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第7回 うとん山農場田吾作部会 会員募集のお知らせ

昨日は小中学校合同の歓迎会がありました。

これについて、しばらく書いたところで、停電、文章が全て消えてしまいました。

ナンテコッタ!

また書くのもアホらしいようなことです。

昨日はキライなドライをなんとか美味しく飲むには労働だ!とばかりに昼間にガンガン草を刈って夜に備えたのが、逆効果、疲れからかすぐに酔っ払って眠くなってしまいました。

それに、大勢の飲み会では緊張するのでとにかく勧められるままに飲んでヘベレケになり、今日はお決まりの二日酔い。やっぱりアホです。

まぁでも、最初にたまたま隣に座っていたおとーさんとの話の流れから今日魚がもらえることになり、刺身大好きな子供たちにとってはヨカッタことでした。
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それにしても昨日の歓迎会は面白かったです。おとーさんたちや男の先生たちの間で腕相撲大会が始まったりしてました。普段は見られないいろいろな光景に、人間って面白いなぁ、と思います。そして、子供達はやっぱりいい学校に通っている、と思うのでした。

しかし今日は気分は悪いし頭は痛い、思考力もゼロだったのですが、今週の土曜日から申し込みを始める「うとん山農場田吾作部会」の会員募集チラシを書かねばならぬ、というわけで、なんとか出来ました。
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この春のお片付け週間の時に「うとん山農場」付近の航空写真のコピーが出てきました。これが、なぜここにあるのか、どこでもらったのか全く覚えていなかったのですが、それは田吾作部会の田んぼも、その周辺も全て美しく耕作されている時代のものでした。

しかし、ワタクシ達が来た頃にはその殆どが荒れ果てていました。そして今また、この航空写真の頃にほんのちょっとずつ近づいています。
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というわけで、今まで適当な図であったのをこの航空写真をもとに書きなおしました。

うとん山農場で田んぼを楽しみたい、という方、今週の土曜日から申し込み開始です。

うとん山農場田吾作部会、今年もどうぞヨロシク!



by sanahefuji | 2015-04-29 22:35 | 「うとん山農場」のこと | Comments(0)

明るい農場


今日は久しぶりにブルーベリー畑の作業をしました。

白状しますと、春先にあまりにも様々な用事があって、剪定は途中までしか終わっていないのに、もう花盛りになってしまったので、途中で断念しました。

そして、今はもう花も終わりごろです。
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そんなわけなのですが、草刈りはナントいつもの1か月以上も早く始めました!だいたいいつも草丈が腰くらいまであるような、ひどい状態になるまで放っておいて、草刈りが大変なことになっていたのですが、今はまだ草も小さいので、刈るのが楽々でした。始めるのが早いと、余裕があるので少しずつでも丁寧に刈っていけると思います。

これは片付けでも掃除でも全く同じこと。前に書きました「今日の一針 明日の十針」というやつですな。分かっちゃいるけどなかなか出来なかったことです。

今年こそは快適なブルーベリー畑になるかも!

と期待しているのですが、どうでしょう。

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ブルーベリー畑に「さとうのしお」のさとうさんが設置してある日本蜜蜂の巣箱の一つにも蜂が入っていました。

これまたメデタイ!

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若い葉っぱというのはなんでも美しく希望に満ちています。

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小さなかわいい梅もたくさんなっています。

しかし、久しぶりに草刈り機を使ったら、疲れました。寝よ寝よ。

明日は小学校の遠足です。

弁当が3つ必要ですが、1つも3つも変わらん、というわけで強気です。

いろいろ進歩しております。

by sanahefuji | 2015-04-27 22:41 | 「うとん山農場」のこと | Comments(0)

理想と現実

「庭先かたし」、「第二かたし」、呼び方が統一しませんが、どちらも捨てがたい、というわけで、場合によって気分によって、今のところどちらも使いますが、とにかく新しい「かたし」はほんの少しずつですが、着実に出来ていきます。

