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不要なモノには捨て時がある

10年やった旧「かたし」を出なければならなくなって、さて、その店一軒分の荷物をどうするか、というのはタイヘンな問題でした。

その時はまだ新しい「かたし」は影も形もなかったし(本当に!)、大きな倉庫を持っているわけでもなし、困りました。

出来ることとしては、まずモノを減らすこと。

ちょうど市役所がリサイクルマーケットのためのモノを集めていた時期だったので、食器や電化製品や棚などなど、かなり引き取ってもらいました。「ご自由にお持ち帰り下さい」コーナーに出していって、必要なヒトに持ち帰ってっもらったものも多数。

しかし、新しい「かたし」でも必要で、処分出来ないモノがたくさんあるし、さて、それをどうするか、となったら、今度はわが家の中に置くしかありません。

広い家ではなし、収納スペースには6人家族に必要なモノが既に収まっています。

さて、また困った。

なので今度は家の中の物を減らすしかない、ということになりました。

何ヶ月もかかって、いろいろなモノを処分していきました。

納戸の奥からモノを全部出してみると、引っ越してきた当初は必要だと思って、しまい込んでいていつの間にか忘れていたモノなどが随分とありました。

あぁ、こういう機会がなければ、ずっと忘れたままだったんだなー、と思えば、このタイヘンな出来事が、むしろありがたいことだった、と思えるようになりました。

不思議なことに、「どうしても捨てられない」と思っていたモノが、何年もたってから見てみると、「なんでこんなモノをとっておいたんだろう」というふうに心境が変わっていて、さっさと処分できることが結構あります。

なので、いま現在「どうしても捨てられない」と思うモノは、いま無理に捨てなくても良い、ということも分かりました。

ただし、存在を忘れない工夫が必要です。これは確か前にも書いたと思うのだけど、箱に入れる場合は4面全部に中身が何かを書く、ということを徹底し、見えない場所には置かない、ということです。

ワタクシはできるだけ透明の袋に入れる、というふうにしております。

4人の子供たちの大量の子供服なども、末っ子のコータローが今4歳なので4歳児以下の大きさのモノは確実にいらないと分かっているので、大部分は処分(状態が良いものはリサイクル、ダメなのはウエスに)しましたが、それぞれの子供たちの赤ちゃん時代に最も印象に残っているベビー服や、質が良くて4人全員がよく着ていた子供服なんかは、どうしても捨てられず、透明の袋に入れて納戸に置いてあります。

何かの用事で納戸に入って、その服をチラリと見たりすると、なんだかホワンと優しい気持ちになるのです。だから、こういうのはまだ捨てなくてよい、というように。

さて、前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。

いらないモノを捨てる、というのは何も物質だけに限らない、とワタクシは考えます。実際に「心の断捨離」なる言葉もあるようです。

しかし物質と違って心の中にある「いらないモノ」を捨てるには、一体どうすればよいのか。

ワタクシはあまり詳しくないので分かりませんが、心療内科などでは、そのための技術があるのでしょう。

病院に行くほどではないが、けっこう大きなマイナス感情などは、捨てた方がいいに決まっています。

今日は5月31日、ワタクシの心にかれこれ36年もの間とどまっていた不要なモノを出すのに最適な日。

その不要なモノを一言で言うならば「怒り」です。

でもそれが「怒り」であることに気がついたのは最近かもしれません。ずーっと緊張していたことに気がつくのと同時に、ずーっと怒っていたことにも気がついたのです。

36年前の5月31日の、あれは確か午前中だったと思うのですが、母が入院している病院にいる父親から家に電話がかかってきました。

じりりりーん、と鳴る黒電話です。その時小学5年生だった兄が出ました。ワタクシは小学2年生です。

電話を切った後、兄が「母ちゃんが帰って来るって」と言いました。その言葉だけを聞けば喜ばしい知らせですが、何故か兄は泣いたような笑ったような奇妙な表情をしていました。

今考えれば、その真実の意味はすぐに分かることです。父親は病院に泊まり込んでいたのだし、その2日くらい前の夜中にワタクシたち子供も病院に行っているのです。母の病状が既にかなり危ない状況だったということです。

