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旅をたくさんしよう

おそらく今日には讃岐からの荷物が届き、その中にカメラをつなぐ線が入っていて、写真も載せられるようになると思いますので、先に文章を書いておいて、後で写真を載せることとしましょう。

昨日、太古丸が福江港に入って来た時、海は朝の光が静かに光る凪の海でした。行きは台風の余波で、さざ波が立っている海だったので、帰りはヨカッタなぁ、と思って船が着岸するのを見ていました。
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その時ワタクシは、船を待ちながらまだ読み終えていない幸田文の「台所のおと」という本を読んでいました。

田舎の生活というのは移動手段が車なので、隙間の時間に読書をする、ということがありません。そして、ヒトが少ないから何かの窓口なんかでも本を広げた途端にすぐ呼ばれてしまって全然読むヒマがない、というのも残念なところ。いや、待ち時間が短いというのはいいことなのですが。あ、でも妊娠している時の健診は待つのが長かったなぁ、と今唐突に思い出しましたけど。

それで、昨日みたいに船を待っている時間、というのは貴重です。本が読みたいがためにわざわざ早めに家を出たのです。

短編集を読む時にワタクシは、順番通りに読まないことも多く、題名を見てからなんとなく、どれにしようか、で決めたりします。それもまた楽しい。

で、昨日待っている時に読んだのは、2番目にあった「濃紺」という話。短い話でした。
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奥ゆかしい、淡い恋心を主人公の女のヒトに抱いていた下駄屋の青年が、東京を離れて故郷(くに)に帰る前に、自費で調達したが故にあまり良い材料を使えずに、「くせ」のある材で、しかし丁寧に仕上げた下駄を、その女のヒトに贈ります。

女のヒトは、その下駄を大切に長く履き「もう削る余地のない程に、甲もうすく脚も短くなって」それでも捨てずに「仕舞ってある下駄」を、30年の時を経て、ふとした孫の言葉から思い出して語っていた話なのでした。

人に対しても物に対しても、丁寧で奥ゆかしく、それでいて人を思う気持ちが溢れていて、ああなんていいんだ、こういうの、と、しばし幸田文の文学世界に浸っていたワタクシ。

そして、既に下駄というものが暮らしの中から消えている、ということを思い、一つの物が消えると、それに含まれている知識とか文化が失われるのだな、ということも分かりました。

逆に言えば下駄で暮らしていた頃のヒトビトには、ごく普通のヒトに木の知識や文化があった、ということです。時代の流れとはいえ、こうしていろいろなものが失われていくのは惜しいことです。

余談ですが下駄と言えば、ワタクシは「ゲゲゲの鬼太郎」に憧れるあまり、学校から帰ると家では常に下駄を履いていた時期がありました。下駄の歯が削れて「ちびて」しまうまで、本当によく履いて歩きまわっていたものです。なのでワタクシにとって下駄は大変なつかしく親しいモノであります。

あ、そうか、なのでこの話にこんなにキュンキュンなるのかな?

やはり単細胞です。

そんなこんなしているうちに船からアサ&コータローが降りてきました。

姉を訪ねての二人旅は本当に楽しかったようですよ。

子供だけで遠くにやる、ということに抵抗があるヒトもいるかもしれませんが、子供といっても中学生、しかも3年生ともなれば、もう大人と変わらない、という部分も大きいので、ワタクシなどは経験を積ませた方が良い、と考えています。

もちろん今も昔も、危険なことはいっぱいあるし、普通のヒトに見えて実は危ないヒト、というヒトもいると思います。

しかし、危険を感じたり、直感で「何かヘンだ」と思って近づかないとか、怪しいと思うとかいうことは、実際に多くの経験をしたり、多くの人間と接していなければ分からない、と思うのです。

なので、子供たちにはとにかくいろいろな経験をさせて、人間と触れ、観察できる場所に連れて行くことが大事、とワタクシは思います。子供連れで参加できる飲み会の席など、本当に良い学びの場です。地域の「まっとうな」人間を見て「まっとう」な人間の基準を自分の中に持っていれば、それを外れたヒトに違和感を感じる、ということもあると思うんです。

学校の勉強も大切ですが、自然から学ぶことも多いだろうし、地域のヒトビトから学ぶことも膨大です。人間の友達のみならず書物も良い友達です。ワタクシ自身、今でもそのように沢山のことを各方面から学んでいる途中なのですから子供たちならなおのことです。

