人気ブログランキング |

カテゴリ:家族のこと( 65 )

いつの間にか子供について何も悩んでない

おはようございます。

今日は雨、まだまだ梅雨、またまた草はどんどん伸びて、昨日の話ではありませんが、勤勉な農家の方が見たら卒倒しそうな有様の畑などなど、気にかかる今日この頃ですが、今日は午前中は農業委員会の地区協議会というのがあって、午後は高校の三者面談。

昨日の午後は五島市全体の学校のPTAの副会長を集めて「母親委員会」というのがあって、ワタクシは今年、2回目のPTA副会長の役割が回ってきておりましたので、それに行ってきました。

いくら小さな学校とはいえ、そういう役が2回も回ってくる、というのは今まであまりない、というかワタクシが初めてではないか、と思うのですが、そういう間の悪さ、というか貧乏クジというか、そのような運もワタクシはどうも持っているらしい、のです。

それで次から次へと役が回ってくるわけです。

まぁしかし、ワタクシは五島に移住して来た時に思ったことは、地元のヒトの場合は、この地にご先祖様がいて、そのご先祖様が積んでくれている徳というものもあるわけなのですが、移住者というのは、この地にご先祖様がいないわけで、それが全くない状態から地域に入っていかなければならないのだな、ということです。なので、信用を得るために手っとり早いのは、とりあえず頼まれごとは断らない、できるだけ引き受ける、ということなのです。

それじゃあ移住者はタイヘンじゃないか、と思われるかもしれませんが、ご先祖様がいない土地にわざわざ自分たちが好きで来たわけですから、それくらいのことはしなくてはなりません。

そしてもし、子供がいれば、ワタクシたち自身が、この地でその「ご先祖様」になっていくのですから、それは無駄にはなりません。

というわけで、ワタクシも夫も実にいろいろな役を次々に引き受けて、自分の仕事がおろそかになっているように見えることもありますが、状況は刻一刻と変化していくもので、そのようにやっていることが自分の仕事につながることもあったりして、貧乏クジと思えたことが実は当たりクジだった、ということもありますから、目先の損得で物事を考えない方が良いのです。

で、その昨日の「母親委員会」というものでは、母親の実態というものを知らないワタクシにとっては、またいろいろと勉強になるわけです。

そこでまた思ったのは、どうも世のお母さんたちというのは、真面目で親切なのはいいことかもしれないけど、心配し過ぎて、悩まなくていいようなことを悩んでいるのではないか、ということです。

このブログを長く読んで下さっている方はご存じだと思いますが、ワタクシも子供について、随分といろいろと悩んでいたことはありました。子供が小学生くらいになった時に自分の心に起こる軋轢のことを「7歳の壁」などと名称をつけていたくらい、悩み苦しんでいたのです。

ところが今、一番下のコータローが7歳を過ぎた今、ワタクシの人生の中から母がいなくなった歳に、最後の子供がなった今、ワタクシはもう本当に本当に楽になりました。

何故ならば、そこから先はワタクシがたとえ及第点以下の母親であったとしても、家事が下手だったとしても後はプラスしかないからです。

どういうことか、と言いますと、自分の母親がその先はいなかったのですから、それを基準、つまりゼロとしますよね、そしたら、後はどんなにグータラだったとしてもいるだけマシ、ということになります。たとえ料理が手抜きであったとしても、掃除をたまにしかしなかったとしても、それはプラスなのです。

弁当が間に合わなかったって、作って届けるんだから、何もないよりははるかにマシ、気の利いたアドバイスなどは何もしなくても、子供の話を「へー」と言って聞くことは出来る、1品しかオカズを作らないとしても、あるいは何もなかったとしても納豆くらいは買っておく、ごはんと味噌汁は炊いておく、というように一応晩御飯は準備する、などなど低レベル極まりなくても、それらが何もないゼロに比べたら、なんていろいろやっているんだろう!

と思うのですね。

でもこれって、誰でもそんなふうに考えてみたら、いいのではないかなぁ。

今の真面目で勤勉で、そして贅沢な状態に慣れているヒトビトは、きちんと出来ていることを基準としてしまうので、そうなると減点ばかり、マイナスばかり、ということになってしまって、一所懸命やればやるほど、ますます苦しくなってしまうのではなかろうか。これ、前はワタクシもそうだったから、そういうふうに減点方式で考えるのをやめると随分楽になりますよ、ということを言いたいのです。

そして自分の気持ちが楽になった方が、確実に自分ためだけでなく周りのためになります。

家にいる女の機嫌、というものは家全体の機嫌を左右するくらい大きなもので、それさえ良くしていれば家族には何もモンダイがない、ということを、ワタクシはこの一年くらいの間に実感しています。

何もモンダイがない、と言うよりは、何かモンダイがあった時に、冷静に対応できるから、モンダイをヘタにこじらせたり、いたずらに大きくすることがない、と言った方がいいかもしれません。つまり、だいたいのモンダイはすぐに解決できる、あるいはやり過ごしてもいいことであって、たいしたことではない、ということに気付くのです。

これが、イライラとかカッカとかしていたり、はたまたグッタリ疲れ切っていたりすると、そうはいきません。ちょっとしたことが大問題になって長引いたりします。ケンカの始まり、も、そういうことでしたよね。

だから忙しいお母さんたちには、どうかあまり無理をしないで、自分が楽になる方法をそれぞれ考えて、家族のことよりも先に実践したほうがいい場合もあるんじゃないか、とワタクシは、母親委員会の会議中にそんなことを思っていました。

というのも、今は昔の社会よりもいろいろ複雑で、一筋縄ではいかないことが多いし、それらに対応するための力を発揮するには、自分の状態を良くしておく必要があるからです。

というのも、研修会の資料の中に、子供(おそらくイジメられている)のことで悩んでいるお母さんの悲痛なお手紙があって、その中に「子供のことを100%知りたい」というようなことを書かれていて、これはタイヘンなことだ、と思ったからです。

このように、お母さんが思い詰めていると、きっと優しいお子さんなのに違いないその子は、その心配が分かるだけに、ますます追い詰められて苦しくなるだろうな、ということが分かるからです。

その真面目なお母さんを責めるつもりは全くありませんが、親子とはいえ別人格の子供のことを100%知りたい、などというのは、言ってみればストーカーと同じ思考回路になっているわけで、それはとても危険なことです。

わが家でも、一人目二人目までは、イジメとか不仲とか、友人関係でかなりいろいろあったので、そのどうにもしてやれないもどかしさ、とか、とにかく心配な気持ちというのは分かるのですが、子供に起こるモンダイ、というのは、それがたいていワタクシ自身の課題とも密接につながっていた、ということがありますから、そういうことが起こった場合は、子供を守るのはもちろんですが、それと同時に自分の課題に取り組む、ということが必要になってきます。

このお手紙のような場合、お母さんが子供のモンダイに執着し過ぎないで、お母さん自身が自分の人生、あるいは人生の課題に真剣に向き合う、ということで、子供が変わっていくのかもしれないなーと、フト思ったりしました。

