カテゴリ:「かたし」のお昼ごはん( 92 )

歌いながら死にたい

今の時期、雑草と呼ばれるような草たちも紅葉します。

それはそれは美しいので、飾ってみました。
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秋ですね。
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昨日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・アジのすり身揚げ
・イモの天ぷら
・キノコとベーコンの炒め物
・おでん
・大根葉とチリメンジャコの炒め物
・大根の皮のキンピラ
・卵焼き
・白菜と玉ねぎと薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・紅玉と胡桃のケーキ

でした。

部活やロボコンや、その他いろいろなものが終わって、土曜日に中学3年生がいてくれると、非常に助かります。昨日は、このアジのすり身をすり鉢でよーくよくすってもらったら、ふわふわとした口当たりの柔らかいアジのすり身になりました。その他、「夜の部」の片付けや、掃除などなど、実にきっちりやってくれます。中学生というのは使えます。ホントにありがたい。

わが家の場合、例えば子供たちが学校に行きたくない、と言ったら、いいよいいよ行かなくて、ちょっと家の仕事、手伝ってよ、とヨロコンデ家の仕事をやってもらうと思います。

本当は、これもやった方がいいんだけど、あれもやらねばならんのだが、でも手が回らないのよね、などなどということがゴマンとあるのですから、労働力が増えるのはありがたいことです。

今の時代は家で子供がする仕事がない、というのが大いなる損失かもしれない、とワタクシは家の子供を見ていると思います。わが家の子供たちも決して、自ら進んでお手伝いをするわけではありませんが、いろいろやることがあって、親も手が回らないから、やらざるを得ない、ということになり、そうすると、やはりそれは子供にとっては何というか、生きていくための力というようなものになる気がします。

そして、家にいると、あれやこれややらされるから学校に行った方がマシ、ということにもなるのかもしれないし。


さて、話は変わって、昨日は午前中は子供たちのマラソン大会があって、朝から小学校の田んぼの米2升をカマドで炊いて、お母さんたちと塩ムスビを作り、マラソンの応援をし、その後すぐにアタフタと「五島ウインドオーケストラ演奏会」のための本番直前の練習へ。

また前に書きました合唱指導の先生がいらっしゃってましたから、この度ワタクシは、もう直接聞いてみようと思い、昼食の時に先生に「私は専門の音楽教育も受けてなくて、ピアノも弾けなくて、楽譜も読めないのですが、でも合唱の指導者になりたいのですけど、できないでしょうか?あるいは、これからどういう勉強をしたらいいでしょうか?」などという無謀な質問をぶつけてみたのであります。

そうしたらば先生は「それならば『言葉』を指導したらどうですか。」と、おっしゃいまして、歌における「言葉」の重要性を語って下さいました。

そうか!

とワタクシには何かそこで「あ、つながった!」という感触がありました。

「言葉」だったら出来るかも、という思いが湧いてきて、そしてそれは最も自分が望むことではないだろうか、とも思いました。

農業や、田舎の暮らしや、合唱や、文章を読んだり書いたりすることや、そういったワタクシが好きで好きでたまらないことは、一見バラバラのようでいて、そして別々に今まで追い求めてきたようでいて、でも実はこうして、自分の人生の中で全部つながっていくのだな、と。

そう思ったら、俄然ワクワクしてきましたよ。

後は勉強あるのみ、実践あるのみです。

そんな気持ちでいっぱいになりながら、昨日は歌うことが、また百倍くらい楽しくなりました。

子供たちの演奏も凄くて!

若いエネルギーを、藝大の超一流の演奏家の方々が見事に引き出して、それはそれは心が躍る音楽になっていました。

このような機会があることが本当にありがたく、また、それを裏で支えて下さっている、関係者の方々、スタッフの方々に心から感謝の気持ちが湧いてきました。

本当にありがとうございました。

11月23日もまた、藝大フィルハーモニア管弦楽団 世界遺産登録決定記念コンサートがあります。

そこでは、昨日歌った「ビリーブ」と「蒼き故郷」の他にモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」も歌うので、楽しみです。

ホントにホントに楽しみです。













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by sanahefuji | 2018-11-12 06:25 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

美味しい魚をいつまでも

昨日の「木ノ口かたし」は、朝から閉店間際まで、そして夜もなかなか忙しい一日でした。

よって「かたしのお昼ごはん」の全体像の写真を取り損ねましたので、盛り付け例をば。
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・鯖の味噌煮&インゲン
・コンニャクと竹輪とニンジンのキンピラ
・ごぼうサラダ&煮卵
・野菜とアオサのかき揚げ
・卵焼き
・キャベツとツルムラサキの味噌汁
・カマド炊きごはん
・胡桃入りバナナとチョコチップのケーキ

