<   2014年 09月 ( 13 )   > この月の画像一覧

人は2歳児 月は三日月


度々このブログの中に登場することから、みなさまご存じだとは思いますが、わが家には中3、小5、小3、2歳の子供がおりまして、全員を見てきたワタクシが、最も面白いと思う年齢は断然2歳の頃だよなぁ、と思うのです。

2歳の頃の子供達の言動は本当にみんな面白かった、そして今まさに2歳児のコータローは面白い、と思います。

1歳ではまだ少しこころもとなく、しかし3歳だとけっこうしっかりしてくるので、だんだん「普通」になっていきます。

今日の夕方のこと。

保育園に歩いてお迎えに行ったので、コータローと相談して「川の道」を通ろうか、ということになりました。

その川の道の途中で、川が浅いところがあるので、そこに降りて水でちょっと遊んで行こうか、ということにもなりました。

最初、手で水をパチャパチャやっていたコータロー。

「せんたくする」と言って、Tシャツを脱いで、それを川でザブザブ洗い始めました。手を離すとTシャツが流されそうになって、おっとっととワタクシが追いかける、なんていう場面もありましたが、それを学んだコータローは、シャツを離さないように気をつけながら、慎重に「お洗濯」を続けていました。

そして、そのTシャツを石の上に置いて洗濯を終了すると、今度は黙ってTシャツの下に着ていたランニングシャツを脱いでザブザブ。

その後すぐにズボン、そしてパンツまで!

一つずつ脱いではザブザブし、とうとう裸んぼになって川で洗濯を始めたコータローでした。

なんでかなぁ?

でも上手に洋服が脱げるようになったことにまず感心し、その迷いのない態度にも感心したワタクシでした。

夕方に裸んぼで川に浸かったりして風邪でもひかせたらどうするの!

とか、

裸でウロウロさせるなんて!

とか言われたらどうしよう、などと人の目を気にしないところで子育てできるってことは、シアワセなことかもなー、と思ったりしました。

でも、歩かせるのはナンだから、オンブして帰りました。

「ひがんばなだねー」

と、朝に覚えたばかりの花の名前を背中から一所懸命教えてくれるコータローでした。





[PR]

by sanahefuji | 2014-09-29 23:39 | 家族のこと | Comments(4)

農地調査はじめ


今年の8月から農業委員になって、9月と10月に全国一斉の農地調査がある、と以前書きました。

これは、農業委員一人一人が担当地域の農地を回って調べる、というものなので、当然ワタクシにも割り当てがあります。ただでさえ行事が多くて大変な9月と10月に、この宿題はあまりにも重いので、とうとう殆ど手つかずのまま9月も終わりそうになったので、このままではマズイ!と、今日2時間くらいかけて回ってきました。

ところが、その2時間では地図の一枚も終わらない、ということが分かりました。地図は13枚もあるのに・・・ひえーどうしよう!!と、にわかに青ざめておりますワタクシです。

もっと早く着手するべきでした。

でも、これからがんばるしかない!そうだ、やるしかない!

しかし、人の農地を回ったり人の家を訪ねて行って聞いたり、というのが堂々とできる、という意味では農業委員はワタクシにとってはかなり面白い仕事です。

なぜなら、ワタクシは子供の頃から「庶民の暮らし」というものが一番の関心ごとであったからです。殿様とか武士とか貴族とか、歴史の表舞台に出てくる人間よりも、その時代ごとの無名の普通のヒトビトの暮らし、というものにすごく興味があったので、その延長で現代においても、ヒトビトの普通の暮らしや農地の様子などを見るのは、とっても面白い、と思います。

ただし、どこの田舎でもそうですが、耕作放棄地はどんどん増えている、というのが、今日の2時間だけでも実感として迫ってきて、それはやっぱり切なくて悲しい現実です。

2年前、こんな実りの風景だったこの田んぼ→暮らしの中の歌 も、今年は荒れて乾いた草が生い茂る、寂しい風景になっていて、胸が痛みました。

数年前まで、電話がかかってきた時には、わが家の卵を配達していた一人暮らしのお婆ちゃん宅も、お婆ちゃんが施設か子供さんのところに行ってしまった後は荒れ放題になっていて、いつの間にか家に行くための道には茨が生え、家は鬼気迫るような怖い感じさえして、お婆ちゃんのお友達がいつも寄っていて、賑やかで楽しそうな家だっただけに、これまた胸が痛むのでした。

