カテゴリ:たねわたしの会( 49 )

竹の時間 今シーズン最終日

本来ならば、あと2回、22日と29日の木曜日もあるのですが、3人の入学準備にてんやわんやなので、竹の時間は今日で終了とさせてもらいました。

ちょうど、作りかけの竹かごが先週出来あがっていたので、今週は師匠が修学旅行生などに行っている「マイ箸作り体験」を五島を旅立つハナと一緒にやりました。
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先週できたカゴはコレです。とうが立ったチンゲンサイも頂いてきました。

そして本日、「マイ箸作り」。
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竹の根元付近の太い部分を割っていきます。
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そして長さを揃えて、削るだけ、という簡単な作業ですが、微調整がなかなか難しいです。いくらでもやり方がありそうな感じで。

お昼までにハナが2膳、ワタクシが食事用を1膳、菜箸を2膳、作りました。

出来あがった箸でさっそく昼ごはん。
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今シーズン最後の竹の時間、自分で作った箸で、いつもながらの師匠のお宅のご馳走お昼ごはんを頂きました。

良い思い出になったかな?

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by sanahefuji | 2018-03-15 23:10 | たねわたしの会 | Comments(0)

明治生まれのお母さん

先週、縁を巻くところまで終わったカゴ、
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本日は、これに「かすがい」を入れました。

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このように。


今日は、午後から農業委員会の地区協議会というのがあって、お隣の久賀島まで行きました。その久賀島の中でも辺境というべき細石流(ざざれ)地区というところに初めて行きました。

車一台分の道幅しかなく、ガードレールも何もない簡素な山道をくねくねと進みつつ、その集落に向かう感じは、ワタクシが住んでいる近くで言えば、半泊とかその先の集落に行くような雰囲気でした。

福江島でもそうであるように、久賀島でもそのような地域に住みついたのは、弾圧を逃れて内地から渡って来た切支丹のヒトビトです。

細石流という集落は地名が示すような、細かい石が積み上げられた石垣が連なっていました。



師匠ご夫妻に正月明け早々の竹の時間にインタビューをした時、ワタクシはお二人に、お母さんはどんな人でしたか、と聞きました。

「そりゃあ厳しいヒトじゃった」と師匠。

どんなふうに、かというと、子供が言うことを聞かず家の仕事をさぼったりすると、その子を木に吊るして、しかも下から火を焚いて煙でいぶした、とのこと。

師匠もされたのですか?と聞くと、自分はされたことがない、とのこと。お利口だったのですね。

しかし、晩ごはん抜き、というのはあったそうで、それもやはり遊んでいて家に帰るのが遅くて仕事を手伝わなかった時、とのこと。

「働かなければメシは食えない」ということを教え、何が何でも子供に家での役割を遂行させるという、決意をもって常に本気のお母さん、だったのだ、と思いました。

師匠の家族の場合、お父さんは船乗りで、家にいないことも多かったらしく、だからお母さんは農作業も含めた家の仕事を全てしなければならなかったのですね。それでその厳しさなのだ、と思いました。

痩せた土地を耕して、大家族を養わなければならなかった昔の暮らしの厳しさに、今日の細石流の集落でも思いをはせたことでした。

そんな厳しいお母さんを想像する時、ワタクシは溢れんばかりの膨大な愛情も感じるのなぜだろう、と思います。

そこには決して家族を飢えさせない、子供を「まっとうな人間」に育てる、という、なみなみならぬ決意が感じられるからかもしれません。

本気で生きる、というのは偉大です。

















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by sanahefuji | 2018-02-15 22:21 | たねわたしの会 | Comments(0)

「たねわたし」の木は残った

本日は竹の稽古の日。

竹カゴ作りを習い始めた時「たねわたしの会」というものができていたのですが(→物づくり集団「たねわたしの会」結成 )、実を言いますと、この「たねわたしの会」というのが雲散霧消してしまって久しいのです。