生きているものは常に各方面からの栄養をもらって育つもの、と思います。

まぁしかし、無事に帰ってきてヨカッタな、と思います。

これでもなかなか心配症、なのですよ(ホントか?!)。

旅はいいですね。

ワタクシもまたいつか旅に出たい、と子供たちの土産話を聞いていて思いました。

本当のお土産は荷物の中なんだそうですよ。

今日、届くかなぁ。




追記

届きました!
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by sanahefuji | 2018-08-31 05:37 | 雑記 | Comments(0)

毛のモンダイ再び

今日の朝に福江港に到着する太古丸にて、讃岐の姉を訪ねて珍道中のアサ&コータロー、無事に戻ってまいりました。

しかし、カメラとパソコンをつなぐケーブルは、荷物の中に入れて送った、とのことで、その荷物が届いてないので、やっぱりまだ写真はありません。

それから、公民館講座の「バァの味噌作り」も無事に終わりました。

朝晩は涼しくなってきたとはいえ蒸し暑い日なので、麹がつきやすく、午前中には麹の花が立派について、みんなで塩を混ぜて、分けまして、それぞれお持ち帰り頂いて、味噌が出来上がるまでの約10日ほど、毎日混ぜてもらう、というのが一連の味噌作りであります。

今回は全体の出来上がりの量が70キロくらいと書きましたけれども、そのうちの53キロは皆さまの元へと旅立ちました。かわいい子には旅をさせろ、というように、わが家の子供たちも味噌も旅立っていくのですな。

今年は公民館講座の「バァの味噌作り」は9月にももう一度やるのですが、その時もゆうに50キロ以上は皆さまの元に行きます。みんなで共同で作業をして、それぞれの家で味噌として出来上がる、というのはなかなか良いシステムだな、と自画自賛ながら思います。

ワタクシはたまたま「かたし」で「バァの味噌」に出会って、作り方を教えて頂いて、それまでの暮らしの中で木製の「せいろ」だとか「モチブタ」、大きなプラスティックの漬物樽などなど、あちらこちらから頂いていて、そういう道具類が揃っていた、ということも重なって、こうして毎年みんなと一緒に味噌作りができるというのは、なんとこれもシアワセな出会いだったのだろう、と思います。

最初の頃は「おっかなびっくり」でしていた「バァの味噌作り」も、10年もたてば、もはや息をするように自然にできることになってきて、麹の香りに心から落ち着き、ワタクシはこれからもずっと体が動かなくなるまで毎年味噌を作りたい、と思ったことでした。

そして、きっと誰かに引き継いでもらいます。

味噌作りの何がいいかといいますと、これはかなり「いい加減」でも、(ワタクシはそれが「良い加減」だと思っていますが)何のモンダイもなく美味しい味噌ができることです。

イマドキは何もかもが過剰、行きすぎた清潔志向なんかはもう病的だとすら思います。そっちが普通になってきているから、ワタクシなどは不潔人間に分類されても仕方がありません。

そんな清潔志向が行きすぎた世の中になっては、ワタクシの天の邪鬼が顔を出して、子供たちには落ちたものは拾って食べなさい、と言ってしまうくらいです。

いろんなものが行きすぎ、と言えば、以前ワタクシ「毛のモンダイ」という題名で日記を書きましたけれども、最近それに関連して、じつに衝撃を受けたことがあったので、それも書いてしまうノダ。

この以前書いた「毛のモンダイ」では、長女のハナが小学生だった時に、同級生が確か足だったかな、脱毛しているとかなんとか、いう話をしていて、すごくビックリして、ワタクシが小学生の時には足に毛が生えていることすら気がついていなかった気がする、とか書いた記憶があります。そしてそれに関連して何か毛について書いたんでした。

さらに言いますとワタクシは腕なんかは今までの人生の中で一度も脱毛などというものをしたこともないのです。まぁワタクシなどは、世のヒトビトがどうも眉毛をいじっているらしいと気がついたのは既に30歳を過ぎてから(ちなみにその時、親切にも眉毛の整え方をワタクシに教えて下さった方がいたので、それからはワタクシも努力?しとりますが)ということから考えると世間のヒトビトの感覚とは次元が違うという話になるかとも思いますが、そう毛のモンダイですよ。

この間、お盆にはいつもと違うことをしよう、ということで、家族で外食をした、と書きましたが、その時に料理を運んで来て下さった男のヒトの腕がツルツルで、ワタクシはまずギョッとしました。

え、なんで?

と思ったのです。

もしかして、このような職業のヒトは男のヒトでも腕に毛があってはいけない、というのが常識なのか?

と思ったり、一般企業はそうなのか、とか、規約で決まっているのか、それとも個人的なものなのか、などなど、すごくギモンが浮かんできてしまったのですが、まさかそんなこと聞くわけにもいきません。

それなら、同じく週に一度とはいえ飲食店の従業員であるワタクシはどうなる、しかも女なのに!