ところが小学2年生のワタクシは、その電話を言葉通りに受け取って、歓喜に満ちて外に飛び出しました。

こんな嬉しいことを誰かに言わずにいられようか、と。

近所の友達と遊びながらワタクシは上機嫌でした。得意げに「今日かあちゃんが帰ってくる」と話したと思います。

海が光り、五月の明るい日差しの中に並んで歩く、3人の女の子の姿をワタクシ自身が見たわけでもないのに(その中の一人は自分なのだから)、今もその映像がハッキリと浮かんできます。

そして次の映像は、ワタクシの前に正座をしている叔母の姿。真っ赤な目をしています。

3人で外で遊んでいるところを、叔母から家に呼び戻されたのです。

そして叔母はこう言いました。

「あのな、さな、かあちゃんがお星様になるかもしれんのよ」と。

その時のことを思い出すと、自分のことながら、その小学2年生の女の子が気の毒でたまりません。

母が「ただいま」と言って帰ってくると信じていた、その数時間後に、死んだ母親に対面することになるとは。

ワタクシ以外の全員が、いろいろな状況から、もう分かっていることで、子供に説明するまでもないこと、と思われていたのでしょう。

というより、子供のことまでかまってられなかった、という大変な状態だった、ということも、今になってみれば分かるのです。それは仕方がないことだったのです。

けれど、どうして、誰も何も自分に説明してくれなかったのだろうか、小学2年生だって、説明してもらえばちゃんと分かるのに、そしたら心の準備も出来たのに、と、ワタクシはずーっと怒っていたのだ、と思います。

残された父親と兄とワタクシの家族、というのは2人が子供だった数年はそうでもなかったけれど、思春期を過ぎる頃からは随分とギクシャクしたものになっていきました。

本当に難しかったです。

誰が悪いわけでもないことだけれど、「言葉」が全てにおいて足りなかったのだと思います。

本当に「言葉」は大事です。

自分の中にため込んでいた怒りも、こうして言葉で表すことで、「なんだ別にたいしたことじゃなかったな」とか「そんなことで長年ぐだぐだしていたなんて」というような気持ちにもなります。

ゴミを出すみたいには簡単にいかないかもしれないけれど、まずは今まで誰にも言えなかったことを、こうして書いてみることができて、よかったです。

一人でゆっくり、あの世の父母と話をしたような、そんな気持ちにもなりました。

ヒトは言葉に傷つくことも多いけれど、言葉は確かにヒトを助けもする、と思うのです。
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憧れの白い紫陽花いただきました。庭に植えようと思います。








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by sanahefuji | 2016-05-31 12:35 | 家族のこと | Comments(2)

また写真が撮れなかった・・

「かたしのお昼ごはん」のオヤツの皿半分には、パウンドケーキが乗りました。今日はなんだかカロリー高めですが、なあにかまうものか。

ちなみに今日の「かたしのお昼ごはん」のメニューは、

・カボチャコロッケ
・キャベツ千切り
・目玉焼き&卵焼き
・青菜のお浸し
・豆腐の煮物
・味噌汁
・カマド炊きご飯
・ブラウニー&パウンドケーキ

でした。また写真を撮り損ねました。

というか、お店が始まってからは何も撮れませんでした。

開店前に撮った、一枚きりの写真です。
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これ、窓閉まってますが、外と中とが一体になっているようで、濡れた緑が美しい季節となりました。

透明の窓、まだまだ嬉しい今日この頃です。

他の写真が撮れなかったのは少し残念ですが、今日はもっと残念なことがありました。

それは、洗濯物を干していないことに、夕方気がついたのです。

ガーン。

本当に一日、特に土曜日はあっという間です。







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by sanahefuji | 2016-05-28 23:16 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

明日のオヤツ

今週は、夜の部「かたし」が4日も稼働しておりまして、なかなか忙しかったですが(ワタクシはもっぱら翌日の皿洗い&掃除担当ですが)、子供たちにとっては次の朝に何かいいモノは残ってないかと漁りに行くのが楽しみのようです。

お菓子とか肉っぽいものとか。

朝、コータローがいなくなった、と思っていたら、「かたし」の台の上に残ったミニサイズのチョコレートを夢中で食べている、ということが今週は2回もありました。まったくもう。

