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誕生日の特典


前にも書いたことがありますが、昨年のアサの誕生日(9月)から、誕生日には「一人っ子の時間」をプレゼントしよう、ということになりました。というのも、わが家の場合、4人の子供達が常にわぁわぁと喋っていたり、親たちもなんやかんやと忙しかったりで、一人一人とゆっくり接する、ということがなかなか難しいからです。

それは一体どうするのか、というと、みんなで行う誕生日会とは別の日に、誕生日の子供だけ特別にとーちゃんかーちゃんと一緒に外食できる、という特典です。「とーちゃんとかーちゃんはズルイんじゃないか」という意見もありましたが、まぁそれは確かにそうとも言えますが、やっぱり子供達にとっては嬉しい特典らしく、満場一致で賛成、実行の運びとなりました。

で、今月3日が誕生日だったハナへのプレゼントは、3月も終わろうとしている今日になってやっと実行できました。なにしろ中学生は忙しいんでね。もちろんどこのお店に行きたい、というのも子供が決められます。ハナは、まだ行ったことがなかった、かわいい感じのカフェを選びました。入った途端、あまりの似合わなさに父苦笑、ワタクシ達は爆笑。夫はこういう小奇麗なカフェなどというものが最も苦手な場所なのですな。そして中学生&肉体労働者にとっては圧倒的に量が少ない、というモンダイもあります。間を置かずに家でしっかり焼うどんなどを食べていた2人でした。次回はこの点も考慮した方がよろしいでしょう。ま、ワタクシは最近そこまで大食いでもないのでヨカッタですよ。ほほほ。

そんなとーちゃん孝行なのはサトです。サトが行きたい、と言ったのは商店街にある「来々軒」という名前からして昭和なラーメン屋さんなのですが、ここが本当に昭和な世界そのままで(昭和と違うのは子供用のものに「アンパンマン」が多用されていることと、テレビが薄いことくらいでしょうか)、ラーメンを運んでくるオバちゃん(おばあちゃん?)まで昭和の食堂ふうで、本当になつかしい感じがします。そして「サトは今年も来々軒がいい」と既に宣言しています。何故なんだろうなぁ。

たまの外食もなかなか面白く、ワタクシにとっては、もはや味云々、雰囲気云々より何よりも、そのお気楽さ、が何よりもありがたいので、店はどこでもいいんだなぁ。

子供への誕生日プレゼントなのに、随分と得をしている母でした。

ま、頑張って産んだ日だからね、ということで。







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by sanahefuji | 2014-03-31 23:45 | 雑記 | Comments(0)

人生いろいろ劇場


昨日の「かたし」の日は、午前中は雨も普通だったので、お客さんが順調に訪れて下さっておりましたが、昼過ぎからは土砂降りの大雨になって、客足も途絶えました。

しかしながら、「かたしのお昼ごはん」の時には、それなりに人もいて、和気あいあいとした雰囲気でした。そして少人数で味わって食べるのにはぴったりな、先日の雉の残りを使って、鶏ガラならぬ雉ガラでダシをとった(肉もちょっとだけ入っている)鍋が二つ登場してました。
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・雉のみぞれ鍋
・ニラ入り卵焼き
・ツクシの卵とじにセリを散らしたもの
・タラの芽の天ぷら
・味噌汁
・白米&玄米

でした。

殆ど嵐のような雨が降っていた午後3時半、「かたし」では「あこうの木治療院」からマッサージを終えて出てきたお客さんとお茶を飲みながら話していたら、その方の波乱万丈の人生や、驚異的な情報網を駆使して得られるワイドショー的な話題に抱腹絶倒、あっという間に2時間くらいたってしまいました。

そんな話を聞きながら、つくづく思ったのは、同じような出来事が起こったとしても、人によって反応や、受け取り方、そしてその後の対応が全く異なるんだなぁ、ということです。例えば、何か嫌なこととか理不尽なこと、不幸な出来事などが自分の身にふりかかった時、それを跳ね返して笑い飛ばしたり、怒りを前に進んでいくためのエネルギーに変換したり、よくない出来事をいい方向に転換するきっかけに出来るヒトもいれば、まともに傷ついて重大な禍根を残したり、負のエネルギーをまき散らしたり、あるいはジメジメじっとりと悲劇の主人公の立場にどっぷり浸ってしまうヒトもいる、ということなのです。

