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土曜日開店「かたし」の人生劇場 2

人生いろいろ劇場


昨日の「かたし」の日は、午前中は雨も普通だったので、お客さんが順調に訪れて下さっておりましたが、昼過ぎからは土砂降りの大雨になって、客足も途絶えました。

しかしながら、「かたしのお昼ごはん」の時には、それなりに人もいて、和気あいあいとした雰囲気でした。そして少人数で味わって食べるのにはぴったりな、先日の雉の残りを使って、鶏ガラならぬ雉ガラでダシをとった(肉もちょっとだけ入っている)鍋が二つ登場してました。
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・雉のみぞれ鍋
・ニラ入り卵焼き
・ツクシの卵とじにセリを散らしたもの
・タラの芽の天ぷら
・味噌汁
・白米&玄米

でした。

殆ど嵐のような雨が降っていた午後3時半、「かたし」では「あこうの木治療院」からマッサージを終えて出てきたお客さんとお茶を飲みながら話していたら、その方の波乱万丈の人生や、驚異的な情報網を駆使して得られるワイドショー的な話題に抱腹絶倒、あっという間に2時間くらいたってしまいました。

そんな話を聞きながら、つくづく思ったのは、同じような出来事が起こったとしても、人によって反応や、受け取り方、そしてその後の対応が全く異なるんだなぁ、ということです。例えば、何か嫌なこととか理不尽なこと、不幸な出来事などが自分の身にふりかかった時、それを跳ね返して笑い飛ばしたり、怒りを前に進んでいくためのエネルギーに変換したり、よくない出来事をいい方向に転換するきっかけに出来るヒトもいれば、まともに傷ついて重大な禍根を残したり、負のエネルギーをまき散らしたり、あるいはジメジメじっとりと悲劇の主人公の立場にどっぷり浸ってしまうヒトもいる、ということなのです。

同じヒトでもその時その時で違うこともあるでしょうが、物事の捉え方はヒトによって傾向があるのは確かなようです。どんなことでもマイナスに捉えないと落ち着かないヒト、タイヘンな事態が次々起こっても笑い話に出来るヒト等々。そうやって観察してみることは、自分にとって人生の貴重な学びの場となっていることは間違いありません。

かくいうワタクシも、よりよい対応が出来る時もあれば出来ない時もある弱い人間なので、決してヒトのことをとやかく言える立場ではないのですが、こうして「かたし」でいろんなヒトに会って、いろんな話を聞いていると、語弊があるかもしれませんが、それはまるで小説を読んでいるように興味深く、面白い、と思います。

そんな「かたしの人生劇場」に訪れてくれていたヒトビトとも、毎年この季節には別れがあります。親しくなったヒトとの別れは寂しいものですが、それによって別の場所に自分が訪れる一つのきっかけができた、と考えることもできます。ここ五島の「かたし」で出会ったご縁を大切に、また違う土地でも違った形でつながっていけたら、「かたしの人生劇場」の楽しみがもっともっと広がっていく、と思うのです。

だから、別れは決して悲しくありません。

「かたし」は本当に「椿」の木のように、ここにずっと立っていて、移動することはできませんが、風に運ばれたり、鳥に運ばれたりする種のように、「かたし」の種のような何かの「思い」が、どこかで芽を出すことがあるかもしれません。もしそんなことがあれば、それは本当に喜ぶべきことです。

今、ワタクシは地域の歴史のことをいろいろと勉強していて思うことがあります。

例えばワタクシがこのブログにも何度か書いているような、その昔、この地域の数人の女の人達で始まった、捨てられた子供達を育てる活動が、今では合わせて100数十人以上のヒトビトが働く3つの施設(病院、児童養護施設、老人養護施設)に発展している、ということなども、別に最初に始めたヒトビトは「将来、雇用の場を作ろう」なんてことは全く考えてなかった、と思うのです。ただ、やむにやまれぬ気持ちがあったのだと思います。それが100年以上の時を経て、現在の姿になっている、というのが本当にスゴイことだと思います。また、こういうことを知ることが歴史を学ぶ意義のような気もします。

ヒトビトがそこに暮らしていく限り、必要な仕事(それがお金を生み出さなくても)というのはいくらでもあって、それを出来るヒトがやっていく、というのが本来「仕事」ということではないのか、とワタクシは思うことが多く、「仕事がないから田舎には住めない」などと簡単に言うべきではない、と思うのです。

長い長い時間がかかるとしても、そこに暮らすヒトビトが必要なことをやっていくことで、次の世代の「仕事」につながることがあるのかもしれません。

そういう可能性が、どこの地域にでも、きっとあると思うのです。








春の食卓


泥んこケーキの春の新作も作っていた子供達、なんと今日は晩御飯も作ってくれました。ヒマってことはいいことだ。

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大量の割れ卵(15個)に草に埋もれていたニラを救出して入れた卵焼き。味噌汁にはチビ人参とトウ立ち白菜を入れて。味はイマイチだがトウが立たなくて便利な時なし大根に梅漬け醤油をかけて。

どれも立派な野菜じゃないけど、卵も割れ卵だけど、品数も多くないけど、なんだかシアワセな食卓。しかも作ってもらった!楽ちん!嬉しい!

やっぱり田舎暮らしはいいですよ。

またまたおススメしておきます。



2014 春のケーキ


あれは大震災のあった年の春でした。家の畑でアサとサトが夢中になってケーキを作っていて、そのケーキに飾られた野の花があまりにもまぶしくて、泣けてきたほどだった、ということをよく覚えています。あの時は誰しもがそうであったと思いますが、春のまぶしささえも悲しみや虚しさを、より深く増幅させる要因であった、と思います。

最近では子供達も大きくなって、泥んこケーキより本物のお菓子作りをやってますが、さっき外に出てみたら、久々に春の新作が!
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華やかですが、なかなか繊細です。

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そしてこちらはちょっとムースっぽいですな。

この春、新3年生と新5年生になる2人ですが、まだまだこんなので遊ぶところがかわいいじゃありませんか。

こういうのを見ると、やっぱり子供は田舎で育てるのがいいよ~、とおススメしたくなります。ホントに!
保育園にもすぐ入れます。小学生は休みの日に学校の運動場で勝手に遊んだりもできます。いいこといっぱいありますから、子育てはぜひとも田舎で!とワタクシは声を大にして言いたいと思います。ただし、ワタクシの主張の責任は負いかねますが。

最近のニュースでずっと騒がれていた、ベビーシッターのあの事件、ワタクシなどはネットでベビーシッターを探して預けたり出来る、ということさえ知らなかったので、驚愕の事件でした。でも、安易に母親を責めるのは絶対にやめてほしいと思います。恵まれた条件で生きているヒトビトには見えないこともたくさんあると思うのです。崖っぷちにいるヒトが、なんとか安全な場所に戻れるような、いくつもの救済策が整えられることを願うばかりです。

やはり野に置け子供たち、という気持ちになった春の新作、でした。




たねわたしの会 その16


今日は今季「たねわたしの会」の最終日でした。

その記述の前に全く関係ないことをまたボヤかせて下され。さっき電話がかかってきて、用事は、とある団体の総会の出欠確認であったのですが、その後にその方が言いにくそうに話を切り出してきたので、なんかイヤな予感がしていたらばですね、その予感的中。

またまたもう一つの役員が回ってきた!しかも、これは2年前にはコータローが生まれたばかりだから、ということで丁重に断った上で、次の時まで待って下さい、と自分で言ったらしい(覚えてないけど)のですから、実は今年は中学校のPTAの副会長になってしまって、とか子供の合唱団のオヤツを毎週準備する係になってしまって、などと言っても万事休す・・・なんなんだ今年は一体!あーなんか悪いことしたかなぁ私、今までの人生よっぽどワガママだったんだなぁ、スマンスマン。もう観念して精進します?!