そして、いろいろ見るにつけ「片付けは若いうちから」ということを思います。

というわけで、「かたし」を引き払う日も刻々と迫っていることから、家の片付け、物の始末、ということもどんどん進めておりますワタクシです。

普段は行くこともない場所で、思わぬ素敵な道をみつけたり、素敵な暮らしを目にしたり、反対に荒んだ光景を目にしていろいろ考えたり、と、これはワタクシにとっては単なる農地調査以上に学びをもたらしてくれる仕事です。

というわけで、重い宿題ですが、愚痴を言わずにガンバルゾー、えいえいおー!


[PR]

by sanahefuji | 2014-09-29 15:11 | 農業 | Comments(0)

2年ぶりに熱が出た


今の時期、毎年ここの地域では「ペタンク大会」なるものが盛大に行われておりまして、その大会というのが、参加するヒトビトが「ペタンク」の競技を楽しむことはもちろんですが、最後に抽選会があって、上位入賞しなくてもいろいろな景品が当たる、ということでも楽しみな大会、ということになっております。

その景品というのが、地元の漁師さんとかお店、事業者などなどからこの大会に寄付される商品なのですね。

昨年参加したワタクシは、地元出身のお菓子屋さんの商品券、という嬉しい景品が当たりましたし、今年参加したハナはなんと伊勢海老を当ててきました、というように。
b0317003_06195369.jpg

それで、わが「かたし」からも毎年景品を提供しているのですが、中身はハルさんの焼き物、ユウさんからは健康グッズの絹の5本指靴下など、そして「うとん山農場」の新米&ブルーベリージャム、などなどを人数分(ペタンクは3人でプレーしますが、補欠の分も入れて4つずつ)、という地味ながらなかなか堅実な(?)景品を提供しております。

で、その景品を準備せねば、と思ったら、生憎ジャムが品切れだったので急いで作らねば、と思って作っていたのが先週の週半ばの夕方のこと。

「かたし」の台所でブルーベリージャムが出来上がって、さて家に帰ろう、としたら、何か急に目まいがして頭がぐるぐる回るような感じがしたので、何事かと思ったら、熱があったのです。

前の冬もその前の冬も確か熱も出なくて風邪もひかなかったので、この前熱が出たのはいつだったっけ、と考えたら、全く同じような感じで(晩御飯を作っていて、あと一品で出来上がるというところで急に具合が悪くなってなんだろうと思ったら熱があった、というように)熱が出た、ということを2年前の全く同じ時期にブログに書いていました。

一体どうして、こう急に熱が出た、という展開になるのか、あるいは気がつかないのか、分かりませんが、おそらく重大な病気であってもワタクシの場合「気がついたら手遅れだった」とかいう感じなんじゃないか、と思ったことでした。子供の頃からのヤセ我慢体質なのです。

2年前も今時期、ということは多分、今時期が忙しすぎるからなんだろう、ということは分かっていても、なかなかどうすることも出来ない、というのが現状です。

でも、その後2日はさすがに少し用事を休んだり減らしたりしましたが、とうとう丸一日休む、ということも出来ないまま、「かたし&保育園の運動会」という土曜日(昨日のことだけど)に突入。昨日の朝は、かたしの準備と運動会の準備とで、殺気立っていたわが家でした。

くらくらしながらパンを焼いたり、あータイヘンだったー。

でも、それも無事に終わって、体調も回復したのか、食べる物が美味しく感じられるようになりました。保育園の運動会も面白かったです。



b0317003_07251780.jpg
ぜんぜん体力に自信はないワタクシですので、ヤセ我慢体質と気力のみで息も絶え絶え、身を削りながら、行事続きの秋を乗り切っております。でもまぁ、それで寿命が縮んだとしても、ヤセ我慢体質だったおかげで、無理してでもいろいろできたなぁ、と後から思えるような気もしている今日この頃です。







