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手紙の効用

本日、ようやく竹カゴが完成しました。

最後の行程は、カゴに柄をつけるのです。今回は、一本の柄を固定してつけるタイプのものにしました。
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カゴの手前にある竹を磨いて、削って、両端を薄く尖らせて、差し込みます。

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このように。そして、縁のすぐ下あたりに錐で穴を開けて、竹ヒゴのように削った竹を差し込んで完成。
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今シーズンは、やっとこの一つの竹カゴが出来ました。ちょうど竹を割っている11月頃にワタクシは全く集中できてなかったから、その材料で作った竹カゴというのは、ざわざわした佇まいというか、その不安定さがモロに出ているなぁ、と思います。でも、その佇まいというのも、その時その時の自分の真実そのものなのだから、何かいじらしいような、愛しいような、そんな心持ちにもなってきます。

モノづくりは不得手なワタクシですが、竹カゴを作りながら、いろいろなことに気がついたり、感じたり、それはとっても贅沢な時間だな、と改めて思いました。

贅沢、と言えば、昨日友達から手紙が来た、と書きましたけれど、この手紙というのも随分と贅沢なものだな、とワタクシは今日になってしみじみと思いました。

その友からの手紙には、真心のこもった言葉が綴られ、そして彼女の素敵な物語もまた、そこにはしたためられておりました。

それを読んだワタクシに、それはじわじわと効いてくる薬のような効果をもたらし、今日になってもまだワタクシの心を温かく照らす灯であり続けています。

そんなぽかぽかとする胸を抱えてワタクシは、手紙というのは、たった一人の読者のために書かれた一つの物語、なのだな、と思いました。

そのヒトの筆跡で書かれたその物語を読む贅沢、というものを味わったワタクシは、本当はこんなふうに、誰も彼もが心の中にたくさんの物語を持っているのだ、ということを確信しました。

そして、それが自分や誰かが生きていくための支えの一つになることも、あるのかもしれない、と思いました。

昨今では手紙を書くことも貰うことも、めっきり減ってしまいましたが、そう考えると手紙というのは、やっぱりなかなかのものである、と元手紙女のワタクシは、そのように思うのでありました。

前に比べるとすっかり手紙を書かなくなったワタクシですが、以前も書いたように、このブログ、今、これがワタクシの手紙です。

少しでも何かが貴方・貴女の心に届きますように。

友にとっても良い手紙をもらったワタクシは、自分ももっと良い手紙が書けるようになりたいな、という、そんな願いを持ちましたのです。

さてさて本日は「木ノ口かたし 夜の部」営業なので、これからごはんを炊きましょう。
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学校帰りのコータローがとってきた、椿一輪。








by sanahefuji | 2019-03-07 17:04 | たねわたしの会 | Comments(0)

凡人の人生が長いわけ

今日は竹の稽古の日。

先週、縁を巻いたものに、今度は竹かごの底の足(今回は「かすがい」のような形のもの)をつけます。
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まずは横に2本。この竹を真ん中は少し厚く残して、両端は薄く削ります。
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このように。そして、これを差し込みます。

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縦の2本も同じように削り、
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差し込みます。
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出来あがり。

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こんな感じになります。それにしても、縁・・・が。まぁいいのいいの自分でやったのだから。

その出来栄えがどうであれ、自分でやったことなら納得できるものです。



今日、竹を削っていたワタクシの心に唐突に浮かんできたことがありました。

ワタクシは、もう随分前から、残りの自分の人生は「農業・合唱・田舎の暮らし」それプラス「言葉」も加えて、この4つについて自分が出来ることをする、と言っていたのですが、これが、これらについてまるで何もやっていない感が激しい、というより本当に何も出来ていない感じがつきまとうのは何故なのか、ということを常々思っておりまして。

それが、分かったのです。突然。というか、薄々は分かっていた、けど、それを認めるのは怖い、というか不都合な真実、というような気がしていたので、気付かないフリをしていたのですね、多分これも。

ワタクシは気付いてしまったのです。

これらに関わる自分の本当の願い、一番望んでいること、というのが叶っていないのに、それを放置しているからです。

そこを放置したまま、他のどんなことも本気で取り組めるはずが、なかったのだ、と。

でもこれは、その「一番望んでいること」が何なのか、が、はっきりしていなかったから、とも言えるのですが。それがはっきりと分かった時、もう既に諦めようとしているに等しい状態であることに、ワタクシは愕然としてしまいました。

