カテゴリ:「かたし」のこと・商品について( 189 )

昨日、夕方の「生ゴミ回収作業中」に、黒猫を見ました。

それも二度も。

一度目は少し丸っこい、尻尾の短い黒猫がうずくまってこちらを見ており、二度目はほっそりとして尻尾がひゅっと長く細く、それはそれは優雅な姿の猫で、その一瞬を上手く描くことが出来たら、オシャレなイラストにそのままなってしまうような、そんなふうに歩いていました。

黒猫を飼ったことがあります。二回。

一回目は、飼う、とも言えないような経験ですが、子供の頃のこと、やはり捨てられていたらしい、まだ乳離れもするかしないかの小さな子猫を見つけてしまって、エサをやったりしていました。家では飼えないので、漁師さんが網を置いている小屋にかくまっていたのです。

痩せた黒猫でしたが、弱々しくもエサを食べ、まだまだ母恋し、のお年頃、その痩せ猫はワタクシによくなつきました。いつも細い声で鳴きながらついて来ました。

ところが、そんな小さな痩せた猫でしたから、長くは生きられず、ある日苦しそうに息をし始めて、とうとう死んでしまいました。

子猫、鳥のヒナ、傷ついた鳥、野良犬などなど、ワタクシの子供時代は、それらに関わっては別れを繰り返す、というようなことをやっておりましたが、その度にその動物の絵を描いたり、何かを作ったり、どうにもならない悲しみを何かの形にして癒す方法、あるいは負の感情を前向きな力に転換する方法、というのを学んでいたのかもしれません。

で、その時に作ったのは黒猫のマスコット。フェルトでつくって安全ピンを背後につけて、田舎の子供の着る白い体操服の胸にしばらくいつもつけていた記憶があります。

二回目の黒猫は大学生の時。

古い一軒家に引っ越した春に、ワタクシは一匹の子犬に出会った時のことは、本当によく覚えているのに、この黒猫との出会いは何も覚えていないのです。どうしてかな。

その、テトと名付けた子犬、ワタクシが引っ越して、まだ荷物もそのままな状態の時に、家のすぐ近くの道で出会ったのです。目と目が合いました。目が合う、というのは、人見知りなワタクシにとっては、人間ではあまりないことでした。というか、普通は目を見きれなくて速効そらしていたから。

ヒトの目を見て話しなさい、ってよく言われますけど、これが長いことワタクシには出来ませんでした。なんだか恥ずかしくて、どうしてもそらしてしまうのです。

だから、目が合う、というのは、よほどの事です。

で、その子犬とは目が合った瞬間に「うちに、来る?」と語りかけていました。そしたら、その臆病な子犬は、こっちが気になるんだけど、なんか怖い、だからカニみたいな横歩きで後ずさりをしながら、チラッチラッとこちらを見る。

気になるけど、ちょっと怖いから逃げたい、でもやっぱり気になるから目を離せない、みたいな煮え切らない態度、その様子がかわいくてかわいくて、「もう観念せい!」と、その引っ越したばかりの、冬には何もかもが凍てつく寒い家、に連れ込んでしまったのですよ。

その犬、テトはその後もワタクシと共に各地を転々として、最後は五島のこの家で一緒に暮らしました。

あ、黒猫でした。

そのテトの後に、黒猫ジジ(ジブリ好きなワタクシの実に安易な命名ですが)は、うちにやって来て、この二匹は大そう仲が良かったのです。

白っぽいテトと黒猫ジジが、身を寄せ合って昼寝をしている姿は、夢のように、平和な光景でした。

その古い寒い家で、ワタクシはシアワセでした。

ところが、このジジは、けっこう激しくケンカをしてくるような雄猫で、いつかフラリと出て行ったっきり、戻って来なくなってしまいました。風来坊、だったのですね。

昨日見た黒猫の、最初の方に、少し似ていたかもしれません。

黒猫は、日本では昔から魔除け厄除け、商売繁盛などなど、幸運の象徴であったそうですよ。「招き猫」でも、黒猫だと更に効果があるんだとか。

おー、それは実に縁起がいい!

と思ったはずが、昨日の夕方にカマドでごはんを炊こうとした時に、何故かなかなか火がつかずに、すごく時間がかかってしまって、家族にブツブツ言われたり、何故かコタツで寝てしまって気付いたら朝だったり。

おかしいな。

いや、でもきっと、この黒猫効果、明日の「木ノ口かたし」で発揮されるに違いない、と思うことにいたしましょう。

今日はもう金曜日!

