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憧れの立ち姿

去年ほどでは全然ないけれど、春はやっぱり忙しい。

昨日は毎週日曜日の夜に練習しているエアロビクスの発表がありました。

それは午後からだったのですが、午前中は前日の「かたし 夜の部」の片付けをしながら、子供たちの部活の送別会のための「おこわ」を蒸して、おにぎりにしたり、持って行くものを準備したり。

今年は部活の会計を持っているので、そういう場合の手配などもして、お店に頼んだものを取りに行ったり。

夫は夫で地域の総会があって、その後に役員さんたちで飲み会があるので、そのためのお刺身を切ったり、イノシシ鍋を作ったりしていて、二人して「かたし」の台所でバタバタしていたのでした。

それでも今年度はまだ楽な方でした。今年の春からは再び高校生が復活して、小・中・高と3つに分かれてしまうし、また新たな役もやってくるし、ボンヤリしていたら、自分のいろいろな目標を達成できないまま1年が終わってしまうかもしれないから、少しは計画的にしなくてはならないのだろうか、と、やはりボンヤリですが、考えたりしています。

でも、ワタクシが思うのは、いろいろとタイヘンなことも、自分の身に起こることは、全てが未来につながっている、ということなのです。そして、焦らなくても、最もふさわしい時期に自分の願いは叶っていくのかもしれない、という予感があります。

そして、自分にとって本当に大切な願い、とか、譲れない信念とか、捨てられない気持ち、などなど、そういうことを大事に守ることが出来ればいいのであって、その他のモンダイは全てが些細なこと、ということが分かったので、例えば、お金のこととか、用事が多くて時間がとられるとか、まぁそんなことは大きなモンダイではないなーと思います。まぁ現実問題いろいろタイヘンではありますが。

とにかくノロいのでね、タイヘンにはなってしまうわけです。テキパキと事を進める能力というのが現実には必要なわけだから。

それでもワタクシは、そういうことはホントに些細なことである、と言いたい、と思います。誰もが自分の心の中にある、本当に大切な思い、とか、願いとか、そういうことを大事にしていけさえすればいいのだ、と。そのことを伝えたいのです。

しかしながら、確定申告が終わっていない、という現実問題は、土曜日の長時間労働に続き慌ただしい日曜日を過ごしたがために、いつも以上にボンヤリ、そしてノロノロとなっている月曜日のワタクシの身の上に降りかかっていたりするわけです。

去年は、エアロビの発表の後の打ち上げで、「死ぬほど腹いっぱい」になって、次の日の午前中まで腹が減らなかった、ということがあったので、今年は食べきれない分はちゃんと持って帰ってきました。なので、その点においては昨年よりはマシ、ちゃんと学習した、ということもあります。

同じ失敗を何度も何度も繰り返しがちなワタクシは、ヨカッタなー、こういう点ではまだ学習能力が残っていて、と思いました。

打ち上げのご馳走も、2次会の紅茶とケーキも、とっても美味しかったです。

でも本当のことを言うと、ワタクシは、やっぱり「かたし」のごはんやお菓子が一番美味しいなー、と思います。それはお米や鶏が育っていくところを全部知っているから、ということもあるでしょうし、食材を頂いたヒトとの繋がり、とか、料理を作る自分とか家族との繋がりとか、そういうものが全部、自分に力を与えてくれるものであるのだから、ワタクシにとって別格であるのは、まぁ当たり前のことなのですけどね。

それが自分だけで終わらずに、他の人にとっても美味しい食べ物であり続けるようにすること、それがワタクシたちの仕事なのかな、と思います。何事もノロノロとしているワタクシですが、そういうことは本当に大切なことだ、と思っているので、現実に反映できるように多少なりともスバヤクなりたい、とは思っています。ホントに。

で、この土曜日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・焼き大根と厚揚げの肉あんかけ&菜花のお浸し
・フライドポテトサラダ
・サツマイモとアオサの天ぷら
・卵焼き
・大根の皮と糸こんにゃくのキンピラ
・白菜とタマネギの味噌汁
・カマド炊きごはん
・紅玉リンゴと胡桃のケーキ

でした。



昨日のエアロビクス(と言ってもいいのか、というくらいソフトなものですが)の発表は、大きな失敗もなく、無事に終わりましたが、日常がノロいのに、そこだけスバヤク出来る、というものでもなく、やはりヘタなのです。

合唱もそうですが、技術というのは、もともとの能力+努力の量、というので左右されますから、そればかりをやれるわけではない生活の中で、向上させるのはかなり難しいことです。

だから、なかなか上達はしませんが、そのような時に技術とは別にワタクシがいつも気をつけていることは、「自分は今、ここに真っ直ぐに立てているか」ということなのです。

歌う時、踊る時、その行動に移る前の自分が、この地球上に真っ直ぐ立っているかどうか、ということを、ものすごく意識しています。

それは本当は何をする時でも同じことなのですが、その練習のためにも、歌ったり踊ったりするのは最適です。体を使う、という点で。

真っ直ぐ立てる、ということは、それだけでもいいことです。そういうのを意識してなくて出来ているヒト、というのがいます。そういうヒトを見ると、ホントにうらやましい。立ち姿が美しいのって素敵だな、と憧れます。自分もそんなふうになれたらいいのにな、と。

なんでも上手にできたら、それはそれは最高ですが、とりあえず、真っ直ぐ立てるといいな、と思います。
































by sanahefuji | 2019-03-11 13:47 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)
何かの音楽を気に入った、となると、もう何ヶ月も毎日毎日そればかり聞いてしまう、という癖というかなんというか、そのような傾向がありますワタクシが、数年前にハマっていたのがショパンのバラード、なのですが、そのCDを前の「かたし」の引っ越しの際のゴタゴタで失くしてしまっていました。

ところが、最近それが出てきたのです。

再会を懐かしんだワタクシ、昨日のどんよりと曇った春の一日、というのが、ショパンのバラードにぴったりなような気がして、「木ノ口かたし」で流していました。

昨日の天気は本当にショパンのバラード日和だったなぁ、と思います。


ピカピカに晴れた日ではなく、朝からどんよりとして少し物憂げで、午後からは少し雨が降ったりやんだり、夕方には本格的に雨がしとしと降ってくる、というような天気。

曇りのない晴れた日も美しいですが、ワタクシは、そのような曇天もすごく好きです。
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もともとがナマケモノのワタクシは、あまりにも良い天気だと、外に出て働かねば、というプレッシャーを感じてしまうので、このような曇りの日は、何か室内にいても許されるような、そんな気がしてホッとするのです。