その自分の一番の願いに対して、何もしないで諦めてはいけない、それを諦めたら、他のどんなことも既に諦めているのと同じこと。

そのことが、分かったので、これから準備をしなくては。それに挑むには、なかなかの覚悟が必要。

しかしながら、そこを越えないと何も始まらない、ということです。

凡人が早死にできないのも納得、そういう大事なことに気付くのに時間がかかるから、なのですね。

でもいい、気付いたんだから。

竹の時間というのは、本来の目的以外にもいろいろ有意義です。












by sanahefuji | 2019-02-28 23:09 | たねわたしの会 | Comments(0)
今日になって明るい陽の光の中で見ると、昨夜の妖艶な顔とは全く違う、明るく華やかで健康的な感じすらする昼間の河津桜、もうそろそろ満開を過ぎた頃でした。

夜と昼でこんなに違う、というのがまた、そそられるポイントですな。桜ってばズルイ。

しかしワタクシは、桜に対する自分の本当の気持ちを素直に認めましたから、もう何も怖くはないのです。でも何が本当の気持ちなのかということに、分かるまでには時間が必要だった、ということです。何をそんなに恐れていたというのでしょう。

今日はたまたま夕方ちょっと時間があったので、中学校にサトの部活のお迎えに行った時、やはり満開の河津桜が並んでいるところを、夕闇迫る頃に通りました。そこは人工的な光の当たらない場所で、自然の薄闇の中で見た桜も、趣がありました。

さて本日は竹の稽古の日。

今日は竹かごの縁を巻く作業だったので、行く時には、なんとなく気が重い、というか、足が向かない、というか、そんな気分。というのも、この縁を巻く作業というのは竹かご作りの中でもおそらく一番難しくて、しかもワタクシはこの時に、縁を巻く竹を折ってしまったり、間違えたり、という事を誘発しやすかったからです。

先週の「ふくれもち&肉まん作り体験」の受け入れの時もそうでしたが、始めてしまうまでは、気が乗らなくて、なんだかウダウダ、イヤだなイヤだな、と思ってしまうのです。

しかしながら、現場に行って、その場で作業を始めてしまうと、そういうのはどこかに飛んで行ってしまい、もう作業に集中して、そんなふうに思っていたことすら忘れてしまう、というパターン。

先週は午後から体験受け入れを抱えていたので、午前中は気もそぞろ、で、カゴの縁を巻く前の「芯」を作って縁に巻き付けたところまでしか出来ませんでした。

そして、その芯を蒔きつけた縁の円周の3.5倍の長さの竹を薄く割って、それを巻き付けていくのです。

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手前にある長い竹、これを割って削ります。

師匠は、午前中にお葬式に行かないといけない、ということで、いなくなってしまったので、ワタクシは一人で縁を巻く作業をすることになりました。もう何年もやっているのだから、それくらい出来て当然なのですが、不肖の弟子であるワタクシがあまりにもヘタで危なっかしく見えるためなのか、あるいは師匠が優し過ぎるためか、ちょっと難しいところなんかは、師匠が代わりにやって下さったりすることが多かったのです。

しかし、このような優しすぎる指導というのは弟子にとっては成長の機会を逃してしまうことで、というのは、優しいお客さまばかりだと従業員(ワタクシのことだけど)が無能のまま、というのと同じことなのです。

それで今までも、この縁を巻く作業というのは、とにかく師匠に依存してしまう、ということが多かったのですね。

ところが今日は一人。どうしたって、自分でやり遂げるしかありません。
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カゴの縁になる竹をウネウネと巻いているところ。

そして、なんとかかんとか、出来ました。
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右側のは3年か4年前に作ったもの。殆ど進歩がない、というより退化しているのではないか、という感じ。でもまぁ、なんとか一人で縁は巻けました。

