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ラジオは楽しい

昨日の朝、いつものように「木ノ口かたし」の開店準備をしながらラジオを聞いていて、これは必ず記録しておかねば!

というお話を聞きました。

あれは何というコーナーだったか、名前は忘れましたが、何人かの著名な方が持ち回りで、毎週何かのテーマについて喋る、というもの。

昨日は解剖学者の養老孟司氏でした。

彼は御年80歳なのだそうですが、お声がですね、実に色気を感じる声なのですよ。艶っぽいと言いますか。

なので、ワタクシは聞きながらちょっとドキドキしてしまう。それもあるし、氏のお話はいつも相当にワタクシの興味をそそる話ばかりなので、おっ、今日は一言も聞き洩らさず聞かねば!

という気持ちになります。いや、別のヒトの時は適当に聞く、というわけでもないんですが。

それで、昨日の話。

養老氏はまず「アメリカというのはどういう社会なのか、ということを考えました」というようなことを最初に仰いました。

ここで、ワタクシはまた作業の手を止めて「おっ」と思い、ラジオの方にかなり集中いたします。何故ならワタクシにとってもアメリカという国は謎だからです。どちらかというと悪い印象しかない国、というか。

氏が仰ったことを、そのまま再現するのは難しいので、もしかすると間違った部分もあるかも分かりませんが、とりあえずワタクシが覚えている範囲で書きますね。

アメリカというのは、様々な国のヒトが集まって作った社会である。そのような国の成り立ち、というのは我々日本人の感覚では分からないところがある。様々な国の様々な文化を持ったヒトビトが集まって、何かを決めなければならないので、アメリカという国では「理性」が最も尊重されるのではないか。つまり自分たちの文化的なものが自分たちにとっては大切でも、異なる文化のヒトにとっては関係ない、ということになるので、誰もが「公平に」理解できる「理性」というものに重きを置いた社会になったのではないか。

それはどういうことか。

例えば、貧しい地区に住んでいるヒトとお金持ちのヒトが住んでいるヒトがいるとして、この二人がある会社に就職するとする。会社の側は、その二人のヒトが住んでいる場所についての情報を「公平に」入手することができる。それぞれの地区のいろいろな情報を正確に。

そして、その正確な情報に基づいて、それぞれのヒトに「公平に」点数をつけていく。

そこに感情的なものは一切なく、事実のみで判断する。

そういうことを続けていくとどうなるか。

貧しいヒトはますます貧しくなり、お金持ちはますますお金持ちになる、というように、格差がどんどん開く社会であると。

理性的なことは良いことである、と考え、しかし、あまりにもそちらに片寄ってしまうことは、人間を幸せに導けないのではないか。

人間とは果たしてそういうものか。

ということを考える必要がある、と仰っていた、と思います。

いろいろと抜けていますが、だいたいこのようなことを仰っていたのを聞いて、ワタクシは「ハッ」としました。

何か今の日本社会もアメリカと全く同じようになってきている、と感じるからです。

そして、思いました。

うんうん、人間は機械ではないんだよなぁ、って。

ワタクシなどは、どちらかと言えば感情に流されるタチでしたから、それで困ることも多かったので、理性は大事だと思います。しかし、それもやっぱりバランスなんだな、と。

感情と理性のバランスが大事なのだ、と思います。

理性的にばかり考えていたら、人間は子供を産んで育てることなんてヤメてしまうのではないか、というような気がしないでもない。感情で突っ走らなければ恋愛などできませんものね。

現に今の日本の少子化がそれを証明しています。

繁殖をやめてしまう、ということは、生物をやめてしまうことなのかもしれない、とさえ思う。

最近あまり聞かなくなりましたが一時期、保育園を作るのに、周辺の住民が騒音を嫌がって反対するから、なかなか作ることができない、というようなニュースをよく聞きました。

これを聞いた時にワタクシは、日本というのは、もはや世も末だな、もうこれって生き物としての末期症状ではないか、と思ったものです。

人間ってどれだけ、自分のことだけ考えて生きるようになってしまうのだろうか、と空恐ろしい気がしました。

自分が子供としてどうやって育ってきたか、とか、これからの子供たちが育って行くこと、そういう新しいヒトがいなければ、自分もまた困ることになる、とか、そういう想像力ってまるでないのかな、と。

どうしてそういうことになるのか、よく分からなかったのですが、あまりにも便利になりすぎた社会は、明らかに自分の利益に反することを受け入れられなくなるのかもしれない、と思いました。