先週は、さすがに餅は売れないだろう、と搗きませんでしたけど、今週は再び、玄米餅がございます。
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これ、切る前の状態の玄米餅。

卵もいっぱいありますよ。

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古代米(赤米、黒米)も、やっと袋詰めしました。

明日の「木ノ口かたし」もどうぞよろしくお願いします。

ではでは、皆さまにとって、今日も良い一日でありますように!







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by sanahefuji | 2019-01-11 07:38 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)
新しい年が始まって、最初の「土曜日開店 木ノ口かたし」、新しい年にふさわしい、お年玉をもらったような、いや、宝くじでも当たったような、いや違うな、そんなたまたま得たラッキーなこと、ではなくて、四苦八苦しながら青息吐息になりながらも、計画性も何もなく、しかしながら自分の中から湧いてくる何かに従って始めた前の「かたし」から、今の「かたし」を続けてきたことへの、ご褒美のような出来事がありました。

昨日のお昼頃にお客さまがありました。

時々来て下さる、近所の児童養護施設の先生と見知らぬ一人の青年。

いや、見知らぬ、と言ってもその青年、どこかで見たことがあるような気がするけれど、分からない。こちらを見て笑みを浮かべるその顔、どこかで見たような、でもやっぱり分からない。

「エイジさんにご挨拶に来ました。」と言うので、料理を終えて家に引っ込んで子供たちと「まんぷく」を見ていた夫を、「先生がご挨拶に来てるよ」と呼んできました。

夫がやって来て、ニヤニヤしている先生。ニヤニヤしている青年。

夫もその青年が誰だか分からない様子。

しかし、ワタクシの方が先に気がつきました。

「ダイゴ!?」

それは以前、ブログに書いたことがある「ダイゴ」でした。→間違ってないよね、と思うのですが。

成人式を迎えて、同級生たちとの集まりに参加するために長崎からやって来て、施設に泊まっている、ということでした。

何かあると施設を抜け出して、うちや「かたし」に来ていたダイゴ。その度に先生を心配させていたダイゴ。

そんなふうに「かたし」にやって来て、ダイゴはいつまでも遊んでいました。そうやってダイゴが「かたし」に入り浸るのをよく思わないヒトがいて、それに対して、その時ワタクシは本当に苦しみました。そういう子を少しでも「特別扱い」してやるのが「かたし」の役割だと信じて疑わなかったから。

でも、それは「店」としての常識から外れるとか、他のお客さまの迷惑になる、というようなことを言われたり、その子にも一般常識を教えないといけないと主張されると他の「かたし」のメンバーは黙ってしまい、一応、頼りないながらも代表であったワタクシは、本当に本当に苦しい対応を迫られました。

そんなことも思い出したのでしたが、でも、それは全く忘れていました。そして、もう終わった苦しみでした。

何故ならダイゴの表情は、ちゃんと働く男の顔、になっていたからです。

本当にしっかりとした顔になっていて、だから誰だか分からなかったのです。

小5まで近所の施設にいたダイゴは、ある時とつぜん本土の施設に移ってしまい、それ以来全く会っていなくて、どうしているかも、その「かたしのお昼ごはん」に訪ねて来て下さった女のヒトから、ちらっと聞いただけで全く知りませんでした。

聞けば、その会っていない期間は決して平坦なものではなかったようです。精神科に入退院を繰り返していて、勉強も全く分からなくなったために高校にも行けなかったとか。

「で、今は何をしてるの?」

と聞くと、「コンビニで働いてます。」ときっぱり答えました。

もう2年も働いている、とのこと。

そのように答えた時の声や表情からも、彼が責任を持ってきちんと働いている様子が窺え、ワタクシは本当に嬉しくて、安心しました。

「エライエライ、偉いよ、ダイゴ。」と、ワタクシは思わず言いましたけれども、それは本当に心からそう思うからです。

というのも、ワタクシ自身、いろいろとアルバイトとかパートなどで、そのような「普通の」お店の店員とかレジとか裏方とか、そういうのもやったことがあるのですが、ものの見事にどれも続かなかったからです。

もともとの不器用さに加えて、人間関係を築くのが下手だったり、妙に傷つきやすかったり、はたまた、いろいろ考えすぎてしまうが故に、もう無理、ということになる。その度に、あー自分って何をやってもダメなんだなぁ、と思い、自分はこの現代社会の落ちこぼれ、あるいは不適応人間なんだな、と悟ったりしたものです。

だから、その現代社会でちゃんと働ける、ということはスゴイことです。普通に働くヒトビトを本当にワタクシは尊敬しています。

ダイゴが、そんなふうになってくれてヨカッタ、おばちゃんは嬉しい!とホントに身内のように、そう思いました。

世の中の流れは目まぐるしくて、あまりにいろいろなものが高速で変わっていくものだから、ワタクシなどは、ついていくのが難しく、そして、ボケーッとしていても周りが優しかったり、あるいは甘やかされていたりして、その現代社会不適応のまま、まぁなんとか生きていて、いろいろなことが分からないまま、こんなちっぽけで、わがままな店をやっていてもいいものか、少しくらい「現代風に」変わらないといけないのではないか、と思ったりもするのです。時々。