しかし、「このままがいい」という声が多数なのが、2階部分の屋根裏部屋。
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昨日の「庭先かたし」でも、この屋根裏部屋でお茶しながら、「このままがいいよね」という話になりました。なぜなら、ここがまともな建物になって、壁ができるときっと狭苦しく暑苦しくなって、今のような開放感、風の気持ちよさ、というのが失われてしまうからです。

しかし、昨日のような気持ちの良い日ばかりならばいいのですが、一年のうちには雨の日風の日嵐の日雪の日などなど、つらくキビシイ日が何日もあるので、その度に畳をあげたりするのは大変だし、ビュービューと冷たい風が吹きすさぶ日に誰もここでお茶しようなどとは思わないことでしょう。

というわけで、このまま、というわけにはもちろんいかないのですが、なんとか今の心地良さをなるべく失わないような「第二かたし」にしたいな、と思います。

一昨日「普通が楽しい」などという題名で日記を書いたばかりですが、「普通じゃないことの面白さ」というのも確かにあって、これもまた捨てがたいのです。何しろ、ヒト様が手放したもので暮らしが成り立っているわが家でありますからな。

それに、あちらを立てればこちらが引っ込む、何かを得れば何かを失う、ということも物事にはつきもので、どっちがいい、というのが決まっているわけではなく、自分でその都度その都度、考え、選び取っていくしかありません。当然、選びたくても選べないこともあるし、思いもよらない方向に転がっていく、ということもあるしで、まさに人生いろいろなのです。

今の「庭先かたし」は、体力的にも精神的にも時間的にも、そして意外なことに思ったよりも金銭面も落ち込まず、いろんな面で前より本当に楽にできているけれど、これがちゃんとした「店」となると、こんなに気楽ではいられないんだろうな、と思うと、これまたいろいろと考えるところではあります。

これまでいろいろやってみて、自分が使える時間、お金、体力、などなどに限りがある、ということがよくよく分かってきただけに、それをどう采配していくか、どこまでだったら出来るのか、何が出来るのか、そして本当にやりたいことは何なのか、そういうことをいつもいつも考えています。

ワタクシの場合は、やはり「農業」のために何か自分が出来ることをする、というのが人生の大きなテーマなので、それに沿って、出来ることをなんでもしたい、と思っています。

迷いや不安が完全に消えることはこの先もずっとないのだと思いますが(あるとすればそれは死ぬ時か)、昨日のように、晴れて澄みわたった空気の中で、まだ柔らかい柿の葉が光り輝く美しい一日も確かにあるわけです。

しかしながら美しいだけの一日ではやっていけない「庭先かたし」でございます。

昨日は売り上げもよかった、ということで、ワタクシのココロも安定し、木々はますます輝きに満ち、山が笑っている一日に思えたのでした。

なんだ、そういうことか。

いやいや暮らしていくって楽じゃないなぁ。

それにしても、今朝も気持ちいい屋根裏です。

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by sanahefuji | 2015-04-26 06:46 | 新生「かたし」ができるまで | Comments(0)

植物の力を借りて

先週「庭先かたし」のために、と思って、花を飾ったら、思いのほかそれがよくもって、1週間ずっと玄関先にありました。

この家の玄関は東向きなので、朝日が当たるのですが、朝起きて玄関の扉を開けた時に朝日に照らされた花が迎えてくれるというのはなんといいものなのだろう、と思いました。
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朝の光と植物の活力を分けてもらって、良い一日になりそうな気がしてきます。

というわけで、毎週何か活けてみようと思います。身の周りに素朴に美しい草花があふれている自然の恵みに感謝しつつ。

今週も「庭先かたし」始まりました!