でした。

基本ヒマな店ですから、店員としてのスキルが上がらないまま幾年月のワタクシは、時々忙しいと途端にアタフタとしてしまいますが、しかし、ヒトが来て下さるのはありがたいことだなぁ、と思います。いろいろな話も聞けて、面白いし勉強にもなります。

昨日は若い漁師さんの話から、いろいろと考えることがあったので、それを書いておきたいと思います。

五島と言えば、やっぱり海、そして魚、それを取り巻く状況の話です。

そう言えば昨日はお昼ごはんの鯖がとっても美味しかったです。それもそのはず、前日に夫が買ってきた鯖は見るからに立派でしたもの。

目の前が海、という環境で、井戸端で魚を捌くオバちゃんなどをよく見物しながら育ったワタクシよりも、今や信濃の海なし県で育った夫の方が魚に詳しく、目端も利き、料理も上手、となっております。よって、育った環境などは何も関係ない、ということです。

いつか、この地域の80歳をとうに過ぎているであろう、しかし可愛らしいおばあちゃんが「私は魚のことは、なーんにも分からないの。」と言ってニコニコしていましたけど、やっぱり魚のことはダンナさんが全部やってくれたから、とのことでした。

島の女のヒトは嫁に来たら魚のことも出来て当然、とみなされるのかと思っていたので、その時は、そうか、昔のヒトでもそういうヒトもいるんだ、と思って、安心しました。

ワタクシも、そのように「魚のことは、なーんにも分からないの。」と言ってニコニコして、出来れば可愛らしいおばあちゃんになりたいものだ、と思います。

さて、その漁師さんの話。

話の発端は、その漁師さんが仕掛けている網の中に100キロを超えるような大きなマグロが入った、ということで、それを長崎の市場に持っていたところが、想像していたよりも、ずっと安い値段であった、ということ。

そして、その、マグロを市場に出そうと思った時に、誰でも、いくらでも出していいものではなく、マグロのような漁獲量の制限のある魚は、日本全体の漁獲量が決まっているので、例えば他所の地域でたくさん出荷されていたりすると、こちらではもう出せない、などということにもなり、そうすると、一旦網に入った魚でも逃がさなくてはならない、ということなのです。

そして、漁獲量の割り当て、というのが大規模漁業者には大きく割り振られ、小規模の、例えば家族でやっている沿岸漁業者などには、とても少ない、ということなのです。

そういう点では農業も全く同じで、小規模な事業体は、それで生活していくことが困難になってしまうような仕組みを国が作り続けてきているのですね。

小さな農業、漁業、林業、商業、などなど、全部そういうことだと思います。

だから、地方が寂れていくのは当然の結果なのですが、それに対して諦めや無関心や傍観などなど流れに身を任せるだけ、というのも頂けない。田舎者は田舎での暮らしにもっと誇りを持ち、そのような浅はかで汚いやり方に対してもっと怒りを表明し、異議申し立てをせねばなりませぬ。

この、地方を寂れさせていくような動き、強欲な悪代官的なものに対して、闘う気骨を、田舎で暮らすみんなが持って欲しい、とワタクシは願ってやみません。ただ、その異議申し立てのやり方は、ヒトそれぞれで良い、とも思いますが。心の中に焔を持って、それそれが得意なやり方、出来ることをやっていけると良いですね。


日本だけを見ていると分かりませんが、世界では「小さな農業」を見直す動きが始まっています。2017年の国連総会では2019年から2028年までの10年を「家族農業の10年」とすることを決定しました。

それは、世界の食料の約8割は家族農業による農業生産で賄われていることから、飢餓や貧困問題の解決のためにも家族農業は重要な役割を持っている、ということを世界の多くの地域で再確認している、ということなのです。

日本においても、それが当てはまらないわけがありません。ただ、政治の方が遅れているだけで。

農業も漁業も林業も、商業などあらゆる産業も、大きくなり過ぎない、その地域にちょうど良い大きさで、ずっと続けていけるのが、良い産業ですよね。それを目指していくことで、地方には未来があると思います。

ワタクシなどは五島にいながら、漁業のことは何も知らなかった、ということが分かり、新聞やネットで少し(ホントに少しだけですが)漁業のこと調べてみたりして、本当に勉強になりました。

「魚のことは、なーんにも分からないの。」と言ってニコニコ笑って、美味しい魚を食べるだけ、という可愛いおばあちゃんを目指すとしても、漁業を取り巻く状況くらいは把握しておかねばなぁ。

「かたし」での出会い、は、いつもいつも、感謝です。

昨日も良い一日でした。

ではでは皆さま、今日も良い一日を!













