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ブログ開設9年目

3月29日に長女のハナが進学のために家を出てから、1か月がたちました。

なんだか、この1か月は長く感じました。

前に書いた通り、わが家には今年、新1年生が3人いて、家族の半分のヒトの環境がガラリと変わって、いろいろなことが初めてなので長く感じたのかもしれない、と思います。

例えば自分が車を運転して、どこか知らない場所に行く場合、何も分からない行きの道はエラく長く感じるのに、帰り道は早い、ということがあります。

あるいは年末からお正月を挟んでの1週間は、随分と前のことに感じられる、ということとも一緒かもしれません。

その3月29日にハナ、サト、コータローと共にフェリーに乗り込んで、お見送りのヒトビトに甲板の上から手を振りながら五島の港を離れた日が、本当にもう遠い昔のような気がします。たったの1か月しかたってないのになぁ。
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さようなら~五島。

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この日のフェリーの1便では、なんとワタクシがひそかに(じゃないけど)ファンであった高校の校長先生も乗っておられまして、それ故に高校生たちが、ブラスバンドで校歌を演奏して見送っていたので、ワタクシたちもその校歌を聞きながら四国へと旅立ったのでありました。

その校長先生が新任で五島に赴任した時に生徒だった、という合唱団のお母さんは、「もう数式なんか全然覚えてないけど、授業の時は先生の顔ばっかりずーっと見てたんですよ~」と夢見るような瞳で語って下さいましたっけ。

ハナが在学中の3年間、そんな校長先生がいてくれて、旅立つ日も一緒になって、ちょっとラッキーでした。

さて、一緒に暮らす家族が一人減って、どんな感じかと言いますと、時々ふっと「あ、そうか、いないんだった」と思ってしんみりなることもありますが、ワタクシはタイヘン家事能力が低いので、一人分の用事が減っただけでも、「あ、前よりなんかラクだな」と感じてホッとすることも多いのです。薄情なようですが、子供が家を出て、寂しいばかりというヒトは、おそらく家事能力が高いヒトなんだと思います。

子供1人1人の用事というのは、ちょっとしたことでも、それが重なっていくと、けっこうな量になり、他にも家の用事はいろいろあるので、効率よくしないと「アレ、自分は一体何をしているんだろう?」という状態になるのですね。

そんな状態で、誰に言うでもない愚痴のような寝言のようなことをグダグダと書き始めたこのブログ、昨日4月29日で丸8年がたちました。

この8年の間に、わが家には家族が一人増えたり、日本では東日本大震災が起きたり、前の「かたし」がなくなって「木ノ口かたし」になったり、そして長女が家を出た今年、ワタクシは隔世の感を禁じ得ませんのです。

ホントにいろいろ変わったなぁ、と思います。



昨日、ワタクシが住んでいる集落の教会で結婚式がありました。

ワタクシたち家族は、この集落に住んで17年になりますが、カトリックの信者ではないワタクシはミサに行くこともないので、教会に行く機会というのは、圧倒的にお葬式が多かったのです。

なので、比べるのもおかしなものですが、お葬式の時とはまるで別の世界で、教会にいるみんなの顔が明るく華やいでいて、何より若い2人が眩しくて、「あー結婚式っていいなぁ」と心から思ったことでした。

今の時代は本当に価値感が多様化していて、ヒトビトの幸せの形もいろいろ、選択肢も多数ですが、男女が一緒になって家庭を築いて子供を育てて、というのがやはり基本だと思います。保守的なようですが、結局のところ、人間が生まれないと社会は続かないし、その人間を育てるのに家庭よりも良いところ、というのが今のところワタクシには思い浮かばないからです。

面倒なことも大変なことも、苦労もまた多いけれど、他人と関わり、人間を育てながら自分もまた育っていく、という道を、多くの若いヒトビトが選択していってくれることを願ってやみません。

本当に素敵な結婚式だったので、写真を撮りたかったのに、ちょうど同じころ「川の道」でイノシシが罠にかかった、と言って、市役所に提出する証明写真を撮るのに夫がカメラを持って行ってしまっていて、写真が撮れなかったのが残念です。

結婚式よりイノシシ、このカメラの優先順位が、わが家の現実を物語っているのも、また確かなのでありました。
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仲良し、二人。

























by sanahefuji | 2018-04-30 07:07 | 雑記 | Comments(0)