今日は台風で運動会も中止、福江まつりも中止。

残念ことではありますが、どうやったって人間は自然には敵わない、人間の思い通りにはならない、ということを思い知るには良い機会なのかもしれません。

とは言え、日本全国で被害が少なくて済むように、どうかどうかお手柔らかに、と祈らずにはいられません。

人間とは果たしてどういうものか、よくよく考える機会にしても良いのかもしれません。

いやしかし、土曜日の朝のラジオは有意義だなぁ、と思います。

最近は土曜日以外はあまりラジオを聞かなくなってしまったので、時々は聞いた方がいいですね。

ところで、養老氏のお声が色っぽい、と言いましたけど、声が素敵なヒトっていいですよね。ワタクシが好きなのは女のヒトは圧倒的に低くて落ち着いたトーンの声で、男のヒトもやっぱり渋めの声かなぁ。

やはりラジオで、時々あるコーナーに出てくる方の話す内容が、もうメッチャ面白くて、声がまたすごく自分好みだったので、いつも楽しみに聞いていたんですがね、ある時、どうしてもどうしても好奇心に耐えかねて、その方を画像検索してしまったことがあったのです。イマドキは有名な方なら写真がすぐに出てきますから。

結論から言いますと、見なければヨカッタ、と激しく後悔しました。

というのも、その方が話す内容とか声などを聞いているうちに、ワタクシは自分の中で勝手に、その方の姿を作り上げていて、それも当然ものすごく自分好みに考えて、「やっぱり眼鏡は外せんだろう、うんうん、背は高過ぎず低過ぎず、髪型はこのような職業であるからには短すぎてはヨクナイ、適度な長さがあり緩やかに遊んでいる感じに違いない」などと想像してしまっていたわけなので、その想像上の姿とあまりにもかけ離れ過ぎていてショックを受けたほどです。

眼鏡、かけてない、背も低すぎではなかろうか、髪が短すぎではないだろうか、面の感じもなんか違う、などなど、その方はそれがそのままのその方であるというのに、勝手に想像しておいてホントになんたる失礼な言い草かと呆れますが、実際そう思ってしまったんですね。

まぁしかし、その後もその方のお話はいつも楽しく聞いていますが、想像上の姿が打ち砕かれたことは残念でたまりません。

このことから、知りすぎない方が良いこともある、という教訓を得たのでした。































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by sanahefuji | 2018-09-30 08:29 | 雑記 | Comments(0)

台風接近の「かたしのお昼ごはん」

台風24号の接近のため、今日の小・中・町内が合同で行う運動会が中止になってしまいました。そして、昨日と今日の「福江みなと祭り」も延期。

ナンテコッタ!

運動会について語り始めたら止まらないワタクシなどは、子供たちの嘆きがよく分かる。本当に、これが自分が子供の時だったら、わが家の子供たちの罵詈雑言&ボヤキなどまだまだカワイイもの、というくらいに、もっともっと激しく天を罵り、ヒトに当たり、絶望の淵に沈んだに違いないのです。

それくらい、運動会が好きだったのですね。運動神経はヨクナイのに。

いや、運動会というのは運動が得意なヒトは楽しい、とかいうレベルの話じゃあないんですよ。あれは、田舎のお祭りそのもの、「ハレの日、ケの日」っていうので言えば、大々的なハレの日なのでございますよ。

少なくともワタクシが暮らしていた集落においては、あんなに晴れがましい祭りは他にない、というくらいのものでした。

今はもう、田舎の学校も学力学力って喧しくって、そこまでの労力をかけた運動会などする術もないけれど、年に一度のお祭りなのには変わりありません。

それがなくなってしまった。

本当に子供たちにとっては気の毒なことです。

「福江まつり」もなくなって、そちらに行く予定だった親子連れの皆さまが「かたしのお昼ごはん」にドヤドヤと来て下さったりして、「木ノ口かたし」にとっては台風24号が思わぬ経済効果をもたらしたんですけれども、やっぱり予定通りに何もかも出来た方が、ヨカッタに決まっています。

そんな昨日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・鯖の味噌煮
・鶏小屋カボチャの春巻き
・ピーマンと鶏肉の炒め物
・大根サラダ
・卵焼き
・ツルムラサキとタマネギと大根の味噌汁
・リンゴと胡桃のケーキ
・カマド炊きごはん

でした。

いつも、家族の昼ごはん、はたまた晩ごはんの足しにもなるように、大量に作るのですが、昨日は何も残りませんでした。

それを知ったサトの車の中でのコメント「嬉しいねぇ、たくさん食べてもらえるってことは。」とのこと。

前の「かたし」と共に生まれたコドモですから、「かたし」と共に育っている、という感じがします。









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by sanahefuji | 2018-09-30 05:21 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

中学生の職場体験 最終日

今日は久しぶりにイノシシが罠にかかってました。
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ウリ坊ではありませんがチビイノシシです。これくらいだったらカワイイんだけどなぁ。