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by sanahefuji | 2018-11-04 09:29 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

色づく秋に

今年は長野のクルミがたくさん、なので久しぶりにクルミパン(非売品)を焼いてみました。ガスオーブン不在ですが、電気でもまぁまぁ焼けます。しかし、ガスオーブンが欲しいなぁ。シュトレンに間に合うかしら。まだ探してもいないけれど。
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手前のは今日のケーキ、バナナクルミチョコチップ。

本日は差し入れに持っていくから、という方が「大人買い」で、このケーキや「ふくれもち」や米団子などなど、一瞬で売り切れまして、開店1時間後にはお菓子コーナーは終わった感がありました。めずらしいことです。

昨夜は「木ノ口かたし 夜の部」で宴会があって、その片付けが終わらないまま、土曜日開店の「木ノ口かたし」に突入した感もあり、朝からドタバタ&ザワザワ。

こういうザワつく時、というのは、店としては準備が万端でなく、掃除などもきちんと行き届いてないのだけれど、意外と悪くない感じなのです。何か躍動する生き物のような気配に満ちているというか、なんというか。雑然とした感じ、というのは活気も生まれるのです。 

今日は「木ノ口かたし」初の試み、「土曜サロン」の記念すべき第1回、「お片付けの話」がありまして、そういう時にふさわしい気配だったのですね。

初の試みは、なかなかヨカッタのではないか、と思います。

椿の枝が朽ちて、壊れかけていた旧「かたし」からの看板も、また新しい椿の枝をつけてもらいました。
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新しいことをやってみる、というのはいいですね。

今日は、「土曜サロン」に来て下さった方の1歳と3歳の男の子を、外に連れ出して、ジョンと遊ばせたり、お散歩をしたりしていて、1歳の子を抱っこして歩いている時、その柔らかい肌や髪、新しい世界を見つめる瞳に胸がキュンキュンしました。

孫!?

いやいや。

赤ちゃんっていいなぁ、新しいヒトっていいなぁ、と思いますね。

あ、そうそう、第2回の「お片付けの話」は、11月にと思っていたのですが、講師の美保さんが空いているのが11月10日しかなくて、しかし、その日はワタクシが例の合唱の練習があるのです。ワタクシ、それは絶対に外せないので、残念ながら、11月10日は諦めて、その後は2月まで本業で忙しくなってしまう、とのことで、先の先で2月開催となりますが、またよろしくお願いいたします。

その間にまた、何かで「土曜サロン」の開催が出来たらいいですね。何か予想はつきませんけれど。

さて、今日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・ブリの焼き漬け&厚揚げの煮付け
・コンニャクとニンジンとツルムラサキの白和え
・大根サラダ
・大根の皮のキンピラ
・卵焼き
・白菜と大根の味噌汁
・カマド炊きごはん
・バナナクルミチョコチップケーキ

でした。

普段はあんまり「ごはん」を食べないという方が、この「カマド炊きごはん」が美味しかったらしく「めっちゃ食べちゃいました」と仰っていて、そういう言葉が、とっても嬉しい実りの秋でございます。

今までやってきたことの積み重ね、と、新しい試み、と。

錦おりなす、秋です。









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by sanahefuji | 2018-10-20 23:26 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

台風接近の「かたしのお昼ごはん」

台風24号の接近のため、今日の小・中・町内が合同で行う運動会が中止になってしまいました。そして、昨日と今日の「福江みなと祭り」も延期。

ナンテコッタ!

運動会について語り始めたら止まらないワタクシなどは、子供たちの嘆きがよく分かる。本当に、これが自分が子供の時だったら、わが家の子供たちの罵詈雑言&ボヤキなどまだまだカワイイもの、というくらいに、もっともっと激しく天を罵り、ヒトに当たり、絶望の淵に沈んだに違いないのです。

それくらい、運動会が好きだったのですね。運動神経はヨクナイのに。

いや、運動会というのは運動が得意なヒトは楽しい、とかいうレベルの話じゃあないんですよ。あれは、田舎のお祭りそのもの、「ハレの日、ケの日」っていうので言えば、大々的なハレの日なのでございますよ。

少なくともワタクシが暮らしていた集落においては、あんなに晴れがましい祭りは他にない、というくらいのものでした。

今はもう、田舎の学校も学力学力って喧しくって、そこまでの労力をかけた運動会などする術もないけれど、年に一度のお祭りなのには変わりありません。

それがなくなってしまった。

本当に子供たちにとっては気の毒なことです。

「福江まつり」もなくなって、そちらに行く予定だった親子連れの皆さまが「かたしのお昼ごはん」にドヤドヤと来て下さったりして、「木ノ口かたし」にとっては台風24号が思わぬ経済効果をもたらしたんですけれども、やっぱり予定通りに何もかも出来た方が、ヨカッタに決まっています。