でも、別に、「普通の」「現代風」の店なら他にいくらでもあるし、万人が必要なものは今やネットででもどこででも買えるんだし、このちっぽけな「かたし」を本当に必要としてくれるヒトビトのために、今まで通り、やっていってもいいのかな、と。

今年最初の「かたし」の日、そのようなことを思いました。


先週の土曜日は「かたし」を休んだおかげか、昨日は早朝の準備段階では実にテキパキ動けました。やっぱり休むことは大事ですね。

そして昨年の冬至に向かう、光の量が少なくなる時期に、ワタクシはとある原因もあって、相当にウダウダしましたけれど、一旦もう谷底までいったかな、というくらいまでいって、冬至も過ぎて光も増えてきたことから後は昇るのみ!という気にもなってきました。

世間から2年以上遅れて「君の名は。」の歌にハマったと書きましたけれど、これもそのワタクシのウダウダ解消に非常に良い効果をもたらし、RADWIMPSさまさま、といった感じです。

歌詞がまた、いいですなぁ。このヒトの言葉の選び方がワタクシはすごく好き。詩人ですね。

今年の目標は、その中にあった、じつに素敵な言葉「美しくもがく」ということに決定。

いろいろなことに溺れたり、もがいてばかりのワタクシ、溺れることも、もがくことも、もう仕方がない、でも「美しく」という言葉をそこに付け加えたら、なんだかそれは美しく生きられるような、そんな気がするではありませんか。

今年も「美しくもがくよ」。
















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by sanahefuji | 2019-01-06 09:11 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)
今日の太古丸でハナが行ってしまったのですが、フェリーが港を離れる様子を見て、あ、正月もこんなふうに行ってしまったんだなぁ、と思いました。

船が岸を離れるように、季節というのは去っていくのだな、と。

ゆっくりそろそろと離れているようで、気がついたら、あっという間に遠くに行っている。

この船出、というのは実に情緒がある風景ですから、季節が去っていくのにも、このような趣を感じながら暮らす、というのは良いことだなぁ、などと思いました本日は、もう1月4日。

明日は、1月5日の土曜日で、予告通り、「木ノ口かたし」は通常通りの営業であります。

正月気分は全然抜けませんけれど、まぁボチボチやりましょう。


今週の、アサ作ケーキも出来ております。今回はブルーベリーが久々登場、そしていつもの長野の胡桃&リンゴも入ってます。
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11月にブルーベリージャムを作って以来、まだ追加して作っていなくて、そのジャムがそろそろなくなりそうな気配。

あーあの時のジャム、あの時ワタクシは実に段取りの悪いことをしていて、さて作ろうか、という時になって慌てて店にグラニュー糖を買いに走ったんだったよなぁ、などという思い出が、もはや過ぎ去った2018年のこととなり、気を取り直して新年はブルーベリーをどんどん使っていこうと、アサに提案したワタクシでした。

まだ味見はしてませんけど、美味しそうですよ。



フェリーが岸を離れるように過ぎ去っていく季節を、少し切ない胸の内で見送りつつも、船出の風景というのは、逆にものすごく血が騒ぐことでもあり、これは矛盾しているようだけれど、両方あるのです。

それらを再び鋭く感じながら始まった2019年、またどんなことがあるか楽しみです。

それでは、またまた始まる「土曜日開店『かたし』の人生劇場」を、今年もよろしくお願いいたします。










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by sanahefuji | 2019-01-04 22:28 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)
もう随分前から、年内は22日の土曜日までで、29日はお休みします、と書いていたので、大丈夫だとは思いますが、来週の1月5日は営業します、って言ってなかったなぁ、と思って。

実は明日が土曜日というのも忘れそうになっていて、来週1月5日は通常通りというのも、忘れそうで、アブナイところです。

いつも思うことで、そして多分いつも書いていると思いますが、このお正月を挟んだ1週間、というのは不思議です。雰囲気がガラリと変わりますよね。

今日は金曜日ですが、明日の「木ノ口かたし」の準備がないので、「木ノ口かたし」の台所の掃除を丁寧にしたり、いろいろやたらと書いた中で(ちゃんとした文章にしてないものも含め)、今年一番大切にしたいと思えるものを自分なりに装丁したりしていました。

それを見ながら、この1年を振り返っていると、1年というのはたいした時間だ、と思います。

今年の1月31日に、「長崎県女性農業者の集い」というのがあったのですが、ワタクシはそこでの事例発表を頼まれて、今までの「かたし」のことを発表することになったのでした。それでレジュメを作ったりしなくてはならず、もう終わったことを、ほじくり返す羽目になり、その時にワタクシは、前の「かたし」がなくなって3年もたつのに、まだまだ手負いの動物のようにグッサリとついた傷が癒えていない、などというようなことを、この場に書いたと思います。

3年たってもまだ、そんなだったんだなぁ。いやはや、一旦タダナラヌ関係になってしまうと、それが建物であっても別離の際には、ものすごい痛みを伴うものです。何かに惚れるってことは、そういうことなのです。

で、それから1年たって、どうなったか?

