお兄さんでさえ親切で、ワタクシを目的地まで送り届けて下さり、別れ際に「オレを信用してくれてありがとう」などとお礼まで言われた、というくらいなのです。ワタクシはその「適齢期」の頃ですら、男のヒトに妙な気を起こさせるような、女としての何も発していなかったのかもしれませんが、そういうこともまぁ置いといて、実に運がいいノダなー、と思い込む、のです。

そうすると、ホントに運がよくなる、気がするのですが、それって他のヒトから見たら、特に運がいい、と言えることでもない、ということになるかもしれません。

まぁでもいいのいいの、本人がそう思っているのだから。

運がいい、とかいうのは、そういうものです。

なーんだ、と、またガッカリされてしまったかもしれませんがね、そう思えた方がよくないですか?


そうそう、お菓子のことを書いていたのでした。

それでその分量通りピッタリ残っていたバターも使って、無事にデザートのお菓子は出来ました。
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メデタシメデタシ。


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そう言えば、このコーヒーカップと紅茶のカップ、ハルさんの新作なのですよ。なかなか良いでしょう?

茶色の方はどちらも「かたし柄」です。



そのように直感力が上がってきているワタクシ(これも思い込み)、明日は「木ノ口かたし」を夫とコータローに任せて、またまた長崎新聞主催の第2回「Do-iT」文化講演会に行ってきます。

今回の講師はモデルの「アン ミカ」さんです。なので、これはなるべく前の席を確保して、美しいオーラを感じなければ!と思っておりますワタクシです。女子力アップ、諦めていません。ワタクシが毎週楽しみにしているラジオのサタデーエッセイに登場する哲学者、土屋賢二先生と同じくワタクシも「手遅れからでもガンバるタイプ」です。

というわけで、ワタクシは明朝、カマドでごはんを炊いて、玄米を炊いて、味噌汁を作って、「ふくれもち」を作って、開店準備などなど滞りなくすませて、長崎に行ってきます!

「木ノ口かたし」は通常通り営業しております。「かたしのお昼ごはん」もやってますので、どうぞよろしくお願いいたします。

そうそうワタクシは、いつもいつも書いている通り、凪運もあるのです。

だからきっと、明日も凪、かなぁ。

本をたくさん持って、船に乗りたい、と思います。

それでは皆さま、今日も良い一日を!





























by sanahefuji | 2019-07-05 09:20 | 雑記 | Comments(0)

北海道にもう行けるかもしれない

こんにちは。

早いもので、もう7月。

NHKの朝ドラ「なつぞら」も半分終わりましたね。今回は北海道の十勝が舞台だったので、その風景を見ると、十勝の空気を思い出すのが嬉しくて、熱心に見ていたのですが、主人公の「なつ」が東京に行ってしまってからは、北海道の風景が見られなくなってしまったので、やはりそれほど熱心には見なくなってしまっていたのです。

でも今朝の「なつぞら」に、一瞬だけ出てきた十勝の「なつ」の家の外の風景の光の加減に、「あっ、この季節、分かる、この空気、覚えてる!」と思いました。

そして、胸がぞわぞわとして、思わずその場にうずくまってしまいたくなるくらいの、懐かしさを覚えました。

でも、もう大丈夫だ、とも思いました。

繰り返しになりますが、ワタクシにとって北海道というのは特別な土地でありまして、中学生の頃から思い続けて恋い焦がれて憧れて、いつか絶対に行くんだと心に誓い、そして帯広畜産大学に進学することによって実際に住むことが出来たのですが、住んでみたらばそれは思っていた以上に魅力にあふれる土地であり、ヒトも食べ物も気候も風景も何もかもが大好きで、嫌いなところなんか一つもなかった土地なのです。

それなのに、それなのに。

ワタクシは「ここじゃない」と感じてしまったのです。

自分が住むところはここじゃない、自分がやりたいことはここではできない、と。

どうしてなんだろう。あんなに好きだったのに。

後から理由はつけられても、その時の感覚というのは、何も説明できません。

それから、住む場所を探し求めていた時に、いろいろな偶然が重なって、五島の福江市での農業研修制度を知って、その問い合わせをしていた時のこと、それもここにももう書きまして、繰り返しですけれどもう一度書きましょう。