そんな昨日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・鯖の味噌煮
・鶏小屋カボチャの春巻き
・ピーマンと鶏肉の炒め物
・大根サラダ
・卵焼き
・ツルムラサキとタマネギと大根の味噌汁
・リンゴと胡桃のケーキ
・カマド炊きごはん

でした。

いつも、家族の昼ごはん、はたまた晩ごはんの足しにもなるように、大量に作るのですが、昨日は何も残りませんでした。

それを知ったサトの車の中でのコメント「嬉しいねぇ、たくさん食べてもらえるってことは。」とのこと。

前の「かたし」と共に生まれたコドモですから、「かたし」と共に育っている、という感じがします。









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by sanahefuji | 2018-09-30 05:21 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

心って自由なのね

先週は一人で「かたしのお昼ごはん」を準備したので、品数が少なめで申し訳ないことでしたが、今週はまた元に戻りました。卵焼きも上手です。
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・酢鶏
・イシダイの塩焼き&大根おろし
・おでん風煮物
・ポテトサラダ
・卵焼き
・大根と人参と薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・レモンピール&オレンジピール入りブルーベリーケーキ ココア味

でした。

新米になってから、土曜日の朝にカマドで炊く米の量を少し増やして、その分を塩ムスビにして置いておくと、子供たちが喜んで食べて、学校にも持って行くのです。その塩ムスビを友達にあげたら、すごく美味しい、と喜んでくれたとか。

そこでワタクシは「ふふふ」とほくそ笑むのです。「うとん山農場」のお米をカマドで炊いて、「さとうのしお」で塩ムスビ、最強なのだ、と。

またある時、わが家の中学生たちが頂いたクッキーを食べながら、話している。「クッキーはさぁ、やっぱりうちのが一番美味しいと思うんだよね。」などと。それを聞いたワタクシ、そりゃあアンタ、地味にしとるけど、わが家の小麦粉とか卵とか実は高級食材なんよ、と、ほくそ笑む。

イマドキは農家でも、包装のデザインとか売り方とかなんとかを、工夫して見栄えよくして、きちんとした商品にして高く売りましょう、という考えが主流になっているんですけど、それはもっともなことで、それは本当にその通りだと思います。

でもわが家はとっても小さな農家で、生産物の量も少ないので、特にいろいろカッコ良くしなくても、こうして分かるヒトが分かる、という感じがいいのかも、と思ったりもするのです。

なかなか活発な経済活動に心から賛同できないがためにその波には乗れず、ボンヤリしておるワタクシですが、この「かたし」や「うとん山農場」の活動が一代で終わらずに続いて欲しい、という気持ちはもちろんあって。なんか、そういう欲が出てきたんよね。

しかしこんなにボンヤリしていたら、この激しい競争社会では生き残れないのかもしれない、という思いと、ワタクシは今のような素朴に心温まる交流をしながらの、この商売がものすごく気に入っている、という気持ちの間で、まぁやっぱり揺れ動くわけです。

このように、心の中で、相反する思いに揺れ動き、迷い、時々何も考えずに発作的に心のままの行動に出たりもして冷や汗をかき、という具合に本当にあまり落ち着かない、しかしながら本来は「不惑」と言われているハズの40代。人間ってそうそう変わるもんじゃないんだなぁ、と日々実感しております。

でも、ですよ、もしかしたら、そんなに変わらなくてもいいのかも、と最近思ったりするんです。

このどうしようもない不安定さ、落ち着かなさ、というのが実は自分の強味というか長所なのかもしれない、と。

これって、オバサンになって図々しくなったワタクシの、都合の良い解釈かもしれないけれど。

でも、人間って変えられるところもあれば、どうしても変わらないところもあるんだな、ということが分かってきて、それを変えようとして、ものすごい労力をかけるのが、もはや若者ではないワタクシにとっては何かもったいないような気もしてきて。

開き直り、なのかなぁ。

現実はいろいろ、ややこしいこともいっぱいあるけど、いくつになっても、心って自由なんだな、ということを、いつも感じています。











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by sanahefuji | 2018-09-23 07:21 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

卵焼きがヘタだった

本日、朝一番のジェットフォイルで夫が消防団の旅行で大分の日田に行ってしまい、今日はワタクシ一人だったので「木ノ口かたし」&夕方の農場のお仕事などなどが無事に終わってホッとしています。

頼りになる中学生たちは午前も午後も駅伝の練習とか部活とかで一日いないし、残されたのは、まだあまり役に立たないコータローのみ、という状態だったので心配でしたが、昨日いろいろと準備をしていたおかげで、滞りなく終了。ヨカッタ。