ちなみに、庭先の林檎の木と違って、けっこう大きくなった鶏小屋の林檎の木。
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画面の右のコレです。

コータローにオシッコをさせるサト、ついていくミケ、眺めるレブ、周辺には小屋に入らずに自由に外を歩き回る鶏が何羽かいるのですが、犬も猫も鶏もみんな仲良しで、すごく和む光景です。

ここに林檎、ならないかなぁ。

by sanahefuji | 2015-04-25 09:28 | 新生「かたし」ができるまで | Comments(0)

普通が楽しい

継ぎ接ぎは洋服や家だけではなく、わが家は車も継ぎ接ぎ。

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きれいにテープを張って、よし、きれいになった!とか思って満足しているワタクシですが、子供達の願いは相変わらず「普通の車」に乗りたい、なのだろうなぁ。子供って実は保守的なもの。周りと同じがいい、という気持ちが強い、というのは子供のころはワタクシ自身もそう思っていたので理解できます。しかし、ワタクシがいつから「普通」路線から外れていたのかは不明。

ここ、1か月の間に家はかなり片付けが進んで、いろいろなことがスムーズにいくようになりましたが、まだ残っている場所は台所。難関です。5月の連休中にでも、ここはガツン!と取り組みたい!とこの場に決意のほどを記しておきたい、と思います。台所ってそれくらい難攻不落、という気がしますが、どうでしょうか。

ワタクシが、夕方の農場仕事を受け持ったためやタイヘンな役が終わったために夜の外出が殆どなくなり、「家庭」のことに随分と真面目に取り組めるようになって思うのは、夫や子供がいつも楽しそう、機嫌がいい、家の雰囲気がとても良い、ということです。

それに探し物、あれがないこれがない、というのが減り、ささささっと物事が進むと、誰もイライラせずにすむ、ということです。

なんだこれは!

外部から新しいものを何も持ち込まなくても、こんなに暮らしがよくなるんだ!

と、すごい発見をした気分です。

車だけでなく、子供たちは母も「普通」がよかったんだな、ということが分かりました。

理屈や能書きばかりを前面に出していた時は、夫も子供もなかなかワタクシの言うことを聞かなかった、と思います。ところが、今は、ワタクシの提案をみんなすごく素直に聞いてくれます。

あーなんて気持ちがいいんだ!

今朝、ラジオを聞いていたら「朝、お弁当を作り、晩ごはんの下ごしらえをしながらラジオを聞くのが私の楽しみです」みたいな投稿があって、「普通のお母さんってなんてエライんだ!そういうことを毎日普通にしているってなんてスゴイんだ!」とハッと気がついた次第です。

今頃気がつくなんてどうかしているのですが、「お母さん」というものが分からないワタクシは、こんなに回り道をしなければ、それに気がつかなかった、というわけです。

本当にいろいろなことはなんて時間がかかるんだろう。

遅ればせながら、庭の魅力に気がついたワタクシ、前々から読みたかったこの本を、買いました。。
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届くまでの数日が待ち遠しいくらいに楽しみでしたが、その期待を裏切らず、エッセイのみならず詩があり、物語もあり、ヘッセの描いた水彩画までのっていて盛沢山の楽しい本です。

ヘッセは文章だけでなく絵も上手なんです。

あー絵も描きたくなったなぁ。

いろいろ楽しくなりました。











by sanahefuji | 2015-04-24 13:46 | 雑記 | Comments(0)

庭先にて家庭について考える、のココロだ~

弁当生活に慣れてきたとはいえ、毎日弁当を作っているとなんだか1週間が長い気がします。あれ、今日はまだ水曜日か、というふうに。

得ですね。

昨日、子供達が留守番している時に近所の方がキャベツをたくさん持って来て下さいました。
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畑で割れてしまって食べきれないから、鶏にでもやって下さい、と言って。鶏にやるなんてもったいない、もちろん人間が頂きますとも。それで、物々交換というわけで、卵を持って行く途中、誰も住んでいないお宅の傍らに咲き誇るツツジと柿の若葉のコントラストにハッとしました。
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適当に撮った写真だとその美しさが全く伝わりませんけど。

ツツジというものは、学校の花壇だとか、公園の植え込み、などなど、とにかくあらゆる公共の施設に、まるでセットになっているかのごとくどこにでもありふれていて、珍しくもなく、子供のころは蜜を吸うのに花をちぎったりはしていたものの、特に美しいとも思ってなかったのですが近年、年をくったせいか、この華やかさに圧倒され、花の気配を濃厚に感じるようになりました。ここのように、主がいない家で咲き誇る花、というのはとりわけ何かを語っているような気がして立ち止まってしまうのです。