とかまた思う。

そして、気をつけて見てみると、男のヒトの腕に毛がない、というのは、何もその店だけではなく、他のところでもしばしば見かけるのです。イヤ、そんなにジロジロ見ているわけではありませんで、ワタクシにとってはかなりの衝撃だったものだから自然と目に入るのです。

なんで毛があったらダメなの?

とワタクシは実に不思議で仕方がない。

特に毛が濃い男のヒトなんてツルツルを保つのはタイヘンではないだろうか、と心配になったり。

いや、個人的に望んでしているのなら別に全然かまわないと思いますけど、それが決まりなのだったら謎が多い世の中です。

世の中はどんどん分からなくなるなぁ、と思います。

こうしてワタクシは世の中の常識から外れて、醜いオババになってゆくのかも、などと思うと、これはマズイ、とも思う。でも脱毛などという高度なことはとても出来そうもないからしないけど。

しかし、せめて周りのヒトビトに不愉快な思いをさせない程度にはコギレイにしなければならないのではないだろうか、と思ったりするけれど、これもどうしていいか分からない。

若い時に何も訓練していないのに、年をとってから急にできるようになるわけがない。

コマッタ!



























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by sanahefuji | 2018-08-30 22:31 | 雑記 | Comments(0)

会いたい人なら 会いに行け

公民館講座の「バァの味噌作り」一日目は無事に終了いたしました。

途中で雨がザーザー降ってきたりしたので、薪が濡れて火が消えないように気をつける以外は、特に何も問題もなく、終始和気あいあい楽しい雰囲気で行うことができました。

ホッとしました。

昨日ボンヤリしていたワタクシも、予告していた通りヒトがくれば、普通程度には動けるようになります。ヒトが来るのはいいことですね。

この「バァの味噌」、一体いつから作っていたんだったっけ、と思って、過去のブログを調べてみたら、バァとそのバァの娘さんであるKさんにわざわざ家まで来て頂いて、一緒に作ったのが2009年のことなので、今年でちょうど10年目になります。

この間、Kさんに会った時に「バァは元気ですか?」と尋ねたら、

「まぁまぁ元気だけど、あの頃(味噌を教えてくれた頃)に比べたら、『よろけ』ちょっと。」

とのこと。

そうか、バァは「よろけ」ちょっとか、と思ってワタクシは少々焦る。

バァにはもっと話を聞きたい、と思っていて、いつか行こう行こう、と思っていたからです。

毎年、味噌を作る度にワタクシはバァを思い出します。

「ヨカヨカ~、そっでヨカよ。」というバァのゆったりとした口調からは、どういう状況も決して否定しない、その時々の状況で慌てず騒がず最善を尽くす、という姿勢が貫かれているのを感じたものでした。

例えば、この味噌はこうやって作らないといけないとか決まっているわけでなく、米を持っちょっとなら、米も入れてもヨカよ、とか、大豆を割るのに精米所まで行かれなかったら、うちにある石臼でついて割ればヨカよ、などなどというふうに常に臨機応変、自分の家の状況に合わせて作ればいい、ということを教えてくれていました。

そういうところは、竹の師匠にも通じるところがあります。

家にあるもの、自分が持っているものの範囲で対処する、という姿勢は、昔の暮らしでは当たり前のことだったのだろうなぁ、と思います。

バァの昔の話をもっと聞きたい、という思いがワタクシの中に湧いてきますが、竹の師匠のお家が徒歩3分(もっと短いかな)というのに比べると、バァのお家は随分と遠いし、Kさんの仲介もいることで、そうそう押しかけるわけにもいきません。

でも、会いに行かねば、と思います。

そう思っていて浮かんできたのが、表題の言葉。

高倉健さん主演の映画「鉄道員(ぽっぽや)」を見た時に、最初にこの歌詞で始まる、透明感ある坂本美雨さんの歌声が流れてきて、それは北海道の雪景色と相まって、ワタクシは冒頭からいきなり滂沱の涙、でした。

会いたい人なら 会いに行け
あの山を越えて 今すぐ会いに行け

その時のワタクシに、そこまで会いたかったヒトがいたかどうかなどまるで記憶になく、今となってはどうしてそう思ったのかも定かではないのですが、

そうだ、会いに行かねば!
山を越えて今すぐ会いに行かねば!

と強く強く思った、という記憶だけがあります。

本当に単細胞です。

しかしバァには本当に会いに行かねば!