作シーズン中は、そのことをどんなふうに考えたらいいのか、自分は一体どうしたらいいのか、などなどと随分と一人でグダグダと考え続けていて苦しかったのですが、その期間を経て、リハビリのように歩き出した今シーズンといったところです。なので今シーズンは半日にしています。

「たねわたしの会」が始まった時のワクワクした感じを思い出す度、何故か感傷に浸ったように「あのとき~おなじはなをみて、うつくしいといいったふた~りの、こころ~とこころが~いまは、もうかよわない、あのっすば~らしいあーいをもういちど~」というメロディが浮かぶワタクシです。失恋したわけでもないのですがの。もしかすると、ある種の心を失って、それは失恋状態に似ているのかもしれませんがな。

しかし、あらためて結成当時の文章を読んでみると、この「たねわたし」の木というのは実に良い木だなぁと思います。

粘り強く、堅いだけではなく適度な柔らかさがあるから折れにくく、ヒトの生活道具に最適、という素敵な木であります。

「たねわたしの会」はなくなったけれど、どういう形であれ心には「『たねわたし』の木」が残っているとワタクシは思います。

なのでブログのカテゴリの「たねわたしの会」はそのままにしておこうと思っているのです。一時期は消してしまおうかと思っていたけれど。

そして取材班のつもりだったワタクシは、不器用なので、いつまでもあまり上達はしませんが、毎回毎回、必ず学びがあることにオドロキつつ、竹の深い世界に少しだけ寄せてもらっております。
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今シーズンは、まだたったの2個目、本日はここまで出来ました。雪がまだ残る、師匠の作業場にて。

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師匠のお宅へ向かう道。

表題はもちろん、山本周五郎「樅の木は残った」を真似してみたのですよ。

「樅の木は残った」面白かったですよ。


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by sanahefuji | 2018-02-08 23:17 | たねわたしの会 | Comments(0)

修行は少しずつ

今日は今年最後の竹の稽古&人間修行の日でした。

というのも、来週の水曜日に女性農業委員の役員会で長崎へ行き、木曜日の夕方に帰って来るので、来週は行かれなくて、その次の週は28日ということでお正月の準備になってしまうからです。

いろいろと思うところがある竹の時間、じっとしている割にはエネルギーを消耗しています。竹の稽古をしながらワタクシは常に「人間」について考えています。

今年もたくさんの学びがありました。

そうそう、写真が撮れないかと思っていましたが、もたもたしている間にカメラも戻って来て、送る前に今シーズン第一作の竹かごを撮影することが出来ました。
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中に「木ノ口かたし」の商品を入れて、お歳暮です。
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先週の木曜日の午前中に2作目の骨組みの竹14本を作ってしまおうと思っていたら間に合わなかったので宿題で、「木ノ口かたし」でやりました。
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今年は少々情けない理由から、竹の稽古は午前中だけにしています。昨年は随分と無理をして時間を取っていたので、今年はそれを改めて、苦しくならないで続けられるように、と考えています。

家に戻って来たら、夫に頼んでいた棚が出来上がっていました。
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床にモノを置かなくてすむように、棚を増やしてもらい、ついでに、猫が落ちてきて抜けてしまったべこべこしたベニヤ板の天井もやりかえてもらいました。

台所の屋根裏も塞がってなくて、あまりにも寒いので、それもやってもらいました。
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明日から夫はイノシシの解体の研修に行ってしまうので、今日のうちに餅を2回(今回は1回分を黄金色のキビ餅にしました!)搗いたりもして、工事の後の掃除もオオゴトでしたが、部屋がちょっとスッキリしました。

ワタクシにとって、今年一番の収穫だったなあ、と思うことは、掃除とか片付けに対する考えがガラリと変わった、ということです。

人権集会で紹介した詩にも通じることですが、自分の中の思い、とか心を人に対してだけではなくてモノや場所に対してもきちんと表すのが掃除とか片付けなのだ、というふうに思うようになって、それらが「おっくうなこと」ではなくなったのです。