人生意気に感ず

今は建物ももう残っていない、ワタクシが子供時代を過ごした家、海の近くのちっぽけな家の4畳半の兄の部屋の壁に、この「人生意気に感ず」という言葉を自分で墨で書いたらしい半紙が張られていた光景を覚えています。

恥ずかしながら、この年にになるまで、その言葉を深く考えたことがなかったワタクシですが、先日「躁法大会」のルポルタージュ(おっとフランス語なんかで言っちゃってカッコつけとりますが、日本語で言えば「現地報告」ということですよ)を書いた時に「意気」という言葉を使うにあたって、愛用の国語辞典やら広辞苑やら、はたまたネットのコトバンクやらで調べまして、その時にようやくその言葉の意味を知ったというわけです。

「意気」というのはワタクシの辞書には「①何かを進んでしようとする気持ち。②{相手を感じさせる}気持ち」とあります。

でも、これって分かりにくい説明だな、と思いますので、もう少し分かりやすい表現はないか、と探したら「事をやりとげようとする積極的な気持ち。気慨。いきごみ。」とありました。

そこでまた「気慨」を調べると「何があってもやりぬくという強い気持ち」とあります。

つまり、「人生意気に感ず」とは「誰かの『事をやりとげようとする積極的な気持ち、何があってもやりぬくという強い気持ち』に感じ入って行動するのが人生というものだ。」ということを言っていて、さらにこの後には「功名誰かまた論ぜん」という言葉が続き、「そうであれば金銭や名誉は問題ではない」ということなのです。

この度ワタクシが文中で使った言葉は「意気」ではなくて「心意気」という言葉なのですが、これもまた似たようなもので「物事に積極的に取り組もうとする気構え、意気込み、気慨」という意味だそうです。

さて、「公民館だより」が発行されたので、その「ルポルタージュ」とやらを、ここに記しておきましょう。

「『集まれっ!』指揮者のO(47)の気迫に満ちた号令のもと、大会出場3度目の1番員I(38)、チームの平均年齢を著しく押し上げ、全選手中最高齢の2番員N(54)、そして本番1週間前に足指の負傷という奇禍に見舞われながらも3番員を果たしたA(23)が整列した。『五島市消防団第4分団3部、ただ今から小型ポンプ躁法を開始します!」再びOの声が響き、闘いの火ぶたは切られた。
 全17チームの初っ端ということで、選手の緊張とプレッシャーは計り知れないものがある。しかしながら、そのことが吉と出た。『ホース延長41.70秒」というアナウンスに場内はどよめいた。K地区の打ち出したその記録が、次の次に控えたO地区のメンバーの良い刺激となり、とりわけ1番員K(35)のアスリート魂に火をつけたことは間違いない。U(39)の指揮には熱がこもり、若手の2番員H(26)は神速果敢な動きを見せ、3番員Y(43)は内心でほくそ笑んだ。記録は『43.56秒』。両者とも練習の成果を出し切って、見事入賞を果たしたのであった。
 この全国規模で行われる『躁法大会』については様々な意見があり、負担に感じる向きも多い。また、若者の消防団離れは全国共通のようで、消防団のあり方も時代に合わせる必要があるのかもしれない。
 しかしながら、選手をやった者にしか分からない得難い「何か」があることもまた確かで、競技後の男泣きがそれを物語っている。
 約2ヶ月間の空白をへて、夕餉の団欒に戻って来た男たちを迎える家族の安堵感もまた以前とは違ったものがある。それは、ハレ(非日常)とケ(日常)を織り交ぜながら生命を紡いできた私たちの祖先の心意気を、ひょっとするとこの「躁法大会」が呼び覚ましてくれたからかもしれないのである。」

ちなみにここでは名前は伏せさせてもらいましたので、あしからず。

と、この文章の最後に出てくるのが「心意気」です。

ワタクシは今夜、金曜日の夜だというのに子供の合唱団の総会があって、おそらくこれは時間がかかりそうで、明日の朝、寝坊したら最悪だなあ、とかなんとか考えたりして「意気」とはほど遠い感じで、この合唱団の代表なども務めていたような気がするし、その他の役もそんなふうで、あるいは、夫も次から次へといろんな役などが降り注いでくることに対しても、ああもう、うちの経営は一体どうなるんだろう、とかなんとか、これもやっぱり「意気」とはかけ離れた考えで四苦八苦するばかりでした。