今日のお昼ごはんは、昨日せっせと作ったコロッケ(濱崎さんのジャガイモ&タマネギ使用)がメインでした。
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コロッケ、すごく久しぶりに作りましたけど、作り始めれば思っているより面倒でもないんですよね。でも殆ど作らないワタクシです。何故なら普段は根気がない、ということに尽きます。濱崎さんのイモは美味しいので時々は作ればいいのに。

さて、今日は品数少なめ。スミマセン。
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・ポテトコロッケ&キャベツ
・鯖のマリネ
・キュウリの柚子胡椒風味の浅漬け
・卵焼き
・ツルムラサキとタマネギと豆腐とニンジンの味噌汁
・カマド炊きごはん
・オレンジピール入りブルーベリーケーキ、ココア風味

でした。

ワタクシは、たまご農家(?)の嫁としては致命的な欠陥がありまして、それは卵焼きがヘタなことです。

なぜヘタかと言えば、卵料理が好きじゃなかったからだと思います。卵料理など食べなくても特に支障はない、と思っていたくらいです。いや、好きじゃない、というほどにも意識していなくて、無関心だったと思います。

愛の反対は憎しみではなく無関心、という有名な言葉があるくらいですから、これは卵料理にとってはかなりツライ状況のはずです。それは卵料理の方がワタクシに何か思いがあれば、の話ですが。おそらく卵料理は大勢の支持者や熱愛してくれるヒトビトに取り巻かれているでしょうから、ワタクシごときが無関心でも痛くもかゆくもなかったには違いありませんが。

で、そうそう卵焼きの話でした。

ワタクシは卵に対して無関心だったのは、卵のことをあまり美味しいと思えなかったからだと思います。

好きでないものには、どこまでも冷淡だったワタクシは、卵焼きなど探究しようという気さえ起こらなかったのです。

しかしワタクシは動物の中でも家畜や家禽という類のものが特に好きなので鶏も好きなんです。それで、夫が鶏を飼うというのには大賛成で、鶏飼いの嫁になったわけです。

そして卵あふれる毎日になって、何はなくても卵はあるわが家、という状況になってみると、卵って実に美味しいじゃありませんか。うちの卵なら「ゆで卵」だって美味しいと思いました。この「ゆで卵」というやつが、喉に詰まりそうな気配ばかりが先に立って、ちっとも美味しい食べ物とは思えなかったのですよ。ホント偏食だったのですね。

そのようにして卵が美味しい、ということは分かりましたが、卵焼きがヘタなのはそのままです。何故ならば、卵自体が美味しいので、卵焼きを特に探究しなくてもよいことから、いつまでたっても上達しなかったのです。

しかし時にはヘタでも作らなくてはなりません。今日もやっぱりヘタだった、と思います。

わが家の卵に免じて、どうぞお許し下さいませ。












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by sanahefuji | 2018-09-15 23:50 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

認知の歪み?が顕著な今日この頃

そう言えば、先週の「かたしのお昼ごはん」の記述がまだでした。

先週の土曜日が、子供たちが合唱団で退団の挨拶なんかをした日だったもんだから、ワタクシなどは平常心を逸脱した1週間となっていたんですよ、実は。

おまけに例の宿題、農地調査を終わらせようとしたら、これがまたメチャクチャに大変で、もうとんでもなかったのです。去年もやったのに、なんでこんなに大変だということを忘れていたんだろう、と自分の記憶の認知のおかしさにオドロキました。

覚えているのは調査の時に訪ねて行った先の方が親切だったな、とか、いい景色を見られたな、とか、けっこうガンバッタな、とかいうことだけで、とにかく膨大な範囲でとんでもなくタイヘンだった、という部分がすっぽり抜けているのです。

いや、ホントにこんなに大変な部分を覚えてないってどういうこと?と、今週は、しばしボー然となりましたなぁ。

なんだか最近、過去の記憶がことごとく美化される傾向が強いのか何なのか、いろいろなことが、全部いいことばっかりだったような気がするんですよ。大変なところが抜け落ちて、いいことだけ覚えている、というか。

これは出産とか子育てのことなんかでは顕著で、お産は全部いいお産だったなぁと思うし、子供が小さい頃にタイヘンだったことは抜け落ちて、楽しいこと面白かったことばかり覚えている、というような。ところが、子供の方はおそらくイライラキリキリカッカとしていた母のこともよく覚えているのに違いないのですが。都合のいいことには、母の方はそいうことは全て忘れているので、あー子供が小さい時は可愛くて楽しいことばっかりだったなぁ、などと思うわけです。

その他、過去に関わりのあったヒトビトがみんないいヒトで、出来事がみんないいことばっかりだったような気がする、とか。なんでだろう。これって何か認知症の一種とか、まさか寿命が近いわけじゃないよね、と心配になってしまうくらいです。

