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旅立つヒトを見て思う

今朝の太古丸でアサ&コータローが戻ってきました。

これで、わが家にとってこの春の一大イベント、長野への旅が終わりました。

昨夜、五島では陸にいても、けっこうな風を感じる天候であったことから、これは海上は時化なんじゃないか、とワタクシは危惧いたしました。もしここで太古丸が欠航になったら、子供二人がどこかで夜を過ごさねばならない、その手配など、どうすればいいかな、と考え始めていました。

船の会社に問い合わせてみたら、幸い定刻通りの出航を予定している、ということだったので、ホッとしました。でも揺れるだろうな、と思っていたところ、やはりそうで、アサは「吐きそうになった」とのこと。コータローはずっと寝ていたので知らない、だそう。

わが家の場合、ワタクシ、ハナ、コータローの3人は船には強く、まず酔う、ということがない上にワタクシは自称「凪女」ですから、18年も五島にいて、けっこう船には乗っているけれど、荒れた海で怖い思いをした、というのがまだないのです。

いつだったか、ヨットに乗せてもらってお隣の久賀島に行った時には、「うねり」がすごくて、小さな(と言ってもヒトが住めるくらいではある)ヨットが何時間ももうずっと大きく揺れ続けていた中でハナとワタクシは、やはり酔わなかった、ということもありました。サトとかアサがいきなり吐いたりするもんだから、その世話でアタフタしていたから、というのもあるかもしれないけれど。

あの時、うねる海が夕日に照らされていたさまと、それを見つめていると、何かこうグラグラと血が沸き立ってくるような感覚がしたことをよく覚えています。


二人が帰ってきた今日、遠くに旅立つアサたちの友達がいたので空港にお見送りに行きました。

五島の子供たちの大部分は高校卒業してから親元を離れる、という感じが一般的ではありますが、中学を卒業したら島外の高校へ行くために、既に島を離れる子というのも一定数います。

お見送りをしたその子と付添の家族を乗せた飛行機が離陸する様子を見ていたワタクシは、23年前、自分が日本を離れてドイツへと旅立った時のことを思い出していました。

旅立っていく若いヒトを見て、自分のその「旅立ち」の時のことをあまりにもハッキリと思い出したので、なんだかそのことが書きたくなりました。

ドイツ関連のことは時折チラッと書いてるので、同じことを書いてしまうかもしれませんが、お許し下さい。


ワタクシはドイツの農家に研修生として受け入れてもらってドイツに行くことになったのでしたが、それは海外の農業研修などを斡旋している組織などは、全く介さずに個人的に行ったことでした。

なぜならば、そういうちゃんとした組織を介して研修生となるとすると、しっかりと保障されている分、やはりこちらもそれなりのお金を用意しなくてはならないのです。しかしその時のワタクシは学生で、ほぼ無一文の状態であり、それは無理でした。

なので、大学の研究室の先生のもとに、たまたま訪ねて来られたドイツはバイエルン州の農業関係のお役所の方に、「どこかに農業研修生を受け入れてくれる農家はないか」と直接聞いてもらったのです(ワタクシはドイツ語は出来ませんから先生に)。その時、ワタクシはかなり強引に先生に「頼んで下さい頼んで下さい」とお願いしたことは確かですが、実際には自分では何もしていません。

そしたら、そのお役所の方が親切にも本当にそのような農家を探して下さって、ワタクシにお手紙を下さいました。

なんとかいう地方のアンガーミュラーさんという農家が、受け入れても良い、と言ってくれています、と。

それについて、ここで少し説明しておきますと、ドイツというのはマイスター制度というのがあるのですが、それは例えば何かの職人さんがマイスター(親方とか師匠と言っても良いかもしれません)という称号を持った身分であれば、弟子をとることができる、というような制度です。ワタクシはそれを利用してドイツに行こう、という考えでした。

そのマイスター制度というのは、どのような職業でもあるのです。農家の主婦でも、その「親方」の身分になれるのです。

それでワタクシは、そのアンガーミュラーさんという農家のお母さんの弟子、として受け入れてもらう、ということになったのですね。

そのような制度がきっちりとありますから、その契約のための書類が送られてきて、それに必要事項を書いて、農家に送る、というのを、確か研究室の先生とかドイツ語の先生の力を借りて、なんとか送ったのです。この時も自力では無理なので、全面的に先生に頼っていた、と思います。

そして、今度は3か月以上の滞在となると就労ビザが必要、ということで、ドイツ大使館にビザを発行してもらうために、その契約の書類を証拠として提出して、ビザの発行を待つ、という段階に進みましたのですが、これがなかなか時間がかかり、ウンともスンとも言ってこないので、本当は研修は4月から、ということだったのに1か月も足止めを食いまして、結局出発は5月の連休になってしまったのでした。

4月に出発するはずが、それが出来ない間、ワタクシはどこにいたか、というと、大阪に住んでいる兄のところに転がり込んで、そこでなかなか来ない大使館からのビザを待っていたのでした。

ワタクシ自身はドイツ語も出来なかったし、世間知らずで、何も分からないままだったのですが、そのような時に例えば、ドイツ人男性と結婚してドイツに住んでいる日本人の女のヒト、とかそういうヒトが現れて、通訳をしてくれたり、あるいは、契約では研修は10月までだったけれど、ワタクシが無理を言って一年いたい、と言ったら、その後に受け入れてくれる農家を探して、さらにビザの延長とかなんとかも全部、最初に受け入れてくれた農家のヒトビトがやってくれたりしたのでした。

そんなふうに日本だけではなく、どこの国でも、世間知らずの頼りない人間に対して、親切にあれこれを世話をして下さるヒトビトというのがいて、ワタクシ自身が「こうしたい」と思うことを叶えてくれました。

これは、そのドイツに行く前、北海道にいる時から、今の今までずっと続いているような気がします。

おそらくこれは、ワタクシの守護霊とか守護天使が導いてくれている、とか、そのようなスピリチュアルな理由というのも、考えられなくはないかもしれませんが、ワタクシはそうではない他の理由というのが思いついたのです。

ワタクシは子供のころから「都会に憧れがあまりない田舎の人間」であり、十分な田舎に住んでいながら、もっと本物の農村地帯のような場所に住みたい、という願望を持っていました。子供のころに住んでいた海辺の集落は平地が殆どなく、田んぼもなければ川もない、低い山の斜面を段々畑にして、そこにみかんの木が植えられているようなところでした。