ワタクシは一度も行ったこともない、そして何事にも疎いワタクシですから、情報収集も事前の下調べも何もしていないし、ホントにホントに何も見たこともなければ、何も知りもしなかった五島の福江島、その海の風景、というのが頭の中に浮かんだのです。

そして「あ、わたしはここに行くんだな。」と感じたのでした。

昨日の話ではないけれど、縁というのは本当に不思議。

因縁、という言葉もあって、前世の何がどうなったからとか、いろいろ言われますけれど、それは本当に理屈では説明がつかないことだから、そんなふうに解釈するしか、ないのでしょうね。

まぁそれで、五島にやって来たわけなのですが、実を言えば、ワタクシはついつい最近までずっと、北海道に対する未練がありました。

親しい友人たちの殆どが北海道に残っているし、何しろあれほど大好きだった土地なのですから。それぞれ、別々のところにいるとは言え、道内にいる友たちが時々、無性に羨ましかったのです。

でもその羨ましさ、というのが、ここ1年くらいの間に完全に消えました。

自分の感覚、というのが本当に正しかったのだ、ということが分かったし、すとんと腑に落ちたのです。

北海道よりも、五島が好き。

ここが一番大好きな場所。

そんなふうに思うようになったのです。

だから、もう北海道に行っても、大丈夫だなぁって、今朝、「なつぞら」を見て思いました。

今年あたり、行こうかな。

北海道。

そんなふうに思えるようになるまで、20年もかかってしまったわ。

ホントにいろいろ、遅いのです。







by sanahefuji | 2019-07-02 14:42 | 雑記 | Comments(0)

やっぱりヨカッタ「君の名は。」

こんばんは。

昨日はやっぱり「君の名は。」を見てしまいました。

前に書いた通り、世間より約2年半遅れで「君の名は。」にハマったワタクシは、昨年末にRADWIMPSの歌にもハマって、今年の目標を「美しくもがく」としたくらいですから、テレビであるとなれば、やはり見るに決まっているのです。

それにしても不思議なのは、世間で「君の名は。」が大ヒットしていた時にワタクシは、全くその存在を知らなかったことです。どうしてそういうことになるのかが、自分でもよく分からないのですが、ホントに疎いというか、なんというか、よほど視野が狭いものと思われます。

どれくらい疎いかというと、例えばホラ、この間、お笑い芸人のヒトと女優さんが結婚しましたよね、その二人をワタクシはその結婚会見がある時まで、見た記憶もなければ、名前すら全く知らなかったのです。だから、どうしてこんなに騒がれているのかが分からないわけです。

わが家にはテレビもあって、夫子供はテレビが大好きなので、お笑いの番組とかドラマとか、いろんなものを見ていて、ワタクシも自分の部屋とか書斎とかがあるわけでもないから、その同じ部屋にいて、多分、それらのいろいろな番組などをなんとなく見ていることもあるだろうし、目に入っているはずなのです。しかし頭には全く入ってないようで、何も知らないままなので、芸能関係の会話には全くついていけないのでした。

近ごろ、五島はよくテレビに出るのですけどね、そういう時に芸能人がレポーター(?)で来たりするらしいのですけど、みんなが誰誰が来ていた、などと話していても、それが誰だか分からない、ということが殆どで、その価値が分からないのは、もしかすると損かもしれません。

オシャレ関係と同様、芸能関係にもずっと疎いまま、世間にも疎いままだと、ヒトビトと世間話もできないし、やっぱりヨクナイのかもしれない、と思っているところですが、記憶力は衰えるばかりなので、なんとも心もとないことであります。

こうして何も分からない、話が通じないバァさまになっていくのかもしれない、と思うと、やはり視野が狭いのはヨクナイ、いろいろなことに普通程度の興味は持っていないとなぁ、などと思うのですが如何せん、世間の移ろいは速すぎてついていけそうもありません。

まぁしかし、2年半遅れても「君の名は。」の存在に気付いてヨカッタなぁ、と思います。

こんなに世界中のヒトがハマる、というのは、やはり縁と出逢いの妙、というのを全世界のヒトビトが感じながら生きている、ということなのでしょうね。

ホントにね、縁とか出逢いというのは不思議ですよね。

自分が今、こうして五島で暮らしているのもホントにホントに不思議。

ここで暮らせて、ヨカッタなぁ、と思います。

ご縁に感謝です。















by sanahefuji | 2019-07-01 21:43 | 雑記 | Comments(0)