さて、今日は中学生の職場体験の最終日、わが家にやって来たら必ずやってもらうのが、昼ごはん作りです。

それも、どうしてもイヤという場合を除いて、鶏を一羽さばいて料理してもらいます。

今回やって来た3人の子供たちは、鶏さばきもヤル気だったので、昨日のうちに一羽お肉にして、今日の昼ごはんでは鶏ガラでスープ、肉は唐揚げとなりました。
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ごはんはワタクシがカマドで炊きました。

そして、デザートのプリンも作ってくれましたよ。
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中学生くらいになると、もうなんでも出来ますね。ただ、その機会があんまりない、というだけで。

なんだかんだで、もう随分前から職場体験を受け入れていて、毎年のようにわが農場には子供たちが来てくれますが、ほんの短い間だし、何か役に立っているかどうか、というのは、自分たちには分からないのですが。

ところで、最近ワタクシが車の中でも、例の30年以上前の中島みゆきのCDばかり聞いているものだから、わが家の中学生がフトした時に、その中のある曲を口ずさんでいたりするのです。それが、ワタクシが好きな繊細で優しいげな曲ではなくて、何かアクの強い、いかにも昔の「みゆき節」的なヤツで、ちょっと妙な歌、と言えなくもないもの。

イマドキの中学生がこの曲を鼻歌で歌うか?!

と、そのミスマッチが可笑し過ぎて、笑えます。この曲を歌うのは中三の方なのですが、もう一人の中学生、一年生の方は、また別の曲が耳に残る、と言います。それもやっぱりアクが強い曲。すごく切なく優しい曲とか名曲とかではなく、そういうのの方が印象に残るんだなぁ、ということは新鮮なオドロキでした。

そんなふうにワタクシは今現在は昔の中島みゆきにハマっていますが、夫の方は、もうずーっとずっと多分これからも永遠に長渕剛です。

このように車中の選曲だけ聞くと、随分と暑苦しい両親のように思えますけど、まぁそうでもないんです。多分。

むしろ素気ないくらいかと。

なので、職場体験の中学生なんかが来ても、対応は割とサラッとしているかな、と。両方ともどちらかと言うと人見知りなんでね、いろいろ言わずに、料理なんかも全部任せてしまうんです。

どういう対応がいいのか、よく分からないのですが、まぁそれでも何か得るものがあれば幸いです。





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by sanahefuji | 2018-09-28 15:03 | 家族のこと | Comments(0)

初クルミ!

長野から今年のクルミが届きました。
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なので、早速フライパンで炒って、パカッと割って、実を取り出して、土曜日のケーキに使いました。

ずーっとブルーベリーだったので、今回はリンゴを初クルミに合わせてみました。
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紅玉が売ってないかなぁ、と思って探しましたが、残念ながらなかったです。

ブルーベリーの季節が終わり、早いとこ網を外して、草を刈ったり、蔓を払ったりしてやりたいのに、何も進んでおらず、畑も草を少し刈り倒したまま、何も進んでおらず、はたまた販売用のブルーベリージャムがなくなってしまっているのに、追加で作ることも進んでおらず、「かわら版」も書かねばならないのに、それもやっぱり手つかずのまま、というように、またまたじわじわと追い詰められつつあるワタクシですが、ついついまた本を借りてしまったのよね。
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この本を予約した時、というのが、まだ長崎に行く前だったことから、船で読めるかも、などと思っていたのですが、結局それには間に合わず、今となっては、もうこれほどのものをじっくり読む精神的な「ゆとり」を失くしている、という状態なのであります。でもこれは、われらが長崎、おどみゃ島原、の乱の話なのですよ。天草四郎も出てくるし。

読みたい・・・でもダメダメ、その前にやることがいっぱいあるんだから、というように、欲望のままにフラフラと吸い寄せられて活字の海に溺れてしまいたいという感情と、いま近付いてはダメダメ絶対ダメなの、という理性の狭間で揺れる女ゴコロ(とりあえず女はカンケーないか)。

かくも悩ましき初クルミの季節でありんす。























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by sanahefuji | 2018-09-27 22:36 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

全ては「好き」から始まった

昨日の農業委員会の総会&研修会&懇親会&二次会は無事に終わりました。

本当は三次会にも誘われそうになったのですが、今朝は挨拶運動の当番があって早朝から校門前に立たねばならなかったし、今日から中学生の職場体験が3日間入っているし、あんまり遅くなっちゃあヨクナイ、と思ったんで二次会終了後にスバヤク戻って来ました。

目標を掲げた通り、宇多田ヒカルの歌をカラオケで歌ってみたんですがね、それはそれはもう難しすぎました。

ホントに予想以上でした。惨敗です。

ワタクシが一生分聞きそうな気配の歌も歌ってみました。これも難しかった!