牛とか馬とか大きな家畜も見たことがなく、田んぼも身近ではなく、海はあるけど川はなく、おそらく川がないことから水不足で、井戸水には時々塩が混じりました。

そこは本当に貧しい土地であったのです。

ワタクシは、作物が豊かに実り、水が豊富な土地、きっとそういうところに憧れていたのだと思います。

一方で、その海辺の集落のことも本当に好きで、田舎というのは実にいい、と子供ながらに思っていたフシがあります。

ところが、ワタクシが生まれた時代というのが1973年、ちょうど高度経済成長期の終わり頃で、田舎の風景というのが、ものすごい勢いで変わっていった時代だったので、地方が寂れていく有様を成長の途上で目の当たりにしているのですね。

そのことが、ワタクシの長い長い旅へと向かわせたきっかけになっているのかもしれません。

自分がとても気に入っている、田舎の暮らし、雰囲気、環境、そのようなものが壊されていくこと対して、どうすればいいのか、自分は何ができるのか、それをずっと模索している、と思います。

ドイツに行ったのは、ドイツの農村で一般的に普及している「農家民宿」というものを実際にこの目で見たい、と思ったのが一番の理由であったのですが、ドイツではその「農家民宿」に都会のヒトビトが来て泊まり、農村でのんびり過ごすという旅のスタイルが、一つのジャンルとして確立されて久しく、その活動全体は「農家で休暇を!」という呼び方で定着しています。

なので、ワタクシは殆ど出来ないドイツ語ながらも、まず一番に「ドイツの『農家で休暇を!』のことに興味があって、それを知りたいのでドイツに来ました。」という文章を丸暗記して、ほぼ100%のヒトから発せられる「どうしてドイツに来たんですか?」という質問に答えていました。

その答えというのが、ドイツのヒトビト誰もが納得するものだったようだ、と思います。ドイツの農村の、そのような活動を知りたい、と思って日本からわざわざ来たいうことが、ドイツ人にとっては嬉しく誇らしいことだったのかもしれません。

ワタクシの幸運というのは、おそらくこの部分である、と思うのです。

つまりワタクシの興味の対象がワタクシを導いてくれたのだと思います。

というのも、今でこそ世界は都市化して、都会で暮らすヒトが多くなっていますが、もともとの世界では、長いこと人口の8割とか9割のヒトビトが自然の中で第一次産業に従事しながら暮らしていたのではないでしょうか。

とすれば、殆どのヒトの中に、その時の記憶というのが刻まれているはずで、全く別の仕事をして、まるで別の環境で暮らしていたとしても、長い長い歴史の中で培われた暮らしの気配というのは、ヒトビトの中にきっと残っているのだ、とワタクシは考えます。

だから、そのようなものに興味がある、知りたい、というワタクシに対して、日本中のどこのヒトビトもドイツのヒトビトも協力を惜しまない、ということになったのではないか、と。

ありがたいことでした。

何代も前に遡れば、殆どのヒトは農に携わっていたはずだし、田舎に住んでいたに違いないのです。

だからワタクシの願いは、殆どのヒトの願いであるはずなんだな、本当は。

とワタクシはそのようなことを思いました。


大阪からシンガポール航空の飛行機に乗って旅立ったワタクシは、まずシンガポールに寄り、そこでフランクフルト行きの飛行機に乗り換えるまでの数時間を空港で過ごしました。

そこは、熱帯の湿った空気が感じられ、遠くに見える緑も濃かったです。

ところが次の日、ドイツに到着すると、それとは全く違う乾いた空気の中に色の薄い緑がありました。

どんよりと曇った日でした。

空港に到着していきなりワタクシは、何も分からなくて、どうしよう、と思いました。駅に行くにも空港の中からどうやって出ればいいかも分らなかったのです。

まごまごしていたら、山登りをするような大きなザックを背負った日本人らしき若い男のヒトが声をかけてきて下さって、空港から出て、一緒に駅へ行ってくれました。

コータローが迷子になった時に様子を見ていて助けて下さった方があったように、ワタクシもこのようにして、いつも助けてもらっていたのです。渡る世間は鬼ばかり、というのはワタクシにはまるで信じられないことです。

そうして切符の買い方もよく分からず、列車のどこに乗っていいのかも分らず、しかし、なんとか行き先だけは間違えずに乗った電車の中からは、日本の桜のように、あちらこちらに咲いている白い花が目につきました。

それは林檎の花でした。

どんより曇った空、乾いた風景の中にある白い林檎の花。

これがワタクシのドイツの第一印象です。

あの時から、もう23年もたってしまいましたが、その時の気持ちとか、志というのは何も変わらずにワタクシの中にあって、今日みたいに旅立つヒトを見送る時に甦ってくるのです。あの時の旅立ち、この時の旅立ち、人生の中のいろいろな旅立ちの時の気持ちが。

そして、ワタクシもまだまだ旅の途上、なんだな、と思うのでした。

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昨日より少し進んだチューリップ。一輪、黄色が見えました!



































by sanahefuji | 2019-03-31 16:28 | | Comments(0)

世界は幻なんかじゃない

カメラをどうしよう、とここに書いたら、「使っていないカメラがあるから」と、なんと「かたし」のお客さまに上等のカメラを頂きました。ありがとうございます。

しばらく字ばっかりの日記になっていましたが、やっと写真が載せられます。チューリップが咲いてきたところを載せられて嬉しいです。しかし、このチューリップ、色によって生育期間にズレがあるため、まだ黄色のものが咲いていません。赤と桃色、そして白は揃っているのに黄色がない。早く咲いて欲しいなぁ。
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10月の終わりごろ、ワタクシにはいくつかの嬉しい出来事が重なって、その嬉しい気持ちを何か形にしたいと思ったので、チューリップの球根をたくさん買ってしまったのです。花を買ってもよかったけれど、花はすぐに枯れてしまうと思ったから。
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11月の初めに植えてから、もう5か月もたって、季節は変わっているけれど、あの時の嬉しい気持ちがそのまんま、こうして花になったみたいで、これは我ながらいい考え、ほんのちょっとの工夫とお金で、まるでタイムカプセルみたいに過去の気持ちを味わえるって、なかなか良いなぁ、と思いました。