それが、今ではもう全然そんなことはなくなった、と思います。あ、でも全然ない、というのはウソかな。ホントに極々たまーにだけど、前の「かたし」の前を通る時、その中で過ごしていた思い出がフト甦ってきて、「ウッ」と胸に矢が刺さったようになる時、あります。これも唐突なのでビックリします。なんでしょうね、それって。未練がましい性格なのかしら?

でもまぁ、別れの傷は完全に癒えた、と思います。それでも4年もかかるのか!なんという遅さ!

動きが鈍いと回復も遅い、ということなんでしょうか。

それでも今日、「木ノ口かたし」の台所の掃除をしていて、あーなんか、落ち着くなぁ、いい台所になったなぁ、と思い、今年一年もよくヒトビトにご利用頂いてヨカッタなぁ、って、またまたホントに感謝の気持ちでいっぱいになりました。どちらかと言えば「引きずる人種」ではありますが、目はちゃんと前を向いておりますので、ご安心ください!?

明日の土曜日のお店はお休みですが、卵やお米を買いに来て下さる分には、全然かまいませんので、必要な方はぜひどうぞ。

そして、新年1月5日の土曜日は、また、いつも通り、よろしくお願いいたします。

ようやく寒くなり、急に年末の気分になってきて、既に手遅れ、ということがいくつかありますが、その中でも年賀状などは年が明けてから、一人一人の顔を思い浮かべながら、心をこめて書きたいな、と思っております年の暮れ。また出た。

手紙というのはワタクシにとっては、殆ど命綱のように大切なものでした。何故ならワタクシは父親に対してでさえ、喉に言葉が詰まったようになって、思ったことなどとても喋れないし、感謝の気持ちも言えなければ挨拶すらまともに出来ないようなコドモだったから。でも手紙だったら自分の気持ちを書けました。それで随分救われたのです。

だから、大切な手紙の一種である年賀状も、もう早く出さなきゃ!って慌てて書くのはヤメて、ゆっくり書こうかなぁって思ってます。

のろまなワタクシ、いつも年賀状は遅れますが、気持ちを伝えたい、という思いは持っているのです。









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by sanahefuji | 2018-12-28 23:24 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

何故めぐりあうのか

昨夜は、ここにも少し書きました「木ノ口かたし 夜の部 de 恋活」とワタクシが勝手に名付けている飲み会がありました。

男性の参加者が少ない、とここに書いたら、お客さまから紹介があり、そして飛び入り参加もあり、結果、男性5名女性5名の独身のヒトビトが参加して下さいました。

この会、とある方とのほんのちょっとした世間話の中で「出会いの場がない」という言葉がきっかけで「やろうやろう」となったのですが、このような趣旨の会は、実は前の「かたし」の時にもやったことがあります。

その時は、まだ独身だったユウさんが企画&お世話係をして「男女交流会」という名前でやってました。

ところが、これがなかなか存続が難しかったのですね。というのも、男性が圧倒的に消極的である、というモンダイがあるのです。これは考えてみれば当たり前で、積極的なヒトはとっとと結婚しているので、独身の男のヒトは奥手な方が多い、という傾向がありまして。

女のヒトの場合は、そうでもないのですが。

それで、その男女交流会もそういうバランスの悪さ、というのが女性のヒトビトをやや疲弊させてしまい、立ち消えてしまった、という経験があるのです。

だから、本当に「婚活事業」ということになると、これは非常にムズカシイ。なのでまぁ、昨日の会は割と軽い「ノリ」で始まったので、知らないヒトともお話して、いろんなヒトがいるなぁ、という程度のことかもしれませんが、少しでも参加したヒトビトが楽しかったとしたら、よかったのですが。

「出会い」というのを、わざわざ作るってムズカシイ。

考えてみると、ワタクシたちは日々多くのヒトと既に会っているのです。ところが、殆どのヒトビトはただ通り過ぎていくだけ、顔は知っていても、知っている、というだけで何かがそこで生まれる、ということは少ないのですが、ほんのちょっとしたキッカケで何かが生まれることがある。良いことでも悪いことでも、異性でも同性でも、そうなのです。