人の暮らしと共にある花だから、なおさらなのでしょうか。

「庭先かたし」効果で、よその庭先も本当に興味深く、観察するのが面白くなりました。また新しい楽しみができました。

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今日は本当によい天気です。

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もう何年も前に、暖地でも育つ林檎の木、というのを2本だけ買って、1本は家の庭に、もう1本は鶏小屋の近くに植えてみました。鶏小屋の方のは随分大きくなっているのですが、家の方のは大木の蔭になってしまって全然大きくなっていませんでした。写真の真ん中付近のひょろひょろした木です。

それで、可哀そうなのですが、大きくなり過ぎて電線に触れてもいたし、で、その大きな木を切りました(右)。そこで生きているものを切ってしまう、というのはやっぱり辛いものがありますが、この林檎の木の下には学生時代から飼っていた犬や、サトの胎盤(!)が眠っています。だからどうしても大きくなって欲しいのです。

庭仕事をしながら、家と庭とで家庭、というのは何故なんだろう、と考えました。

その理由は分かりませんが、ワタクシはこの10年、確かに家のこともやっていた、とは思うけれど、長いこと「家庭」を顧みていなかったのかもしれない、とも思いました。

しかし、家の外で仕事をする、ということ、ましてや新しいことを始める、ということは、家庭を顧みる余裕などないくらい真剣に取り組まねば出来ないことであったのだと、今になって思います。

それを経て、今「家庭」に戻ってきた、というわけなのですね。「農家」になるためには、まずは「家庭」をちゃんと固めなければならなかったというのに。

なんという回り道!

いかにワタクシが足元の基盤を疎かにしていたか、ということではあったけれど、その道を通ったことは決して無駄ではなかった、と確かにそう思うのです。










by sanahefuji | 2015-04-22 13:37 | 雑記 | Comments(0)

雨の日曜日

昨日の午後から本格的に降りだして、今日は一日中降っていて、今もまだまだ降っている、この雨は一体いつまで降り続くのか。

この雨で途中の川の水が増水して、今日の夕方はとうとう鶏小屋に行くことが出来ず、そして、お客さんが来ないから早めに店を閉めるか、ということになった、と言って夫も早くに帰って来ました。

そんなわけで思いがけず、夜もなんだかゆっくりとした日曜日になりました。

そして昼間は雨で外の仕事が出来なかったおかげで、パンを焼くことができました。わが家ではパンの消費が激しすぎて、金曜日に焼いたパンが今朝にはもうなくなっていたのです。

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商売としてのパン焼きをしなくなったら途端にパンが足りなくなったので、これからもっと上手に生活の中に組み込んでいけると良いなぁ、と思います。

大雨でいろいろと困ることもありますが、どうしようもない分、休める、という良いこともありますね。

コータローが昼寝をしているのがあまりにも気持ちよさそうだったので、隣で寝てみようか、と思ったけど、全然眠くないので多分昼寝は出来ない、と思っていたら、横になった途端、眠っていました。夜も昼も変わらない、ということが分かりました。

晩ごはんはハナがハンバーグを作りたい、というので任せました。

料理好きなヒトがいると母は助かります。
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今年は畑のスナックエンドウが何故かちっとも大きくならなくて、エンドウをバリバリ食べられないのが残念です。いつもなら今頃は食べきれないほどとれているはずが、一人あたり1個だなんて!さびしい・・・。

それにしてもよく降る雨です。

明日は雨がやむといいなぁ。



by sanahefuji | 2015-04-19 22:25 | 雑記 | Comments(2)

庭先の世界に気がついた

恥ずかしながらワタクシは、この度「庭先かたし」などと銘打って「第二」の「かたし」を自分の家の庭で始めるまで、自宅の庭をよくよく眺めたり、顧みることが殆どありませんでした。