こうして写真をここに記しておくことで、いつでもそこに戻れるんだな、と思います。

本当にありがたいことです。

さてさて、久しぶりに「かたしのお昼ごはん」の写真。
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・鯖のニンニクねぎソースかけ
・スタッフドエッグ
・ヨモギの天ぷら
・大根の皮と糸コンニャクのキンピラ
・西洋ネギとエノキのバター炒め
・西洋ネギとキャベツの味噌汁
・カマド炊きごはん
・紅玉リンゴ・ブルーベリー・胡桃のココアケーキ

でした。

1週休んでしまうと、土曜日感覚を取り戻すのに時間がかかってしまいます。サトが、休んだ後は部活がタイヘン、と言っていましたが、それと全く一緒です。

早朝からボケーとして、いろいろと小さな失敗をいくつもしてしまいました。

でもなんとか無事に終わったので、先日の女子会でワタクシの誕生日プレゼントとしてもらったワインを少し頂きました。美味しい!ありがとう!
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「木ノ口かたし」の厨房は、3年前の3月29日に保健所の許可が通ったのでしたが、その日の夜、本当に安堵して、このカウンターでお好み焼きを食べたことなど思い出しながら。
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カウンター越しに見える風景も、少し落ち着いて、きたのかなぁ、などと思いながら。

あの時と同じ、「BIGIN」を聞きながら。


by sanahefuji | 2019-03-30 19:50 | 「かたし」のお昼ごはん | Comments(0)
先週はお休みをいただきましたが、今週は普通通り、朝9時から夕方5時までやっています、昼ごはんもあります、「木ノ口かたし」でございます。

しかしモンダイは、このブログというのがあまり情報提供の役割を果たしていない、ということで、ここに書いたからといって、店を訪れようとしているヒトには届かない、ということがあります。

というわけで、先週もここでお知らせはしていたのですが、知らずに来て下さった方々もいたようで、申し訳ないことでした、と、また、そう書いても、そのお詫びは届かない、ということになるのですが。

例えば、このブログに「五島市 かたし」などなどという言葉を検索して入って来られる方もおられますけれど、入ったところで、この「木ノ口かたし」にたどり着くための地図もなければ、営業日や営業時間も書いてない(営業日は題名で分かるかもしれないけど)、いつやっているのか、どこでやってるのか、それが全然分からない、ということになる。ホントに役立たずブログでスミマセン。

そんなことから、何かの「こだわり」でわざと書いていないのではないか、と思われたり、「隠れ家的」なお店を目指しているのか、とか思われたりすることもあるのですが、そのような高度なことは何も考えておらず、ただただ、このエキサイトブログの形式の中にそのような情報を常に表示しておく、とかいう技も持ち合わせず、最低限、ただ文章を書いてそれを投稿する、画像を載せる、ということしかできない、ということなのです。

汚い話で恐縮ですが、これは常々「ぼっとん便所ブログ」と銘打っているように、このただただ何かをダラダラと書く、というのがワタクシの排泄行為に他ならず、出さないと健康を保てないので出しているだけ、ということになっておりまして、それにつきあって下さるヒトビトがいる、ということがナント奇特でありがたいことだろうか、とワタクシはいつも感謝の気持ちでいっぱいです。

それでは有用な情報発信としては、どうすればいいのか、というのは、前にfacebookなるもので、情報を発信して、ブログでは今まで通りにダラダラ書く、というのを試みた時期もあったのですが、このfacebookというのがワタクシには全く合わない、ということが分かりまして、すぐに挫折してしまいました。

あれはなんでしょう、例えばヒトの投稿に対して「いいね」というのを押すか押さないかというのを、どうやって決めたらいいのか、とか、それを判断するにはよく読まねばならず、膨大な時間を取られたり、あるいは自分の投稿の場合、これには「いいね」があるのに、こっちにはないのはどうしてか、とか、そのようなことを考え始めると、もう混乱してしまって、自分にはとても扱えない代物、ということが分かったのでした。それですぐにやめてしまったのです。

そんなわけで、有用な情報発信をどうするかは今のところ答えは出ておりませんで、現代社会の波に乗れないワタクシは、昔ながらの「かわら版」で時々何かをお知らせしたりしています。こちらの「かわら版」の方には地図も連絡先なども書いてあります。しかし、発行する間隔がタイヘン長くあいてしまい、今は年に数回しか出してないのですよね。まぁしかし、これからもこのダラダラと長い無用なブログ&細々と続ける「かわら版」、というのでやっていくことと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

と言っても、必要な情報は届かない、嗚呼、なんともどかしいことか。さだまさしの「片恋」という歌のように、高音部を伸ばして
 
あーなたにどどけ~いつかいつの日か~ あーなたにとどけ~せめてそのかけらでも~

とワタクシは歌いたいと思います。




さて、昨夜、たまたまテレビをつけたら松本清張原作のドラマ「砂の器」をやってました。

この「砂の器」という小説、ワタクシは読んだことがあったのに、どういう話かを全く覚えていなくて、でも忘れる、ということはありがたいことだな、と昨日はしみじみ思いました。

何故なら、忘れているのでドラマの次の展開にスリルとサスペンスを持って見られるのです。覚えてなくてヨカッタなぁ、と思いました。

いや、これ、めっちゃ面白かったです。久しぶりに面白いドラマを見た、と思いました。

さすが松本清張!

そして俳優陣も充実していてよかったですね~。

こういう面白いドラマを時々見たい、と思いました。そして面白い小説を読みたいな、と。

読んでもすぐ忘れるので、同じものを何度も読んでもいいはずですが、やっぱり新しいのを読みたいのよね。今時の上手な作家さんのも面白いのだけれど、松本清張などと比べてしまうとなんかやっぱりチマチマしている、というか、薄まっている、というかなんというか。

時代とかあるいはその時代の暮らし方、とか、そういうので、人間が書く文章というのは変わるんだなぁ、とつくづく思います。

そのようなことを考えると、おのずと目指すところが見えてくる、ワタクシの文章修業、これからも、この場で息抜きさせてもらいつつ、続けていきたい!

と強く思った「砂の器」のドラマ鑑賞でございました。

さてさて、今日は普通の金曜日。

明日の「木ノ口かたし」の準備をガンバリマス!