それは一体どうしてなのか、何故なのか、考えてみても分からない。ただそれは「縁」としか言えないような不思議な「めぐりあわせ」があるのです。

ワタクシが自分自身のことを考えてみるに、自分に足りない何かを持っているヒトに惹かれ、自分が持っている、自分がイヤだと思う部分や弱い部分と似たようなもの、共通なものを持っているヒトを苦手と感じる、という傾向はあるかな、と思います。

そういうのは、そのヒトのことをよく知らなくても、それこそ直感、感覚ですぐに分かってしまうのです。

だから、好きな場合も嫌いな場合も、それはどちらも自分にとって必要なヒト、ということなのだと思います。

だから、「出会い」というのは必然だと思うのです。

それはもう、人知の及ばないところで采配されているような気がするので、「出会い」については人間がどうこうできるようなことでもないのかもしれません。

でもまぁ、それぞれのヒトが何か行動を起こすちょっとした「きっかけ」作り、とか、「視野を広げてみる」とか、そういうレベルでもいいから、また機会があれば「木ノ口かたし 夜の部 de 恋活」の会をやってみてもいいかなぁ、と思いました。

何事もやってみなくちゃ分からんもんね。

参加したヒトビトがどうだったかは分かりませんが、お世話役(というほど何もしてないけど)のワタクシは、いろいろと考えるところもあって、有意義で、楽しかったです。

ご希望の方がありましたら、ぜひどうぞ!

いくらでも企画いたしますよ。








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by sanahefuji | 2018-12-24 08:41 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)
何度もここにも書いておりますが、明日は「土曜日開店 木ノ口かたし」、今年最後の営業日でございます。

12月29日の土曜日はお休みして恒例の正月準備をせっせといたします。来年も元旦からヨッパライのヒトビトはやって来るでしょうから、お節料理や蕎麦のダシがあれば安心です。

そして年明けは1月5日の土曜日から営業いたしますので、どうぞよろしくお願いたします。

さてさて、「木ノ口かたし」今年最後の営業日、今年一番スゴイことは、今のこの時期に販売用の卵がこれだけあることです。
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今日産んだ分はまだこれからなので、まだあります。いつも買って下さる方はご存じでしょうが、この時期、というのは、とにかく卵が少なくて、店頭にこんなに並ぶってことがなかったので、毎年この時期のワタクシはスミマセンスミマセンと謝ってばかりいたように思います。

理屈では、今時期に卵を産み始めるようにヒヨコを入れる時期を調整しているのでしたが、これが、毎年ちっとも思惑通りいかなかったのです。ところが、今年は割と順調なのです。もしかして鶏を飼って初めてかもしれません。どんだけ時間かかるんでしょうかね。

明日が冬至。冬至を過ぎて、光の量が増えてくれば、鶏は再び春に向けて卵を産み始めるので、冬至に向かう時期、というのが卵の量が最も減る時期なのですね。

光について、この間も少し触れましたけれど、生きているものにとって、光というのは本当に多大なる影響を及ぼすものであります。

冬至を越えて光が増えてくる季節に向かってワタクシも、いろいろと立て直していきたい、と思っております、鶏を見習って。

餅はいつもは玄米餅と黒米餅の2種類を売っていますが、明日のみ、玄米餅、黒米餅、赤米餅、と3種類を販売いたします。前は、この3種の餅を年末の青空市で売って、飛ぶように売れたものですが、その青空市もなくなって久しく、状況もいろいろ変わっていくのであります。何事も諸行無常なのだなぁ。

状況の変化も、気候の変化も、変わっていく風景や季節のあれこれ、自分の姿や心の状態などなど、全て全て、ただただそのまま受け入れて、この美しい世界に生きていることに、心から感謝したいと思う年の暮れ。

寒くないから、ぜんぜんぜん年の暮れという気はしなけいのだけれど、いろんなことが予定通り思い通りにはいかないけれど、前前前世から決められていたことも、きっとあったに違いない、そんな気もする年の暮れ。

明日のアサ作お菓子は、長野の胡桃&リンゴ多め、チョコチップもオレンジピールも入れてしまえ、その上さらにココア味、という今年最後の大盤振る舞い、スーパーデラックスケーキでございます。今、作成中。
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そんな実況中継をしておりますワタクシは、まだ餅の袋詰めをしておりもせで、ふくれもちの餡子も丸めておらず、じわじわ焦る金曜の夜。

本日「夜の部」も営業中で、今年もよくよく皆さまにはご利用頂きまして、感謝感謝の一年でありました。

さて、残りの仕事、ガンバリマス!