同じヒトでもその時その時で違うこともあるでしょうが、物事の捉え方はヒトによって傾向があるのは確かなようです。どんなことでもマイナスに捉えないと落ち着かないヒト、タイヘンな事態が次々起こっても笑い話に出来るヒト等々。そうやって観察してみることは、自分にとって人生の貴重な学びの場となっていることは間違いありません。

かくいうワタクシも、よりよい対応が出来る時もあれば出来ない時もある弱い人間なので、決してヒトのことをとやかく言える立場ではないのですが、こうして「かたし」でいろんなヒトに会って、いろんな話を聞いていると、語弊があるかもしれませんが、それはまるで小説を読んでいるように興味深く、面白い、と思います。

そんな「かたしの人生劇場」に訪れてくれていたヒトビトとも、毎年この季節には別れがあります。親しくなったヒトとの別れは寂しいものですが、それによって別の場所に自分が訪れる一つのきっかけができた、と考えることもできます。ここ五島の「かたし」で出会ったご縁を大切に、また違う土地でも違った形でつながっていけたら、「かたしの人生劇場」の楽しみがもっともっと広がっていく、と思うのです。

だから、別れは決して悲しくありません。

「かたし」は本当に「椿」の木のように、ここにずっと立っていて、移動することはできませんが、風に運ばれたり、鳥に運ばれたりする種のように、「かたし」の種のような何かの「思い」が、どこかで芽を出すことがあるかもしれません。もしそんなことがあれば、それは本当に喜ぶべきことです。

今、ワタクシは地域の歴史のことをいろいろと勉強していて思うことがあります。

例えばワタクシがこのブログにも何度か書いているような、その昔、この地域の数人の女の人達で始まった、捨てられた子供達を育てる活動が、今では合わせて100数十人以上のヒトビトが働く3つの施設(病院、児童養護施設、老人養護施設)に発展している、ということなども、別に最初に始めたヒトビトは「将来、雇用の場を作ろう」なんてことは全く考えてなかった、と思うのです。ただ、やむにやまれぬ気持ちがあったのだと思います。それが100年以上の時を経て、現在の姿になっている、というのが本当にスゴイことだと思います。また、こういうことを知ることが歴史を学ぶ意義のような気もします。

ヒトビトがそこに暮らしていく限り、必要な仕事(それがお金を生み出さなくても)というのはいくらでもあって、それを出来るヒトがやっていく、というのが本来「仕事」ということではないのか、とワタクシは思うことが多く、「仕事がないから田舎には住めない」などと簡単に言うべきではない、と思うのです。

長い長い時間がかかるとしても、そこに暮らすヒトビトが必要なことをやっていくことで、次の世代の「仕事」につながることがあるのかもしれません。

そういう可能性が、どこの地域にでも、きっとあると思うのです。








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by sanahefuji | 2014-03-30 14:58 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

春の食卓


泥んこケーキの春の新作も作っていた子供達、なんと今日は晩御飯も作ってくれました。ヒマってことはいいことだ。

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大量の割れ卵(15個)に草に埋もれていたニラを救出して入れた卵焼き。味噌汁にはチビ人参とトウ立ち白菜を入れて。味はイマイチだがトウが立たなくて便利な時なし大根に梅漬け醤油をかけて。

どれも立派な野菜じゃないけど、卵も割れ卵だけど、品数も多くないけど、なんだかシアワセな食卓。しかも作ってもらった!楽ちん!嬉しい!