まぁしかし、昨日は土曜日開店「木ノ口かたし」の日、なのですから、特に言い訳しなくても室内にじっとしていても何もモンダイはなかったのですが。というか、店番ですからいるのが当然なのですが。

少し寂しげな天気とは裏腹に、お客さまも程良く訪れて下さり、ナント、前日の朝に思い立って行ったパン屋さんが定休日で買えなかったパンを、持って来て下さったお客さまもいたり(ブログを読んでいたから、というわけではなく)して、望みどおり食べることが出来たり、やっぱりいろいろと運がいいのです。

そうそう、卵は43パックも売れました。

そんな昨日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・鰺(あじ)バーグ キノコorオーロラソース
・お煮しめ
・卵焼き
・水菜と揚げサツマイモとカニかまのサラダ
・大根の皮と糸コンニャクのキンピラ
・大根の浅漬け柚子胡椒風味
・白菜とタマネギと薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・チョコチップ&胡桃入りバナナケーキ

でした。

昨日は結局、夕方までごはんを食べることは出来なかったのですが、新しく出会えた方とお話するのも楽しいし、ずっと「かたし」に来て下さっているお客さまは、もうお客さまというよりは、家族のような気がしていて、家族から近況を聞くような感じで安心して話が出来て落ち着くし、空腹も忘れていました。そんなふうにいつも楽しいので、ワタクシは果たしてここで仕事をしているのかどうか、ということが分からなくなるのですが、すごく充実した時間を過ごしているのは確かです。

このような小さなお店に、訪れて下さるヒトビトがいることは、本当にありがたいことだ、といつも以上に思ったことでした。

これもショパンのバラードの魔法かな。
良い一日でした。

今日もまた、皆さまにとっても良い一日となりますように。





by sanahefuji | 2019-03-03 08:24 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)
昨日、つばき祭のお茶会に行きます、と書きましたけれど、いつもながらの大盛況で、すぐには入れなかったので、待合所のようなところでお喋りをしながら待っていました。

その場所に、前の「かたし」の時には飾り窓のところに、今時期お目見えしていたハルさん作のお雛様がありました。
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相変わらず、かわいいなぁ。

一緒に行ったお友達も二人は着物、お茶会には着物で来ているご婦人方がたくさんいて、とっても素敵だなぁ、と思いました。

お茶の世界や着物の暮らし、いつの日かワタクシも足を踏み入れようと思っておりまする。というのも、やはりその世界の美意識、というのが、すごく自分に合っているような気がするからです。

そして昔は着物で暮らしていたわけだから、普通に仕事も着物でできるんじゃないか、と思ったりもするのです。

「木ノ口かたし」でも、たすき掛けなどして、着物で働いてみたいな、などなどと、夢は膨らみます。

「木ノ口かたし」の場の雰囲気ときっと合うと思うなぁ。

さて、そんな「木ノ口かたし」の、この土曜日の・お昼ごはんは、
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・鯖の竜田揚げ
・ブロッコリーのカレー味フライ
・卵と鶏挽肉の袋煮&ゆでブロッコリー
・糸コンニャクとニンジンとチクワのキンピラ
・大根と鶏胸肉の梅和え
・卵焼き
・水菜とタマネギと薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・ブルーベリー&胡桃のアーモンド風味ケーキ

でした。

前日に、またまたブロッコリーをたくさん頂きまして、それをフライにしたら、これが子供にも大人にも大好評でした。鯖も安くて美味しくて、五島はホントに豊かです。

昨日はお茶会もありましたが椿マラソンというのもありました。土曜日には、マラソンのために五島を訪れた方も「木ノ口かたし」に昼ごはんを食べに来て下さったり、走った後に「夜の部」でお疲れさま会、という方もいたり、こんな小さな店でも「つばき祭」の恩恵を受けているんだな、と思います。ありがたいことです。

運営している皆さま、お疲れ様でございます。

良い天気で、どちらもよかったですね。

お抹茶を頂いた後、せっかくなので、みんなでお昼ごはんを食べよう、ということで、図書館近くの「たゆたう。」に行きました。

ロコモコ丼というのを初めて食べました。
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前菜もついて、800円です。美味しかったです。
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パンから手作りのハンバーガーもいろいろありますよ。

一緒に食事をした方の娘さんが二人いて、その幼いながらも聡明そうな子たちが、店の外で宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を朗読してくれました。

うららかな春のような日和の中で、その愛らしい声で朗読される「雨ニモマケズ」は、より一層心に沁みました。

コレ、前に書いたと思いますけど(何年も書いているとそういうのが増えますね)、ワタクシが小学生の時、校長先生に呼ばれて、この「雨ニモマケズ」の原文が書いた紙を渡され、「これを○日までに覚えてきなさい」と言われ、必死で覚えたところが、その後、校長先生はついぞそのことに触れることがなかった、という話。

そして級友の誰に聞いても、そんなことは言われてなくて、ワタクシが一人、必死で覚えていた、ということだったのです。

でも、そのおかげで、この「雨ニモマケズ」は、今でもすらすらと言うことができます。子供の頃に覚えたことは忘れないのです。

それは本当にありがたいことでした。昨日の可愛い朗読と一緒に、ワタクシは心の中で諳んじていました。

雨にも負けず
風にも負けず
雪にも
夏の暑さにも負けぬ
丈夫な体を持ち
欲はなく決して怒らず
いつも静かに笑っている

一日に玄米4合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かりそして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな茅葺の小屋にいて

東に病気の子供あれば 
行って看病してやり
西に疲れた母あれば 
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 
行って怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば 
つまらないからやめろと言い

日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにデクノボーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず

そういう者に私はなりたい



原文は漢字とカタカナ表記ですが、これ、何も見ないでここにスラスラ書ける、というの、すごくありがたいなーとワタクシはつくづく思います。

校長先生の意図は結局分かりませんでしたが、結果良ければ全てヨシ、ということですね。

ではでは、皆さまにとっても今日が良い一日になりますように。


by sanahefuji | 2019-02-25 09:00 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

無能な従業員の独白

こんばんは。

そういえば、この間の土曜日の「かたしのお昼ごはん」の記述がまだでした。この間の「かたしのお昼ごはん」は、
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・野菜のかき揚げ
・ジャガイモの甘辛炒め
・玄米餅入り巾着&ゆで卵の煮物
・卵焼き
・大根サラダ
・白菜とニンジンの浅漬け
・玉ねぎと大根と薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・胡桃&チョコチップ&バナナ入りココアケーキ(バレンタインバージョン)