まぁしかし、このように記録をつけていると、きちんとその時その時の出来事をけっこう刻銘に書いていて、感じたことも割と正確に書いているので(しかし時々ウソをついたりごまかしていることもあるんだけど)、あ、そうかこういうことあったよね、とか、そうそうタイヘンだったよね、と思い出すから、記録は大事です。

そうでなければ過ぎ去ったことを、美化して全部いいことだったようになってしまいますからね。あ、でも、それはメデタイことかもしれないけど、それではジャーナリストの目は育ちませんな。

農地調査があまりにもタイヘンなのにそれを忘れていた、というのが衝撃すぎて、ついついゴチャゴチャ書いてしまいましたが「かたしのお昼ごはん」でしたね。

先週は、いよいよ米がなくなってきたので餅米で食いつなぎました。早期米の稲刈りはとっくに終わっていたのに、チョコチョコと雨が降り続くので脱穀が出来ないでいたのです。
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・鶏おこわ
・鯖の竜田揚げカレー風味
・筑前煮
・ピーマンとパプリカの炒め物
・卵サラダ
・卵焼き
・ツルムラサキとタマネギと薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・ブルーベリーケーキ

でした。今週もまだ精米は本格的に出来ていませんが、少しだけできたので、昨年の米と混ぜて、半分だけ新米になると思います。

カラッと乾けばいいんですけど、なんだかグズグズした天気で全然乾きません。

まぁしかし、新米を食べられるようになるのも目前、新しい味噌ももうすぐ、やっと安心です。

やっと涼しくなってきたので、お菓子なんかも贈答用にできるようになってきました。
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なかなか良いでしょう?

過去のことはいいことばっかり、農場や「かたし」のことは自画自賛、というまったく呆れたメデテー思考の認知症状態ではありますが、明日の「木ノ口かたし」もどうぞよろしくお願いいたします。








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by sanahefuji | 2018-09-07 15:17 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

究極の恋愛

こんにちは。

しばらく写真がない、と言いましたが、先週のお昼ごはんの写真ならありました。

先週は子供の定期演奏会に関連して、ワタクシかなり平常心を逸脱しておりまして、「かたしのお昼ごはん」の記述もまだ書いてなかったのでした。

というわけで、今週の写真はまた来週に回しますけど、先週のを載せておきましょう。
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先週の「かたしのお昼ごはん」は、
・筑前煮
・鯖のポン酢かけ
・オクラとモロヘイヤの天ぷら
・ポテトサラダ
・卵焼き
・ツルムラサキとナスとタマネギの味噌汁
・ブルーベリーケーキ
・カマド炊きごはん

でした。

そうそう、金曜日に旅立っていったアサ&コータローは昨日の朝に無事に高松に着いたそうで、電話の向こうで、あるいはメールで、姉弟3人で実に楽しげです。家では冷戦状態が多かったハナ&アサですが、こういうふうに状況が変わっていくことで、関係も変わっていくものだと思います。

ワタクシ自身は2人兄妹ですから、姉妹というのがホントにウラヤマシイです。年をとればとるほど、そう思います。

そして、昨日の「木ノ口かたし」、昼の部では「夕やけマラソン」などで懐かしいヒトビトに再会できたり、あるいは新しい出会いもあったり、「夜の部」はマラソン帰りの「おとっつぁん」および若者たちが寄っていたようで、充実した「木ノ口かたし」の一日だった、と思います。

本当にいつもありがたいことです。

しかしワタクシは昨日、久しぶりに前の「かたし」のことを、「木ノ口かたし」を訪ねて来て下さった方にじっくり喋る機会があって、その時はなんともなかったのだけれど、後から思いのほか様々な感情が怒涛のごとく押し寄せてきたのには自分でもビックリしました。

そして思ったのは、「かたし」の建物とワタクシは、究極の恋愛関係だったのだ、ということです。別れて3年、もうすっかり思い出になっている、と思っていたのに、過去のことを話した途端、まだこんなに心がざわつくんだな、と。

ヒトによって違うかもしれませんが、恋というのは、本当に理屈ではなく唐突に始まっているものです。ちょっとしたキッカケというのは、もちろんあるのだけれど、何かこう気になっている段階から、フト気がついたら一気にもう這いあがれない淵にはまっている、という感じ。

そんな出会った頃のことを思うと、今でも胸がトキメキます。

そして片思い期間、「かたし」の建物の前を通る時、熱い眼差しで見つめていたあの日々は、ゆうに一年以上はあったような。

ハルさんユウさんと出会ったことで一気に急接近、ものすごい覚悟「娘さんを嫁に下さい」というような緊張感でもって、大家さんに交渉に行って、撃沈。それでもどうしても諦めきれず、再交渉。あの時が多分初めてでした、ワタクシが何かを書いてヒトの心を動かす、という経験をしたのは。