しかしながら、よくよく考えてみると、ワタクシたちは、遠い祖先や近い祖先が血のにじむような苦労をして築き上げてくれたものの上に殆どタダで乗っているだけではないのか、と思えてきたのです。

昔に比べたら、今の労働ってホント、楽だと思います。車もあるし、家電もあるし、食べるものにも困らない、便利な暮らしをしています。

それなのに、一体どうして不満を持ってしまうのだろうか、と思います。

そのように考えていくと、例え、要領よくいろんな役から逃れたり、あるいは自分に関係ないように思えることに関わらないようにしたとしても、おそらく今のワタクシにはたいした仕事は出来ないだろう、という気がしたのです。

様々な制約の中で、創意工夫をして自分の仕事をする、ということをワタクシは、この稚拙なルポをまとめることで学びました。

そして、その制約こそが、人間の「意気」を活性化するものかもしれない、ということも感じたのです。

わが家に次々に降り注いでくる出来事は、お前たちはまだまだ修行が足りんのだ、もっともっと苦労をして人間を学びなさい、という天からの厳しくも温かい贈り物であるかもしれない、とワタクシは思います。

それは、どういうことが起ころうとも、自分がやりとげたいと思うことをやりなさい、という温かい神様の声なのかもしれませんね。

いささか、芝居がかっておりますが、いや、ホントにワタクシは今、そう思っているのです。

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贈答用レモンケーキ。

竹カゴに入れて、プレゼントにしました。
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ではでは、明日の「木ノ口かたし」もよろしくお願いいたします。




by sanahefuji | 2018-04-27 14:56 | 雑記 | Comments(0)

「田舎のルポライター」事始め

今朝、「公民館だより」に載せるための、躁法大会の記事を書き終えました。

消防団の躁法大会の練習は、2月下旬から行われていたのですが、3月と4月初めは例によって忙しく、見学には行けなかったので、本番の少し前になってやっと練習の取材に行き、「木ノ口かたし」で男の人たちが集まっている時など、躁法の話題が出る度に聞き耳を立て、そして、時々特に構えるふうでもなくチラッと話題を振って、聞き出したり。仕上げとして本番を見に行って、選手名簿などの資料をもらって来て、さらに終わった後の話を聞いて・・・というように準備をいたしまして、いざ執筆。

字数にして800字弱の記事ですから、そうそうダラダラといろいろなことは書けません。あくまでも簡潔に、それでいて読み物として耐えうるものを、と頭をひねり、辞書をひっくり返し、はたまたネットで検索し、それは実に楽しい時間でした。

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書斎にもなる「木ノ口かたし」。

原稿はパソコンで入力してUSBに入れて渡すわけだから、初めからパソコンで書けばいいようなものですが、旧人類のワタクシにはそれが出来ません。このブログみたいに字数制限もなく、だらだらと好きに書けるのだったらいいのですがね、字数が決まっている場合、どうも感覚がつかめないので二度手間ですが、原稿用紙に書いています。

そして電子辞書ではなくて30年くらい前の国語辞典、これも慣れたものが使いやすいし、また愛着もあるので、買い替えられないのです。

何が楽しいって、文章を書きながら、必要な言葉を引いて、その並びの言葉を読むのが楽しいのです。「この言葉、使ってみたい!」と思ってワクワクしたり。だから電子辞書はちっとも面白くない、と思います。

ブログというのは制限が少ないので、本当に好き勝手に書けますが、今回記事を書いてみて、制限があるからこそ面白い、という発見もしました。限られた中で、いかに書きたい事を書くか、という創意工夫が必要で、それがゲーム感覚で面白いのです。

目指すは「田舎のルポライター」、今年初めのブログの中で「取材人としての時間を作っていきたい」と書きましたが、それが一つ達成できたことが嬉しいです。

そしてこれは、取材も含めてホントにホントに楽しい仕事でした。

やっぱりヒトは好きなこと、得意なことを伸ばす、ということで力が湧いてくるものなのだ、と改めて思った次第であります。

「公民館だより」が発行されたら、その記事の原稿をここにも記しますね。








by sanahefuji | 2018-04-24 13:57 | 雑記 | Comments(0)