最近、気分屋の次女のアサが、時々ものすごく自暴自棄なことを言うことがあって、自分は頭が悪いからダメだ、とか、何も出来ない、とか、聞いているこちらがゲンナリするような愚痴をまき散らすのです。こういう傾向は昔からあったので、「また始まった」と思って、このような場合、励ましてもダメ、こういうふうに考えたら、とか前向きなことを言ってもダメ、まぁ結局何を言ってもダメなので、聞き流して機嫌がよくなるのを待つしかないのです。

でもこの自己肯定感の低さをなんとかしたい、とワタクシは考えます。

それは決して本心ではない、と思うから。

そして、そういうところがワタクシに酷似しています。もうソックリ過ぎて笑うしかない、というくらい。

だから、これは結局、本人が自分自身で気付いて、乗り越えていくしかないモンダイである、ということも分かる。

もし親である自分に何か責任があるとしら、それはやっぱり、ワタクシ自身が未だ人生にきちんと向き合っていない、ということで、それをアサが示してくれているような、そんな気がするのです。

だから、そのことに対して、自分が出来ることがあるとすれば、自分が今、やりたいことに(それがたとえ無理そうなことであっても)挑戦している姿を見せる、ということかな、と思います。

自分はダメだダメだ、と思っていたこの自分自身が、きちんと人生に挑む、ということなのだな、と。

何かとモンダイを起こす子供、というのも、優しい子供と同じく、いつだって、親思いです。

そのモンダイのおかげで、親は自分のモンダイに気付いて、それに取り組むきっかけになるからです。

子供がいないヒトでも、親はいるわけで、ワタクシたちは、それこそ、ご先祖様からいろいろな課題もまた引き継いでいて、解決するためのきっかけとなるモンダイを天から(家族から?他人から?)与えられながら、生きているのだなぁ、と思います。

やっぱりそれは、ありがたいことですね。

さて、これから三者面談。

アサちゃんは今日は車で送ってもらった時に、とーちゃんに「かーちゃん、今日は忘れずに来るかなぁ」と言ったそうな。

それを聞いて、そのように認識されている母、というのは、なかなかいい、とワタクシは満足でした。
b0317003_13082518.jpg
そして、これは、昨日のメモ。

「ババァ」などと言われる日も来るかもしれませんが、こんな日があったことを、忘れないようにしよう、と思います。








































by sanahefuji | 2019-07-18 13:10 | 家族のこと | Comments(0)

リベロのサッちゃん

こんばんは。

3泊4日の長い遠征の引率から戻って参りました。2日の朝の船に乗って五島を出発、今日、5日の午後6時過ぎに五島に戻って来たわけなので、実に4日間も出かけていたことになります。

この4日の間、中2日間は「さつき杯」というバレーの大会で、前後の一日ずつは、ひたすら練習試合、というバレー三昧の日々でした。

ワタクシのような運動音痴の者は、バレーのルールなどもよく分かっていなかったのですが、この遠征中に試合や練習の様子を、ずっと見ていて、細かい点はやっぱりよく分からないながらも、「あぁ、やっぱり何もかもが同じなんだなぁ」という思いを、またまた強くしたところです。

何かをやる時に必要な姿勢、とか、気持ちとか、上達していく道筋、とか、そういったことが。

それはスポーツでなくても、そして子供でなくても、もうホントに誰でも、なんでもそうなんだなぁ、と。

子供たちが通う中学校には、バレー部だけしかなくなって久しく、他の部はありません。そして帰宅部、という選択もないので必ずバレーをしなくてはならないのです。それは長女のハナもそうだったし、次女のアサもそう、そして、今、中2のサトがバレーをやっています。人数が少ないので、2年生でも1年生でも即戦力です。

小柄なサトでも、1年生でも試合に出ています。

そんな寄せ集めのような、わがチームも、今回のような島外の大会に行くと、体の大きな選手がズラリと並んだようなチームとも対戦しなくてはなりません。

バレーを志願してくる子供たちの中から、さらに選り抜かれた人材が選手になっているチームと、わがチームを比べると、それはもうその差が歴然としていて、当然負けるわけです。負けて負けて、これでもかこれでもか、というくらい、まぁとにかく負ける。

サトはリベロ、という守備専門のポジションなのですが、見ていると、やたらとボールがいくように思えました。小さい上に「負けん気」というものがあまりなく、頼りない雰囲気を醸し出しているせいなのか、狙われているようにも見えます。そして敵の思惑通り失敗もよくするのです。

ひたすら練習試合を繰り返していた初日、レベルの高いチームとの対戦中、サトは、そのようにやたらと失敗をして、そして先生に注意されていました。

「健気なサッちゃんの話」というところで書きましたが、自分の要求をすぐに引っ込めてしまう傾向のあるサトは、バレーのコートでもそれは全く同じく、すぐにヒトの陰に隠れて、控え目にしてしまう、ということでもありました。一事が万事、というのも本当にいつもその通り。

サトが何度も何度も失敗しているのを見て、ワタクシはドリカムのこの歌がBGMで流れるといいなぁ、と思いました。



ワタクシは、いろいろな場面で人間観察をしていて思ったのですが、キツイ性格というのは、強そうでいて実は強いわけではなく、本当のところは脆いものであり、真に強いヒトというのは柔らかく穏やかなんじゃないかな、と。

もしもそうであるならば、サトはけっこう強いのかも、と思います。だからこの重要なポジションを任されているのかもしれません。今のところ、失敗してばかりだけれど。でも、遠征の終盤頃になると、「お、今のよく取れたな!」という場面も多くなったようにも思います。

リベロというのはイタリア語のLIBERO、「自由」を意味する言葉です。なかなか、いいなぁ。

4日間の話、いろいろ書きたいことがいっぱいあり過ぎて、どこまで書けるか分からないけれど、弱小バレー部の子供たちが頑張る姿に触発されて、手紙下手のワタクシも(しつこい!引きずり過ぎ!)もっと、人に伝わる文章、心を動かす文章が書けるように、眠くても書こう、と思った次第でございます。

ホントに、なんでも同じ、おんなじなんだなぁ。何かが上手くなりたい、成し遂げたい、と思ったら、何度も何度も、やるしかない、のです。

そう何度でも。




by sanahefuji | 2019-05-06 00:24 | 家族のこと | Comments(0)

健気なサッちゃんのお話

金曜日、ワタクシがコドモのように「8時に寝る!」と言っているところに、部活を終えて帰って来たサトが「かーちゃん、ヒマ?」と聞いてきました。

「え、ヒマなわけないだろう。だって、かーちゃんは今日は8時に寝ないと、なんだから。」というと、自分の要求などはすぐに引っ込めてしまう傾向のあるサトは、それ以上何も言わず。