「一人でやった!」

このことが、とっても嬉しくて、朝、師匠のお宅に向かっていた時とは、それこそ別人のような足取りで家に戻って参りました。

ヘタでもなんでも、誰の力も借りずにやってみる、というの、とっても大事なことだな、と思いました。

難しくても、そうやっている時に、こうした方がいいんじゃないか、とか、これは良くなかったから次からはこうしよう、などなどということに、自分で気付ける、のですね。

子供たちのやることにアレコレ口出ししないで、ただ見ているだけで良い、ということにも通じます。

いろいろと、学ぶことが多い竹の稽古の時間です。

でもやっぱりワタクシは、モノづくりが下手で向いてないんだなぁ、ということを思い知らされる時間でもあり、時々がっかりするんですけど、何が自分の本当の気持ちか、ということが、分かるまでには、やっぱり時間がかかるのかもしれない、と桜の例もありますから、そのように思ったりもするのでした。

ま、とりあえず、今日は縁が巻けて、ヨカッタヨカッタ。







by sanahefuji | 2019-02-21 22:34 | たねわたしの会 | Comments(0)

続 なくならないもの

昨日は、真面目に竹の稽古に行き、途中まで編んでいた続きをして、ここまで出来ました。
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こうして見ると、ものすごく膨張してます。でもまぁ大きさは、これでいいので、ここで編み終わり、後は縁を巻いて、柄をつければ出来上がりです。

昨日、師匠が編んでいたカゴがあまりにも美しかったので、思わず写真を撮ってしまいました。
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ワタクシのモノとは佇まいが全然ちがうでしょう?気品があります。

ほんの少しの違いでも、それが積み重なって、影響を及ぼし合って、出来上がった時にはまるで別物、になるのです。

今回のワタクシのカゴでは特に、竹ヒゴの幅が広くなったり細くなったり、厚さが分厚くなったり、そうかと思えばペラペラに薄くなり過ぎていたり、もう編みにくいといったらなくて、この竹を割っていた時の自分に「アンタ、一体何やってんの?ちゃんとやらんか!」と文句の一つも言いたくなるような感じでしたが、それをしたのは、正真正銘、他でもない自分なのですから、受け入れるより仕方がありません。その不揃いで不安定な竹ヒゴを。



昨年から、頭で考えたことよりも、フッと浮かんできた感覚の方を優先する、という実験をしています、というようなことを書きました。

もちろん、出来る範囲で、ですけど。

ワタクシは、随分といろいろなことを、この場に書いているようでいて、でも実際には、それはごくごくほんの一部分なのです。それはそうでしょう。起こったことや出来事や、思ったこと考えたこと、全部書けるわけありません。それに、やっぱり何もかもをさらけ出すこともできないし。

それで、この場には書けないけど、ノートなどについつい書いてしまうこと、というのもあります。書かずにはいられない、というくらいのものですから、それはけっこう大切なものでした。

あるいは、これは絶対に忘れたくない、覚えておきたい、と思ったことを殴り書きしている、というようなものとか。

昨年末に、そういうものを集めてとっておこうと考えて、きちんと表紙をつけて、それに絵まで描いて、よしよし、とか思っていたのです。

でも最近、フト「あ、あれを燃やそう」というのが浮かんできました。え、なんで?と、頭では、とっておきたい、と考えているのですが、燃やそう、という感覚が浮かんできたのだから、それを優先する、という実験中のワタクシはそれに従うことにしました。

ただ燃やす、というのもエネルギーの無駄ですから、ごはんを炊く時にカマドに入れて焚きつけにしました。そしたら、それはワタクシのお気に入りの濃紺の紙の表紙のせいなのか、ガスの炎のような青い炎を発して、美しく燃えました。

「あーキレイだなぁ」とその青い炎に感動しながら、自分にとって本当に大切で、絶対に忘れたくない、と思っていることが書かれた紙が燃えていく様子を見ていました。

そして、それは灰になりました。

それはまるで何か怪しげな儀式でもしているように見えるかもしれなくて、不気味といえば不気味な図、かもしれませんが、不思議なことに、その紙が燃えてなくなったのと同時に、そこに書かれていたことで、必要のないことは消えて、本当に大切なこと、忘れたくないことだけが、自分の中に定着したような気がしたのです。



昔、写真などもない時代、ヒトビトはどうやって、ヒトの顔や出来事を覚えていたのだろう、と考えることがありました。

例えば子供が小さかった時のことや、もう会えないヒトのことなどは、何もかも全部忘れてしまうのではないか、と思っていました。

だから必死になって、ワタクシも含めて現代人は写真を撮り、記録をし、覚えていようとしています。

でも、もしかすると、本当にこれは想像でしかないのですが、写真がない時代のヒトビトの方が、ちゃんと自分の中に、その面影をはっきりと持っていたのかもしれない、と思ったりするのです。