でした。

この間の土曜日は「夜の部」も入っていて、しかもワタクシも途中から参加させて頂きまして、タイヘン楽しかったのですが、不覚にも途中で行き倒れるように寝てしまっていて、いつ寝てしまったのか全く記憶にないのです。

土曜日というのはワタクシにとっては長い長い一日でありますから、夜にほんの少しでも酒など飲んでしまうと、このような事態に陥ってしまう、というのは分かっていたというのに、プロ意識がいつまでたっても芽生えないホントに困った従業員です。

お客さまが寛大な方ばかりだと従業員は甘やかされて育たない、ということです。最近は何故か生ビールを注ぐのも上手くいかないことが多くて、それが何故なのかが自分でも全然分かりません。おかしい、前は出来ていたのに。注ぐもの全て泡だらけになってしまいます。小学一年生のコータローの方が上手に注げるくらいです。これはさすがに練習しなければ、と思ってますが。

これも常連のお客さまが従業員(ワタクシのことだけど)以上に立ち働いて下さって、生ビールなどは自分で注いで下さるので、従業員はまるで成長しない、ということなのです。

だから時々、知らないお客さま団体が来たりすると、もう緊張のあまり、ますます上手くできません。ホントに無能な従業員のままなのですが、居酒屋の店主(夫のことだけど)は注意もせずに放置している(諦めているのかもしれません)ので、ますます成長しません。家族経営というのは、このような甘えの構図がありますから、普通の会社経営からしたらお話にならない、ということになるのかもしれません。

しかし、そんな「木ノ口かたし 夜の部」又の名を「居酒屋えいじ」は、いつもちょうど良いくらいの頻度で、良いお客さまばかりが訪れて下さって、これは一体どういうわけだ、と無能な従業員であるワタクシは、この幸運にいつもいつも感謝しております。

無能な従業員ではありますが、感謝の気持ちと祈りの心が湧いてくるのでございます。ホントに。

そして昨日も「夜の部」は楽しいお客さまが来て下さって、しかも、その時の残り物があるので今夜の夕食はそれですませようなどと考えている、主婦としても怠慢なワタクシですが、なんかホントにホント、「かたし」があってヨカッタな、と心から思います。

それもこれも、前の「かたし」の建物に惚れてしまったワタクシが、その心のままに行動したおかげです。タイヘンなことやツライこともあったけれど、こうして今もこんなに豊かな恩恵を受けているのですから、こんなにありがたいことはありません。

もちろん、いつまでも寛大なお客さまに甘えてばかりの無能な従業員のままでもいけませんが、その、事の初めの直感力のようなものを弱らせないこと、それが肝心である、とつくづく思う今日この頃でございます。

生ビールを注ぐ練習および、直感を研ぎ澄ましておくこと、それが目下ワタクシの課題です。

















by sanahefuji | 2019-02-12 20:39 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

窓を磨く

昨日のお店が終わってから、ナンテコッタな失敗をしていたことに気がつきました。

寝坊もしなかったし、ボンヤリもしていなかったし、調子よく準備も出来ていたのに。

そんなふうに調子が良い時にでも、失敗ってやっぱりするものです。久々に、ウダウダと引きずりそうになりましたが、もうそれは仕方がない、次から気をつけよう、と線を引き、さっさと寝ることに。


最近、というか、昨年からワタクシはある実験をしています。

それはこの間、立ち読みをした本の題名、「答えは自分の感じた中にある」という、コレをことあるごとに、そして可能な限りやってみよう、という実験。

この本を立ち読み(立ち読み立ち読みって失礼ですね、ホント申し訳ない!)する前、昨年からそのようなことは感じていたのですが、それがそのまま題名になった本が目の前に現れたので、少なからずビックリしたワタクシです。

ワタクシは、ふっと自分の中に浮かんできたことを、何も考えずにそのままやってしまう、ということが以前はよくありました。そしてそれはいつも、良い結果をもたらしていました。

そして、そういう時代の自分は今思うに、すごく元気だった、のです。

でも、それが出来なくなったのは、多分それは自分で頭だけで、しかし真面目に考え続けた結果ではあると思うのです。

それが結婚して生活してきた期間と重なっていました。おそらく真面目に、妻とか母とか、そういう女のヒトは、こうしないといけない、こうでなければならない、と、必死でその通りにしようとしていたのです。それは、現実の母や妻、というものが家庭でどういうふうに生きているのか、ということを子供の頃に見ていない、そういう存在が空白だった、ということとも関係あるかもしれません。だから頭で考えるしかなかった、ということもあるのでしょう。

随分とそれは険しい道のりで、回り道をしてきました。

表面上は何も問題ないように、上手くいっているように見えていたかもしれないけれど、もう破たん寸前、というところまで、昨年追い詰められました。これは自分の中だけで起こっていたこと、ですけれど。

そこまで追い詰められないと、変えようとしないのが人間というものかもしれません。

このままでは体が死ぬ前に、精神が弱っていって先に死ぬ、と思いました。

それで、以前は得意だった(?)、自分が感じたままに動く、思ったことを即やってみる、ということで、弱っていた精神は生き返るのではないか、と思ったのです。

それは、予想以上に良かったです。

あ、前はこんな感じだった、というのを、どんどん思い出してきました。

元気だった頃の自分は、こうだった、というの。

そしたら、ちょっとしたことが面倒でもなくなって、土曜日に朝早く起きるのも、冬の寒い日でも、そんなに辛いと思わなくて、なんだかワクワクする気持ちの方が勝っているような、そんな感じ。

昨日、あ、窓が汚れてるから拭こう、と思って、外に出て、窓拭きしたら、すごくキレイになって、この透明の窓ガラスを入れた時の、いつまでも外を見ていたいような、ニンマリと「ほくそ笑む」のが止まらない、という気持ちを思い出したりしました。
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「木ノ口かたし」の窓は、全部が全部、どこかの現場から持って来てもらったもので、枠もガラスもマチマチのバラバラ、ここの窓は磨りガラスでした。それで、景色は見えなかったのです。

でも、新しい透明なガラスを入れてもらった日、それはそれは嬉しくて。

そんな初々しい気持ちを思い出しました。

そんな気持ちを忘れて暮らすようでは、果たして生きていると言えるだろうか。

それは絶対に自分で守らないといけなかった気持ちだったノダ、と、死の淵で(大袈裟だけど、それくらい)思いましたる昨年は、本当にワタクシにとって転機となりました。

いつもいつも、窓を磨こう。

外の世界の光が、内に入ってくるように。


さてさて、そんな昨日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・ブリと大根の煮物&水菜のお浸し
・サツマイモとアオサの天ぷら
・大根の皮と糸コンニャクとチクワとニンジンのキンピラ
・白菜とニンジンの浅漬け
・卵焼き
・白菜とタマネギと薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・長野のリンゴと胡桃のアーモンド風味ケーキ

でした。

しみじみ、美味しい「かたしのお昼ごはん」を皆さまも、ぜひ食べに来て下さいね!