そこで、「何?」と聞くと、明日の試合の時に持って行く自分用のアクエリアスと先生用の炭酸水をもう一本買っておきたいので店に連れて行って欲しい、とのこと。

まぁ、そんなことだろうと思っていたワタクシ、自分で歩いて行ける範囲に店がないのだから、仕方がないがしかし、そういうことは前もって言ってくれれば夕方に行っておくのに、という不満はありましたが、そこは子供、そんなに気が回るはずもないし、何よりすぐさま要求を引っ込めてしまうサトがかわいそうなので行くことに。

その時、既に8時10分前。

ワタクシの8時に寝る、という目標は達成されなくなりましたが、まぁ、いつも金曜日の就寝時間は9時過ぎになってしまっているけど、なんとかなっているわけだし、まぁいいか、と。

というふうに、一応オトナのワタクシは臨機応変にいろいろなことは対応できるのですが、表面上は「もっと早く言えばよかったのに」などと小言の一つも言いながら、店に連れて行ったのでした。

車の中でサトが「カーちゃん、明日は何時に起きるの?」と聞くので「明日はアサも手伝えないからいつもより早く、そうだなぁ、3時前には起きるかな。」などという会話をいたしました。

そして翌朝、というか、まだ夜中、3時20分頃に、サトの目覚ましが鳴っていることに気がつきました。

「なんで、こんな早くに目覚ましかけてんの?」というワタクシに対して、寝ぼけているらしいサトは「いろいろするんだよ。」と何かよく分からないことを言ってまた寝てしまったようでした。

その時は、そのことをあまり気にせずに、作業に戻ったワタクシでしたが、午前5時ごろになってサトが「木ノ口かたし」にやって来て、自ら前の日の夜の部の残骸の片付けなどを始めたことから、「ハッ」としました。

あの3時20分の目覚ましは、もしかして手伝うつもりだったのか、と。

「今日は家を何時に出るの?」と聞くと「6時10分頃」と言います。

「え、そしたら、もしかして『おこわ』を入れるのとか、出来る?」と聞くと、「うん」と言って、片付けたテーブルの上で、淡々と蒸し上がったばかりの「鶏おこわ」をパックに入れてくれました。

そうして、「木ノ口かたし」を静かに去って行き、自分の準備を終えたらしいサトは、「木ノ口かたし」の台所の窓をたたいて、行ってきますの合図をして、ニッコリ笑って出かけて行きました。

あくまでも静かに、淡々と。

3番目のサトは家で生まれた、ということは前に書きましたけれど、この時が本当に静かな静かなお産だったのです。まるまるとして、生まれたてほやほやの美しい赤子のサトは、「おぎゃー」と一声、元気よく産声を発した後、あとは何も言わず、静かに静かに寝ていました。

ずーっとずっと、まだ胎内にいるかのように、安らかに。生まれたての赤ちゃんの頃は、誰だってそうであったように、それは神々しい魂であった、と今、思います。

サトのそのように淡々として静かな様子を見ていると、その時の穏やかな時間、というのを思い出します。

そして、人間というのは一人一人に「持って生まれたもの」というのがあるのだなぁ、とつくづく思うのです。

それにしてもワタクシは、なんとコドモじみていたことか、と金曜日の夜のワタクシの態度を非常に反省いたしましたのです。

そして、歳をとればヒトは自動的にオトナになる、というのは、全くの幻想である、ということを再び激しく思い知らされてしまうのでありました。

こんな健気なサッちゃんが、どうか悪い男に騙されませんように、と、愚かな母は祈ることしかできないのがもどかしい。


ところで昨日は、とーちゃんの誕生日であったのですが、今度は学校から帰ったアサがお祝いのケーキを焼いてくれました。
b0317003_07524061.jpg
こちらのヒトは、サトとはまた違って、自分の要求は何が何でも通すヒト、なんです。同じ人間から生まれても、いろいろいる、というのが面白い、ですね。














by sanahefuji | 2019-04-14 07:55 | 家族のこと | Comments(0)

コータローが迷子になった話

昨日、家族のうち夫とサトが帰ってきました。

戻ってきてすぐではありますが、昨夜は「木ノ口かたし 夜の部」に団体様のご予約が入っておりまして、ワタクシの担当はごはんを炊くこととデザートのお菓子を作ること、後はいつもの片付け&掃除くらいのものですが、やはり一人暮らしが気楽だったせいか、「木ノ口かたし」の従業員感覚がすぐには戻らない感じ。

でもまぁなんとか無事に終わり、いつもご利用いただく団体様、というのはありがたいものだな、としみじみ思いました。

さて、昨日家族が戻ってきて、真っ先に聞いたのが、表題の「コータローが迷子になった話」です。

それは長野へ向かう途中の名古屋駅での話。

名古屋発中津川行きの各駅停車の電車が既にホームにいて、夫と子供3人は荷物を持って電車の中へ。出発までにはまだ時間があり、駅のトイレに行っておこう、ということになったらしい。

この時、子供3人だけでトイレに行ったことが事の発端となったのです。子供と言ってもアサはこの春から高校生、サトは中2、コータローは小学2年生、電車に乗り慣れた子供であったなら特にモンダイはなかったでしょう。

しかし五島に電車というものは走っておらず、従って乗る機会というのはたまに本土に出た時、しかもそれは親に連れられて行くだけ、ということで、電車の乗り換えの仕方とか、駅の構造などなどを体感する機会が殆どないままなのですね。

トイレは一旦、ホームの階段を下りて、そしてさらに歩いて行かねばならない場所にあったそう。

当然ですがトイレは男女別、そうするとコータローと姉二人は別れてしまうのです。そして男性用はすいているけれど女性用の方には行列が出来ている、これもよくあること。

姉二人は当然、コータローにトイレがすんだ後に一人で電車に戻らないで自分たちが出るまでそこで待っているように、ということを言いました。

ところが姉が出てきた時には既にコータローの姿は消えていた、というわけです。

事件や事故、というのは、いろいろなモンダイ(それは一つ一つは小さなこと)が重なって、結果として事件・事故となって表れるわけで、その途中のどれか一つがなかったらそれは起こらなかったこと、というふうになっているものです。

まず一つ目のモンダイが子供だけでトイレに行った、そして二つ目のモンダイが男女別のトイレ及び混み具合、そして三つ目に「男子は言いつけを守らない」モンダイが浮上するのであります。

コレ、前にも書きましたけど、ワタクシの子供たち女子三人の後に男子を育てる体験、というのをやってみて女子と男子って本当に違うんだな、と思ったことの筆頭がこの「男子は言いつけを守らない」モンダイなのであります。

言いつけをわざと守らないのか、よく聞いてないのか、それともすぐ忘れるのか、自分の都合の良い解釈をするのか、おそらくその全部が合わさっているのでしょうが、女子だったらキチンと言った通りにするところが、男子には通用しない、ということが往々にしてあるのです。