まぁしかし、「かたし」は楽しいところ、という印象が残るとすれば、良いことですね。

個人宅以上公民館未満、というような「木ノ口かたし」だからか、地域のヒトビトに何かと利用して頂き、ありがたいことです。

さて、明日の昼の部「かたし」も頑張らなくっちゃ。

お使い物の「ついで」ですが、ちょっとリッチにブラウニーなど焼いてみましたので、明日の「かたしのお昼ごはん」のオヤツに残りを出しましょう。
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皿の半分は、おそらくハナが何か作ってくれるのではないかと思って、あけてあるのです。高校に行かない土曜日には、だいたい何かお菓子を作りますので、期待しましょう。

明日は行事もないから高校生がいて小学生もいて人手がありますので、昼ごはんには濱崎さんのカボチャでコロッケを作るようです。

「ようです」と言うのは、ワタクシは飯炊き担当で、オカズは作らないからなのです。

明日も早起きだというのに、随分と遅くなってしまいました。

寝よ寝よ。

ではではまた明日~。




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by sanahefuji | 2016-05-27 23:12 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

楽しかった保育園の給食試食会

さっき、コータローが通う保育園で、保育参観と給食の試食会、というのがあったので行ってきました。

ワタクシ自身は、幼少期に保育園にも幼稚園にも行ったことがない田舎のコドモで、常に家やその周辺をウロウロしているだけだったので、保育園の生活を垣間見ることが出来て、すごく新鮮で面白かったです。

保育園っていいなー、と思いました。どういうところがいいかというと、

まず第一に非常にキチンとしていて規則正しい。

玩具や絵本などがたくさんある。

そして同じような小さい子がたくさんいて、一緒に遊んだり、ごはんやオヤツを食べたりできる。

大人(先生)が何人かで見ていてくれる。

こういうのって、家やその周辺で過ごしていると、なかなかそうもいかないことです。

都会では保育園に入れないのが大問題になっていますが、わが家の子供たち4人、「保育園はどうしよう」などと考えることもなく、家の近くの保育園にすんなり入れて、本当に安心して仕事や子育てが出来、ありがたいことです。

子育て世代に田舎暮らしをおススメする理由の一つとして、このことは大きいです。

さて、今日は10時半くらいに保育園にお邪魔すると、秋の運動会に向けての太鼓の練習をしていました。
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それが終わったら、園庭に出て、みんな自由に遊具で遊んだり、虫を捕まえたり、砂場で遊んだり。

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砂場カフェのランチ。みんな珍しさからか、ワタクシにいろいろと話しかけてくれたり、かまってくれたり、カワイイのです。

いよいよお待ちかねの給食の時間。その前に外で遊んで喉が渇いたので、お茶を飲ませてもらいます。
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子供たちのオカズがワゴンで運ばれてきます。

ちなみに今日の献立は、

・ポテトグラタン
・インゲンと豚肉のサラダ
・菜っぱと豆腐の味噌汁
・メロン

でした。味噌汁には1匹か2匹ずつダシの煮干しも入っているし、とっても丁寧に、子供たちのことを考えて作られています。

そしてワゴンとか
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お椀とか、
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いちいち全部カワイイじゃありませんか。

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はい、これで一食分(ごはんは持って来ます)250円!だそうです。ありがたすぎて泣けてきますね。

ワタクシは給食には良い思いしかありません。

前にも書いたことがありますが、小学校の時は給食がなくて、家に食べに帰っていたのですが、母親のいない家庭では、それは本当に大変なことでした。

中学校になったら給食が始まり、それがどんなに嬉しかったことか。給食に不満を言うヒトが信じられなかったくらいです。

ちゃんとしたご飯が食べられる、ということの大切さが、身を持って分かった、という点では良かったことかもしれませんが、高校生の頃の昼ごはんもヒドイもので、とても勉強などに集中出来る環境じゃなかったよなぁ、と今になってその損失に気がつきます。

毎日お弁当を作ってもらえる、とか、給食が食べられる、ということのありがたさを、世の子供たちは、もっと分かった方がいいと思うなぁ。

ホントにホントにありがたいことです。

こんなふうに丁寧なご飯を頂いて、子供たちとの会話も楽しみながらの給食試食会、とっても楽しくて元気が出ました。

さてさて仕事、ガンバロー!








