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2014 田植え開始


今年は田畑に出る時間を多くする、という目標を設定したというのに、春の用事の多さに4月は達成できずに過ぎようとしています。

が、しかし、今日は今年初めての田植えに農場に行ってきました。わが農場の田植えも機械化されて数年がたっているのですが、今年は早期の苗がうまくいかなかったらしく、機械で植えられないので手植えです。とは言っても小さな田んぼなので、イヤになる前には終わると思います。
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わずかこの2枚。

午前中の1時間半で1枚終了。
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これから2枚目ですが、これもすぐに終わることでしょう。

この写真の手前部分にその失敗した苗が入った苗箱が置いてあって、ワタクシが田んぼの写真を撮ろうとしていたら、その苗を撮らないように、と釘を刺されました。「ブログになど載せたら馬鹿にされる」というわけなので、後で上手くいってる方の美しい苗の写真を撮ってきて載せたいと思います。

男ってタイヘンだなぁ。

とりあえずワタクシはモンペの繕いが間に合ってヨカッタです。

さてさて、もうひとがんばりいたしましょう。



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by sanahefuji | 2014-04-30 13:59 | 「うとん山農場」のこと | Comments(2)

かるいとあかるいは似ている


昨日、学校関係の歓迎会がある、と書きました。学校関連では、この新入会員の歓迎会と出て行く会員を送る会の2回だけで、それぞれの幹事が歓迎会の時は小学校、送る会の時は中学校と決まっております。今回は小学校が担当だったのでお手伝い程度でよかったのですが、送る会の時はワタクシが手配しなければならないことから、人数に対して飲み物とか食べ物の量とかなんとか見当をつけるために、よくよく観察しておくこと、というのも今回参加の大きな目的でした。

観察、といえばワタクシの殆ど趣味のようなものですが、人間観察も実に面白いのです。「ヨッパライはやはり真実そのもの」というのがワタクシが飲み会の席でいつも感じることです、というのをいつか書きましたが、これはホントにそのとおり。職業や肩書きがなんだろうが、そんなものは全く関係がなく、そのヒトの真の姿が現れる、飲み会って面白いけどコワイのです。

かくいう自分はどうか、と申しますと、これもまた本当にあからさまに真実の姿が現れてしまうので、しかも昨今では記憶が飛ぶなどということもなく、詳細まで覚えているのでわれながらガッカリします。いくらより良い生き方をしようだとか、キレイごとを言っておっても本性はそうそう変わらない、というのをガツンと思い知らされてしまいますからな。

で、ワタクシの真実そのものの姿というのはズバリ九州弁で言うところの「おーちゃっかオナゴ」すなわち「横着な女」ですね。ここで言う「横着」とは「怠ける」意を含む「横着」ではなく、どちらかというと「傲慢」とか「生意気な」という意味を含んで使います。

そうしてそのような真実の姿から、ワタクシがヨッパライになると明らかにヒトを選んで攻撃してしまう、というヨクナイ癖が出てくるようです。普段けっこう真面目に母とか妻、あるいは善良な市民としての役割を果たそうとしておる自分と、本性との間に生まれる軋轢が大きいからなのかもしれません。無口なヒトが酒を飲むと饒舌になる、というのも同じようなものかもしれませんね。

ヒトを選んで、というのは、ワタクシは怖がりなので、警戒しているヒトには本性を見せませんし、どんなに酔っていても礼儀を守ります。従って、こちらが言いたい放題でも怒らないヒト、サラリと流してくれそうな優しいヒト、を本能的に選んでいる、というわけなのです。というわけで、他人のことはとやかく言えないくらい、自分もまたメイワクなヨッパライと化してしまうので、次の日つまり今日になると善良な市民あるいは真面目な母や妻に戻った(ホントか?)ワタクシは、キライなドライの二日酔いと共に激しく反省することになるのです。

そんなわけなので、わが家の場合、やはりこういう飲み会の場合は夫担当がよろしいのですな。夫は普段はやや堅い感じですが、ヨッパライになると実に軽薄で明るく楽しいヒトになるので、本性はそうなのでしょう。めんどくさいオナゴ、最近できた言葉を借りるなら「こじらせ女子」の傾向があるワタクシは、自分を救ってくれるのがそのような軽薄さである、というのを察知して、本能的に選んでいるに違いないのです。

次回(と言ってもまだまだ先のことだけど)は幹事でもあることだし、お茶でも飲んで、善良な市民のまま真面目にしていたいと思ったことでした?!