これは他のお母さんに聞いてもそうで、「そうそう、それでヒドイ怪我したりしてるんですよ!」という話を聞いたりする。

今回がまさにその通りで、「ここで待っていなさいよ」という姉の言いつけを守らずにコータローは一人でとーちゃんが待っている、名古屋発中津川行きの電車に戻ろうとしたらしいのです。

そして再び男子の「オレってスゴイと勘違いする」あるいは「オレってスゴイと思われたい」モンダイが浮上するのでありますね。

これも、そういう傾向があるようだ、と感じるだけで個人個人で違う、とも思いますが、だいたいにおいて女子の方はキチンと出来ているのに何故か自信が持ててなかったり、「自分は全然ダメだ」と思ったりしやすく、一方の男子はあまり出来てなくても何故か自信過剰「オレってスゴイ」「オレはデキル」と思える、ということはあるような気がします。

この感覚の違いは一体何なのか、これはまだ研究の途上であり(ウソだけど)結論は出ておりませぬが。

ここでこの「オレってスゴイと勘違い」した、あるいは「オレってスゴイと思われたい」コータロー、電車に乗った経験も殆どなく、何も分かっちゃいないのに、自分はデキル、と思ってしまったんですね。

中津川行きの電車が停まっているのとは別のホームに上がってしまい、全く同じ色や形の電車、しかしそれは中津川ではなく別の場所行きの電車に乗ってしまったらしいのです。

そして、それは中津川行きの電車よりも出発時刻が早かったのです。

女性用のトイレから出てきた姉二人、そこにいるはずのコータローがいない、ややマズイ感を感じながらも、とーちゃんのところに先に戻っているのかも、という一縷の望みと共に戻ってみると、やっぱりいない。

そこで顔面蒼白となる姉二人、そしてとーちゃん。

中津川行きの電車の出発時刻も迫り、とりあえずその電車からは降りて、すぐに駅員さんに相談したそうです。

一方のコータロー、一人で電車に戻って来れた!「オレってスゴイ」と思ったところが、そこにとーちゃんはいない、そして間もなく電車の扉は閉まり、走り出してしまったのですから、さあタイヘン。

どんな様子だったのかは分かりませんが、この時、幸いだったのは、各駅停車の電車であってもちゃんと車掌さんがいた、ということです。

地方の各駅停車の電車というのは、今はワンマン運転が多いのではないでしょうか。つまり電車には運転するヒトしか乗っていない、というのが普通です。そういう場合、何か起こった時に対応するのが難しいだろうな、と、こんなことになって初めてワタクシは思い至りました。車掌さんの役割の大切さ、というのが分かったのです。

後で聞いたところによると、その電車に乗っていた車掌さんは、コータローが一人で乗ってきた時点で、何かおかしいな、と感じていたそうです。それで注意して見て下さっていたのですね。

夫が駅で駅員さんに相談すると、すぐに全ての電車に連絡を取り、どの電車にコータローが乗っているかをつきとめ、その最寄の停車駅で降ろして、そこで車掌さんと一緒に待っているようにして下さったそう。

これも後で聞いた話ですが、その時にコータローは、その車掌さんにこれから長野に行くこと、そして帰りには姉の大学のある香川に行くこと、などなど全部喋ったそうであります。

そして電話でワタクシに「そのコータローと一緒にいたヒトね、コータローが『やまざきこうたろうです』って言ったら、『ひこたろう』って間違えたんだよ。」などと言ってゲラゲラ笑っているので、「お前、反省してるのか?!」とワタクシは思わず言ってしまいましたが、一応、反省はしていたらしく、その後からはずっと、とーちゃんの手を離さず、勝手な行動は慎んでいたようです。

女子三人が続いていたものだから「言いつけを守る・言った通りにする」にあまりにも慣れ過ぎてしまっていたワタクシにとって、また男子というものを学ぶ良い機会となりました(?)。ホントに油断ならないのです。

でも、だからと言って、ああしなさいこうしなさい、と押さえつけたり、何から何までやってしまう、というのもヨクナイし、一体どうするのが一番いいのだろう。

ひょんなことから男子を授かってしまった(自分としては子供は三姉妹で完結するものと思っていたので)ワタクシとしましては、世の女のためにも息子は「よか男」に育てなければならないという使命があるので、いろいろ考えるわけです。

「よか男」とはどういう男か、それはこの間、ここにも書きましたけど、山伏の方が書いた本にあった「女の野生 男の度量」という話、これを考えれば答えは出ます。

も一度おさらい、そこに書かれてあったのは、女性というのは野性が強いものであるから、とにかく自由にさせておくのが良い、そしてその野性が強く、感覚のままに行動する女性を受け入れ、支えるのが男の度量というものである、というようなこと。

男の度量、というのを言いかえれば男の器、とも言えるかもしれませんが、そのような女というものを受け入れた時に、男の度量、あるいは器というのはどんどん大きくなって、人間としてもまた大きく成長するのではないか、とワタクシ、いろいろと見たり聞いたり体験したりしたことからも思うのであります。

というわけでお母さんは、世のためヒトのため、女のために息子は「よか男」にしなければならないのです。一緒に考えてまいりましょう。

というのもですね、今、あまりにも多くのヒトビト(女性)から「いいヒトがいない」「出会いがない」という声を聞くからなのです。これは一体どういうことか、よく聞くのは「いいなぁと思ったヒトは既に結婚している」ということで、これはまぁそうだろうな、と思います。では一人身のヒトはどうなのか、そのようなヒトビトの中に「よか男」の可能性が潜んでいるヒトがいないのかどうか、それは分かりませんけれど、とにかくそういう声はよく聞くのです。

ワタクシの人間観察の結果から申しますと、男も女もダメなヒト、というのはそうそういない、というのが持論です。パッと見える部分、分かる部分で判断されてしまうと、このワタクシ自身が「ダメな女」ということになってしまうので、そのような判断を早急に下すことは避けたい、と思います。

ヒトが「あまりイケてない」と見えるのは、長い年月のうちに、そのヒトが何かで自信を失っていった結果、そのように見えているだけなのかもしれなくて、何かで自信を取り戻せば、変わる可能性があるかもしれない、とか、いろいろな可能性は誰の中にも眠っていて、それはどんなきっかけで目を覚ますか分からない、という希望は持ちたいな、と自分のことも含めて思うのですけれど。

そして、いつも思うことですが、きっとそのようなことに年は関係ないのです。

まぁしかし、命に限りはありますから、なるべく早くに自分の力を発揮できるようになると良いですね。そのような人間関係が、男女問わず築けていけたら最高だな、とワタクシは思います。

この度、おバカなコータローがお世話になったJRのヒトビトには、ホントに感謝の気持ちでいっぱいです。

やっぱり、世の中捨てたもんじゃないなぁ、とワタクシはいつも思います。

みんな優しい、いいものを持っているのだと思います。

まだまだアサ&コータローの旅は終わっていないので、やや心配もありますが、その失敗から学んで、少し成長したコータローで戻ってくるハズです。

ワタクシ、これもいつも思いますけど、失敗からしか学べないことも多いのです。

この間、お寺の掲示板みたいなところにあった言葉、

「道に迷えば 道を覚える」。

道に迷ってばかりのワタクシですが、確かにそういうこともある、とナットク!
