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by sanahefuji | 2016-05-26 13:49 | 家族のこと | Comments(0)

自己満足はヨクナイか

いつか出来ることなら、去年の今時期に大分のO駅から少し歩いたところにあるお宅の庭に咲いていた花を、同じ時期にもう一度見に行きたい、と思います。

それは、本当にこんな花であったか、それとも違う花だろうか。
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同じでも違っても、それはもうどちらでもよいことですが、もう一回見たい、と思うのです。

もともとは「旅人気質」のワタクシですから、いろいろの修行から解放された暁には、ヒョイっとどこにでも行くような気もするし、ずーっと修行は続いていくのかもしれないし、ま、それもどっちでもいいことです。

とにかく、輝く五月の楽しみが一つ増えたことがありがたい。
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楽しみ、と言えば、実験中の山紫陽花、こうなりました。
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こうなると分かれば、今度は青い山紫陽花にもしたくなるじゃありませんか。酸性にするにはピートモスか何かを撒くといいかしら。まぁそれも、来年の楽しみにしましょう。

そうそう、先週書き忘れましたが、三井樂の濱崎さんのカボチャが入っています。
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まだちょっと若いカボチャですが、それでもホッコリして美味しいですよ。さすが!

イモやカボチャもキレイだなー、とワタクシは思います。魅力的です。

魅力的、と言えば、コータローが「オジサンたちみたいに『かたし』でごはん食べたい」と言うので、「かたし」の冷蔵庫の中の古いものの在庫処分も兼ねて「かたし」でごはんを食べました。

コータローにとっては「夜の部かたし」が、よっぽど魅力的に見えるのでしょう。

うん、確かに居心地がいいなぁ。なんだか落ち着くし、ごはんも美味しい。

自己満足、というの、あんまりいい意味で使われないような気がしますが、「まずは自己満足」って大事じゃないだろうか。

そんなことを思っています。








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by sanahefuji | 2016-05-25 23:12 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

昨日の「ドラマってムジカ」

毎日の生ゴミ回収の時間に、車の中でラジオを聞いていると「ドラマってムジカ」という短いラジオドラマがあって、最後にそのドラマの内容の歌が1曲かかるので、それが何の歌なのか、というのをワタクシは、ちょっとした楽しみにしております。

昨日のは、男にフラれたらしい若い女のヒトとタクシーの運転手の会話、というもので、それを聞きながら、男のヒトの声が若くてタクシーの運転手っぽくなくてイマイチだな、とか思っていたら、最後に中島みゆきの「タクシードライバー」という曲がかかって、もうなんだか実に心に沁み入って、昨日の「ドラマってムジカ」の評価が一気に上がりました。

中島みゆきは、まずとにかく歌がズバ抜けてうまい、そして「人間」そのものを言葉と歌で表現する天才、とワタクシは思います。

「笑っているけれど みんな本当に幸せで 笑いながら 町の中歩いてゆくんだろうかね」という歌詞があって、そうそう、そんなふうに思ったこと、自分にもあったなぁ、なんて思う。

そんなふうに、誰もが経験あるようなことを、さらっと分かりやすい言葉で切り取ることは、けっこう難しいことです。

ワタクシは詩人でも作家でもないけれど、書くことが本当に好きで書かずにはいられないので、どうせなら少しでも自分が思ったことや考えていることや、伝えたいことを上手く書けるようになりたい、という希望があるのです。だから、いつからだったか、ブログもその稽古のために毎日書こう、と決めたはずでした。

がしかし、実際はなかなか毎日書けなくて、忸怩たる思い、です。

書きたいことがたくさんあっても、時間がとれなくて溜まっていく、というか、そのうち忘れてしまうのです。

先日、中学生たちが、大会が終わっての打ち上げの時に、試合での良かった点や反省点や今後の目標などなどを一人ずつ発表していて、中学生ってスゴイなぁ、と思いました。子供って本当に成長が目に見えるようで。