お話作りのカタルシス

こんにちは。

本日、中学生の職場体験3日目は恒例のお昼ごはん作り。

わが家にある材料を使って、お昼ごはんを作ってもらいます。

ワタクシの担当は、羽釜で一緒にごはんを炊くこと、だったのですが、今回はおとなしい子ばかりで、なかなか難儀しました。

ナントカ体験をやっていて、一番コマッタな、と思うのは、前に書いた関西地方の工業高校の男子生徒みたいにヤンチャな場合よりも、むしろ「反応が薄い」ということかなぁ、と思います。反応が薄い、とホントこちらもどうにもしようがない、という部分はありますわね。

しかし表面的な反応は薄くても、内部では何かが反応していたりする場合も無きにしも非ず、と思ってやるしか、ないんでしょうけれど。

ワタクシなどは、中高生というのは、もうオトナと同じくらいに働けると信じて疑ってないので、わが家の中高生にはオトナの働きを求めるのですが、中学生の誰も彼もに求めるわけにもいかないのだな、ということが今回わかりました。

わが子自慢、みたいになって恐縮ですが、その実これは家庭内での母親無能化に伴う夫及び子供の家事能力向上推進委員会の途中経過報告という面もあるので書きますけれどね、この間ワタクシが日曜日の朝からグダグダとしたブログを書いていて、それがあまりに熱中しておったので気付かなかったのですが、その間に土曜日に干す機会を失っていた洗濯物も含めた大量の洗濯物をアサが全部干し終わっていたのですよ。

で、その干し方というのが実に見事で、その大量の洗濯物が早く乾くように、よく日が当たるようにピシッと、そしてズラッと干してあるわけです。

ワタクシは、自分だったらもっとダラけた感じに干してるなぁ、と思って思わず「アサ、お前の家事能力はスゴイなぁ。家政婦協会に登録してもいいくらいだよ。」と言って褒めたのです。そしたら特に喜ぶ様子もなく「は?誰だってできるでしょ。」などと言うわけです。

なので「いや、かーちゃんだったら、こんなにピシッと干さないよ。誰だってできるわけじゃないんだよ」と力説するも、「フーン」などと言って、さして感動もせずに行ってしまいましたが、いやホントにそうなのですよ。

もう何度も何度も言いますけれど、家事というのは誰でもほっといても出来るようになる、ということはないのです。だけど、暮らしていくには誰もが必要なことなのだから、出来るようになって損はないので、子供にやらせた方がいいと思うけどなぁ。そして、そういう能力は、どんな仕事をするにも役に立つと思います。

この度の職場体験では、ますますその思いを強くしました。

で、まぁ夫が殆どやっていたようなところもあるのだけれど、なんとか出来た昼ごはん。
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初日の魚もすり身てんぷらになり、恒例の鶏さばきでの唐揚げとチキンライスのオムレツ、そしてスープ、などなど。疲れたけど、美味しかったです。

今日はそんな感じで職場体験にも関わりましたが、昨日はワタクシ、午前10時くらいから午後3時くらいまで、誰にも邪魔されない場所に行って、本日(の消印有効)が締め切りの文章を書いていました。昨日書き始めて、今日が締め切り、というんじゃ、やっぱりどうしようもないのですが、それでもなんとか書き終えて、出してきました。

それは何かというと、JAの女性雑誌が募集している「家の光童話賞」というやつなのです。

これは原稿用紙5枚以内、という短いお話なのですが、ワタクシは今回書いてみて、お話を書くって楽しいんだなぁ、ということが分かりました。

こんなにギリギリに急いで書いて、経験も何もなくて、何しろ推敲だってまともにしてないから、きっと荒削りすぎると思うし、これって他のヒトが読んでも面白くないよなぁ、って自分でも思うので、賞なんてまだまだ先の話(でも先には取るつもりでいるところが、これまた自惚れが強いのですがの、ははは)だろうけど、もうホントにホントに書くのが楽しくて、面白かったのです。

創作の楽しさ、というのを初めて知りました。何が楽しいって、この短い文章の中に、自分の願望とか経験とか、思いとか、そういうものを全部、自由に入れることができるんだなーと思って。