窓を磨いて、お待ちしております!?























by sanahefuji | 2019-02-03 07:24 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

教養とは何であるか

昔から何かを燃やすのが好きなので、今、日常的にカマドでごはんを炊くのが楽しいです。
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「木ノ口かたし」が始まってしばらくは、土曜日の「かたしのお昼ごはん」の時だけカマドで炊いていましたが、昨年のいつ頃からだったか、普段もカマドでごはんを炊くようになりました。その方が美味しいし、そう、楽しいからです。カマドの中の、このような熾き火を見つめていると、なんだかシアワセな気分になります。

先週だったか、小学3年生の子供たちが「木ノ口かたし」に置いてある「昔の道具」例えば牛に引かせる鋤とか千歯こき、とか唐箕(この道具、現役ですが)とか、まぁそのようなものを先生と一緒に見に来たんですがね、その時にこのカマドとか、ごはんを炊く羽釜とか、その傍に置いてある七輪とかも「昔の道具」(やはり現役、ですが)かな、と思って説明しました。

しかし、その時に、うっかり口を滑らせて、このカマドでごはんを炊く時にはね、コータローの宿題のプリントとかテストなんかも燃やせちゃうんだよ、などと言ったものだから、カマドの説明よりも、そちらの話題に食いついてきた子供たち、「じゃあ宿題をやる前に燃やしたら!?」とかなんとか、わーわー言って、なんだか盛り上がっちゃったのですよ。

それで、あ、マズイ、先生もいらっしゃるのだった、と思い、テストを燃やすとか宿題のプリントを燃やすとか、それは本当のことなんですけど、先生の前で言ってはいけなかった、と思い、そんなので盛り上がってしまった子供たちの話題の軌道修正をしなければ、と、やや焦りましたよ。

ワタクシは「活字中毒」のケがありますから、字があると吸い寄せられるようにして読んでしまうので、プリントの類を読まない、ということはありません。どんなプリントでも隅々まで読むんです。そしてこれは面白い、と思ったモノは、とってます。でもいらない、と思ったらすぐに焚きつけにしてしまうんですね。

子供のテストの紙とか宿題なんかは、殆どよく見もしないで焚きつけ、にしてしまう。何故ならそのようなものは燃やしやすい紙質の場合が多いですから。ツルツルとした紙なんかは、よくありません。学校で使っている「わら半紙」のようなものが燃やすには最適なんです。

そのようにテストとか宿題に対する「冒とく」とも言えるような行為を軽々しくしてしまう不真面目な母親なのは間違いないのですが、そのような様子を、真面目に「昔の道具」の学習に来た子供たちに晒してしまうのは、ちとマズかったですな。

しかし、わが家の子供であったならば、大切なものをうっかり母親に燃やされないように自分で管理しなければ、という危機管理能力(?)は育つかもしれません?!

まぁモノは考えよう、ということです。

モノは考えよう、というか、様々なモノの見方が出来るようになることを教養、というのではないか、というような話を、昨日の朝のラジオ、サタデーエッセイというコーナーで聞きました。

昨日の朝のサタデーエッセイは、哲学者の土屋賢二氏だったのですが、とにかくこの方の話すことはメチャクチャ面白いので、昨日のサタデーエッセイがその方である、とアナウンサーが告げた時に、ワタクシは内心「ヤッタ!」と喜んだほどでした。

このお方の話は、まぁだいたいいつも奥さまのことには必ず触れるのですが、この奥さまから自分がいかに不当に扱われているか、ということを力説して、奥さまの性格を憂いている、とか言っているんですけど、そのように強くてよく怒るらしい奥さまが、この土屋氏はホントに好きなんだな、とワタクシなどは感じて微笑ましくなります。

思うに、強くて理不尽で、すぐ怒るような女のヒト、というのが、意外と男のヒトはキライではない、というか、何かそれ以外に自分の気に入る点(主に外見の好みでしょうが)があれば、むしろそのような強さや理不尽さをけっこう求めていたりする、ということをワタクシはいろいろ観察していて感じますが、どうなんでしょう?従順で言いなりになるようなヒトより面白いのではあるまいか。

それはさておき、昨日の話では、大学時代の寮生活で、土屋氏のそれまでの価値観がひっくり返った話などをしていました。まず、寮の先輩が「土足厳禁」という張り紙を土足で貼っていたのを見て、規則は守るものだと思っていたのが、そうではないことを知った、とか、寮の部屋替えが数か月(半年だったかな?)に一回あるそうなのですが、それまで一回も掃除をしない、とか、風呂に1か月入らないヒトがいる、とか、とにかく、今まで自分が生きてきて、「こうしなければならない」と思い込んでいたことが「そうでもないことだった」と気がついた経験をとつとつとした口調で話しておられるのが、もうおかしくておかしくて、一人で「木ノ口かたし」の台所で笑ってしまいました。

あるいはラテン語の教授が教室に入って来てラテン語の詩を朗読して、解説は一切せずにただただ、その詩に感動しているのを見て「ラテン語の勉強にはならなかったけど、中世の詩に感動する人生もあっていいのだ」ということを学んだ、とか。

昨日の話ではないけど、前には燃えている布団に寝ていた寮の友人の話などもありました。しかも、その友人は燃えた布団をいつまでも捨てなくて、使おうとしていた、とか。

大学というのは先生も含めて変人が大勢いるところ、というのはワタクシの母校の帯広畜産大学でも感じたことです。そのような中に入ってみると、田舎者の自分はホントに凡人である、ということが分かったものです。