ではでは皆さまも、今日も良い一日をお過ごし下さい。







by sanahefuji | 2019-03-29 08:44 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)
昨日、家族のうち夫とサトが帰ってきました。

戻ってきてすぐではありますが、昨夜は「木ノ口かたし 夜の部」に団体様のご予約が入っておりまして、ワタクシの担当はごはんを炊くこととデザートのお菓子を作ること、後はいつもの片付け&掃除くらいのものですが、やはり一人暮らしが気楽だったせいか、「木ノ口かたし」の従業員感覚がすぐには戻らない感じ。

でもまぁなんとか無事に終わり、いつもご利用いただく団体様、というのはありがたいものだな、としみじみ思いました。

さて、昨日家族が戻ってきて、真っ先に聞いたのが、表題の「コータローが迷子になった話」です。

それは長野へ向かう途中の名古屋駅での話。

名古屋発中津川行きの各駅停車の電車が既にホームにいて、夫と子供3人は荷物を持って電車の中へ。出発までにはまだ時間があり、駅のトイレに行っておこう、ということになったらしい。

この時、子供3人だけでトイレに行ったことが事の発端となったのです。子供と言ってもアサはこの春から高校生、サトは中2、コータローは小学2年生、電車に乗り慣れた子供であったなら特にモンダイはなかったでしょう。

しかし五島に電車というものは走っておらず、従って乗る機会というのはたまに本土に出た時、しかもそれは親に連れられて行くだけ、ということで、電車の乗り換えの仕方とか、駅の構造などなどを体感する機会が殆どないままなのですね。

トイレは一旦、ホームの階段を下りて、そしてさらに歩いて行かねばならない場所にあったそう。

当然ですがトイレは男女別、そうするとコータローと姉二人は別れてしまうのです。そして男性用はすいているけれど女性用の方には行列が出来ている、これもよくあること。

姉二人は当然、コータローにトイレがすんだ後に一人で電車に戻らないで自分たちが出るまでそこで待っているように、ということを言いました。

ところが姉が出てきた時には既にコータローの姿は消えていた、というわけです。

事件や事故、というのは、いろいろなモンダイ(それは一つ一つは小さなこと)が重なって、結果として事件・事故となって表れるわけで、その途中のどれか一つがなかったらそれは起こらなかったこと、というふうになっているものです。

まず一つ目のモンダイが子供だけでトイレに行った、そして二つ目のモンダイが男女別のトイレ及び混み具合、そして三つ目に「男子は言いつけを守らない」モンダイが浮上するのであります。

コレ、前にも書きましたけど、ワタクシの子供たち女子三人の後に男子を育てる体験、というのをやってみて女子と男子って本当に違うんだな、と思ったことの筆頭がこの「男子は言いつけを守らない」モンダイなのであります。

言いつけをわざと守らないのか、よく聞いてないのか、それともすぐ忘れるのか、自分の都合の良い解釈をするのか、おそらくその全部が合わさっているのでしょうが、女子だったらキチンと言った通りにするところが、男子には通用しない、ということが往々にしてあるのです。

これは他のお母さんに聞いてもそうで、「そうそう、それでヒドイ怪我したりしてるんですよ!」という話を聞いたりする。

今回がまさにその通りで、「ここで待っていなさいよ」という姉の言いつけを守らずにコータローは一人でとーちゃんが待っている、名古屋発中津川行きの電車に戻ろうとしたらしいのです。

そして再び男子の「オレってスゴイと勘違いする」あるいは「オレってスゴイと思われたい」モンダイが浮上するのでありますね。

これも、そういう傾向があるようだ、と感じるだけで個人個人で違う、とも思いますが、だいたいにおいて女子の方はキチンと出来ているのに何故か自信が持ててなかったり、「自分は全然ダメだ」と思ったりしやすく、一方の男子はあまり出来てなくても何故か自信過剰「オレってスゴイ」「オレはデキル」と思える、ということはあるような気がします。

この感覚の違いは一体何なのか、これはまだ研究の途上であり(ウソだけど)結論は出ておりませぬが。

ここでこの「オレってスゴイと勘違い」した、あるいは「オレってスゴイと思われたい」コータロー、電車に乗った経験も殆どなく、何も分かっちゃいないのに、自分はデキル、と思ってしまったんですね。

中津川行きの電車が停まっているのとは別のホームに上がってしまい、全く同じ色や形の電車、しかしそれは中津川ではなく別の場所行きの電車に乗ってしまったらしいのです。

そして、それは中津川行きの電車よりも出発時刻が早かったのです。

女性用のトイレから出てきた姉二人、そこにいるはずのコータローがいない、ややマズイ感を感じながらも、とーちゃんのところに先に戻っているのかも、という一縷の望みと共に戻ってみると、やっぱりいない。

そこで顔面蒼白となる姉二人、そしてとーちゃん。

中津川行きの電車の出発時刻も迫り、とりあえずその電車からは降りて、すぐに駅員さんに相談したそうです。

一方のコータロー、一人で電車に戻って来れた!「オレってスゴイ」と思ったところが、そこにとーちゃんはいない、そして間もなく電車の扉は閉まり、走り出してしまったのですから、さあタイヘン。

どんな様子だったのかは分かりませんが、この時、幸いだったのは、各駅停車の電車であってもちゃんと車掌さんがいた、ということです。

地方の各駅停車の電車というのは、今はワンマン運転が多いのではないでしょうか。つまり電車には運転するヒトしか乗っていない、というのが普通です。そういう場合、何か起こった時に対応するのが難しいだろうな、と、こんなことになって初めてワタクシは思い至りました。車掌さんの役割の大切さ、というのが分かったのです。

後で聞いたところによると、その電車に乗っていた車掌さんは、コータローが一人で乗ってきた時点で、何かおかしいな、と感じていたそうです。それで注意して見て下さっていたのですね。

夫が駅で駅員さんに相談すると、すぐに全ての電車に連絡を取り、どの電車にコータローが乗っているかをつきとめ、その最寄の停車駅で降ろして、そこで車掌さんと一緒に待っているようにして下さったそう。

これも後で聞いた話ですが、その時にコータローは、その車掌さんにこれから長野に行くこと、そして帰りには姉の大学のある香川に行くこと、などなど全部喋ったそうであります。