ま、それほどに「第一」の「かたし」の方で精一杯であった、ということでもあるのですが。

それで、さて「庭先かたし」を始めてから自分の家の庭や周辺を眺めてみるに、実に「荒れている」ということにも気がつきました。

なので、土曜日の「庭先かたし」に合わせて、少しずつ掃除をしたり、片付けたりし始めました。すると、今まで見過ごしていた庭先から畑周辺にある植物の美しさにハッとして、本当に「ハッ」としてしばらくの間、ぼうっと眺める、ということが多くなりました。

光があふれ、美しい季節の到来と共に、いくつかのタイヘンな役から降りたワタクシの心には、そういう余裕が生まれた、ということなのかもしれません。そのタイヘンな役の中の一つには「第一」の「かたし」のスタッフ、ということも含まれるようです。

しかしながら、タイヘンな役をやらなければ、充分に忙しい今の生活にこれほどの自由を感じることもなかったでしょうから、やはりいろいろなことは引き受けたり、やってみたりするもんだなぁ、と思ったことでした。

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少し片付いたら、「庭先かたし」に何か飾ってみようか、という気になりました。飾らなくても、その辺にあるんだから、と思っていたけど、飾ってみると、より一層近くに植物を感じることが出来て、すごく贅沢な気持ちになる、ということを知りました。

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「第一」の方で使っていたものを引っ張り出してきて、「第二」の「かたし」も少しずつ落ち着いてきました。

でも、売るものが少ない、というのはそのままなので、それでも来て下さる方がいる、というのが本当にありがたく、これから頑張らないとなぁ、と思っております。

これからも、この「第二かたし」よろしくお願いいたします。


by sanahefuji | 2015-04-19 07:09 | 新生「かたし」ができるまで | Comments(0)

しばし、ほくそ笑む

今朝、ちょっと嬉しいことがありました。
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畑に初アスパラが!

昨年、ふと思いついて畑の隅っこに苗を数本植えておいたのです。草にまみれてしまっていたので生きているかどうか、と思っていたら、ちゃんと春の訪れと共にニョキニョキ出てきてくれました。感動!

アスパラというのは、竹と竹の子の関係に似ている、そして姿も似ているとワタクシは常々思っているのですが、こうやって春に出てきたアスパラをそのままにしておくと、わさわさとした、それこそ竹のような姿の背の高い草になるんです。うまく育てば毎年出てくるので、種をまいたりしなくてよくて、楽だなぁ、と思ったので植えてみたのです。

これで弁当のおかずが1品助かる!と相変わらず弁当が気になる毎日ですが、少しこちらも慣れてきて、意外とカンタンかも、と思えてきました。「弁当を作らなければ!」という強制力がナマケモノのワタクシにとっての何よりの目覚まし効果をもたらし、早く起きるおかげで朝のゆとりも生まれ、なかなかいいぞ弁当効果、と思っております。でも冬はやっぱり辛いだろうな。

これぞまさに「楽は苦の種、苦は楽の種」というやつですな。

ここ3日間、夫のバイトが休みだったので、「第二かたし(神父様がこう呼んでいたのですが、この名称もなかなか良いかなと思います)」の方も少しはかどりました。この部分が、
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こうなりました。
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これは梁を頂いた家の床板で、塗装してあるつやつやしたものです。ワタクシの好みとしては塗装してない木の板の方が断然いいのですが、予算の関係上そうそう贅沢も言ってられません。継ぎ接ぎなのが「かたし」の持ち味かな、とも思うので、まぁ良しとしましょう。

しかし、この壁を見るとどうも床に見えてしまうので、ドリフのコントでそういうのがあったなぁ、とか思って、この壁に椅子をくっつけたり、布団を持って立ったりしたらそう見えるかなぁ、などとくだらないことを想像しては一人でほくそ笑んでいるのでした。

さてさて、周りの田んぼでは早期米の田植えが終わっていて、わが家でもだんだん田んぼの季節に突入してきました。

夫曰く、田植えの「さなぶり」はこの「第2かたし」でやる、とのこと。

えー!間に合うの?!