躁法大会が終わった

昨日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・魚のすり身と野菜のフライ(ぎょろっけ風)
・魚とツワブキの煮付け
・間引きニンジンのかき揚げ
・キャベツ焼き(お好み焼き風)
・スナックエンドウとキャベツのサラダ
・卵焼き
・新玉ねぎとスナックエンドウの味噌汁
・カマド炊きごはん
・うとん山農場レモンケーキ

でした。

この「かたしのお昼ごはん」は、かなり大量に作るので、残ったものはそのままスライドして、わが家の晩ごはんにもなります。

なので、土曜日は店が終わった流れでそのまま晩ごはん、ということになりますが、昨日はお店が終わってすぐに「夜の部」のお客さまがあって、お客さまと言っても、気の置けないヒトであったので、子供たちも一緒に、その場で晩ごはんを食べておりました。

本日、五島市の消防ポンプ躁法大会が行われたのですが、昨日の夕方にいらっしゃたのは、その消防団の方。実はワタクシの夫も、今回の大会に選手として出ることになっていて、昨日来たのはその選手仲間のお一人と、同じ団に所属する方で、「明日はガンバロウ」的な軽い決起会のようなものをやっていたようでした。

まぁとにかく、本番直前でもあるし、今朝の集合時間も早いですから、あくまでも軽く、で、お開きになるのも早い時間でした。

とは言え、とっくにごはんを食べ終わって、いつもだったらテレビを見たいからと家に引き揚げているはずの、サトやコータローも、いつもまでも、その場にいて、話を聞きながら時々ヘラヘラと笑っていたりするのです。さすがに中3のアサは、もう思春期真っ只中なので、いませんでしたが。

確かに昨日はオジサンたちの話が面白くて、子供から見ても、これはテレビより面白いんだろうな、と思われました。

しかし、今の世の中、そういうことは稀ですね。テレビやゲームやネットに、生身の人間が負けることの方が圧倒的に多いのではなかろうか。子供たちにとっては「生の経験」自体が減っている受難の時代である、とも思います。

というわけでワタクシは、子供たちにとっても、早いうちに「人間理解」の幅を拡げるような経験は、どんどんやった方が良い、と考えます。

そして、今日の消防ポンプ躁法大会、コータローと応援に行ってきました。今日は中学生は日曜参観で普通どおりに学校に行かねばなりませんで、「見に行きたかった」と残念がっていたサトでした。昨日のオジサンたちの面白い話を聞いていたら、見てみたくなったんだろうなぁ、と思いました。
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消防車が勢揃い。

消防ポンプ躁法大会というものは、これは知るヒトぞ知る世界、というような世界です。何事も表面だけ見て、判断することは禁物であり、ワタクシは、ここでも何度も書いているように「人間理解」という課題に取り組むことをライフワークとしておりますから、その一環として(?)何故か今年の正月の元旦早々の四方山話の中で、今年の躁法大会について「公民館だより」に記事を書くことを買って出てしまいました。何かしら文章を公表する、となるといい加減なことは書けませんので、いろいろと調べ、関わっている人の話を聞き、自分の目で見てきました。

ワタクシの夫が選手になったのは2回目で、1回目の時は10年前、子供たちもまだ小さくて、毎晩毎晩、夫が躁法の練習に出かけてしまうのが、とにかくタイヘンでした。出かけて行った夫がどういう気持ちで何をやっているのか、などということは、まるで想像も出来なかったし、また知ろうともせず、躁法が早く終わってほしい、と思うばかりでした。

おそらく選手も含めて、関わっているヒトビトも、この練習の日々が延々と続いて欲しいとは思っていないのでしょうが、だからといって、まるで無駄なことをしている、と思っているわけでもなく、それどころか語り出したら止まらなかったり、とは言え誰も彼もキツイのは確か、しかしやるからにはベストを尽くす、というように、物事も人間も、そうそう単純なものではない、ということが、この度取材をしてみて、よくよく分かった次第です。

何事も、全か無か、白か黒か、善か悪か、というような二元論では語れないのです。

しかし、一体どんなふうに原稿を書くか、これは迷うところです。しかし、何かを書こうとすることで、物事をいろんな角度から見る訓練ができますので、実にお得な感じがいたします。締め切りギリギリですが、ガンバリマス、あ、顔晴ります、でしたね。

とーちゃんたちの躁法を見てから家に帰ってきて、今度はハナに冷凍便を送ってやって、その後、中学校へ授業参観へ。忙しい一日でした。
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前に、醤油とか梅干しなんかを瓶に入れて送った時も、容器にこのシールを貼ったら、なんだかいい感じ!と思って嬉しくなりました。










by sanahefuji | 2018-04-22 22:33 | 雑記 | Comments(0)

爽やかなケーキになりました

昨日言っておりました「うとん山農場のレモンケーキ」、できました。
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見た目は単なるマドレーヌみたいですが、昨日作ったレモンピールと、レモンの皮をすりおろしたものも加えて焼いていますので、とっても爽やかなケーキになりましたよ。自画自賛ですが、狙い通りの味で、美味しい!