[PR]

by sanahefuji | 2014-09-28 07:56 | 雑記 | Comments(2)

マダガスカルの海老


先週の金曜日がアサの誕生日だったのですが、金曜日は忙しいので誕生会は昨日の夜になりました。

わが家では、誕生会の時に食べたいものを、誕生日のヒトが決めることができます。

アサのリクエストは、「長崎の『夢彩都』で食べたパスタと、ケーキじゃなくてカボチャのパイがいい」とのこと。

「夢彩都」で食べたパスタとは、今年の夏の大分行きの時のこと、五島に帰って来る日の午後に、長崎の港近くのショッピングセンターの中にある、ピザとパスタのお店に入って、たった一皿だけ頼んだパスタのことでした。

その日は昼ごはん時は電車の中で、オムスビとかパンとかお菓子とか食べていたので、遅い昼ごはん兼オヤツ、ということで、ピザを一つ、パスタを一皿、チョコレートパフェを二つ頼んだのですが、この選択は失敗でした。みんなピザとかパスタをガツガツと食べるけれど、チョコレートパフェは二つも入らないのです。こんなことならチョコレートパフェを一つにして、パスタを二皿にすればよかった、と未だに語り草になっております。

で、そのパスタがとっても美味しかったから、それがまた食べたい、というのがアサの願いなのでした。

まだそんなに遠い昔のことでもないので、味も見た目もだいたい覚えていますが、名前はすっかり忘れたし、パスタにも詳しくないのでトンと分かりません。それで、多分こんな感じだろう、というようなものを作ってみました。

そのパスタは殻つきの小さな海老が入ってました。クリーム系だけど、ほんのり赤かったような気がするので多分トマトも入っているのではないか、あの味はきっと海老のダシを使うのに違いない、と早速お店でトマトと海老を買ってきました。

前に書いたことがありますが、わが家は正月でも海老は買わないので(その理由も前に書きましたが、学生の時に見た雑誌で日本人向けの海老の養殖で東南アジアの環境が破壊されている、という衝撃の記事を読んで以来、海老を前にすると悶々とするようになってしまったからです)、本当に特別なことです。

昨日買った海老には「マダガスカル産」と書いてありました。マダガスカルの海老はどうやって養殖しているんだろうか、大丈夫なんだろうか、とかなんとか考えて、そして今もいろいろ調べてみたりしていました。遠い遠い国からやって来た海老を食べるなんていうことは、本当に贅沢で特別なことなんだよー、と子供達には知って欲しいと思って、これはマダガスカルの海老なんだよ、と言って地図を持ち出して場所を確認してみたり、どうやって捕っているのかな、あるいは養殖なのかな、すごい遠くから運んで来るんだねぇ、などなどと一人で喋っていたのですが、誰も聞いていなかったような気もします。でも、いつか気付いて欲しいと思います。

それで、出来上がったものがコレ。
b0317003_19580666.jpg
味は限りなく夢彩都のに近かった、と自分では思います。おいしいおいしい、とみんな食べていたので大成功!なにしろマダガスカルからやって来た海老を使ったんだからね、としつこいのですが、美味しかったのでヨカッタです。

そしてデザートはカボチャのパイ。かなりコテコテメニューですな。
b0317003_19584725.jpg
こちらは限りなく近いところでとれた材料で出来ております。カボチャは家の近くの畑、小麦粉も五島産、バターも国産なのは間違いない、カボチャのクリームに入れるレモンの皮と果汁は鶏小屋横のレモンの木から、などなどといったように近場のもので作ることが出来たので、マダガスカルの海老でかなり大きくなったフードマイレージ(食料の輸送距離)を少し縮めたぞ、よしよし、と少し安心したワタクシです。