by sanahefuji | 2019-03-28 09:42 | 家族のこと | Comments(0)

12年前の2月18日

12年前の今日は、旧暦のお正月の元旦でした。なので、長崎ではランタンフェスティバルが始まったところで、あちらこちらに丸くて大きな提灯(これがランタンなのかな)が下がっていたことを覚えています。

ワタクシは1歳だったサトを抱えてジェットフォイルを降りた後、そんな長崎の街を通り抜けて駅に行き、大分へ向かっていたのでした。


ワタクシが子供だった頃、わが家には膨大な量の漫画本がありました。それは約一年の間、母が入院していた病院がある大分市まで毎週日曜日にお見舞いに通っていた帰りなどに、父と兄が本屋に寄っては連載物をずっと買い続けていたり、多分それ以外にも津久見の街でも買っていたのでしょうけれど、とにかく沢山ありました。

そして、それをワタクシも片っぱしから読んでいきました。いつ読むか、というとですね、これが少し特殊なんです。ワタクシは平日の昼休みに毎日読んでいました。というのも、ワタクシが通っていた全校児童20数名の田舎の学校には給食がなく、昼ごはんは家に食べに帰っていた、とは何度か書いたことがありますが、そのように家に戻って昼ごはんを食べるのなど、ものの10分もすれば食べてしまいますから、後はひたすら漫画とか時々は本とか読み、一通りそれも読んでしまうと、今度は子供向けの図鑑とか、そういうのを片っぱしから読んでいくわけです。

小学校って6年間ありますから、その毎日の昼休みの間にワタクシは相当に漫画を読んだ、と思います。何十巻もあるような長いものだと、それが終わるまでは読むものが決まっているのでラクなんです。

手塚治虫のものなんかは、だいたいあったんじゃないかな。よく覚えているのは矢口高雄の「釣りキチ三平」、これも長い。65巻もありましたから。コレがホントに面白いんですよ。ラストは感動的でした。

そして小学生のワタクシにとっては、残酷な場面も多く、救いのない話も多く、難解だったに違いないのだけれど、ものすごい衝撃を受けたのが白土三平の「カムイ伝」という漫画。カムイというのは江戸時代の身分制度の一番下である「非人」の身分の子供で、これがめっぽう強い忍者になるのですよ。ここでワタクシが忍者にハマった、ということもあったかもしれません。

そして後にカムイのお姉さんと身分の違いを超えて結ばれることになる、正吉という頭が良くて、仲間からも絶大なる信頼を得ている人物が、百姓の生活を向上させるために、農具の改良をしたりして、村が少し明るい空気になるところなんかでは、ワタクシもなんだかワクワクしたことを今でもよく覚えています。ところが江戸時代というのは過酷な時代で、どんな理由かは忘れたけど、この正吉さんも鼻を削がれたりして、とにかく酷い目に遭うのです。

身分の低い人間は人間扱いされない時代、というのが確かにあったのだ、ということが小学生のワタクシにも強烈に印象づけられました。

しかしながら一応ワタクシも女子で、少女マンガなども好きで読んでいましたから、この「カムイ伝」の激しすぎるストーリーの中では唯一のロマンス、正吉さんがカムイのお姉さんのナナさんと、厳しい身分制度を超えて愛を貫くところなどには胸を熱くしたものです。しかしながら、やっぱりそれは甘いものではなくて随分と過酷なのでしたが。

あ、そう言えば、わが農場のおバカ犬、正吉という名前でした。カムイ伝に出てくる正吉さんのように、お利口になって欲しかったのになぁ。

「カムイ伝」の世界を思えば、つくづく今はいい時代になったものだ、と思います。身分が高くなくても普通に人間として暮らせるし、こんなにノンキにしていても、生きていけるのですから。


それらの強烈な印象のある漫画以外にも、少年漫画を中心に、本当に膨大にあった漫画本、それの半分くらいか、あるいはもっとだったかもしれませんが、とにかくそれらを父親が絵を描くためのアトリエとして借りていた古い家の、使っていなかった部屋に移しました。

そしてワタクシの父親は、そこを集落の子供たちが自由にやって来て、漫画を読んだり、遊んだりしても良い場所にしたのです。

今から40年近くも昔に、このような子供の居場所作りのようなことを父親がやっていた、ということに、ワタクシは少なからず驚きました。

特に何をする、というわけでなくても、ヒトがなんとなく集まって、顔を合わせてただ話をしたり、なんとなくそこにいて、漫画を読んだりして自由に過ごせる場所がある、ということが、実はけっこう大事なこと、というのを、この大量の漫画本のある空間で、ひょっとするとワタクシは学んでいたのかもしれません。

そこに行けば誰か仲間がいる、という場所。昔の集落には、そういう場所がいくつもあったのです。

まったく意識はしていなくても、やっぱり親の背中というのを子供は見ているのだな、とワタクシは思いました。

こんなふうに書くと、父親は実に良く出来たヒトであったような誤解をされてしまうから、言っておきますと、それは全く違うのです。子供から見ても、けっこう危うくて、困ったところが沢山ありました。ワタクシが、すぐさま遠い北海道に行って殆ど帰らなかったのも、女を封印したような青春時代であったことも、もしかすると母を亡くした父親から向けられている「なんだか重たい愛情」から逃れるためであったのかもしれない、と思うことがあります。

それはすごく複雑な心境で、難しいモンダイでした。家に女が自分しかいない、というのは思春期には随分とやりにくいことでしたし、しかも自分はまだ成熟していないコドモであるからして、いろいろなことを背負うのはあまりに過酷であったのだ、と、今では分かりますが、そこから逃げた自分のことを、随分と責め続けてきたように思います。

そうして今やっと、ワタクシはいろいろな「桎梏の綱」から解放されたところなのでした。

親子関係が割とすんなりといく、恵まれたヒトも多いようで、ウラヤマシイ限りですが、親子のモンダイは、こじらせると本当にやっかいで大変です。

でも大変なことからしか学べない、ということも多いですから、それはきっと、自分にとっての財産である、ということも分かるようになりました。そういうことが分かるようになるから、年をとるのもいいことですね。


12年前の今日、夜に大分駅に着いた時点で、父親は夕方の5時過ぎには既に帰らぬ人となっていたことを知りました。

次の日、故~と、父親の名前が書かれた看板が、葬儀場の玄関に出ていたのを、なんとも不思議な気分で眺めました。本当に不思議なことですが、親って死なないような気がしていたのです。