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by sanahefuji | 2014-04-29 16:15 | 雑記 | Comments(2)

そうかいそうかい


先週の日曜日も総会でしたが昨日も総会。一昨日も総会、そうかいそうかい。

と、いろいろな総会が続いておりますが、ワタクシにとって一番責任重大なのは、もちろん「かたし」の総会。これはようやく収支計算が終わったところで、まだこれから。それほどは大きくない金額が動くだけで、ごく少人数の組織ではあっても、一応代表というのは、なかなか骨が折れるもので、気苦労も多いのです。こんな小さな組織ですらそうなのですから、大人数の組織だったらなおのこと、面倒なことがいっぱいだろうなぁ、というのがよくよく見えるようになったので、代表とか会計とかいう立場を引き受けて下さっている方々には本当に感謝の気持ちが湧いてきます。

もともと堅苦しいことは苦手なワタクシ、人前で何か喋ったりするのも苦手、世間話すらも苦手で苦手なことだらけですが、「かたし」とか4人の子供達のおかげでそういう苦手なことをする機会がどしどし与えられるのは、なかなかいいんじゃなかろうか、と思います。実際には、どっと疲れ果ててはいても、時々「アレ、なんか前よりいろいろマシになってる!?」と自分で思える瞬間があって、それがけっこう嬉しいんです。

普通の社会人だったら組織にもまれてとっくに経験しているようなことを、40も過ぎた今頃やってる、ってところでしょうか。ま、ヒトにはいろいろなスピードがありますからね。われながらノンキだなぁ、と思います。

今日は夕方、学校関係の歓迎会があり、昨年までとはちょうどワタクシと夫の立場が逆転して、ワタクシが準備や参加、夫が子守り兼留守番、というふうになっております。2年間の小学校のPTA会長の責務を先日の総会で全て終えた夫は、何かもう性格までが明るくなったくらいのびのびイキイキした感じ。うちは自営業なので、自分の仕事のペースを変えなければならないのは本当に大変だったのだと思います。

で、今度はバトンタッチした感じでワタクシが中学校のPTAの副会長になったりしているので、ま、会長ほど大変でもないけど、もう肩が凝ってしょうがなく、「肩もんで~」と夫に頼んではイヤな顔をされてしまう今日この頃。

そうかいそうかい。

普通の飲み会に「えびす」とか「モルツ」とか、最近知りましたが麦芽100%になっていた(エライ!)「一番搾り」だとかがあったら、テンション高く嬉しい飲み会になるんだがなぁ、などとボヤキつつ、ま、でもせっかくだから楽しくやろうっと。







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by sanahefuji | 2014-04-28 12:50 | 雑記 | Comments(0)

ハレでもケでも


前のブログに、コドモが拾ってきたはいいけど袋に入れっぱなしでゴミみたいにほったらかされてたドングリを土に埋めてみたら、ニョキニョキと芽を出した、ということを書いたのですが、その記事がみつからないので、いつのことか分からないのですが、あの後、芽をだしたはいいが、これまたその状態でほったらかされてて、そのドングリ達は全然大きくなってなかったんです。ま、枯れてはいないけど。

それで、それをなんとかしなくては、とずっと言っていたら最近になって、夫が山で拾ってきたデカい竹を切って、植木鉢を作ってそれに植えかえてくれました。
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なかなかかわいいでしょ。

そして、これがまた大きくなったらどうするのか、ということも全く考えておらず、ただ単にコドモが拾ってきたドングリがゴミになってはかわいそうだから、という程度でここまできたのですが、もしかしたら「うとん山農場植樹祭」とかひそかにやってたりして。大きな木になったら嬉しいなぁ。