ではでは明日、しつこいですが今年最後の「土曜日開店 木ノ口かたし」、どうぞよろしくお願いいたします。
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師匠の竹のゴミ籠も入っております。2個は売約済みですが、2個はまだ大丈夫。新しい年、新しいゴミ籠など如何でしょう。

ではでは、ホントにまた明日。

どうぞよろしくお願いします。




追記
 
1.ちょっと色がよく写ってませんけど、手前の3つ入ったのを見ていただきまして、下から玄米餅、黒米餅、赤米餅ってこんな感じ。
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2.アサ作、スーパーデラックスケーキ、味見してみました。超リッチ!なお味です。クリスマスにピッタリ、かな?

3.明日の今年最後の「木ノ口かたし」に来て下さったお客さまに、と、クッキーまで焼いてくれていました、アサ(受験生)。
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by sanahefuji | 2018-12-21 19:56 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)
こんにちは。

早いもので、12月も14日です。

14日!

引きこもり傾向は相変わらずですが、その分、家で仕事を真面目にやろう、と決心しているそばから、昨日一昨日と、ゴミを出しそびれ、昼ごろになって、アレマ、二日も連続してどうしてゴミを出すのを忘れていたんだろう、不思議だ、と思ったりしていたのです。

20年も主婦をやっているのに、何も成長していないようで、というか、ひょっとしたら既に退化の時期に入っているのかもしれない、という恐れと共に、今日は絶対に絶対に忘れないで出そうと昨夜から思っていて、朝になっても忘れずに出すことが出来たので、ホッとしております、そんな本日はもう金曜日。

金曜日!

明日は「土曜日開店 木ノ口かたし」、今年あと2回のうちの貴重な1回ではないか、ということで、明日バタバタしないよう、今日は午前中、ちょっとガンバリました。

人間は、キビキビと立ち働く姿というのが一番美しい、とワタクシは思います。とりわけそこに、姿勢の良さ、というのが加わると、ますます美しく見えます。そういうのは、意識してなくて備わっているものなので、これを持っているヒトビトをワタクシは本当に羨ましく思います。なのでワタクシも美しく立ち働く姿をイメージし、そして自分は今まっすぐ立てているかな、と自分で確認したりしているのですが、もともとがあまり姿勢がヨクナイものだから、これはなかなか難しい。

ごくごく平凡な日常の風景の中にあって、そのような美しい立ち姿、というのは、まるで泥の中からスックと伸びて、夢のように美しい花を咲かせる蓮の姿にも似ています。それを思い描いていると、なんだか自分もそうなれるような気がして、いつもよりほんの少し頑張れる気がするのでした。

寅さんの歌にもあるではないか、「どぶに落ちても根のあるヤツは いつかは蓮(はちす)の花と咲く」ってね。そんな根のあるヤツに憧れる、ワタクシ、デラシネ(根なし草)でありました。

あっ、そう言えば、映画「男はつらいよ」、22年ぶりに新作が出来るそうですね!もうホントにすごくすごく楽しみです。絶対に映画館で見よう、と思います。長崎に見に行く!

と、ここに決意表明をしておきたいと思います。ゴミを出すのは忘れても、これは絶対に忘れない自信があります、寅次郎のワタクシです。

さて今日は新しい商品も来ました。
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大泊産、干し椎茸でございます。これから、お節料理などで大活躍の椎茸、一袋400円です。これで「木ノ口かたし」の肉まんの具の中の椎茸も安泰ですわ。

それから、シュトレンは、丸ごと1個の分が2つ売約済みですので、販売分はハーフの4つだけですが、どうぞ。来週はもう少し増やせると良いのですが。
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その他、餅もいつものように玄米餅と黒米餅、古代米は赤米と黒米、ミックスがございます。

石黒さんの野菜も毎週、葉物や大根、白菜が来てますので明日もあるかと思います。

白米、玄米、餅米、卵、と、わが農場の農産物、今年は豊富にありますので、ぜひどうぞ。

何度も言いますが、今年の「木ノ口かたし」も明日と22日(土)のあと2回、どうぞどうぞよろしくお願いいたします。

ちなみに「木ノ口かたし 夜の部」は、年内いつまででも大丈夫。元旦早々も、きっと開いていることでしょう(昼間から)。

近ごろは「木ノ口かたし 夜の部 de 恋活」というようなものも、ちらほらと緩やかに開催されたり、企画されたりしておりますよ。興味がある方、ぜひどうぞ!ご相談、受け付けております。

ではでは、まずは明日の「木ノ口かたし 昼の部」をどうぞヨロシク!