そして電話でワタクシに「そのコータローと一緒にいたヒトね、コータローが『やまざきこうたろうです』って言ったら、『ひこたろう』って間違えたんだよ。」などと言ってゲラゲラ笑っているので、「お前、反省してるのか?!」とワタクシは思わず言ってしまいましたが、一応、反省はしていたらしく、その後からはずっと、とーちゃんの手を離さず、勝手な行動は慎んでいたようです。

女子三人が続いていたものだから「言いつけを守る・言った通りにする」にあまりにも慣れ過ぎてしまっていたワタクシにとって、また男子というものを学ぶ良い機会となりました(?)。ホントに油断ならないのです。

でも、だからと言って、ああしなさいこうしなさい、と押さえつけたり、何から何までやってしまう、というのもヨクナイし、一体どうするのが一番いいのだろう。

ひょんなことから男子を授かってしまった(自分としては子供は三姉妹で完結するものと思っていたので)ワタクシとしましては、世の女のためにも息子は「よか男」に育てなければならないという使命があるので、いろいろ考えるわけです。

「よか男」とはどういう男か、それはこの間、ここにも書きましたけど、山伏の方が書いた本にあった「女の野生 男の度量」という話、これを考えれば答えは出ます。

も一度おさらい、そこに書かれてあったのは、女性というのは野性が強いものであるから、とにかく自由にさせておくのが良い、そしてその野性が強く、感覚のままに行動する女性を受け入れ、支えるのが男の度量というものである、というようなこと。

男の度量、というのを言いかえれば男の器、とも言えるかもしれませんが、そのような女というものを受け入れた時に、男の度量、あるいは器というのはどんどん大きくなって、人間としてもまた大きく成長するのではないか、とワタクシ、いろいろと見たり聞いたり体験したりしたことからも思うのであります。

というわけでお母さんは、世のためヒトのため、女のために息子は「よか男」にしなければならないのです。一緒に考えてまいりましょう。

というのもですね、今、あまりにも多くのヒトビト(女性)から「いいヒトがいない」「出会いがない」という声を聞くからなのです。これは一体どういうことか、よく聞くのは「いいなぁと思ったヒトは既に結婚している」ということで、これはまぁそうだろうな、と思います。では一人身のヒトはどうなのか、そのようなヒトビトの中に「よか男」の可能性が潜んでいるヒトがいないのかどうか、それは分かりませんけれど、とにかくそういう声はよく聞くのです。

ワタクシの人間観察の結果から申しますと、男も女もダメなヒト、というのはそうそういない、というのが持論です。パッと見える部分、分かる部分で判断されてしまうと、このワタクシ自身が「ダメな女」ということになってしまうので、そのような判断を早急に下すことは避けたい、と思います。

ヒトが「あまりイケてない」と見えるのは、長い年月のうちに、そのヒトが何かで自信を失っていった結果、そのように見えているだけなのかもしれなくて、何かで自信を取り戻せば、変わる可能性があるかもしれない、とか、いろいろな可能性は誰の中にも眠っていて、それはどんなきっかけで目を覚ますか分からない、という希望は持ちたいな、と自分のことも含めて思うのですけれど。

そして、いつも思うことですが、きっとそのようなことに年は関係ないのです。

まぁしかし、命に限りはありますから、なるべく早くに自分の力を発揮できるようになると良いですね。そのような人間関係が、男女問わず築けていけたら最高だな、とワタクシは思います。

この度、おバカなコータローがお世話になったJRのヒトビトには、ホントに感謝の気持ちでいっぱいです。

やっぱり、世の中捨てたもんじゃないなぁ、とワタクシはいつも思います。

みんな優しい、いいものを持っているのだと思います。

まだまだアサ&コータローの旅は終わっていないので、やや心配もありますが、その失敗から学んで、少し成長したコータローで戻ってくるハズです。

ワタクシ、これもいつも思いますけど、失敗からしか学べないことも多いのです。

この間、お寺の掲示板みたいなところにあった言葉、

「道に迷えば 道を覚える」。

道に迷ってばかりのワタクシですが、確かにそういうこともある、とナットク!
































by sanahefuji | 2019-03-28 09:42 | 家族のこと | Comments(0)
昨日の夕方のこと(牛の「ももか」脱走事件)があったので、今朝、農場に行くのがもうドキドキで、具合の悪くなりそうなほど、あるいは胸が疼くほど緊張してしまい、あ、この感覚はどこかで味わったことがある、何かに似ている、と思ったら、それはまるで片思いの恋のようではないか、などと感じてしまったワタクシです。

怖れる気持ちというのは、なるほど恋に似ているのだな、とはいえ、あの心が温かく満たされて、優しい気持ちが溢れてくるような感覚などなどは、当然まるでないわけだから、やっぱりこれは似て非なるもの、正真正銘ただただ不安と怖れであることは間違いなかったのではありますが。

そんなふうに動悸を激しくしながら農場に向かいましたところ、幸い茶色の大きな動物の姿は近くには見えず心底ホッとしたワタクシ、今のところ再び脱走、ということはないらしい、と胸をなでおろし、普通に朝の作業が出来ました。ヨカッタヨカッタ。

何事もないってことはホントにありがたいことです。

しかしながら卵の選別を3日分もため込んでしまっていたワタクシ、これもまた非常に時間がかかる上、悪いことには午後から農業委員会の総会も入っていて、やっぱり結局何かに追われながらの独身暮らし最終日、となってしまったのでありました。

農業委員会の総会の時に農地法第ナン条とかなんとか、いうのが何年たっても全く理解できない、とワタクシこの間、書きましたけど、それはやはり努力が足りないのかもしれない、と思って会議中に何度も何度も読んでみましたけど、やっぱりさっぱり分からない。

ちょっとここに書いてみましょうか。

農地法第4条 

農地を農地以外のものにする者は、都道府県知事の許可(その者が同一の事業の目的に供するため4ヘクタールを超える農地を農地以外のものにする場合(農村地域工業等導入促進法(昭和46年法律第112号)その他の地域の開発又は整備に関する法律で政令に定めるもの(以下「地域整備法」という。)の定めるところに従って農地を農地以外のものにする場合で政令に定める要件に該当するものを除く。第5項において同じ)には、農林水産大臣の許可)を受けなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合は、この限りではない。