世の中には計画的に物事を進めていって、例えば移住するにしても農業するにしてもそれなりの資金とか計画があって、着実にやっていくヒトビトも多いのでしょうが、ワタクシ達は金も何も殆どなくて、その上ワタクシなどは引っ越してくる前に五島に一度も来たこともなくて予備知識すらなく、来てからもいろんなことはその時その時のギリギリの選択でやっている感じです。

そうこのドングリ君達のように、このままじゃまずいからなんとかしよう、そしたらこうなったからこうしよう、というように。でもまぁ、そうやって必要なことをやっているうちに周りのヒトビトにも助けられていろいろ出来ていた、という感じだから、それでよかったのかもしれません。

今週は家庭訪問が3回あったおかげで家が片付いて、今のところまだ秩序が保たれているのが嬉しい今日この頃。さてさて、これからパン焼き「かたしの台所」へ。同じようなことの繰り返しの1週間ですが、時々先週みたいにライブという「お祭り」みたいな日もあったり、「ハレの日」も「ケの日」もどっちもいい、と思います。
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by sanahefuji | 2014-04-25 12:26 | 雑記 | Comments(0)

五島よいとこ


昨日は、農協(JAというのが正式名称なんだろうか)のフレッシュ・ミズという組織の総会+新茶の釜炒り体験+昼ごはんというのがあって、珍しく部活が休みのハナも含めて子供達4人と一緒に行きました。

うちは一応農家である、と自分たちでは思っているのですが、農協に出荷していないので、他の農業者からはあまりそのように見られていないかもしれない、という懸念はあります。従って農協との接点を保つためにこのフレッシュ・ミズ(ワタクシも含めてもはやあまりフレッシュではないミズが大半なのですが)に参加して、バランスを取っております。

それは、今自分が住んでいる地域のヒトビトや「かたし」のヒトビトやお客さまたちとの付き合いでは見えてこない「五島」を見るための大事なバランスと位置づけております。ワタクシはもともと非常に世間知らずで思考及び嗜好が偏狭なので、できるだけそれを広げて柔軟になりたいと思っているのです。例によって、これも今年役員になったものの一つです。

今日の新茶の釜炒り体験は非常に勉強になりました。というのもワタクシは子供のころに見た、集落のバア様が外の竈に大きな平釜を乗せて、お茶らしきものを、分厚い手でしゃかしゃかと混ぜながら炒っていた風景をよく覚えていて、あれの行程はどうやってやるんだろうなぁ、とずっと思っていたからです。その詳しいやり方が分かってよかったです。家の畑の脇にお茶の木があったから、少しやってみたいなと思いました。ワタクシは昔からお茶が好きなのです。

ワタクシが農業研修生だった時代から知っていて、今も昔も「五島美人」とも言うべき顔立ち(実際五島は顔立ちが美しいヒトが多いのです)と激しく繰り出す五島弁のギャップが素晴らしく魅力的な方がおりまして、その方が久しぶりに見たわが家の長女のハナがあまりにも大きくなっているのにビックリたまげておりました。その方はワタクシ達が帰っているところを呼び止めて、おそらくその方も他の団体のヒトに呼び止められて、もらって食べるところだった焼肉を持っていけ持っていけ、とわが家の子供達に持たせてくれたりしました。

昼ごはんを「五島がうまい」で腹いっぱい食べた後にもかかわらず、車の中で肉をヨロコンデ食べる子供達。「食べ盛り」真っただ中でとにかく食べること食べること、消費税増税はやはりキビシイわが家です。でも、こうやって子供の小さい頃を知っていて、「持ってけ持ってけ」と言ってくれるヒトがいるってありがたいなぁ、と思います。ワタクシなどはまだまだコドモなので、その方のような懐の深いヒトに憧れます。

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そうそう昨日は、五島市の消防団の躁法大会もあったのでした。好むと好まざるとに関わらず、両親がいろんな組織に所属していて忙しいのは、子供達にとってタイヘンなこともあるけれど、そのおかげで「アレマ、こんなに大きくなって」といろんなヒトに言ってもらえるのかもしれないし、いろいろ気にかけてもらえるのかもしれないし、それは本当にありがたいことです。