やっぱり田舎暮らしはいいですよ。

またまたおススメしておきます。



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by sanahefuji | 2014-03-26 23:28 | 食べ物 | Comments(0)

2014 春のケーキ


あれは大震災のあった年の春でした。家の畑でアサとサトが夢中になってケーキを作っていて、そのケーキに飾られた野の花があまりにもまぶしくて、泣けてきたほどだった、ということをよく覚えています。あの時は誰しもがそうであったと思いますが、春のまぶしささえも悲しみや虚しさを、より深く増幅させる要因であった、と思います。

最近では子供達も大きくなって、泥んこケーキより本物のお菓子作りをやってますが、さっき外に出てみたら、久々に春の新作が!
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華やかですが、なかなか繊細です。

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そしてこちらはちょっとムースっぽいですな。

この春、新3年生と新5年生になる2人ですが、まだまだこんなので遊ぶところがかわいいじゃありませんか。

こういうのを見ると、やっぱり子供は田舎で育てるのがいいよ~、とおススメしたくなります。ホントに!
保育園にもすぐ入れます。小学生は休みの日に学校の運動場で勝手に遊んだりもできます。いいこといっぱいありますから、子育てはぜひとも田舎で!とワタクシは声を大にして言いたいと思います。ただし、ワタクシの主張の責任は負いかねますが。

最近のニュースでずっと騒がれていた、ベビーシッターのあの事件、ワタクシなどはネットでベビーシッターを探して預けたり出来る、ということさえ知らなかったので、驚愕の事件でした。でも、安易に母親を責めるのは絶対にやめてほしいと思います。恵まれた条件で生きているヒトビトには見えないこともたくさんあると思うのです。崖っぷちにいるヒトが、なんとか安全な場所に戻れるような、いくつもの救済策が整えられることを願うばかりです。

やはり野に置け子供たち、という気持ちになった春の新作、でした。




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by sanahefuji | 2014-03-26 17:44 | 雑記 | Comments(0)

たねわたしの会 その16


今日は今季「たねわたしの会」の最終日でした。

その記述の前に全く関係ないことをまたボヤかせて下され。さっき電話がかかってきて、用事は、とある団体の総会の出欠確認であったのですが、その後にその方が言いにくそうに話を切り出してきたので、なんかイヤな予感がしていたらばですね、その予感的中。

またまたもう一つの役員が回ってきた!しかも、これは2年前にはコータローが生まれたばかりだから、ということで丁重に断った上で、次の時まで待って下さい、と自分で言ったらしい(覚えてないけど)のですから、実は今年は中学校のPTAの副会長になってしまって、とか子供の合唱団のオヤツを毎週準備する係になってしまって、などと言っても万事休す・・・なんなんだ今年は一体!あーなんか悪いことしたかなぁ私、今までの人生よっぽどワガママだったんだなぁ、スマンスマン。もう観念して精進します?!

以上、ボヤキ終わり。

さてさて、先週の続きです。3つ目のカゴの縁を巻くところから。縁の巻き方はもうこれまでに書きました。前回が大作だったので、縁を巻くのが難しかった分、今回の小ぶりのカゴだと易しく感じました。そして今回カゴの下に「かすがい」の代わりに「足」を入れるタイプにしたので、そのやり方をば。

小さいカゴにふさわしい小さい足にする竹がなかったので、ちょっと裏山に取りに行きました。

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これくらいがよかろう、ということで。

そして、それを節の部分4か所切り取ります。
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このように。

そして、それをこのように削る。
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そして、これをカゴの底から差し込むのですね。
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ホラ、このように。

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完成~!足があると動物っぽくてかわいいです。「足」の方が「かすがい」より簡単でした。

最終日は割と余裕があって、早めに終わって師匠といろいろとお話しすることができました。師匠の裏山にある竹林の管理の方法を聞くと、竹林もやはり間伐をしないと細い竹しか生えなくなる、ということで、前は冬の間に古い竹を伐って歩いていた、ということでした。でも近年はその作業が大変になってきてあんまり出来ていない、というので、それは是非ともこの「たねわたしの会」のワタクシ達がやらねば!と思ったことでした。

というのも今季は、ワタクシ達弟子たちが師匠の元に行くと、もう既に良さそうな竹を師匠が山から切り出して、とにかく素材をすべて使いやすいように準備して、至れり尽くせり、という状態にしていて下さっていたのですから、こんな横着な弟子もないよなってなもんです。本当はそういう下準備から弟子がしなくては、という気もしますし、やはり、ここはいっちょ、そういうお膳立てをしてもらわずともカゴ作りが出来るようにならねばならぬ、と思うわけで、師匠に山のことから何から学びたい、と思うのです。

来季はそういうことも学んでいきたい、「たねわたしの会」です。

今季は無事に終了。本当に有意義な時間でした。

ただただ感謝です。

今までこの「たねわたしの会」に当てていた時間の有意義さを、他のことにも持ってきつつ、来季を待ちたいと思います。

またこの秋からの報告もお楽しみに!