前に書いた古めかしく、冬には何もかもが凍てつく一軒家に引っ越しする前のワタクシは、学生専用のアパート(と言っても風呂とトイレは共同)に住んでいて、そこにいた住人も、普通のようで変わったヒトビトでした。

男子学生における不潔自慢、というのはつきものですが、そこにもやはり「敷きっぱなしの蒲団にキノコが生えていた」という強者がいて、今もあるなら、そのキノコを見てみたい、とワタクシはそのヒトの部屋の前を通る度に思っていたものです。

あるいは、どこかの大学を卒業してから獣医学部に入り直した、ということでワタクシたちより年上の新入生で頭の良さそうな(実際よかったから難関の獣医学部に入れたんでしょうけど)N氏。

その優秀なN氏から教わったことで、唯一覚えているのが「胸が小さいヒトの正しいブラジャーのつけ方」なんです。N氏は男なんですけど、どうしてそんな話になったかとか、前後のことは全く覚えてないのだけど、彼が実技でやってみせてくれました。もちろん他のヒトもいて服は着てますよ。まず膝をついて四つん這いのようになり、重力に忠実に胸を垂らした状態で片方ずつ行う、左だったら左手をつき、空いている右手を左の脇腹に突っ込み、その周辺の肉を背後や下方からも寄せ集めるようにしてカップに入れる、という具合。

それって女のヒトなら誰でも知っている常識ですか?ワタクシは女の常識を知らないまま大きくなってしまったようなところがあるので、そのことは、そのN氏が教えてくれるまで知りませんで、しかも、せっかくそのように丁寧に教えてくれたというのに、全く実践しなかったのです。

それは今から20数年も前のことですから、もし仮にN氏が「いいか、こうやってやるんやで」と教えてくれたその時から忠実に毎日実践していれば、今になって「木ノ口かたし 夜の部」の正直なヨッパライに「さなへさんは貧乳である」などと何度も何度も言われずにすんだかもしれないのに、その効果を試せなかったのは実に残念です。もはや手遅れです。

しかし昨日の土屋氏も「私は手遅れになってから頑張るタイプです」などと言っていて、あ、それワタクシもそうかも、と思ってかなり笑いましたから、そうだ、手遅れになってからでも頑張ってみようかしら。

とまぁ、このように大学には変わったヒトが多い、ということが分かりましたね。確かに視野は広がりました。

でも思うのですけど、ワタクシは自分が気がけてさえいれば、ごくごく普通の日常でも、人間を観察したり、いろいろな出来事を観察したりすることで視野を広げたり、モノの見方を訓練する、ということは出来る、と思います。

ワタクシの人間理解、は続行中でございます。

さて、昨日の「かたしの昼ごはん」は、
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・酢鶏
・イノシシ肉だんごと白菜の煮込み
・糸コンニャクとチクワとニンジンのキンピラ
・ニラとエノキと海苔の和えもの
・リンゴとブロッコリーのサラダ
・卵焼き
・チンゲンサイとキャベツと薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・長野のリンゴ&胡桃のアーモンド風味ケーキ

でした。

そう言えば前日に書いた、「春らしい」イヤリングなど、昨日はごっそり売れました。またまた仕入れてきたいと思います。

今まで足りなかったオシャレ心を持つことで、「木ノ口かたし」の売上げも上がる、と実にいいことばっかりですね!

手遅れからでもガンバリマス!?































by sanahefuji | 2019-01-27 07:22 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

わたしは悪い本

おはようございます。

土曜日は朝早くから働くので、「夜の部」もワタクシの担当だったりする場合、数えてみると19時間労働、とかいうことになります。それが何日も続くとタイヘンですが、まぁ1日だけなんでどうということもないのですが、やはり次の日は体も頭も動きにくい感じはあります。

というわけで昨日は、いつも以上にボケーとしておりまして、夜にエアロビに行ってやっと普通になった、と思ったらもう夜ですから手遅れな感じ。でも、やっとそこで普通になったので、いろいろとしようと思ったらいつの間にかコタツで寝てしまって起きたら4時半!

大変に損をしたような気分です。

週の始まりの月曜日なのにナンテコッタです。

しかしワタクシは規則正しく毎日会社に行って、何時まで仕事場にいて、とかいう正しい働き方よりも、例えばこの週末のように19時間働いて、次の日は最低限の仕事だけして後はグータラしている、というような方がいいんです。うん、それがいい。

毎日何時までにどこそこに行く、という、普通のことがワタクシにとってはタイヘン難しいことに思われます。だから、学校時代はよく行ってたな、と思います。子供たちってエライですね。学校行ったら行ったで、ずっと座って授業を受けないといけないし、これもよくやっていたなぁ、と思います。宿題もある、テストもある、ホント大変だ。中学生は部活もあるし。

子供も労働者もホントにエライ。

そういう普通のことを普通にきちんとできる、ということはホントに尊い、とワタクシは思います。

そんなワタクシは、この間の土曜日の朝にいつものようにラジオを聞きながら「木ノ口かたし」の開店準備をしていて、いつも楽しみにしている「落合恵子の絵本の時間」で紹介された、宮部みゆきさんの「悪い本」というのが気になって気になって仕方がありません。

だいたいいつも、優しい温かい感じの絵本が紹介されるのに、それは珍しく怖い本、でした。

その本を読んだわけではないので、分からないのですが、それは絵本自体が「私は悪い本です」と言って語りかけてくる形式になっているらしい。

その悪い本が、「あなたはわたしがほしくなります」とか「あなたがわたしをわすれても わたしはあなたをわすれない」とか語りかけてくる、らしい。

怖い!

でも読みたい!