でも、昨日ちょっとした世間話の中で、どうやら「子供は五島に戻って来なくていい」という意見が主流らしい、というのが分かって残念な気がしました。もちろん外の世界は見る必要があるでしょうが、こんなにいい環境なのにどうしてかなぁ、と思います。昔と違って今はネットもあるし交通機関も発達しているし、食糧やエネルギーの自給が可能な田舎に住んでいた方が、これからの時代は特に安心だと思うけどなぁ。ま、そういう話をしているのではない、というのはいくら世間知らずでKYなワタクシでも分かりますが。

ワタクシは本当にここの環境も、ヒトビトも魅力的だと思います。もちろん好きなところで好きなことをすればいいとは思っておりますが、ワタクシは子供達にも五島はおススメできます。

今朝もコータローと通う「かわのみち」は藤の花が花盛り、柿の若葉の色をした何かの木の芽や赤い色をした木の芽との共演が見事で、美しすぎるほどでした。畑にあったりすると、とびきりイヤなヤツに思える野バラも、関係ないところにあるのは花を愛でて楽しむのですが、その花がそろそろ咲き始めそうなのも嬉しいことです。

自然の色や形の美しさは本当にスゴイ。前にも書きましたが、→自然はオサレでオサレは自然だ いつも自然がお手本です。











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by sanahefuji | 2014-04-21 10:03 | 雑記 | Comments(0)

インド古典音楽の夕べ


昨年のライブから一年もたたないうちに、またまた「インド古典音楽」のライブが木曜日の「かたし」にて行われました。

リハーサル中のシタールやタブラの生演奏を聞きながら、片付けとかいろいろしていると、その音色が体に響いてきて沁みわたる感じ。もうホントに気持ちがよくなってきました。お客さんではなくて、スタッフという立場の醍醐味&特権ですな。BGMがプロの演奏家の奏でる音楽だなんて!「かたし」スタッフ冥利に尽きます。

本番は2本立てで、楽器の演奏+インド舞踏という構成で、昨年はなかったインドの笛(記憶力のなさに呆れるのですが名前を忘れてしまいました・・・)、これはインドのみならず、パキスタンや中近東あたりでも広く奏でられている木のたて笛だそうですが、その演奏もありました。この笛の音色はいかにも遊牧の民を連想させる感じで、ワタクシが大コーフンした牛ヤギ羊だらけのモンゴルの大草原をも思い出すような音色でした。乾燥した地域独特の響きのような気もしました。ここ湿潤の日本で、しかも大雨の夜の「かたし」を一瞬にして乾燥地帯への旅にいざなってくれる音色。あぁまた聞きたい!すごく気に入りました。

今回は、ちくちく隊(かわいい小物作りなどを教えて下さる2人・・活動については「かたし」にチラシがあります)で教わった紙で作ったお花などを舞台に飾ったり、今回「かたし」の美術スタッフがんばりました。ワタクシにはあまり飾る能力がないので、感心することしきり。

ワタクシのカメラではボヤけてばかりできれいに撮れなかったのですが、直登さんのブログにライブの写真がありましたので、よろしかったら見てみて下さいませ。→春の光九州ツアー  
他のところのライブも面白そうですね。いろんなところでいろんな面白そうなことをやっているヒトビトがいて、そんな中に「かたし」も組み入れてもらって本当に光栄なことです。

いいものを作り上げるために、みんながそれぞれの持ち場で自分の出来ることをやる、というのが最も分かりやすい形で現れるライブの活動は、こうして年に一度でもやると、みんなも楽しくて「かたし」もヨロコンデ、いいなぁ、と思ったことでした。

本当に「かたし」の建物は音楽が好きなんですよ。ライブの度に伝わってきます。

舞踏家のあみさんが、天と地につながって、大いなるものに動かされているように舞っていた感じ、あれ、音楽好きの「かたし」という建物に動かされ、働かされていること、にも少し似ているんじゃないか、と思いました。おこがましいかもしれないけど、そんな気がするのです。

そんなこんなで、本当にシアワセな夜でした。



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by sanahefuji | 2014-04-19 08:04 | 催し物等 | Comments(0)

検尿の思い出


新学期が始まって、春の恒例行事と言えば遠足とか家庭訪問などいろいろありますが、地味だけど意外とワタクシが新学期を感じる行事(?)の中には、「検尿」および低学年の「ぎょう虫検査」というものがあります。これがやってくると、あぁ春だなぁ、などと思ってしまうのですが、皆様はいかがでしょうか?