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by sanahefuji | 2018-08-29 15:20 | 雑記 | Comments(0)

今日はボンヤリだった

昨日、宿題を提出した、と書きましたが、もう一つの宿題、すなわち農地の全体調査はまだ終わっていません。

なので、今日からはそちらを頑張らないといけなかったのですが、昨日の反動なのか、どうにもボンヤリしてしまって、今日は少しも出来ませんでした。

明日は公民館講座で「バァの味噌作り」がありますから、その準備もしなくてはならないし、ブルーベリーの収穫にもいかねばならないし、気がつけばアレマこの間の土曜日のお店のお金の計算もしていない、などなどというように、いろいろと重なってくると、もうどれからやっていいのか分からなくなり、余計にボンヤリしてしまう、という悪循環。

朝、ブルーベリーの収穫に行くと、もはや完全に朝の光が秋になっていて、それでますます何かこう感傷に浸ってしまうような気持ちになってブルーベリーの木の茂みでしばし茫然としてしまう。アンタ、それくらいで感傷に浸ってどうするの、ホントに農家の主婦には向いていないというか、効率が悪いというか。

まぁしかし明日はワタクシ、公民館講座の講師などになっているのですからホントに世の中は分からないものです。こういうボンヤリした人間でも「バァの味噌」は作れますから皆さまも是非とも味噌を作って下さい。

明日の「バァの味噌」は

麦・・・30キロ
大豆・・7.5升
塩・・・7.5キロ

の材料を使いまして、出来上がりが約70キロくらいにはなるんです。けっこうな量でしょう。

ボンヤリしつつ、麦を洗って水に浸けて、「せいろ」や「もちぶた(モロブタとも言うらしい)」などなどを、とりあえずは揃っているなと確認し、後は明日の朝早く起きてやろう、などと思っているのですが。

あーなんだか、力が出ない・・・。

明日になったらこのボンヤリがなおりますように。

でも不思議なことに、ヒトが来てくれると、なおるんです。

ヒトの出入りがあるってことは、ありがたい、と思います。

夕方、窓から差し込む光も秋でした。

先日、延期になった長崎行きのために借りた本、幸田文の「台所のおと」という短編集の中に、こんな一節がありました。

「もともと季節なんてものは、おみこしのように大騒ぎに担がれて来るものではなく、まあ!というようにもう来ていて、おや?というように行ってしまっているんです。」

なるほど!

この「台所のおと」、格調高い幸田文の文章で、なかなかドッキリするような女心の機微が描かれている話もあったりして、何故かワタクシまでギョッとして、その話だけ2回繰り返して読んでしまいましたが、しかし、あくまでも丁寧で上品、美しい文章です。

短編なので、すぐに読めるのもありがたい。

美しい日本の暮らし、という感じで、こういう佇まいを目指したい、と思ったことでした。

さて、明日は「バァの味噌」、滞りなくいきますように。
















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by sanahefuji | 2018-08-28 22:31 | 雑記 | Comments(0)

愛だけを残せ

今日は実にいい日です。

なぜなら、例の宿題(原稿用紙8枚の作文)を提出してきたからです。

今日は午後から農業委員会の総会があって市役所に行くので、その時に何が何でも提出しなければ、と思っていて、昨夜と今日の午後はほぼ屋根裏にてまた雑念との戦い。

しかし、やっと終わったのです。なんてメデタイ日!

一気に気持ちが軽くなりました。そしてまた薬物的な高揚感がありまして、ちょっとヤバいぞ、と思ったのですが、今日はそれよりも眠い。昨夜はまたちゃんと寝てなかったからなぁ。


ワタクシは見栄っ張りで小心者なので、はっきりとこの場に書いてませんでしたけれど、今回の宿題は前にやはり行政のヒトに言われて書いたことがある、毎日新聞主催の「毎日農業記録賞」というものだったのです。

これ、前に書いたのがもう8年前のことでした。そしてその時はラッキーなことに奨励賞というのを貰って、東京まで表彰式に行かせてもらって賞金も5万円もらったのです。

それで、そのことを言ったら、行政の方はそれもご存じで、でももう時間がたっているし、1月に発表した内容をそのまま書いてくれたらいいから書きませんか、と仰ったので「書きます書きます」となったというわけ。

でも前には賞なんかもらっちゃってるから、今回はボツになったらハズカシイな、とか、そういうことを思ってしまって、内緒にしていたんですが、そういうところがイカンのですな。

別に賞をもらえなくったっていいのに、見栄っ張りなんですよ。でもせっかく書くんだから、やっぱり活字になったら嬉しいですもんね。もしならない時は、ここに書きましょう。長いけど。

そんなこと言っておきながら、前回はせっかく活字になったというのに後から、その文章にものすごく嫌気がさしてきて、記念の冊子とか賞状とか盾とか全部捨ててしまった、ということになったのでしたが。