実際に自分でやってみないと分からないことばかり、ということが分かりました。

ところで、昨日の懇親会の時、お隣に座った方と話をしていて、お年や雰囲気などから考えて、当然、家族がいるものと思って話していたら、その方が今までずっと独身である、ということが分かり、にわかにその理由が知りたくなってしまい、取材人のスイッチが入ったワタクシ「え、どうしてですか?なんでなんで?」などというように、根掘り葉掘り聞き始めたわけなんです。

なんでもその方は、今でこそこうして女のヒトとも話が出来るけれども、若い頃はヒトと話をすること自体が苦手で、意中のヒトに告白するなんてとても出来なかった、と言うのです。

ナヌ!?

と思いましたね。

それはナントもったいないことを!

とワタクシは思いまして、過去のことはもうどうしようもないけれども、現在はどうなのか、というところまで追求せねばなるまい、と取材人魂に燃えて思ったわけです。

それで、今なにかこう気になっているヒトとか、いいなぁ、と思っているヒトはいないんですか?と訊ねましたところ、そういうヒトがいる、と言うではありませんか。

ヨシ!

と何故かワタクシの方が気合いが入りましてね、おぉ、それならこれから、その方との距離を縮めていきましょうよ、とワタクシは提案したのであります。

自分ちの生産物とか店とか、お酒とか、その他もろもろ他人さまに勧めるのは躊躇してしまうくせに、このような話だと、ワタクシはかなり強引におススメしてしまうのは何故なのか。

それは簡単、自分が好きになったヒト・モノ・動物・建物・場所・仕事・趣味その他いろいろに、自ら近付いていって関わる、ということで、失ったものというのは何もなく、もう本当に得ることばかりだったからです。それも莫大に。傷付いたり苦しかったりしたことさえも、全てが自分の糧になっていることを実感しているからです。

ヒトの場合だけに限って言えば、ワタクシの場合、子供の頃から十中八九は伝えてしまう、というのも手紙女であったがために、ついつい手紙を書いてしまったり、あるいは単細胞過ぎてスグにバレてしまう、ということなんですけども、自分の気持ちを伝えて後悔したことというのは本当にただの一度もありません。

その時その時でワタクシはいつも滑稽で、みっともなかったかもしれないけれど、それぞれの時に、宝物のように大事にしまっておけるような、ほんわか心が温かくなるような思い出があって、あー、なんか今思えばみんないいヒトだった、などと、これまた出た!認知の歪みか都合の良い解釈か、といったところですけど、みじめな思い出すらも、豊かな時間だったと言えることは確かです。これって関わらないと絶対に生まれなかった時間だ、と断言できます。

であるからして、その隣り合わせた方にも一歩踏み出してもらいたい、とワタクシは心からそう思ったのです。

聞けば、思いを寄せるヒトの名前もまだ知らない、と言うではありませんか。

イマドキなんと純なお方!

さっそく状況を詳しく聞き出して、一緒に作戦を考えましたよ。

まぁしかし懇親会の間中、同じ場所にばかりいるわけにもいきませんから、方々で農地のモンダイについて語り合ったり、農業行政についての意見を申したり、真面目に農業委員としての責務も果たしつつ(?)、懇親会は滞りなく閉会となったのでありました。

帰り際に、その最初に隣になった方が「恋バナが出来て楽しかった。」と仰ったその横顔が、ワタクシには会の始まった時よりも10歳くらい若く見えたんです。ホントに!

「次回、報告を聞きますけんね~」と言って別れたワタクシでした。本当に進展するといいのになぁ。

農業モンダイでも田舎のモンダイでもなんでも、基本は一人一人が、どんなふうな気持ちで、そこでその仕事をして生きていくか、ということ抜きには語れない、とワタクシは思っています。

一人一人が生き生きとして、自分の役割をまっとうしていく、ということで、その業界全体、地域全体も生き生きと輝き出すのではあるまいか、というようなことをワタクシは、ずっとずっと考えています。

何も人じゃなくても、土地とか建物とか物だって、自分の役割をまっとうしながら最期まで生きていくのがシアワセだと思います。もはやヒトに必要とされなくなって捨てられそうになっていた、いろんなモノがわが家に来てくれて、力を発揮しているのをワタクシはずっと見てきて、その力というか光というか、そういうものを感じ、それを自分も受け取っているような気がしています。

だからか、確実に一年一年と年はくってるはずだけど、前よりなんか元気になっていくなぁ、と思うんですね。

まぁそれは、子供が大きくなって手がかからなくなったり、実際には前の「かたし」のお世話ってホントにタイヘンだったから、それが楽になったから、というのもあるかもしれないけれど。

