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いろんなところを大掃除

昨日、「かたし」のシュトレンが誕生するきっかけについて、少し書いたことで、どうしても書いておきたいことがあって。

明日から12月、そろそろ大掃除を始めよう、という方もいるかもしれませんが、ワタクシは今年は、かなり大掃除をしています。心の大掃除です。

モヤモヤした塵芥のような感情を、なるべくどんどん出してしまおう、と思っています。

昨日、「取材するヒトビトの目は節穴ではないか」というようなことを書きましたが、それに関してワタクシにとっては未だに、ずっとモヤモヤと心の中に引っかかっている出来事があります。

もう随分前のことですが、わが家がとある雑誌の取材を受けたことがありました。

取材に来た方は感じが良い方だったので、人見知りなワタクシたちも話しやすくて、楽しい取材だったと思います。

しばらくして出来上がった雑誌が送られてきたので、見てみると、写真もたくさん載っていて、友達や実家などに見せたら様子が分かって喜ぶかも、と思って読み進めました。

とりとめもなく話したことが、よくまとめられていたし、的外れなことも書いてなかったし、たった一つの点を除けば、それは良い記事であった、と思います。

ところが、最後まで読んでワタクシはギョッとしました。

ワタクシたちをよく知るヒトならば分かっていることですが、わが家の経営方針や農場のこと、その他諸々のことを喋るのは能書き担当であるワタクシなのです。であるからして、その時もべらべらと喋っていたのですが、その喋った内容が「」内によくまとめられてありました。

しかしモンダイはその「」の後。話した人物がワタクシではなく、夫が語ったことになっていたのです。

なんで?

と思いました。

そして、猛烈な違和感を感じました。

これは一体どういうことだろう、と何が何だか分からなくなり、うろたえたような気がします。もう随分前のことなので、細かいことは忘れてしまいましたが、その時のショックだけははっきりと覚えています。

なぜ、こんな嘘を書く必要があるのだろう、としばらく考えたのですが、一般的に何かを語るのは夫の方と相場が決まっているからなのか?それとも、聞いている時に取材した方がそういう錯覚を起こしたのか?それは全然分かりません。

この記事を読んで、ワタクシたちを知らないヒトは何も感じないと思いますが、知っているヒトなら、何かヘンだなと感じるはずです。夫は決してそういう能書きを言わないし、言葉よりも行動を重んじているタイプで、ワタクシとは全く違います。そこがいいところでもあるのです。

なぜ、取材したそのまま、ワタクシが喋った、ということではダメだったんだろう、本当にどういうことだろう、とずっとずっと謎でした。

あまりにもショックが大きくて、その雑誌は誰にも見せることが出来ませんでした。その一か所の嘘でこの記事は死んだ、と思ったからです。

あまりに納得がいかなかったので、実はその取材した方にその後、会う機会があり、おそるおそる尋ねてみました。そうとうに勇気がいることでした。でも聞かないわけにはいかない、と思って、聞いたのです。

「私が喋ったことが夫が喋ったことになっていたけど?」となるべく軽い感じで、さらりと。

すると、それについて特に思うところはないようで「あー、夫婦の考えは一緒だと思ったから」というようなことを言われました。

ここでまたワタクシは「!」ともうビックリ仰天、さらにショックを受けまして、その後、平静さを装うのに苦労したほどです。

もういい、もういいや、とワタクシは、この件を封印することにしました。

そんなことで取材をしてもいいのだろうか、とか、どうしてそんな個人の言葉や考えを粗末にするのだろう、とか、怒りも湧いてきたし、とてもとても悲しい気持ちにもなった、と思います。

でも、もういいや、と思ってしまいました。

本当は、きちんと異議申し立てをするべきだったのです。

それが自分にとっても取材する方にとっても、ためになることであったのだと思います。

でも、出来なかった。

それが今でも心残りです。

しかし、こうして書くことで、その件は収束に向かってコトが進んだと思います。

もし、自分が逆の立場、誰かを取材する立場になった時、こういうことは決してしない、という心構えも出来ました。ヒトは自分が傷ついてみて初めて気がつくことが多いのです。