明日の「かたしのお昼ごはん」にも初登場です。

この春は畑にはちっともハマれず、いつも以上に何もできてないのですが、いつの間にかニンジンが伸びていたので、間引いてきました。明日、かき揚げにでも入れてもらおうと思って。
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濱崎さんの玉ねぎとスナックエンドウも来ました。わが家の玉ねぎは、今年はすっかり草に埋もれています・・・。せっかく大きくなっているのに、かわいそうなので早く救出してうやらねば、と思いつつ、なかなか進みません。
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やはり農業をしている友人がいて、彼女は子供が二人なのですが、下の子が小学校の高学年になった最近になって、ようやく畑仕事がまともに出来るようになった、と言っていて、ワタクシに「ふじさん(ワタクシのことだけど)今は畑は諦めたら」と実に的確な助言をしてくれましたが、ワタクシは往生際が悪く、すっぱりと諦めることも出来ず、こうしていつも作物を草に埋もれさせてしまうばかりです。

でも、それを聞いて、そうか、うちは4人子供がいるもんなぁ、一番下はまだ1年生だしなぁ、畑がちゃんと出来なくて当たり前か、とホッとしたりもしましたが。

まぁしかし、ボチボチでも続けているうちに、4番太郎も大きくなってきて、少しずつマシになってくると思います。

出来るところから、少しずつやっていきましょう。

ではでは、明日の「木ノ口かたし」も、どうぞよろしくお願いいたします。

by sanahefuji | 2018-04-20 17:44 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

うとん山農場のレモンケーキ

先日、オレンジピールを入れたオレンジケーキを、ハナに送る荷物の中に少し入れてやったら、とてもヨロコンデいたので、今度は「うとん山農場」のレモンをレモンピールにして、レモンケーキも作って送ってやろう、とレモンピールを作りました。
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皮をとった後の、こっちはどうしようかな。考え中。
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昨年、年の瀬に種を蒔いた小麦、意外と大きくなっておりまして、だんだん穂が出始めました。
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ところどころ芽が出てなくて抜けている部分があるのですが、まぁよしとしましょう。
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なんとか収穫、脱穀、製粉を無事に終えて、「肉まん」や「ふくれもち」、お菓子などなどにも使えるといいなぁ、この小麦で「うとん山農場のレモンケーキ」ができるといいなぁ、などと夢が膨らみます。

しかし、小麦の収穫は梅雨時期と重なるので不安ではあります。その頃は田んぼも忙しくなるし。

小麦たちよ、なんとかガンバッテ!

ガンバッテ、と言えば、ハナからのメールに、おそらく大学の授業で先生が仰ったとか、そういうのでしょうか、「『頑張る』じゃなくて『顔晴る』だからね」とありました。

なるほどなぁ。

世のお母さんたちも、「頑張る」ではなく「顔晴る」を目指すと良いのかも、と思ったりしました。

お母さんの顔が晴れてないと、家庭は暗くなりますからね。

頑張り過ぎず、顔晴ろう!




by sanahefuji | 2018-04-19 22:04 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

家庭訪問で慌てなくなった

昨日の話の続きではありませんが、旧「かたし」の引っ越しの時に、多くの荷物を家に引き揚げてきてから3年の歳月が流れまして、その間コツコツとお片付けを続けてきた結果、家が随分と片付いてきて、前は家庭訪問、というと、とにかく大慌てで部屋を片付けて掃除をして、という感じだったのが、今年はそういうことが全くありませんで、あーなんてラクなんだ、と思ったことでした。

ただし、子供たちが共有のスペースにモノを置き過ぎているので、それは片付けねばなりませんが「先生が来るから片付けてね」という一言で外面の良い子供たちは、せっせとお片付けをしますから、それで万事OKでした。

もちろん、普段の掃除はしましたが、「家庭訪問だ!片付けなきゃ!!」という状態とは無縁で、なんという変化!!