まぁワタクシの場合は母が早くに亡くなっているというのに、やっぱりそう思う。死ぬはずがない、と思っていた。これは一体どういうわけなんでしょう。謎です。

葬式の後、ワタクシはもともとがボンヤリしているものだから、2~3日、家でボンヤリしていたいな、と思ったのですが、次の日にはなんだかんだで家を追い出されてしまいまして、途方に暮れて、大分のホテルにとりあえず一泊し、そのあと、その時はまだ元気だった「湯布院のおいちゃん」のところに転がり込んで、泊めてもらったんでした。あの時はなんだか混乱して訳が分からなかったなぁ。

ぬくぬくと、あるいはボンヤリとしていられる実家があるというヒトは、それはとっても幸せなことなのです、そのシアワセをどうか噛みしめて下さい、とワタクシは申し上げたいと思います。余計なお世話かもしれませんが。

とは言え、別に誰が悪いということでもないことで、そのようになるのも仕方がないこと、というのが世の中には、いろいろとあるのです。

その時ワタクシは何か思い出の物が欲しくて、湯布院で柿渋染めの「ガマ口」を買ったのですが、そのガマ口も口金が壊れてしまい、昨年だったか、その前だったか、直してもらおうかと思ったけど、やっぱり無理で、結局それはもう使えなくなってしまいました。

で、そのガマ口もなくなって、その時の混乱した思いとか、悲しい気持ち、苦しい気持ち、などなども、全部消えてなくなったように思いました。本当に。だから使えなくなっても、もう良かったんだ、と思いました。

その時、大分でワタクシは絵本も一冊買いました。父親が亡くなる1か月くらい前に、手術をするというので、子供たち3人を連れて実家に帰った時に、本棚で見つけた、色鮮やかなこの本がワタクシはすっかり気に入って、欲しい、と思いました。

ところが父は何を思ってか、その本の一番色鮮やかな頁を切り取ってしまっていたのです。時々、このような謎の行動をするヒトでした。

なので、その頁がないのはイヤだから、ちゃんとした絵本を買い直したのです。

それは、この本。
b0317003_23343249.jpg
面白くて、美しい、絵本です。

絵描きだけあって、父は絵本を選ぶのが上手でした。

そういうところは、ホントにホントに、ありがたかったな、と思います。

親不孝な娘のままでしたが、今も本当に感謝しています。







































by sanahefuji | 2019-02-18 23:39 | 家族のこと | Comments(0)

ノンキな母さん毛が3本、で良い

昨日、無事に小麦の種を蒔き終えました。

中学生の時に習った歌に「農夫は早起き畑へ急ぐ 鋤を担いで口笛吹いて~♪」という楽しい歌がありましたが、小さな畑の中にいると、ワタクシはこの歌の中の農夫のような楽しい気持ちになります。

遅かろうがなんだろうが、とにかく種は蒔きました。

この「農夫は早起き」という歌、ハイドン作曲で林光さんという、知る人ぞ知るお方の訳詞で、軽快なリズムがなかなかいい歌なんです。

「歩幅に合わせて歩幅に合わせて種を蒔く~♪」、チャラララン、チャラララン、チャッチャー、とピアノ伴奏が入って、「種は大地に守られて、やがてーやがてー黄金の実り~♪」と盛り上がってまいります。

ホントにそうなると、いいんだけどなぁ。

昨日は、午前中に種を蒔いて、やっぱりまだ終わらなくて、昼ごはんを食べた後、前日のような失態はしないぞ、と思ってすぐに畑に戻ったら、種を蒔いた畑一面にカラスの大群が舞い降りていて、ナントせっせと食べている!

ゴンベが種蒔きゃカラスがほじくる、なんていう、のどかな感じではなく、気持ち悪いくらいの黒い群。

ガーン。

随分と食べられてしまいましたが、急いで「テグス」を張りめぐらせました。

今時期は自然界に餌が少ないんですね。

それで今はイノシシも罠に仕掛けている餌によく寄ってきているそうで、今朝も1頭かかったとのこと。

ワタクシが小麦の種を蒔いている間、夫は年明けすぐに獲れたイノシシ、あの80キロの巨漢の一部分をベーコンとハムにしていました。
b0317003_08103405.jpg
塩抜きをして、

b0317003_08120103.jpg
ヒトから貰った穀物貯蔵用のブリキの缶を改造して、燻煙器にしています。

b0317003_08110956.jpg
下に七輪を置いて、ここで炭を熾して桜の木をいぶす、らしい。

らしい、というのは、ワタクシはまるでノータッチなので、何も分かってないからです。

いつの間にか魚や肉などは、とにかく大物を扱うようになったため、そちらは完全に夫の仕事で、ワタクシは「食べるヒト」専門です。

本当に「いつの間にか」、夫はメキメキと料理の腕を上げていき、抱えるのも大変な、どデカい魚を一瞬で捌いたり、それこそ80キロのイノシシを解体して、美味しいベーコンやらハムやらにも加工していたりします。

やはりなんでも「適材適所」ということはあるんだな、と思います。

不器用な人間であるワタクシは、ホントによく思うことですが、妻とか母親が無理してでも何もかもやってしまうのは、他の家族の可能性の芽を摘むことにもなりかねない、ということです。

そして、いつまでも家事とかなんとかを母親が一人でやる、というのも、やめた方が良い、ということです。

多くの勤勉な母親たちは、ものすごく頑張って、何もかもをやろうとしているのではないか、とワタクシは時々とても心配になります。

それは今の時代、もしかすると、若い女のヒトを結婚とか子育てとか、家庭を持つことから遠ざける原因になるかも、とワタクシは危惧してもおりますのです。だってそれは、あまりにもタイヘン過ぎるから。

そして勤勉な母親が年老いて、動けなくなるギリギリまで何もかも一人でやってしまって、次の世代は何も分からなかったり、大切なことを何も引き継がせていない、という事態にもなるのではないか、と。

ワタクシなどはまだ40代ですが、既に次の世代に、どうやれば今の時代に合ったような引き継ぎができるか、ということを考え始めています。

そういうことは早めに考えた方が良い、と思います。

どうか、お母さん一人が頑張らないで!

とワタクシは思います。

男のヒトも子供も、できるんですよ、けっこう何でも。

そして、大切なことは、やってもらった時には、出来栄えの如何に関わらず「ありがとう」ってニコニコ笑って、受け取ることかな、と。

ヒトを笑顔にする、というシアワセ、というのも、確かにありますから。

お母さん一人がガンバッテいると、他の家族がそれを味わえない、ってことにもなるのかな、と。

元来グータラな人間であるワタクシは、無理してやっていた頃の全体のギスギス感などを思い出す度に、「ノンキで良いのだ」と、確信するのです。

なので、ガンバリ過ぎず、うまいこと、やりましょう!

























by sanahefuji | 2019-01-17 09:05 | 家族のこと | Comments(0)

ギャップ萌えなど如何でしょう

長女のハナが女子大生になって、「キレイなお姉さん」になって帰ってきた、と書きました。

しかし、わが家ではちゃんと薪割りなどしてくれます。
b0317003_07482101.jpg
そして、ワタクシが出かけている間に、こうしてちゃんと薪を積み、コータローに昼ごはんを作って食べさせたり、茶碗を洗ったり、仕送りもしてもらってないのに、ちゃんと家のために働いてくれます。
b0317003_07493409.jpg
そして夜は友達と会うと言って出かけて行きました。