そうそう、この時は紅茶も五島の紅茶でした、よしよし。

何かを食べる、という行為は世界と直接つながっているので、とってもいろいろなことを考えたり、感じたり、するものですが、何はともあれ、美味しいものが食べられるのは嬉しいことですね。









[PR]

by sanahefuji | 2014-09-22 23:01 | 食べ物 | Comments(0)

かたし あと18回


あと19回だった土曜日開店「かたし」が今日終わって、あと18回になりました。

野菜コーナーは夏の名残と秋の始まりが同居しています。
b0317003_21372807.jpg
新米の量り売りコーナーが、一足早く引っ越しした精米機を置いていた場所に出現し、
b0317003_21395649.jpg
蒸しパンはブルーベリーからカボチャに変わり、
b0317003_21403468.jpg
先週の長崎土産、「かたし」にワタクシが買ってきたのは、
b0317003_21410895.jpg
「Afternoon Tea」の秋限定商品ラ・フランスの香りの紅茶です。この箱にマッチがぎっしり入っていたら素敵だなぁ、などと思いましたが、何故これを買ってしまったかというと、ワタクシは紅茶が好きなので、いろいろな紅茶が売っているコーナーに引き寄せられて、手にとって銘柄などを見ていたら、おそらくこの会社の社員の採用条件の重要な項目の一つではないか、と思ってしまうような清楚な感じのする女のヒトが小さな紙コップが乗ったトレイを手に近づいてきて、ワタクシに試飲を勧め、「こちらは秋限定、ラ・フランスの風味の紅茶です」とかなんとか言ってニッコリした(ような気がした)ので、ハァ、とかなんとか言ってワタクシは買ってしまったのでした。単純な客です。

ワタクシは実はフレーバーティーはあんまり好みではなく、何も香りがついていない紅茶の方が断然好きなのですが、お姉さんが可愛くて、そしてこの箱も可愛かったので、満足です。「かたし」でも好評でしたし。

売り子さんや箱が可愛い、というだけで買ってしまう客(ワタクシのことだけど)は浅はかだけれど、それが現実なのだ、と深く感じました。

だから、わが農場の製品も、そういう戦略でいくしかない、とその時は強く思ったものです。

b0317003_21392018.jpg
しかし、冷静になってみると、それはやっぱり虚構のような気がしてきました。でも、虚構もなければ人生はつまらないかもしれない、とも思いました。

「うとん山農場」の中身がもっともっとしっかり充実してきたら、そういうの(可愛い売り子さんってことじゃなくて、買って嬉しくなっちゃうような商品作り)、いいなぁ、と夢が広がっています。


[PR]

by sanahefuji | 2014-09-20 22:30 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

昨日、一昨日のこと


火曜日。

夕方6時半から学校で、とある行事の説明会があり、いつもだったら車で行くところを、なんとなく歩いて行きました。

帰る時には真っ暗になっていましたが、来た時と同じ、川の傍の小路(こみち)を通って帰りました。

その小路は、「かたし」の建物の裏に通じている路で、近くまで来た時に、灯りがともった「かたし」から三線の音が漏れ聞こえてきました。「あ、今日はカンカラ三線の練習の日なのだ」と思いました。

辺りは闇、室内の暖かい色の光を映した障子と木の縁側、少し開けた窓から漏れてくる三線の音。

この建物がまだ「かたし」ではない頃、裏にはサッシの窓がなく、いつも閉め切っていた雨戸が、時々換気のために細く開けられていた時に見えた、その縁側の姿にときめいて、立ち止まって長いこと見ていた時のように、その夜もワタクシは少し立ち止まりました。

数歩進んで、建物の横に近づくと、月の下の海に細かい波が金色にさざめいているように見える、すりガラスの窓2枚に、ヤモリがそれぞれ1匹ずつ平行四辺形の縦の辺の角度でくっついていて、見ていると片方だけがその角度を変えずに上に移動していきました。

これはこのまま映画に撮れそうじゃないか、こういう場面がある映画はいかにもありそうじゃないか、と思ったことでした。

うーん、でもどんな映画?