仕事ではないにしても、今後ワタクシは取材人になろうと思っているので、そのことは実に良い経験になった、と今は思います。

昨日の話ではないですが、どんな経験も、存在も必ず何かの役に立ち、自分の心がけ次第で光の方に向けることが出来るのかもしれない、と思うのです。

今年はたくさん大掃除ができて、心は少しづつ片付いてきています。家もそうなると良いのですが、はは。

今日は竹のお稽古&人間修行の日、作りかけていた小ぶりの手提げ籠(お弁当入れにピッタリ!)が、完成しました。とっても良く出来たのに、写真でお見せできないのが残念です。

カメラが戻ってくる前に贈ってしまうかもですが、心にしっかり焼き付けたい、と思います。














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by sanahefuji | 2017-11-30 17:40 | 雑記 | Comments(0)

「かたし」のシュトレンの裏(?)話

今日はシュトレンを焼いています。

今年の「木ノ口かたし 昼の部」の最終営業日は12月23日(土)なので、先週からその最後の営業日まで毎週一日はシュトレンを焼く日に当てることになります。

先週は火曜日に焼いたので、今週も火曜日にしようかと思っていたのですが、それよりは畑の作業を先にしようと思って、昨日一日は畑仕事をして大正解でした。

なぜなら、昨日の日暮れと同時に雨がポツポツと落ちはじめ、夜にはけっこうしっかり降り出したからです。

前に見た天気予報では火曜日も水曜日も雨の予報にはなっていなかったので、どっちでもいいか、と思っていたので、逆にしてなくて本当にヨカッタヨカッタ、と思ったことでした。

シュトレンは発酵させるのも焼くのも、すごく時間がかかり、おまけに小さなオーブンしかないので、ワタクシのところでは一日でたったの8個しか焼けないので、クリスマスまでに焼くのは、せいぜい40個くらいのもの、なんとかもう一回どこかに焼く日を作っても48個くらいのものですが、年に一度の楽しみを、皆さまと共有できれば幸いです。

今年は「うとん山農場」のレモンの木も実をつけています。そのレモンの青々とした皮をすりおろしてシュトレンの生地に入れる時、その芳しさがクリスマスの楽しい感じを思い起こさせてくれるので、わくわくします。

春に、あちらこちらの方からどっさり頂く柑橘類の皮も、この時期に備えてオレンジピールにしてあるので、久々の再会を懐かしむような感じがする、これまた嬉しい香り。

夫の実家の傍にある胡桃の木の実も、シュトレンの中では、また一段と香ばしくなって、カリカリに焼けた部分も美味しくて。

見た目は地味ですが、実力派なクリスマスのお菓子、シュトレンは最近ではいろいろなところで売り出されていて、日本での認知度も上がっている感じがします。

「かたし」のシュトレンは、前の「かたし」時代にドイツからやって来た大学院生のネニーのおばあちゃんのレシピを元に、ネニーに手ほどきを受けて作り始め、それから8年がたちました。

この間の女子会では、ネニーがわが家に転がり込んで来た時の話なども出ました。

このネニーは、半泊の分校を借りていろいろな活動をしていたヒト(団体かな?)のところへ、ネットを通じてやりとりした後に、やって来ました。

ところが、詳しいことは分からないけれど、そこで何かトラブルがあって、すぐに出て行ってくれ、と言われた、などと言って困っていたので、とりあえず1か月くらいわが家に居候することになったのでした。

その分校では、お手伝いとか、一緒に働くためにやって来たヒトビトがことごとく、何らかのトラブルで出て行ってしまう、ということを繰り返していて、事業自体もうまくいかなかったようで、結局最後は片付けなども地元の親切なヒトビトに任せて主催者はいなくなってしまい、今はその分校には誰もいません。

この件に関しては、ワタクシはメディアの責任も大きいような気がしていました。

実体はともかく、そこがやろうとしていた概念はメディア受けするらしく、雑誌とかテレビとか、やたらとたくさんの取材を受けていて、それは常に美しくまとめられていたようです。ワタクシはそのような様子を見るにつけ聞くにつけ、取材のヒトビトの目は節穴なのだな、と思わずにはいられませんでした。

「裏を取る」ということを、取材のヒトビトはもっとキチンとやった方が良いのではないか、と思ったことでした。

まぁしかし、そんな話の全ては過去のこととなりました。

で、シュトレンです。

この「かたし」のクリスマスの定番となったシュトレンも、ネニーが「かたし」にやって来て、わが家に居候することにならなければ、生まれていなかったのです。

そう考えると、「かたし」のシュトレンが生まれたきっかけは、あの胡散臭い事業主体が作ってくれたのだ、ということにもなります。

どんなきっかけであれ、それは実にありがたいことだった、と思います。本当に感謝しなければなりません。

モノゴトというのは、何がどんなふうに繋がって展開していくか、分からないものですね。

さてさて、今年のシュトレンも、美味しく出来ますように!



