以上、ボヤキ終わり。

さてさて、先週の続きです。3つ目のカゴの縁を巻くところから。縁の巻き方はもうこれまでに書きました。前回が大作だったので、縁を巻くのが難しかった分、今回の小ぶりのカゴだと易しく感じました。そして今回カゴの下に「かすがい」の代わりに「足」を入れるタイプにしたので、そのやり方をば。

小さいカゴにふさわしい小さい足にする竹がなかったので、ちょっと裏山に取りに行きました。

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これくらいがよかろう、ということで。

そして、それを節の部分4か所切り取ります。
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このように。

そして、それをこのように削る。
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そして、これをカゴの底から差し込むのですね。
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ホラ、このように。

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完成~!足があると動物っぽくてかわいいです。「足」の方が「かすがい」より簡単でした。

最終日は割と余裕があって、早めに終わって師匠といろいろとお話しすることができました。師匠の裏山にある竹林の管理の方法を聞くと、竹林もやはり間伐をしないと細い竹しか生えなくなる、ということで、前は冬の間に古い竹を伐って歩いていた、ということでした。でも近年はその作業が大変になってきてあんまり出来ていない、というので、それは是非ともこの「たねわたしの会」のワタクシ達がやらねば!と思ったことでした。

というのも今季は、ワタクシ達弟子たちが師匠の元に行くと、もう既に良さそうな竹を師匠が山から切り出して、とにかく素材をすべて使いやすいように準備して、至れり尽くせり、という状態にしていて下さっていたのですから、こんな横着な弟子もないよなってなもんです。本当はそういう下準備から弟子がしなくては、という気もしますし、やはり、ここはいっちょ、そういうお膳立てをしてもらわずともカゴ作りが出来るようにならねばならぬ、と思うわけで、師匠に山のことから何から学びたい、と思うのです。

来季はそういうことも学んでいきたい、「たねわたしの会」です。

今季は無事に終了。本当に有意義な時間でした。

ただただ感謝です。

今までこの「たねわたしの会」に当てていた時間の有意義さを、他のことにも持ってきつつ、来季を待ちたいと思います。

またこの秋からの報告もお楽しみに!

雉も鳴かずば


今日のお昼ごはんの「うどん」に入れるネギを取ってきて、と子供達に頼んだら、なかなか帰ってきませんで、やっと一人が帰ってきたかと思ったら「畑に雉がいる!」と騒いでまた行ってしまったではありませんか。

それで、とーちゃんも出て行きました。雉くらいその辺にいるでしょうよ、とワタクシはたいして気にもとめてなくて、うどんを茹でて待っていてもやっぱりなかなか帰ってきません。

「?」と思って、畑に行くと、なんとその雉を捕まえて絶命させ、3人で羽をむしっているところでした。

「!」ですよ、ホントにビックリした!

聞けば、その雄の雉はハウスにかけてある網に引っ掛かって逃げられなかったそうで、それで捕まってしまったとのこと。

数十分前までは、美しい羽根を春の光に照らしながら元気に歩きまわって何か食べていたであろう雄の雉が、こんな哀れな姿に!
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こういうのが苦手なヒト、スミマセンね。でももう随分きれいになってますから。子供達もグロいだとかキモいだとか言うので、アンタ達が喜んで食べてる肉はみんなこうして生きていた動物を殺して食べているんだよ、と、オトナとしましては実に正しいコメントを申し述べるのに良い機会です。

もう一つ驚いたことは、この雉が食べていたものは、何かの草の花の蕾だった、ということです。同じ蕾がぎっしりと詰まっていました。へー、雉ってこういうものを食べてるんだ、とたいへん勉強になりました。この画像はもっと苦手なヒトがいるでしょうからアップロードは差し控えます。

それでは、もう肉になって切り刻まれたところをば。
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鶏の肉より赤味がかってます。

煮込み料理なんかの方が美味しいのかもしれませんが、夕方はそんな時間もなかったので、手っ取り早くモヤシと炒めてみました。
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前にも一度、どこかにぶつかって死んだばかりの雉を食べたことがあって、その時も非常に美味でありましたが、今日の雉も美味でした。若い雄に違いなく、うちのバーサン鶏よりずっとずっと柔らかかったです。若いってスバラシイ。

ひとみちゃんにもらったビールでカンパイ。ありがとう!あったかくなってくるとビールがウマくて困るなぁ。と言っても、こうしてもらったりしなければ飲みませんがね。しかも今日は、とーちゃんが二日酔いにつき朝の鶏小屋仕事を代わりにやったり、その延長で農場のブルーベリーの手入れをしたり、と半日とはいえ肉体労働をしたので堂々と飲める気分。

鶏にエサをやったりピヨピヨを見たりしていると、それだけで楽しくなってきて心も落ち着きます。やっぱりワタクシは家畜の傍にいたいので、農場に家があるといいなーと思ったことでした。しかしながら現時点では、この冬にようやく牛小屋にする場所(藪だった)がキレイになった、という段階で、ヒトが住める家なんてまだまだ先の話です。牛小屋さえまだまだなのに気の早い子供達が学校で「うちに牛が来る」なんていう話をしてしまったらしく、「いつ牛が来るの?」なんて聞かれてしまいましたが、ハイ、まだ牛小屋も建ってないんです。いつになるかなぁ。

そんなわけで、今日の午前中は農場仕事に汗を流し、お昼には雉肉を得て、午後は優雅なパンケーキを頂き、さらにガソリンがエンプティの下をいっている状況で狭い山道を走る、というスリルとサスペンスにも満ちた、実に充実した一日でありました。

雉よ、うちの畑に来たのが運のつき、だったなぁ。残りも大切に頂きますからね。



いろいろあるけど41歳


親が死んだ年を意識することは、おそらく普通のことだと思われます。だからワタクシが特別に囚われている、というわけではなく、ごく普通のことではないか、と考えますが、昨日41歳の誕生日だったワタクシ、いよいよあと一年か~、という妙な感慨に浸ったりもしました。

母親不在の長い年月を、どうにかこうにか生きてきて、その母親が死んだ年に自分ももうすぐなるのだ、と思うと、よく生きてきたなぁ、と思うと同時に、多くの人々に支えられてきたことに思い至り、ありがたいことだと思います。

子供を一人前になるまで育てる、というのは大変な仕事なので、両親という大人が二人揃った上で、他のヒトビトの力も借りながらやった方がいいに決まっていますが、ワタクシもそうであったように、さまざまな理由で両親が揃っていない、あるいは揃っていても正常に機能していない家庭も多いことと思います。

幸いわが家は経済的には困っていなかったので、悲惨なことにはならなかったけれど、母親が亡くなってしばらくして、今度は父親が胃潰瘍で入院、という事態になって家に大人がいない時期があったり、とお金だけでは解決できないことも多く、ワタクシは知らず知らずのうちに固い蕾が閉じたままのような心を長いこと抱えていた、と思います。

今も昔も家庭の中でたくさんの悲しい出来事が起こっているし、事件にまではならなくても、心身ともに傷ついている子供や、そんな中でもう年齢的には大人になったヒトビトも多いことでしょう。

ワタクシには何の力もありませんが、そのようなヒトビトがなんとか生きのびて、自分で人生を切り拓いてゆくことを願うばかりです。

今時は、自分の心のままに、なるべくやりたいことだけをやる、というのがカッコよくて理想的な生き方、というような風潮もありますが、そうでない田舎の保守的な社会の古臭い価値観のヒトビトに囲まれていたからこそ、ワタクシのような母無し子も地域の中で無事に育つことができた、とも言えるのです。狭い地域の中で、つきあいたくないことにもつきあい、頭を下げ、面倒なことを厭わずやってくれるオトナたちのおかげで大きくなった、と思います。

とはいえ、ワタクシもご多分にもれず現代的なワガママ人間で、心のままに生きたい、という願望をもちろん抱えておりますが、それにもかかわらず、自分の仕事以外のお世話役みたいなことを3つも4つも引き受けっちゃったリするのは、子供の頃にそういう田舎社会の恩恵を受けているからに違いない、と思います。家族と「かたし」のお世話だけでもけっこういっぱいいっぱいだというのに!