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by sanahefuji | 2014-03-25 22:36 | たねわたしの会 | Comments(0)

雉も鳴かずば


今日のお昼ごはんの「うどん」に入れるネギを取ってきて、と子供達に頼んだら、なかなか帰ってきませんで、やっと一人が帰ってきたかと思ったら「畑に雉がいる!」と騒いでまた行ってしまったではありませんか。

それで、とーちゃんも出て行きました。雉くらいその辺にいるでしょうよ、とワタクシはたいして気にもとめてなくて、うどんを茹でて待っていてもやっぱりなかなか帰ってきません。

「?」と思って、畑に行くと、なんとその雉を捕まえて絶命させ、3人で羽をむしっているところでした。

「!」ですよ、ホントにビックリした!

聞けば、その雄の雉はハウスにかけてある網に引っ掛かって逃げられなかったそうで、それで捕まってしまったとのこと。

数十分前までは、美しい羽根を春の光に照らしながら元気に歩きまわって何か食べていたであろう雄の雉が、こんな哀れな姿に!
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こういうのが苦手なヒト、スミマセンね。でももう随分きれいになってますから。子供達もグロいだとかキモいだとか言うので、アンタ達が喜んで食べてる肉はみんなこうして生きていた動物を殺して食べているんだよ、と、オトナとしましては実に正しいコメントを申し述べるのに良い機会です。

もう一つ驚いたことは、この雉が食べていたものは、何かの草の花の蕾だった、ということです。同じ蕾がぎっしりと詰まっていました。へー、雉ってこういうものを食べてるんだ、とたいへん勉強になりました。この画像はもっと苦手なヒトがいるでしょうからアップロードは差し控えます。

それでは、もう肉になって切り刻まれたところをば。
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鶏の肉より赤味がかってます。

煮込み料理なんかの方が美味しいのかもしれませんが、夕方はそんな時間もなかったので、手っ取り早くモヤシと炒めてみました。
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前にも一度、どこかにぶつかって死んだばかりの雉を食べたことがあって、その時も非常に美味でありましたが、今日の雉も美味でした。若い雄に違いなく、うちのバーサン鶏よりずっとずっと柔らかかったです。若いってスバラシイ。

ひとみちゃんにもらったビールでカンパイ。ありがとう!あったかくなってくるとビールがウマくて困るなぁ。と言っても、こうしてもらったりしなければ飲みませんがね。しかも今日は、とーちゃんが二日酔いにつき朝の鶏小屋仕事を代わりにやったり、その延長で農場のブルーベリーの手入れをしたり、と半日とはいえ肉体労働をしたので堂々と飲める気分。

鶏にエサをやったりピヨピヨを見たりしていると、それだけで楽しくなってきて心も落ち着きます。やっぱりワタクシは家畜の傍にいたいので、農場に家があるといいなーと思ったことでした。しかしながら現時点では、この冬にようやく牛小屋にする場所(藪だった)がキレイになった、という段階で、ヒトが住める家なんてまだまだ先の話です。牛小屋さえまだまだなのに気の早い子供達が学校で「うちに牛が来る」なんていう話をしてしまったらしく、「いつ牛が来るの?」なんて聞かれてしまいましたが、ハイ、まだ牛小屋も建ってないんです。いつになるかなぁ。

そんなわけで、今日の午前中は農場仕事に汗を流し、お昼には雉肉を得て、午後は優雅なパンケーキを頂き、さらにガソリンがエンプティの下をいっている状況で狭い山道を走る、というスリルとサスペンスにも満ちた、実に充実した一日でありました。

雉よ、うちの畑に来たのが運のつき、だったなぁ。残りも大切に頂きますからね。



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by sanahefuji | 2014-03-24 22:35 | 生き物・自然 | Comments(4)