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by sanahefuji | 2017-11-29 16:36 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

言い訳は見苦しく、虚しい

こんにちは。

カメラが修理からまだ戻ってきませんで、相変わらず字ばっかりの日記でスミマセンが、カメラがないと「写真を撮って載せなければ!」などという使命感から解放されるので、物事に集中できるかもしれません。そして実は気持ちがラクなのです。

子供の行事などでも写真を撮ろうとするあまりに、集中して見てあげていないなぁ、ということはよく思っていたことでしたが、普段の生活でもそうなのかもしれません、

まぁしかし、戻ってきたらまた写真を撮って載せていきたいと思います。そういうことも、お仕事の一つですからね。

さてさて、11月も終わりだというのに、暖かくて畑仕事をしていると汗をかくほどです。

芋掘りが終わった後の畑に小麦を蒔こうと思っているのですが、今年は小麦の面積を広げようと目論んでいて、そうすると、何年か前に使ってそのまま放置していた黒いマルチを外さなくてはならず、これがボウボウとした草にまかれているので非常に難儀しております。

例の「怠慢」が招いた結果です。

畑だとこんなふうに目に見えるから分かりやすいのですが、目に見えないこと、例えばヒトとの関係とか、仕事とかでも、自分の怠慢がこんなふうにゴチャゴチャとしたややこしい結果を招いたりすることがあるんだろうなぁ、ということを思いつつ、せっせと草の根を鍬で起こしながら黒マルチを外していました。

この黒マルチのところにはニンニクを植えていて、そこそこ収穫できたのですが、なんだかんだ忙しくて、収穫しただけで放置していたのです。「始末」というように、始まりと終わりをきちんとしないと後がタイヘンです。

その黒マルチの部分だけでなく、その畑は全体を殆ど放置しているような状態で、もう言語道断と言ったところなんです、実は。

怠慢の極み、なのですな。

しかし、人間というのはそれをなかなか素直に認められないものでして、自分の中には常にふつふつと言い訳が芽生えるわけです。

新生「かたし」の建設で忙しかったから、とか、子供が保育園・小学校・中学校・高校と4つになったから、とか、田んぼでイノシシの害がひどくなってきたから、とか、タイヘンな役が回ってきたから、とかなんとかかんとか、上げればキリがないほどです。

しかし、言い訳は実に見苦しく、ひどく虚しいということをワタクシは知りました。そして、生きている限りずっとずっと言い訳の材料はなくならない、ということも悟りました。なので、もう言い訳するのはやめようと思いました。

自分が怠慢だったのです。それだけのことです。それを潔く認め、反省し、謝罪して、次につなげる、というふうにしていこうと思いました。

ホントに畑にも申し訳ないし、貸して下さっている方にも、ご近所の方にも、通るヒトビトにも、申し訳ない、ごめんなさい、なのです。謝るしかありません。

これから出来るだけのことをしてみようと思います。

さて、昼からもマルチを剥がすのをガンバルゾ!





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by sanahefuji | 2017-11-28 13:25 | 雑記 | Comments(0)

女子会は時空を超えて

おはようございます。

昨日は「イノシシ肉あります」とお知らせしていたのですが、用意していた分が午前中でなくなってしまい、夫が新たな2頭を午後から解体してからまた配る、というふうになってしまったので、ちょうどお肉があたらなかった方もいるかもしれません。せっかく来て下さったのに、あたらなかった方、申し訳ないことでしたが、またの機会にぜひどうぞ。

しかも昨日は子供の合唱団の当番日で、昼からワタクシはそちらに行かねばならず、それもなんだかもどかしいことでした。

しかし昨日は、その合唱当番から帰ってきたら、前の「かたし」の仲間のハルさんユウさんが、ワタクシに内緒でサプライズゲストとのお食事会を「居酒屋 えいじ」で企画してくれていて、思いがけず、楽しい女子会の夜になりました。

先週は昨日のも含めて女子会が二つもあって、普段は圧倒的にオジサン(時々青年)の「居酒屋 えいじ」では珍しいことでした。

女子会、というのは、ひたすら喋っていて、それがほんの一瞬のような気がするのに実は4時間くらいたっている、という非常におそるべし時間空間ですね。

でも、本当に楽しかった!