今回、親切にも行政の方が前回の文章をコピーして持って来てくれていたので、本当に8年ぶりくらいに読みましたけど、やっぱりイヤな感じがする文章で、恥ずかしかったです。

今回はそれだけは避けたい、と思って書きましたが、どうなることやら。

テーマは「農」「食」「農に関わる環境」ってことで、もうこのテーマだったら書きたいことが膨大すぎて収拾がつきません。でも、ここ数年のワタクシの中の大混乱や憤りなどなどが、ちょうど今になって憑き物が落ちたように、スーッと無くなっていたところだったので、その点では割と冷静に書けたのではないか、と思います。

その憑き物が落ちた代わりに今度は別の物が取りついてしまったようで、また戸惑っているんですけどね。おそらく、そういう感じで悩みというのは尽きないものなのでしょう。冷めた目で見れば、そうやって次々いろいろ起こるから退屈しないでいいんじゃないか、ということでヨシとしましょうか。

そんな訳で、なかなか進まなかった作文ですが、題名だけはもうずっと前にすぐに浮かんでいました。

中島みゆきの歌で「愛だけを残せ」という歌があるのですが、考えている間中これがテーマソングのように鳴っていて、ワタクシの作文の題名はそこから頂いて「心だけを残せ」というのです。

ペンシャープナーである、石牟礼道子さんの文章からもかなり影響を受けました。今回かなりじっくり読みまして、ワタクシは道子さんが親しい姉さんのように思えています。ますますワタクシの道しるべのようなお方になりました。

まぁ作文の結果がどうであれ、今回これを書くにあたって、ワタクシは自分の中の矛盾と向きあうことになり、そしてまた多くの発見もあり、書くことはワタクシにとってはいいことばかり、ということを再確認した次第です。

中島みゆきの「愛だけを残せ」、ワタクシは2番の歌詞が特に好きです。

思いがけない 幻に誘われて
思いがけない 風向きに運ばれて
偶然の朝 偶然の夜
我々は何も知らされず 踏み出す

縁は不思議 それと知らぬ間に探し合う
縁は不思議 それと知りながら迷い合う
みんな哀しくて みんな恋しくて
立ち止まってしまうから

愛だけを残せ 壊れない愛を
激流のような時の中で
愛だけを残せ 名さえも残さず
生命(いのち)の証に 愛だけを残せ










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by sanahefuji | 2018-08-27 23:03 | 雑記 | Comments(0)

究極の恋愛

こんにちは。

しばらく写真がない、と言いましたが、先週のお昼ごはんの写真ならありました。

先週は子供の定期演奏会に関連して、ワタクシかなり平常心を逸脱しておりまして、「かたしのお昼ごはん」の記述もまだ書いてなかったのでした。

というわけで、今週の写真はまた来週に回しますけど、先週のを載せておきましょう。
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先週の「かたしのお昼ごはん」は、
・筑前煮
・鯖のポン酢かけ
・オクラとモロヘイヤの天ぷら
・ポテトサラダ
・卵焼き
・ツルムラサキとナスとタマネギの味噌汁
・ブルーベリーケーキ
・カマド炊きごはん

でした。

そうそう、金曜日に旅立っていったアサ&コータローは昨日の朝に無事に高松に着いたそうで、電話の向こうで、あるいはメールで、姉弟3人で実に楽しげです。家では冷戦状態が多かったハナ&アサですが、こういうふうに状況が変わっていくことで、関係も変わっていくものだと思います。

ワタクシ自身は2人兄妹ですから、姉妹というのがホントにウラヤマシイです。年をとればとるほど、そう思います。

そして、昨日の「木ノ口かたし」、昼の部では「夕やけマラソン」などで懐かしいヒトビトに再会できたり、あるいは新しい出会いもあったり、「夜の部」はマラソン帰りの「おとっつぁん」および若者たちが寄っていたようで、充実した「木ノ口かたし」の一日だった、と思います。

本当にいつもありがたいことです。

しかしワタクシは昨日、久しぶりに前の「かたし」のことを、「木ノ口かたし」を訪ねて来て下さった方にじっくり喋る機会があって、その時はなんともなかったのだけれど、後から思いのほか様々な感情が怒涛のごとく押し寄せてきたのには自分でもビックリしました。

そして思ったのは、「かたし」の建物とワタクシは、究極の恋愛関係だったのだ、ということです。別れて3年、もうすっかり思い出になっている、と思っていたのに、過去のことを話した途端、まだこんなに心がざわつくんだな、と。