昨日、今日が小学生たちはその「ぎょう虫検査」、そして検尿の日でありました。

あのセロハンが入れられてある袋に「ぎょう虫検査」のやり方を説明してある絵があるんですけどね、キューピーちゃんみたいなのがお尻をこちらに向けてしゃがんでいる絵、これがワタクシ達が子供の頃と全く変わっていない、ということに一抹の感動を覚えるのはワタクシだけでしょうか。妙な絵と言えば妙なのですが、このように長い間変わってないと親しみが湧きますな。

そして、醤油差しのような検尿の容器も。

しかし、尿を取るための紙コップは大いに変わりました。

ワタクシ達の時代には、本当にただの「紙コップ」だったのです。一枚のやや丈夫な正方形の紙に折り線がついているだけのもの。これを忠実に折って、使用するのですが、これがただの紙である、という事実は何を意味するか。

水分を含むと時間の経過と共に弱くなり、最悪の場合、破れてしまうという危険を孕んだ代物なのですよ。何故、このように熱く語っているかと申しますと、かくいうこのワタクシが、その最悪の事態の経験者であるからに他なりません。

あれは、子供にとっては絶望的な失敗であった、とワタクシは、紙コップの底に空いた、白く小さいけれども明るく確実な穴と共に思い出すのであります。

あの醤油差しふうの容器の8分目あたりに線があるでしょう。厳然たるあの線の圧力がコドモのワタクシに、ほんの少し線まで達していないがために、また出してはもう一度ちゅー・・・と繰り返させ、その間に紙コップの底から全ては流れ出てしまい一環の終わり、ということになってしまったのでありました。

オトナならば、そんな失敗などたいしたことではない、とすぐに気がつくものですが、コドモというのはとにかく視野が狭いもの、応用も機転もなかなか効きません。しかも朝の時間は短く、学校に行く時間が迫っています。もはや絶対絶命、と思ったなぁ。

あの時はどうやって事なきを得たのか、学校に行くまでにもう一度尿意をもようしたんだったか、どうだったんだか。あの絶望感のみしか記憶にないのですが、多分なんとかなったのでしょう。

その教訓を得て、次回からは配られる紙コップは決して使わなかったワタクシです。では、代わりに何を使ったかというと、あの頃流行っていたプッチンプリンの容器です。間違っても、ぷちんと折ってプリンを皿に乗せた後の容器を使ってはいけません。紙コップと同じになってしまいます。もちろんそんなバカなことはするはずないじゃありませんか。人間、失敗から確実に学ぶのです。

さてさて、それで現代の紙コップはどうなっているかと言いますと、これが実に防水加工された紙で出来ている!のですよ。

子供が一年生になって、この紙コップを持って帰って来た時には感動を覚えたワタクシです。おお、これならば何回ちゅーちゅーやっても大丈夫!と。

ぎょう虫検査の袋といい、検尿の紙コップといい、妙なところで感動してしまうワタクシです。

ひょっとして、多くの子供達が穴を開けてはあの絶望感を味わったが故に、この防水加工の紙コップは生まれたんではなかろうか、などと考えると、たかが紙コップにも様々なドラマがひそんでいそうな気がします。そう思うと、やっぱり感動するけどなぁ。

ちなみに今朝、あの「醤油差し」がなくなった、と大騒ぎ、しかもオシッコを紙コップに取った後で、というハプニングがわが家では起こってましたけど、なに、ゆっくり探したって大丈夫、なにしろ防水加工の紙コップなんだから。

もちろんみつかって事なきを得ました。

今の時代のコドモでヨカッタ、という今朝の事件でありました。











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by sanahefuji | 2014-04-16 13:28 | 子供時代の思い出 | Comments(0)

「かたし」グループ、移住相談受け付けます!