そうそう、「かたし」と「付き合う」のは、いろいろタイヘンだったのです。でも惚れた弱味と言いますか、好きになったのだからしょうがない、ってなもんで続いたんですね。

東京外国語大学の学長さんも、「自分が何かを『好きである』という気持ちが全ての入口である」と仰っていましたもの。

そうそう、だからね、一歩踏み出しましょう、誰も彼も。

と思った、農業委員会の懇親会でありました。




















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by sanahefuji | 2018-09-26 19:00 | 雑記 | Comments(0)

宇多田ヒカルに挑戦したい

昨夜は「木ノ口かたし 夜の部」、お酒は一切ナシのお食事会的なものでご利用いただきました。

居酒屋営業のことを書いたばかりですが、お酒ナシのお食事会なんかも時々あります。毎日開けているわけでもない小さい店ですから、メニューが決まってあるわけでもなく、置いてあるものなんかも少ないのですが、事前に「こういう感じがいい」とか「予算はこれくらいで」とか「この飲み物が欲しい」とか「これは是非とも出して欲しい」とか「これは苦手だからやめて欲しい」などなどという要望があれば、それはいくらでも応えることが出来るのです。

しかし普通のお店というのは、もともと沢山の選択肢を用意して、その中でお客さまが自由に選べるようにして、きちんと待っているわけだから、やっぱりそれはすごく親切ですね。そういう点で見れば「木ノ口かたし 夜の部」は不親切なのかもしれませんが、そんなつもりはないんです。いくらでも要望に応える気持ちはあるんです。話せば分かるんです。ハイ。なので遠慮せずに言って下さいませ、とワタクシは申し上げたい。

で、昨夜のようなお酒ナシの場合だと、夫は料理を出してしまうと引っ込んで、後はワタクシがデザートのタイミングを見計らってコーヒーや紅茶を入れて、お出しする、という具合になっております。

昨日は、シンプルなスポンジケーキにブルーベリーソースと生クリームを添えたものにしました。昨夜のお客さま方は以前も利用して下さったことがあって、その時はチーズケーキのブルーベリーソースかけ、というのにしたんでした。
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わが家にある材料、ということで、卵、小麦粉、ブルーベリーを使ったものになりますね。もう少し、レパートリーを増やさねば、と思っておるところ。でもそれだって、そういうものを使わずに、と言われれば、出来る、と思います。
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技術はともかく、材料だけは自信アリ!のデザートですが、皆さまに大変喜んで頂けて、ヨカッタです。

気候がいいせいか、「木ノ口かたし 夜の部」も続きますが、今日はワタクシも外部で飲み会です。

本日は農業委員会の総会で、総会の後に研修会があって、その後が懇親会、という、この間の長崎行きと同じパターン。

午後から、夜までの長い半日。

農業委員会の席など場違いな感覚がいつまでたっても抜けないワタクシですが、それでも割と真面目に、もうムズカシイお役所言葉の条文とか、農業者年金の仕組みとか、なんとか理解しようとは思って、午後の睡魔と闘ったりしているわけです。

そして、やはり場違いな酒の席で、なんとかなじむべく、ヘタなお酒を勧めつつ農家のオジサンたちのお話なんかを聞いて、人間理解に努めているわけなのです。

しかしながら、その後に連れて行かれるスナックなんかでは、こんなお子様のワタクシが行ったって何もすることがありません。

なのでワタクシは、もう随分前からその場では歌を歌う、と決めております。誰も聞いちゃいないし、それをいいことに勝手にどんどん入れて歌ってしまう。

近ごろハマっているのが、もう30年くらいも前の中島みゆきのCD、これ、聞けば聞くほどいい!中島みゆきって、こんなに可愛いヒトだったんだ、と、もう改めて惚れ直して、聞ける環境にある時はそればっかり聞いているのです。気に入ったとなると、とにかくもうそればっかり、一生分くらい短い間に聞くわけです。

それで、その中の一つの歌、初めて聞いた時にはホントに不覚にも泣いてしまって、その後も聞く度に心の中で泣く、というくらいの歌があるんですがね、それを歌ってみよう、とか思っているワタクシでした。

その前にハマっていたのが宇多田ヒカルのとある曲、なんですがね、中島みゆきの単純な旋律と違って、これはかなりムズカシイと思うんですが、でも挑戦してみたい、などという欲が湧いてきておりますから、ちょっと歌ってみたいなぁ、なんて思っているのです。

おいおい、そんなことを目標にしてどうする、農業委員の仕事は?研修会は?などとお叱りを受けそうですが、いや、そちらを真面目に果たすのは当然のこと、ホントホント。その後の「つきあい」も「イヤだな」とか「面倒だな」などと思わずに有意義なものにする、ということですからね。

せっかくだもの、貪欲にいきましょう。












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by sanahefuji | 2018-09-25 08:21 | 雑記 | Comments(0)