水曜日。

先週の土曜日に「高石ともや トーク&ライブ」に行って、73歳の高石ともや氏が昔の艶のある豊かな歌声のままだったことにドエラク感激したワタクシは、もし仮に自分が70歳くらいまで生きられたとしたら、その時まで歌えるようでなくてはならぬ、と思ったので、スポーツはキライだけどワタクシも体を鍛えねばならぬのじゃ、と急に思い立ったのです。

だからといって氏のようにフルマラソンとかましてやトライアスロンなど目指すわけではありません。なぜならワタクシは走るのはキライだし、トライアスロンしようったって、だいたい泳げないんだから。

いや、泳げないことはないのです。子供時代は海で毎日泳いでいたのですから。海の近くでいつも泳いでいたヒトに聞きたいのですけど、多分みんなクロールで長距離泳いだりなんかしなかったでしょう?

平泳ぎが出来れば十分。あとは水中メガネで海の中を見たり潜ったり、堤防あるいは飛び込み台から飛び込んだり。そういうのが主流です。

ではどうやって体を鍛えよう。金がかからないことも重要です。マラソンなんかするとシューズなどもいるし、人目にもつくことから見栄を張って着るものなんかにも金を使ってしまうかもしれないではないか。

というわけで、場所も移動せず気軽に出来る縄跳びをすることにしました。縄跳びは120円でしたので、貧しいワタクシにはうってつけです。2.3個壊れたって平気でまた買えます。大人なんだから。

昨日も今日も夕方6時半から話し合いで、夕方に時間がとれなかったので、夜に合唱の練習から帰ってきてから縄跳びを始めました。

情けないことに50回も続けて出来ない、ということが分かって愕然としました。足が引っかかってしまうのです。

100回を5回以上、とか思っていたけど、50回を5回くらい、というところから始めようと思いました。

昔は30分くらいの持久飛びもできたんだがなぁ。昔すぎて何の自慢にもならないことです。

こうしてブログなどに書いておくのは、3日3週間3か月坊主にならないためです。

今年の目標(コータローと歩いて保育園に行く、家計簿、トイレ掃除などなど)も、まぁまぁなんとかゆるゆると継続できているのは、やはりここで宣言しているからかも、と思えば、くだらないことを書くのもなかなか悪くないのではないかしら。

b0317003_00423963.jpg
色がキレイだ。










[PR]

by sanahefuji | 2014-09-18 00:43 | 雑記 | Comments(0)

出張も陽気に行こう


金曜日は出張で諫早に行きました。

なんで出張などがあるかと言いますと、この8月から農業委員になったので、その関係です。

今回は「農業者年金加入推進特別研修会」というのに参加するためでした。

ウーム、ワタクシなどがこういう研修会に参加するのはおかしなもんだ、と思うのですが、農業という業界は超保守的な業界なので、女性がとにかく少ないんですね。実際の農業の仕事の面では女性の力が大きいのに、こういう役職は殆どが男性です。それで、農業委員の中でも加入推進部長などという特別な役職なヒトビトの他に、ただ単に女性農業委員というだけで招集がかかったりするわけです。

ま、女性農業委員の中身までは問われない、というわけですな。

せっかくの機会ですから行ってきました。会社勤めなどをしたことがないワタクシにとっては、いろんなことが社会勉強になります。

それから今回分かったことは、男のヒト達って基本個人行動で、電車の時間までに駅前何時集合、懇親会はどこに何時集合、というのだけ決まればあとはさーっと一人一人で行動するので、それがものすごくワタクシには楽で性に合っているし、何よりも農業という共通の話題があるので男のヒト達の中にいても特に困ることもありません。

ワタクシ自身は未だに、私は農業者です、と胸を張って言える程の仕事ができていないのですが、こういう会合などで、ごくまっとうな農業者の方々と会ってお話をしたりすると、あぁ自分もやっぱりまっとうな農業者になりたい、という思いが湧いてきます。

だから、やっぱり参加してよかったなーと思いました。

そして、今回は夕方まで会合があったので金曜日は泊まり、ということになっていたのですが、最初にその研修会の行程が9月12日一泊二日、というのを見た時に、ナヌ?と思ったのです。

けっこう前からラジオで、NBCのシニアフェスタというイベントの中で「高石ともや トーク&ライブ」がある、というのを宣伝していて、ひょっとしてそれが9月13日(土)ではなかったか、と思って確認してみたら、やっぱりそうだった!