結局ワタクシは自由を求める気持ちが強い一方で、狭い価値観の中で育った根っからの田舎者なのだ、と溜息の一つも出ますが、やっぱりそういう部分もひっくるめて田舎の暮らしに愛着があるので、まぁやるしかない。

というわけで、今一番足りていない、田畑の作物へかける時間をどう確保していくか、というのが41歳の課題、ということにしておきましょう。

ちなみに40歳の目標は「やさしいおかあさんになる」ということでした。達成できてるかどうか、これは自分では分からないな。ヒステリーみたいに怒ることは殆どなくなったような気がしているのですが、気のせいかもしれません。

ま、それはともかく41歳の目標、実際に重要なことなのでなんとかします。

さてさて、というわけで昨日の「かたしのお昼ごはん」は誕生日メニュー、
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・鶏天、芋天、タラの芽の天ぷら、ツワの赤ちゃん天ぷら
・大根サラダ
・卵サラダ
・ツワと糸蒟蒻と薄揚げの煮物
・味噌汁
・玄米&白米

でした。

ワタクシの故郷の津久見の街に「満寿屋(ますや)」という食堂があって、そこの「鶏天定食」というのがワタクシは子供のころから好きでしたが、オトナになってからも帰省する度に、実家のテーブルには必ずその「鶏天定食」が用意してあるのです。もうワタクシは店屋物でなくて、何か手料理の方がいいお年頃になっておりますが、子供の頃の印象というのはずっと続く、ということも分かるし、そしてそれは本当に美味しいので、ありがたく頂いております。

「かたしのお昼ごはん」では肉が大量に使われるということはあまりないので、昨日は本当に特別メニューだったと思います。そして、この鶏天は「ポン酢」で食べるのが定番です。昨日はカボスのポン酢を作って臨みました。大分と言えばやっぱりカボスですからな。

デザートは、蒸しパン食べ放題、でした。その他にも「つきあげ」とか「ヨモギのベロ団子」などなどもあり、美味しいものがいっぱいの「かたし」の日になりました。

再会もあり新しい出会いもあり、の良い一日でした。









たねわたしの会 その15


昨年9月24日の火曜日から始まった「たねわたしの会」の竹修行も、今季は残すところあと一回となりました。

ワタクシは先週、二つ目のカゴが出来上がった後に、まだ少し時間があったので、もう一つの竹かごを作るべく、骨組みを作りました。作りためた「竹ひご」がほんの少し残っているので、それを使いきってしまおうというわけです。

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骨組みは5本×9本なので、一つ目のカゴとだいたい同じです(一つ目のカゴは5本×8本でした)。骨組みは同じでも、出来上がりの具合は全然違ってます。一番違うのは四隅が割ときっちりと編めていること、そしてきれいに立ちあがってきています。やっぱり少しは上達している、ということですな。

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ここまでで、竹ひごも時間も終わり。来週、仕上げます。この際、あまりにも厚く剥き過ぎて、使えないと思って除けていた、本当に始めたばかりの10月に割った竹のひごも上の方に編みこみました。残しておいても来季は使えないそうで、捨てるのも忍びなく、このカゴに全て編み込もう、というわけです。

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この節が黒々としているのが、初期の竹ひごです。がっしりとしています。こうやって、カゴの表面に地層のように竹の育った環境や作るヒトの技術が重なっていくのが面白いなぁ、と思います。皮の色なども竹によって微妙に違うし、そういうのがまたキレイだなぁ、と眺めてしまうのでした。

このように竹かご作りを実際にやってみるまでは、まさか自分がこんなに「竹」に魅せられるとは思ってもみませんでした。「竹」という素材とは相性が良かったようです。触るのが嬉しいのです。でも、自然のものなら多分何でもそうかもしれない、とも思います。

さてさて、先週は二人が風邪で休みでしたが、今週はそろって、みんなのカゴも出来上がりました。
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三姉妹+取材人で始めた「たねわたしの会」の竹修行、今季の力作はコチラです。右の二つが三姉妹の三女、左端は次女、そして赤い弁当包みが入っているのが取材人のワタクシのもの(長女は年が明けてからは仕事が忙しくて来られなくなってしまいました)です。みんな頑張りました。

今季最終回、そして来季もガンバロー!






今日の嬉しいこと


本日夜中にボヤいた後、眠ったはいいけど妙な夢ばかりみて寝覚めが悪い一日の始まりでしたが、嬉しいこともありました。

今日は、修道院の老シスターに、昔のお話を聞かせてもらうことができました。

そして、修道院の前身である「女部屋」の「姉さん」達の貴重な写真なども見せていただくことができました。シスターの個人的なお話をここに書くのはどうかと思いますので書きませんが、ワタクシが嬉しかったことは書いておきたいと思います。

見せてもらった写真は、それぞれの姉さん達が、本当にいい笑顔で写った写真でした。その中に、ワタクシがいた頃の帯広畜産大学ではけっこう有名な女傑の先輩にそっくりな姉さんがいたので、ワタクシの目は釘付けになりました。シスターがおっしゃるには、その姉さんは、長いこと「農業主任」を務めていたヒトで、その姉さんもやはり豪快な方であったようです。「農政大臣」とも呼ばれていたとか。

さて、その「農政大臣」似の女傑の先輩の噂は、いろんなヒトから聞いておりましたが、学年も学部も違うワタクシは在学中にはついぞ会うことがなかったのです。それなのに、どういうわけだか、彼女と初めて会った場所がここ五島で、しかも「かたし」なのですからオドロキです。

彼女は五島の知人と共に、おそらく「畜大」にいた頃と変わらないであろう豪快な雰囲気そのままに「かたし」に現れたのが昨年のこと、あーこれぞ畜大生だ、とワタクシは嬉しくなったものでした。それと同時に随分と低エネルギー化しているワタクシ達2人の元畜大生、が対照的でした。現実の荒波に揉まれて疲れてるんだな~ワタクシ達は。でもきっとまた2人とも元気になると思います。今は成長するために必要な修行中なのです。必ずや脱皮します!?