何かを書いたり、写真を撮ったりすることで、自分の中にあったものを、紙とか写真の上に移してしまうから、自分の中にはなくなってしまうのかも、と、ワタクシはその「怪しげな儀式」の後に思いました。

昨日書いたことにも何か通じるものがあるような。



そのような昔のヒトビトの感覚を取り戻すのにも、竹の稽古は実に有効です。

頭で考えたって、何も出来るようにはならないのだから。

細々と竹の稽古を続けながら、そのように考えておりますワタクシです。

おっと、また「考えて」などと言って、このように重度の考え過ぎ人間ですが、少しずつ自分の中の「野生」を取り戻したい、と「感じて」いるのです。

日日是好日、実験中。


















by sanahefuji | 2019-02-08 07:48 | たねわたしの会 | Comments(0)

うらやましい死に方

今日は木曜日、竹の稽古の日です。先週は師匠がいらっしゃらなかったのでお休みでした。

それで、今日は骨組みを組んで編み始めたのですが、その編み始めた竹ヒゴというのはワタクシが11月に作ったもの。竹ヒゴ作りももう何年もやっているというのに、やけに分厚い部分があったりして、そうすると編み始めが実にやりにくいのです。
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というのも、この角の部分で曲げる時に厚いと曲げにくくて隙間が大きくなったり、折れそうになったり、実際に折れたりするんです。

それはもう何年もやっていて、竹カゴだって何個も作っているんだから、百も承知、のはずなんです。

ところが、とんでもなく分厚い竹ヒゴがあったりする。何故これをもう少し削ってないのか、と思うのですね。

あーあ、と思いつつ、この竹ヒゴを作っていた時の自分の精神状態、というのがすぐに分かってしまうわけ。あーあの時ね、ホンっとに集中できなかったんだなぁって。

前に、竹カゴは人生そのもの、というようなことを書いたことがありますが、一つの竹カゴを作るためには一つ一つの行程を積み重ねて、組み合わせていくわけなので、その途中の影響が後々に響いてきますし、折れたり、間違えたりもして、でももうやり直せない時にはその場その場で臨機応変に対処して、そうやって一つの竹カゴは出来ていくのです。

これはあくまでも商品ではなく、自分で使うものですから、そのような不具合なども許されるわけで、むしろ、その不具合が後で思い出した時に、そうそう、この時は辛かったんだよね、とか、なんかウダウダしながらやってたんだよね、だからヒゴがこんなにバラバラでヘタなんだ、とはっきり分かり、それが味わいのようなものになったりすることもあるのです。だから工業製品のように出来てなくても、全然かまわないのです。

割と初期の頃に作った竹カゴに竹の道具を入れて通ってますが、このカゴ、色が飴色になってきて、持ち手の竹の根っこも艶が出てきていい感じになってきました。こうして作ってからも変化していくのです。
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さて、今日はここまで編めました。
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そして今日はコータローの誕生日なので、これからケーキを焼いたりしなくてはなりません。

そんなことを師匠に言っていたら、師匠の弟さんが昨日誕生日だった、という話になり、弟さんは何歳ですか、と尋ねたところ、「私の3つ下ですから85歳かな。」とのこと。

なんと師匠はもう88歳、ということなのですけどね、そんなお年を召しているようには全然見えないのです。肌なんかワタクシより美しいのでは、と思ってしまうほど。そして、暖冬とはいえ、この寒い一月に外でこうして作業している時もその御御足はなんと裸足!

今でも長年勤めていらっしゃったお年寄りの養護施設にお手伝いに行っているそうなのですが、「(利用者の)殆どが年下になっているとよ。」とのこと、さもありなん、という感じ。

今までに大病をしたこともなく、本当に健康そのものの師匠でありますが、やはりお父様がそうだった、とのこと。

師匠のお父様は、98歳で亡くなったそうなのですがね、その亡くなる1週間前までは普通に生活していて、焼酎も飲んでいたとのこと。ごはんが食べられなくなり、かかりつけのお医者さんが家に来てくれて「(ごはんが食べられないなら)点滴をしましょうか?」と聞いたところが「いや、せんでよか(しなくていい)」と答え、その後、数日でゆるやかにお亡くなりになったそうです。もちろん、自分の家で。最後までオムツなどをすることもなくトイレにも自分で行けたんだそうですよ。

ほんとにねぇ、なんて穏やかな死、なのでしょう。

でも今って、こんなふうに死ぬことができるヒトがどれくらいいるのでしょう。

ホントにホントにうらやましいことです。

しかし、98歳まで普通に生きる、ってスゴイことですね。自分がもし仮にそこまで生きるとしたら、あと52年もある!