とワタクシは思いました。

悪い心、を持っていないヒトは、いないですよね。誰でも持っています。

そんな「悪い心」と、どんなふうにつき合って、バランスをとって、普通のことを普通にしていくか、けっこうそれがワタクシには、永遠のテーマなような気がしているのです。

「悪い本」、気になります。

で、そんな絵本の紹介の後、いつも1曲、音楽もかかるのですが、今月はアバの曲で、それでホッとしたワタクシでした。年末に「マンマ・ミーア」を見たばかりだったので、なかなかタイムリーな選曲、「落合恵子の絵本の時間」とは相性が良いワタクシです。

そのアバの曲、先週は「ダンシング・クイーン」で今週は「I Have A Dream」、良いですなぁ。

なんだか怖い「悪い本」の後の「I Have A Dream」ということで、人間の両面を見せてくれているような、そんな感じもいたしました。ほんの数分のラジオのコーナーですが、土曜日は朝から、なかなかに深い。

そんな、この間の「かたしのお昼ごはん」は、
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・ブダイのフライ
・筑前煮
・サツマイモサラダ
・卵焼き
・大根の皮のキンピラ
・カブの浅漬け
・カブの葉っぱとタマネギの味噌汁
・カマド炊きごはん
・長野のリンゴ&胡桃のアーモンド風味のケーキ

でした。

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土曜日限定の長時間労働を支える、普通のごはん、が、ありがたく、そして、なるべく「悪い本」が必要ないように、と願うワタクシでありました。

ではでは皆さまにとっても、なるべくなら「悪い本」が必要ありませんように。

今日も良い1日を!














by sanahefuji | 2019-01-21 07:37 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

黒猫効果アリ

予言(希望的観測とも言う)通り、昨日の「木ノ口かたし」、幸運の象徴である黒猫の恩恵を受けたのかどうかは定かではありませんが、とってもいい日になりました。

ワタクシ、思うんですけど、思い込み、というのは大事です。

ホントにこんな、ヒトによっては「馬鹿げたこと」とでも言えるくらいの「たまたま黒猫を2回も見かけたんだから、何かいいことがあるかも」というような、迷信のようなことでも、強く思い込むと、本当にいいことがあるんですね!

例えばワタクシは、もう随分と前から自分は「凪女」である、と言っているのですがね、最初は「凪女かもしれない」くらいに遠慮がちに言っていたのが、本当にいつもいつも凪で、海が荒れた時に船に乗ったことがない、というのは、ただの偶然であっても、そう思い込むと、本当にそういう傾向にはなるような。

あるいは、何の根拠もなくても自分にはタダ旅運がある、と思い込むと、本当に旅費などを全部出してもらってあちこち行けたりする、とか。

まぁしかし、本当にあるのは「ぼっとん便所運」くらいのもので、これは、ワタクシの人生において、相当の長きにわたってある運、というより「ぼっとん便所歴」というか、もちろん今も継続中。そして、これは誰も羨ましくもない運でもありましょうが、まぁ特に困るということもない。

うら若き乙女、そう女子大生であった時代、この前書いた犬のテトと黒猫ジジと暮らした家も、もちろん「ぼっとん便所」。しかし、この家は、それよりももっと珍しいことに、風呂が石炭風呂、などという、その当時のうら若き乙女であった(ホントか)ワタクシには、どうやって沸かしていいか分からない代物で、とうとうこの家で風呂に入ったことがなかったのです。

今だったら、多少の炭なり火の扱いに慣れているから出来るかもしれないけれど、その時は学生でもあったし、たかが風呂に入るのに石炭を燃やす、などという芸当は、出来なかったんですね。

従って、その時にワタクシには温泉などに行くと「よしよし、これで2~3日は大丈夫」などと条件反射的に思ってしまう癖がつき、今も抜けない、ということになっております。

あ、でも誤解のないように言っておきますけど、風呂には入れなかったけど、その当時は農場の作業などで汚れていたから、毎日農場とか体育館のシャワーを使っていたし、今も毎日風呂には入りますからね。近寄りたくないわ、などと思わないで下さいね。

それから、その家の向かいにあったお宅の方が実に親切で、冬になると「お風呂に入りに来なさい」などと呼んでくれるので、そこで冬は毎日のように「貰い風呂」をしていたりもしましたよ。

その風呂に入らせてくれたお宅には、室内で飼っている毛並みが美しい犬が2匹いて、それはそれはものすごく可愛がっていらっしゃったのです。それで、自分たちが留守にする時には、犬が寂しがるから、と言って、ワタクシに家の留守番をして、犬と一緒に寝てくれるように、と頼まれたりもしたのです。

それが、今思えば帯広畜産大学の学生、というのが大学周辺の方々にいかに信用されていたのか、ということなのですけどね、ワタクシに鍵を預け、家の冷蔵庫の中のものも自由に食べてもいいし、好きに過ごしていいから、とにかく犬と一緒に夜に寝てくれ、と言うのです。

まぁこれは、ワタクシもその家で犬(テト)を飼っていたので、犬を飼っているヒトに悪いヒトはいない、と思われたせいかもしれませんが。

それで、戻って来られたご夫婦からは、お礼を言われ、それだけでも十分なのに、ナントお金まで下さった!

ワタクシはその立派なお宅で、しばし優雅な気分で犬と一緒に寝て、たしか冷蔵庫の中のものをホントに食べたような気がしますけど、そんなふうに好き勝手に過ごしていただけで、お金なんかもらっては申し訳ないと思いましたけれども、貧しい学生でありましたから、そのお金は嬉しかったのですけどね、それが、ナントナントの万札!しかも一枚ではない!

なんか真面目に時給数百円のバイトなどしているのが馬鹿らしくなってくるような、優雅なお仕事でしたわね。

お金持ちというのはスゴイんだな、と思った次第です。

アレマ、また脱線してしまいましたが、昨日はホントにいい日でした。「今日は私の『木ノ口かたし』記念日!」と言って頂けるような良い出会いがあって。

そんな昨日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・イノシシ肉の餃子スープ煮
・イモとアオサの天ぷら
・大根サラダ
・大根の皮とチクワと糸コンニャクの炒め物
・卵焼き
・タアサイと大根と薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・長野のリンゴ&胡桃のアーモンド風味ケーキ

でした。

そういえば、先週の「かたしのお昼ごはん」を載せてませんでしたので、ついでに。
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正月中は、普通のごはんを食べてなかったから、久々の普通のごはんが美味しかったです。
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これからも「かたしのお昼ごはん」を、どうぞよろしくお願いします。

ところで、今日は合唱祭です。福江文化会館で1時半開演ですので、よろしかったらどうぞ!