そんなわけでワタクシは、この農政大臣の姉さんの笑顔に本当に励まされたのでありました。

明るい方を向いて、今自分が置かれている一つ一つの現場の仕事をきちんとやろう、という気持ちがムクムク湧いてきました。「現場」を大事にするヒトの明るい笑顔、というのは何にも増して強い光を放っているような気がしたからです。

「お告げのマリア」という本に、そんな彼女についてのこんな記述がありました。著者が訪ねた頃にはまだご存命だったようです。

「彼女の労働の日々は、女部屋に入る以前も入ってからも、形の上ではほとんど変わらなかった。毎朝暗いうちに、農具を乗せた大八車を牛に引かせて田んぼに出た。夜は一日の疲労のために、いつ眠りについたのかわからぬほどであった。
 だが、形の上では同じでも、心構えにはおのずからへだたりがあった。」

その「心構え」の違いというのが、顔の輝きに表れているんだな、と大いに納得。

本当に良いものを見せてもらいました。ワタクシは門外漢ではありますが、天主様に感謝したいと思います。

感謝と言えば、今日の夜ワタクシがコータローを寝かしつけている間に、なんとアサが台所の片付けをしてくれました。これもなかなかないことなので、本当に嬉しいことです。

おかげで、これも書くことができました。

眠かったりもしましたが、良い一日でした。


真夜中のボヤキ

みなさま、こんばんは。

またです。そうです、コータローを寝かしつけながら一緒に眠りこんでしまったのです、やることが終わってないのに。

幸いまだ夜中ですから、もう一回寝ればいいのですが、その前にワタクシはボヤキます。

まぁ聞いて下さい。

時は3月、世の中のあらゆる団体は新年度に向けての役員改選の時期です。ここにも何度も書いていたように夫は小学校のPTA会長を2年間やって、今年ようやくお役御免となるので、心からホッとして、これでこの2年の間に目に見えて窮状に陥りつつあったわが家の仕事に専念して立て直せる、と思っていたところでした。

が、しかし、世の中はそうそう甘くなく、今回はワタクシが所属しておる各種団体から、なんと3つもの役が回ってきたのです。

こういうちょっとタイヘンな役というのを好きでやるヒトは殆どいないでしょうし、自分の生活でいっぱいなのは程度の差こそあれ皆同じ、と思います。しかしながら、その程度の差、というのが重要なんではあるまいか。まだ自分で「ねんね」できずに、「かーちゃんかーちゃん」と言ってくる小さい子がいて、こんなふうに夜中に起きては忸怩たる思いをしておりますワタクシには時期早尚ではあるまいか、と、もちろん最初は断ろうと思ったのです。

が、しかし、お願いをしているヒトビトの苦しい立場も分かるし、決まらなくて弱りきっている姿を見るにつけ、なんだかんだと理由をつけて逃げ回るヒトにはなりたくない、というわけで「できんことがあるか!」という気分になってしまって、結局それぞれ3つ全部受けてしまったんよね~。

というわけで、ますますボヤクかもしれませんが、どうぞヨロシク。

これも少子高齢化の影響だよな~、と思います。

しかし、そんな言い訳で全てを片付けるのは好きじゃないので、時にはこの場でボヤキつつも、やるからにはやる!という強気でいきたいと思います。

寝る時は寝る、というわけで、寝ます。

お付き合いいただき、ありがとうございました。





春の日曜日


金曜日に確定申告が無事に終わり、今日は久々に行事がない日曜日なので、子供達と一緒に「うとん山農場」へ行って、ブルーベリーの剪定をしました。しばらく「うとん山」に行けなかった間に山はすっかり春になっていて、今頃剪定していいのか、というくらいいっぱいの花芽が膨らんでましたが、伸び過ぎた枝を放置していると、収穫の時が大変なので、ばっさばっさと切ってきました。

その間、子供達はそこら辺で遊んでいて、のどかで平和な時間が流れていました。行事がないってありがたいなぁ。
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子供達が春の野から、少し分けてもらった草花です。

鶏にも春がきて、卵がいっぱいの季節です。

というわけで、当然「かたしのお昼ごはん」にも卵がいっぱい。
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・中華風茶碗蒸し
・ポテトサラダ
・菜花入り卵焼き
・アスパラと菜花のお浸し
・大根と人参の酢の物
・大根の漬物
・大根の佃煮
・玉ねぎと薄揚げの味噌汁
・白米&玄米

でした。菜花というのは実は、わが家の畑で玉にならないくらいちっちゃなまんまの白菜のとうが立ったものなのですが、これが甘くて本当に美味しいので、子供達も喜んで食べます。大人は苦味も好きだけど、子供ってやっぱり甘いものが好きなんだなぁ、というのがこの菜花のお浸しをした時の減り具合でよく分かりました。これも春しか味わえない美味しさですね。

お昼ごはんの後は、いつも夫と子供達は「吉本」を見ているのですが、今日は夫が借りてきたいくつかのDVDの中の一つ「星守る犬」というのを見ていました。

これは、北海道の林の中に放置されたワゴン車の中で、野垂れ死んでしまった中年男と傍に寄り添ったまま死んでしまった犬が見つかり、その場に残されたわずかな情報をもとに、その男と犬の最後の足取りをたどる、孤独な境遇に育った市役所職員、という話でした。

その男にも過去には、妻と娘との、つましい暮らしながらも幸せな家庭があったのですが、小泉内閣の時代からの格差社会の影響をモロに受けて、失業し、その頃から妻はだんだん険しい感じになっていき、ついには離婚。犬と少しの家財道具だけをワゴンに積み込んで旅に出たのです。

人のいい、けれども不器用な中年男を西田敏行が好演しております。大震災前の東北の美しい風景がロケで使われている、ということでも話題になったそうです。

そのワゴン車のバックミラーに、手作りのものらしいフェルトの犬のマスコットがぶら下がっていて、それが、どうもわが家のワゴン車にも飾ってある、昔ハナが作ってくれた犬のマスコットにも似ているように思えて、ちょっとドキリとしました。おそらく夫もそのように感じたに違いないのです。アサはアサで、一昨年ひろって飼うことになった犬のジョンをかわいがらなきゃ、という気持ちになったようです。

なぜならば、これを見た後に、アサが「ジョンの散歩に一緒に行きたい」と言いだして、夫はもうそろそろ生ゴミ回収に行く時間だというのにそれに同意して、ジョンと小学生二人を連れて学校のグランドへ出かけていったのですから。

そうそう、日頃のコミュニケーションが大事です。

犬の一生と子供が子供である時代は短いものですからね。かわいがらなきゃ。







たねわたしの会 その14


今も五島ではインフルエンザが大流行しており、風邪も流行っているようです。

今週の「たねわたしの会」はワタクシ以外の二人から風邪で休む、という連絡をもらい、今日は一人か~、さびしいなぁ、と思いつつ師匠のもとへ行くと、奥様がマスクをしていらっしゃるので、「花粉症ですか?」と尋ねると、「風邪ひいたよ~」とのこと。しかしながら、喉が痛いからキンカンを煮るよ、と脚立を運んできて、庭のキンカンを取っていたり、昼ごはんの準備をしたり、午後もいろいろ作業したりしていて、奥様もずっと働いておりました。本当に働き者のお二人です。

師匠はいつも健康そうなので、聞いてみると、やっぱり風邪で寝込んだりしたことは若い頃から殆どない、とのことでした。若い頃どころか、赤ちゃんの頃から病気を殆どしない子供だった、と母親が言っていた、とのことでした。そんな健やかな人生もあるもんなんだなぁ、とそれだけでも感動。

ご両親も体が丈夫だったんですか、と聞くと、どちらかと言えば父親の方が病弱だった、との答えでした。お母様は医者にかかったのは晩年くらいで、しかもたいして状態がよくはならないから、と家に戻ってきて亡くなった、ということでした。お父様は帆船で長崎に荷物を運ぶ仕事をしていて、家にいないことが多く、10人の子供を育て、家族の食糧のための農作業を担っていたのは主にお母様だったそうです。腰までぬかるような湿田での田植えや稲刈り、段々畑での畑仕事、それに加えてもちろん家事も、ですから相当な重労働です。従って、子供が手伝いをサボろうものなら、それはそれは厳しかったそうで、そんな時は晩御飯を全く何も食べさせてもらえなかった、とのことでした。