いやー、自分が今まで生きた年月よりもまだ長い年月、何するの?どうしましょう?!と少々うろたえてしまいますわね。

なので、そんなに長生きはしなくていいかな、と思ったりするワタクシは、やはり生来の怠けものであります。

でも師匠のようにお元気で、こうして不肖の弟子にいろいろと教えて下さる方がいらっしゃる、というのは、本当にありがたいことですね。

ノロマな弟子ですが、細々とでも竹の稽古を続けていきたい、と思います。

さてさて、今からコータローの誕生会の準備をしなくっちゃ。

ではでは皆さま、ごきげんよう。









by sanahefuji | 2019-01-24 14:00 | たねわたしの会 | Comments(0)
実はワタクシは昨年の11月の途中から、どうにも竹の作業に集中することが難しくなってしまっていて、12月の「竹の稽古」は、まるまる全部(と言っても年末を除けば3回しかなかったのですが)休んでしまっていました。

それで、その休んでしまったことに対しても、グダグダとした気持ちが倍増してしまい、全体的なグダグダ人間になって「もがいて」いたことから、今年の目標を「美しくもがく」にしたくらいでしたが、これが大正解、言葉の魔法にかかりました。

「美しくもがく」と決めたら、途端にすごく楽になったのですよ。

「美しく」ということを意識し始めたら、グダグダは美しくない!と、キッパリ思い、そうだそうだ「美しくもがく」のだ、と思い、そしたら急にシャンとした気分になって、いろいろはかどるのが不思議。

自分が単細胞である、ということを忘れていただけかもしれませんが。

それで、今年最初の木曜日は1月3日、これはさすがに正月なのでお休みしましたけれども、今日の木曜日には「よし、新しい年も始まったことだし、気持ちも新たに竹に向き合おう。」という気持ちになって、行ってきました。

今日は、カゴの骨組みにする部分を作りました。

これくらいの長さの竹をまず、すっぱりと半分に割り、
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それを、半分、また半分、そのまた半分と割り、皮の部分を磨く。
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そして、骨組みの幅のもの(手前)を微調整して、皮と身の部分に分ける、という作業です。
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竹の半分で、これだけの骨組みが取れます。今回作るカゴは5×9本で14本必要ですが、午前中だけでは終わりませんでしたので、また次回。

今日は本当は午後から、昨日の畑の作業の続きをしようと思っていたのです、が、予報より一日早く雨が降りだしてしまいました。

風邪で外の作業を休んだ一日が悔やまれますが、まぁそれは仕方がない。しかし、どんどん遅れます。

遅れに遅れ、もう、ここまで遅れたら、時の運、ということで、やってみるしかありません。

昨年中は竹の時間も雑念ばかりでしたが、今日は少しは集中できた、かな。

少しずつ、少しずつ稽古を積み重ねていきましょう。しかしホントにいい目標を立てたものだ。

「美しく」、ならば、いくらでも「もがいて」いい、というので安心したせいか、何をするのも、なんだか楽しく、なってきたなぁ。

皆さまも、言葉の魔法、お試しあれ。




by sanahefuji | 2019-01-10 14:45 | たねわたしの会 | Comments(2)
本来ならば、あと2回、22日と29日の木曜日もあるのですが、3人の入学準備にてんやわんやなので、竹の時間は今日で終了とさせてもらいました。

ちょうど、作りかけの竹かごが先週出来あがっていたので、今週は師匠が修学旅行生などに行っている「マイ箸作り体験」を五島を旅立つハナと一緒にやりました。
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先週できたカゴはコレです。とうが立ったチンゲンサイも頂いてきました。

そして本日、「マイ箸作り」。
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竹の根元付近の太い部分を割っていきます。
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そして長さを揃えて、削るだけ、という簡単な作業ですが、微調整がなかなか難しいです。いくらでもやり方がありそうな感じで。