わが奥浦混声合唱団も3曲歌います。

昨日、とってもいい日で、その気持ちのまま夜にリハーサルに行って、歌を歌っていたら、なんだかシアワセで、あーこのまま明日死んでも悔いはないかも、という気さえしてしまいました。

でも、まだ死なないと思いますけど。

また歌詞を書いておきましょう。


「いのちの歌」

生きてゆくことの意味
問いかけるその度に
胸をよぎる
愛しい人々の温かさ

この星の片隅で
めぐり逢えた奇跡は
どんな宝石よりも
大切な宝物

泣きたい日もある
絶望に嘆く日も
そんな時そばにいて
寄り添うあなたのかげ

二人で歌えば蘇る
ふるさとの夕焼けの
優しいあの温もり

本当に大事なものは
隠れて見えない
ささやか過ぎる日々の中で
かけがえのない喜びがある

いつかは誰でも
この星にさよならを
する時が来るけれど
命は継がれてゆく

生まれてきたこと
育ててもらえたこと
出逢ったこと
笑ったこと

その全てにありがとう

この命にありがとう



風邪はまだ治ってなくて声の響きがいまいちだけど、心を込めて歌ってきます。

歌は、いろいろな経験を積めば積むほど、生きていけばいくほど、ちゃんと歌えるように、なっていくんだな、と思います。

「歌よありがとう」

これも歌います。

楽しみです!









by sanahefuji | 2019-01-13 10:17 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)
昨日の「土曜日開店 木ノ口かたし」、今年最後の営業日、そして夜は前の「かたし」のメンバーたちとの忘年会、ホントにホントに楽しくて、感謝感謝の一年だったなぁ、とまた改めて思いました。
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暖か過ぎる冬至の日。気分だけでも北国のクリスマス。
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今、借りている家の裏に、家主さんが北国から持ち帰って、移植したモミの木があります。それは、温暖な九州では、やはり育ちにくいのか、スクスクと真っすぐには立っていなくて、ひん曲った背中を丸めて何かこうゼイゼイ言いながら、長年かかってやっとこんだけ大きゅうなったわい、ワシは、などと言っている爺さま、という気配ではあるのですが、生きてます。

そして毎年、この時期には枝を使わせてもらっております。ありがとうお爺さま!

昨日の今年最後の営業日にお客さまに、と言って、また今年もアサがクッキーを作ってくれました。
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これをお客さまに手渡しながら、本当にワタクシはハートを手渡す気持ちでした。ワタクシのハートでよろしければ、いくらでもどうぞ、持って行って下さいませ、もう本当に全部、と思うほど、ワタクシは感謝の気持ちでいっぱいです。

何も残らなくてもいいのいいの。

そのような態度は、おそらく恋愛などにおいては重すぎる女ということになり、その重圧に耐えられない男のヒト(殆ど例外はないと思われる)に逃げられる、というような事態にもなるでしょうが、「木ノ口かたし」のようなちっぽけな店の店員としては何ら支障はない、とワタクシは思いますがどうでしょう?

でも、本当にワタクシはそのように思うほど、前の「かたし」から続く「木ノ口かたし」の日々を思う時、感謝の気持ちでいっぱいになるのです。

今年も一年のご愛顧、本当にありがとうございました。もちろんそれは、実際のお店には来られなくとも、このブログに訪問して下さっている皆さまに対しても、そのように感じております、年の暮れ。

皆さまの存在が、この不肖な店員妻嫁母女その他いろいろのワタクシの不安定な心のどれだけの支えになって下さっていることか、ということを思う時、現代の波に乗れない自分でありながら、このような現代のツールがあってヨカッタなぁ、と思うのです。

ホントにホントにありがとうございます。

それにしても、昨日の忘年会は面白かった。

前の「かたし」がなくなって、ハルさんユウさんと、前みたいに毎週土曜日に必ず顔を合わせて、土曜日ごとにとりとめもない話や真面目な話を延々続けたり、ということもなくなり、時々お客さまとして訪れてくれるハルさんと話したり、共通に所属している組織内で会ったり、ということだけになってしまったけど、「かたし」の絆は不滅だな、ということを思いました。

そして、ワタクシが忘年会が終わって、そうか!と思ったことは、人間が生きていく上で大事なこと、もの、というのは、誰でもだいたい分かっていることですが、意外と分かっていない、というか重視されていないのがその順番だ、ということです。

生きていく上で大事なこと、もの、それは、お金、物、ヒトとの心の交流、環境、自然、文化、などなど、まぁ思いつくのはこんなところか。

ワタクシは、それらの質、ということよりも順番、というのを確実に押さえておく必要がある、と思ったのです。

ワタクシが考える順番は、こうです。

1.ヒトとの心の交流
2.環境、自然
3.文化
4.金、物

人間の世界で生きてく時に、この順番が狂うと何かおかしくなる、と思います。

ワタクシが思うに、「かたし」というお店は、この順番を守る、ということに重きを置いているのだな、ということに、昨日の夜に唐突に気がついたのでした。

何かと唐突に思い、唐突に行動し、そしてグダグダする、というのを繰り返して立ち止まっているようでありながら、少しずつ前に進んではいるのではなかろうか、と思う年の暮れ。

しかしながら、こんな中年、というような年になっても、今年は、こんなこと初めて!と思うようなこともあったりして、やっぱり人生って予測不可能だな、と思いましたる年の暮れ。そればっかり。

でもホントに年の暮れなんだから仕方がない。

暮れたものは必ず明けると決まっておりますから、また明るい気持ちで新しい一年を迎えましょう。アナタさまもワタクシも。

あ、そうそう、先週は写真がなくて載せていませんでしたが、今週の、もとい、今年最後の「木ノ口かたしのお昼ごはん」は、
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・おでん(かたしの忘年会定番)
・骨付き鶏のから揚げ&ブロッコリー
・アジの南蛮漬け
・大根の皮とコンニャクのキンピラ
・卵焼き
・大根サラダ
・大根と水菜と薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・リンゴと胡桃のケーキ、スーパーデラックス

でした。

そして、これらの残りもの+お刺身、そしてイノシシベーコンのカルボナーラ+差し入れのオサレなサラダというのが忘年会メニューとなりまして、昼も夜もご馳走でした。
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恒例のハルさんのバイオリンの演奏に昨年からは、もうお一方のバイオリンも加わって、さらに深みを増しております演奏です。

昨日は、クリスマスソングをたくさんと大曲(スミマセン、名前忘れました)、11月の世界遺産関連のイベントでオーケストラと歌った、モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」の演奏。この「アヴェ・ヴェルム・コルプス」はお二人のバイオリンの伴奏でその場にいた合唱団メンバーと二人して歌う、ということもやりまして、ワタクシはますますこの歌の良さ、というのを思いました。

生の伴奏で歌う、というのは、オーケストラであってもバイオリンであっても、そしてまた、その技術の云々は全く関係なしに良いものである、ということも分かりました。

いつもいつも、大切なことに気付かせてくれる「かたし」です。
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今年の忘年会が終わったばかりだというのに来年は皆、一人一芸をしよう!とか、来年の「アヴェ・ヴェルム・コルプス」は4パートのメンバーを全部揃えて歌おう、などなど、既に来年の目標が出来ております年の暮れ。だから、もういいってば。