そういう厳しさ、というのは、真剣に生きていないと決して出せないもので、のうのうと生きているワタクシには、そのように子供を躾けることは、なかなか難しいことです。しかし、子供達が、たいしたことでもないお手伝いをいかにも渋々とやっていたり、姉妹で押し付け合っていたりすると、、明治のヒトの厳しさがウラヤマシイ気もします。そんな時は、どうすりゃいいんだ、トホホ・・というような気分になります。でもまぁ時代が違う、というのは決定的ですから仕方のないことも多いのです。

それはともかく、ワタクシのカゴも最後の仕上げの作業でした。

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横(カゴの幅が広い方を横とします)の部分の「かすがい」を2本、削って作ります。

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先をこんなふうに薄くしていき、尖らせます。

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そして、片方ずつ入れる。
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横の「かすがい」を2本とも入れたら、今度は縦の「かすがい」を同じように削って作り、入れていきます。

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縦の「かすがい」も一本入りました。写真はないけど、2本目も入れていたら、これが薄く削り過ぎて、途中で折れてしまったんですよね。それで、昼からもう一回作りました。悔しいったらありゃしない、のですが、削り過ぎると折れる心配があるんだな、と勉強になりました。

「かすがい」が出来たら、柄を作ります。「かすがい」ほどではないけど、同じように、両端を薄くして先を尖らせます。

そして、それが出来たら、膝の丸みを使って、曲げていきます。師匠がまずお手本をば。
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ある程度曲がったら、それを真ん中に差し込んで、錐で穴をあけます。
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穴をあける場所は、カゴの縁と編み始め1本目の「竹ひご」の間にくるように。
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穴があいたら、竹を削って、この穴に差し込んで、ペンチでパチンと切って、出来上がり!

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えーとですね、右のカゴが師匠の作ったもので、ワタクシはこのカゴが欲しかったので、これを目標にして作ったのです。しかしながら、いかに広がって、巨大になってしまったか、というのがお分かりいただけるかと思います。編んでいる時の締め方が圧倒的に足りないからなのですな。

まぁしかし、使ってみると、このデカさが、なかなか丁度良く、例えば直売所に卵を持って行く時なんかにも重宝します。うーん、この大きさのがもう一個欲しい、などと早くも欲が出ております。

最初の目的通り、「かたし通勤カゴ」としての役割も今週から果たしております。なんでもかんでも入るから超便利!特にいいのは本が何冊も入ること。パン焼きの合間に読みたい本(読めなくても)を、あれもこれも全部持って行けちゃうのダ。

おかげで、本を読んでしまって家計簿がつけられなかった、とかいうこともありますが、まぁまぁよいではないか。

一応、金で済ませず自分で作る、という目的(ほんとによっぽど師匠のカゴを買ってしまおうと思ったんで)を果たしましたからね、パチパチ。













今年の3月11日


とある理由からワタクシ、昨日の夜は洗濯も片付けも何もかもしないで寝てしまい、おまけに今朝は寝坊して、保育園のお弁当日なのにとりかかるのが遅れ、歩いて登園できそうにもなく、しかも今日は「たねわたしの会」の竹修行、遅れて行くわけにもいかないし、と焦っていたのです。

悪いことには、とーちゃんはいつもより早めに家を出て、鶏小屋について行きたいコータローが泣き始め、着替えとかいろんなことがまるで進まなくなり、いつもの弁当日だったら弁当をチラつかせるだけで万事はうまくいくというのに、今日に限ってその手も使えず、それどころか弁当を入れるリュックが気に入らないとか水筒がいらない、とか。

機嫌をとってるヒマもなく、靴をはかせて玄関におろしたら、降参したように扉に向かって仕方なく歩きだしたところに、これまた今日に限って種イモの袋が置いてあって、コータローはそれにつまづいて転んだのです。

もう!

と思って、転んだコドモの傍に寄り添うより先に車に荷物を積みに行ったワタクシ。

起こしてやろうと思って戻ってきたら、プンプン怒ったかーちゃんに置いていかれるのかと思ったのか、泣きながらも自分で起き上がったらしく、扉の外の柱の横に立って泣いていたコータロー、べそをかいたまま登園、となりました。

アタフタと用事を済ませて竹修行に行って、気持ちはシャキッと切り替わったものの、本日のワタクシの中には転んで倒れたコータローの映像が何度も何度も浮かんできて、あぁ今朝は本当にスマナカッタ、とその度に思ったことでした。

午後3時前に遠くで鳴っていたサイレンが、何なのか気がついたのは夕方で、なんてことでしょう、朝からニュースでも大震災の特集をやっていたというのに!

朝、あんなふうに子供と別れて、もう二度と会えなかったとしたら・・・などと考えると胸がつまります。

夕方、迎えに行くと、ニコニコ顔のコータローでした。

生きているってありがたいなぁ。

そうそう、カゴも完成しましたよ。詳しいことは、また今度「たねわたしの会」の記述で。
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昨夜の、とある理由とは、コレ。
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「奢り」に弱いワタクシ、「ご馳走します」と言われると、無理矢理にでもせっせと時間を作って、子供連れでも行ってしまうのです。左からコータロー、ワタクシ、サト、アサ用。港近くの「牡蠣小屋こんねこんね」で牡蠣をたくさん食べました。牡蠣だけではなく、その他にも居酒屋メニューがいろいろあって、それらの料理も美味しかったです。特に、牡蠣小屋ならではの「牡蠣の炊き込みご飯」は絶品!気の合う仲間で炭火を囲んでちょいと一杯なんて、いかがでしょうか。ぜひどうぞ!(詳しくは外部リンク「ひがしはままちじかん」で)

よく言われることではありますが、「忙しい」とは心が亡くなると書く、っていうの本当ですね。

時間に追われて心を亡くさないように、身近なヒトやモノを大切にして生きていきたいと思いました。

サラダに入っている、頂き物の新鮮な夏ミカンが美味しいと、パクパク食べていた夕方のコータローを膝に抱えて、ホッとしました。











またまた滞納「昼ごはん」の記述


コータローを寝かしつけていたら、一緒に寝てしまった、という場合、しっかり寝る体制になっていれば良いのだけれど、やり残したことがあると起きるつもりでいるので、うとうとしながら数時間が過ぎ、しっかり眠ってもいないけど、朝まで寝るわけにもいかない、というので、なんとも中途半端な形で起きることになります。

そう。今そうやって仕方なく起きて、やるべきことをやって、もう一回寝るのもナンだからグダグダしているところ。あーあ。

小さい子がいる生活は、面白くて楽しい反面、行動が大幅に制限されることも多いですから、やっぱり疲れます。そして、自分に小さい子がいることを忘れて、大人の生活リズムに合わせようとすると、無理が出ます。気をつけねば。

というのも、そろそろ「かたしのお昼ごはん」の担当者を夫に代わってもらってから一年がたとうとしているので、その時のことなども思い出しているからです。小さい子を抱えながら(昨年までは保育園にも行ってなかったからなぁ)、あれもこれもやっていて、とうとう潰れた、という苦い体験から一年でした。でも、あの時のことは本当に貴重な体験でもあり、ああいう自分が押しつぶされそうだった気持ちを思う時、今も様々な理由で、そういう気持ちのヒトビトがいることも忘れてはいけない、と思えるからです。

何はともあれ、男の料理の「かたしのお昼ごはん」ももうすぐ一年です。
一昨日の「かたしのお昼ごはん」は、
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・ぶり大根
・キャベツとスナックエンドウと豚肉の炒め物
・カブの梅干し和え
・大根おろしと薄揚げの和えもの
・スナックエンドウとキャベツの味噌汁
・白米&玄米

でした。わが家の畑のちまちました野菜とは違って、まるまる大きな頂き物の大根と立派なキャベツを使いました。

そして先週は、
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・キビナの南蛮漬け
・豆腐の煮物
・モヤシとベーコンの揚げワンタン+キャベツとパプリカ
・大根おろしと薄揚げの和えもの
・大根の味噌汁
・白米&玄米

でした。大根もそろそろ、とうが立つので、せっせと食べているところです。パプリカは頂き物でした。

その前の週は写真がありませんが、しゅうまいなどがあったと思います。ここんとこお昼ごはんは静かな感じですが、お店をやっていれば、お客さんが多い時もあれば少ない時もある、というのは当たり前のことです。でもあんまり少ないとさびしいので、どうぞ皆様、来て下さいね~!