と自分でもオドロキなのでした。まぁしかし、大雑把な性格は変わらないので、基準は甘く、古い家なので実に埃っぽい家なのも変わりませんが。

そして、小学一年生に対するワタクシの気持ちも、「これが普通の小学一年生のお母さんの心持ちというものかもしれない」と思える安定ぶりで、いろいろなことが「片付いて」きていることを実感しております。

物事には必ず始まりと終わりがあるんだなぁ、片付かないものはないんだなぁ、と感動すらする今日この頃。

明けない夜はなく、やまない雨もないのと同じです。

そして「普通の心持ち」が、こんなに嬉しい、ということは、「7歳の壁」に苦しんだ者にしか分からない、大きな大きなご褒美なのだなぁ、と思います。
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by sanahefuji | 2018-04-18 16:40 | 雑記 | Comments(0)

片付けと人間理解、続行中

先日の土曜日は、雨はジャンジャン降るし、その上、風もビュービュー吹いて、それはそれはひどい天気でした。そんな時ワタクシは、今日は果たしてヒトが来るんだろうか、と心配になるのですが、そういう時でも来て下さるお客さまはいて、本当になんとありがたいことだろうか、と心から思います。

「木ノ口かたし」も3年目に突入し、いろんなことが随分と落ち着いてきたように思います。

前の「かたし」がなくなって3年がたち、新しい「木ノ口かたし」になって2年たった今になって、ようやくワタクシの心の中が整理されてきたからかもしれません。

前の「かたし」というのが実に大きな建物であったことから、実際にモノの片付けも膨大で、片付けと改築との同時進行は、それはそれはタイヘンであったし、自分の価値感の範疇に収まらない事象に混乱したり傷ついたり、いやはやホントにこのことは自分にとってはオオゴトだったノダ、とつくづく思います。

モノを片付けるのは目に見えますが、心の中のいろいろなことを片付けるのは目には見えませんから、進み具合が分かりにくいものです。

前にも書いたことがありますが、「片付ける」という言葉よりも「始末する」と言った方が分かりやすいかもしれません。

「始末」とは見ての通り、物ごとの「始まりと終わり」のことで、それを見極めることが出来るようになると、いろいろと「片付く」のだな、と思います。見極められないうちは、それがまだ続いているような感じがしているので「片付ける」こと、あるいは「始末する」ことができないのですね。

「始末する」には、ある程度の時間も必要であるし、また、本当はもう終わっているのに、そのことを受け入れられない、ということもあって、だから片付かない、そんなこともあります。

目には見えない、人の「思い」とか「心」を敏感に感じ取るほど、捨てられないモノが増えてしまう、ということもあります。

なので、なんでもバッサバッサと捨てればいい、というものではなく、悩みながら、迷いながら、一つ一つ「始末していく」、もっと言えば自分の中で決着をつけていく、というのが、大事なことなのだ、と思います。

なかなか捨てられないものも、時間がたつと「これはもう終わったことだ」と思うことが出来たり、「自分にとって、もうこれは必要ない」と思えたりもして、手放すことができるようになります。

そして、本当に自分が大切にしているモノ(それは形があるものとは限らないけれど)と、それにつながるモノだけが時間がたっても残っていくのだ、と思います。

だからといって、自分を通り過ぎていったモノたちが無駄だったか、といえば、そんなことはなく、その時その時で、全て必要であったのだ、とも思います。

イヤな思いをした出来事でさえも、それがなければ気付けなかったことも多かった、と思えば、なんとありがたかったこと、と思えます。

ある方が、「悪いと知って犯した罪と悪いと知らないで犯した罪では、どっちが重いか」、という質問をお釈迦様の弟子がして、お釈迦様は「悪いと知らないで犯した罪の方が重い」と答えた、という話をコラムに書いておられました。

なんとなく最初は逆ではないかと思いましたが、知らずに犯した罪、というものは反省もなければ後ろめたいこともないので、何度でも同じことを繰り返し、罪を重くしてしまう、ということらしいです。

なるほどなぁ。

ワタクシなど、知らずに犯している罪がどれだけあるかと思うと、空恐ろしい気がいたします。知っていて犯している罪も多いのですから!?