「夜の女」はムズカシイ

前の「かたし」と今の「木ノ口かたし」では、いろいろと違う部分がありますが、一番の違いは「夜の部 営業」又の名を「居酒屋 えいじ」が始まったことかもしれません。

そう、何度か書いているように夫が予約制の居酒屋を始めたことです。

「木ノ口かたし」も開店して2年が過ぎ、その初めての居酒屋営業も最初の頃の混乱状態も落ち着き、慣れてきましたが、ワタクシはあくまでも裏方専門で掃除&片付けを全て受け持ってやっていて、よっぽど大人数の時だけ調理と接客を手伝う、という感じです。

しかしながら、この居酒屋、普通の店とはちょっと違って、店員参加型になることが多いのです。地域のヒト以外が来た場合は、普通のお店に近くて(でもやっぱり普通とは違うけど)、店員は飲物や食べ物を出すだけで良いのですが、地域のヒトビトが来た場合、まず夫は必ず参加します。そして、この居酒屋のお客さまは圧倒的に地域のヒトビトなのです。

殆どが夫のお客さまなので、ワタクシは片付けだけやっていればよいのですが、たまには「さなへさんも入って下さいよ」などと言われて、参加することもあります。

ところが、「夜の部」というのは昼間以上に女子力が必要とされるような気がして、女の役割全般が及第点かそれ以下なワタクシにとっては、これがなかなかムズカシイ。

お客さんじゃないんだから、ただ座って飲んだり食ったりしているわけにはいかないし(しかし実際そうなっている)、かといって、気の利いた「夜の女」と比べれば、まるでお子様、ボケっとしていて、お酒を作るのもタイミングが分からなかったり、洒脱な会話も出来やしない。

ほんとにねぇ、努力でなんとかなるものならしたいけど、こういうのって資質によるところも大きいでしょう。気が利くかどうか、ということは、他人への配慮と自分の決断力の両方が必要です。他人への配慮というのは気をつけていれば持てるのだけれど、ワタクシの場合、その後の決断力が欠けておるのよね。

こういう席において何かと世話をやく、というのが出来にくい、というのは、やっぱり考え過ぎなところが大きい、と思います。勧めた方がいいかもしれないけど、もしかしたら、なんか余計なお世話かも、今こんなことをしなくていいかも、などなどと考え始めると、決断が出来ないでグズグズしてしまうんですね。これ、昼の部の商売でもそうだけど、店員向きじゃない思考回路ですね。

その点、気が利くヒトは、さっと自分の基準で他人に対しても行動を起こせます。迷いがない、と言いますか。

そのような女のヒトがお酒の席にいると、いろいろスムーズなので、ワタクシはよくよく観察して、そうか、こうすればいいんだな、とその時は思うのですが、それを実行となると、やっぱりそう簡単ではありません。スポーツだって楽器だって、理屈が分かれば出来る、というものでもないでしょう?それと一緒です。

「夜の女」はホントにムズカシイ。

そんなわけで、そういう高度なお仕事に比べたら、片付けってホントに気楽、と思えるので、ワタクシは居酒屋の後片付け仕事が、とっても好きになりました。

片付け苦手、ってさんざん言ってけど、もっと苦手な仕事が出てくると、それが薄まる、というよい見本ですね。

まぁしかし、そんな気の利かない居酒屋店員でも「木ノ口かたし 夜の部」のお客さま方は寛大ですので、参加した時には楽しい時間を過ごさせて頂いております。

昨夜も、とっても美味しい超高級魚をお客さま持ち込みでの席に誘われて、五島の海の恵みに感謝!という気持ちになるホントにホントに美味しい魚を頂きました。

その超高級魚の鍋は、夫曰く前にアルバイトをしていた店では、一人前が3000円以上(一人前ですよ!)するシロモノなんだそう。

気が利かない「夜の女」ながらも、店員冥利に尽きまする!

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さて、片付けガンバルゾ!







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by sanahefuji | 2018-09-24 07:37 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

心って自由なのね

先週は一人で「かたしのお昼ごはん」を準備したので、品数が少なめで申し訳ないことでしたが、今週はまた元に戻りました。卵焼きも上手です。
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・酢鶏
・イシダイの塩焼き&大根おろし
・おでん風煮物
・ポテトサラダ
・卵焼き
・大根と人参と薄揚げの味噌汁
・カマド炊きごはん
・レモンピール&オレンジピール入りブルーベリーケーキ ココア味

でした。

新米になってから、土曜日の朝にカマドで炊く米の量を少し増やして、その分を塩ムスビにして置いておくと、子供たちが喜んで食べて、学校にも持って行くのです。その塩ムスビを友達にあげたら、すごく美味しい、と喜んでくれたとか。