オトナになると、何か伸びるどころか現状維持すら難しい、ということになっていきますが、それでも、中学生の頃の部活なんかをやっている感じと、生活は実は全く同じだな、とも思いました。

繰り返し繰り返しの練習、体力作り、精神力の鍛練、などなど、全部一緒。

負け試合の時にどうふんばるか、とか、そういうことまで。

人口がどんどん減っていく田舎で暮らす、ということは、もしかすると、どんどん点を取られている試合に少し似ているところがあるかもしれない、と思ったりして。

それでも、「あきらめムード」は絶対にヨクナイ。

と、そんなことを思ったり。

スキマ時間にどうでもいいことを書きました。それでも自分が決めたことをやる、ということが大事なのだ、と中学生たちと中島みゆきの歌に感化されたのです。我ながら単純。

さてさて、今日の「ドラマってムジカ」は何かな?

生ゴミ回収に出発するとしましょうか。





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by sanahefuji | 2016-05-24 15:47 | 雑記 | Comments(2)

いい一日だった、と言えるように

昨日の日めくり。
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この、お店をガンバッテお金を稼がねば、みたいな感じ、面白いなあと思って。

仕事というのはもちろんお金を稼げるのも大事ですが、それ以上に自分が「こうしよう」「こうしたい」と決めたことをどこまで出来るか、というのが重要だなぁ、と思います。

かく言うワタクシは、毎週の土曜日の度に反省しています。

その自分の中の目標に遠く及ばないからです。

段取りも悪いし、心に余裕もなく、これではいかん、と思います。

これだけいろいろなお店がある中で、「木ノ口かたし」にわざわざ来て下さるお客さまに対して、いつも感謝の気持ちでいっぱいなのは本当なのですが、如何せんワタクシの様々な能力の低さから、その思いというのをきちんと体現できていないと思います。

思い、というのは細々とした用事を次々とこなせて初めて表せるもの、ということは、いつも感じます。

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土曜の朝の余裕のなさすぎるバタバタ感をなんとかできないか、と昨日は4時前には起きて準備を始めたのに、やっぱりいろいろ間に合わず。花を活けるのも途中な感じ。そういうのは前日にやっておけばよかったのですが。

前日は前日で、「かたしのお昼ごはん」のオヤツ作りに熱中したりして、やはり余裕がなく。
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ちなみに昨日のオヤツはソフトクッキーと抹茶小豆カステラでした。

この抹茶、前回ちょっと書いた熊本の地震被害に遭われた下田茶園さんのものを使っています。お茶の畑に亀裂が入ったり、途中の道が崩れたり、お茶の工場ではガス漏れがあったり機械が故障したり、本当に大変のようですが、なんとか前年の7割くらいは収穫できる、とのことでした。それでも7割です。厳しいことだと思います。

「木ノ口かたし」でいつもお出ししている「ほうじ茶」、またまた入荷しておりますので、皆さまも「買って応援」ぜひどうぞ。

昨日の朝、お店の準備をしながらラジオで、熊本地震で家が全壊して今も車中泊をしている、という方がお話されているのを聞きました。聞いたヒトもいるかもしれません。

その方は地震でお父様を亡くされて、家も壊れて、大変な状況であったのですが、ボランティアの人たちが家の片付けに来てくれて、壊れた家からいろいろと大事なものを取り出してくれたそうです。

そして、その中から亡くなったお父様の日記が出てきたそうです。そして地震で亡くなる前の日の記述には、息子である自分に用事をしてもらったことへの感謝の言葉だとか、その日は孫がたまたまやって来て、にぎやかで「いい一日だった」というようなことが書かれていた、とのこと。

泣けました。

本当に今も大勢のヒトビトが大変な思いをしているのだ、ということは忘れないでいようと思いました。

昨日は、コータローが通っている保育園で聖母祭がありました。
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とーちゃんもかーちゃんも、とても行けそうにないし、高校生は学校、中学生は部活、なので、小学生がついて行きました。

聖母祭というのは読んで字の如く聖母マリアさまのお祭りです。

マリアさまの像をお神輿みたいに担いで、園内を練り歩き(とは言わないか)、ヒトビトがついて行きながらお祈りの言葉を唱えたり歌を歌ったり、白いドレスに水色のサッシュという装いの女の子たちが花びらを撒いたりします。