ヒトによって違うかもしれませんが、恋というのは、本当に理屈ではなく唐突に始まっているものです。ちょっとしたキッカケというのは、もちろんあるのだけれど、何かこう気になっている段階から、フト気がついたら一気にもう這いあがれない淵にはまっている、という感じ。

そんな出会った頃のことを思うと、今でも胸がトキメキます。

そして片思い期間、「かたし」の建物の前を通る時、熱い眼差しで見つめていたあの日々は、ゆうに一年以上はあったような。

ハルさんユウさんと出会ったことで一気に急接近、ものすごい覚悟「娘さんを嫁に下さい」というような緊張感でもって、大家さんに交渉に行って、撃沈。それでもどうしても諦めきれず、再交渉。あの時が多分初めてでした、ワタクシが何かを書いてヒトの心を動かす、という経験をしたのは。

どうしてこの建物を貸して欲しいかということを何ページにもわたって切々と書きつらねたものを、大家さんに読んでもらい、その後の沈黙の恐ろしかったこと、その緊張の瞬間ののちの歓喜、ハッキリ覚えておりまする。

そしてメデタク相思相愛、「かたし」との蜜月は、思っていた以上の大きな力が泉のように湧いてきた期間だった、と思います。

タイヘンなこともいっぱいあったけど本当に楽しかったなぁ。そして、みんなでワイワイしている時も楽しいんだけれど、ワタクシはたった一人で「かたし」にいる時間も好きでした。

「思い」が、伝わってくるからです。一人の時だから感じられる、建物の言葉。そういうの、分かるかなぁ。

今の時代はいろいろと便利で騒がしい世の中ですけど、そういう便利で騒がしい世界に慣れれば慣れるほど、もの言わぬモノの気配、というか言葉、というものが感じられなくなるような気がします。

ワタクシはつい最近まで携帯も持っていなかった化石人間ですが、その方がもの言わぬモノたちの気配を感じられるところがある、ということは言えます。

動物、特に犬なんか飼っているヒトは知っていますよね。犬とは心が通じる、ということを。はっきりとした言葉ではなくても、会話のような感じで気持ちが分かる、という経験が誰しもあると思います。

「かたし」に一人でいると、そのような建物の気持ち、というのが伝わってくることがありました。そういう時はじんわりと嬉しくなってワタクシも気持ちを伝えました。

ホントにワタクシと「かたし」はタダナラヌ関係だったのですぞ。

そして別れ。

別れは本当に辛かったけれど、「かたし」と過ごした時間にもたらされたものの大きさ、豊かさの、なんとまぁスゴかったこと。今もその豊かなものが多くのヒトビトの中に残っているらしいことを、あちらこちらで聞くのです。

本当になんてシアワセな関係だったんだろう、と思います。

計算も打算もなく、ただ純粋に好きという気持ちを最優先させて始めたことだから、随分と無鉄砲で経営も何もあったもんじゃなかったけれど、結果的には、だからこそ、とてつもなく大きなものを手に入れた、と思うのです。

昨日、前の「かたし」との馴れ初めから目いっぱい語らせてもらい、そのことを再確認いたしました。

聞いて下さって本当にありがとうございました。



















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by sanahefuji | 2018-08-26 22:04 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

しばらく写真がありません

台風19号、20号と続いてやって来るもんだから、今日は船が出るかと今朝までヤキモキしておりましたが、本日の太古丸は10分くらい遅れはしたものの出航し、アサ&コータローのハナちゃんを訪ねて二人旅の珍道中が始まりました。

そう、二人で香川のハナの元に行ったのです。

大古丸乗り込んだ二人を見送るべく船の下にいて出航を待ちつつ、船出というものに異常なまでに血が騒ぐワタクシが、胸を熱くしながら写真をやたらと撮っていたのですが、家に戻って来たら、今回はカメラは置いていってもらったものの、それを繋ぐケーブルを持って行かれてしまっていた、ということに気付き、従って、パソコンに取り込めない、ということに相成りまして、ブログにも載せられないのです。残念。

今回は何故カメラを持って行かなかったかというと、つい最近ワタクシが契約したケイタイを持たせたので、それで写真は撮る、ということなのでした。

そうそう急ぎでケイタイが必要だったのはこのためでした。旅慣れたワタクシならばともかく、アサたちが公衆電話を探し歩いたり、ハナや家との連絡が取れなかったら、さすがに困るだろうから。

今日は、まだ台風の余波なのか陸でも風が強かったから、海は荒れているかもしれない、と思うと、ちょっとかわいそうですが、ワタクシの凪運および旅運を継承していくことを願ってやみません。

もちろん、不安、心配の種は尽きませんが、本来ならば一人前の人間として働くことも出来るくらいの知力体力が備わっている年齢ですから、ワタクシが伝授出来る限りのことは教え、こういう時はこうして、などなどとシュミレーションもし、後は自分でなんとかするように、と旅に出した次第です。

ハナのように本当に一人で暮らしていく日も、もうそう遠くはないので、良い練習にもなるでしょう。

そのハナはハナで、数日前から長野の夫の実家に「青春18きっぷ」で遊びに行っていて、今日の夜に香川に戻ってくる、というところみたいです。今頃は、どこで電車に揺られているのやら。もう全くホントにうらやましい。

ワタクシも船に乗りたい、電車に乗りたい!