そこでワタクシは「ふふふ」とほくそ笑むのです。「うとん山農場」のお米をカマドで炊いて、「さとうのしお」で塩ムスビ、最強なのだ、と。

またある時、わが家の中学生たちが頂いたクッキーを食べながら、話している。「クッキーはさぁ、やっぱりうちのが一番美味しいと思うんだよね。」などと。それを聞いたワタクシ、そりゃあアンタ、地味にしとるけど、わが家の小麦粉とか卵とか実は高級食材なんよ、と、ほくそ笑む。

イマドキは農家でも、包装のデザインとか売り方とかなんとかを、工夫して見栄えよくして、きちんとした商品にして高く売りましょう、という考えが主流になっているんですけど、それはもっともなことで、それは本当にその通りだと思います。

でもわが家はとっても小さな農家で、生産物の量も少ないので、特にいろいろカッコ良くしなくても、こうして分かるヒトが分かる、という感じがいいのかも、と思ったりもするのです。

なかなか活発な経済活動に心から賛同できないがためにその波には乗れず、ボンヤリしておるワタクシですが、この「かたし」や「うとん山農場」の活動が一代で終わらずに続いて欲しい、という気持ちはもちろんあって。なんか、そういう欲が出てきたんよね。

しかしこんなにボンヤリしていたら、この激しい競争社会では生き残れないのかもしれない、という思いと、ワタクシは今のような素朴に心温まる交流をしながらの、この商売がものすごく気に入っている、という気持ちの間で、まぁやっぱり揺れ動くわけです。

このように、心の中で、相反する思いに揺れ動き、迷い、時々何も考えずに発作的に心のままの行動に出たりもして冷や汗をかき、という具合に本当にあまり落ち着かない、しかしながら本来は「不惑」と言われているハズの40代。人間ってそうそう変わるもんじゃないんだなぁ、と日々実感しております。

でも、ですよ、もしかしたら、そんなに変わらなくてもいいのかも、と最近思ったりするんです。

このどうしようもない不安定さ、落ち着かなさ、というのが実は自分の強味というか長所なのかもしれない、と。

これって、オバサンになって図々しくなったワタクシの、都合の良い解釈かもしれないけれど。

でも、人間って変えられるところもあれば、どうしても変わらないところもあるんだな、ということが分かってきて、それを変えようとして、ものすごい労力をかけるのが、もはや若者ではないワタクシにとっては何かもったいないような気もしてきて。

開き直り、なのかなぁ。

現実はいろいろ、ややこしいこともいっぱいあるけど、いくつになっても、心って自由なんだな、ということを、いつも感じています。











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by sanahefuji | 2018-09-23 07:21 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)

今年は米の置き場がない!?

「うとん山農場」が借りている田んぼは44枚、ということを前に書きました。

毎年、その田んぼが何枚か集まった場所ごとに田植えの時期をずらしながら、5月から7月までかかって植えていくのですが、これらの田んぼが全部まともに実る、ということが、今までなかなかありませんでした。

時期が遅すぎたり、植えてから水がない時期に当たったり、草取りが間に合わなかったり、イノシシが荒らしたりして、どこかしらの田んぼ数枚は壊滅状態、というのが常だったのです。

ところが今年は、その田んぼの全部が全部まともに実っています。ワタクシ自身、その風景を初めて見て「なんかスゴイ」と感動しているところです。

もちろん、稲刈りはまだ始まったばかりで、9割はこれからなので、油断はできませんが、これだけ実った田んぼばかりだから、今年は米の置き場所にしている部屋に全部入りきれないんじゃないか、という話になっておりまして。

とらぬ狸のなんとやら、になっては困りますが、今の状態だと本当にそうなる予感。ドキドキ。

今はまだほんの一枚の小さな田んぼから取れた米を置いているにすぎませんが、これがどんどん増えていく!と考えると本当にドキドキワクワク。
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なので今年は、とれるはしから、どんどん売っていかねば!

と思っているところです。今までは量が少なくて、2月くらいまでで売り切れてしまっていましたが、今年はいっぱいありますので、どうぞよろしくお願いいたします。

朗報は卵にも!

今年、鶏小屋も少し屋外部分を拡張し、それでゆとりができたのが良かったためか、2月に入れたヒヨコたちがノビノビと育って、最近産み出したようで、今頃に卵が増えてきたのです。

夏を過ぎると卵は減る一方だったので、これも初めてのことです。

というわけで、明日は今までよりも卵がたくさんありますので、「木ノ口かたし」にぜひどうぞ!