などなどというようなのが、延々と続くわけです。

これ、パッと読んで意味分かるヒトっているのかな、とワタクシなどは思ってしまうのですが。

だいたい、このカッコ、どれがどれだか分からないじゃないですか。どうして区別をつけるために別の形のカッコを使うとかしないのか、とか、どうしてここまでわざわざ分かりにくくする必要があるのか、とか、どうやったらこんな分からない文章にできるのか、などなどとワタクシは思います。

今、書いていて分かりましたけど、「農地を農地以外のものにする者は、」「都道府県知事の許可を受けなければならない。」という、ただこれだけを言いたくて、その間にあるダラダラとしたものは、まぁよかったら理解して下さい、という程度のものなのかな、と思ったり。

そんな感じでちっとも分からないワタクシなどは、農業委員などという御大層な役から早いとこ足を洗った方がいいんじゃないか、と思ったりしてますけど、なんだかんだの役というのは、この人手不足の地域にあっては増えることはあっても減ることがないのです。ホントに困ったことです。

まぁそれは置いといて。

せっかくの期間限定独身暮らしが、アタフタとしている間に終わってしまう、というのはあまりにも惜しい、というわけで、総会が終わって生ゴミ回収をしながらの帰り道、ワタクシは図書館と「まるはち」に必ず寄るのじゃ、と心に決めておりましたから、まずは図書館に行って本を3冊借りました。

そして「まるはち」というのは帰り道にある地元のスーパーです。普段は腹減ったヒトビトも多く、店で使うのものの買い物もあるから大量に買うことが多いけれど、今日ばかりは一人なんだから一人暮らしっぽい買い物をしよう、などと思ったわけです。

ところが今、わが家にはヒトビトが持って来て下さった食べ物も飲み物もお菓子なんかもいっぱいある、果物だってある、なんだってある、というモンダイがあるのです。

堅実な主婦ならば、ここでわざわざお金を使う必要などない、と割り切って買い物ゼロでこの数日を過ごすのかもしれません。しかしワタクシは一人暮らしふうに、半額のパンかおにぎりを買おう、何かいつもは買わないものを買おう、などと思って「まるはち」に寄ってしまうのです。

そうしていそいそと、おーなんだか一人暮らしを始めたばかりの頃のようじゃないか、などとほくそ笑みつつ帰るのでした。

しかしそれも今日までのこと。一人暮らしエンジンがかかるのが遅すぎた感は否めません。何事もノロい、というのは、こういう点でも同じなのだなぁ。一事が万事、というのはやっぱり正しいのです。

しかし、そんなことよりも最大のモンダイはやはり昨日と同じく農場です。朝は大丈夫だったけど夕方行ったら昨日みたいに、またヤツ(牛の「ももか」のことだけど)は脱走してるかもしれないのです。

朝と同じように恋と錯覚するほどの高鳴る胸を抱えて農場へと向かったワタクシが見たのは、あろうことか、また昨日と同じ光景。

ガーン。

しかも今日は「ももか」がいる場所が、昨日よりヨクナイ感じの場所。そこにいたのでは、もう追い立てるのは無理だ、と諦めて、道路の柵だけしっかり閉めてスゴスゴと戻って来たワタクシでした。

無理そうな時は道路の柵だけして放置していても良い、と夫に言われていたからです。

日頃の行いが悪いせいか、めったに逃げない「ももか」が逃げて、おっかなびっくりの最終2日、となってしまいましたが、でもこれが最初の日、とかだったら、もっとタイヘンなことになっていたのだから、まぁまぁヨシとしましょう。むしろ運がよかったとも言えるのです。

そんなこんなで期間限定独身生活の最終日の今頃になってようやく、今から本を読む!

と思っておりますワタクシです。











by sanahefuji | 2019-03-26 20:42 | 雑記 | Comments(0)
今日、夕方の仕事に農場に行った時、その入り口でワタクシは、どうか見間違いであって欲しい、という光景を目にすることとなりました。

電気柵の向こうにいなければならないハズの牛の「ももか」が電気柵の手前にいて、田んぼに生えてきたレンゲ草をムシャムシャと食べている。

うーん、これはあまりヨクナイ風景ではないだろうか、とワタクシは恐る恐る、もう少し近づいて見る。

それはどう見てもやっぱり、こちら側にいる。見間違うハズもない程、明確に。

それはワタクシが留守番の間に、最も見たくない風景の一つでありました。

まぁつまり、この状態というのは「ももか」が放牧地から脱走している、ということなのですね。

なんでこうなるかなぁ?

と気楽なハズの期間限定独身のワタクシの心は一気に重くなったのでありました。

一応、このような場合の追い込み方、というのを習っていたので、まず電気柵の一部を外し、その場所に「ももか」を誘導しようとしましたが、この「ももか」のヤツ、ワタクシの言うことを全然聞かないのです。ちっとも向こうに行こうとしなくて、むしろ挑発的な態度で向かって来ようとするのです。

「ももか」がまだ子牛だった頃、ワタクシはサトを出産したばかり、ハナやアサもまだ小さくて、ワタクシたちは牛にかまっている余裕などなく、しかも「ももか」がいるのは家の近くではなく、家から離れた農場であるので人間に触れる機会が少なく、従って人間にあまりなついていないのです。

とりわけ、ワタクシなどは普段も世話をしていないし、女だし、で、完全にナメられているのですね。

仕方がないことですが、なんとも悔しいので、このー、女だと思ってバカにしやがって、とワタクシは棒を2本持って「ももか」と対峙し、脅しながらジリジリと追い詰めていき、やっとこさっとこ、柵の中に追い込むことができました。ヤレヤレ。

昼ごろから降り出した雨の中、やっと牛を放牧地内に戻してから、夕方の仕事に取り掛かった時には既にとっぷり日も暮れて、鶏小屋の中は真っ暗。そう、農場には電気がないのです。

同じ仕事でも、晴れて気持ちの良い夕暮れ、などという時とは天と地ほども違い、なんともみじめな気分です。

でもまぁ今日のところは無事に終わったので、ホント、やれやれでした。

すっかり遅くなって帰ってきて、土曜日の女子会の残り物のイノシシすき焼きを、まだ食べているワタクシ、そのよく味のしみた大根やトーフやイノシシ肉のかけら、そして足した白菜などなどが、しみじみウマかった。