と旅人の血が騒いで仕方がないのですが、おとなしく明日の「木ノ口かたし」の準備をしております。ハイ。

子供たちが大きくなって、自分の足で歩き始めて、今までとはまた違った付き合い方、というか、関係というか、本当に一人の人間同士として話が出来るようになっていくことが、面白く、嬉しいです。

旅の話だったら、いくらでも出来るなぁ、と楽しみです。

Bon voyage!

良い航海を!

そして明日は五島では「夕やけマラソン」、こちらも皆さま楽しんで下さいませ。

「木ノ口かたし」も通常通り開いてますので、どうぞよろしくお願いいたします。








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by sanahefuji | 2018-08-24 13:10 | 雑記 | Comments(0)

母は不在の方がいい

昨日のサト作の晩ごはん。
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ハナから引き継いだ煮込みハンバーグ、美味しくできてました。

ワタクシは不在、ということになってますから、5分くらいで食べて、再び屋根裏に戻る、ということに。

こうして不在宣言をして何もかも任せると、家族はちゃんと動くのです。だって母はいないのですから。

そして、ワタクシはまた苦悶の中へ。屋根裏でうつらうつら寝たり起きたりを繰り返しながら、とうとう朝になり、ほんの半分くらいは原稿用紙が埋まったでしょうか。

しかし、宿題が終わらないから協力してもらうって、普通はやっぱり子供が親にしてもらうことなんではないだろうか、と思うと、この年になってもまるで成長していないわが身を再確認して複雑な気分。

だがそんなことは言ってられないくらい追い詰められておりまする。自分で望んで引き受けたのだから、期限までに仕上げないわけにはいかないのです。

しかし今日は既に来週の味噌作り講座のために大豆を炒って精米所に持っていかなくてはならなかったし、土曜日のケーキも焼かねばならぬ。もはや宿題だけやっていればいい、長崎に行っているハズの時間は終わってしまったのです。

ところが屋根裏で七転八倒していても、何も開けてこなかったのに、あれこれと用事のために動き出したら、パーッと書くことが繋がっていったのです。それが今日の昼のこと。そしたら今度はもうムズムズしてしまってどうしようもない。

忘れないうちにそれを文字にしておこうと思うものの、とりかかれないまま夕方になり、さすがに今日は晩ごはんを全部任せてしまうというのも気が引けて、準備をしていてもザワザワして仕方がない。

なんなんだろうなぁ、この感じ。

これは何かに似ている、どこかで感じたことがある。

苦しいのにヤメたくない、この胸の痛みが快感、みたいなこの感じ。

自分の中から、とてつもない力が湧いてくるようなこの感じ。

こういう感じが味わいたいが故に、書いたものが日の目を見ようが見まいが、ワタクシは苦しみつつも、何かを書いていくしかないノダな。

と思いつつ今宵また屋根裏にて続きを書こう。




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by sanahefuji | 2018-08-23 18:13 | 雑記 | Comments(0)

母は不在のものとする

本当ならば今日は長崎に行く予定だったと書きましたけれど、ワタクシはこの長崎行きのフェリーでの往復8時間弱の時間で、夏休みの宿題の作文をやってしまおう、と思っていたのです。

ところが延期になった、ハテ困った、と思いましたが、いやまてよ別に困らないノダ、最初の予定通り、今日と明日は母不在、ということにしてもらえばよいノダ、と思い、そのように家の者に宣言してワタクシは「木ノ口かたし 屋根裏」に引っ込むことにしたのです。

しかし、家というのは誘惑が多い。このパソコンもそうですね。その他にもちょっと何かオヤツでも、とか飲み物でも、などと言っては台所に行ったり、こうしてブログに逃げたりする。持ったばかりの携帯をいじったり。電話したり。

船の方が圧倒的に集中できたのに、とも思う。

イヤ、今の精神状態では同じことかもしれない、とも思う。

雑念にまみれて苦悶するのみ。不毛の時間が流れてゆくばかり。もう何も書けないような気がしてくる。

「ペンシャープナー」という言葉を知ったのは、とある書く技術の本であったけれど、それは、自分が書く前にいい文章を読んで、スッと書く仕事に入っていきやすくするためのもの、という意味なのでした。

ワタクシにとってのその「ペンシャープナー」は、再々ここにも書いている石牟礼道子さんの「綾蝶の記」。今日読んだところは特に面白くて、もう声を出して笑ってしまうくらい面白くて、なぜならば道子さんの「とろい」部分というか実用的でない部分、というのがワタクシ自身にも身に覚えがあるようなことばかりで、そうそう、そういうの分かる分かる、と非常に共感しながら笑ってしまう、という感じでした。

それを読みながら、そうだワタクシも書かねば!