前の「かたし」はなくなったけど、こうしていろいろなことが引き継がれて違った展開になっていくってのも面白いねぇ、とハルさんユウさん、と語り合ったことでした。「かたし」の10年の話は尽きず、そしてその「かたし」の10年の間に蒔いた種があちこちで育っている感じを共有できる仲間がいる、ということが一番の財産だなぁと思うワタクシです。「かたし」ではお金をため込まず、全てを還元した、と思います。それが今の良いご縁につながっているのではないか、と思ったりしています。


カメラがないのですぐにはお見せできませんが、昨日、ハルさんが来年の干支、犬の焼き物の人形も早速持って来てくれたので、いよいよ今年も終わり、また新しい年が始まるんだなぁ、と思ったことでした。

「木ノ口かたし」のニワトリの人形の横に飾りたいと思います。

ワタクシは今でもハッキリと覚えているのですが、昨年の11月最後の土曜日、今思えば状況はそんなに悪くなかったのに、暗い気持ちだったと思います。

まだ前の「かたし」がなくなってからの、いろいろな変化を受け入れられていなかったのだと思います。

昨日は昨年とは全然違って、明るい気持ちの11月最終土曜日、そういう心持ちが、楽しい女子会を招いたのだなぁ、と思ったことでした。





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by sanahefuji | 2017-11-26 10:31 | 雑記 | Comments(0)

明日はイノシシ肉(無料)あります「木ノ口かたし」

夫が狩猟免許を取得して初めて仕掛けた「わな」にイノシシが3頭かかった、と書きました。

その次の日のこと。先週の日曜日、高校に行っていて不在のハナ以外の家族でわっせわっせと運んで設置した大きな檻のような「箱わな」の方に今度は2頭のイノシシがかかっていました。

いきなり5頭もイノシシがとれました。

複数で行動しているということは、まだ若いイノシシなのです。野山を歩いていた兄弟姉妹のイノシシということです。それだけを考えれば殺すのは可哀そう、と思います。でも農家としては、イノシシの被害は大袈裟ではなく死活問題になるのです。売るための農産物がとれなければ農家をやめるしかなくなります。

だから、農場周辺をうろつくイノシシをとるのは、やむを得ないと思います。そして、そうやってとったイノシシはなるべく食べてやりたい、と思います。でも処理の仕方が悪かったり、オトナの雄イノシシだったりすると臭くて美味しくないので困ってしまいますが、幸い、今回は夫が上手に処理をしてくれて、しかも若いイノシシなので、臭くもなく、柔らかくてすごく美味しいです。

野生動物を処理する食肉処理施設などは下五島にはまだないので、販売することはできませんが、「木ノ口かたし」に来て下さるお客さまで、イノシシのお肉が欲しい方には、明日、差し上げますよ~。「うとん山農場」のイノシシ、食べてやって下さいませ。

今回、「箱わな」にイノシシをおびき寄せるために、「わな」の入り口に、小学校で行われた「ゆでカンコロ」作りの時に出たサツマイモの皮をまいたんだそうです。入り口にはその芋の皮、そして中には丸ごとの芋、というふうに。イノシシはサツマイモが大好物だし、芋を剥いた皮だと匂いもプンプンするに違いありません。

それに加えて、「ゆでカンコロ作り」の集会での子供たちのパワーかな、と思ったりしています。学校でのそういう作業に参加すると、子供たちの発する光というかエネルギーというか、そういうものを感じるので、ワタクシはすごく得した気分になります。

そういうのも良かったのかも、と思ったりしています。

イノシシ肉って、どんなもんか食べてみたい、という方も「木ノ口かたし」へおいで下さい。お肉をわけますよ。

ただし、調理などは自己責任でお願いしますね。しっかり火を通して食べて下さいませ。

そうそう、明日からクリスマスまで「シュトレン」も登場する「木ノ口かたし」でございます。

どうぞよろしくお願いいたします。

ではでは、また明日。





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by sanahefuji | 2017-11-24 12:49 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