いろいろあるけど41歳


親が死んだ年を意識することは、おそらく普通のことだと思われます。だからワタクシが特別に囚われている、というわけではなく、ごく普通のことではないか、と考えますが、昨日41歳の誕生日だったワタクシ、いよいよあと一年か~、という妙な感慨に浸ったりもしました。

母親不在の長い年月を、どうにかこうにか生きてきて、その母親が死んだ年に自分ももうすぐなるのだ、と思うと、よく生きてきたなぁ、と思うと同時に、多くの人々に支えられてきたことに思い至り、ありがたいことだと思います。

子供を一人前になるまで育てる、というのは大変な仕事なので、両親という大人が二人揃った上で、他のヒトビトの力も借りながらやった方がいいに決まっていますが、ワタクシもそうであったように、さまざまな理由で両親が揃っていない、あるいは揃っていても正常に機能していない家庭も多いことと思います。

幸いわが家は経済的には困っていなかったので、悲惨なことにはならなかったけれど、母親が亡くなってしばらくして、今度は父親が胃潰瘍で入院、という事態になって家に大人がいない時期があったり、とお金だけでは解決できないことも多く、ワタクシは知らず知らずのうちに固い蕾が閉じたままのような心を長いこと抱えていた、と思います。

今も昔も家庭の中でたくさんの悲しい出来事が起こっているし、事件にまではならなくても、心身ともに傷ついている子供や、そんな中でもう年齢的には大人になったヒトビトも多いことでしょう。

ワタクシには何の力もありませんが、そのようなヒトビトがなんとか生きのびて、自分で人生を切り拓いてゆくことを願うばかりです。

今時は、自分の心のままに、なるべくやりたいことだけをやる、というのがカッコよくて理想的な生き方、というような風潮もありますが、そうでない田舎の保守的な社会の古臭い価値観のヒトビトに囲まれていたからこそ、ワタクシのような母無し子も地域の中で無事に育つことができた、とも言えるのです。狭い地域の中で、つきあいたくないことにもつきあい、頭を下げ、面倒なことを厭わずやってくれるオトナたちのおかげで大きくなった、と思います。

とはいえ、ワタクシもご多分にもれず現代的なワガママ人間で、心のままに生きたい、という願望をもちろん抱えておりますが、それにもかかわらず、自分の仕事以外のお世話役みたいなことを3つも4つも引き受けっちゃったリするのは、子供の頃にそういう田舎社会の恩恵を受けているからに違いない、と思います。家族と「かたし」のお世話だけでもけっこういっぱいいっぱいだというのに!

結局ワタクシは自由を求める気持ちが強い一方で、狭い価値観の中で育った根っからの田舎者なのだ、と溜息の一つも出ますが、やっぱりそういう部分もひっくるめて田舎の暮らしに愛着があるので、まぁやるしかない。

というわけで、今一番足りていない、田畑の作物へかける時間をどう確保していくか、というのが41歳の課題、ということにしておきましょう。

ちなみに40歳の目標は「やさしいおかあさんになる」ということでした。達成できてるかどうか、これは自分では分からないな。ヒステリーみたいに怒ることは殆どなくなったような気がしているのですが、気のせいかもしれません。

ま、それはともかく41歳の目標、実際に重要なことなのでなんとかします。

さてさて、というわけで昨日の「かたしのお昼ごはん」は誕生日メニュー、
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・鶏天、芋天、タラの芽の天ぷら、ツワの赤ちゃん天ぷら
・大根サラダ
・卵サラダ
・ツワと糸蒟蒻と薄揚げの煮物
・味噌汁
・玄米&白米

でした。

ワタクシの故郷の津久見の街に「満寿屋(ますや)」という食堂があって、そこの「鶏天定食」というのがワタクシは子供のころから好きでしたが、オトナになってからも帰省する度に、実家のテーブルには必ずその「鶏天定食」が用意してあるのです。もうワタクシは店屋物でなくて、何か手料理の方がいいお年頃になっておりますが、子供の頃の印象というのはずっと続く、ということも分かるし、そしてそれは本当に美味しいので、ありがたく頂いております。