傍から見れば、なんだか「うらぶれた」感もある晩ごはんの風景かもしれませんが、これがホントにウマいんだなぁ。

めったにしない肉体労働をした後に食事にありついた寅さんが言っていたではありませんか、「労働者ってのは、毎日うまいメシを食っているのかもしれねぇな」と。

アサが旅行に行く前に借りていたCDの曲をパソコンに入れていたので、それを聞きながら食べていたら、なんかとってもしっくりくる曲があって、すっかり肉体労働者のオヤジの気分のワタクシです。ほろ酔いではないけれど。

もしワタクシが一人になっても、こんなふうに毎日、鶏小屋の仕事をして暮らしていけたら、それはシアワセかもなぁ、って、しみじみ思いました。

でも牛は一人では無理かもしれない、あ、それからオカラをもらうのは止めよう、などなどと思うのも忘れないワタクシでありました。



明日もウマいメシが食えると良いなぁ。

by sanahefuji | 2019-03-25 21:00 | 雑記 | Comments(0)

いろいろおかしい

こんばんは。

3日目の一人の夜、今日やっとゆっくり風呂に入れました。

金曜日は小中学校の合同送別会があって、夕方の農場の仕事がギリギリになり、泡食って公民館に走り、2次会の後はもうくたびれていて風呂には入れず、昨日は女子会で、さすがに2日も風呂に入らずに臨むのは女子として如何なものか、というわけで、農場から帰ってきて急いで入っていたら、「かたし」に忘れ物を取りに来た方があったので、やはり泡食って出たのでした。

おかしい、なんでこんなに毎日泡食ってんだ、この数日はこんなことにはならないハズであるのに、どういうわけだ、と思いましたが、思った以上にワタクシの仕事がノロいので、農場の作業に時間がかかるのです。

まぁしかし、昨日は短時間ながら一応は風呂に入れたのでヨカッタです。無臭ならばともかく、生ゴミや鶏小屋の匂いをさせて女子会では、ちょっとあんまりだからなぁ。

おかしい、女になろうと決心したハズであるのに、生ゴミとか鶏小屋の匂いがしなければ良し、などという基準に戻ってしまっているのはどういうわけだ、と思いましたが、思った以上に女になるのはムズカシイ、ということはこの間悟ったばかりです。

というわけで、なんだか仕事に追われる感じで、いつも以上に乾いた洗濯物などは山になっていて(たたむヒトがいないから)、部屋は家族が出て行った後と何も変わらず、何も片付いていない、おかしい。

そして図書館にもまだ行けてなくて、そうすると明日は月曜日だから図書館は休み、ナンテコッタ。本も借りてない、おかしい。

しばらく農場の仕事をしてなかったから、すっかり体がなまってしまって、異常に時間がかかるのですね。力仕事というのは、少しでも継続的にやってないとダメだなぁ、と思ったことでした。

でもやっぱりそれは楽しい仕事ではあるのですけれど、時間がかかると他のことが出来ないのです。そして、やっぱり体は疲れるので昼ごはんを食べた後に「うたたね」などしてしまう、その時に見た夢。

夫が傷だらけになって帰って来て「毒の強いのにヤラレタ」などと言うんです。つまり「毒の強いマムシに咬まれた」と。

「え、また咬まれたの!?」と言ってワタクシはガーン、となる、というような短い夢。

夫がマムシに咬まれたのは7年前、あと2か月したらコータローが生まれる、という11月のこと。その身重の時期に入院した夫に代わって10日以上も農場の仕事をすることになって、とにかくタイヘンだったのが生ゴミバケツなどの重いものを運ぶことなのでしたが、生ゴミの中でも特に重いのが豆腐屋さんで出る「オカラ」なのです。

水分を含んだオカラが袋とか大きなバケツなどにパンパンに詰められていて、これがホントに重いのなんの。

なんの因果で、この大きなお腹の時にこんな重いものを毎日運ばなくてはならないのか、と思ったりしたものでしたが、そういう時って不思議と大丈夫なもので、なんともなかったんです。3番目のサトがおなかにいた時は前の「かたし」の改築工事中で、その時ももう重いものばっかり運んでいたし、高いところには登るし、妊婦扱いというのはついぞ受けませんでしたけど、これがまたなんともなくて、しかもサトは家で生まれたんでしたね。

まぁしかし、妊婦に重いものを運ばせるのは、あまりおススメはできませんけれど。

昨日の土曜日と一昨日の金曜日、豆腐屋さんのオカラがいっぱいあって、それを運ぶのが重くてタイヘンだったからでしょうか、あんな夢を見たのは。目が覚めて「夢でヨカッタ!!」と思ったことでした。そしてそれがおかしくて笑ってしまいました。

あんまり夜更かしをすると寝坊して、朝の仕事がずれ込んでしまうので、今日は早く(と言ってももう11時だけど)寝ましょうかね。

昨日の女子会が楽しすぎて面白すぎて、やっぱり遅くなったんでした。女子会ってどうしてあんなに楽しいんでしょう。

昨日は初対面のヒトビトもけっこういたので、一人ずつ自己紹介をしていたら、それだけで3時間くらいはたってしまったんじゃないかなぁ。

一人一人の「人生劇場」が、ホントに面白いものですね。

他のヒトのことは、ここには書けないのが残念ですけれど。

いつの日か、それがどこかで何かの形になることもあるのかないのか、それは分かりませんけれど。
















by sanahefuji | 2019-03-24 23:08 | 雑記 | Comments(0)
昨日は、小中学校合同の送別会がありまして、その2次会の場所がいつものごとく「木ノ口かたし」であったので、そのおつとめを果たせば今日は休み!