本気度の高さが何かを動かす

わが「うとん山農場」の周辺(というか農場内)は、ここ数年でイノシシが爆発的に増え、田んぼを荒らされるようになった、ということをここにも書きましたが、その被害に手をこまねいているわけにはいかず、夫は今年、狩猟免許をとりました。

免許を取るためには何度か講習を受けたりしなければならないから時間もかかるし、お金も数万円が必要です。何ヶ月も前に申請して、ようやく最後の講習を先週の月曜日に受けて、晴れて免許をもらうことができました。

狩猟免許といっても夫がとったのは「わな猟」の方で、鉄砲などで撃つ方ではありません。

「わな」は市役所のヒトもあちこちに仕掛けてくれているし、情報の提供や補助に関すること、などなどいろんな面ですごく親身になって考えて下さっているのですごく助かっています。

しかし夫としては、毎日農場を見回っていて、イノシシの行動をよく見ていることから、「わな」を別の場所にももっと仕掛けたい思いがあったようです。でも免許がないと自分では出来ません。それで狩猟免許を取得した、というわけです。

大きな檻のような「箱わな」は市役所から借りることができるので、それをこの間の日曜日に家族総出で夫が指示する場所に運びました。檻ですから、まぁとにかく重いのなんの。でもイノシシがかかれば肉はもちろん手に入りますし、1頭につき8000円のお金を市からもらえるのです。

夫が張り切っているのは、農作物被害を減らすことに加えて、この臨時収入も大きいと思われます。

ほんの何日か前に「わな」を仕掛けたばかりだというのに、「今日はかかってるかな」などと言って毎日農場に行くので、「そんなに早くかかるわけないじゃん」などとワタクシは言っておりましたところが、ナント、今日の朝には「箱わな」にイノシシが入っていた!と言って帰って来たのです。

それも3頭も!

ウーム、これはビギナーズラックというやつか、あるいは執念か。

どちらもあるかもしれません。

昨年からの田んぼへの甚大なイノシシ被害に、夫はとにかく苦しめられていて、今年の膨大な労働によるイノシシ防御柵の設置とか、放牧地作りなどなど、とにかく、何か大きな力が生まれていることは確かです。

苦しいことにぶつかると、ヒトは本気になるものかもしれない、とワタクシなども少しその感覚が分かってきたように思います。

それにしても、いきなり3頭とは!

大学生になろうかという子供を筆頭に4人の子供を抱えたわが家の会計係としては、その臨時収入が嬉しいことです。もちろんお肉も。しかし、これは上手に処理しなければ美味しくなりませんから、その技術などもこれから習得せねばなりません。

状況がいろいろと変わっていくのに合わせて、自分も変わっていけば、いろいろなことが変わっていく、と、何もかもがそういうふうになっているのだな、とつくづく思う今日この頃でございます。

スミマセン、カメラは今日修理に出したばかりです。しばらく字ばかりの日記になりますが、よろしくお付き合い下さいませ。







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by sanahefuji | 2017-11-22 13:16 | 「うとん山農場」のこと | Comments(0)

寝るのが一番

こんばんは。

今日は今年初めてのシュトレンを焼きました。シュトレンというのは、作るのに時間がかかるので、昨日の夜に生地をこねたものを焼き終わったのが、ついさっきのことです。

ちょっと今デジカメの調子が悪くなってしまって写真が撮れないのでお見せできませんが、またまた今年もシュトレンの季節の到来であります。これから毎週、一日はシュトレン作りが入ってくると考えると、1週間がまたまた早くなりますな。

と言っても、ずっとつきっきりでないといけない、というわけではないので、発酵させている間に、今日は小学校の「ゆでカンコロ作り」に行ったり、買い物に行ったり、花を植えたり、サトの誕生日の「1人っ子プレゼント」の食事に行ったりもできました。

土曜日が「かたし」のお店、今週は日曜日も団体のお客さまがあり、昨日は「肉まん作り体験」、今日は「シュトレン始め」、ということで、仕事が終わらないまま続いていく感があって、さすがになんだか少し疲れているのですが、明日は「居酒屋 えいじ」で今年初めての忘年会、それもワタクシがやっております「ゆる体操」の仲間たちとの女子会も兼ねた忘年会なのでありますから、そこで疲れを癒したい、と思っている次第です。

しかし、疲れた時は寝るのが一番、です。

皆さまも早く寝て下さい。

ではでは、また明日、ごきげんよう!