まさか、そのためだけに長崎に行けるほど余裕がないけど、この日程なら行くことが可能ではないか、いや、行かねばなるまい!これはやっぱりアレですよ、なんでもちょうどよくうまいこと事が運ぶ神様がついている、というアレですな。単なる偶然でもそう考えるとありがやありがたや、という気がします。

というわけで、行ってきました「高石ともや トーク&ライブ」。

しかし、「シニアフェスタ」ですからね、やはりワタクシは自分の年が20年ぐらいはズレている、ということに改めて気がついたのですが、なぁにそんなことかまうものか、本当に久しぶり(山形にいる時以来だから10数年ぶり)の高石ともや氏のライブは本当に本当にヨカッタ!!!!!

氏は御年73歳とのこと、確かに髪は昔のようにまっ黒ではなくなっていましたが、その声の張りや艶、声量などは健在で、やっぱり歌がうまかった!心に直接響く歌声で、感激のあまり涙が出ました。

トークの中で、亡くなる2,3か月前の小沢正一氏とたまたま2人になった時、小沢氏が、高石クン、俳優は「語(かたり)」が大事だよな、ごんべんに「吾(われ)」の方じゃなくちゃ、でも今は、ごんべんに「舌」の「話(はなし)」の方ばっかりで、そっちじゃ心に届かないんだよな、君の歌は「語」だよ、というようなことを言われた、と言っていて、本当にそのとおりだ、と思いました。

表面的に歌が上手でも心に響く歌が少ないのは、そのせいなんだと思いました。

それから何といっても体力。なんだかんだ言っても、「語(かたり」つまり自分の思いを歌で伝えるには、体力によって支えられている技術があるからこそなのだな、と。

高石ともや氏は、トライアスロンとかマラソンの分野でも先駆者で、それで長いこと鍛えているからでしょうか、声も衰えないんだ、人間の能力ってスゴイなぁ、と思ったことでした。

体を鍛えて、柔軟な心でいれば、自分の才能を枯らさないで、こんなふうに素敵に年を重ねることもできるんだなぁ、スゴイ!スゴ過ぎる!!と、とにかく感動してばかり、笑って泣いて、いっぱい元気をもらいました。

というわけで、「あと20回」の貴重な「かたし」の店番を一回休んでしまったのですが、モリモリ元気になって帰ってきました。

そんな高石ともや氏も、実は3年前に奥様を亡くされて、2年ぐらいはどうしても元気が出なかった、とおっしゃっていました。3年たってやっと元気になりました、と。

大腸ガンの末期だった奥様との日々、この歌がテーマソングでした、と最後に歌ってくれたのは定番の「陽気に行こう」。

原題は「Keep on the sunny side」で、「陽気に行こう」の元歌を歌っているアメリカの女の人達の歌と高石ともや&ナターシャセブンを聴き比べ、というのがあったので、ここに貼り付けてみました。

人生や世の中には本当にいろんなことがあるけど、イヤなことや苦しいこと、辛いこと悲しいこと、理不尽なこと、汚いこと、から目を背けるわけではなく、そういうことも見据えた上で、「sunny side」に自分を置く、ということ、明るく生きていこうとする、ということの大切さを思い出させてくれました。

高石ともや氏、ありがとう!

出張ありがとう!

b0317003_22401646.jpg
今回のお土産、三姉妹には靴下とレギンスパンツなど(前に確かアサが欲しがっていたので)、夫には靴下、コータローにはコレ。実は自分が欲しかったんです!?