どうしてこの建物を貸して欲しいかということを何ページにもわたって切々と書きつらねたものを、大家さんに読んでもらい、その後の沈黙の恐ろしかったこと、その緊張の瞬間ののちの歓喜、ハッキリ覚えておりまする。

そしてメデタク相思相愛、「かたし」との蜜月は、思っていた以上の大きな力が泉のように湧いてきた期間だった、と思います。

タイヘンなこともいっぱいあったけど本当に楽しかったなぁ。そして、みんなでワイワイしている時も楽しいんだけれど、ワタクシはたった一人で「かたし」にいる時間も好きでした。

「思い」が、伝わってくるからです。一人の時だから感じられる、建物の言葉。そういうの、分かるかなぁ。

今の時代はいろいろと便利で騒がしい世の中ですけど、そういう便利で騒がしい世界に慣れれば慣れるほど、もの言わぬモノの気配、というか言葉、というものが感じられなくなるような気がします。

ワタクシはつい最近まで携帯も持っていなかった化石人間ですが、その方がもの言わぬモノたちの気配を感じられるところがある、ということは言えます。

動物、特に犬なんか飼っているヒトは知っていますよね。犬とは心が通じる、ということを。はっきりとした言葉ではなくても、会話のような感じで気持ちが分かる、という経験が誰しもあると思います。

「かたし」に一人でいると、そのような建物の気持ち、というのが伝わってくることがありました。そういう時はじんわりと嬉しくなってワタクシも気持ちを伝えました。

ホントにワタクシと「かたし」はタダナラヌ関係だったのですぞ。

そして別れ。

別れは本当に辛かったけれど、「かたし」と過ごした時間にもたらされたものの大きさ、豊かさの、なんとまぁスゴかったこと。今もその豊かなものが多くのヒトビトの中に残っているらしいことを、あちらこちらで聞くのです。

本当になんてシアワセな関係だったんだろう、と思います。

計算も打算もなく、ただ純粋に好きという気持ちを最優先させて始めたことだから、随分と無鉄砲で経営も何もあったもんじゃなかったけれど、結果的には、だからこそ、とてつもなく大きなものを手に入れた、と思うのです。

昨日、前の「かたし」との馴れ初めから目いっぱい語らせてもらい、そのことを再確認いたしました。

聞いて下さって本当にありがとうございました。



















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by sanahefuji | 2018-08-26 22:04 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

昨日は「まんがよかった」

昨日の一人「木ノ口かたし」営業、無事に終わりまして、そして地域の球技大会や、その後の公民館での打ち上げ、「木ノ口かたし 夜の部」での二次会も無事に終わりまして、気にかかっていたことがまた一つ終わり、ホッとしています。

そうすると、ジワジワと残された宿題(農地調査&作文)に着手していないことが、また気になってきます。そろそろ着手しないと本当にマズイ、と感じ始めているところ。

昨日は、本当に程良い具合にお客さまが訪れて下さって、昼ごはんの準備も割と慌てることなく出来て、しかも売れ残って欲しくないものは3時まででほぼ完売し、あーなんていい日だ!と思ったことでした。

ワタクシの故郷の方言では、こういう時のことを「まんがいい」と言います。

前の「かたし」でも、「まんが良かった」ことが多かった、と思います。

ワタクシは歩くのがあまり速くなく、走るのも苦手意識が強く、自分は鈍くさいと思っています。というのも小学生の頃、駅伝大会の練習で3か月くらい毎日走らされていた時、転校してきた「こずえちゃん」という子が、とっても走るのが遅くて、(おそらくその頃のその田舎の子供たちはかなり運動能力が高かったので、その「こずえちゃん」も普通くらいだったかもしれないけど)「こずえブースカ鈍足日本一」などと男子に悪いことを言われていたのですが、その「鈍足日本一」などと言われた「こすえちゃん」の次に遅かったのがワタクシでした。

「こずえちゃん」が転校して来なかったら、「鈍足日本一」の称号はワタクシに与えられるところでしたが、でも多分ワタクシだったら、そういうことは言われないのよね。転校してきた「こずえちゃん」が、地元の子と少し違う雰囲気を醸し出していたから、そんなふうに言っていたに違いないのですな。男子って、おバカだなぁ。

その集落の子供たちの運動能力が高かった証拠として、ずーっと前に書いたことがありますが、プールがなくて体育の時間も海でしか泳いでなかったというのに、市の水泳大会で街のスイミングスクールなんかに通っている子たちと競って優勝した子もいたし、中学、高校の運動会などではリレーの選手に選ばれる子が圧倒的に多かったし、「鈍足日本二位」のワタクシですら、大勢の人間がいる高校では、マラソンで、すごく速くはないけど遅い部類では全くなかったのです。なので、そんなに苦手意識を持つこともなかったのに、と思います。