これから実りの季節です。



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by sanahefuji | 2018-09-21 21:38 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

オシャレってそうなんだ

ワタクシが、五島に来てホントにヨカッタ、と心の底から思う瞬間の一つは、何かの用事で長崎に行く時に船(特にフェリー)に乗っている時です。特に旅行とかでなくて、用事で外に出るのに船、というのは陸路が整備された今の世の中では、島でなくてはなかなか難しくなってしまいましたからね。

昨日は本当に甲板が気持ちが良くて、しばらく外で本を読んでいて、それはそれは至福の時でありました。
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昨日もいい凪じゃった。
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ワタクシはとにかく船に乗るのが好きです。

ワタクシなどが子供の時分には、おそらくまだ日本中の海辺の田舎においては陸路よりも海路が重要だったと思うのですが、それがあっという間に道路の交通網にとって代わり、故郷の津々浦々の集落と町を結ぶ市営船は廃止になり、今はもう、その船に乗ることができません。残念なことです。

子供のワタクシは、船の切っ先が海を分けていく時に出来るこの泡を、ずーっと見ているのが好きでした。
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次々と作りだされていく白い泡と、海の深い色が混じり合って不思議な色になるのです。それがキレイだなぁ、とか、海の表面を歩けそうだなぁ、などと空想が限りなく膨らんでいくのです。

こういう椅子なんかも、船にあるものは昔から全国同じ規格なんでしょうね。懐かしい。
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それに、あの重油の匂い、これがたまらん。実に落ち着きます。

この船の匂い、というのがワタクシの中の三大落ち着く匂いというのの一つに入っています。ちなみに後の二つは、牛フンの匂いと麹の香りです。この三つが身近にある暮らし、というのがワタクシにとって良い暮らしです。だから今は実に良い暮らしをしている、というわけです。

さて、昨日の農業委員会女性ネットワークの総会や研修会では、やはりワタクシは未だ農業者としての実績がまるでないために、このような組織に属するには身分不相応の人間、ということをいつも思うわけなのですが、それでもまぁ何故か農業委員になってしまったのだから、出来ることをするしかない、と思いつつ、しかしやっぱり何かワタクシなどがここにいていいんだろうか、という感じはいつもあるわけです。

お話をする度に他の農家女性の先輩方はやっぱりスゴイと思います。ワタクシなどは草だらけの畑をそのままにして、こんなところにいていいんだろうか、と冷や汗が出るような心持ちでおりました。

しかしながら、懇親会ではお隣に座った若くてカワイイ職員の方が気を利かせてビールはついで下さるし、ワインなんかまで持って来て下さったものだから、すっかり嬉しくなってしまって(心はオヤジ)、久しぶりに飲むワインは美味しいなぁ、などと思って水の如く飲んでしまい、しかも前の「かたし」時代からご縁のある方も反対側のお隣にいたものだから、すっかり楽しく出来あがってしまい、長崎の夜は更けていったのでありました。

ホントに矛盾だらけのメデテー人間であります。

今日は昼のフェリーまでの時間にウロウロして家の者へのお土産を買っていたら時間がなくなって、結局ワタクシが行く前に目標としていた「新しい服を買う」というのは果たせませんでした。ぐるぐると歩いて回りつつ、あんなにたくさんの店があって世の中のヒトビトは洋服ってどうやって買うんだろう、と思いました。

後で思ったのですが、どういうものが欲しい、というのを明確に持っていないとそもそも選べないのだな、ということが分かったので、今度からはそれを決めてから臨まねばなりますまい。うん、そうしよう。

もう一つの敗因の理由としては、あんまり沢山ありすぎて、疲れてしまって、別に今いらないんじゃないか、という気持ちになってしまったのです。服を買うのは難しいなぁ。

しかし!

今回は自分のために、とっても可愛いものを買いました。

ナウシカがピアスをしているから憧れているけど、穴を開けるのがコワイとこのまえ書きましたけど、今はノンホールピアスというものがあるんですね。しかも樹脂でできたのが。イヤリングの金属で耳たぶをバチッと挟むのが痛くて苦手なので、これはいい、と思いまして、服は買えなかったけど、これを一つ買おうと思いました。

それで買ったのがコレ。
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ナウシカは赤いしずく型のものをしていましたが、ワタクシは赤より緑と青が好きだなぁと思ったのでコレにしました。

つけてみたらとっても可愛い(ピアスが)ので、なんだかとっても嬉しい気分。

そうか、オシャレってこういうことなんだなーと、40半ばも過ぎて気がつくようなことでもないけど、誰のためでもなく、自分のためにするものなんだな、と。

でももしかして、迎えに来た夫が「おや?」とか思わないかな、と少しでも思ったワタクシはやはりメデテーのでありました。

予想通り、まるで全然まったく気付かずスルー。髪を切っていても分からないのに、こんな小さなものが目に入るはずもなかったんですよ。

しかし、そういうことにマメに気付く男が好みかと言えば、そうでもないんだから、こればっかりは仕方がない。

割れ鍋に綴蓋、というヤツですな。












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by sanahefuji | 2018-09-20 22:53 | 雑記 | Comments(0)