[PR]

by sanahefuji | 2014-09-14 15:59 | 雑記 | Comments(0)

嬉しかったこと


ただいま麹待ち中。

先週は丸一日かかりましたが、今週はもう少し早くなりそうです。先週に比べるとピカピカの晴れの日で、日中が暑かったからでしょう。

自然のペースで事を進めると、時に忙しくてバタバタすることがあっても、心は何も乱れずに清々しい気分で順調に進められます。

ワタクシは現代社会の価値観とかスピードとか、集団になじめないことが多いので、そういうのに無理につきあって合わせてばかりいると、チグハグな事態になってなんだか疲れたり、自己嫌悪に陥ったり、ということがよくあります。かといって、そういうこと全部をバッサリと切り捨てていくわけにもいきません。そういうことの中には自分のためというよりは、子供や家族のために必要なつきあいだったりもして「社会的な仕事」という側面もあるので、気が進まないながらもやらなければならないこともあるのです。でも、もう少し整理したほうがいいな、と最近は特にそう思っています。

そんな中、今日とっても嬉しいことがありました。

それは、先日から気になっていた猛禽のあの「ミサゴ」が随分と元気になって、少し飛べるようになっている所に今朝出会ったのです。川沿いに住んでいるヒトが保護して餌をやっていてくれていたのでした。

ワタクシはずっと気になっていながら何も出来なかったのですが、そのヒトは恐る恐る近づいて、川から引き上げて、その後肉とか魚とかを与えてみたそうです。

そしたら食べて、随分と回復しているようでした。美しい翼を広げて、少し飛んでいました。まだ低くしか飛べなくて、カラスにちょっかい出されたりしていましたが、このまま元気になれば、もっと高く飛べるようになるかも、と思えました。

昔の自分だったら、こんなふうに弱った鳥などいようものなら、何より先に行動せずにはいられなかったはずなのに、今の自分はそれこそあまりにもたくさんの用事を抱えていて、後回しにしてしまっていました。それがとっても後ろめたくもあり、また、悲しくもありました。捨て犬捨て猫、ケガした鳥などなどなんとかしようと餌をやったり世話したり、そんなことばかりやっていて大人の手を煩わせていた自分が、こんなに変わってしまった、ということが。

中学生の時は、ケガをしたトンビをけっこう長い間世話をしたけど、結局死んでしまった、ということもありました。

だからこそ今朝、飛んで出てきたミサゴに会った時の嬉しさといったら!

よかったなぁ、と思って。

そのヒトにお礼を言わずにはいられませんでした。

本当によかった!









[PR]

by sanahefuji | 2014-09-09 10:48 | 生き物・自然 | Comments(0)

醤油も出来た


バァの味噌の第2弾、無事に仕込みまして、あとは明日、麹の花が咲いたら塩を混ぜて、ひたすら混ぜるのみ、です。

第1弾の方は、それぞれの愛好家のヒトビトのおうちで味噌になってきていることと思います。わが家に残った5キロほどのが、木の桶の中で既に味噌になってきておりますのでね。

そして、新米もとれて、ありがたいことに注文を次々に頂いて順調に売り出しております。今年は昨年に比べると、ずっとたくさん売ることが出来そうです。

無地の米袋か、去年ホームセンターで求めた素朴な稲の絵が描かれた袋があるといいなと思って同じホームセンターに行ったところが、こんな暑苦しい袋しかなかったです。妙に熱いオジサンを連想させるような袋じゃありませんか?
b0317003_23224971.jpg
なんでもかんでもネットで買うのは気が引けるのですが、やっぱり素朴な無地の袋が欲しいのでネットで買うしかないかなぁ。ちなみに農協で売っていたのは、小窓つきで中の米が見えるタイプのもの。これもどうもね、小窓いらないんですけど、という感じなので。

そしてそして、ナント昨年仕込んだ 醤油も出来ました!
b0317003_23285874.jpg
早速、今晩の料理に使ってみました。どうも九州の味ではない醤油になりました。つまりキリリと辛いのです。でもちゃんと醤油の味で、おいしいです。今はまだ色が薄いですが、置いておくとだんだん濃くなるそうです。