お昼はそんな感じですが、「かたし」の売り上げは毎回なかなかよろしく及第点で、わが家も、あぁこれで1週間生活できるわい、といった相変わらずの自転車操業ぶりですが、今週はちょっと余裕があるかなーとか思っていると必ずあるのが思わぬ出費。この度は香典でした。アレマ!と思いました。不謹慎ですが。

おまけに昨日、夫は共同の草刈り作業に町内会の総会に、話し合いに、と用事も続き、さらに今の季節は、消防団の躁法大会へ向けての練習で毎晩いないし、で、地域で暮らすということには時間やお金、そして気持ちも、自分達のこと以外に使う分がけっこういるものです。タイヘンだーと思うことも多いのです。

それでも、よそから来たワタクシ達は、この地域の一員として認めてもらって初めてここでの暮らしが立てられるわけだから、こういうことも、この地に少しずつ根を張っていく仕事の一つなんだ、と思います。それに、そういうことが巡り巡って結局は自分に戻ってくる、とも考えられます。

「かたし」とは椿という意味で、改装中にふっと浮かんでつけた名前ではあるものの、なかなかいい名前だと思います(自画自賛が多くてスミマセンね)。

椿の木のように、少しずつ成長して、人間や小鳥がやって来てにぎやかな時も、風だけが訪れる静かな時も、凛として立っていて、美しい花をひっそり咲かせて。

子供の頃は椿の花なんてちっとも美しいと思わなかったけれど、「つばきつばきつばき」とトイレで3回言うとどこかから血が出る、なんていう子供達の間で言われていた迷信があって、なんか気味が悪いとさえ思っていたけれど。

今は椿の花がしみじみ美しい、と思うなぁ。







昔は「新し物好き」だったけど


また寒くなりましたね。

コータローの鼻の下には、常に1本か2本の鼻水が・・・。朝ごはんの後ともなると、それにプラスお口のまわりにもいろいろくっついて、すっかり汚いコドモになってしまいます。

そこで、お湯で絞ったホカホカのオシボリで、鼻の下、お口のまわり、ついでに目やにも、いやいや顔全体も、というふうに拭いてやったらば、うすくて柔らかい皮膚がすぐにつやつや、本当にきれいな朝の光の中のコドモになるのです。

そんな時、あー、いいなー、新しいもの、と思います。

でも、古くてくたびれてても、「味がある」と思います。

この間、お雛様の飾りものを出していたら、全く記憶からは消えていた紙の束が出てきました。
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なんだろう?と思ったら、「かたし」を改装する時に、どうしてもお金が足りなくて、一口500円の寄付を募ったのですが、その時に寄付して下さったヒトビトに、記念の品を配った時につけた手紙でした。2005年7月、とありました。もうすぐ10年だ!

「かたし」の建物は大きな建物で、痛みもひどく、特に屋根がダメになっていたから、瓦屋根にするとなると、それだけで数百万かかってしまう、ということなので、瓦葺きにするのは諦め、その10分の1以下の値段で出来るトタン屋根になったのですが、その時におろした屋根の土を混ぜ込んで、ハルさんが焼いたお猪口あるいは湯呑を記念品にしたのでした。

とにかく痛みがひどかったので、少ない予算での大改築は、自分たちや大工さんはもちろん、相当にいろんなヒトの力を合わせなければとても出来ないことでした。

「かたし」はそうやって蘇った建物です。

使われなくなって取り壊される運命だった「かたし」も、放置されて使われていない小さな農地も、毎日出てくる施設の生ゴミなども、自分たちが着ている洋服や使っているいろいろな物などにも、どこかしら共通するもので、それらを拾い集めて、つなぎあわせてなんとか生活させてもらっているんだなぁ、と改めて気がつきました。

だから確かに効率はヨクナイし、カッコもヨクナイはずです。

でもさ、そういう捨てられるものの方に目が向いてしまうんだからしょうがないんだよなぁ。

この紙が今出てきたってことは、やっぱりいろんな迷いでグチャグチャしているワタクシへの啓示、なのでしょうかね。

うん、そう思おう。

新しいものは、コドモの顔、肢体、それからオトナでも、いつも新しい一日の、毎日の心がけ。

それでいいじゃないか。

同じような繰り返しの日々の中で、けっこう今、新しい気持ち。


たねわたしの会 その13


ワタクシは、この「たねわたしの会」の取材人、と最初から言っておりますように、竹カゴ作りの様子やこの活動の考えなどをきちんと報告する、という義務を自分に課しているわけなのですが、その心構えがまだまだなっとらん、のです。

というのも、昨日の朝になってデジカメが電池切れ、とかいうことになってしまい、充電も間に合わず、何か他の物(時計とか懐中電灯とか)から電池を取り出して、カメラに入れてみるに、やっぱり電力がたりずに、結局昨日はカメラが使えなかったのでした。

カゴの縁を巻く際には、いろいろと注意事項があって、写真と共に記録していないと忘れそうなのですが、まぁ仕方がない。

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すでに巻き終わったものの写真のみです。縁に巻く竹の長さは、カゴの口の周囲の3倍の長さが必要、ということは前にも書きました。今回のカゴは大きいので、その長さたるや3メートルくらいもありました。

その3メートルもある竹を1センチの幅くらいに割り、それを薄くして巻きつけていくのですが、巻いている途中は、まるで「蛇踊り(龍踊り?)」の龍がのたくっているかのような有様で、ワタクシはずっと師匠に手伝ってもらいながら巻いておりました。

この大ぶりのカゴ作りの場合、この時もそうですが、2人がかりでやらないとやりにくい行程がいくつかあって、これ、本当は一人でやらなきゃなんだよなーと思うことが多かったです。こういうことは数をこなす中でしか習得できないことばかりなので、週一回の数時間では、技術の習得は遅々として進まない、というのがワタクシの実感です。

その点、メンバーの中で誰よりも時間も情熱も傾けており、なおかつ性格的にもきっちりとしているMちゃんは、最も職人に近いところにいる、と言えます。今回は師匠のカゴをモデルにして、それと同じものをきっちりと作り上げ、さらにもう一つ同じものを作っている、という段階で、ワタクシ達とはまるで進歩の速度が違います。

次回、それぞれのカゴを写真にてお見せできると思います。

ワタクシのカゴの方は、次回、底の部分に「かすがい」を入れて、持ち手をつければいよいよ完成です。

次回はカメラの充電も仕事のうち、ということで臨みたいと思っております。



ケジメが大事よ(お雛様の声)


前回「人形モンダイ」について書いた後から、急に人形のことばかり考えてしまうようになったので、これはお雛様が「出してくれ~」と訴えているのではなかろうか、という気がしてきました。

それで、ガンバッテ出しました。
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ガラスケースは、置き場がないので、ケースから出して飾ります。例の日本人形は納戸の奥深くにあって、とうとう救出できなかった・・・ゴメンよ~、来年までになんとかするから、と心で謝りつつ、誕生会の準備に余念がないワタクシ。