と思いますが、出来たらいいなぁ。

そうそう今年の「田吾作部会」の募集ももうすぐ始まります。今年はもっとじっくり取り組めるよう、計画していきたいと思いますので、どうぞヨロシク!








by sanahefuji | 2015-04-17 10:14 | 新生「かたし」ができるまで | Comments(0)

「片付け」が少しずつ分かってきた

現実の生活が慌ただしいと、こちらになかなかゆっくりと書くことができません。読み書きはワタクシにとって最大の娯楽なので、それが少なくなると寂しいのです。ゆっくり本を読んだり、じっくり文章を書く時間を確保するのが最近のワタクシの小さな夢です。

しかし、やはりなかなか難しいです。平均すると2勝5敗くらいなので。この数字は何かと言いますと、1週間のうち、夜にコータローを寝かしつける時に一緒にねてしまい、かつ、家事以外の時間を確保できるほどには早起き出来ない日が5日はある感じがする(数えてはないけど)、ということです。

横になると即寝てしまいます。ホントに。

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先週の土曜日、保育園の遠足の時の空。寝転がるとそのまま寝そうになります。ぼーっとしているだけでも良いのですが、ゲームやお遊戯などなどいろいろ忙しいのです。

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日曜日はJAのフレッシュ・ミズの総会+親子でイチゴ狩り。一般向けにいちご狩りをやっている農家さんではないのに、JAという組織のおかげで、体験させてもらうことができました。やはりJAは組織力がスゴイと思います。
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ジャムにしようと思っていたのに、翌日を待たずになくなっていました。いつまでもあると思うな果物お菓子、という言葉もありますしね(わが家では)。


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記述が滞っておりましたが、「たねわたしの会」3月31日に今季も無事終了。手前にあるのが今季最後に作ったもので、友達にプレゼントしました。ゴザを入れているのは師匠からのプレゼント。「傘立てに」と頂いたのですが、外で使うのがもったいなくて、部屋の中に置いています。


昨日は、納戸の片付け中に奥の板が腐れているのを発見したので急遽、張り替え。

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ピシッとなり、安心して物が置けるようになりました。おかげで中断していた納戸の片付けが随分と進みました。

今回の「かたし」引っ越しでは、随分といろいろなものが片付きました。

「片付け」って何だろう、と考えました。

片付け、とは「片を付ける」「始末をする」ということで、つまり「始めと末(終わり)」をはっきりさせる、自分で見極める、ということなのですね。

この度の引っ越しのおかげでワタクシは、自分の持ち物を一つずつ検証していくことができ、自分の中で「片がついた」と思えるものは、迷うことなく処分することもできました。それらの多くはこちらに引っ越してきてから10年以上の年月がたっているものなので、片を付けるのにその時間が必要だった、とも言えます。

だから、まだまだ物がたくさんあってもいいのです。また時間がたって、今はまだ終わってないものもいずれは終わる時が来るので、その時に見直せば良い、という確信が持てました。大事なのは、それが存在していることを忘れない工夫です。ワタクシの場合はとにかく「見える化」を図る、ということで、袋は必ず透明なものに入れる、箱に入れる場合は6面全部に中に何が入っているかを書く、死角を作らない、などなど徹底しました。

なんでもかんでも捨てればいい、というものではなくて、今自分が必要なものなら数を絞ることを考える、いらないものは資源になるかどうかでゴミの分別、誰かが使えるかもしれないものは良い状態のうちに手放す、などなどと分けていくと物は減っていきます。

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小学1年生の時、日曜日に母が入院している大分の病院に行く時に、担任の先生がデパートの商品券をこんなふうにして度々下さっていました。けい子さんというのはワタクシの従姉です。

商品券って殆どお金ですから、今だったらこういうことは問題になるのかもしれませんが、先生はとにかくそんなことはお構いなしでした。理屈ではなく直観で、ワタクシの心がとにかく危機に陥らないように、守ってくれていた気がします。

片付けの時に出てきたこの封筒はまだ捨てられませんでした。

こんなふうに守ってくれた大人がいた、ということを時々思い出したいのです。






by sanahefuji | 2015-04-15 23:59 | 雑記 | Comments(2)