今年、中学校のPTAの副会長になったワタクシ、新年度になって三役会議などに出席する機会が早速ありました。学校関係の会議などで必ず登ってくる話題と言えば「子供が少ない」ということです。

小学生も少ないけれど6学年あるのでまだいいのですが、中学生は単純にその半分になりますから、少なさがますます際立って、「たったこれだけ!?」と思うこと必須です。ちなみに、この地域の小学校の児童は43名、中学校の生徒が26名です。

このままでは「風前の灯」、だとワタクシでなくとも誰でも少し考えれば分かることです。だけど、厳しい現実からは目をそらしたくなるのもまた分かります。誰だって悲観的なことを考えるのはイヤだし、自分の家族の生活を支えるので精一杯で、特にそのために何かをするのは難しい、というより何をすればいいのか分からない、というのが実際のところではないでしょうか。

でもまてよ、とワタクシは思います。今のこの暮らし、ワタクシが本当に気に入っているこの暮らしは、地域社会がまだきちんと機能していて、学校が地域にあるから成り立っているんだなぁ、と思うのです。

この地域に越してきて12年の間に、小さな店が一つまた一つとなくなって、酒屋とかタバコ屋などがなくなり、歩いて行ける範囲に毎日開いているお店がなくなりました。農協の出張所もなくなりました。今、中学生のハナが小学校に入学した時、小学校の児童は60数名だったと記憶しています。

これからも子供の数がどんどん減っていって、この地域の学校が閉校ということになり、わずかにいる子供は街の方の学校に車で送り迎えしなくてはならなくなったり、あるいはスクールバスで通う、ということになれば、ここの地域は今以上に火が消えたように寂しくなってしまうと思います。子供が歩いている姿を殆ど見ることがなくなるのです。それはなんという損失だろうか、と思います。

ですからたとえば、人が少なくなって子供や若者がいない地域で、たとえば自分たちで完結するような自給自足の暮らしを確立して(そうそう出来るもんでもないと思うけど)、悠々自適に生活していたとしても、「それがどうした」あるいは「それでいいのか」という声が自分の中から消えることはないのではなかろうか、とワタクシは感じます。

国語辞典によれば、悠々自適とは「俗世間のことをはなれて、ゆったりと、自分の思うとおりに過ごすこと。」とあります。

自分はなんという天の邪鬼であろうか、と思うのですが、なんか胡散臭くてイヤな言葉と思ってしまうなぁ。俗にいう「田舎暮らし」にそのようなものを求めるヒトビトはあまりにも田舎のことが分かっていないと思います。

田舎暮らしもまた「俗世間にまみれて、忙しく、なかなか自分の思い通りにならない暮らし」であることに変わりはありません。しかも医療・交通・物・文化などなどに接するための選択の余地は圧倒的に少ないので、それをなんとかなる、と思えない方や、人間関係が煩わしくてあんまり人と関わりたくない、という方は、むしろ街暮らしをしていた方が無難です。しかし、不便なのはなんとかなる、それよりも自然の近くに身を置きたいと願うヒトや、特に子供をのびのびと育てたいと願うヒトビトにとっては田舎暮らしはいいですよ、と、おススメしたいと思います。

というわけで、これから「かたし」グループとしましては、特に「田舎で子育てをしたい」という方の相談に積極的に乗り出します!

といってもワタクシ達にはまだ力はそんなにありません。家とか仕事を斡旋する、ということはなかなか出来ません。ただ、相談を受ければ出来る限りの力、人脈を駆使して当たってみます。親身になって一緒に考えます。

家のことやいろんなことで地元のヒトとの橋渡し的なお世話をする、ということの大変さ、というのはこの10年くらいの間に本当に思い知らされてますが、それも承知の上でメゲることなくやり続けよう、と決意しました。いろいろと難しいのは百も承知。板挟みになるのは当たり前のことです。全ては「この地域に学校を残したい」という共通の目的のために「かたし」は動こうと思います。

ハルさんとも昨日話していて、「力を持ったオジサン達が動いてくれれば早いのになぁ」などというボヤキも出てきますが、でもボヤいても始まらないので、自分たちがどんどん動こうよ!という合意に至ったというわけです。