「かたしのお昼ごはん」では肉が大量に使われるということはあまりないので、昨日は本当に特別メニューだったと思います。そして、この鶏天は「ポン酢」で食べるのが定番です。昨日はカボスのポン酢を作って臨みました。大分と言えばやっぱりカボスですからな。

デザートは、蒸しパン食べ放題、でした。その他にも「つきあげ」とか「ヨモギのベロ団子」などなどもあり、美味しいものがいっぱいの「かたし」の日になりました。

再会もあり新しい出会いもあり、の良い一日でした。









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by sanahefuji | 2014-03-23 11:52 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(2)

たねわたしの会 その15


昨年9月24日の火曜日から始まった「たねわたしの会」の竹修行も、今季は残すところあと一回となりました。

ワタクシは先週、二つ目のカゴが出来上がった後に、まだ少し時間があったので、もう一つの竹かごを作るべく、骨組みを作りました。作りためた「竹ひご」がほんの少し残っているので、それを使いきってしまおうというわけです。

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骨組みは5本×9本なので、一つ目のカゴとだいたい同じです(一つ目のカゴは5本×8本でした)。骨組みは同じでも、出来上がりの具合は全然違ってます。一番違うのは四隅が割ときっちりと編めていること、そしてきれいに立ちあがってきています。やっぱり少しは上達している、ということですな。

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ここまでで、竹ひごも時間も終わり。来週、仕上げます。この際、あまりにも厚く剥き過ぎて、使えないと思って除けていた、本当に始めたばかりの10月に割った竹のひごも上の方に編みこみました。残しておいても来季は使えないそうで、捨てるのも忍びなく、このカゴに全て編み込もう、というわけです。

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この節が黒々としているのが、初期の竹ひごです。がっしりとしています。こうやって、カゴの表面に地層のように竹の育った環境や作るヒトの技術が重なっていくのが面白いなぁ、と思います。皮の色なども竹によって微妙に違うし、そういうのがまたキレイだなぁ、と眺めてしまうのでした。

このように竹かご作りを実際にやってみるまでは、まさか自分がこんなに「竹」に魅せられるとは思ってもみませんでした。「竹」という素材とは相性が良かったようです。触るのが嬉しいのです。でも、自然のものなら多分何でもそうかもしれない、とも思います。

さてさて、先週は二人が風邪で休みでしたが、今週はそろって、みんなのカゴも出来上がりました。
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三姉妹+取材人で始めた「たねわたしの会」の竹修行、今季の力作はコチラです。右の二つが三姉妹の三女、左端は次女、そして赤い弁当包みが入っているのが取材人のワタクシのもの(長女は年が明けてからは仕事が忙しくて来られなくなってしまいました)です。みんな頑張りました。

今季最終回、そして来季もガンバロー!






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by sanahefuji | 2014-03-19 23:57 | たねわたしの会 | Comments(0)

今日の嬉しいこと


本日夜中にボヤいた後、眠ったはいいけど妙な夢ばかりみて寝覚めが悪い一日の始まりでしたが、嬉しいこともありました。

今日は、修道院の老シスターに、昔のお話を聞かせてもらうことができました。

そして、修道院の前身である「女部屋」の「姉さん」達の貴重な写真なども見せていただくことができました。シスターの個人的なお話をここに書くのはどうかと思いますので書きませんが、ワタクシが嬉しかったことは書いておきたいと思います。

見せてもらった写真は、それぞれの姉さん達が、本当にいい笑顔で写った写真でした。その中に、ワタクシがいた頃の帯広畜産大学ではけっこう有名な女傑の先輩にそっくりな姉さんがいたので、ワタクシの目は釘付けになりました。シスターがおっしゃるには、その姉さんは、長いこと「農業主任」を務めていたヒトで、その姉さんもやはり豪快な方であったようです。「農政大臣」とも呼ばれていたとか。

さて、その「農政大臣」似の女傑の先輩の噂は、いろんなヒトから聞いておりましたが、学年も学部も違うワタクシは在学中にはついぞ会うことがなかったのです。それなのに、どういうわけだか、彼女と初めて会った場所がここ五島で、しかも「かたし」なのですからオドロキです。

彼女は五島の知人と共に、おそらく「畜大」にいた頃と変わらないであろう豪快な雰囲気そのままに「かたし」に現れたのが昨年のこと、あーこれぞ畜大生だ、とワタクシは嬉しくなったものでした。それと同時に随分と低エネルギー化しているワタクシ達2人の元畜大生、が対照的でした。現実の荒波に揉まれて疲れてるんだな~ワタクシ達は。でもきっとまた2人とも元気になると思います。今は成長するために必要な修行中なのです。必ずや脱皮します!?