お昼までにハナが2膳、ワタクシが食事用を1膳、菜箸を2膳、作りました。

出来あがった箸でさっそく昼ごはん。
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今シーズン最後の竹の時間、自分で作った箸で、いつもながらの師匠のお宅のご馳走お昼ごはんを頂きました。

良い思い出になったかな?

by sanahefuji | 2018-03-15 23:10 | たねわたしの会 | Comments(0)

明治生まれのお母さん

先週、縁を巻くところまで終わったカゴ、
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本日は、これに「かすがい」を入れました。

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このように。


今日は、午後から農業委員会の地区協議会というのがあって、お隣の久賀島まで行きました。その久賀島の中でも辺境というべき細石流(ざざれ)地区というところに初めて行きました。

車一台分の道幅しかなく、ガードレールも何もない簡素な山道をくねくねと進みつつ、その集落に向かう感じは、ワタクシが住んでいる近くで言えば、半泊とかその先の集落に行くような雰囲気でした。

福江島でもそうであるように、久賀島でもそのような地域に住みついたのは、弾圧を逃れて内地から渡って来た切支丹のヒトビトです。

細石流という集落は地名が示すような、細かい石が積み上げられた石垣が連なっていました。



師匠ご夫妻に正月明け早々の竹の時間にインタビューをした時、ワタクシはお二人に、お母さんはどんな人でしたか、と聞きました。

「そりゃあ厳しいヒトじゃった」と師匠。

どんなふうに、かというと、子供が言うことを聞かず家の仕事をさぼったりすると、その子を木に吊るして、しかも下から火を焚いて煙でいぶした、とのこと。

師匠もされたのですか?と聞くと、自分はされたことがない、とのこと。お利口だったのですね。

しかし、晩ごはん抜き、というのはあったそうで、それもやはり遊んでいて家に帰るのが遅くて仕事を手伝わなかった時、とのこと。

「働かなければメシは食えない」ということを教え、何が何でも子供に家での役割を遂行させるという、決意をもって常に本気のお母さん、だったのだ、と思いました。

師匠の家族の場合、お父さんは船乗りで、家にいないことも多かったらしく、だからお母さんは農作業も含めた家の仕事を全てしなければならなかったのですね。それでその厳しさなのだ、と思いました。

痩せた土地を耕して、大家族を養わなければならなかった昔の暮らしの厳しさに、今日の細石流の集落でも思いをはせたことでした。

そんな厳しいお母さんを想像する時、ワタクシは溢れんばかりの膨大な愛情も感じるのなぜだろう、と思います。

そこには決して家族を飢えさせない、子供を「まっとうな人間」に育てる、という、なみなみならぬ決意が感じられるからかもしれません。

本気で生きる、というのは偉大です。

















by sanahefuji | 2018-02-15 22:21 | たねわたしの会 | Comments(0)
本日は竹の稽古の日。

竹カゴ作りを習い始めた時「たねわたしの会」というものができていたのですが(→物づくり集団「たねわたしの会」結成 )、実を言いますと、この「たねわたしの会」というのが雲散霧消してしまって久しいのです。

作シーズン中は、そのことをどんなふうに考えたらいいのか、自分は一体どうしたらいいのか、などなどと随分と一人でグダグダと考え続けていて苦しかったのですが、その期間を経て、リハビリのように歩き出した今シーズンといったところです。なので今シーズンは半日にしています。

「たねわたしの会」が始まった時のワクワクした感じを思い出す度、何故か感傷に浸ったように「あのとき~おなじはなをみて、うつくしいといいったふた~りの、こころ~とこころが~いまは、もうかよわない、あのっすば~らしいあーいをもういちど~」というメロディが浮かぶワタクシです。失恋したわけでもないのですがの。もしかすると、ある種の心を失って、それは失恋状態に似ているのかもしれませんがな。

しかし、あらためて結成当時の文章を読んでみると、この「たねわたし」の木というのは実に良い木だなぁと思います。

粘り強く、堅いだけではなく適度な柔らかさがあるから折れにくく、ヒトの生活道具に最適、という素敵な木であります。

「たねわたしの会」はなくなったけれど、どういう形であれ心には「『たねわたし』の木」が残っているとワタクシは思います。

なのでブログのカテゴリの「たねわたしの会」はそのままにしておこうと思っているのです。一時期は消してしまおうかと思っていたけれど。

そして取材班のつもりだったワタクシは、不器用なので、いつまでもあまり上達はしませんが、毎回毎回、必ず学びがあることにオドロキつつ、竹の深い世界に少しだけ寄せてもらっております。
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今シーズンは、まだたったの2個目、本日はここまで出来ました。雪がまだ残る、師匠の作業場にて。