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by sanahefuji | 2017-11-21 23:09 | 雑記 | Comments(0)

利用されてナンボ

昨日は、何かの視察のヒトビトが「木ノ口かたし」に寄るので「ふくれもち」を作って下さいと頼まれました。それで、いつもよりもたくさんの「ふくれもち」を作らねばならず、いつもの土曜日の朝よりも早く起きて準備にかかりましたら、その時「ラジオ深夜便」でいい話を聞けたのでヨカッタです。

しかし、今週から「鶏おこわ」も始まったこともあり、タイヘンすぎたので「ふくれもち」や「肉まん」を包む要員を確保しました。それは、試験休み中の中学生です。助っ人がいるとこんなに楽なのか、とオドロキました。中高生が休みの日も学校にとられてしまうのは、わが家にとっては実に惜しいことです。中高生というのは大人と同じくらい働けるからです。

そうそう、そのわが家の中学生、今日は「土木の日」とかいうイベントがあって、それに行っていたんですが、その中の「丸太の早切り競争」に出て第三位になって図書カード2000円分という賞品をもらってきました。

その競争には男子はもちろん、大人も出ていたということで、その中で三位になったというのがワタクシにとってはすごく嬉しい出来事でした。勉強の成績で上位になる、とか、そういうことより価値があると思います。

さて、昨日のお昼ごはん、
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・酢鶏
・サツマイモと豚肉の炒め物
・たまご焼き
・大根サラダ
・カブの浅漬け
・長ネギとキャベツと薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・ブルーベリーと和クルミのマフィン

でした。

久しぶりに夏に収穫して冷凍しておいたブルーベリーが登場しましたが、冷凍しておいても「うとん山農場」のブルーベリーは「生きている!」という感じがしました。香りが良いのです。

しかし、ブルーベリーも今頃、蔓に絡みつかれて苦しんでいるにちがいない、ということが頭に浮かびました。早く救出しなければ、と思いました。

先日、庭の木に絡みついている蔓をバッサバッサと払った、と書きましたけど、そうしたら「木ノ口かたし」の台所や室内から見える景色まで変わりました。
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食器も随分とお持ち帰りいただいて、これだけになりました。どんなものでも必要としているヒトのもとにいくのが良いことですね。

こんなワタクシのブログでも、必要なヒトのもとには届いている、という体験もしまして、それは本当に嬉しく、ありがたいこと、とつくづく思います。

今日は日曜日でしたが、団体様がお昼ごはんを食べながらの会合にご利用下さったり、今からヨッパライのヒトビトもいらっしゃるようだし、明日はまた修学旅行生が「肉まん作り体験」に来てくれたり、「木ノ口かたし」もよくご利用いただいて、これまた本当にありがたいことです。

「ヒトを利用する」とかなんとか「利用」という言葉にはヨクナイ感じがすることもありますが、利用されるってことは本来ありがたいことだったのですね。フムフム。

当ブログも「木ノ口かたし」も、これからもどうぞよろしくお願いします。






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by sanahefuji | 2017-11-19 21:36 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

食器などいりませんか?

そういえば、先週お客さまから、「そろそろ終活をしているから、使うものがあったら・・・」と引き出物などの食器や保存容器、鍋などを大量に頂きました。
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「木ノ口かたし」や家で使うものは少しもらいましたが、まだたくさんあります。

見るだけでも結構ですので、興味がある方はどうぞ。かわいい食器もありましたよ!