そんな長女が存在していると、他の子供たちにも良い影響があり、皆の労働意欲を喚起するのか、昨日は「夜の部」のお客さまがあったのですが、アサとサトが二人してテキパキと準備を手伝ってくれました。

娘2、娘3も、娘1のように、外に出たら、きちんとキレイなお姉さんになって、帰ってくるに違いない。その日が楽しみです。

斧で勇ましく薪を割っている娘1も、佇めば乙女。
b0317003_13235035.jpg
これは三井楽の海。

三井楽のベーグル屋さんに、わが家のお餅を頼まれていたので、持って行ったついでにベーグルを買って、万葉公園でちょっと遊んできました。
b0317003_14561962.jpg
思ったよりも、ずっと広々としていて、とにかくエネルギーを持て余して、走り回りたい、というような男の子なんかには、おススメかも、と思いました。

ホントにすごく広い!そして、ところどころに、こうした遊具があります。

乙女の格好でコータローとターザンもする。

そして、しっかりしているようでかなり抜けている、というところもあり。

やはりここは、ギャップ萌えでいくしかない、などと母はいらん世話なことを思っていますが、どうでしょう?!





by sanahefuji | 2018-12-27 15:11 | 家族のこと | Comments(0)

おバカ男子とキレイなお姉さん

長女のハナが帰省して来ました。

夏には帰って来なかったので、実に10か月ぶりです。

コータローと一緒に港に迎えに行って、階段から降りて来るのを待っている時、そこに現れる誰かを待っている時、というのは、それが誰であっても、何かこう緊張するのは何故だろう。

しばらく会わないうちに、どんなふうになったかな、とか、最初に会った時にどんな顔をするかな、とか、そういう想像が、そうさせるのか。

そこに現れたハナさんは、実にキレイなお姉さんになっていた!

と、親のワタクシが言うのもナンですが、なんだかドキドキしてしまう程。

今、流行っているらしい、ちょっとビックリするくらい鮮やかな紅色の口紅、その昔、ワタクシの叔母(それは競泳の渡辺一平選手のお婆ちゃんなのですが)、彼女がやはり娘のしている口紅を表現する際に「人を食い殺したごとある口をして」などと言っていた類の口紅も、そんなに下品に見えないくらい、顔の他の部分とのバランスがよく考えられた化粧、落ち着いた大人っぽい、それでいて若い娘らしさの残る服装、上品に光るアクセサリーとスッキリとした髪型は、もともと色白の彼女によく似合っていました。

まさに、番茶も出花のお年頃、ですからなぁ。

3人いる姉の中でも特にハナちゃんが大好きなコータロー、そしてワタクシは知っている、既に1歳という,まだ赤ちゃんと言ってもいい頃から、華やかな女性らしい女のヒトに対して明らかに態度が違っていたコータロー、大好きなハナちゃんが、そんなキレイなお姉さんになって現れたものだから、それはそれはもう大コーフン。

生ゴミ回収をしながら帰っていたのだけど、車を止めて、生ゴミバケツを積み込む度に自分も車から降りて、車の周りを走り回り、ハナちゃんの座っている助手席の窓の外で、ピョンピョン飛んでみたり、とにかく嬉しくって嬉しくってジッとしていられない、という感じ。

男子って単純。

そして、近ごろ「おっぱいバレー」という映画をDVDで見る、と言って見たコータロー、この映画の導入部分にハマっているのです。その導入部分というのは、どうしようもなく弱いバレー部の男子たちが、「時速80キロで走った時の空気抵抗の感触が『おっぱい』の感触に似ている」とかいうようなバカな理由で、自転車で猛スピードで坂道を走って崖から落ちる、という場面。

それで、それを真に受けた(?)コータロー、例えば軽トラの助手席に座っている時に、窓を開けて、手を出して「かーちゃん、80キロ出して。」と言ったりする。

そして「アホか。寒いんだから早く窓閉めて!」とワタクシに怒られる、というようなことを繰り返している、おバカ男子街道まっしぐらのコータローであります。

しかも、このおそらく信憑性の怪しい情報を、お友達に教えた、と言ってはゲラゲラ笑っている、ホントにおバカなコータロー。

しかし一方でワタクシは、実に健全に男子として生育しておる、と安心もするのでした。

この間、ラジオを聞いていたら、基本一人でいるのが好き、という男のヒトが話しをしていて、家に帰った時に誰かがいるのがイヤだとか、手作りのチョコとか何が入っているか分からないからいらない、とか言っていて、多分、今ってそういうヒト多いんだろうな、と思い、生物としては末期状態な世の中、ということをまたまた思いました。

今、とっても便利な世の中で、殆どなんでも自分の思った通り、人間の計画通りに事が進められるのが普通で、そういう環境にずっといると、予測不可能な事態、というのに耐えるのが難しくなるのではないか、とワタクシは考えます。

だから、自分の身にも予測不可能な感情が湧いてきて、制御できなくなるのを異常なまでに恐れていて、自分のペースを乱されるのに耐えられないのかな、という感じがします。

生物は、繁殖をして、次に命を繋がなければ滅びてしまうわけだから、異性に興味を持ったり、恋をして、もうそのことで頭がいっぱい、というような状態になるのは、強烈な本能として組み込まれているハズなのです。だって、そうじゃないと生物は滅びるのだから。

ところが、人間の世界がこれほどまでに自然とかけ離れた空間を作って、そこで生活しているうちに、もうこの本能を封じ込めるほど「自分中心」で生きていきたいヒトビトが生まれてしまったのかと思うと、暗澹とした気持ちになります。

だから「おっぱい」の感触を疑似体験しよう、と自転車で坂道を走っている男子、とか、そういう場面を考えたヒトとか、そして、それに大ウケしているコータロー、とか、すごく安心します。

そう、それでいいのいいの。男子はそうでなくっちゃ。

いつか出会う、一人の女に翻弄される男になれ、と思います。

ま、それはともかく、久しぶりに帰ってきたハナに、何が食べたいか、と聞くと「家のフツーのごはん」ということだったので、特にご馳走、ということもなく、あるもので、
b0317003_05524313.jpg
イノシシ肉の炒めもの、卵焼き(帰って早々作ってもらっちゃった)、白菜漬け、高菜の古漬け、ごはん(もちろんカマド炊き)、味噌汁、でした。

「フツーのごはん」のありがたみ、感じたかな。










by sanahefuji | 2018-12-26 07:13 | 家族のこと | Comments(0)

少しずつ戻していこう

今朝、中学生のサトが部活で着るチームTシャツがない、などと家を出る15分前くらいに言い出しました。いつもだったら洗濯も終わって脱水の状態で洗濯機に入っているはずなのでアイロンをかければ何とかなる状態ですが、悪いことには昨夜はワタクシ、家の者が風呂に入っている時に順番待ちで、寒いもんだから布団に入ったコータローの隣で暖まっていたら、そのまま寝入ってしまい、洗濯をしてなくて、朝起きてから始めていたのです。