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by sanahefuji | 2018-12-14 13:17 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

12月らしくなりました

昨日焼いた、シュトレン、味見してみました。
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普通に食べられる、と思う、けれどけれど、ちょっとだけ焼きが甘い、これでも美味しい、と思うヒトもいるかもしれないけど、ワタクシとしては、いま一つ、うーん、だからこれ、やっぱり売れないなぁ、というわけで、明日は販売用のシュトレンなし。あー、かなりガッカリ。

あーホントに激しくガッカリ。子供たちも食べるでしょうが、なんせ6個分。どなたか、ご自宅用のオヤツで食べたい方がいらしたら、差し上げますが。お申し出くださいませ。

頂いたガスオーブンは、温度調節機能が働かないみたいで、これをどうにかしないと、上手く焼けない、ということです。あーコマッタな。来週までになんとか出来るかしら。にわかにまた不安になってきました。でも、なんとかやってみます!

12月も7日過ぎてしまったけれど、遅ればせながらアドベンツカレンダーを準備しようと、こまごましたお菓子を買ってきまして、スタンバイ。
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22年ものの箱型アドベンツカレンダー。
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これを喜んで開けてくれる子供がいるうちは、準備のしがいもあるというものです。毎年準備する度に、ドイツのお母さんが、ワタクシのために、この中に可愛い飾りものを入れていてくれたのを、思い出しては温かい気持ちになります。


今まで暖かかったのに、今日から急に寒くなりました。薪ストーブも今年は新しくなりました。ヨカッタ、間に合って。
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そして今年も、絶品、夫作イノシシベーコンも完成。
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ちょっと味見したけど、今年のもメッチャ美味しいです。食べるとなんだか元気が出るような、深い味わい。

それからそれから、新しい商品も入っております。
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「ごはん屋さん」のMさんの姪っこさんが、育児の合間に作っておられるそうです。とっても華奢な可愛いアクセサリー、女子力アップのために、まずはワタクシもどれか買おう、と思っております。なくなったら、また仕入れてきますので、ぜひぜひどうぞ。ありがたいことに、どれも数百円の安さですよ。

急に寒くなっちゃって、ヤモリ女のワタクシは、ますます動きが鈍くなっております。けれどまた今日も用事で出なくてはならず、のろのろと出かけ、お金をおろすのに「暗証番号が違います」などと機械に言われ、「なんで?!」とムッとし、しかしよく考えたら、全く架空の暗証番号を押していて、相変わらずボケーッとしていたんだ、と、そこで気付いた次第です。

街をゆくヒト、みんな師走だと、いうのになぁ。

さてさて、まだまだこれから餅の袋詰め、古代米の袋詰め、肉まんの具作り、胡桃割り(人形が欲しい)、などなど、金曜日のお仕事は目白押しでございます。

ボケーッとせずに、一つずつ確実にすませていきたいと思います。先週は、鼻先に「定期演奏会」というニンジンがぶら下がっていたんだけど、今週は何もないのよね。

でもガンバリマス。

ではでは、明日の「木ノ口かたし」もどうぞよろしくお願いいたします。


追記 今週のアサ作お菓子。
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長野のリンゴ&クルミと、わが家のサツマイモのケーキです。けっこう大きなカットのイモとかリンゴがいっぱい入っていて、小さかった頃の気前のいいアサちゃんらしいケーキです。

こちらもどうぞヨロシク!

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by sanahefuji | 2018-12-07 15:15 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)
11月も今日でおしまいですが、ようやく昨日、ドイツのクリスマス菓子シュトレンを焼きました。4つだけ。
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ドイツで過ごしたクリスマスも、もうホントに遠い昔になりました。22年も前!

でも、こうしてシュトレンを焼いていると、クリスマスの市で見た、キラキラかわいいツリーの飾りものとか、スパイスの入った甘くて温かいワインとか、冷たく澄んだ空気とか、針葉樹に積った雪がサラサラ光って落ちていた光景とか、そんなドイツの冬の風景が全部、甦ってきます。

全部、といえばこの度、お亡くなりになった「さくらももこ」さんの詩に曲をつけた「ぜんぶ」という歌も明日の定期演奏会(しつこいですが、浦頭教会 午後6時半より開演です!)で歌います。

ぜんぶ 

大切なことは
ぜんぶここにある。
泣くこと 笑うこと
怒ること 喜ぶこと
あたりまえの気持ちは
あたりまえのものとして
そのまま 今ここにある。
もうどこにも行かなくても
なんにもしなくても
どこへ行っても
何をしても
ぜんぶそのままだ。


合唱には、この詩の後半は入ってないので、歌詞もシンプルで短い曲なのですが、実に難しい曲です。個人的には、この手の他のパートが予想できない感じの曲が苦手で(でもしっかり聞くことができれば面白いハズなんだけど)、なかなか歌に到達できない感が残ります。