海が見えて景色もよく、ちょっとした畑もあるような空き家が3軒あるけど、そこには水道がきていないので、なかなか人が住めなくて、どんどん荒れていくのがもったいないけど、水道を引く、といったら大事業だからオンナの力では無理だしなぁ、とハルさんは言うのでした。

でもさ、これから地道に実績を作っていけば、いつかは例えば行政の予算がつく事業になるかもしれんし、ということで地道な一歩を踏み出さなきゃね。100件相談に乗って、一件でもうまくいけばそれでいい、くらいの気持ちでさ。だって何もしなけりゃその一件すらないんだからさ、と話したことでした。ま、でも実際にはもう少し確率は高いと思うけど。

粘り強く、諦めず、やっていきます。

「家族や仲間と過ごす時間」や「自然の近くにいる」こと、「子供が子供らしくいられる環境」「足るを知る暮らし」などに価値を見出すヒトビトには五島は本当に良いところです、ということはワタクシはハッキリと言えます。

そういうものを求めるヒトビトに来て欲しいなぁ。

ところで話は変わりますが、今年もまた「インド古典音楽」のライブやりますよ。
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当日券もまだ若干ありますので、4月17日直接来ていただいても大丈夫ですよ~。ぜひどうぞ!













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by sanahefuji | 2014-04-13 15:39 | 雑記 | Comments(2)

ギリギリ水曜日


先日の41歳の誕生日に、この一年の課題は、作物にかける時間をなんとか確保する、というようなことを決めたので、ほんの短時間でもなるべく農場に行くようにしています。

農場は家から離れているので、そういうふうに決意しないと空いた時間などは家の片付けとかなんとかしているうちに終わってしまうので。そういうことは、やりだしたらきりがない上に、苦手なことなので成果も上がらないので、ある程度は目をつぶって外に出る、ということが重要である、と気がつきました41歳です(遅い)。

今日は、ブルーベリーの根元に敷くため(乾燥を防ぐため)の杉皮を森林組合に貰いにいって、ちょっとだけ(ほんとにちょっと)だけ敷きました。
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このように。

ブルーベリーは今、花盛りです。
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お花見してもいいくらいキレイで可憐な花ですよ。

あ、マズイ、もうすぐ明日になってしまう!

明日は木曜日、わが家はノーメディアデーなんですよ。

月曜日に堂崎天主堂の近くの民俗資料館に行ったことも書こうと思っていたのに。また今度。ここには昔の暮らしの道具や農具などはもちろん、ひっそりと実に貴重な写真が飾られています。

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天主堂の中は撮影禁止ですが、こっちの民俗資料館の方は撮影しても良い、という許可を受付でいただきました。実は受付に座っているのはよく知ってる方なのですが、ははは。

その時にたまたまとある悩める方とご一緒して、いろいろ話を聞いていたのですが、ワタクシにはカウンセリング術というものがないので、どういうふうに聞いて、何と言ったらいいのかがいまいち分からなくて申し訳ない感じでした。そういうことも勉強できたら良いのですが。

しかし、人間って不思議。衣食住が足りれば悩みはなくなるのかと思ったら、豊かになっても深い悩みが次々と生まれるものなんだなぁ、と、お話を聞きながら思いました。

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姉さん、どうしてでしょうか、教えて下され。









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by sanahefuji | 2014-04-09 23:59 | 雑記 | Comments(3)

2014 春休み講評


春休みも終わって、今日は始業式&中学校の入学式です。

一年たつのが年々早くなっていくようで、夏冬春休みに何をした、とか、あの出来事はいつのことだったか、とかいうことがごちゃまぜになりがちなので、こうしてブログなどに記録しておくのは、自分のためにはなかなか役に立ちますな。

今年の春は卒業・入学のコドモがいなかったので、本当に(強調)ラクな春でした。2年前のハナ・サト卒業卒園・中学小学入学・コータロー生まれたて・アサ拗ねる、という怒涛の年を経験した身にとっては、まぁホントに平和で気楽で楽しい春休み、といったところでしょうか。