そうそう、3月3日の桃の節句は長女のハナの誕生日なのでした。2月26日が予定日だったのですが、遅れに遅れて、まぁちょうど良くお祝いが一回で済む日に生まれてきてくれました(そういうモンダイか)。

家族が6人いると、誕生会もけっこう頻繁にやっているような気がしてきます。コータローが生まれて、サトとハナの誕生日の間にもう一つ行われることになったので、アレ、この間誕生会やったばっかりだったんだが、という感じ。

季節柄、ケーキに飾るのもコータローの時と同じく苺です。

全く同じのもナンですから、少しだけ変化をつけてみました。ホントに少し。
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今回は飾りつけのみアサが担当。5歳ではありません。1本は大きい蝋燭で10歳を表す、ということにして14歳。2000年生まれって分かりやすくていいですね。

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本日のケーキ、ココア味が好評でした。

3月3日と言えば桃の節句。長崎の節句菓子と言えばコチラ。
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桃カステラです。コータローが保育園からもらってきました。端午の節句の鯉菓子もそうですが、長崎独自の節句菓子なので、ワタクシはこちらに来るまで見たことも聞いたこともなかったです。

前にも書いたのですが、この桃カステラ初体験というのが、これを食べた途端に喉が痛くなって次の日熱が出た、という、あまりヨロシクナイもので、多分その時はたまたまワタクシは風邪気味であったのでしょう。そんな時にこの激甘!はテキメンです。やられました。

今回はしっかりと体を動かして、へとへとに疲れて、何か甘いものをくれ~、というような状態で食べるか、あるいはほんのちょっぴりを濃いお茶と一緒に食べたら良いかと思っております。

しかし、鯉菓子といいこの桃カステラといい、本当に可愛らしくて美しくて、さすがは長崎!という感じがします。洒落てますよね。

ちなみに、今回の誕生会のご馳走は芋の天ぷら(ハナのリクエストにより)と「とり天(鶏肉の天ぷら)」でした。この「とり天」は多分、大分独自のものなんですよね?大分では当たり前に食堂のメニューにもありますが、他では見ないような気がするので。

その土地ごとにいろいろあって、面白いですね。

飾りものが苦手だとか、上手く飾れないなどということはモンダイではなく、ちょっとだけでもガンバッテけじめをつけると気持ちも引き締まる、ということが分かりました。

季節の行事というのは、そういう暮らしの知恵なのですね。

ありがたいことです。



人形モンダイ


予告していた通り、昨日「かたし」にはハルさんのお雛様がお目見えしました。
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先日まで、ここにあったお雛様は4組とも全部売れてしまいました。商売っ気がないようでいて「かたし」もなかなかスゴイじゃないか、と思いましたが、「かたし」がスゴイというよりハルさんの作るモノがいいのだがね。

今シーズンは、このお雛様は非売品だそうです。欲しい方は来シーズン以降に向けてご相談ください。

これはホントにいいですよ。この人形たちや飾りもの、それにそれらが乗っている雛壇も、桐の箱にコンパクトに収納できるようになっとります。場所もとらないし、箱も本体も雛壇も素材が良いし、汚れたら軽く水洗いもできるそうですから、いいことずくめですな。

わが家にはガラスケースに入った雛人形と日本人形、それに五月人形があるのですが、あのガラスケースのバラバラになりそうな頼りなさ、持ち運びの難儀さ、もし壊れた時の危険度などなどを思うと、この桐の、しかも小さな収納箱は、それだけでも優れています。

長女のハナの初節句の時、長男のコータローの初節句の時、ワタクシの田舎育ちの親族から、ガラスケースの人形が突如として送られてきて、ワタクシは、感謝や喜びよりも先に、戸惑いと怯んだ気持ちが先に立ってしまった、ということがありました。そんなふうにギョッとしてしまったことが本当に申し訳なくて、片付け&物の管理、さらには飾りもの全般が不得手な自分が情けなかったのです。

しかし、その時はヒルんだものの、伯父叔母にとって亡き妹(姉)の娘であるワタクシに対するせめてもの心遣いというものも分かる、と思います。11人の兄弟姉妹と共に育った貧しい子供時代を想像してみると、そういう祝いの品を贈る晴れがましさは、既に物質的に恵まれていた時代に育ったワタクシ達とはまるで違ったものであるはずなのです。その気持ちをありがたく受け取らねばバチが当たる、というものです。

にしても、やっぱり管理不行き届きのワタクシの元にやって来た人形達が気の毒なのには変わりなく、つくづく自分には物を所有することが向いてないんだな、と思い知らされる節句時、なのであります。結局、今年わが家では雛人形やその日本人形を、とうとう納戸から出してあげられなさそうです。いや、ガンバッテ明日出そうかな・・・・。

振り返ってみるにワタクシは、昔から親族のヒトビトとは意思の疎通というものが全く出来ていなかった、と思います。おそらくワタクシ自身、志向(嗜好・思考?)が一風変わっている上に何も話さない(話せない)コドモであったので、親族のヒトビトも分かりようがなかったのでしょう。「何を考えているか分からない」とは、今でも思われている節があります。ブログにだったらこんなに書けるのになぁ。

もしワタクシが振袖とか結婚式の衣装だとかを、ヨロコンデ着られるような、素直な娘であったらば、どんなにか周りの近しい人々の気持ちを落ち着かせ、喜ばせることが出来たのだろうか、ということも、この人形モンダイとも密接につながっているようで、心苦しくもあるのです。

オシャレを楽しんだり、可愛らしいモノをこまごまと集めたり、上手に飾ったり出来るヒトビトってスゴイなぁ、と不器用なワタクシは感心することしきりです。

まぁしかし、飾りものを埃まみれにしてしまうワタクシにとっては、こうして「かたし」に飾られた可愛い人形を愛でるのが一番。安心で気楽です。

物を所有するには、それなりの力が必要なのであるな、ということに気づかされます「人形モンダイ」でした。


























インフル再び


先週の木曜日に、サトもめでたくインフルエンザの出席停止期間が明けて、登校できるようになって、それに付随して休む羽目になっていたコータローも登園できるようになってヤレヤレだわい、と思っていたらばですね、今度はコータローがインフルエンザを発症してしまいました。

なんとかサト一人だけで収束してくれるかと思っていたけど甘かった!

まぁしかし、幸いなことに月曜日の一日で熱も下がり、元気なので、再びの「おうちライフ」を楽しんでおりますコータローです。

とーちゃんと鶏小屋に行くのが楽しみで、先に立って軽トラに向かうコータロー。
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「とーちゃん、おいでー」と言って歩き出しました。長ぐつ姿も様になっております。

男2人、非常に気が合うようで、とーちゃんも楽しそうです。ま、やらなきゃいけないあれやこれや、というのは当然あるわけなのですが、こんな時期は一瞬ですからね。

昨日も一昨日も、午後には男2人でオヤツも作ってくれました。
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サツマイモ入り蒸しパンココア風味。三井楽の濱崎さんの無農薬小麦粉に、わが家の卵とサツマイモ、菜種油、砂糖、ベーキングパウダーというシンプルな材料ですが、美味しい!!やっぱり材料がいいからねー(自画自賛)。もちろん作る2人の息もぴったり合っているのでしょう。最強オヤツが出来ました。