「ワタクシこと思い起こせば恥ずかしきことの数々、今はただ後悔と反省の日々をすごしております・・・」などという手紙を旅先からいつも送っていた寅さんはエラかったんだなぁ、と思うことしきりであります。


さてさて、それはともかく、この間の「かたしのお昼ごはん」です。

・イサキの唐揚げネギ塩ダレ
・卵の巾着&ツワブキ&筍の煮物
・ジャガイモ餅
・キュウリとニンジンと卵のサラダ
・卵焼き
・玉ねぎとキヌサヤと薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・ココア味オレンジケーキ
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でした。

五島の幸、うとん山農場の幸が、心身に沁みわたる「かたしのお昼ごはん」でありました。































by sanahefuji | 2018-04-17 12:48 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

新1年生が3人

4月3日が大学の入学式、6日が中学校の入学式、そして今週10日は小学校の入学式、という具合に、3月の卒業の時と同じように、式典が3週続く、という事態になっておりましたわが家、ここにきて、ようやく少し落ち着いた感じがいたします。

しかし、今週は小学1年生はまだ給食が始まらないので、お昼には帰ってきます。途中まで先生が送って下さるので、それを迎えに行ってコータローと2人家に帰って来ると、随分散ってしまったとはいえ、まだまだチューリップがワタクシたちを迎えてくれます。
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小さくて白いポシャポシャした花をつける低木も花盛り、これからそのお隣にカラーの花も控えていて、坂道の先には既に蕾を付けたバラのピエールさんが鎮座ましましておりまする。「木ノ口かたし」と共に始まったワタクシの庭事業(?)も少しずつですが進んでおります。
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とは言え、新1年生が3人のわが家の春、ワタクシの労力は庭とか畑にはちっともかけられませんでしたので、恐ろしい草畑になっているのが頭の痛いところです。

そんな慌ただしい春に、ワタクシが心からホッとしていることは、今年1年は高校生が空白なことです。これはもうホントにありがたい。まず弁当がいらない、そして送り迎えもいらない、なんてありがたい1年だろうか、と思います。朝に寝坊して、あっ、弁当が間に合わなかった!高校に届けなくては!ということもない、あーなんてラクなんだ、と思います。

その辺はラクなのだが、今度は中学生が二人となると部活で帰りが遅くなるし休日も部活があったりするので、家には小学1年生しかいないことになり、夕方とか夜、休みの日の用事にワタクシは出かけにくくなったり、ということもあり、いろいろと調整が必要になったりもして、本当にその年その年でタイヘンなことは変わっていくものです。

一つ言えるのは、保育園、小学校、中学校、高校、大学、と進んでいくにつれて、倍々ゲームのように必要経費は増えていくものですが、最後の大学ともなると春の入学準備費用は桁違い、ということです。

子供が小さいうちにお金を貯めておけ、と言われる所以です。

まぁでも「なんとかなる」とも、これもよく皆さん言われることでありまして。

なんとかするしか、ないからなぁ。まぁしかし、あまり貯められなかったヒトは非常に苦しむのは確かです。たはは。

それでも、新1年生の初々しい感じ、それを間近で感じることは、くたびれたオトナの中に眠る初々しさを呼び覚ましてくれるような気もして、実に良いものです。

3年目の「木ノ口かたし」も、初々しい気持ちでまた新たな一歩を踏み出したいと思いますので、皆さま今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

リニューアルした「木ノ口かたし かわら版」を今日書きました。






by sanahefuji | 2018-04-13 13:56 | 雑記 | Comments(0)

ひそかに過ぎていった「木ノ口かたし」2周年

「木ノ口かたし」は2年前の4月2日に新装開店いたしまして、実は昨年は「1周年記念」で「おこわ」を炊いて配ったりしたのです。

がしかし、今年は3月31日の土曜日はワタクシは不在でしたし、当の4月2日は、ちょうど大学生活の準備のお手伝いで店から店へと歩きまわっていた時だったし、この間の7日の土曜日は戻ってきたばかりでアタフタしていたし、で、なんとなく開店記念日を過ぎてしまったのでした。

この春のわが家は卒業卒園が3つ、入学が3つ、ということで、想像以上にオオゴトでありまして、「木ノ口かたし」の記念行事まで手が回らなかったのでした。どうもスミマセン。しかし、お店やブログに訪れて下さる皆皆さまには、いつも感謝の気持ちでいっぱいです。皆さまの訪問がワタクシの力となっております。本当にありがとうございます。