宿題や課題がたくさん、海にプールに、という夏休みや、クリスマス&お正月といったイベントが充実している冬休みと違って、平板な春休みは、子供達にとっては「ヒマ」らしく、毎日毎日ヒマヒマ言ってまして、そしてダラダラと漫画を読んだりしてましたけど、それにも飽きてヒマヒマ度の域値が限界に達すると、いろいろと動き出す、ということを繰り返していたようです。

わが家の場合は中学生&保育園児はそれぞれ単独、小学生の二人は常に一緒に行動、というふうになっておりまして、その小学生チームがヒマヒマ人間なのですね。で、ヒマヒマ度の限界に達していろいろやり始めた二人、ある時は本を見て「サシェを作る!」と言ってどこかから花びらとか葉っぱを集めてきて(人様の花壇から失敬したのかも・・・)干したりしてました。
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これは果たして完成するのだろうか、というギモンはありますが、ご丁寧にも可愛らしい布をピンキングばさみで切ったものまで用意してあります。

ある時は「釣りに行きたい!」と言いだして、満潮が朝9時だということで、朝6時半ごろから8時半頃までとーちゃん&小学生チームで釣りに行って、けっこうたくさんの、しかも割と大きいのもいくつか混じったアジを釣ってきた、ということもありました。
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大きいものは刺身にして、パン焼きの日の嬉しい昼ごはんになりました。アジの刺身がワタクシは昔から大好きです。

海の近くに住んでいると、都会、それも特に関東地方でマグロマグロ言ってるのがよくワカランなーと思ってしまいます。この辺りでも、そういう関東あたりに出荷するためのマグロの養殖が盛んになってきましたが、その仕組みを知るにつけ、マグロというのは周りに相当な負荷をかけて出来上がる食べ物だ、とつくづく思い知らされます。ま、それで雇用が生まれる、という側面もありますし、美味しいものを目の前にしてる時に、そんなこと考えるのも野暮でしょうけど、いろんな食べ物にそういう裏があるってことは、チラッとでも考える時が必要ではないでしょうか。

またある時は、産卵箱を作っているとーちゃんの傍らで、「りかちゃんの椅子を作る!」と言って、トンカンギコギコとやっとりましたが、これはなかなか立派な椅子が出来たようですよ。
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その後、気を良くして「ヒトが座れる椅子も作る!」とか言ってトンカンやってましたが、こっちはあっさり頓挫したらしいです。

春休みの最終日の昨日は、ワタクシは所属している合唱団が「福江教会小教区百周年記念コンサート」というのに出演するので、福江教会に行ってました。わが合唱団のほかにあと二つの合唱団が出演したのですが、シスターたちで編成された「コール・アンジェラス」という合唱団の歌が、もうホントに素晴らしいので、これは是非とも宣伝したかったのですが、もう終わってしまいました。残念。またの機会にはお知らせしたいと思います。

カトリックの信者さん以外はなかなかなじみがない世界かもしれませんが、このシスターたちのハーモニーはかなりレベルが高く、そしてまた邪念や我欲の少なさにおいては圧倒的で、それ故聞くヒトの心を洗うような歌声なので、信者さん以外にも、ぜひとももっと多くのヒトビトに聞いてもらいたい、と思います。

そして昨日は、聴衆のみなさまが、ホントに真面目そうなヒトビトばかりで、そうかこんないい天気の日曜日の昼に教会に来て歌など聞いているヒトビトは真面目には違いない、と妙に納得できて面白かったです。

それが終わって家に帰ってきたら、春の恵みのヨモギを子供達に摘んで来させて、試作の蒸しパン作り。とにかく今の時期は卵がいっぱいなので、かなりの卵を消費する蒸しパンはなかなかいい、ということになりいろいろ試しているのでした。
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子供達が面倒がってちょっとしか取って来なかったので、ヨモギが少なすぎた、と反省。次回はもっと緑になるように作った方が良い、ということになりました。でも、美味しかったですよ~ヨモギ&きなこ蒸しパン。

良い春休みでした。



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by sanahefuji | 2014-04-07 10:14 | 雑記 | Comments(2)