事実だったら書けないことも、ホントに自由に書いてもいいんだな、と。だから、ある意味、おそろしくもあって、自分の心の中を全て見られてしまうような、そんな感じもしますね。

でも今回は、それがものすごく自分にとってのカタルシス、つまり浄化作用となったようで、今日はホントに気分が良いことこの上なし。

先週の金曜日には殆ど言いがかりのようにしてケンカをふっかけて勝手に最悪な気分になっていたりしたのに、まぁ単純バカというかなんというか、女心と秋の空、いやいや時節柄、梅雨の空とでも申しましょうか、自分でも呆れるくらいに心はコロコロと変わり、今はこんなに上機嫌なのだから単純なものです。

こうやって、心の中のモヤモヤとか、どうにも出来ない思い、現実には叶わない願い、本当に大切に思っていること、などなどを、お話の中に吐き出していくって、なんと良い療法だろうか、とワタクシは、遅ればせながら発見したのでございます。

まぁそれが、他人が読んで面白いかどうかは別問題、そして、それは今後の課題とすればよいだけであって、とにかく自分が救われた、というのが大きい、この度の「家の光童話賞」への挑戦でありました。

まぁヨカッタヨカッタ、間に合って。

そしてこの楽しみは、これから半永久的に自分の救いとなるような、そんな予感すらするのです。お話の材料だったら、冷蔵庫の食材と違って、置いておいても腐らないし、そしてその量たるや、ものすごく膨大にあるのだから。

とりあえず自己満足でもいいから、また書きたいと思います。そしてたまには、何かの賞の端っこにでも引っかかって、小遣い稼ぎにでもなればなぁ、などと甘いことを思っておりますが、そういう不純な動機も大事です。

そんなわけで、今週は平和でしかも行事もない金曜日、明日はきっと具合は悪くないはずです。

ではでは皆さま、ごきげんよう。

明日の「木ノ口かたし」も、どうぞよろしくお願いいたします。


















by sanahefuji | 2019-06-28 15:06 | 雑記 | Comments(0)

ファイト!闘う君の唄を

おはようございます。

五島地方、ひどい雨でした。とにかくザーザー降り続きました、一日中、一晩中、という感じ。

カラカラの畑に植えたイモの苗が、ちょうどいい塩梅で活着するだろうと思った以上の雨だったので、畑の一部の土がえぐれる程の勢いで水が畑の中を川のように流れてしまい、植えたばかりの苗も随分と押し流されてしまったのでは、ないのかなぁ。

もう、ここ数年ずっと天気の移ろいは極端ですね。急に暑くなったり寒くなったり、カラカラに干からびそうになったかと思えばドシャメシャに雨が降り過ぎたり。なんだか、人間の世界がそのまま天気にも反映されて、いるような。

いろいろと極端な人間であったワタクシなどは、極端なのはあまりヨクナイ、上は熱過ぎて下は水、という風呂を沸かしている途中のような状態のままでは心地よく入れませんから、熱い部分と冷たい部分をよくよく攪拌してちょうど良い温度にした方が良いノダ、ということを、よく思います。

ワタクシは今でもそういう傾向は強いのかもしれませんが、興味のあることに対してはすごく熱くなるのに、そうでないことには全くの無関心、それはまるで全か無かの法則のようで、おそろしくバランスの悪い、無の方には冷淡というか冷酷とさえ言えるような態度になってしまう、というような。

不器用だとこのようになりやすいのですね。何しろ一度にいろいろな方面に注意を払えませんから。まぁしかし、これは人間としては幼稚な段階ではないだろうか。

今の人間の世界って、もうものすごくいろいろな技術は進歩しているようでいて、実は幼稚になっているのかもしれなくて、天はそれを反映しているのかもしれないなぁ、と思ったり。

さて、さんざん降った雨も今はようやく止んで、小康状態ですが、これからどうなることやら。本日の中学生の職場体験も、どうなることやら。

昨日は結局、雨が止まないので、この間収穫した小麦を石臼で挽いて粉にして、ホットケーキを作る、ということになったらしいです。

らしいです、というのは、ワタクシは午後から農業委員会の総会があったので出かけていて、作っているところは見ていないからです。
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しばらく使っていなかった石臼、絶好調ではなかったものの、なんとか挽けたようです。