ただし、行き届かないことは、まだまだ多いので「スマンスマン」と、とりあえず謝ったりしてますが。

自分の思い、を行為にする、というのは、いろんな場面で必要です。

しかしワタクシはそういうことが苦手で、考えすぎて体が動かなくなって結局何もできない、ということがよくありました。

さっと差し入れをしたり、人に何かをあげたりするのでも、あるいは手助けをする場合などでも、もしかしたらキライかもしれない、とか迷惑かもしれないし、とか思ってしまって何もしない、とか。

今週の土曜日はアサたち、バレー部の新人戦なのですが、でも土曜日で「木ノ口かたし」のお店があるし、夫は午後の船で戻って来るまではいないし、応援に行くこともできません。

でも応援する気持ちをなんとか伝えられないか、と思って、あれこれ考えました。

前にアサが「おこわ」を昼ごはんに持って行ったら友達が羨ましがっていたというのを聞いたことがあったから、「おこわ」のおにぎりを練習の時に差し入れすることにしました。

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みんなとってもヨロコンデくれたそうで、ホッとしました。

少しずつ、試してみるといいんだなぁ、と思ったことでした。

竹の稽古や人間修行と同じく、少しずつ少しずつ。













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by sanahefuji | 2017-12-14 22:59 | たねわたしの会 | Comments(0)

傲慢 怠慢 無知

今日は保育園のお弁当日でした。

高校生、しかも3年生は土日も休みなしで弁当日なので、月に一度の保育園の弁当日などタイヘンでもなんでもなくなるのですが、だからといって上等の弁当が作れるようになるかと言えば、そうでもありません。

月にたったの一度の弁当なので、少しキャラ弁ふうにしてみるか、などと思ってもその芸がありません。

手先があまり器用でないのです。
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母ちゃん、眉毛がない方がいいんじゃない、とコータローにアドバイスを頂いたほど、眉毛の太い女の子(?)になってしまいました。高石ともや風でなかなかいいとワタクシは思うんですけど、いや、誰も分からないか。

そして今日はお弁当日でもありますが、木曜日なので竹の稽古の日なのですが、家事もすませて出かける準備も万端でしたが、あんまり早く行ってもヨクナイかな、と思って、10分くらいこの本を読みました。
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ほんの最初の数十ページでワタクシは打たれました。襟を正して読むべき本です。借りて良かったと思いました。


昨日、朝のテレビでUターンのヒトが村八分にあっていて、それをやめるように弁護士が申し入れたというニュースから、移住者トラブルについての話題をやっていて、ワタクシが思ったことは、どういうトラブルであっても片方だけが悪い、ということはない、ということです。

ワタクシも移住者で、一見、理不尽に思えるような目にも遭ったかもしれませんが、今振り返ってみるに、それらは全て自分の傲慢や怠慢や無知がそういう結果を招いたのだ、と断言できます。

苦しかったり辛かったり悶々とする中で導き出したワタクシの結論は、自分の周辺で起こる出来事は全て自分を映しだす鏡だ、ということです。

それを直視し、認めることは苦しいことですが、そこには確かに自分の姿が映っているのです。

それが分かった時、そのような出来事がなければ、自分の姿を見ることは出来なかったのだな、と思い、もちろんだからといって、すぐに何かが変わるわけではないとしても、それに気がつかなければ、ずっとそのまま年をとっていくところだったのだ、と思ったら、それはありがたいことだった、とさえ思えました。

そういうことを考えている時、「傲慢と怠慢」という言葉が頭に閃いて、それをネットで調べてみたら、その二つの言葉に無知という言葉を加えたものが、わりとよく知られたウンチクであった、ということを知りましたので、そういうことは多くの人々が経験していることだった、ということが分かりました。