だから、Tシャツはびしょ濡れの状態。

それでもなんとか着られるくらいにして、サトを車で送って行きました。それが6時50分くらいの話。

さらに今日は、他の学校で練習試合があるから子供たちをその学校まで送る仕事もありました。それは7時半に学校出発、となってました。

学校と家とは近いので、一旦戻って、洗濯物を干したり、片付けをしてから7時半前に再び学校に行こう、と思っていました。

ところが、です。

家に戻って、今日は9時から昨日と同じ合唱の練習もあったので、気持ちの焦点は完全にそちらに向いてしまい、7時過ぎには既に、7時半学校出発、というのが完全に頭から抜けており、あー、今日もまたあの歌の練習が出来るんだ、楽しみだな~と思いながら洗濯物をいそいそと干しておったわけです。

そして、祭壇の上にある丸くて白い時計の針が、7時40分を指していた時、何かとってもイヤな感じがしました。胸騒ぎがする、というか、なんというか。そう、その時点ですぐに思い出してないわけです。

しばし時計を見つめ、

ギャー(心の声)!!!!!

シマッタ~、やってしまった!

と慌てて外に飛び出して、あ、先生のための水を冷やしてあったんだ、それを持って行かねば、荷台が汚いからゴザをひかねば、などなどアタフタして車で向かっていたら、途中まで歩いて来ているサト他2名の中学生たち。スマンスマン。

中学生たちには、まぁホントに申し訳ないことだったのですが、ワタクシは笑いが止まらなくなってしまいました。

妻嫁母女店員夜の女、どれもこれも、心を配り、気を利かせなければ務まらない仕事ばかり、ちゃんと出来てはないけど、よくやっている、と思うべきで、ダメだダメだ、とは、もう金輪際思わないようにしよう、と決意したばかりのワタクシ、20年かかっても「さくら」にはなれないのに、「寅次郎」にはこんなに簡単に戻るのね、と。

洗濯物を干しながら、昨日書いたらしいコータローの落書きが、面白くて写真に撮ったりしていた今朝の7時33分(カメラに記録されてました)。
b0317003_16394566.jpg
もちろん、用事を忘れたり、時間に遅れたり、それは決して良いことではありません。このような失敗をしないように、これからも気をつけるし、忘れない工夫はしますけれど、そのことだけで神経をすり減らしてしまわないように、しなくちゃね。




ずっとずっとずーっと前まで遡って、よくよく思い出してみる。

そこは、大学の研究室。

ドイツの農家で働いていたワタクシは帰国したばかりで、見知らぬ後輩たちと、よく知った先輩たちが一緒にわいわいと何かを話している中にただボーッと座っている。

「お噂は予てから伺っておりました。」

一人の後輩が礼儀正しく、そのようにワタクシに申し述べてきたのではありましたが、その噂というのは何のことはない、先輩たちがワタクシが酔っ払った時の奇行の数々を面白おかしくあることないこと喋っていただけのこと、ということらしいので、「ハァ」とだけ曖昧に言ったような言わないような。

そしてまた、何かの話題の時に、その同じ後輩が「風変わりなヒトって、いいですよね。自分はそういうヒトが好きだなぁ。」というようなことを、その通りの言葉ではなかったかもしれないけど、言っていたな、と思う。

やはりボーっとして、座っていただけで、会話に参加していなかったので、皆が何を話していたのかは覚えてないけれど、その言葉だけをやけにはっきり思い出す。

そこだ!

と思う。

そこまで、ちゃんと遡らねば、と。

そしたら分かった。

誰もワタクシに、良妻賢母など求めていなかった、と。

それなのに、勝手に自分で、そうならねば、と思って苦しくなっていた、と。

良い妻や賢い母でなくても、良かったのだ、と。

出来もしないのに良妻賢母にならねば!などと思い詰めて、しんねりむっつりした女など、つまらないのだ、と。

風変わりなヒト「が」ヨカッタんだよな、後輩くん。























by sanahefuji | 2018-10-14 18:37 | 家族のこと | Comments(0)

中学生の職場体験 最終日

今日は久しぶりにイノシシが罠にかかってました。
b0317003_14323352.jpg
ウリ坊ではありませんがチビイノシシです。これくらいだったらカワイイんだけどなぁ。

さて、今日は中学生の職場体験の最終日、わが家にやって来たら必ずやってもらうのが、昼ごはん作りです。

それも、どうしてもイヤという場合を除いて、鶏を一羽さばいて料理してもらいます。

今回やって来た3人の子供たちは、鶏さばきもヤル気だったので、昨日のうちに一羽お肉にして、今日の昼ごはんでは鶏ガラでスープ、肉は唐揚げとなりました。
b0317003_14380172.jpg
ごはんはワタクシがカマドで炊きました。

そして、デザートのプリンも作ってくれましたよ。
b0317003_14404236.jpg
中学生くらいになると、もうなんでも出来ますね。ただ、その機会があんまりない、というだけで。

なんだかんだで、もう随分前から職場体験を受け入れていて、毎年のようにわが農場には子供たちが来てくれますが、ほんの短い間だし、何か役に立っているかどうか、というのは、自分たちには分からないのですが。

ところで、最近ワタクシが車の中でも、例の30年以上前の中島みゆきのCDばかり聞いているものだから、わが家の中学生がフトした時に、その中のある曲を口ずさんでいたりするのです。それが、ワタクシが好きな繊細で優しいげな曲ではなくて、何かアクの強い、いかにも昔の「みゆき節」的なヤツで、ちょっと妙な歌、と言えなくもないもの。

イマドキの中学生がこの曲を鼻歌で歌うか?!

と、そのミスマッチが可笑し過ぎて、笑えます。この曲を歌うのは中三の方なのですが、もう一人の中学生、一年生の方は、また別の曲が耳に残る、と言います。それもやっぱりアクが強い曲。すごく切なく優しい曲とか名曲とかではなく、そういうのの方が印象に残るんだなぁ、ということは新鮮なオドロキでした。

そんなふうにワタクシは今現在は昔の中島みゆきにハマっていますが、夫の方は、もうずーっとずっと多分これからも永遠に長渕剛です。

このように車中の選曲だけ聞くと、随分と暑苦しい両親のように思えますけど、まぁそうでもないんです。多分。

むしろ素気ないくらいかと。

なので、職場体験の中学生なんかが来ても、対応は割とサラッとしているかな、と。両方ともどちらかと言うと人見知りなんでね、いろいろ言わずに、料理なんかも全部任せてしまうんです。

どういう対応がいいのか、よく分からないのですが、まぁそれでも何か得るものがあれば幸いです。





by sanahefuji | 2018-09-28 15:03 | 家族のこと | Comments(0)