来年のことを言うと鬼が笑うといいますが、いいのいいの、君が笑ってくれるなら。

ワタクシはなんだってやりますよ。

ワタクシは、アナタの笑顔が見たいのです。

これも、店員としてなら、いいでしょう?!

















by sanahefuji | 2018-12-23 08:11 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

フーテンからのご提案

おはようございます。皆さまごきげんいかがでしょうか。

本日、週の真ん中、水曜日。ワタクシにとっては「土曜日開店 木ノ口かたし」に向けてじわじわ焦り始める曜日です。

先々週に「木ノ口かたし」の厨房に設置された業務用のガスレンジに付属のガスオーブンですが、業者の方に見てもらったら、やっぱり温度調節機能が壊れていて、その機器を交換しなくては利くようにならないらしく、今週はもう間に合いません。

というわけで今週は再び電気のオーブンでシュトレンは4つだけ焼くことにしました。なんとかガンバッて自家用&予約のパンも焼こうかなぁ。「よだきい病」などと言って、のろのろしているばかりでは、回復しませんから、無理矢理にでも動くしかありません。

それで昨夜、なんとか生地をこねました。シュトレンの生地には、たくさんの材料を使います。いくつかの季節を越えて準備もします。
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例えばオレンジピールなどは、柑橘を溢れるほどに頂ける、春に作っておきます。それを見ながら、あ、これを作ったこの頃には、こうだったな、ああだったな、などと思い出します。あの時は、まだガスオーブンも壊れてなかったし、今の自分の状況がこんなふうになっている、なんてまるで想像もできないことだったなぁ、などと思ったり。

時は流れ、状況は変わってゆくもの、それはこれからもそうなのだから、その時その時で一番良い方法を探ってゆくしか、ないのだなぁ。

そう言えば、この間の土曜日の「かたしのお昼ごはん」の記述がまだ、でした。土曜日の夜、ダラダラと長い日記を書こう、なんて思っていたのに、結局コタツで寝てしまって、何も書けなかったのでした。

この間の「かたしのお昼ごはん」は、
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・おでん
・大根の皮のキンピラ
・フライド(スイート)ポテト
・リンゴとブロッコリーのサラダ(イノシシハム入り)
・卵焼き
・白菜とタアサイの味噌汁
・カマド炊きごはん
・長野のリンゴ&胡桃&わが家のサツマイモのケーキ

でした。

今年の「木ノ口かたし 昼の部」も、12月15日(土)、12月22日(土)、と残すところあと2回、となりました。

12月29日(土)はお休みさせていただきますので、この2回の「木ノ口かたし」をどうぞよろしくお願いいたします。お餅やお米、餅米など、今年はたくさんございますので、御入り用の方は、どうぞお申し付け下さいませ。ナント、優秀なことに今年はこの時期に、意外と卵もそこまで減ってなくて、まずまずありますので、お正月用の卵もぜひどうぞ。

今年も、この場で皆さまには、だらしないワタクシのグダグダぶりをさらしてきたように思いますが、でもまぁ、こんなヒトでも割と楽しそうな暮らしができるんだな、と思って頂けたら、それは駄文書き冥利に尽きることでございます。

ワタクシは他所からやってきて、こうして豊かな暮らしをさせて頂いておりますが、年々いろいろな面で五島の暮らしを支える人材などが薄くなってきていることは、ものすごい危機感と共に感じています。

なので、ワタクシが思うことは、やはりこの地が本当の故郷である方々が、なるべく若いうちに戻ってきて、「ここで豊かに暮らす!」という決意を持って下さるといいな、ということなんです。

よそ者が、何を勝手なことを言うか、と思われるかもしれませんが、やっぱり、いろいろなことを考えに考えて考えた末に導き出される結論は、いつも、そういうことです。

いろいろな困難や面倒なことや、楽しくないこともあるかもしれませんが、どうか、戻ってきて「ここで豊かに暮らす!」という決意をして下されば、とワタクシは思います。いくら移住者が増えても、「五島の心」は守れない、とワタクシは思うから。

とりわけ今、移住者が増えていて、それはいいことかもしれないけれど、自分も移住者でありながら、こんなこと言うのもナンですが、何かが違う、と感じることも多いからです。

戻って来て下さったり、ずっと地元で根を張って暮らしている地元の方々から、ワタクシは多大なる恩義を受けていて、沢山のモノを頂いて、力を分けて頂いて、そうして成り立っている暮らしの様子を書いたことで、今年は賞まで頂いて、とってもとっても感謝しています。

だから、どうか、なるべく早いうちに誰もかれもが、「田舎に戻る!」を検討していただけたらな、と思っておりますワタクシです。

まぁ自分自身が故郷に戻ってないのに、こんなことを言うのもホントにナンナンですが。

「もし~だったら」などと思うのは、馬鹿げているとは思いますが、ワタクシも「もし母が生きていたら」などと思うことがあります。それは全く違った人生になっただろうな、と。

故郷に戻ったかも、と思ったり。

あ、でもそれは、全然残念なことではないんです。こういう根なし草な性格になったことも、フーテン気質も、なにもかも、そんなふうにしかなれなかったし、それでよかった、と思うんですよ。だって、それだからこそ、いいこともいっぱいあったから。

だから今ワタクシは、こうして五島で暮らしていて、良い出会いもたくさんあるのですから。

とっても幸せです。

でも、事情が許す方は、ぜひ、誰もかれも「田舎へ戻ろう!」

そして、「ここで豊かに暮らす!」と、並々ならぬ決意を持って欲しいな。

ワタクシは、そのように思います。



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長野の胡桃を消費するため、最近はもっぱら胡桃パンばかり焼いています。それからやっぱり長野のリンゴをジャムにして、クリームチーズと。イノシシハムも、絶品!美味いです。イノシシ臭ゼロです(ワタクシは少しでもイノシシ臭があったら食べない、という贅沢者です)。

どこの田舎も田舎は素敵!








by sanahefuji | 2018-12-12 09:58 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

ここは五島列島福江島 「かたし」とは椿の古い呼び名です。Iターンで新規就農した私達が週に一度だけやっている直売所「かたし」での出来事、農家暮らしの日常などなど。日本の端っこで繰り広げられる人生劇場を綴っていきます。


by sanahefuji