そんなわけでワタクシは、この農政大臣の姉さんの笑顔に本当に励まされたのでありました。

明るい方を向いて、今自分が置かれている一つ一つの現場の仕事をきちんとやろう、という気持ちがムクムク湧いてきました。「現場」を大事にするヒトの明るい笑顔、というのは何にも増して強い光を放っているような気がしたからです。

「お告げのマリア」という本に、そんな彼女についてのこんな記述がありました。著者が訪ねた頃にはまだご存命だったようです。

「彼女の労働の日々は、女部屋に入る以前も入ってからも、形の上ではほとんど変わらなかった。毎朝暗いうちに、農具を乗せた大八車を牛に引かせて田んぼに出た。夜は一日の疲労のために、いつ眠りについたのかわからぬほどであった。
 だが、形の上では同じでも、心構えにはおのずからへだたりがあった。」

その「心構え」の違いというのが、顔の輝きに表れているんだな、と大いに納得。

本当に良いものを見せてもらいました。ワタクシは門外漢ではありますが、天主様に感謝したいと思います。

感謝と言えば、今日の夜ワタクシがコータローを寝かしつけている間に、なんとアサが台所の片付けをしてくれました。これもなかなかないことなので、本当に嬉しいことです。

おかげで、これも書くことができました。

眠かったりもしましたが、良い一日でした。


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by sanahefuji | 2014-03-17 23:14 | 雑記 | Comments(5)

真夜中のボヤキ

みなさま、こんばんは。

またです。そうです、コータローを寝かしつけながら一緒に眠りこんでしまったのです、やることが終わってないのに。

幸いまだ夜中ですから、もう一回寝ればいいのですが、その前にワタクシはボヤキます。

まぁ聞いて下さい。

時は3月、世の中のあらゆる団体は新年度に向けての役員改選の時期です。ここにも何度も書いていたように夫は小学校のPTA会長を2年間やって、今年ようやくお役御免となるので、心からホッとして、これでこの2年の間に目に見えて窮状に陥りつつあったわが家の仕事に専念して立て直せる、と思っていたところでした。

が、しかし、世の中はそうそう甘くなく、今回はワタクシが所属しておる各種団体から、なんと3つもの役が回ってきたのです。

こういうちょっとタイヘンな役というのを好きでやるヒトは殆どいないでしょうし、自分の生活でいっぱいなのは程度の差こそあれ皆同じ、と思います。しかしながら、その程度の差、というのが重要なんではあるまいか。まだ自分で「ねんね」できずに、「かーちゃんかーちゃん」と言ってくる小さい子がいて、こんなふうに夜中に起きては忸怩たる思いをしておりますワタクシには時期早尚ではあるまいか、と、もちろん最初は断ろうと思ったのです。

が、しかし、お願いをしているヒトビトの苦しい立場も分かるし、決まらなくて弱りきっている姿を見るにつけ、なんだかんだと理由をつけて逃げ回るヒトにはなりたくない、というわけで「できんことがあるか!」という気分になってしまって、結局それぞれ3つ全部受けてしまったんよね~。

というわけで、ますますボヤクかもしれませんが、どうぞヨロシク。

これも少子高齢化の影響だよな~、と思います。

しかし、そんな言い訳で全てを片付けるのは好きじゃないので、時にはこの場でボヤキつつも、やるからにはやる!という強気でいきたいと思います。

寝る時は寝る、というわけで、寝ます。

お付き合いいただき、ありがとうございました。





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by sanahefuji | 2014-03-17 03:08 | 雑記 | Comments(4)