その「花まき」のための花びらを持って来て下さい、と保育園からお達しがあったので、おお、これはわが家のピエールさんをぜひとも「花まき」の花びらに加えていただきたい、と思って持って行きました。
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白いドレスと水色の衣装にきっとよく似合う、この花びら、来年はもっとワンサカとれるなぁ、と、ほくそ笑んでいるワタクシです。

花はもうすぐ終わるけれど、来年もまた咲いてくれると思えば、それまでの日々がまた、楽しみです

さてさて今日は中総体(いつも何の略かが分からない)。みんな日頃の練習の成果を発揮してほしいと思います。

今日もいい一日だった、と言えますように。


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by sanahefuji | 2016-05-22 07:48 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

いろいろやります「木ノ口かたし」

昨日、夜の部「木ノ口かたし」で誕生会の依頼がありました。6人家族のわが家は最低でも年に6回は誕生会をするので、準備はお手のものであります。
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繰り返し使用に耐えるように、輪っかも紙ではなく、ツルツルした、あれは何というのだろう、とにかくシワにならない素材で作っているくらい、子供たちも場慣れしております。高校生と中学生は忙しくて家にいないので、小学生にこの飾りを担当してもらいました。

3歳くらいの子供が「ふーっ」とするショットはよく見かけますが、それが50年たつとこんなふうになるのだな、とちょっと面白い写真。
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考えてみれば、人の一生において、子供時代というのはあっという間に過ぎるものだし、若者というのはもっと短い。

従って「おじさん、おばさん」という年代がもっとも長い、ということになります。

ヒトにもよりますが、30年くらいは「おじさん・おばさん」でいける、ということもあるかと思います。

だから、この年代をどう過ごすか、というのが重要な気がします。

「木ノ口かたし」が始まって、そろそろ2か月、夜の部もよくご利用頂いておりまして、ありがたい限りです。

今後も地域のニーズに応えていけるよう精進してまいります。

さて、「木ノ口かたし」では、ワタクシが上五島に行った時に自遊館さんに紹介していただいた坂本製油所さんの油や下田茶園さんのお茶なども取り扱っておりましたが、その住所が両方とも熊本で、しかも益城町やその近く、最も地震の被害が大きかったところなのです。

もちろん、いろいろと被害があったそうで、本当に大変なようでしたが、先月の地震の前日に注文した分が、もうなくなっていたので注文すると、すぐに製品を送って下さいました。
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ぜひとも商品を買って、応援していきたいと思いますので、よかったら皆さまもどうぞ。

ワタクシは、地震がおきてすぐに届いた品物の代金を送金する際に、財布に入っていたお金を一緒に送ったくらいで他に何も出来ていませんが、これからもこちらの品物を購入していきたいと思います。

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売り場が手狭で、と言ったら、「小さな海の幸」売り場はこんな工夫をしてくれました。

いろいろ工夫して、やっていきます「木ノ口かたし」、明日もどうぞよろしくお願いします。


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by sanahefuji | 2016-05-20 17:29 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(2)

分かりやすいもの

根元に灰を撒いて3日目の山紫陽花。
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なんという素直な反応!そしてかわいい色!

分かりやすいっていいなぁ。

いい天気が続くので、草に埋もれた麦が気になっていたところ、近所の方はもう麦を刈ったと言うので焦ってワタクシも刈り始めたところが、どうみてもまだ実が熟していない感じ。やっぱり早すぎる、と一束刈って、やめました。

実を言えば、早く刈りたいのは、あまりにも草だらけにしてしまって草を生やしているんだか麦を植えたんだか分からない、という悲惨な状態の畑を早く片付けたい、という思いがあるからなのです。

いろいろとエラそうなことを言っても、畑がそんな状態では本当に恥ずかしいことです。
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この慌てて刈った分は、「木ノ口かたし」に飾りたいと思います。来年こそは!という気持ちを忘れないように。

恥ずかしい、と言えば、家庭菜園も春先に何もできず殆ど何もない状態ですが、今、自分がやれることをやる、というところから、再出発するしかありません。
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この何もない畑、チマチマ具合、笑っちゃいますが、これからガンバリマス。