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師匠のお宅へ向かう道。

表題はもちろん、山本周五郎「樅の木は残った」を真似してみたのですよ。

「樅の木は残った」面白かったですよ。


by sanahefuji | 2018-02-08 23:17 | たねわたしの会 | Comments(0)

修行は少しずつ

今日は今年最後の竹の稽古&人間修行の日でした。

というのも、来週の水曜日に女性農業委員の役員会で長崎へ行き、木曜日の夕方に帰って来るので、来週は行かれなくて、その次の週は28日ということでお正月の準備になってしまうからです。

いろいろと思うところがある竹の時間、じっとしている割にはエネルギーを消耗しています。竹の稽古をしながらワタクシは常に「人間」について考えています。

今年もたくさんの学びがありました。

そうそう、写真が撮れないかと思っていましたが、もたもたしている間にカメラも戻って来て、送る前に今シーズン第一作の竹かごを撮影することが出来ました。
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中に「木ノ口かたし」の商品を入れて、お歳暮です。
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先週の木曜日の午前中に2作目の骨組みの竹14本を作ってしまおうと思っていたら間に合わなかったので宿題で、「木ノ口かたし」でやりました。
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今年は少々情けない理由から、竹の稽古は午前中だけにしています。昨年は随分と無理をして時間を取っていたので、今年はそれを改めて、苦しくならないで続けられるように、と考えています。

家に戻って来たら、夫に頼んでいた棚が出来上がっていました。
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床にモノを置かなくてすむように、棚を増やしてもらい、ついでに、猫が落ちてきて抜けてしまったべこべこしたベニヤ板の天井もやりかえてもらいました。

台所の屋根裏も塞がってなくて、あまりにも寒いので、それもやってもらいました。
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明日から夫はイノシシの解体の研修に行ってしまうので、今日のうちに餅を2回(今回は1回分を黄金色のキビ餅にしました!)搗いたりもして、工事の後の掃除もオオゴトでしたが、部屋がちょっとスッキリしました。

ワタクシにとって、今年一番の収穫だったなあ、と思うことは、掃除とか片付けに対する考えがガラリと変わった、ということです。

人権集会で紹介した詩にも通じることですが、自分の中の思い、とか心を人に対してだけではなくてモノや場所に対してもきちんと表すのが掃除とか片付けなのだ、というふうに思うようになって、それらが「おっくうなこと」ではなくなったのです。

ただし、行き届かないことは、まだまだ多いので「スマンスマン」と、とりあえず謝ったりしてますが。

自分の思い、を行為にする、というのは、いろんな場面で必要です。

しかしワタクシはそういうことが苦手で、考えすぎて体が動かなくなって結局何もできない、ということがよくありました。

さっと差し入れをしたり、人に何かをあげたりするのでも、あるいは手助けをする場合などでも、もしかしたらキライかもしれない、とか迷惑かもしれないし、とか思ってしまって何もしない、とか。

今週の土曜日はアサたち、バレー部の新人戦なのですが、でも土曜日で「木ノ口かたし」のお店があるし、夫は午後の船で戻って来るまではいないし、応援に行くこともできません。

でも応援する気持ちをなんとか伝えられないか、と思って、あれこれ考えました。

前にアサが「おこわ」を昼ごはんに持って行ったら友達が羨ましがっていたというのを聞いたことがあったから、「おこわ」のおにぎりを練習の時に差し入れすることにしました。

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みんなとってもヨロコンデくれたそうで、ホッとしました。

少しずつ、試してみるといいんだなぁ、と思ったことでした。

竹の稽古や人間修行と同じく、少しずつ少しずつ。













by sanahefuji | 2017-12-14 22:59 | たねわたしの会 | Comments(0)

ここは五島列島福江島 「かたし」とは椿の古い呼び名です。Iターンで新規就農した私達が週に一度だけやっている直売所「かたし」での出来事、農家暮らしの日常などなど。日本の端っこで繰り広げられる人生劇場を綴っていきます。


by sanahefuji