ということは、小さな世界の中だけで物事を見ていると、判断を誤ることがある、ということです。多分「こすえちゃん」も「鈍足日本一」ではなかったはずです。

話が脱線してしまいましたが、その「鈍足」意識の高いワタクシにとって、いつもちょうど良い速度で、いろいろなことが進んでいくのが「かたし」だった、ということです。

つまり「ゆっくり」進んで行きます。

前の「かたし」がなくなってからの3年の月日の中で、「木ノ口かたし」の日々も少しずつ、ゆっくりゆっくり。

そうした積み重ねでの「まんがいい」、なのだと思います。

さて、昨日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・鶏おこわ
・ナスとピーマンの味噌炒め
・カボチャの天ぷら
・卵焼き
・キュウリの梅酢和えショウガ風味
・ミョウガと生節の味噌和え
・ツルムラサキとタマネギとナスと薄揚げの味噌汁
・ブルーベリーケーキ
・スイカ

でした。アレ?写真にはミョウガが写ってない。どこいったんだろう。ブルーベリーケーキもない。このように万事ボケっとしとります。

ボーッとして、空想というか妄想というか、そういうことを好むワタクシが料理をすると、料理もどことなくボンヤリした感じになってしまい申し訳ないことですが、素材の良さでカンベンして頂きたい、と思います。

でも、一人であれやこれや空想&妄想しながらの「木ノ口かたし」営業は、実はなかなか楽しかったのです。これも「まんがよかった」おかげです。

どうもありがとうございました。












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by sanahefuji | 2018-08-12 07:10 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

宿題がまた出た

この間の土曜日は8月4日でしたが、今日は何の日、という朝のラジオのコーナーで、今日は寅さんこと渥美清さんの命日です、というようなことを言っていました。

1996年の8月4日だったそうです。ワタクシは当時のことをよく覚えています。

何故かと言うと、この時ワタクシはドイツの農家で働いている最中で、寅さんが亡くなったことは、友人からのエアメールで知ったからです。

「ふじさーん、寅さんが亡くなってしまいました」という悲痛な一文で始まる手紙の懐かしい文字や文字の色まではっきりと覚えています。

「男はつらいよ」を愛するワタクシたち、遠く離れた場所にいて、お互いに静かに冥福を祈ったと思います。

今だったら、ネットですぐに連絡も出来るし、ニュースだってその日のうちに知ることが出来るでしょうから、このような時間差というのもないのでしょうね。便利ではあるけれど、なんとも情緒のない世界であります。

さて、その8月4日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・ピーマンと鶏肉の炒め物
・鯖の南蛮漬け
・アオサとチクワの天ぷら
・キュウリの梅酢和え
・卵焼き
・ツルムラサキとタマネギと薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・スイカ
・ブルーベリーケーキ

でした。

ブルーベリーが今年はすごいです。今までが少な過ぎたのでしょうが、今年は採っても採ってもあります。

そして、ありがたいことに、よく売れておりまして、やっとワタクシにも「自分の作物で稼いだ」という感じが生まれ、このことがタイヘン嬉しいのです。ブルーベリーの木もワタクシも、なんと成長が遅いことでしょう。

しかしまぁ、子供が4人もいれば、仕事だけに専念するのはなかなか難しかったですから、これからボチボチと切り替えていければいいのかな、と思います。

ブルーベリーの木は、何十年と収穫できる作物ということから、一度植えれば、自分が年をとってからも収穫できる、と思って植えたので、これからもずっと、こんなふうに沢山なるといいなぁ、と思います。


さて、今日の昼ごろに電話がありました。

今年の1月に、諫早で女性農業者の集いというのがあって、その時にワタクシが少し発表をした、ということを書いたと思いますが、その発表を会場で聞いていた農業関係の行政の方が、その内容が面白かったので、そのことを、文章にして、とある募集に応募しませんか、という内容の電話。

他のことならともかく、今年はワタクシにとっての文章修業事始めの大切な年なのですから、当然「書きます書きます」と言って引き受けました。

今度の文章修業は原稿用紙8枚以下、そして締め切りが9月4日。

ナヌ!

これはホントに夏休みの宿題状態ではなかろうか。

修業期間中とはいえ、酷なことであります。

しかししかし、心は既に、あの苦しみの後に訪れる快楽を求めているのであった。

児童生徒に学生の皆さま、宿題、ガンバりましょうね。

ワタクシもやりますよ。







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by sanahefuji | 2018-08-06 22:20 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)