まぁとにかく、前にも書いたように、自分がやったことは必ず自分に返ってくる、ということは誰しも心に留めておいた方が良いと考えます。

石牟礼道子さんの「花びら供養」の最初に水俣病で亡くなった杉本栄子さんという方の言葉が出てきます。

「道子さん、私はもう、許します。チッソも許す。病気になった私たちを迫害した人たちも全部許す。許すと思うて、祈るごつなりました。毎日が苦しゅうして、祈らずにはおれん・・・。何ば祈るかといえば、人間の罪ばなあ。自分の罪に対して祈りよっと。人間の罪ちゅうは、自分の罪のことじゃった。
 あんまり苦しかもんで、人間の罪ば背負うとるからじゃと思うようになった。こういう酷か病気が、二度とこの世に残らんごつ、全部背負い取って、あの世に持って行く。錐でギリギリもみ込むごつ、首のうしろの盆の窪の疼くときが、いちばん辛か。そういうとき、人間の仇ば取るぞとばかり考えよった。親の仇、人間の仇とばかり、思いつめよりました。それで、疼きも一段ときつかったわけじゃ。
 許すという気持ちで祈るようになってから、今日一日ば、なんとか生きられるようになった」

重い言葉です。でも、石牟礼さんが書いて下さってよかったと思いました。

それから、こういう文章もありました。

「近代教育を受けるようになって知的に上昇したつもりで、田舎を見下げ、その山川や先祖の墓地の面倒を見てきた村落を見捨ててきた都市の年月があった。『都市と地方の格差』は経済のことだけではなく、この国の近代の精神史に、異様なゆがみをもたらしている。」


移住者モンダイのテレビを見て思ったことは、田舎に移住しよう、というヒトビトは、これから自分が暮らそうとしている地域の「山川や先祖の墓地の面倒を見て」くれていた地元のヒトビトに対して、まず第一番に感謝の気持ちを持たないといけないし、「人間」の気持ち、感情を軽く見てはいけない、ということを肝に銘じた方が良い、ということです。

そして、ワタクシのように田舎から田舎に移住した者は、残してきた先祖の墓地の面倒を見てくれているヒトビトのことも慮らなければならないのです。

そういう配慮が圧倒的に足りなかったワタクシが、いろいろなモンダイに遭遇したのは、至極あたりまえのことだった、と今になって気がついたのでした。


さて、今日は竹の時間がなんと5年目になっている、ということに驚いたワタクシ、今日はこれくらい進みました。
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そして、ワタクシが師匠から学ぶことは、竹の技術よりも先に、師匠の人間性である、ということに今更ながら気がつきました。そう言えば、ワタクシはもともと取材班だったのです。最初の目的(取材)もまだ達成していない、ということに気がついて、そちら方面にも動き始めようと思いました。

今年はいろいろなことに気がつく、良い年なのかもしれません。

ワタクシたちに竹かご作りを教えて下さっている師匠は、「傲慢と怠慢」から最も遠いヒトです。ヒトによって態度を変える、ということは全くなく、誰に対しても優しく、そして何事にも本当にきちんとしています。

自分の中の「傲慢と怠慢」に打ちのめされたワタクシは、竹かご作りの時と同じくらい、普段の生活でも師匠の真似をしなければ、と思っているところです。とは言え、すぐには出来ないでしょうが。

竹の時間は本当に有意義で一日ずっと出来たらシアワセですが、本日は午後から稲刈りに農場に行きました。

ワタクシたちの「怠慢」から、鎌で刈る羽目になってしまった田んぼがまだまだあって、最初の頃のようなノンキな気持ちではなくて、やっぱり段々ツラクなってきたのですが、自分で蒔いた種は自分で刈り取らなくては、という諺みたいな現実に向き合っているのでした。
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午後の光の中で見ると、レブも年取ったなぁ、と思います。

しかし目が潰れたように「目やに」にまみれていた子猫は全員元気でキレイな猫になりました。
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今日もいい天気でした。
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なんだか支離滅裂な日記となりましたが、おつきあい下さって、本当にありがとうございます。













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by sanahefuji | 2017-11-09 21:40 | たねわたしの会 | Comments(0)