ということで、気の利かない「夜の女」のワタクシですが、なんとか無事におつとめを果たし、今日は土曜日ですが、朝早くに起きなくても良い、という夢のような土曜日です。

あ、でも農場の朝の仕事に行かなくてはなりませんが、まぁそれはちょっとくらい遅れたって大丈夫、と、さっそくグータラの本領発揮、ノンキにこんなもの書いちゃったりしています。夜の部の片付けだって、昨夜にざっとしただけだけど、それも後でいいや、と。

片付けがタイヘンね、とよく言われますけど、飲み会の後の片付けなど、何もタイヘンではありません。片付ければいいだけなので。むしろ、片付けをしたことで、仕事をした気になってしまって他のことをしない、というのが大問題なのですが。そう、ノンキにしていると片付けだけで人生が終わってしまうのです。

それにしても、もうなんだか、こんなに一人、とか「木ノ口かたし」が休み、とかが嬉しくって仕方がないってことは、どういうことだ、と思いますね。こんなに体も気持ちも軽い、嬉しい気分でいるなんて、家族やお客さまに申し訳ないじゃないか、と思うくらいです。しかし、家族のせいでも「かたし」のお客さまのせいでも決してなくて、ただ単にワタクシがグータラなだけなんです。

グータラ人間が世間並みに生活するということがいかに過酷か、ということなのです。ほんとにもう、お金を稼いだり、品行方正に普通に生活したりするのってタイヘンだなぁ、と思います。

アルバイトとかパートであっても、いろいろな仕事が全然続かなくてすぐにやめてしまった、ということを以前書きましたけれど、ワタクシは結婚生活というものも、自分には向いていない、ということをすぐに悟り、結婚してすぐにシマッタと思い、1年もしないうちに、その続かなかったパートやアルバイトと全く同じように結婚もやめようとしました。

それで、三つ指をついて(はなかったけど)別れて下さいとお願いしたのですが、その時夫は別れない、と言いました。

それはタイヘンありがたいことだったのだなぁ、と今となっては思います。向いてないからと言ってすぐにやめてしまっては何も学ばないまま、同じことを繰り返すのかもしれない、ということが、いろいろな経験をしたり、いろいろなものを見ているうちになんとなく分かったからです。

途中で何度も挫折しそうになりながらも、21年もたってしまいました。継続は力なり、というのは本当かもしれません。

しかしですね、ワタクシが「今日から一人なんですよ」というと、結婚している女のヒトの反応、というのが「うわーいいなー!!ウラヤマシイ!!」というものなんです。「さみしいでしょう?」などとは誰も言わない。これ、皆さまどう思われますか?

ワタクシだけでなく、誰も彼も、家の女のヒトってタイヘンな思いをして、世間並みの生活を維持しているのかもなぁ、と思います。女のヒトって真面目ですからね。

というわけで、たまには自分が出かけたり、家族が出かけたり、というのがあるといいんですね。

その時にありがたみも分かるというものです。

さてさて、これからジョンの散歩をして、農場に行って、夜は女子会!

楽しみなことです。

ただモンダイは、卵、です。溢れかえっております。毎週の「木ノ口かたし」で今は40パック以上売れているので、それが売れない、となると、ムムム、困ったな、と。

卵だらけ。

ま、ぼちぼちバリューファームに出しますので、どうぞよろしくお願いいたします。そちらは350円、と50円高いのです、スミマセン。

家に買いに来て下さってもかまいませんので、どうぞよろしく。











by sanahefuji | 2019-03-23 09:00 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)
前にも書きましたが、今日からワタクシ以外の家族が長野に行ってしまうので、明日の「木ノ口かたし」はお休みさせてもらいますのです。

「木ノ口かたし」のお客さまが素晴らし過ぎるので、いつまでたっても無能な従業員なままであり、夫や子供が良く働くので猫のミーコと同程度しか役に立っていない「農家の居候」であるワタクシ一人では、とてもとても店を開けることが出来ないのです。スミマセン。

週に一度、土曜日だけの店ですから、普通は正月くらいしか休みませんので、こんな時期に休みなのは実に珍しいことではあります。

しかし休みというのは、タイヘン嬉しいワタクシです。

ホントに根っからの怠けものなのです。

なんという気持ちの軽さ!

さっきテレビにイチローが出てましたけど、あーイチローかっこいいなぁ、ヨカ男~などとノンキに思っていられる金曜日。

とは言え、昼の船で家族は行ってしまうので、ちゃんと働かねばなりませんが、しかししかし、気が軽い。

明日は「木ノ口かたし」お休みです。

来週3月30日からは、また通常通り営業ですので、どうぞよろしくお願いいたします。




by sanahefuji | 2019-03-22 07:53 | 「かたし」のこと・商品について | Comments(0)

カメラをどうしよう

こんにちは。

もうずっと字ばかりの日記になってしまって味気ないので、カメラを直してもらおうと思って、買った店に持って行ったところ、予想通り、と言うべきか、修理代が1万円以上はかかるから買い替えた方がいいですよ、ということでした。

あーあ、もうそんなんばっかりで、心地よくないですね。なんでも修理して使う、というのが当たり前でないと、一部が壊れただけで、全体を捨てないといけなくなって、そのもったいなさを感じながら生きていくってことは、本当に気持ちが悪いなぁ、と思います。

どうにかならないものか。

というわけで、まだ写真がありません。今どきはカメラでなくて、もうスマホがあれば事は足りるのでしょうけれど。スマホは持ってないし。



昨日の夕方、今日の朝、と夫と一緒に農場へ行き、留守の間の仕事の注意事項などなどを聞きながら作業してきました。この間、写真に撮った時よりも、さらに大きくなったピヨピヨたち、目と目の間にギザギザとした肌色の小さなトサカが生えてきて、羽毛もオトナのしっかりとした固い羽根の割合が多くなり、ピヨピヨから若鶏へと移行している最中です。

みんなが留守の間、こうしてピヨピヨたちや鶏たちにエサをやったりしながら毎日を過ごすのは実に楽しみだなぁ、と思います。普段はこれらは夫の担当なので、ワタクシはしていないのですが、本当はこのような仕事が一番好きなのです。

今日、エサをやりながら、これはまさしく「農家の居候」という感じがして、なかなかいいなぁと思ったことでした。遅れている外の作業を留守番の間になんとか進めたい、と、このグータラな居候は居候なりに考えているのですが、早速、女子会の計画なんか立てちゃって、遊ぶことも忘れていないのでした。

しかし、やることはいっぱいあって、春は本当に忙しく、そして、すぐに去っていく3月なのでありました。

カメラ、どうしようかなぁ、と思いつつボヤボヤしているうちに、もうすぐチューリップも咲きそうで、その写真を載せられないのは残念なのですけれど。

ホント、どうしようかなぁ。

迷い中。









by sanahefuji | 2019-03-20 12:47 | 雑記 | Comments(0)

ここは五島列島福江島 「かたし」とは椿の古い呼び名です。Iターンで新規就農した私達が週に一度だけやっている直売所「かたし」での出来事、農家暮らしの日常などなど。日本の端っこで繰り広げられる人生劇場を綴っていきます。


by sanahefuji