という気持ちにはなるのですが、やっぱり雑念に飲まれる。ああもうどうしようもない。

しかしペンシャープナーの役割は確実に果たしてもらった、とは思います。

母不在の今日の晩ごはんは、サトが家庭科の宿題でハンバーグを作ってくれるらしく、既に良い匂いが漂い始めておりまする。

不在なのにちゃっかりメシは食う母なのである。

こんなワガママをやっているのだから、絶対に仕上げねばならぬ、と決意して、屋根裏に戻ります。

それでは皆さま、ごきげんよう。



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by sanahefuji | 2018-08-22 17:17 | 雑記 | Comments(0)

昨日はいい凪じゃった

本当は今日は、長崎市内で女性農業委員の総会などがあって、それに出席する予定であったのですが、台風19号が長崎に接近していることから、総会が延期になりました。

ワタクシは常日頃から自分は「凪女」である、と公言しておったのですが、とうとうその「凪女」を撤回することになるのか、と内心おそれておりました。

というのも、台風の予報を見るにつけ22日には海が大時化になるのは間違いないことでしたから。

ところが、その用事そのものが延期になって今日は船に乗る必要もなくなったわけだから、やはり「凪女」は撤回する必要はないノダ、と胸をなで下ろした次第です。

しかも、台風は最初の予報より、相当にそれていて福江島から離れたコースになっています。最初の予報では、かなりイヤなコースで、ものすごい被害のあった台風7号並みの暴風雨になりそうだ、と危ぶんでいたのですが、ここまでそれてくれれば少し安心です。などと油断してはいけないのですが。

昨日は台風前に、と思ってブルーベリーの収穫を慌ててした後に、稲刈り目前の田んぼにピョンピョンと飛び出ている雑草ヒエを抜いたり刈ったり、を少し手伝った後、鶏のエサに混ぜるための米糠を富江の精米所に取りに行きました。

昨日は、と言うか、昨日も、と言うべきか、海が本当に美しく輝いていて、ワタクシはこんなに美しい場所に住んでいるんだな、としみじみ思ったことでした。つき合いが長いと、当たり前すぎて忘れてしまうのですが、例えば美人の友達がいて、時々ハッと「まぁなんて美しいヒトと友達なんだろうワタクシは。」などと思って感動することがあるように、五島の景色に対してもそういう感じに時々なります。

日常のお仕事の途中に旅人のような気持ちになれることが嬉しい、とも思いました。写真では輝きがまるで写っていませんが、本当にキラキラキラキラと、それはもう罪なくらいの美しさで。
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そして午後からは、今ワタクシが計画している名付けて「木ノ口かたし 土曜サロン」、これは土曜日の午後のお茶の時間に、「木ノ口かたし」でお茶しながら皆さまのよりよい暮らしの一助となるような講座などを時々開催しようというものですが、その打ち合わせに、めったに行かないカフェなどに行ってきました。めったに行かないところに行く、ということ自体もなんだか非日常な感じでワクワク楽しかったです。

その「木ノ口かたし 土曜サロン」の第一回目は10月に「お片付け講座」を予定しております。詳しいことは「かわら版」にてお知らせいたしますね。

夕闇せまる頃、「木ノ口かたし 夜の部」にお客さまがある、ということで、漁港に氷を買いに行きまして、そこでもこの凪の海。
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この写真の5秒くらい前には空が燃えていたのですが、一瞬で消えてしまいました。残念。

いい凪じゃのう。ホント、いい凪じゃ。

海を前にして交わされる、故郷のヒトビトの言葉が蘇ります。海の近くで暮らすヒトビトにとって、海が凪かどうか、というのは本当に重要なことで、いつもいつも海の様子を気にしながら生きています。

農家のヒトビトが常に天気を気にして生きているように。

そんな暮らしが、いい暮らしだな、とワタクシは思います。

昨日は、しみじみ、いい日でした。









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by sanahefuji | 2018-08-22 05:01 | 雑記 | Comments(0)