そして総会から戻ってきたら、味見用に、少し残してくれていたの、かな?
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これだけありました。

見た目は黒っぽいのですが、もちろん、とっても美味しかったですよ。わが小麦が、こんなふうに粉になって、ホットケーキになって、食べられるとは、中学生たちは分からないかもしれないけれど、ワタクシにとっては感慨深いことでした。何かその「ひとかけら」でも、中学生たちにも伝わると、いいんだけどな。

本日ワタクシは、ちょっとどうしても書かなくてはならないことがあるので、家にいると気が散って書けませんから、出かけようと思っています。それで弁当をアサの分と二つ作りまして、その準備。
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たまには自分でも食べてみないとね。

職場体験には協力しないで申し訳ないですが、ワガママなワタクシをどうぞお許し下さいませ。

でもワタクシはやっと分かったのです。自分が何と闘っていて、何を手に携えて闘っていくのか、ということが。

だったら、もうそれを貫き通すしか、ありませんもの。

それでは今日も良い一日でありますように。

中島みゆきバージョンがないから、このヒトのもなかなかいいなぁ、と思いまして。

ファイト!





by sanahefuji | 2019-06-27 08:26 | 雑記 | Comments(0)

いよいよ梅雨か

おはようございます。

昨日は、小麦の後の畑にサツマイモを植えました。
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まだ梅雨入りもしていなくて、カラカラのお天気が続き、とりわけ昨日は日差しが強かったので、植えた苗は干からびたようになっていますが、今日は雨。元気になることでしょう。ここまでは思惑通りです。

去年までは3列しか植えてなかったのですが、それでも1年食べる分はとれました。しかし今年は6列、と倍に増やしたので今年の秋はイモだらけになるかな?

イノシシの罠に入れるエサ用のイモを確保するのが目的のようですが、そのイノシシ、最近は全く獲れません。この辺りでは、すっかり鳴りをひそめています。この島の中でのイノシシ社会が、今どういう状況になっているのか、これからどうなるのかは、まだ分かりませんが、とりあえず被害がないのが一番です。このままひっそりと山奥で暮らしていてくれれば良いのですが。

さて、今日から雨が続くというのに、間が悪いことには、今日から3日間、わが家に3名の中学生が職場体験にやって来るのです。晴れていたら、いろいろな作業をしてもらえるのですが、如何せん雨降りでは中学生にやってもらうようなことがない、というので、いろいろ考え中。

そしてワタクシは、またまたちょっと書きたいものの締め切りがあったり、農業委員会の総会があったり、あーどうしようどうしよう、と心はまたまた忙しい。こうしてまたカオスのまま6月は過ぎ去ってゆくのだなぁ。

カオスと言えば、この間、読もうと思って取り寄せた「京大的アホがなぜ必要か」という本、「カオスな世界の生存戦略」という副題がついていたっけね。早く読まなくては。

早くも中学生は、やって来て、今日たまたまもらった魚の処理をやってもらっている途中。

農場に職場体験に来て魚の処理とは、こはいかに、と思うでしょうが、わが職場はなんでもあり、なのですよ。

なんだかんだで二つの中学校から毎年、中学生が職場体験に来るのですよね。ナントカ体験、というのがすっかり定着して久しい今日この頃ではありますが、普通に暮らしている中で、普通にいろいろな体験をしながら育つことができらた、本当は一番いいのだけれど、と、やっぱりワタクシは思うのですが、この現代の社会では、ムズカシイのでしょうね。

家で掃除とか洗濯とか、ごはんを作ったりとか、片付けをしたり、とか、家族の一員として、普段から普通にやってくれたら、一番いいんじゃ、ないのかなぁ。男も女も、どういう仕事をするにせよ、家事の能力というのは、おそらく生きている間中、必要なので。

と、家の中高生を当てにしているワタクシなどは、そのように思う今日この頃。

しかし、この雨、いつまで続く。コマッタな。

せめて明日からは、少しくらい外の作業ができると、いいのだけどな。

せっかく「うとん山農場」の職場体験に来た中学生が、農場の職場体験が出来るように。

いやいや、ますます激しく降ってきた。

コマッタ。

ではでは皆さま、今日も一日、ごきげんよう。

良い一日でありますように。









by sanahefuji | 2019-06-26 09:09 | 雑記 | Comments(0)