今回もなかなか楽しいコータローの休日です。






たねわたしの会 その12


昨日の「たねわたしの会」もワタクシとYちゃんは午前中のみ。ワタクシ達小学生の保護者は午後から授業参観があったので。

というわけで、ワタクシの「かたし通勤カゴ」は、本当に少しずつ少しずつ、牛歩のごとく(いやしかし牛はけっこう歩くの早いと思うけど)しか進みませんが、昨日は最後まで編み終えて、縁の処理をしました。
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2本の骨組みのうち、竹の皮の方(緑色)を捩りながら右に曲げていき、隣の隣の骨組みの下に入れていきます。一周してきて最後の骨組みは、ちょっと分かりにくいのですが、編み上げてきた最後の竹ひごの下になるように入れ込んでから切ります。

写真ではまだ竹の身の方の骨組みがそのままの状態ですが、これはこの後、縁のところでボキボキと折ってしまいます。

そして、これから縁を巻いて、持ち手をつけて、底の部分に「かすがい」を入れたら完成です。

今回は大きなカゴなので、縁を巻く竹の長さ(カゴの縁の円周の3倍の長さが必要)を測ったら、おそろしく長くて、ちょっとヒルんでおりますワタクシですが、「大丈夫大丈夫、これまでやってきたんだから」という師匠のお言葉を胸に、来週以降いよいよ竹修行も今季最終盤となる3月の「たねわたしの会」、一回ごとを大切にやっていきたいと思います。

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師匠のお宅まで徒歩3分の途中の風景。

この「たねわたしの会」が始まった頃は、秋の初めとはいえまだまだ汗ばむ季節でした。大汗かきながら竹と格闘した日々が、つい先日のような気もします。

それがいつの間にか身を切る冷たい風の中、かじかむ手先で最初のカゴを作り上げたのが11月の終わり頃。そして二つ目のカゴが出来上がりつつある今は、梅と椿が仲良く並んで咲いて、時折寒くもなるけれど、風や光は確実に春を感じる季節になりました。

こんなふうに、季節を感じながら、その季節に出来ること、必要なことをやっていく暮らし、というものを目指していくのも「たねわたしの会」の活動なのかもしれません。そして、経済最優先、効率の悪いものはどんどん切り捨てられていく今の世の中で、昔から受け継がれてきたこのような大切な先人の知恵の火を消さず、うまいこと続けていくための方法を探っていきたい、と改めて思いました。

既に来季もお世話になることを約束した昨日、早くも来季に向けての夢も膨らむ「たねわたしの会」です。

それにしても、こんな竹カゴってエライな、と思います。竹以外の材料は何も使われてなくても、こんなに丈夫でしっかりしていて。自分の役目を全うした後には、放っておいても誰の手も煩わさせず、何も汚さず、ただ土に返っていくだけで。

見習いたいです。





バスに乗る


先週の日曜日、五島では駅伝大会がありまして、昨日は「つばきマラソン」、今日は富江でブルーライン健康マラソン大会というのがありました。五島のヒトビトは走るのが好きなのです。

そのためか、わが家の五島生まれの2番目3番目のヒトビトは、こういうマラソン大会に好んで参加します。1番目のヒトは好きでというより部活で自動的に参加、となっているようですが。

しかしながら、サトは先週インフルエンザにかかったことから、「やめとけば」とワタクシは言っていて、その代わりにコータローと母ちゃんと一緒にバスに乗って図書館にでも行こうか、という話になったのが昨日のこと。

ところが今日になって本人は、走りたい、と言います。自分が大丈夫だと思うんだから、まぁいいか、と最初の予定通り3姉妹はそろってマラソン大会に行くことになったのですが、コータローはすっかりバスに乗る気満々になっているので、本日は別行動、ということになりました。

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やって来ました、憧れのバスに熱い眼差しを注ぐコータロー。

ここから街までは290円でした。思ったより安くてホッとしました。

街に到着して、商店街を歩いていると、普段、車で通り過ぎる時とは全く違った場所のような感じがします。街に来た、という実感が違うというか、家から街まで移動して、その場所を歩いている体験の「重さ」が違うような気がしました。

車での移動、というのは体験としては非常に軽いのですな。

バスでもこれだから、自転車だとか徒歩、となるとますます実体験としての密度が濃くなるのでしょう。同じ距離を移動しても、その手段によってこんなに違うものなのです。

このようにバスに乗って出かけると、きちんと気持ちにケジメがつくので「お出かけをするんだ」という気分が盛り上がり、街に降り立つと、わくわくした気分にもなりますが、車だと、ちょっとそこまでゴミ出しに、というのと同じくらいの、その程度の気持ちで街に着いてしまうので、面白くもなんともありません。

街そのものは変わらないけど、目線を変えれば違って見える、ということです。

一方、憧れのバスに乗ったコータローはというと、乗り込んだ後は、状況がよく呑み込めていないのかキョトンとしているうちに到着してしまいました。

そして歩いて図書館へ。本を返した後、しばらく絵本を読んだりしていましたが、姉達もいないので自分の本をじっくり選ぶのはまたの機会ということで、早々に切り上げて、再びバス停へ。

段差好きのコータロー、一休み。
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日曜日は休みのお店が多くて、商店街は平日に比べて寂しいです。そして、それをますます寂しい感じにしてしまうのが、大音量でかかっている音楽だとワタクシには思えてしまいます。いっそ静かな方が寂れた中にも情緒があるのに、とワタクシはどこの地方に行ってもそう思うのですが、そう思うヒトは少ないらしく、日本中どこでも大音量で音楽が流れていて、風情をかき消しているのが残念でたまりません。

そんな大音量の音楽などで無理に「活性」させなくとも、静かで風の音が聞こえた方がいいし、平凡に見える風景の中にヒトビトの暮らしが垣間見えたりする中に五島の魅力があると思うんだけどなぁ。とりあえず、大音量の音楽や人工的で派手な幟や看板などがなくなったら、それだけでもかなり落ち着くんではなかろうか。

などと、ほんの短時間の街歩きをしながら考えました。

まぁしかし、ワタクシのような何事につけても少数派の意見が賛同を得られるとも思いませんが、そう思うんだから仕方がない。

バス停に着いたら、時間があと10分くらいあったので近くをぶらぶらしました。

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今は「五島つばき祭り」の期間中だからなのか、商店街の平川陶器店(「かたし」以外にここにもハルさんの陶器が売ってます)には、通りに面して椿柄の物が並べられておりました。椿柄にもこんなに豊富な種類があるんですね。見るだけでも楽しそうですが、2歳男児連れだとあまり近づけません。また今度ゆっくり見たいと思います。

コータローとバスを待っていたら、オジサンが話しかけてきて、そう言えば五島に来たばかりの頃も、こんなふうにバス停で話しかけられたことを思い出しました。

その時、「五島にはまだ昔の世界が残っているんだなぁ」と思ったものです。こんなふうに知らないヒトに自然に話しかけること自体が、今の日本では殆どなくなっていて、そっちに慣れているワタクシなどは、最初はギョッとしたものでした。でもそれが新鮮で魅力的だったと思います。

で、そのオジサンは富江までバスで帰るんだそうですが、富江までは730円もかかる、とのことでした。車を持たないヒトビトの苦労がしのばれます。

あるところには有り余るほどあるお金を、平らにならしてすみずみまで行き渡らせて、質素につつましく暮らしているヒトビトがお金の心配などせずに普通に出歩いたり、用事をすませられたりできるようになるといいのに、と思わずにはいられません。

いろんな方面でこれだけ発達した技術があるのだから、やろうと思えばそれくらいのこと、すぐにでも出来そうなのに、なんなんだろうなぁ人間って、と考え込まざるを得ないのでした。

このように、バスに乗って街に行くと、車の時より考える時間があるのも良いことですね。

旅人のような気分にもなれて一石二鳥でした。

またいつかバスに乗りたいと思います。