「ご自由にお持ち帰り下さい」コーナーには入りきれないので、今週は部屋の隅によせて置いておきますので、よろしくお願いいたします。

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by sanahefuji | 2017-11-17 12:48 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

米・芋・その他いろいろ収穫ありました

昨日は芋掘りと米の最後の脱穀が終わり、秋の穫り入れがほぼ終了いたしました。

昨日は木曜日で竹の稽古の日でもあるので、午前中は芋の蔓払いは夫が一人でしてくれると言うので(感謝!)、午前中だけ行かせてもらいました。

おかげで、ここまで出来ました。
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お弁当入れを贈りたいヒトがいるので、それを作っています。
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ワタクシは「目から鱗が落ちる」という言葉、あまりに簡単に多用されている気がしています。というのも、ワタクシが44年生きてきた人生の中で、今年になって初めてこの「目から鱗が落ちる」という体験をしているからです。

本当に44年の中で初めてのことです。というよりは、いろいろなことの積み重ねで少しずつ少しずつ外れかかっていたものが、今年になって落ちた、ということかもしれません。なので、そんなに簡単にあっさりと「目から鱗」は落ちない、と感じる次第です。

しかし一旦そのウロコなるものが落ちると、自分の周辺の見え方がまるで違って見えてきます。なんで今まで気がつかなかったのだろう、ということばかりです。まったく同じ場所にいるのに、世界が違って見えてくるのです。

こんなことは本当に今までなかったことです。

そして、いろいろなことがよく見えるし、感じたり、閃いたり、感覚がよく働くようになってくるので、動くのも苦にならなくなってきます。

それは本当に心地良いことです。

そして、これが大事なことですが、自分のその心地良さ、のためには、他者(物でも)の心地良さを考える必要がある、ということです。つまり自分とは違う立場の者(物)にも配慮する、ということです。それがもしかすると「愛」ということかもしれません。

そこが抜けていては、いくら自分の心地良さを追求しても、それで反発を招いたり恨みを買ったり、ということにつながりかねず、自分の心地良さを求めたはずが、かえって心地悪くなった、という結果になるかもしれません。

そんな分かったようなことを言ってますがワタクシなどは、思っていても出来ないことがいっぱいで、もちろん道半ばではありますが、そのことに気がつくと、たとえば自分の中にある元気の源というか泉のようなものが常に満たされているような感じになってきます。

うーん、なんかアヤシイこと言ってるかなぁ?

でも、ホントに自分がすごく楽になるし、頭の中でもすーっといろいろなことが整理されていくのが気持ち良くてたまらないので、これは皆に教えたい、と思うのです。

でも多分、こういうことは、何か苦しいことが何度もあって、何度目かに自分でハッと気がつかないとダメなんでしょうけど。

そういうことを書いたものをワタクシも幾つも読んでいた、と思います。でも、読んでも何も変わらなかったので、それは分かるんです。

でもこの発見を書かずにはいられない、と、そういう感じでみんな書くのでしょう。

竹の稽古に行っても、今までとはモノの見え方がまるで変わってきました。見過ごしていたことが山のようにあった、と思います。何かにまとめなければ、という気持ちでいっぱいです。必ず出来るような気がしてきました。



ワタクシが、こういうことを書いていて、一番誰に届いて欲しいか、といえば、例えば自分の生い立ちとか環境とか、いろいろなことが恵まれていない、と思い込んでいて、すごく生きづらさを抱え、いろいろなことが上手く出来なかったり、体が動かなかったり自分を変えられなくて苦しんでいるヒトです。

そのようなヒト(それはもちろん過去の自分でもあります)に対して、絶対にその苦しさは無駄ではない、むしろ肥やしであるということと、時間はかかるけれど、必ず自分の道というか天命のようなものをみつけて、歩んでいくことができる、ということを伝えたいのです。

今ワタクシは、あー、やっとゼロの地点に立てた、という気持ちです。これからようやくプラスにしていけるかもしれない、と思います。

ゼロ地点に立つのが早いヒトっています。随分早い時期に自分の道がもうちゃんと分かっていて、どんどんプラスの方向へと進んでいくヒト。そういうヒトを羨ましいと思っていたけれど、人はみんなそれぞれ違うのですから、羨ましがる必要なんてなかったのです。


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人生は芋掘りのように面白い、ワタクシはそのように確信いたしました。

今年はコンテナ9箱、昨年に比べると何箱か減りましたが、一年食べるには十分です。

米も、今年もやっぱり少なかったけれど、作年よりは多かったし、家族が食べて、「木ノ口かたし」のお客さまが食べる分は確保できたし、今まで売れた分もあるし、まずまずでしょう。

また来年、ガンバリマス!











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by sanahefuji | 2017-11-17 12:04 | 「うとん山農場」のこと | Comments(0)