1年って早いですね。

1年前の日記を読んでみると、意外といろいろ進歩しているところもあるじゃないか、ということに気がつきます。

今年は夏休みの最終日も慌てなかったし、味噌作りも余裕で2回できてるし。

もちろん失敗もたくさんしますが、出来てることもある、というのもちゃんと自分で確認すると良いのだな、と思いました。

今夜は中秋の名月。

みんなで眺めました。

コータローは昇ってきた月を見て、足を地団駄踏むようにして喜びました。

子供の肌を照らす月の光を見ると、また月のお話でもできそうな気がしてきますね。

豊かな秋です。







[PR]

by sanahefuji | 2014-09-08 23:52 | 雑記 | Comments(0)

9月6日のこと


ようやくいつもの9月らしい残暑が戻ってきました。

わが家では「バァの味噌」第2弾を朝からやっております。

先週は連日のジメジメ天気の合間だったので、慌ててやりましたが、今週は用事が押している関係でこれまた今日明日しかできない、とまたまた慌ててやっております。

ここにきて、いろんな役を引き受け過ぎて回らなくなって、あちこちにボロが出始めている感があり、ちょっとマズイです。

その一つが、数日間電話が使えなくなっていたことすら気付いてなかった、ということ。

土曜日の夜、子供達の合唱団の打ち上げがあって、その帰り、迎えに来てもらおうと家に電話をすると「お客様のご都合により・・・」などというアナウンスが延々流れるばかり、「ガーン!」。

その時初めて電話が通じなくなっていることを知りました。

慌てて料金を払いに行ったのでもう大丈夫です。ここ2~3日通じなかったみたいでスミマセン。週末は常にバタバタしていて家にいないことが多いので、電話というものを使ってなくて気がつくのが遅れたようです。2人ともケイタイも持ってないし、どうもワタクシ達は夫婦そろって「時代が違う」ようなので、それで迷惑をかけているかもしれないのだな、と思いました。昨日、わざわざ連絡事項を家まで言いに来て下さった方もいまして、本当に申し訳ないことです。

時代が違うというか要するに「時代遅れ」なのですが、この頃まわりを見渡してみると、同じ世代でこのように「時代遅れ」ているヒトというのはホントに少ないんだな、ということに気がつきました。今頃気づいたわけでもないですが。

だから、二人して友達も少ないと思います。まぁでも少ないながらもいい友達がいるので、特に困ることはないのですが、そういう友達がいなくなっていくのはやっぱり困りますね。

土曜日の夜のこと。

その日は「かたし」も繁盛して楽しくてヨカッタヨカッタとホッとして、夕方からワタクシと子供達は合唱団の打ち上げに行って、それこそ電話がつながらないというハプニングはあったものの、なんとか便を頼んで家に連れて帰ってもらい(パン2個でスマンスマン、また何か埋め合わせしますだ)、そんなこんなでその夜はわいわいと楽しい一家団欒、という時のことでした。

玄関の扉が静かに開く音が聞こえました。

時々お隣の「いくんばん」がそうやって入って来ることがあるので、その時もそうかな、と思いました。

それで「こんばんは~」という声が聞こえるのを待っていました。

ところが、何も聞こえません。さらに不思議なことに、見てみると玄関の扉は閉まったままなのです。

みんなその玄関の扉が開く音を聞いていたので、「なんだなんだ」という感じになりました。

そしたら夫がおもむろにコップを二つ持って来ると、その二つともに焼酎を注いで飲み始めました。

「オキノが入って来たんじゃろ」と言って。

その日は夫の親友オキノの命日だったからです。

夫とオキノは大学の山岳部で知り合ったそうです。どこかの山の山頂で一緒に写った写真が、わが家の祭壇に飾られています。

そう言えば、その日は「かたし」でも山の話題が出たりしたっけ。

あの不器用なオキノは、そうやって忘れられないようになんとなく主張していたのかもしれません。

そう考えると、なんだかおかしくなって笑ってしまいました。

忘れるわけないのに。

あーあ、姿が見えないのが残念です。

おーいオキノ、また来いよー!





[PR]

by sanahefuji | 2014-09-08 12:21 | 雑記 | Comments(0)