「竹の時間」の元旦でした

今日から竹の時間が再び始まりました。

師匠のお宅の佇まいが、まるで元旦のような新鮮な気配に満ちているようにワタクシには感じられ、金木犀の香りと相まって、キリリと気が引き締まる朝でした。

そんな様子をパチリとカメラに収めたのですが、何かパソコン上の事情があって、画像を取り込むことが出来ませんでした。残念。

作シーズンの竹の時間は、今振り返ってみるに、本当に修行の時間であった、と思います。

おそらく一人で作業することが多かったため、考えることがいろいろあったのだと思われます。

このブログのカテゴリの「たねわたしの会」という名称が、何か空しく響く気がしたり、始まったばかりの「木ノ口かたし」の膨大な仕事が加わったために、日常がますます忙しくなって、どういうふうに竹の時間を続けていったらいいんだろう、と不器用なワタクシは青息吐息だったこともありました。

それでも、なんとか続けながら、ひたすら悩んだり考えたりしているうちに、この「竹の時間」に対する考え方がしっかりと定まってきたように思います。

そして迎えた今季始めの今日は、清々しい朝でした。

もう何年も習っているのに竹の技術がなかなか上達しないのと同じように、自分もなかなか変われないけれど、昨シーズンの悶々とした時間の中で、ワタクシには、変わらなければならない明確な理由が見えてきました。

それはまたいずれ、ゆっくりと書く機会が訪れると思いますので、今は書きませんが、それが分かるまでには、人間はなんと苦しい思いをしなければならないのだろう、と思います。

でも、今でよかった、と思います。

一年の計は元旦にあり、と言いますから、竹の時間が始まった今朝、竹を割りながら、ワタクシは今季の心構えのようなものをあれこれと考えました。

また始まる、竹の時間が本当に楽しみです。









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by sanahefuji | 2017-10-05 23:01 | たねわたしの会 | Comments(0)

「竹の時間」最終日

早いもので、10月から始まった週に一度の「竹の時間」も今日が最終日でした。毎回思うことですが、本当に月日がたつのはアッという間ということです。

今季はどうやらこうやら4つの竹カゴを完成させることができました。

本日、最終日に完成したカゴがコチラ。
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野菜が入っているカゴは、今季の終了記念に師匠が下さいました。野菜は奥さまが畑から取ってきて下さいまして、本当に毎回毎回、たくさんの恵みを頂きました。

そして今季は、初の試みとして、師匠の奥さまと奥さまのお友達とワタクシとでお昼ごはんを食べに行く、という最終日の女子会(?)もありました。
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師匠のお宅は地域で民泊の受け入れをやったりもしているのですが、同じ民泊仲間で予約制で食事も提供している「民泊茶房 おもてなし」へ、行ってみましたよ。
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広い窓から海を眺めながらお食事が出来ます。

本日が旧暦の雛祭りということで、立派なお雛様も飾ってありました。とにかく広々としています。
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本日のメニューは海老フライ定食でしたが牡蠣とアスパラのベーコン巻きのフライも1つずつついていて、その前にお刺身と和えものも出てきて、食後のデザートもついて、1000円でした。

お食事はもちろん美味しかったし、いろいろな面において「余裕がある」感じ。

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前にワタクシのことを「ええカッコしいやな」と言ったのは、実はここのご主人なのですが、なるほどなーと納得。

「ええカッコしい」だと、いろいろな面で余裕がない、という事態になるのかもなぁ、と。

しかしですね、ワタクシはこの「ええカッコしい」という言葉が最高の褒め言葉に思えてきました。

なぜならば、前日子供たちから貰った中島みゆきのCDの中に、歌の解説があって、その中で「みゆきさま」が自分のことを、まさに「ええカッコしい」と言っていたからです。

あーなんか嬉しいなぁ嬉しいなぁ、と単純にヨロコンデいるワタクシでした。

今日の「竹の時間」の最終日も、女子会も、とっても充実しておりましたし、帰りに師匠のお宅を振り返った時、背後に山桜が輝いているのが見えまして、あーいいなー、と思ったことでした。