YouTubeで他の演奏を聞いてみても、やっぱり「これが一番!」というのがないので、これはホントにホントに難しい曲だ、ということに打ちのめされるばかりです。ワタクシにとっては課題の残る曲です。




そして、やはり本当に惜しまれて亡くなった、坂本九さんの最期の歌「心の瞳」。

心の瞳
 
心の瞳で 君を見つめれば 
愛すること それがどんなことだか
分かりかけてきた

言葉で言えない 胸の温かさ
遠回りをしてた 人生だけど
君だけが今では 愛の全て 時の歩み
いつもそばで分かちあえる

たとえ明日が 少しずつ見えてきても
それは生きてきた 足跡があるからさ
いつか若さをなくしても 
心だけは けして変わらない
絆で結ばれている


夢のまた夢を 人は見てるけど
愛することだけは いつの時代も
永久(とわ)のものだから

長い歳月を 歩き疲れたら
ほほえみ投げかけて 手を差し伸べて
いたわりあえたら 愛の深さ 時の重さ
何も言わず 分かりあえる

たとえ昨日を 懐かしみ 振り向いても
それは歩いてた人生が あるだけさ
いつか若さをなくしても 
心だけは けして変わらない
絆で結ばれてる


コレは、合唱ではなく坂本九さんの歌声を。


ワタクシには、これもまだ難しい歌。

「愛すること それがどんなことだか」、なかなか分からないので。

でも、分かろうとすることが大事なのかな。

歌も、難しい歌を、なんとか理解しようとして、もがき苦しみつつ歌うことが、実は快感だったりするように、分からないことに、苦しんだりすることが、生きている、ということなのかも。

なんだって、そんなに簡単に分かっちゃあ、つまらないよね。

あるいは「分かったつもり」になってしまってもヨクナイのかも。

分からないから、面白いのだ。多分。


ではここで、「いのちの歌」


いのちの歌

生きてゆくことの意味
問いかけるその度に
胸をよぎる愛しい人々の温かさ

この星の片隅で
めぐり逢えた奇跡は
どんな宝石よりも
大切な宝物

泣きたい日もある
絶望に嘆く日も
そんな時そばにいて
寄りそう あなたの影

二人で歌えばよみがえる
ふるさとの夕焼けの
優しいあのぬくもり

本当に大事なことは
隠れて見えない
ささやかすぎる 日々の中に
かけがえない 喜びがある

いつかは誰でも
この星にさよならを
する時が来るけれど
いのちは継がれてゆく

生まれてきたこと
育ててもらえたこと
出逢ったこと
笑ったこと

その全てに ありがとう

このいのちに ありがとう




なんだか、今回の定期演奏会の選曲、深くて重いテーマの歌が多くありません?

これは体力がいる!

実に体力がいる。

今日は必ず早く寝よう。

明日の「木ノ口かたし」の準備、テキパキと終わらせて(なかなかそれがムズカシイ)、必ずや早く寝よう。

なんだか演奏会のことばっかり言ってスミマセンのですけど、明日の「木ノ口かたし」も、どうぞよろしくお願いいたします。

明日は玄米餅に加えて、黒米餅もありますよ。
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お菓子は引き続き、アサちゃん作でございます。シュトレンも少しですが、販売始めでございます。
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どうぞどうぞ、よろしくお願いいたします。







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by sanahefuji | 2018-11-30 07:09 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

今日は金曜日だったのだ

藝大フィルハーモニアの演奏会、無事に終わりました。

楽し過ぎました。もう殆ど夢の世界。

なので、土曜日開店「木ノ口かたし」前日の金曜日の日中ということを忘れ、家に帰って来たら、キビシイ現実が待っておりましたのです。当然のことながら、準備が全然終わってない!ということで、夜にずれ込みまして、しかもまだ全部は終わらない、ということになってしまったのですが、もういいんだ今日は。ボクぁシアワセだったんだから。

とりあえず、今日の演奏会の感想はまた今度。一刻も早く、明日の「木ノ口かたし」に備えて寝る!

というのが正解です。

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明日から、玄米餅、販売開始ですよ~。

ではでは、また明日の「木ノ口かたし」どうぞヨロシクお願いいたします。

まぁしかし、今夜はアヴェ・ヴェルム・コルプスの余韻と共に眠ろう。

そして、寝坊をしませんように。

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by sanahefuji | 2018-11-23 22:37 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

ここは五島列島福江島 「かたし」とは椿の古い呼び名です。Iターンで新規就農した私達が週に一度だけやっている直売所「かたし」での出来事、農家暮らしの日常などなど。日本の端っこで繰り広げられる人生劇場を綴っていきます。


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