さて、今日は小学校の入学式。わが家にとっては、ついに最後の小学校の入学式です。

一番最初の入学式の時は、3番目のサトが赤ちゃんで、そのサトの入学式の時はコータローが赤ちゃんで、それぞれ抱っこされながら参加していたのでした。ちなみに前の「かたし」はサトが生まれる1か月前の土曜日から始まったのでした。

その時は何も思わなかったけど、うーん、やっぱりそういう状態でいろいろするのはタイヘンそう。その頃は、自分は不器用過ぎて何もまともに出来ないノダ、と思い込んでいたけれど、そういう状態であれば子供のお世話だけでもいっぱい、というのは普通レベルかもしれない、と今は思ったりしています。認識というのは時と共に変わっていくものですな。

さて今年、大学入学の手続きとか新生活の準備などがたくさんあり過ぎて、中学校や小学校の入学準備は何もやってない、という状態で、さすがに昨日、慌ててランドセルを出したり、持って行くものの確認をしたりしていました。

子供が小学一年生頃になるといつも、ワタクシにとっての試練の日々が始まっていました。というのも、ワタクシの人生において、小学一年生というのは自分の毎日の生活の中から母親というものがいなくなった時期だからです。正確には一年生の頃はまだ病院にいたので、存在はあったのですが、日常の暮らしの中からは消えてしまっていました。

小学一年生の、あれはいつくらいの季節だったのか、学校から帰って来ると、西日に照らされた部屋の中が、空しい気配に満ちていたことを、ワタクシは今でもよく覚えています。

そして、その時は壁の窪んだ部分の台にはまだ母方の祖母の写真を飾っているのみだったのが、次の年にはその場所に小さな紫檀の仏壇が置かれ、母もまた写真の中に収まってしまったのでした。

子供が小学一年生になった時、その時の強烈な印象が甦ってきてワタクシは苦しみました。それは4人いる子供のうち、一番最初が一番ひどかったと思います。2番目、3番目、となると少しずつ薄れていったように思いますが、やはり自分で名付けたところの「7歳の壁」というのは、その度に立ちはだかりました。

そして、4番目の小学校入学を迎えた今年、その壁はもしかしたら、もう崩壊しているかもしれない、という予感がします。

自分がやってもらえなくて寂しかったから、自分の子供にはしてやりたい、というのが、ごくまっとうな考えのように思いますが、実際はそう簡単にはいきません。自分はしてもらえなかったのに、なぜ自分がやらないといけないのか、という気持ちがムクムクと湧いてくることもあるし、自分は我慢していたのに、とか、甘えたこともないのに、と思って心がざわついたり、それはそれは大きな葛藤が起こるのです。

最初はそれがとてつもなく苦しかった、と思います。

ところが、4番太郎のコータローは、姉たちが大きくなって、お世話を手伝ってくれたりして、母親の負担というのが限りなく少なくなったからか、タイヘンなことが減り、小さな子供は面白くて楽しいことばかり、というふうになってきました。

そしてそのコータローが一年生の今、こんなに希望に満ち満ちていて、なんてオメデタイこと!と素直に思えます。ワタクシの心には何の葛藤もなく、この新一年生のためにあれやこれやとしてやれると思います。

そう考えると、一番最初の一年生だったハナには申し訳ないことをした、と思うことが多々ありますが、それは少しつづ罪滅ぼしをしているところです。離れてからというもの、メールや電話でやりとりをしていて、今までよりもなんだかずっと近くなったような気がするくらいです。親子というのは親が一方的に子供を育てているわけではなくて、相互に育っていく関係なのですね。

そして2年前の春に生まれた「木ノ口かたし」、まだまだヨチヨチ歩きではありますが、少しずつ成長しております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

この間の「かたしのお昼ごはん」。
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・イワシの焼き漬け
・アオサとサツマイモの天ぷら
・煮しめ(いり鶏)
・ポテトサラダ
・卵焼き
・しょうゆチャボ卵
・キャベツとタマネギの味噌汁
・カマド炊きごはん
・オレンジケーキ

五島の海の幸、畑の幸、農場の幸がいっぱいです。イワシ、美味かった!!



















by sanahefuji | 2018-04-10 06:36 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)