学んだことは「竹」だけではない、「竹の時間」でありました。




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by sanahefuji | 2017-03-30 18:06 | たねわたしの会 | Comments(0)

「竹の時間」も残すところあと1回

先週は、午前中に農業委員会のお仕事が入っていて、午後からはインフルエンザで出席停止中のコータローがいたので、「竹の時間」は自修(?)ということになりました。

家にいるとなんだかんだと用事があって、なかなか竹に向かえませんでしたが、コータローが昼寝した隙になんとか少しだけ編みました。
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そして今週も午後からは用事があるので、ここまでやって、師匠とお昼ごはんを食べて(奥さまは送別会へと出かけて行ったので)戻ってきました。
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今季、第4回目となった10月から3月までの「竹の時間」も、来週でいよいよ最終回となりました。このカゴ、あとは縁を巻いて、足をつけたら完成です。

ワタクシは、この「竹の時間」に本当にいろいろなことを学びました。特に今季は自分にとって大きな課題が見えてきました。

それは「人間理解」ということです。

ワタクシ自身は本当にいろいろな経験値が低いが故に底も浅く、「人間」というものが全然分かってなかったんだなぁ、ということがよく分かった今季の「竹の時間」。

それはそれは大きな課題です。始まったばかりのその課題への取り組みを通じて、それが今後のいろいろなことにつながっていくような気がしています。

それはともかく来週の「竹の時間」、最終日を楽しみたいと思います。

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by sanahefuji | 2017-03-23 13:47 | たねわたしの会 | Comments(0)

「恩送り」の修行

早いもので、今シーズンの「竹の時間」もあと3回となりました。

ワタクシは、なんとかもう一つ作ろうと、本日から今シーズン最後の作品に着手しました。
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今日はここまで。

2番目に作ったお出かけカゴと同じ大きさ、形、でもう一つ作る予定です。上手く出来たらプレゼントにしようと思っています。

それにしても時間がたつのは本当に早いですね。ついこの間、始まったような気がしたのに、もう終わりとは。

ここにも何度も書いているように、ワタクシは手先(だけではない)が不器用なんだな、ということを思い知らされるばかりで、技術的には、なかなか上達しません。

がしかし、竹を習いに通った時間の中で、師匠ご夫妻とお話をしたり、その生きざまに触れたりすることが、ワタクシにとっては最も大きな収穫である、と感じます。

ここの地域のヒトビトは、こんなふうな考えで、このようにして生きてきたんだなぁ、ということが本当にいろいろと分かるからです。

地に足をつけて暮らしている、この地域のヒトビトの中に自然と培われているものの一つが、自分が受けた恩を他のヒトに返していく、という「恩送り」というものかな、とワタクシは思います。

竹かご作りを習うだけでなく、いつも美味しいお昼ごはんやお茶の時間を整えてもらい、帰りにはお土産まで頂いて、それが既に4シーズンも続いています。

この膨大な御恩を誰かにいつか返せる時が来るのだろうか、と思ってしまうほど、まだまだ未熟なワタクシであります。
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本日のお土産。

ワタクシの「恩送り」修行は、これから、といったところか。



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by sanahefuji | 2017-03-09 18:12 | たねわたしの会 | Comments(0)

師匠のお手紙

本日は竹の日、歩いて3分の師匠のお宅に向かう途中、
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満開の梅、
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そして椿に木瓜(ぼけ)。
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花を愛でつつ到着したらば、師匠からの書き置きが!
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フチをまく竹です
長さは計っていますので
みがいて割って下さい
上に行ってますので
山崎さんへ 明治

この礼儀正しく達筆な書き置き、スバラシイでしょう?

竹の時間は10時から始まるのですが、途中の風景といい、この書き置きといい、10時前後の5分くらいの間に、なんだか感動してしまったワタクシです。

そして先週、途中までだったカゴも本日完成いたしました。
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これは、台所に必要だったのです。

このように。
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ちょうど良いのが出来ました。





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by sanahefuji | 2017-03-02 23:48 | たねわたしの会 | Comments(0)