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やっとサツマイモの苗も育ってきました(ハウス横)。

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家庭菜園を行ったり来たりする度に「かわいいなぁ、君たち」と思わず声をかけてしまいます。

ブルーベリー畑も気になるし、あっちもこっちもあれもこれもと気になりますが、少しずつ少しずつ確実にやっていくしかありませんね。

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昨年の2月末に旧「かたし」を引き払った時の大荷物、家中のあちらこちらに置いたりしていましたが、やっとやっと、あとこれだけ、というところまで片付きました。

ひたすら片付け続けていたようで、それでもここまでくるのに1年以上かかりました。

いろいろなことは本当に時間がかかるなぁ、と、いつも思います。

けれど、少しずつでも進んでいれば、振り返ってみた時に「アラ?!」と思うハズ。


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by sanahefuji | 2016-05-19 14:23 | | Comments(0)

庭は楽しい

バラが咲いてからというもの、なんだか嬉しくて、いろいろな天気のいろいろな時間帯のバラを毎日毎日眺めています。
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晴れた日の昼間のピエールさんもいいなぁ、などというふうに。
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畑へ上がる坂道に、このように↓あるのですよ。大きく育ってきたら、坂の下の方に蔓を誘引して、花を道路から眺められるようにしようと思っております。
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そんなふうに毎日眺めていたら、急に子供のころに熱中して見ていた少女マンガ「キャンディ・キャンディ」を思い出しました。

キャンディ・キャンディの中に出てくる、正統派お坊ちゃま、あるいは王子様アンソニー少年が、そう言えばバラの品種改良までやってしまうヒトで、「スイートキャンディ」なる純白の(だったと思うのだが)バラを作った、などという話があったっけなぁ、と。

女子たちの間では、このアンソニー少年か、あるいは不良少年のテリーか、どっちが好みか、なんていう話で盛り上がったりしましたわな。

ワタクシの級友たちの間では、圧倒的にテリーが人気であったのですがね、実を言えばワタクシは、正統派お坊ちゃまあるいは王子様のアンソニーの方が断然好みでありました。

その頃も今も「不良」の魅力というのが全く分からないワタクシです。焼酎やウイスキーの美味しさがよく分からない、というのと同じで、まぁつまりは「お子さま」なのでしょう。

しかし正統派お坊ちゃまのアンソニーは、おそらく運動神経は今一つ(このこともワタクシにとっては好ましい)だったのか、落馬して死んでしまう、という悲しい運命を辿るわけなのですが、馬から落ちても咄嗟に受け身をするようなスポーツ万能のお坊ちゃまだと魅力も半減ですから、物語上これは仕方のないことです。

中学生くらいの時は、アンソニーかテリーか、などと言って盛り上がっていたワタクシたち女子が大学生くらいになると、今度は謎の存在アルバートさんについての話で盛り上がる、ということになりました。

このアルバートさん、森の奥でたくさんの動物たちと暮らしたり、放浪したりしていて得体のしれない人物なのですが、実はキャンディが幼いころに出会った「丘の上の王子様」であり、実は大金持ちのウィリアム大叔父様であった、というのが最後に分かるのです。

いろいろとあったけれど、自分をずっと見守ってくれていたヒトと、最後には一緒になる、とかいうこと自体にももちろんワタクシたちは憧れるわけですが、この「実は大金持ち」という部分がなかったら(つまり本当にただの放浪者で変わり者だったら)どうなのか、というようなことまで言及しておったわけです。

女子も成長すると非常に現実的になりますな。

それはともかく、そんなことも思い出したりする、楽しい庭ライフです。

そうそう、去年鉢植えで買った時は淡紅色の山紫陽花が、庭に植えたら真っ白になってしまった、と以前書きましたが、実験してみようと、竈の灰を昨日ボール一杯くらい根元に撒いたら、今日には既に花びらの端っこがほんのり赤くなってきたんですよ。
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このように。

面白いなー、と思います。

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関係ありませんが、「木ノ口かたし」でお昼寝中のミーコ。

これも和む風景です。

















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by sanahefuji | 2016-05-17 23:30 | | Comments(2)